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転生者と魔王の娘  作者: 板橋稍梧
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勇者と魔王と外套と。

よくある異世界もの



  天に赤い月が浮かぶ領域、そこは人々から魔界と呼称され恐れられている場所。そしてそんな魔界の最奥にはかつて世界を席巻した魔王達が居城としそれを討伐しようと立ち上がった多くの勇者一行の血を啜ってきた恐ろしき城が聳え立っている。城の周辺数キロには魔力を含んだ霧が漂う。普通であればそのような場所に近づく人間はいないだろうが、今回ばかりはなにか事情が違っていた。霧を縫って謎の影が現れる。

 「ここが呪われた古城……。その割には妙に手入れが行き届いているような気が……?ま、気のせいですね。」

  フードを被っている為顔を見る事は出来ないが、その人物は古びた茶色い外套を纏い、冒険者用の大きなリュックを背負っており城の周りをグルグルと歩いている。何をしているかはわからないが時折何かを呟きながら懐から出した紙にメモのようなものを書いている。二周三周と大して変わらない景色を執拗に見て回ってようやく満足したのか頷いている。

 「ふむふむ、周りはこんなものでしょう。では、入城と行きますか。」

  木でできた巨大な扉を開いて中に入った外套を出迎えたのは巨大な絵だった。こういう場所で飾られている絵は大抵自画像が多いのだが、目の前の絵には三人の人物が描かれている。一人は黒い服を着た男性、二人目は黄色いドレスを着た女性、三人目は二人の間に挟まれ笑顔を振りまく黒いドレスの少女だ。一目見て幸せそうな家族の絵と分かるが、ここ最近書かれたものではなさそうだ。

  絵を見ながら適当に歩きつつ、階段の手すりに意地悪な小姑のように指を滑らせてみるが埃は全くついていなかった。念の為、他の場所も確認しているようだが細かな所まで掃除が徹底されているらしい。

 「うーん?確か呪われた古城はもう使われなくなってから数百年は経っていると聞いたのですが……」

  事前にある程度調査していた内容と違っていたのか、首を傾げながら外套の懐から棒状の白い物体を取り出した。その物体にはボタンが一つ付いておりそこを押すと機械の起動音が小さく鳴った。すると、白い物体から帯状に伸びたディスプレイが出現し、その中央部に逆三角のアイコンが点滅している。

 「今の位置がこれで……過去のログは……。」

  ディスプレイに指で触れるといくつもの画面が出現し、一つの画面毎に区分けされた地図が表示されている。地図の中を逆三角のアイコンが移動している事からこのアイコンが外套の移動の痕跡を表している事が理解できるが、その内のいくつかの画面は地図が表示されておらず痕跡を確認する事は出来ない。

 「この辺りは特に魔力の霧が濃いですし、保護処理されてない電子機器じゃマッピングも機能しなかったんですね……」

  目に見えて落ち込んでいる外套。それもその筈、この外套が持っている白い物体は科学技術の進んだ異世界における最新鋭の技術で作られた地図であらゆる障害に対して保護処理を施されており、値段もそれに見合うだけの金額設定でそこに魔力保護処理もされているものだと桁が二つほど跳ね上がる。その為、数時間悩んだ末に安い方を買っていたのだ。

 「逆に考えればそれだけここは重要な場所ということ。これは調査のし甲斐があるというものです。」

  地図を仕舞った外套は気合を入れなおすと、右手を高く突き上げて未知なる城の調査へと乗り出したのだった。



  城の内部は特にこれと言って興味を引かれるような調度品などはなかった。断言できる理由は、今まで入った部屋はすべて見て回っている。という謎の徹底ぶりと外套自身に貴重な芸術というものへの興味が存在していない事が挙げられる。実は冒険者などではなく盗賊ではないかと言われてしまいそうな行動力を示しているが何がここまで突き動かすのかは不明である。

  三階にあるすべての部屋を見て回った外套は鍵の掛かった部屋の前で懐に手を突っ込んで紙を取り出して調査内容を書き込んでいる。割とどうでもいい事が気になる性格なのか紙には部屋の間取りや外観、家具の配置や掃除の状態などが細かく明記されている。冒険者というのはここまでするものなのだろうか?幸いプライベート空間と思われる鍵の掛かった部屋に関しては、許可を取ってから!と言う文字が丸で囲われている。

 「使っていなさそうな部屋まで掃除してあるのは城主さんの趣味なのか、メイドさんがよほどの掃除好きなのか……まさか、掃除ロボ……?いや、無いですね。」

  まるで掃除されている事が気に食わないかのように掃除という言葉を繰り返し呟いている。書きたい事は書き終わったのか紙を懐に仕舞うとフードに覆われた頭がきょろきょろと何かを探すような動きをしてから見えない視線が上へと注がれた。

