表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SOCIETY ver.5.1  作者: 財天くらと
本編
15/45

ver.5.0.14 スピリットメタル

 顔に水を打ち付けて、タオルで拭く。

 洗面台の鏡に映る自分を何度も見た。

 おかしいところはないよな。

 自分に問いながら、髪の毛を整える。

 側に置いたスマホの時計を横目で見る。

 約束の時間まで、あと少ししかない。

 T天閣は、ここから車で数分の距離だ。

 小泉さんとの食事会、俺が訊きたいのは……彼女の秘密だ。

 気になって、最近睡眠の質が落ちてきたような気がする。

 何の証拠もなく、彼女は何かを隠しているとばかり睨んでいるが、それでも彼女のことを知りたい。

 そうだ、今日の食事会は感謝の礼を伝えるために行くんだ。

 何もやましい気持ちはない。

 スマホを持って、外に出る。



「鍵閉めよし。持ち物よし」



 丁寧に指さし確認もしておく。

 ハッキリ言って、緊張しているのだ。

 同い年の女性と二人っきりで話し合うなんて、初めての出来事。

 昔、トオル兄が言っていたことを思い出す。

 誰に対しても、失礼のないようにな。

 そういえば、小学生時代に一度人間関係で質問したことがあった。

 それの回答が、これだ。

 単純明快、簡潔明瞭、簡浄素朴。

 トオル兄のアドバイスは、いつもこんな感じだ。

 思わず、笑みがこぼれてしまう。

 駐車場まで下りて、トオル兄から貰った車のドアに触れると、ナノチップと反応してロックが解除される。

 運転席に乗り込んで、シートベルトを締めたところで、スマホが激しく鳴動した。

 電話がかかってきたみたいだ。



「はい、大倉ツカサです」

〈なに、のんびりしてんだ! T天閣に奴が現れたぞ!〉



 スマホに顔を近づけた途端、耳を劈く音声が響いてきた。

 熊谷の怒鳴り声だ。



「奴って、まさか」

〈村雨マサムネ本人だ! とにかく、スーツ持って現場に急行しろ!〉

「わかりました……」



 熊谷が一方的に切った。

 虚しい電子音が耳元で鳴っている。

 俺の手は止まっていた。



「T……天閣、だと? 食事会の場所じゃないか」



 車のアクセルを踏んで、急発進させた。

 広い駐車場を抜け出して、Y医療病院に向かう。

 途中、目を凝らしてT天閣を確認する。

 何ともない、一見しただけでは平和そのものだ。

 形は、異世界ファンタジーにありそうな建物を思わせるが。

 とにかく、ソウルスーツを管理している結城博士の研究室に急いだ。

 考えたくないが……小泉さんが巻き込まれているかもしれない。

 助けられるのは、俺だけだ。







「博士! ソウルスーツを!」

「ここよ」



 研究室に入ると、視界の中央に結城博士がアタッシュケースを持って立っていた。

 俺は受け取ろうと近づく。



「T天閣に現れたって話、耳にしたんですね。さすが、博士で……」



 手を伸ばした瞬間、博士は俺の胸にケースを押し付けてきた。

 俺は、アタッシュケースに抱きつく格好になっている。



「ど、どうしたんです?」

「スピリットメタル……前回の残りしかない。どういうことか、分かってる?」



 予備のスピリットメタルはない。

 前回、出力80%で必殺技を放ち、残り……20%。

 感染者と戦うのに、たったの20%は死にに行くようなものだ。

 でも、奴はまだ健全な人の状態だ。

 AQRコードを自分に使わせる前に、取り押さえることができれば。



「それでも、やるしかないんです。20%でもあれば、ソウルスーツで戦える」



 顔だけは、真剣さを取り繕った。

 20%で戦うなんて正気じゃないと、自分自身よく分かっている。

 内心は怖かった。

 村雨に恐れていた。

 その証拠に、アタッシュケースを抱く力が強くなる。

 結城博士は、ケースを優しく撫で下ろしていく。

 赤ちゃんを撫でるような手だ。



「私は、大倉くんを本当の息子のように接してきた。出会ってまだ、二か月だけど……私は母親の気持ちなんだ」

「結城、博士……」



 博士の声音は、心が温かくなるほどに優しい。

 いつもとは違う豹変ぶりに、俺はただただ圧倒されている。

 今の博士は、重荷をやっと下ろしたような様子だった。



「私は、原因不明の不育症に侵されているんだ。だから、夫がいた時、妊娠はしても毎回流産だった。もう、子供を産む夢は諦めた。……それから数十年、君に出会った。初めの妊娠で無事出産していれば、ちょうど大倉くんと同い年だ。私にも息子がいれば……なんて」



