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自由のソラ  作者: 蒼猫
2/3

シイナ

ミウはベッドの上で目を閉じる。

 ミウには、あの時から前の記憶が無い。

 ミウが初めて会った人間。今でも、あの人間の言っていた事は理解できない。

 ソラが教えてくれた色んな事の中で、ミウはなぜかその事を聞けなかった。

 でも、いつも夢にみる事がある。それは、ミウが沢山の機械に囲まれてそれと、戦っていた隣で、地面まで届く黒い髪のミウとよく似た存在がミウと同じように機械と戦っている。

 いつも繰り返してその夢を見る。

 それが何なのかミウにも分からない。

 ミウは、人間だとソラは言う。でもミウは本当に人間なのだろうか?

 ミウは、ミウが分からない。

 ミウには、ソラがいる。

 なにも分からなくてもソラがいる。

 今までミウを見た人も機械も、ミウを恐れている様な目で見ていた。

 ソラだけが、ミウに優しく接してくれる。

 だけど、もしミウの怖い所を見たらソラは、あの笑顔をミウに向けてくれるのだろうかと考えている内に意識が夢の方へとんだ。

 周りを見るとミウが普段見る夢とは全く違う風景がそこにはあった。

 それは、ただ暗く周りには何もない世界。

 「なんだ? ここは?」

 辺りを窺ってみるミウだが本当に何もない。

 その時、足音が聴こえる。

「だれだ!」

 そう言ってミウが振り返ると、そこにはいつもミウの夢の中に出てきた地面まで届く漆黒の髪に、瑠璃色の瞳にミウと同じ透き通るような白い肌でミウによく似た少女が立っていた。

 少女は一言も話さず、どこか嬉しそうで寂しそうにミウを見ている。

「お前はだれだ?」

「・・・・・・」

 何も言わないでミウを見つめる少女は踵を返して闇の中に消えた。

「まて!」



 食事の匂いに目が覚めるミウ。

 まだ覚醒しきっていない頭で部屋を出ると、そこには、キッチンで料理をしているソラの姿があった。

「ミウ? おはよう。もう少し待ってね」

 そういってソラは、ミウに笑顔を向ける。

 ミウは、階段を下りて、いつもミウが座っている椅子で、天井を眺めながら料理が出来るのを待っていた。

「なあソラ・・・・・・」

「ん? どうしたの。ミウ?」

「やっぱり何でも無い」

 不思議そうにミウを見つめ、牛もも肉のパイ包みを食卓の中心に置く。

「どうしたの? 気になるじゃないか」

 ミウは手足をパタパタさせて「何でも無い」という。

 こういう時のミウはその後、何を言っても教えてくれないのでソラは黙って残りの食事を食卓に運ぶ。



ホンゴウ少佐が暗い部屋で、流されるスライドを確認している。

「まさかこんな所で、対象を発見するとは、な」

 紫煙を吐きだし、考え事をするような仕草を取る。

「諜報員の話によりますと、隣の少年と意思疎通も出来ているようで、少なくとも「モズネブ」の作った兵器の類では無いと思われます」

 ホンゴウ少佐の隣の若い士官が資料を睨みながら報告をしていた。

「その後、迷彩で隠れながら、対象を追跡したのが、この映像になります」

 流された映像には、少年と少女が砂上バイクに乗っている映像がはっきりと映っており、その後、光学迷彩を解除した家も映っている。

「魔法障壁が張られた後は、外部からの物理的、電磁的、魔法的侵入も不可能らしく、どうやら、非常に高い性能の障壁が張られているようです」

「そんな物を民間人が持っているのも変な話だが、その後の追跡と民間人の身元は分かったのか?」

 資料を何枚かめくる士官。

「民間人の身元は正直よく分かっていません。諜報員も調べてみたそうですが、電磁データバンクに載っているはずの身元検索では引っかからず、紙媒体の資料にも発見できなかったようです。ただ、その民間人が使っていた機械の外見的特徴は数年前から、軍に協力している夫妻のものと一致までは、したのですが・・・・・・」

