開花
今日は妙に頭がむずむずします。漢字を度忘れしてしまって考えれば出そうだけどどうしても出ないときのそんな感覚でしょうか。
そんな違和感と共に過ごしていましたら、3限が終わったときでしょうか
「あっ! 花が咲いてる!」
「へぇ、どれどれ?」
「ほんとだ‼ 白いかわいい花だね」
最初誰が気づいたのかわかりませんがその声で皆が私に集まります。いつの間にか後ろに立っていたみゆも立とうとしていた私の肩をつかんで座らせます。そしてごめんね。といいながらも私の蔓に触って
「ほら、ここだよ、ここ」
「ほんとうだ。いつ咲くか楽しみだったんだよね」
「見るのはいいから触らないで。くすぐったいの」
蔓をさわさわと触られて何とも言えないむずがゆさに襲われます。ただでさえ今朝ほどから感覚が鋭くなってるのでなおさらですね。あのむずがゆさは開花の前兆だったんですか。
「ごめんごめん。見えない反対側の人たちが見えるようにって、つい触っちゃった」
「もう、あまり触らないでって言ってるじゃないですか。よく見えるようにしますね」
おどけてみゆが言います。要は蔓をつかんでよく見える位置に持ってきたかったらしいです。みんな興奮しすぎですよ。感覚を行き届ければ花の咲いた位置というのがなんとなくわかったので、そこが上に来るように蔓を縦にループさせます。本当に自在によどみなく動かせるようになりましたね。周りからも『おぉ!』とどよめきが上がりました。一番興奮していたのは青柳さんだということは本人気づいているのでしょうか? スマホのカメラで連射してますし、歓声の声も一番大きいんです。岡村さんも呆れてますよ。あっ、人ごみをかき分けてこちらへ来ました。
「めぐみちゃん、いまから仮設ラボ行こ! もう各方面連絡したからすぐ来るし急いで!」
あまりにも行動早くありませんか? まだ最初の1輪ですよ。桜の開花宣言ではないんですから、せめて5分咲き程度になってからでもいいと思うのですが? ただそんなことを言う暇もなく青柳さんに連れ去られました。
プレハブでは沢渡先生が難しい顔をしています。青柳さんはその前で正座です。
「今回最初のころから言ってますよね、もう少し落ち着きなさいと。まだ3輪程度しか咲いてないじゃないですか。それでもう皆来るんですよ。データすら取っていませんし、高岡さんだけでも十分でした。君の親会社とかはデータだけでも今のところは大丈夫ですし、政府関係はもっときっちりと確実に実験を行ってからです。どういう言い方すれば皆さんがこんなに早く集まるんですか」
「すみませんでした。まずは自分の直接の上司に写真を送ったんですが説明が足りなかったようで、すぐに行くと。そしてそこから各方面に話が伝わったみたいで」
これから臨時会議となるみたいです。いきなり決まったので沢渡先生は現在行っている検証実験の手を休めざるを得ませんでした。そしてその原因の青柳さんは反省し、沢渡先生に怒られているところです。しかもまたかなり多方面の方が来るそうです。それなのにこの短い時間だけでの準備に追われれば、更に研究が遅くなることを憂慮しているようですね。
高岡さんはもうすでに到着してまして私の花をルーペで直接見たりデジカメで接写してますね。これはこれでちょっと恥ずかしいです。机の上で見やすいように留めているのですが蔓に伝わってくる息遣いやカメラの音を感じてしまうんです。儚い小さな花ですので、もっと満開に近くなるまではストレスを与えないように接触と採取は控えるそうですが、しばらくしたら受粉を行い交配すると聞きました。
交配ってようは子孫を残すためにおしべとめしべがってことでいわゆる……、あれ…ですよね? えっと、あまり深く考えないようにしましょう。ちょっと顔が熱くなってきました。夏ですししょうがないですよね。
その後も続々とお客さんが見えました。しかしこの間みたいな代表の方ではなく部門長みたいな肩書の方が多かったです。そして始まった会議ではやはり私の植物の開花とこれからの予定だけを話し合ってすぐに終わってしまいました。この間の長引いた会議を覚悟していたのであっけにとられました。
やはり沢渡先生が言ってたように情報が少ないので、これから先の予定の確認だけになってしまったようですね。青柳さんがまた誰かに怒られています。確かイザナギ製薬の方ですね。上司の方なんでしょうか。ちらっと聞けば、やっぱりこんなに大きな会議でなくてもよかったということですね。
むずがゆさは治まりませんでしたが毎日ちょっとずつ花が開き、そして三日後には8分咲き程になりまして頭の上が華やかになりました。そこでちょおつぃたお遊びで蔓をいろいろな形にして花を一直線に並べたり、ハート形にしてみたり、クジラの輪郭を作って目とかを花で作るなんてことも。即席フラワーアレンジメントですね。もちろん私だけでは考えるのが大変なので、おしゃれなみゆとかわいいものが大好きなひろみの意見も取り入れて、いろんなものを作ってみんなで盛り上がります。プレハブの中でですがこういう遊びがあると放課後も楽しいですね。
さて学校があるうちは大丈夫と言われまして先延ばしにしていましたが、明日からの週末は高岡さんの研究所で受粉の実験です。みゆには「大人の階段上るんだね」とからかわれました。あまり意識しないようにしていたのですがそういわれるとやっぱりなんか恥ずかしいですね。さてどうなるのでしょうか?




