受粉
いつものように起きていつものように食事をします。蔓をどのようにするかはその日の気分なのですが、今日はほぼ満開となった花を要所要所にちりばめたティアラです。これは白い花と緑の蔓なので子供のころ作ったしろつめ草の冠のようでした。そして泊まっていたホテルを出て車に乗ります。ここまではいつも通りの朝ですが、今日はいつもと違うところに向かいます。高岡さんが所長を務める研究所です。
今日から泊まり込みでこの満開のサヤエンドウの花を使って受粉実験をするそうです。自家受粉をベースに他家受粉もいろいろな組み合わせで行い、遺伝的に次の世代がどうなるか? どの遺伝子はどれくらいの確率で遺伝するのか? を調べるそうで、まるで現代のメンデルだと高岡さんは言ってました。中学のころ理科の授業で聞いたような気もしますがメンデルって人の詳しい業績は知りません。
途中で沢渡先生と青柳さんも増えて車は高速に乗ります。今日は遠出ということで白バイも並走していますね。さすがに襲撃は減ったのですが護衛は増やしたままとなりました。ホテルから学校までなら後追いの車1台なんですがやはり遠出となると少し厳重のようですね。
さて都心を抜けて更に北上し、北関東の田園風景の中を走り抜けて着いたのはビニールハウスの中心にある四角四面のコンクリートむきだしの建物でした。結構大きいはずなんですが存在感がなさすぎてこじんまりと小さく見えます。
「お待ちしてました。さあ生田さん、こちらへどうぞ」
入り口で高岡さんがドアを開けて案内してくれます。用意されていたのは更衣室と検査着で着替えたらまたロビーに来るようにとのことでした。しかし何度か同じようなものを着てますがこういう検査着ってちょっと恥ずかしいし嫌になります。下着の上に薄い浴衣を1枚着るようなものなんですよ。しかも研究所という場所柄、男性の方が多いですし、護衛の方も岡村さんを含めて3人ほどしか女性はいないんです。なので本当に岡村さんたちと青柳さんが頼もしく思えます。
「ではこちらの部屋で実験を行います。入ったら真ん中の椅子に腰かけてください」
「私も入っても大丈夫かな?」
「あ、私もです」
ロビーから実験室に誘導されたとき後ろから岡松さんと青柳さんが一緒に入っていいかと高岡さんに交渉していました。あとで聞けば、岡松さんは密室で女の子と複数の男性だけになるというのを案じたらしい。青柳さんも私を一人にしないという理由だったが実験に参加したいという本音もあったとのことでした。この後のことを考えれば二人についてきてもらって幸いだったともいえます。
「それではこれから人工授粉の実験を行います。これらが本日使用する株と被験者本人の生田さん」
高岡さんが今回の実験に関する段取りと注意を説明しています。段取りは受粉させる順番と検体に振るコードの割り当て、コードが書かれたタグの説明ですね。私自身はほとんど関係ないですしただ座っていればよいとのことでした。注意の方は私の花粉の持ち出し禁止と私の花は丁寧に扱うことが注意事項のようです。花粉の持ち出し禁止といっても普段生活する中で散布されている花粉はどうなのでしょう? 私の知らないところでどうにかしているのでしょうか?
