自分の中に存在するもの。
続編。
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「佐伯さんのご家族はどこに住んでるんですか?」
何日たったある日、彼女は佐伯に訪ねた。
久しぶりに佐伯は独りなんだと気がついた。ここ最近、彼女がよく家に来るようになり一人でいる時間が少なくなっていた今、佐伯は交通事故で死んでしまった家族のことを考えた。
今は、悲しみなんてほとんど無くなった。あの時に覚えた怒りも悲しみも今となっては跡形もなく、それほど佐伯にとっては家族さえも薄い壁のようなものがあったのだと感じる。
人は結局一人なのだ。魂まで繋がることはない関係は所詮、形だけの繋がりに過ぎない。
「家族は4年前に他界しました。」
さらっと佐伯は答えたのを見て彼女は首を傾げる。
「悲しくないんですか?」
当たり前の反応だった。そんな彼女に、「もう過ぎたことですから。」そう言って笑う。
罪を犯した。
それは、すべてのものにたいして裏切ってしまったということ。今更、そんな事を思っても自分の行った罪が消えることもない。
罪悪感。それ以上に佐伯の心は罪の意識に血を流していた。
いっそ、全てを綺麗に洗い流せたらーーー
そんな無責任なことを思ってしまう佐伯にとって死んでしまった家族のことを思う資格もないのだ。
佐伯の中に再び動き出した恐ろしく存在してはいけない化け物に、今、佐伯の体は彼女を殺すことのために動いている。
そう思うと自分を醜く恐ろしい存在と思えるのだ。
そして次の日から、佐伯は彼女を埋めるための棺桶を作り始めた。
ホームセンターで買って来た木の板が車庫に置いてあったことを思い出し車庫にむかう。やかましく鳴るシャターを開け、車の隣にもたれかかっている木の板を家の一番奥の部屋に移動させた。
これは1ヶ月前のあの黒髪の少女の棺桶を作ったときに使ったものだ。佐伯はそのときの感触をまた思い出して身震いした。
今頃、あの棺桶の中では黒髪の少女の血がたまってその隣にはその少女の恋人が命を絶とうとしている。
あんなに深い愛というものを目の前で目の当たりにした佐伯にとってあの二人は、恐ろしいものだった。
結局は、形だけしかない人間関係にどうして命をなくしてまで恋人というものに執着するのだろう。あり得ない。そんなこと佐伯には考えられないことだった。
そんなことを考えてふと立ち止まる。彼女は?
昨日、佐伯の家に訪れた彼女は大切な人がいるのだろうか?命までなくしてそれでも護りたい人が存在するのだろうか?
自身も望んでいたはずだ。普通な恋愛に普通の生活に。それでもきっとかなわない思いに。
あり得ない。そう思うからこそ、どれだけ願ったものか。
もしも、彼女に大切な人がいるなら、彼女は命を捨ててまでも自殺したいのだろうか。
解決しない考え事に佐伯は首を振る。
どれだけ考えても彼女が決めたこと。佐伯が関与していいものではない。
彼女自身のことだ。きっと彼女にも深い悩みというものがあるのだろう。そう佐伯にも誰にも言えない悩みというものがあった。それを押し殺していると相手に壁を作ってしまうことも知っている。
彼女がどれだけ悩んで苦しんでも佐伯には分かりようがないのだ。人々の関わりは魂の勧誘ではないのだ。
木の板を奥の部屋に全て運び込むと佐伯はさっそく棺桶の制作に取りかかった。
釘のうつ音を聞いても誰も疑わない。部屋の奥で作業しているためまわりから怪しまれることもない。佐伯はそんなことを思うと同時に、彼女がこの棺桶の中に入っている様を想像した。
ふたを閉じて彼女の体は、木箱の中に隠れる。深くほったまま放っておいた土の穴に彼女が入った棺桶を入れて土をかぶせる。完全に地中に埋まると竹筒が2本だけになる。そしてその竹筒の先から水を注いだら彼女は誰にも知られず佐伯の手によって殺される。