 一枚資料をめくる士官。

 ホンゴウ少佐はそれを静かに聞いていた。

「・・・・・・カタログスペックが一致しない事と、このタイプの家は、他にも使用されている事と、民間人の使っている迷彩障壁も軍、民間を問わず一致する物が無いようです。また、夫妻には子供はおらず、情報操作も疑いましたが、今の所それらしい物も発見出来ておりません。」

「そうか。で、追跡はどうなっている?」

 士官が別の資料を取り出し、

「追跡に関しては文字通り足跡を追跡する形で続行していますが、障壁を外して貰わないとこちらからは手出しすら出来ないのが現状です」

「まったく次から次へと・・・・・・結局、捕獲対象が増えた上に、難しくなったという事だろう?」

「そうなります」

 士官の無機質な返答に溜息を吐き、少年と少女が映っている写真を見るホンゴウ少佐。

 ホンゴウ少佐にとっては、少女が敵でない事は有難かったが、味方になるか怪しいという事実は、今の状況では、あまり好ましくない。

「わかった。この件は、対象が捕獲でき次第、進めるとして問題なのは・・・・・・」

「「モズネブ」の動きですね」

「そうだ。ここ数日、今まで以上に「モズネブ」の動きが活発化し始めている。私が思うに、大規模な侵攻があるのではないかと思う。それに・・・・・・」

「それに、もし今の戦線ラインが押されるような事があれば、大規模な戦線の後退を余儀なくされる事になりかねません」

「そうならん様に、本部もかなりの部隊を投入するようだが・・・・・・」

 ホンゴウ少佐は、頭を抱えていた。

 戦争が勃発して数年経つが、現在の状況は決して良くない。

 制空権を争っていたのが旧時代の戦闘だとすると、この時代の戦闘は、如何に良質な魔法石採掘と、それを上手く機能させる兵器があるかに掛かっていると言っても過言ではない。

 アウトレンジによる火力が主流だった旧時代は、優秀な迎撃兵器と、優秀なミサイルの開発それを運用できる兵器が第一線だったが、魔法兵器の発見はそれを根底から覆すものだった。

 その例の一つを上げるなら、魔法障壁である。

 これによって強力な防御力を発揮できる為、それを貫通できる実弾兵器が皆無になった事、また、魔法障壁を貫通できるミサイルを作ろうとすると、そのコスト比に見合った効果を発揮できる実弾兵器は、戦略核兵器のような火薬を使わなければ割に合わない為、基本的に使われない。

 勿論、魔法兵器を使ったミサイルの開発も進められているが、まだ実用化の目途すら立っていないのが現状である。

 さらに言うなら電磁パルス攻撃も対策が容易になされる為、意味を成さない。

 次の例として、魔砲に代表される火力面の進歩も旧時代の戦闘を様変わりさせた要因である。

 実弾の様に質量に依存しておらず、純度でその威力を発揮でき何より、実弾以上に火力を発揮できる魔法兵器の為、兵器の軽量化に繋がったのは、勿論のこと、兵器の火力増強を推し進めたのも事実ではある。しかしそのせいで、兵器の運用が一から見直さなくては、ならなくなったのも事実であった。