 俺の顔をそっと、白い手で撫でる。

 ハッとなって、博士の顔を見つめた。

 全てを包み込む、まさに母親がする瞳には涙が溜まっていた。



「誰が、愛する我が子を戦場に送れる? 20%で戦うなんて、勝ち目がない。本当なら、ソウルスーツを渡したくなかった。誰かに盗まれたとか何とか理由をつけて、ここに留めたかった。だけど、君の正義を応援したい。私は絶対、大倉ツカサの味方になってやるって、決めたんだ。だって、大倉くんの母親になりたいんだから!」



 止まらなくなった涙が、結城博士の頬を伝う。

 苦しみを全て吐き出したような笑顔を見せてくれた。

 俺は、それを真正面から受け止めた。



「ありがとう、黙って耳を傾けてくれて。こんな時に、長話しちゃって悪いね」

「まさか、博士が……俺のことを息子のように扱ってくれていたなんて。俺も母親という心強さを、初めて知りました。これが、親なんですね」



 物心がついた時に、俺の両親はこの世にいないのだと知った。

 小学生時代、友人が親の話を聴いていると、時々羨ましくなった。

 結城博士は本当の母親ではないけど、訴える気持ちは母親そのものだ。

 それで俺は満足してしまって、一緒に涙を流す。

 村雨を倒して、生きてここに帰ってくるんだ。

 ケースを片手に持って、背を向けた。



「何としてでも、奴を倒して生き残る。可能性は……低いけどさ。それでも俺は、生き抜いてみせる!」



 そう言ってから歩き出したと同時に、自動ドアが開いた。

 開いた空間から、声がする。



「可能性は低いだと。そんな状況で、大事な弟を戦わせるかよ」

「トオル兄!? どうしてここに!」



 目の前に立っていたのは、歯を見せながら笑うトオル兄だった。

 片脚にパワーアシストサポーター、もう片方は松葉杖を脇で挟んでいる。

 自分の病室から、ここまで来たというのか。



「決まってんだろ。俺も応援しにきたんだよ」

「応援、って」

「さ、無駄話してる暇はねぇ。結城博士、俺を……”スピリットメタル”にしろ!」



 スピリットメタル、という単語がトオル兄から飛び出した瞬間、驚きで体が止まる。

 数秒後、俺は無自覚に、血相を変えて怒鳴ってしまった。



「なに言ってんだよ、トオル兄! まさか……ソウルスーツの秘密を知ってるのか」



 怒鳴られても、トオル兄は表情を崩さず、自信満々に肯定した。



「俺を誰だと思ってんだ? お前が尊敬するトオル兄だぞ。そもそも、俺はソウルスーツに大反対だったんだ。不安になって、密かに調べさせてもらったんだよ」

「……国家機密に値するんだよ」

「だろうな。だって、禁忌とされている……」



 口角を上げて、言葉を続けた。



「”安楽死プロジェクト”だからな」







 スピリットメタル、その素材は”人の命”でできている。

 結城博士が見つけた大脳のほんの一部。

 名は”神秘脳”。

 そこには、ありとあらゆる生命の情報が記されているそうだ。

 記された情報というのは、まさに『人生』そのものである。

 誰かが言った、人は誕生の前にどのような人生を歩むか、神様に尋ねられるという。

 事細かに答えた者が命を宿し、神秘脳に運命という情報を刻まれて、この世に生誕できるということだ。

 そして、神秘脳には凄まじいほどの生命エネルギーが宿っている。

 それは、魂そのものといっても過言ではない。



 博士は生命エネルギーを取り出し、森羅万象を破壊するオーラへと変換。

 スピリットメタルという目に見えるパワーにするのだ。

 その破壊力は知っての通り、無敵に近い感染者に穴をあける。

 威力の引換が、人の命だ。

 この前の老人は結城博士の手によって、スピリットメタルへと生まれ変わった。

 これは『安楽死プロジェクト』と呼ばれ、秘密裏に行われている。

 内容を知っているのは、片手で数えられるほどだ。

 俺と博士はもちろんのこと、内閣総理大臣を含めて五人ほどである。

 それを、トオル兄が知っているのだ。

 本来なら、その場で殺すなどして情報漏洩を防ぐ必要がある。

 世間に漏れては結城博士と共に、政府の立場も危うくなる。

 何としてでも情報が洩れることだけは避けたいが、相手は……。



「悪いが、ツカサ。お前を黙って見殺すわけにはいかねぇ。村雨マサムネは、総理大臣がいるT天閣にまで乗り込んできたんだ。よっぽどの覚悟があると思う。刺し違えてでも、目的を果たそうとするんじゃないか。そういう奴は、とても厄介だ」

