騒動
そこからは学校を一週間ほど休み、医療機関や研究所での検査、問診に追われる日々だった。三日くらいしてからだろうか。テレビ局が私の状況を嗅ぎつけて自宅で囲み取材なんてものも経験した。この取材を受けてからは学校の友達にも知られてしまい、クラスメイトからも写真を送ってとか、さらには友達の友達という知らない人間からにもメッセージアプリの友達申請が来てしまうなんて事態となった。
この友達申請も曲者で誰だかわからないがクラスメイトに頼まれると断りづらく、しかも許可すればさらにそこから友達申請の件数も増えるという悪循環となり考えるのをやめてしまった。最終的には誰が誰だかわからないほどに友達は増えてしまった。しかも送られてくるメッセージは面白半分のばっかりだったので学校にも行きたくなくなってしまった。しかし学校には行かないといけないわけで。
あれから私はたくさんの施設をたらいまわしにされました。大和病院からさらに大きな大学附属病院に転院させられ、退院したら日本農業組合の遺伝子改良を主体とする研究所に連れていかれてここでも採血から始まり頭の植物の採取や髪の毛などの遺伝子検査もするそうです。こちらは結果がわかるのに1週間くらいかかるそうでまた行くことになるそうです。平穏な生活はいつ戻ってくるのでしょう? ちなみに私の頭上の草はあれから日に日に成長し今は20㎝ほどです。蔦のように育つので私の頭に合わせて冠のように巻いています。成長も早いらしく研究所の研究者はそれも含めて詳しく検査したいということでした。採取の方は若芽の部分は結構過敏なんですが成長しきった大きさになった葉っぱの方を触られるのはあまり鋭くなく、こちらを切るのはまるで髪を切られるのと同じような感覚でした。最初は怖かったですが慣れるとちょっとこの葉も切ってくださいと頼めるくらいになったのです。
しかし問題もありました。マスコミが私の存在を知ってしまい自宅をカメラが取り囲む事態となったのです。一般家庭ではこんな数の暴力には対応できません。結局テレビに私の姿が流れました。日本中に私の存在を知られることになりました。そうなればSNSで騒ぎ立てられることとなり、真偽もつかない情報が拡散しうわさになっていました。
そういう噂を鵜呑みにする人もおりまして愛護団体や人権団体、個人の研究者、いろいろな企業と様々な方から接触を計られているようです。そんなわけで自宅前にいる人も日に日に増えて、さらには我が家の固定電話はもちろんお父さんやお母さんの携帯電話も鳴りやまず、誰も外には出れないので会社と学校も休むということになっています。
こんなことではまるで籠城か監禁か。お父さんたちは私のせいではないと言ってくれますがそれでも気にしてしまいますし、精神的にも参ってきてテレビや企業についてのネガティブな発言も増えました。次第に家の雰囲気は悪くなっていきます。翌週になっても家の周りは騒がしいままです。しかしながら実際問題ずっと家にいて仕事も学校も休んでいるわけにはいきません。お父さんにも会社での立場はありますし、私と弟も留年はしたくはないのです。
結局、うわさが収まるまで自宅待機ということになると、私たち家族の社会的な何かを失うということで現在は自宅付近を警備している警視庁のSPから各人への派遣されることになりました。なぜこんなに厳戒態勢が敷かれるのかといえば、結構現在は厳しい状況となっているそうです。主に私のことを誘拐や暗殺をたくらむ組織も存在し、家族も人質にならないように注意しなければいけないそうです。その話を聞くと外に出るのはまずいとは思うのですが、この監禁状態に対しても批判が出ているそうで早くこの頭上の植物を外科的手法で取り除いてあげて普段通りの生活にという意見も出ているとのことです。
自分のことなのに人から聞いた情報しかないのが悲しい状況ですね。それもそのはずで親戚程度しか連絡を取るのは控えている状況です。別に禁止されているわけではありませんが今の状況を詳しく聞かれるのがわかっていますし、すべての人に同じように説明するのは堪えます。なのでわかることといえばテレビで放送されることや病院や研究者と話して知ること、そして家の周りの環境などはSPの隊長、真野さんからの注意事項などです。ことが大きくなりすぎて自分の立場がどのようになるかもわかりません。
こんなことで明日からの学校はどうなるのでしょうか?