 それに加えて「モズネブ」が使う兵器が無人兵器である事、戦争勃発から短期間で世界全体の半分。

正確に言うなら日本を中心に中国ロシアの半分とアメリカの半分それに、オーストラリアの上半分を占領されてしまった事が今の劣勢の実情と言っても良い。

 大国と大国の対決は不毛な消耗戦になるのが必定である為、どうしても優秀な無人兵器を開発している「モズネブ」に押され気味になる。

 即物的な言い方をすれば、人という時間の掛かる部品を、使っているこちらが勝つには、どうしても「モズネブ」以上の兵器開発を急がなければならないのだ。

 ホンゴウ少佐は移動要塞の窓際に立ち外の景色を眺めていた。



 ソラの家の中で、ミウがソラに何か抗議をしている。

どうやら、あまりにも暑い日が続いたものだから、どこかで涼を取りたいというものらしい。

「あのね、ミウ。家にあるシャワーで十分、涼ぐらいとれるでしょ?」

「いやだ! ミウはもっと大きな所で水浴びをしたい! 泳ぎたい」

 いつものミウの、わがままが始まった。

「それにそんな大きな水辺なんて近くに無いよ?」

「嫌だ! 無いなら探せばいい!」

 普段のミウならこういうわがままは、まあ、あまり? 言わないのだが、市で買って来た服の中に水着が入っており、ミウにそれの説明をしたのがまずかった。

 そのせいでミウのテンションが上がってしまい、何としてもその水着を使える大きな水場に行きたくなったようである。

 最初は、お風呂の浴槽に水をためて水着を使わせてみたが、ミウには、これは違うと暴れられる始末。

 しかも今回は、いつもの「ご飯お預け」「おやつを上げる」も通用しないほどに、ミウは広い水場で泳ぎたいらしい。

「それに、そんな場所どこにあるんだよ!」

「ここだ! 大きなオアシスがあるって書いてある」

 ミウが地図を指差している。

 変な事ばかり覚えるのが早いなとソラは呆れるやら感心するやらの状態だ。

「ミウは、泳ぎたい!」

 どうしたものかと考えるソラ。

 別に泳ぐ事自体に反対しているわけではないのだ、この前行った市の噂で、どうやら、「モズネブ」の動きが活発化しているらしい事を聞いていたので、出来る限り穏便にそれをやり過ごしたかったのだが。

