404号室
「あー。駄目か、くそ」
つい言葉が口に出る。
そんな言葉が耳に入ったのか、隣にいた後輩(女性。25才。童顔で小柄だけど巨乳)が聞いてきた。
「どーしたんですか」
「ページが消えてる」
オレの目の前にあるパソコンのモニターには「404 not found」の文字が表示されている。
インターネットで検索をかけた時に、そのウェブページが何らかの事情で無くなっている場合に表示されるエラーだ。
「何を調べたかったんです」
「ビッグフット」
「……あまり詳しくないですけど流行ったの結構前ですよね。それ」
「温故知新だ。先月号のツチノコは結構評判良かったんだぞ」
先月号。
そう、オレも彼女もオカルト雑誌で記者をしている。
まぁ、『知ってる人も知らない』と雑誌そのものがUMA扱いされてるくらいマイナーな雑誌だけど。
「ああ、そうそう。404って言えば。どうなったんです? 例の『お化けマンション』
「あーあれな……」
2年ほど前だろうか、オレ達オカルト関係者の間である『お化けマンションの404号室』の話が噂になった。
「髪の長い女が夜な夜な枕元に立つ」
「部屋で火事が起きたので飛び出したのに、何も燃えてなかった」
「家具とバス・トイレのほかに『いわく』付き」
正直よくあるような噂だが、それをメシの種にしているのが俺達だ。
噂を辿りに辿り、ネットを駆使する一方で口コミの情報を足で拾い上げる。
そして、ようやく辿りついた通称お化けマンション。
まぁ、確かにそのお化けマンションには住んだのだけど……
「あー。うん。実はな……」
「はい」
「……その。404ではなくて304を借りたんだ」
後輩の目に哀れみと嫌悪の感情が浮かぶのが分かった。
「……間違えたんですか?」
「違う。いくら何でも間違うか。『404号室の事を、あなた達みたいな記者にあれこれ書かれると困るんです』って管理人に言われたんだよ」
「ああ、そういう……って何で記者ってバレたんでしょう?」
「? そういやそうだな? 黒髪の美人だったが」
「どーでもいい事は気になるんですね。まぁ、いいですケド。それで?」
「で、断られたんでとっさに言ったんだよ。304号室は空いてないかって」
「……何でですか?」
今、絶対コイツ頭の中で『馬鹿なんですか』って言ったな。
「いや、404号室は駄目でも、ひとつ下の階でも何かあるんじゃないかと思ってな」
「ああ、なるほど。で、どうでした」
「あー。うん。半年ほど住んだけど何も起きなかったな」
「駄目じゃないですかぁ!」
「お前だって『ああ、なるほど』とか言ったじゃねーか!」
立ち上がって抗議する後輩を宥めると、オレは席に座るよう促す。
「まぁ、待て。面白いのはこれからだ」
「と、言うと?」
「いや。半年経っても何も起きないからな。流石に引き上げる事にしたんだ。道具引き上げて、元のアパートに戻ろうとした時だ。異変が起きたのは」
無言で後輩が息を飲む。
「鍵を返しに管理人室に行ったらさ。前の美人と違ってじいさんが出てきたんだよ」
「? それが異変なんです? 身内なんじゃ?」
「いいから聞け。じいさんに何て言われたと思う?」
「さぁ?」
「『このマンションに304号室なんて無いですよ』……だと」
「………………はい?」
「いや、そんな馬鹿なと思うだろ。でも、じいさん言うんだよ『ここのマンションは忌み数の4を飛ばしてる』って。かと言ってこっちも困るからな。じいさんと一緒に確認に行ったんだが、無くなってたんだよな──304号室」
オレの話を聞いた後輩は、少し青ざめた顔でオレを見た。
「まぁ、これが証拠かな」
オレはそう言いながらポケットから鍵を取り出した。
勿論、例の『お化けマンション』【304号室】の鍵だ。
オレの手に握られた鍵を見ると、急に後輩が慌てた口調で話し出した。
「──ん? と言うか、今、気付いたんですけど。お祓いとかちゃんと行きました?」
「何で? もうマンションから離れたんだから大丈夫だろ?」
「何、言ってるんですか! ホントに馬鹿ですね! 先輩は304号室にいたんですよね!?」
「? ああ、そうだよ?」
「──それってつまり、404号室の存在は他の階にも干渉できるって事じゃないですか! 多分美人の管理人も404号室の存在です!」
「……だから?」
「もし、マンション以外にも干渉できるなら。この事務所だって危険だってこ──」
「……あれ?」
いつものデスクでオレは一人佇んでいた。
「誰かと話してたような気が……あれ?」
だがオレの隣は空席だ。
ふと前に目をやるとパソコンのモニターには「404 not found」の文字が表示されていた。
時空モノガタリ。【304号室】のコンテスト用に作成。