「……死ぬってことなんだよ! スピリットメタルになるってのは!」

「いちいち言われなくても分かってる。だから、必死になって、ここまで来たんだ」



 トオル兄は、松葉杖を見せつけるような動作をする。

 どうすれば、トオル兄を止めることができるんだ。

 混乱する脳内で手繰り寄せた答えは、これしか出なかった。

 緊急事態に備えて配られた拳銃を取り出して、銃口の先をトオル兄に向けた。



「大丈夫、トオル兄が死なないように撃つから」



 強がっていることはバレているだろう。

 それでも、トオル兄を自分のためなんかで死なせるわけにはいかない。

 村雨を倒すことは、世界を救うことだったとしても、だ。

 慕っている人を見殺しになんてできるものか。

 いくら親友でも銃を向けられたら、誰だって立ち止まるはずだ。

 お願いだ、こっちに来ないでくれ。



 それでも、龍道川トオルは違った。



 トオル兄は震える銃口に、自ら距離を詰めていく。

 突き付けられた拳銃なんか気にしていない様子だ。

 一歩進んでくるたびに、俺の怯懦きょうだな性格が顔色に表れる。

 松葉杖に支えられているというのに、歩行が自然だ。

 気付いた時には、銃口に胸が当たっていた。

 病人となった今でも、強靭に鍛えられた胸板が健在している。

 視界が涙で滲んでいく。

 トオル兄は静かに、拳銃を掴んでいた。



「殺気がないんだよ、お前の銃口には。そんなんじゃ甘いぞ」



 反撃しようとするも、不意に手首を引っ張られて、小さい頃から憧れていた胸板に引き寄せられた。

 トオル兄に、俺はしっかりと抱き締められる。

 抵抗する意志と力が奪われていく気分だった。

 俺より顔一個分、背の高いトオル兄は父親のようだ。

 恥ずかしいほど涙が溢れ、病衣に押し付ける。

 トオル兄の声が優しく響く。



「俺を慕ってくれてありがとうな。愛してくれてありがとうな。俺は何でも出来すぎて、周りから不気味がられていたんだ。親からもな。けど、お前は……俺を認めてくれた。俺を満たしてくれた。こんなに嬉しいこと、他にあるかよ……」



 言葉が出るたびに、嗚咽が混じっていった。

 穏やかに告げられ、拳銃を持つ手に力強い指を絡ませてくる。

 俺も悔しくなって、嗚咽がこみ上げてきた。

 拳銃は簡単に捨てられ、床で跳ねる。

 ああ、そうだよ。

 トオル兄を撃てるわけないだろ。

 俺はまだまだ甘い、冷徹になり切れない。

 トオル兄は静かに謝った。



「……だから、ごめん」

「トオル兄が謝る必要なんて……」



 突然、首筋に針が押し当てられた。

 トオル兄の手に、注射器が握られていた。

 薬液が、体内に流し込まれるのを感じる。

 何を、しているんだ。



「トオル兄……」

「お前に託したぜ、無敵のソーシャルヒーロー」



 意識が徐々に白濁していった。

 全身から感覚が、抜けるように失っていく。

 やがて、脚に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちた。

 瞼が重い、どんどん閉じていく。

 抵抗でき、ない。



「紙を見ろ、博士。これで、安楽死の条件は満たしているよな」

「……龍道川くん。あなた、これでいいの?」

「構わねぇさ。あの事故で、俺は死んだんだからな。ツカサのために今度こそ死ねるなら、本望だ」

「……じゃあ、インフォームドコンセントに基づいて、説明を」

「いらねぇって、時間ねぇんだろ。同意書を早く出せ」

「後悔はないの?」

「これが俺の望む死に方なんだよ。じゃ、隣のスピリチュアルケアルームで待ってるぞ」



 意識が遠のく。

 深く暗い闇に落ちて、落ちて、底に沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