けっしてやってはいけない行為だと思っているとは逆に佐伯の手はまるで休むことを知らないかのように棺桶を作るため、釘を打つ手を止めない。
着々とできあがる棺桶に佐伯の頬は緩んだ。
まるで砂糖菓子を味わうかのようなそんな甘味なものを感じ、それと同時に快感と言う波が佐伯を引きずり込んだ。
彼女がどれだけ佐伯のことを知っているのかは分からない。
佐伯は、彼女が言った、家族はどこに住んでいるんですか?という言葉を思い出し、もしかしたら自分のことをまったく知らないまま自分の家に訪れたのかもしれないと思った。
あの少年のことである。安易に佐伯のことを話す性格ではないだろう。
だから、佐伯が人を生き埋めにするという妄想に取り付かれて実際に実行してしまう醜い殺人犯だということも彼女は知らない。
普通な生活を誰よりも願っていたことも。彼女は死んでも知ることは出来ない。
自殺というものに対して、佐伯の家に訪れそして何一つ知らないまま棺桶に入れられ土の中に入ってからこそ分かる恐怖と孤独感に彼女はどう感じるだろうか。
後悔してこの現実から逃げたくても逃げられないものにどう立ち向かうのかと思うと、佐伯はそんな彼女のことが哀れでならなかった。
かわいそうに。
かわいそうに。
自分自身がこれから行う犯行にそう思うことしか出来ないのだ。
自分はきっと、人間の姿をした、怪物なのだ。
醜く人を殺すことを快楽とする殺人鬼。
そう思う、自分の姿がこそが真の姿なのだと佐伯は確信した。
どれだけ時間がたったのだろう。
彼女の声に佐伯は現実に引き戻され、彼女が佐伯が作業している部屋で首を傾げて立っていたことを知る。
「何してるんですか?」
彼女は、棺桶を制作している佐伯にそう訪ねた。
恐ろしい。
彼女の目は、何かを秘めた黒い闇でそれと同時に恐怖の形が宿っていた。まるで、佐伯を拒絶するかのように冷たい目に佐伯は苦しくなった。
「い。。。いえ。。。これは。。。」
言葉を濁す自分が哀れで、佐伯はしっかりと彼女の顏を見ることが出来ない。体が震え、目眩が襲った。そんな佐伯に彼女の目は真っ直ぐに佐伯を見つめている。
どれだけ、願っても叶わなかった人との深い関係をはっきりと証明するかのように佐伯には思えて仕方がなかった。
怖い。
彼女が自身の思っていること全てを知ってしまうことが。
そして、止まらずに人を殺すことばかり考えて木を打つ手を止まらないことが。
苦しくて、呼吸が速くなるのが分かった。
ーーー何故人を埋めることにこれほど執着してしまうのだろう。
「これで、私を殺してくれるんですか?本当だ、これだったら私の死体が警察から見つかることもない。」
沈黙の息苦しい中、彼女の言った言葉に佐伯は自分の耳を疑った。彼女の目は棺桶に向けられ、きらきらと輝くその目に佐伯は驚きを隠せなかった。
「怖くないのですか?」
驚きのあまりいつの間にか口に出した自身の言葉はしっかりと彼女に届いたはずだ。言ってしまったと同時に佐伯の心の中はまるで首を絞められるように息苦しくなった。
「何がですか?」
彼女は、まるで佐伯の言葉がわからないと言った風に首を傾げて疑問そうにそう訪ねた。
あり得ない。
佐伯はまるでここが現実ではないかのような感覚に陥り、彼女を見る。
「私のこと、恐ろしいでしょう?」
思いのほか震えた自分の声はまるで彼女にすがるように、何かを否定して欲しいかのように思った。
自分が恐ろしい怪物だということを、それをしっかりと受け止めてもらえる相手にーーー
ーーーいつの間にか、出会えるはずのないそんな人に彼女を置き換えていた。
まだまだ続きます。






