昼食
私はグリーンピースが嫌いです。
口に含んだ時の青臭いにおい、ぷつっと潰れて飛び出してくる中身。そして味のない味。ファミレスのハンバーグとかになんであんなものが付け合わせでついてくるのか店長に問い詰めたいほどです。ただし残してもあまり気にされないものでもあります。食べ物を残すなと怒られるかもしれませんが、それでもどうしてもダメなものはダメなんです。
それでもやはり食材としては脇役、残しても怒られたことはないし、メインでがっつり主張するような料理もそれほど多くはないですし、それを選ばなければいけないという状況も出会うこともありません。なので高校の同級生たちにも私の嫌いなもののひとつがグリーンピースだということは知られていませんでした。それがあの笑える悲劇を生み出したのだと思うと意地なんて張るんじゃありませんでした。そう過去を振り返り思います。
その日の前の週でしょうか。高校に入って形成された私たちの仲良し女子グループの中で昼食を食べてるときに女子力の話題になったのは。
他にも仲の良い子はいましたがお弁当はいつも3人で食べてました。一人は小柄で丸い顔がかわいいひろみです。別に太ってるわけではないんですがハムスターみたいにほっぺがふっくりしてるんです。もう一人はみゆです。こちらは長身でエネルギッシュな女の子です。もともとが足も長くスタイルが良いので羨ましいです。茶色に染めたショートヘアが合わさってカッコいい美人さんです。えーッと私ですか? 私は良くお嬢様みたいと言われますね。腰まで届く黒髪に色白な肌、あと基本が敬語で話してしまいますので深窓の令嬢みたいだと。そう言われますね。実際はただの会社員の娘で普通の家庭なんですけどね。
その話の発端はひろみのお弁当がとてもかわいかったからです。その日のひろみのお弁当は彩鮮やかな、おかずやお結びが小さく詰まっているものでした。一口サイズに整えられた何種類かの俵型のお結びやアスパラのハム巻、オムレツなどがきれいに並んでいて端っこにプチトマトがちょこんと乗っているお弁当は食べる前に見ても楽しめるものでした。普段からそんなお弁当だったのでみゆも気になってたんだと思います。
「ひろみちゃんのおべんと、きれいでかわいいね」
と褒めると、ひろみはちょっと慌てながら
「ほら、私、小学生の妹がいるでしょ。そっちとまとめてお母さんがまとめて作ってるから品数があるんだよ。それに冷凍食品も使ってるしね」
「えー、でも冷凍食品使っていてもそんなにお結びの種類作るの大変じゃない?」
確かにお結びをあんなに種類作るのは大変そうです。赤、黄色、ピンク、緑で4色もあるのですもの。
「ご飯にふりかけ混ぜるだけだからすぐできるよ。私も妹もご飯にふりかけ混ぜるのは手伝ってるし」
「へぇ、じゃあひろみちゃんも料理できるんだ?」
「料理ってほどじゃないよ。ご飯混ぜるだけだし」
「だけどいいなあ、かわいいおべんと。私のなんか見てよ。お兄たちに合わせて肉メインなんだよ。彩りもなく茶色が多いし」
そういってみゆが見せてきたおべんとはお弁当箱はかわいかった。ですけど中は豚肉の生姜焼きや厚焼き玉子、ご飯の真ん中に梅干し。なんというか男子の弁当みたいでした。野菜なんて欠片もない。おもわず私はつぶやいてしまいました。
「ひろみちゃんと違って野菜も何もないわね」
「野菜は生姜焼きの中と梅干だって。おいしいけど女の子のおべんとじゃないでしょ。来年はお兄も大学生だからおべんといらなくなると思うし、お母さんにもうちょっとかわいくしてってお願いしてみるつもり」
お弁当の中身って家族に反映されるのでしょうか。私のはというと
「めぐみちゃんのおべんとも見せてよ。かわいい系かたくましい系か、どっちかな?」
ひろみとみゆが机越しに覗いてきました。私はふたを開けて机の真ん中に差し出します。今日のお弁当は
「ご飯にふりかけがかかっていておかずはハンバーグと焼き野菜にポテトサラダ。あとは緑のスパゲッティ。かわいい系じゃないけどおしゃれ」
「ほんとだね。この緑のスパゲッティって何?」
みゆがかわいい系とは認めてくれませんでしたけど、それでもおしゃれと言われたのは自分が作ったものじゃないとはいえうれしく思います。そしてひろみはスパゲッティに興味を持ったようだでした。
「これはバジルソースのペペロンチーノかな。バジルの風味だけで味はペペロンチーノですよ」
「へぇ、お弁当に入っているスパゲッティだと赤いナポリタンのイメージだけどこうするとなんかきれいだね」
ひろみにも褒められました。やったね。
「めぐちゃんは自分で作ってるの?」
「ううん、お母さんに作ってもらってるよ。それにハンバーグとポテサラはスーパーの出来合いのだし」
