会議
さて、プロジェクターにはパワーポイントが投影されています。まずは今までの時系列ですね。私が食べたグリーンピースの収穫日まで調査しているなんて驚きです。私が食べた日、頭から目が生えた日、今までの成長過程の写真といろいろな図や写真、文字が現れては消えていきます。大体は私のことですので知っていますがそれでもこうしてみるとこの2週間が濃密ですね。
「この写真を見てわかるようにこのサヤエンドウの株はとても成長が速いです。今朝の測定ではすでに一番長い部分では120㎝となっています。1日に最大10㎝程伸びているという計算になります。また幹が柔らかいというのも特徴であり現在の彼女のように蔓を巻いてコンパクトにできます。このままの速度で成長を続ければ今月中にも実がなるのではないかと予想されており、まず今週には開花をするのではないかとされています。しかし現状はつぼみとなるものが分化されていませんので時間のかかる可能性もあります。更に遺伝子の解析結果としては間違いなくエンドウであり、このまま実をつければ種が採取はできそうです。なのでこの先開花した段階で自家受粉と他家受粉を試す予定です。こちらは本日もいらしている農作物の遺伝子研究の第一人者である高岡博士が主導で行います」
「ただいま紹介にあずかりました高岡です。こちらのエンドウの品種は特定しているのでそれに近い近隣種等で人工授粉をさせていただきます。近隣種は彼女の開花のタイミングを見て農家から数株を譲渡してもらうよう手配済みです。また不可思議な遺伝子コードもありましたのでそちらもどのような意味を持つのか、これを次世代に遺せるかを研究目標としています」
「はい、よろしくお願いします。以後の実験は産業農作物育成センターが彼の指揮の元、取りまとめます。また生物を媒介にした植物の発生についてもこちらで実験することが決定しています。以上が植物分野での現時点での取り組みです。なにか質問はありますか?」
今月中には実がなるんですか。なんか楽しみなような不安なようなそんな気分です。だけどそれではもうそろそろ花が咲くということですよね。あまり予兆は感じられないんですが念じれば咲くとかだったらあれなので気にしないようにしましょう。突然花ができたら皆さん驚くでしょうし、また急に研究所とかに行くことになっても嫌ですからね。質問は竹沢さんと同じ襟章を付けている男性がしました。農林水産省の方だったはずです。
「カロリーベースでも何でもよいのでその植物が芽生えてからの彼女の食事の変化を教えてください」
「要は植物を育てるための必要エネルギーということですね。そちらの方はこの資料になります。お手元の7枚目の資料です。以前の彼女の食事量というのが聞き取りのみで明確には表せませんが現在の食事のメニューとしては同年代の女性とほぼ変わらないと確認しております。また食べられなくなったもの等はないそうです。しかしながら水分の補給を頻繁に行うようになったので摂取水分量は約2倍ほどでしょうか。ミネラルを含んだスポーツドリンクタイプを好んで飲むようになったそうです。以前の生活ではあまり飲まなかったものですが最近は飲みたくなるとのことです」
そうですね。食べる量はあまり変わってませんし、嫌いなものが増えたというのはないですね。ただ沢渡先生も言った通り今までスポーツドリンクの味が苦手だったんですが無性に飲みたくなるときがあるのが変化ですかね。だけどこの資料私の体重まで書いてあるじゃないですか?! 年度始めの健康診断と病院にかかってから今日までの測定値ですね。恥ずかしいので消してほしいんですが、ちょうどこの話題になってしまってます。
「体重の方は若干の微増のみで大きな変化が見られないようですが、植物部分を抜いた彼女の体重は減少していると考えてよろしいですか? それに伴う体調の変化等もあれば教えてください」
「そうですね。彼女と一体化されているので植物部分の正確な重量はわからないのですが、採取した部分的な重さと体積から3kg程度と予想されます」
「それでは彼女自身の体重変化としては下降線ということですかな? それに伴った体形や体調の変化のデータはありますか?」
「体形は測定してません。曲がりなりにも被験者が女子高生で任意の検査ですのでプライバシーにかかわり、精神的にも辛いかと思いやっていません。体調不良も今の時点では特にないですね。初めに病院に搬送された際は軽度の栄養失調でしたが現在の血液や体の状態は特に問題ないと言えます」
