5話その3
第5話その3
イラク。乗っている軍用ヘリが着陸すると聞かされた。
治安部隊がすでに展開している。
ヘリを降りて、ギターケースを受け取る。
背の高い兵士が握手を求めてきた。
横の通訳が大阪弁のような変な日本語で言う。
「よくきんさった。わてが、アルサダムの友達。ハビリオです」
兵士と握手する。
「美里です。アンヒッラ村はここから遠いんですか?」
何も無い荒野に、風だけが吹いている。
「ここがアンヒッラ村ですがな」
恭之助が動画を撮影しなやがらヘリから降りてきた。
「何も無いですけど?」
「瓦礫も風が運んでいってしまいました。美里さんが今立っている場所がアルサダムの家が有った場所だがや」
回りを見た。わずかに土台のような出っ張りが有る。
「わてとアルサダムは、湾岸戦争の時、バクダットの革命防衛隊にいた。地獄のような戦闘を生き残って、帰ったら瓦礫しか無かったのや。避難しよる所に、トマホークが命中しよった。生存者なしや」
美里はプリントアウトした写真を拡げた。
「この中の誰ひとりも?」
兵士はうなずいた。
「この村で生き残ったんは。わてとアルサダムだけや」
「それが理由?」
「アルサダムがジハードに参加した理由や。アルサダムはこう言われた」
兵士は少し言いよどんだ。通訳が待つ。
「おまえの大好きなフィメールサーバントバンドをイギリス人が独占して、ライブをやらせようとしている。彼女達を救い出せ。組織が案内する。武器は直前に渡すと」
美里は彼の家の土台を見た。
「アラブ人が銃を持って突入すれば、争いになりイギリス人を撃つ事になると知った上でって事?」
「アルサダムは。あんたらを救い出すつもりやったんや。組織は殉教者として褒め称えた。俺は、治安部隊を指揮して組織を壊滅した。アルサダムを騙しやがってと」
「でも。今度はあなたが復讐の目標になった?」
「そうや。美里さん。あんたは誰も非難しなかった。ツアーを止めなかった。ひとりで歌い切った。恨み1つ言わずに。そうすんのが正しい。恨みを晴らすんやなく。この国を建て直し、当たり前の暮らしを取り戻す事こそ、すべき事やった」
「マシンガンをどれだけ撃っても爆弾で何人殺しても、当たり前の暮らしは戻ってこないね」
兵士はうなずいた。
「アルサダムの為に、歌って良い?」
「お願いします。歌い終わるまで、アルサダムと共に、部下達と共に、お守りします」
プリントアウトされた写真を安藤君が拡げて、目の前に掲げてくれた。
その写真に向かって、美里は噛み締めるように歌った。