「ああ~、やっぱりみゆのおべんとが一番かわいくない、ひろみちゃんのは一つの作品みたいだし、めぐみちゃんのもバランスが考えられていていいなぁ。こういうのも女子力なのかな?」
「そうかもしれないけどしょうがないよ。他の家族の影響もあるし作ってもらってるんだから」
「ぶぅ~、ひろみちゃんはおべんとかわいいからそんなこと言えるんだよ~、ていっ」
文句を言いながらみゆはひろみのお弁当に手を伸ばし小さなお結びに手を伸ばしました。
「あっ、私のお結び!」
「うん、おいしい。鮭フレークのお結びだね」
「みゆちゃん、お結び取らないでよ」
「お返しに白いご飯をあげる」
みゆはお結びが抜けた穴に自分のお弁当からご飯を移しました。
「うぅ、だけどご飯のおかずになるものがないよう」
いわれてみればひろみのお弁当の中には白いご飯のおかずとなるようなものがないのです。お結び自体に味がついているからおかずも味の強いものは見当たりません。
「じゃあサービスで生姜焼きを一切れあげよう。はい、あーん」
みゆは生姜焼きを箸でつまみあーんと言いながらひろみの口の前に持っていきます。それをひろみも口を開けてあーんと一口で食べました。ちょっと口の横にたれが付いているのはあとで教えてあげようと思います。
ひろみはもぐもぐと食べ
「おいひい、しゃっぱりひてて」
「はい、こんどはご飯。あーん」
ひろみの感想を打ち消すようにさっき一度ひろみのお弁当箱に入れた白米を箸でつまみひろみの口元へもっていきます。ひろみはこちらもパクッと食べてもぐもぐとしています。なんか膨らんだ頬がハムスターみたいでかわいいです。ちょっとぷにっと押したくなる感じで、目元もおいしいものを食べて少し下がっているのが本当に小動物を思わせます。
「はい、めぐみちゃんもあーん」
そんなひろみを見ているとみゆは今度は私に生姜焼きを差し出してきました。えっと、はい、あーん。パクリと机の上に身を乗り出し頂きます。みゆのお弁当の生姜焼きはしっかり漬け込まれているのか厚い肉の中まで味が染みており、強い肉と醤油の風味とさっぱりとしたしょうがの香りが口の中に広がりました。単体では味が強くいっぱいは食べれなそうですが、ご飯のおかずとしてなら最適です。手元のお弁当からご飯をつまみ上げ口に入れるとご飯と肉汁、たれが絡み合いちょうどいい塩梅になりました。
「ご飯はいらないか。じゃあこれはみゆが食べよ」
みゆは私にもご飯をあーんで食べさせようと考えていたみたいですが、私が自分のご飯を食べたから行き場がなくなったみたいで自分で食べていました。
「ごちそうさま。生姜焼きはとても美味しかったわ。ご飯がいっぱい食べれちゃいそうですけどね」
「ありがと、みゆちゃん。おいしかったよ。私のも何か食べる?」
あなたさっきお結び盗られたからその交換で生姜焼きもらったんじゃなかったかしら? だけどそうねこんなにおいしいものを頂いたならお返ししないと
「みゆちゃん、何か食べたいものはありますか?」
「うーんと、じゃあ焼きかぼちゃとスパゲッティ食べてみたい」
「いいですよ。はい、あーん」
まずはカボチャをフォークに刺し、みゆに食べさせてあげる。そして次は注目の緑のスパゲッティをフォークに絡ませてあーんとみゆに食べさせる。ちょっと餌付けみたいで楽しいと思ったのは秘密です。
「うん、ペペロンチーノだ。ちょっと風味がさわやかなんだね」
「わたしもスパゲッティ食べたい」
ひろみもですか。じゃあ、あーんと。
そんな感じでおかずの交換を行いつつ、おしゃべりも行い昼食を食べ終わった後だった。
「お弁当の女子力ってなんなんだろう?」
「またその話ですか? おいしければいいじゃないでしょうか?」
「だけどかわいいければ気分よくおいしく食べれるよ」
「むぅ、ひろみちゃんはかわいいおべんとだからいいよね」
ちょっとすねた感じでみゆがひろみにしなだれかかります。そんなみゆをひろみは撫でてあげてそんな姿を見るとこの机という壁が邪魔に思えます。ひとりだけこちらだと疎外感があります。何か話題を
「だったら、一度だけ自分で作るのはどうでしょう。一度自分で作って写真を撮れば女子力があることの証明になりませんか?」
「ああ、そうか。自分でかわいいおべんと作れればいいのか。そうすれば私に女子力があるってことで」
「じゃあ今度みんなでお母さんに手伝ってもらわないでお弁当作ってくる?」
「やってみよう。女子力の高いかわいいおべんと作りだね」
みゆのやる気は満ち溢れ、みるみる間に自作のお弁当を作ってくる日が決まった。それは準備とかもありますし今度の月曜ということで落ち着いたのだった。
このとき食べ比べとなることはわかっていたので嫌い、苦手な食べ物の話もしておけばよかったと今になって思います。