えっ、日々の体重計で増える一方で気をもんでいたのですが実際には植物の分を引けば痩せているのですか?! じゃあ夏休みに向けてのダイエットは必要なさそうですね。あと体形を毎日測るとなったら憂鬱でした。そこは配慮してくれた沢渡先生に感謝ですね。
「そこは科学の探求のために一肌脱いでほしいところですが、今更しょうがないですね。植物摘出後の体重変化から推測することにしましょうか。でも実際には栄養を吸収されているということは植物が大きくなればその分の体から吸収される栄養は大きくなるということですよね」
「知っての通りスポーツドリンクはかなりのカロリーを持っています。それを日に2ℓ以上飲んでいるのでそちらでカロリーを補っているのではないかと。また画像診断の図を見ていただけばわかるように直接脳に根を下ろす主根と頭皮と頭蓋骨の間に存在する側根があります。こちらから養分を摂取するならば液体で摂取したブドウ糖などを吸い上げていると予想しています。いわゆる水やりと栄養剤の役目をスポーツドリンクがしているということですね」
確かに食生活は変わってなくても結構な量の飲み物を飲むようになりました。それもこの植物に栄養を届けるためなんでしょうか。これは本当に私が寄生されていますね。
私がいろいろ考えていて疑問に思ったり、新しい発見があったりで頭を悩ませていると、今まで沢渡先生が質問者を指していたルールを打ち破り一人の男性が手を上げながらもそのまま発言をした。
「すみません!! 本題からずれてしまうのですが彼女の頭の上の蔓の不可思議な動きが気になって省がありません。最初は頭の上で冠状になっていたのが急に上に伸びたり、伸びた位置から重力を無視して曲がったり、エアコンの風でもああは動きませんし、物理法則的におかしいです!」
「一番突飛な話ですし私どももまだ正確なデータがとれていませんのでこの件に関しての説明は最後にするつもりなのですが、いろいろと時間を取って皆さまと議論をしたいと思っておりますので。ちゃんと検証と考察をする機会を後々に設けていますので今しばらくご辛抱願いたく存じます」
「最後まで待たないといけないのですか。すぐにでも知りたいと思っていしまいます」
「一番時間がかかりそうな要件ですので最後にしました」
やっぱり考え事をしていると蔓が動いていたようですね。蔓さん蔓さん、冠状になってください。これで少し意識を割いておけば多分大丈夫なはずです。あまり感覚がなくて動いてるかわからないんですよね。
「では次の議題は身体の方ですね。体重などは先ほど説明したとおりです。しかし頭皮部分に特殊な細胞を検出しました。それがこれです」
プロジェクターに映ったのは丸い緑の何かです。見てもわからないのですが。
「植物としたらありふれた葉緑体ですね。これが生田さんの毛根から検出されました。そのまま髪に分化した後も残るので髪の中にも存在しています」
「本当かね、それならば食事をしなくても生きていけるのではないか?」
「いえ、実際は髪から体へ栄養を送る組織というのはないのでエネルギーはここで消費されます。従いまして検出してから今日までの実験結果として次の3つの効能が観測されました」
かなり皆さん前のめりで聞いています。確かに本来ならば生物が持たない組織があるというだけではなく、栄養を作れる組織ですからね。どんな効能があるのか楽しみになりますよね。
・髪色の変化
「当たり前ですが葉緑体が中に入っているということで髪の色が光を浴びるとほのかに緑を含みます。日本人の黒髪での観測ですので多人種の金髪や銀髪で同じことが起きればかなりの違いとなるはずです」
・髪質の強化
「次に髪質の強化ですね。弾性が上がり強度も大きくなっています。なので切れにくい丈夫な神となっています。しかし少々剛性が強いので髪の毛が短いと寝かせた髪型にするのは手間がかかるかと。生田さんほどの長い髪の毛でしたら自重で落ち着くのですが」
・発毛の促進
「最後に発毛の促進ですね。髪の伸びる速度が速くなります。人間の髪というのは個人差はありますがひと月で1㎝程伸びます。一日で0.3㎜程度ですね。それが環境にもよりますが0.5㎜から1㎜程度となりました。約2倍から3倍となります。また、現状では彼女から採取したものですが、体と引き離しても毛根の細胞分裂は止まりませんでした。光を浴びて光合成でのエネルギーのみで髪が伸びています」