そうこうしているうちに準備ができたようで、机の上に広げた蔦に研究者の方たちが綿棒を持って列をなします。一人ずつ綿棒を花の中心にトントンと当てていくのですが……。段々と何度も……つつ…かれると……
「ひゃん! ちょっと……、まっ…!」
「ちょっと止まってください。めぐみちゃん大丈夫?」
青柳さんが異変を感じて止めてくださいました。それで少し心に理性が戻ったのですが
「はぁ、はぁ……。ちょっとくすぐったくて。今は大丈夫です」
先ほどの綿棒が花を突く瞬間は背筋がぞくっときてその後頭が少しぼうっとしました。今も鼓動も大きくなって体が火照っているようです。この感覚は知ってはいるんですが
「顔が赤いけど大丈夫? 体調が悪いなら沢渡先生呼んでこようか?」
男の人にはちょっと相談したくないかな? たとえお医者さんでも沢渡先生は近すぎます。だけど高岡さんをはじめとする実験の参加者は早く再開したそうにこちらを伺っています。あちらにはさらに相談したくありません。なので
「青柳さん、トイレに行きたくなりました。一緒に行きません?」
突然の一言に一瞬青柳さんも戸惑いましたがすぐに気持ちを切り替え、こちらの意図してることを察したのか
「ちょっとお花摘みに行ってきます。しばらく中座しますね」
「この実験を中止するつもりか!? 何の権限があってそんなことを言うんだ!?」
青柳さんが中断の申し入れをしたら高岡さんが突如怒鳴りました。
「いえ、ちゃんと戻ってきますよ。中止ではなく中断です。一応彼女の健康と不安を取り除くことも業務のうちですので」
「花を全部摘み取って研究を独り占めにする気か!? 彼女の不安を餌にいい根性だな?」
なんか話がかみ合ってなさそうです。というか高岡さんの頭の中ではお花摘みが比喩ではなくなっていますね。確かに私の頭のお花摘んだら研究どころじゃないですね。ここは直接言わないとダメなんじゃないでしょうか。勇気を出して
「ちょっとトイレに行きたいだけです。お花摘みは比喩です。まぎらわしくてごめんなさい」
私がそういうと文句を言っていた高岡さんの表情が固まり額に汗が出てきました。口々に高岡さんに加勢していた他の方たちも私から目をそらします。どれくらいかわかりませんが時が止まったかのような沈黙が流れました。
「いってらっしゃい、お帰りを待っています」
高岡さんに見送られて実験室を後にしました。予定より早い時間に実験室から出たので沢渡先生にも心配されましたがお手洗いと言ったら納得してくれました。
さて小さな女性用トイレで個室には入らず女子会です。メンバーは私と青柳さんと岡松さんの3人です。
「実際トイレってわけでもなかったと思うけどどうしたの? なんとなく想像はついてるんだけどね」
「想像通りと言ったらいいですか? それとも花の女子高生に詳しく説明させますか?」
「はいはい、そんなにむくれないでよ。花付き女子高生。一応簡単に説明だけは欲しいかな?」
「初めは花弁を突かれてもなんか触れてるなと違和感を覚える程度だったんですけど段々と感覚が集中してきて花弁を突かれるたびにくすぐったいと感じるようになりました」
「最後の方は背筋を張っていたけどどんな感じ?」
「えっと、……ぃゎないといけないですか?」
青柳さんが半分からかいも入った冗談のような感じで聞いてきますが、それでも恥ずかしくて小さな声で聞き返します。しかし青柳さんは笑顔でうなずくだけで
「自分でいじった時よりは激しかったです。だけどあんなので感じたなんて認めたくないです!」
「そうね、事故にしちゃひどすぎるわね。ちょっとこれから先は工夫してもらいましょうか最低限の接触で済むように提案してみるわ」
涙があふれ出た私を青柳さんが抱きしめます。岡松さんも心配そうにこちらをのぞき込んでいます。
「私たちがいてよかったですね。あのまま実験を続けてたら彼女にもっと深い心の傷をつけるところでした」
「なんとなく予想はしていたし、結局植物だって花は生殖器官ということだね。実験には水を差しちゃったけど中止にしないだけで何らかの違う形を提案しないといけない。いまここで」
その後の実験は青柳さんの提言によって私の花から出る花粉を蔓を揺らして落とし、他の株に受粉させるということになりました。逆も同じで器に株ごとの花粉を用意して私が指示された花でそれを掬い取り受粉しました。時間はかかりましたがこれにより私の身体的負担、精神的負担は確実に減ったので青柳さんに感謝です。ただ予見していたなら最初からこの方法でよかったんじゃないのかなと思ったりもしました。
結局のところ研究所の方たちは最終的な形が同じであれば過程はあまり重視してないみたいなんですよ。受粉が終わった株を見る彼らの目には狂気が宿っていました。暴走した青柳さんと同じですね。
いろいろと体験したくないことが多かった土日ですが無事に全て終わりようやく帰れます。さてどんな実が私にはなるのでしょうか。そちらは少々楽しみになってきました。




