第3その2
第3話その2
小林智昭は、ソロ動画時代の美里のカバーで有名になった。
現在動画は美里すら持っていないが、ファンの間に残っている路上ライブの映像を集めて再現した。即興で歌われた物は美里も覚えていない。
短い物も合わせると、50曲を越える。
これが小林に不運をもたらした。カバーは注目されてもオリジナルは注目されなかった。
しかし、フィメールサーバントブームで、カラオケのオケ制作に小林が起用された。路上ライブやソロ動画時代のカラオケは完璧だった。
その成功で、44やフィメールサーバントのオケも任された。
その貢献に対するカラオケ業界の贈り物として、メジャーデビューが用意された。売れるか売れないかは小林次第だが。
記念ライブの日も、美里関係ではないオケ制作をしていた。
ギリギリまで作業して、走って駅まで行き電車に乗った。
駅を降りれば、ドルフィンホテルが目の前に有り池上商店街のアーチが有る。
ストラトキャスターにミニアンプを繋ぐだけだ。セッティングも何も無い。チューニングは合わせて有る。
レコード会社にカラオケ関係や路上ライブの仲間、スタジオミュージシャン関係など結構人は集まるはずだ。
デビューシングルイベントそのものだ。
商店街の中に人が溢れている。
「少し多すぎないか?」
小林に気づいた人が道を開けてくれる。
最後の人垣が割れた。
「これは…」
マーシャルアンプ3段積みが2つ。
マイクスタンドが2つ。
レザーパンツにジャケットの女性がストラトキャスターを構えていた。
「少年。遅いよ。みんな待ってるよ?」
小林はうろたえた。
「何やってるんですか美里さん?」
「いつかの少年がメジャーデビューするってポスターに書いて有ったから、一緒に歌おうと思って。これもついでに持ってきたけど…」
アンプとマイクスタンドを手で示した。
「いらなかった?」
小林は苦笑して、それが泣き顔に変わった。
「少年。いや小林。プロが何泣いてるの?仕事だよ。ちゃんと決めて。2弦はフラットしてないよね?プロだから」
小林は気持ちを引き締めて言った。
「はい。大丈夫です。やります」
美里は人垣の後ろで、腕を組んで見ている恭之助に、目で合図を送って微笑んだ。