 「大きな魔力はこの上の階からですね。」

  そう呟くと上の階へと向けて歩き出す。

  四階に辿り着くと正面に大きな扉が出迎えた。無機質に佇むその扉はまるで侵入者を阻む門番のようにも見える。と思ったが、扉の前に佇んでいる者がいるようでその人物こそが門番だろう。外套はその近くまで歩いていく。

 「よく来ましたね、みすぼらしい姿をした冒険者。正直驚きましたよ、ここまで上がってくるとは。」

  執事服を纏った人物が高圧的な態度で外套に声を掛けた。執事服の門番を視界に捉えた外套は掃除をしていたのはメイドじゃなくて執事だったのか、と見当違いな事を考えていたため一切の反応を返さなかった。想定とは違った反応をされた門番は何か失敗をしてしまったのかと困惑して唸っている。思考の海から浮上した外套はそんな門番を見て小さく首を傾げた。その動作におちょくられていると思った門番は憤慨した。

 「何してるんだろうこの人?みたいな感じで小首を傾げないでいただけますか。主にあなたのせいですからね?」

 「え、すみません……。」

  一体何に腹を立てているのかよく分かっていないようだが相手が怒っているという事は何か自分が気に障る事をしたのだろうと判断した外套は一応謝っておく事にした。門番はまだブツブツと小声で文句を言っているが自分が声を掛けた目的をこの呟きによって思い出した。

 「コホン。少々取り乱してしまいましたがようこそ冒険者。ここは魔王城謁見の間へと通じる扉前、そしてあなたの死に場所です!」

 「あぁ、ここ魔王城だったんですね。ありがとうございます、ふーむ、未踏領域ではありませんでしたか……残念です。」

  両手を打ち合わせた外套は門番に頭を下げると懐から紙を取り出してメモ書きしていく。完全に戦闘態勢に入っていた門番はその様子に茫然となり思わず素になって叫んでしまった。

 「あんた何しに来たの!?」

  急に大声で叫びをあげ肩で息をしている門番に執事さんは情緒不安定で大変だなぁと他人事のように思っている外套だがその原因を作り出しているのは他ならない外套自身である。

 「恥ずかしい話なのですが、呪われた古城という未踏領域を調査しに行こうと歩いていたら道に迷ったらしくて。」

 「確かに恥ずかしい話ですね、その城の事は存じておりますがこんな魔界の辺境にはありませんよ?」

  魔界を歩いてこんな奥地までやってきたのか、ちょっとヤバいなこの人と思いながらもさっきまでのお返しとばかりに意地悪く答える。

 「ですよね、魔力の霧が漂っているなんて情報になかったですし……仕方ありません、野宿は覚悟するとして城の調査は続行です。と、いう訳なので通ってもいいですか?」

 「なぜそんな理由で通れると思ったのか不思議でなりませんが、ダメです。」

  そのまま仁王立ちして立ち去る気配はない、門番なので当たり前だが執事だと思っている外套にとっては仕事をさぼっている執事でしかないので早く仕事に戻ってもらいたいのだが門番にとってはこれが仕事であるのでどうしようもない。両者が睨み合っていると扉が内側に開いた、つまり魔王城謁見の間にて座す存在が許可を出したという事だ。

 「開きましたけど……?」

 「……、確認してきますから大人しく待っていてください。」

  そう言って駆け出していった門番を大人しく見守りながら、やっぱり執事って大変なんだなぁ。と、やはり他人事のように考えながら吉報を持ち帰ってくるのを待っていた。



  装飾が施された高級そうな玉座に足を組んで座っている男がいる。この城の現在の主であり、人間達を恐怖に陥れている魔族の王である。先程の執事服の門番は玉座の横で直立不動を貫いているがその顔には不満が浮かんでおり、渋々納得しているといった感じだ。

 「この度は魔王陛下への拝謁の許可を頂き恐悦至極に存じます。」

 「表での私とのやり取りが嘘のようだ、流石に弁えてはいるという事か……」

  膝をつき礼をした外套に少々驚いて執事服は玉座にて若干引き気味の魔王と顔を見合わせた。

 「そこまで畏まらなくてもいい、私は確かに王だがお前達人間のではないからな。」

 「わかりました、魔王さんがそう仰るなら。」

  立ち上がった外套は早速辺りを見渡しながらメモを取り出して文字を書いていく、遠慮という言葉が失われているらしい。その様子に門番は魔王と外套へと忙しなく視線を飛ばしている、そんな門番に呆れ気味の魔王が声を掛けた。