あの頭に芽が生えた次の週の月曜日からもう学校へと通い始めた。送り迎えは黒塗りの高級車。もちろん窓ガラスは防弾だそうで運転は現役の警察官。お父さんと弟も同じように車での通勤、通学を強いられることになった。
学校に着くと校庭の端には見慣れぬプレハブが建っており、中には研究者や医者が待機していた。登校時と放課後に検査をするための簡易的な施設を作ったんだと聞いた。この私への研究でいくらのお金が動いていたのか。今思うと恐ろしいことだ。
学校へは黒塗りのハイヤーが家の前に横付けされ送っていただきました。最近病院や研究所に行くときに毎日乗っているので多少は慣れてきましたが学校への送り迎えもこの車なんですね。ただでさえ目立つのにどうしたものでしょうか? だけど額の根っこは帽子で隠せるわけでもないので目立つのは同じでしょうか。ほとんどの人が私のことを知ってるわけですし、騒ぎ立てられる原因となるのが予測できます。ならば不測の事態に対処するためにもこのような護衛をする。というのは昨日の真野さんの話で分かってはいるのですけれどね。
車内の助手席に座っていた研究員の青柳さんから今日の予定を聞きます。学校に着いたらまずは校庭に用意された簡易医療設備の整ったプレハブで検査と測定、そして腕にヘルスメーターを付けるそうです。なので今日は早めに着いたのですね。説明が終わればちょうど校門の前に着いたところで
「それでは行きましょうか。まずはこちらに来て」
「えーっと、プレハブってあれですか?」
教室くらいの大きなプレハブが校庭の隅に建っていました。かなりの大きさなのでグラウンドに少しかかっている状態です。運動部の皆さんごめんなさい。
SPの岡村さんが先頭で人をかき分けて道を作り、青柳さんは私の横を歩きその後ろを他のSPの方が歩くという。登校している同級生たちの視線が私に刺さります。というより視線ではなくスマホのカメラですね。自撮り棒を巧みに使って私に近づけてくる人もいます。ただあまり近すぎるとSPの方がさっと取り没収していますね。後ろからスマホを取られた子の叫びが聞こえますが後ほど返すのでしょうか?
校門から5分も歩けばプレハブに着きます。青柳さんに案内されて用意された椅子に座ると奥の別の部屋から沢渡先生が出てきました。とりあえず人が変わるのも落ち着かないと言ったらそのまま沢渡先生が引き続き検査するということで落ち着いたようです。
「おはよう、めぐみちゃん。調子はどうだい?」
「おはようございます。沢渡先生。調子はいいですよ。だけどやっぱりのどが頻繁に乾きますね」
「脱水症状と栄養不足には気を付けて。また点滴しなきゃいけない羽目になります。とりあえずこのプレハブの中に栄養ドリンクとスポーツドリンク、あとは栄養補給用のお菓子類も常備してあるのでのどが乾いたりおなかが減ったら青柳さんに伝えてください。届けに行きますので」
いろいろと沢渡さんの後ろにペットボトルやら栄養ドリンク、ジャンクフード系のお菓子から黄色い箱の栄養補助食品まで多種多様にそろっています。これが全部私のために用意されたのだそうでなんか申し訳なく思ってしまいまいます。ぽろっとそのことをつぶやきますと
「いや、申し訳なく思う必要はないよ。私もどこからお金が出ているかは知らないし、知らない方がよいこともあるのさ。私の仕事はめぐみちゃんの健康管理だから。なにか違和感を感じたら私に言ってください」
「わかりました。では何かあった時は頼りにしてますね」
「とりあえず今日の分で必要なものがあったら持って行ってください。とくにスポーツドリンクはね」
以前より水分を取る頻度が多くなっています。なので1ℓのペットボトルを持ってきます。逆に食欲は少し減っているんですよね。なのでお菓子は一応一つは取りましたけど他は今のところは大丈夫でしょうか。もしかしたら食欲が減ったことでダイエットできるかもと思い、その所はうれしいです。これでも女子高生なのでどんな時でも体重は気になるものです。
簡単な採取と問診も終わらせたら教室に向かうことにします。沢渡さんに行ってらっしゃいと見送られながらプレハブを出ると人だかりがありました。SPの岡村さんたちに阻まれてドアから少し離れたところにいるのですが皆スマホを構えています。私が出ると、撮影時の効果音が辺り一面から鳴り始めます。私は珍獣になった気分ですね。実際問題珍獣と同じ扱いなんでしょうかね。結局岡村さんが切り拓き、人ごみの中の一筋の道となった部分を歩いて校舎へと向かいました。先が思いやられる出だしですね。
教室に入ると6割程度しか座席は埋まってなかったです。あと5分でHRなのにどうしたのかと思えば、私の後ろから次々に駆け込んでくるクラスメイトがいました。彼らも校庭で野次馬をしていたということでしょうか? もう、本当に呆れちゃいますね。
「めぐみちゃん、大丈夫」
「連絡つかなかったから心配したんだよー」