「もし、連れていかなかったら、ミウは大暴れする」

 それも困るなとソラは思った。

 一度だけミウが、大暴れした時は家が小壊して修理に数週間掛かかり、とんでもない目にあっている。

 そういう現実的に実力行使できるのはある意味、恐怖なのだ。

「うーん」

 悩むソラ。

 今回ばかりは、ミウのいう事を聞いた方が無難な気がしてきたのだった。

 暴れられて、今度は何週間掛かるか分からない家の修理をしつつ、ミウのわがままは相変わらず続くのだ、その相手をする事を考えると、どちらが無難かは一目瞭然である。

「分かったよ」

「おお! ソラ行くのか?」

 ソラは両手を上げて降参のポーズを取り、頷く。

「ミウは、ソラが大好きだ!」

 そう言ってミウは、ソラに抱きつく。

 反動で地面に仰向けに倒れるソラとミウ。



 ソラの乗り物がミウの指し示したオアシスに到着した。

 オアシスの周りには木々が生い茂っており、中には赤い実を生い茂らせている物もある。

 ミウは、梯子を使わずに飛び降りる。

どうやら、それほど楽しみにしていたようだ。

「ああ! ミウ。ちょっと待って」

 ソラはミウの替えの服を持って梯子を降りた後、魔法障壁を解除して、ミウを追いかけてオアシスに向かう途中で、魔法障壁を張った。

そこには、いつも着ている服を脱いで、すでに泳いでいるミウがいた。

「ミウ! あんまり遠くに行っちゃダメだよ!」

 ソラは、「ふう」と一息吐くと、木陰に座りミウの姿を眺める。

「ソラー」

 水の中で立ち泳ぎをしながらソラに手を振るミウにソラは手を振り返す。

 その時、ソラの背中に金属の様な感触が服越しに触れる。

 ゆっくりと振り向くソラ。そこには、武装した兵士が何人もいた。

「あの? どちらさまでしょうか?」

「喋るな! 静かに両手を上げろ」

 言われるままに、ソラは両手を上げた。その異変に気付いたミウが物凄い勢いで近づいてくるのが見える。

 白い厚手の胸元に「みう」と書かれている紺色のワンピース水着を着たミウが叫ぶ。

「お前ら! なんだ? ソラを放せ!」

 すると、隊長と思われる兵士がソラの、頭に銃を突きつける。

「大人しくしろ! さもないとこの子の命は保証しない」

 ギリッと歯を噛むミウだったが、その兵士に言われた通りに大人しくなる。

「よし! 拘束しろ」

 周りの兵士が手際よく、ミウとソラを拘束した。



オアシスで拘束されたミウとソラはトラックの様な乗り物に閉鎖された金属で出来た荷台に乗せられて砂漠の海を移動しているようだった。

 困った様子のソラだったが、ミウは拘束具を力任せに破壊する。

「ソラ、逃げるぞ!」

 そう言って今度はソラの拘束具を素手で破壊するミウ。

 そして、閉鎖された荷台を力いっぱいに殴るミウだったが、殴ろうとした所から魔法障壁が現れて、その威力を分散する。

「ずいぶんと厳重だね」

 困ってはいたが、いたって冷静なソラ。

「ソラ! ミウのいつも着ている服は何処だ?」

「ああ、それなら兵士の人が持っていったよ」

 ミウは何か憤慨するように腕を組み座った。

 ぴちゃりっと水と布が合わさる様な音が響く。

「まあまあ、焦ってもしょうがないよ。ミウ」

「何故ソラは、落ち着いている!」

「こういう時は、落ち着いた方が良い考えが浮かぶものだって聞いたことがあるから」

 内心はそこまで落ち着いてはいない。

 しかし、ソラにはミウの様に素手で機械を壊せるような力は無いのだ。

 唯一出来るとするなら、電子戦。

いわゆるコンピュータを使った頭脳戦がソラの専門なのだ。

「そうか・・・・・・」

 それを聞くとミウは、落ち着こうとしているのか、何やらもじもじと変な動きを始める。

 その変な動きを見ながらソラはソラでどうやってここから脱出したものか考えている。

 とはいえ、素手とはいえミウの渾身の拳を無効化できるのだから、よほどの物でも無いと脱出は困難だという結論に至る。

 ミウとソラをのせた荷台は、ゆらゆら揺れてどこかへと向かっていく。

 荷台には食料や水それに、生活で必要になるであろう物が一通りそろっていたので、荷台の中で餓死するという事は無いだろと思っていたソラ。

 急に立ち上がるミウ。

「どうしたの? ミウ?」

「水着が張り付いて気持ち悪い! それにおしっこだ!」

 ミウは、いきなり水着を脱ぎだす。

「コラ! ミウ! こんな所で脱ぐんじゃありません! トイレをするんじゃありません!」

「ミウは、気にしない!」

 肩ひもを脱ぎ始めているミウ。

 ソラは、それを必死に止める。

「気にしなさい! 女の子なんだから」

 慌ててソラが持っていた、ミウの替えの服が入っている袋の中にある、タオルをミウの胴体に巻き、ミウの胴体から下を隠した。

「うう、邪魔くさいぞ、ソラ」

「とりあえず、それで見えないように脱いだら、これを着て」

 ソラが取り出したのはミウの替えの服だ。

 適当に取ってきたためなのか、上着の肩袖の部分は透けており肘までしか布がなく、腰に赤い大きなリボン全体の色調は薄い桜色、スカートにはヒラヒラしたフリルがついておりやや黒みがかった服である。

 ミウの水を吸った長い髪を丁寧に拭くソラ。

 ミウは、言われたとおりに、それに着替える。

「着替えたぞ」

 えっへんといった表情で、ソラを見下ろすミウ。

「トイレは良いの?」

「おお! 忘れていた」

 尿意を忘れられるというのはどういった脳の構造をしているのかソラは、頭を抱える。

「ソラ・・・・・・トイレは何処だ?」

 もじもじ、し始めるミウ。

 ソラは先ほど見渡した中に仮設トイレがある場所を指差すとミウは、すぐさまそこに走りだしバタンと扉を閉める。

 やれやれとソラはまた座り物想いにふける。



 数週間が過ぎる。

 荷台の中ではミウが食べた、食料の残骸が積まれていた。

 無論の事、最初は、やれご飯がおいしくない粉っぽい、ガタガタ揺れて眠りづらい等、文句を言っていたミウだが、今は、文句を言っても状況が変わらない事を知ると大人しく不貞寝をしている。