 「気にするなハベール。冒険者……というか未踏領域調査を主軸に活動している冒険者は基本的にあんな感じだ。下手に対応すると胃と頭にくるぞ。」

 「詳しいですね、魔王様……ご経験が?」

  尋ねられた魔王は乾いた笑いをさせた後、動き回る外套を死んだ魚のような目で眺めていた。主の知らない過去は一体どれ程の壮絶さだったのだろうかと思いを馳せたハベールだったが魔族としてはまだまだ若輩の彼には想像もつかず、魔王も触れてほしくなさそうな気配を滲ませていたので結局分からなかった。

 「すみません魔王さん、こちらの扉の先は見せていただいてもいいのでしょうか?」

  先程までメモ書きしていた外套はとある扉の前で立ち止まっていた。特段鍵がかかっているという様子はなかったが流石に黙って突入するのは憚られたらしい。だが、許可が出ればすぐさま突入しそうな気配に魔王は苦笑いした。

 「悪いな、そこから先はダメだ。私や娘の部屋がある。」

 「そうでしたか、残念です。となると、ここでの調査も終わりですね……帰ります。」

  がっくりと肩を落として扉から離れトボトボと歩き去っていく外套の背中を案外聞き分けは良い方なのかと魔王は思いながら眺めていると、かつてどこかで見た背中に似ていて思わず声を掛けた。

 「……そういえば、お前は元々呪われた古城に行こうと思っていたんだったな?」

 「はい、道に迷って魔王城に来てしまいましたが本来はそうです。」

  振り返って答えた外套に少し待っていろと言った魔王はハベールに耳打ちすると驚いた様子で聞き返してきた彼に頷くとハベールは急いでどこかへと走り去っていった。魔王が何をしようとしているかわからない外套は大人しく待っているしかなかった。

  戻ってきたハベールの手には巻かれた紙のようなものが握られていて、外套の横までやってきたハベールはその紙を差し出した。

 「お前のような人間に施しをする必要などこれっぽっちもありませんが、魔王様の慈悲に感謝する事です。」

  ハベール自身は相当嫌なのは伝わってくるが差し出された以上は受け取らないのは逆に失礼だと思った外套は感謝してから受け取った。紙を広げてみると地図だった、どこかで見た事があるような地形が複数存在しており記憶を辿った外套は思い出した。

 「これ魔界の地図ですね……いいのですか?」

 「あぁ、冒険者が地図も持たず適当に歩いて迷っていたのでは示しもつかないだろう」

  外套は地図を持っていない訳ではない。ただ、あの地図の仕様上起動した際に確認できるのは自身を中点とした約一キロ程度でそれ以上を見たい場合は画面に触れる必要がある。もちろん色々設定を変更すれば快適に使用する事も可能なのだが、特に気にする事も無く初期設定(デフォルト)で使用していた。つまり外套が迷っていたのは単なる確認不足と設定不備によるものなのだが、恐らくそれを説明しても通じないので適当に笑って誤魔化した。

 「助かります、優しいのですね魔王さんは。」

 「…………。」

  その言葉にかつての思い出が魔王の頭を過った。今日はよく昔の思い出が蘇る日だな、とぼんやりと考えながら記憶に引かれる様に言葉を紡いだ。

 「お前の為じゃない、たまたま余っていただけだ。」

  魔王にテンプレートなセリフを言われた外套は思わず、見事なツンデレですねと言いかけて思いとどまった。説明を求められても上手く伝える自信はなかったからである。

 「優しくされてばかりでは申し訳ないので、何か一つ恩返しをさせてもらえませんか?」

 「何を言っているんです、人間如きが我ら魔族に返せるものなどあるわけ……!」

  外套の申し出に異を唱えたハベールを魔王は手で制した。深く考え込んでいる様子の魔王にハベールは気が気ではなかった。あまり長く仕えている訳ではないが時々とんでもない事を言い出し実行する事を知っている。例えば昨年の魔王軍の慰労会では魔王軍幹部達をお忍びで人間界弾丸ツアーに連れ出した事もあったのだ。

 「数時間後にここに勇者達がやって来る。恐らく戦いは避けられないだろう……無論負けるつもりはない。だが、もしも、私が勇者一行に倒されたら娘を頼めるだろうか。」

 「魔王様!?」

  溺愛している娘をよく知りもしない人間に任せようとしている魔王の発言にハベールは心底驚いた。流石の外套もこれには驚きを隠せなかったようで狼狽している。そんな二人に魔王は呆れながら言った。

 「慌て過ぎだ、もしもだと言っているだろう。それにこの条件なら私にとって絶対に負けられない戦いになる。」

 「面白い方ですね……。わかりました、もしもの時はお任せください。」

  頭を軽く下げ会釈した外套は魔王たちに振り返ることなくそのまま歩き去っていった。

お忍び弾丸ツアーは幹部達に割と好評。

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