ひろみとみゆが教室に入った私に気づき声をかけてきてくれます。彼女らは私にスマホのカメラを向けることもなく、ただ心配してくれていることがわかったのでちょっと安心しました。ここ最近他人を信じられないことが多々あって人間不信になりかけていたので打算のない善意だけの感情は本当にありがたいです。
二人には時間もないのであとでこっそりと詳しいことを教えます。そういうとわかったと言い席に戻っていきました。お昼休みにあのプレハブの中を借りて説明しましょう。あのお弁当が原因だと思うので彼女たちにも関係があるということでいいですよね。とりあえず教室の後ろに控えている青柳さんに伝えて準備をしてもらいます。
そんな段取りを決めていると小野先生が入ってきて教壇に立ちました。
「みな、おはよう、ホームルーム始めるぞ。まずは生田さんのことからだ。彼女はちょっと変わった病気ということだ。移る心配はないそうなので普段通りの接し方にしてくれ。いじめたり嫌がらせはするなよ。そして教室の後ろにいる大人は彼女の護衛の岡村さんと研究員の青柳さんだ。邪魔はしないように。それと朝の校庭であったような彼女に許可を得ず勝手に写真を撮ることも禁止とする。まだ注意をしてなかったから今朝のことは不問とするが、悪質な場合は警察に撮影機器を没収されて該当データを消去する措置をとるそうだ。それとネットに流した場合は速やかに削除するように。こちらも警察が動くことになる。今から5分間だけスマフォを使用していい。投稿の削除やデータの消去を行うものは行ってくれ」
ガタッ、先生が言い終わるとクラスの皆が制服のポケットやカバンからスマフォなどの電子機器を取り出し慌てて操作を行います。勝手に写真を撮られてさらにSNSに投稿されるなんてマスコミのこともありましたし、あまり気分の良いものではなかったのでこの対応はうれしいです。今日はヘアバンドで隠せましたが根っこでできたみみずばれが映っている写真も撮られてます。あの写真は女子として消していただきたいものです。しかし今日の写真をというのはさすがにやりすぎなのではとも思います。一応撮られても構わないように額は隠してきたわけですし、それに同じクラスで知らない仲ではないのですから。これからは友達と一緒に写真も撮れないということでしょうか? そう私が疑問を感じている間に5分は過ぎて
「ちょっと厳しいことを言ってしまったがこれは君たちを守るためのものである。現在いろいろな団体や企業が彼女との接触を計ろうとしているそうだ。彼女についているSPを見ればわかるように国としてもかなりの熱をあげている状況だ。その写真だけでも欲しがるものはたくさんいる。しかし巻き込まれて君たちが利用されるのはこちらとしても防ぎたい。もちろん彼女の許可があれば写真を撮るのは構わないし、SNSにあげても構わない。だがそのことをちゃんと覚悟して行うように。ここでダメだというのは簡単だが禁止にしてもかまわずあげる奴もいる。彼女との許可が必要なことと騒動の渦中に巻き込まれる覚悟を持たないならばやるな。最後にSPの岡村さん、何かありますか?」
最後に後ろで控えている岡村さんに小野先生は話を振ります。すると岡村さんはきれいな敬礼をし、キリっとした鋭い声で話し始めました。
「おはようございます! 生田めぐみさんの警護を担当する岡村だ。私と他に数名の警官が交代で彼女を警護することになった。もし不審なものや人物を学校で発見したら必ず私たちに伝えてほしい。また教室の後ろに私たちはいるがいないものとして気軽に過ごしてくれ。あと先ほど小野教諭から伝えたと思うが彼女の写真は現在非常に繊細な扱いとなっている。もし彼女の許可があり写真を撮ったものは私たち側付きの警官に姓名と使用目的を伝えてくれ。それと後ほど配られる用紙に書いてある簡易サイトに写真の元データのコピーのアップロードを行うのも必要事項とする。使用目的以外の用途に利用された場合は肖像権の侵害等の対象になるから気を付けるように。私からの注意は以上だ」
やはり最後に写真についての注意事項を説明してますね。ここまで厳しくする必要があるのでしょうか? 確かに写真を勝手に撮られるのは嫌ですがここまで有名になってしまえば有名税としてあきらめもつきます。それに一度ネットに流れた写真なんてなかったことにできるわけではないのですし、今更禁止にされても今までの画像だけでもかなりの量ですよ。どうしてこんなに隠すのかが気になりますがそれを聞いても私と周りの安全のためと言ってごまかされそうなんですよね。
しかし私が登校して変わったことはこのホームルームだけで後は淡々と午前中の授業は過ぎていきました。一週間休んでしまったので、その間に進んだところまで追いつくのに手間取りましたが、多少は予習もしてきたので何とかなったのです。
もちろん最初は私に向かう視線を感じましたが3限に入るころには皆も慣れたのか視線を感じることも少なくなりました。そして昼休みです。私はお弁当を持ってみゆとひろみと共に校庭のプレハブに向かいました。