最初の色の話ではへぇー、強化でおおーとどよめき、促進の話が終われば歓声が上がりました。
「育毛、植毛ビジネスの新しい時代だ!!」「この細胞分裂を一般化できればハゲの特効薬に!!」「かつらよさらば!!」
最後にかつらを投げたのは誰ですか!? まだ早いですよ。だけど私の髪の毛に向けるこの部屋の皆の視線が怖いです。そんなおいしい獲物を見るかのような目を向けないでください。しかしざわめきは収まりません。確かに男性の方たちが髪の毛を気にするのもわかりますけどこんなにも盛り上がるものなのですね。
女性陣も多少の興味はありますがそれでもバカ騒ぎをする男性陣をちょっと冷めた目で見ています。
だけどふと思います。自動的に伸びる髪の毛だと夜な夜な髪が伸びる日本人形なんてものも作れそうですよね。だけど日光を浴びないとダメですかね。そうすると雰囲気がないですね。そんな話を隣に座ってる青柳さんにすれば笑ってくれました。今度、私の髪の毛で作ってみようかということに。こっそり教室の後ろに置いておきましょうか。
「すみません。確かに世紀の発見で盛り上がるのはわかるのですが、議事を進めてもいいでしょうか!!」
沢渡先生が騒ぎに水を差すような大きな声をだした。別に怒っているわけではないけど周りを静かにさせる強い声です。
それを聞いて立ち上がって盛り上がっていた場が静かになります。飛んで行ったかつらは回覧板のようにこっそりと持ち主の元に帰っていきました。
「少々取り乱しましたね。しかしこの技術が一般化するだけでノーベル賞は固い。こうなると被検体を集めなくては」
「そうですな。すぐ審議にかけて法律上の問題点を解消します」
「それまでは動物実験ですね。彼女からとれる種子と高岡さんのところの種子での違いなども研究に生かしましょう」
「では早く帰って準備をしなければ」
「まだ説明することがあるのですが。先ほど一度説明を求められたことです。こちらは更に現実的ではない話ですがうまくいけばこちらもノーベル賞ものですよ」
先ほどの話のインパクトが大きすぎて皆さん早く帰って動きたいようです。しかし沢渡先生は議事を続けようとノーベル賞という名の餌をぶら下げます。
「確かにまだ説明を受けてはいないことはあるだろう。しかし先ほどの件に匹敵するものはもうなかろう。だったらそちらに関係する研究員だけ残しておけばよかろう」
「ええ、早く持ち帰り書類を作って私の業績につなげたいですね」
「吹いちゃいけないですよ。ノーベル賞ものの研究なんてそう簡単に転がっているようなものではないです」
それでも皆さん半信半疑ですね。沢渡先生が説明したいのはある程度の意志を持ってこの蔓を動かせることだと思うのですが、これってノーベル賞ものなんでしょうか?
「まあ話だけでも聞いていってください。説明だけなら10分で終わりますので」
そういって立っている人たちを席に着かせます。それぐらいならと皆さん座りました。一人ぐらい帰るかと思いましたが誰も帰らないのは自分だけ知らないというデメリットを避けるためでしょうか。
「お引き止めしてすみません。それでは最後の議題です。それは蔓と脳の互換性ですね。こちらは原理もなにもなくただそういうものだと考えてください。現段階では科学的な根拠は一切ありません」
科学的根拠がないとは大きく出ました。ただあれはなぜなのか私にもわかりませんから。しかしそういうことを言えばやはり噛みつかれます。
「おいおい、そんなものの説明で私たちを引き止めたのか」
「そうです。ただ可能性の話としては先ほどの髪の話より多岐にわたり、汎用性も大きいので」
「科学者が科学的根拠のないものを語るのはどうかと思います。それではオカルトですよ」
「現象として存在するものを科学的に解明するのも科学だと考えます。なので皆さまのお力添えを頂きたい」
「ごたごたと口論してないで早く見せてくれ」
「ええ、じゃあめぐみさん立ってください。そして私の言うとおりに動かして」
静かに立ち上がります。学芸会の演劇の舞台よりはるかに緊張しますね。もしかして失敗すれば沢渡先生の社会的信用を失うかもしれないと思うと余計にです。
「まる」
ぐるっと回って輪
「ばつ」
ばしゅっ、ばしゅっ、で交差
「なな」
横にいってした
「らせん」
ぐるぐるとのぼるのが二本
「もどれ」
落ち着いてから冠
「これが最後の議題です。彼女は自分の意志で植物を操作できます」
沢渡先生の声が驚きで立ちすくんでいるお客さんたちの中をすり抜けた。