その時、ガタンという音がすると、荷台の扉が開かれる。

 ミウは即座に走りだして、外に出る。ミウの後を追ってソラが外に出ると、そこはどこかの施設の中の様な場所で、白い壁に覆われていた。

 やはりというべきか、ここでもミウは壁を力いっぱい殴っていた。

 しかし、今度も魔法障壁がミウの拳の力を分散する。

「はじめまして。我が移動要塞にようこそ」

 部屋全体に男の声が響く。

 ソラは少し身構える。

「手荒な歓迎は、すまないと思っているが、こちらも仕事でね」

 ソラは辺りを窺いながらその声と話をした。

「僕たちを拘束して何のつもりですか?」

「君にも興味はあるのだが今、一番興味があるのは、そこの少女だ」

 ソラは黙りこむ。この声の主がなんの目的でここへ連れてきたのか分からなかった。

しかし、ソラ達にとってあまり良い事ではないのは、確かだったからである。

 だが、いい解決案が浮かばないのもまた事実なのだ。

「そう言えばまだ自己紹介がまだだったな。私は、ホンゴウ、階級は少佐だ。ここの戦線の指揮をしている」

 しばらく黙った後ソラは、答える。

「僕は、ソラ。あの娘はミウ」

「ソラ君に、ミウ君か・・・・・・」

 すると、壁を壊すのを諦めたミウがソラの元に戻ってきた。

 たぶん最初からこうなる事を考えて作られた様なそんな感じだ。

「ミウ君だったね。はじめまして」

 激怒しているミウが声だけのそれに大声で抗議を始める。

「ここから出せ! ミウはこんな所にはいたくない!」

 その声の主のものと思われる溜息の後に返事が返る。

「悪いがそこから出すことは、今は出来ない。ただこちらの指示通りにしてくれれば、悪い様にはしない、それだけは総司令官の私にかけて保証する」

 ソラは少し考えた後、ミウに耳打ちをする。

「ミウ、今は言う通りにしよう」

「ソラは、それでいいのか?」

「多分、今はそれが最善だよ」

「わかった」

 そうすると少佐が二人の会話が終わったのを確認する。

「で結論は出たかね?」

「あなた方のいう通りにしますよ。ただし、ミウに危害を加える様な事をしたら、許しませんよ」

「協力感謝する。ソラ君。君は、実に聡明な様だ」

 兵士が防護扉を開いて、入ってくるとソラとミウを引き離す。

「コラ! ミウはソラと一緒にいる!」

 大の男を片手で投げ飛ばし暴れるミウにソラは叫ぶ。

「ミウ! 大人しくするんだ。絶対に僕が迎えに行くから!」

 ミウはそれを聞くと頷き大人しく兵士に連れられる。



 金属で出来た指令室でホンゴウ少佐は、煙草を吸っている。

「少佐殿どうしますか?」

 若い士官が少佐に訊ねる。

「何がだ?」

 少し機嫌が悪い少佐。

 二人の待遇について若い士官が訊ねる。

「あの少年と少女です」

「少年も少女も普通に一般人として扱え。いいか、彼等は我々の勝手な都合で連れてきたという事を忘れるな」

 煙草の煙を天上に向かって吐くホンゴウ少佐。

 ホンゴウ少佐は道徳と軍人の性の間で揺れていた。

 上官ゆえ、軍人として振る舞ってはいる。

 しかし本来的には、出来る限り道徳的立場を取りたいとも考えていた。

 勿論それが、甘い事も重々承知の上で。

「本来ならあんな子供を、大人の都合で連れてくるのは、気が引けるのだがな。全く軍人とは、つくづく因果な職業だよ」

 煙草の灰を灰皿に落とすホンゴウ少佐。

 内心やはり穏やかではない様だ。



 白い壁に規則正しく壁の角側面から光が灯っている廊下をソラは、二人の兵士に自動小銃に連れられ金属の扉で出来た部屋の前に立つ。

 金属で出来た自動ドアが開くと、中は簡素ながらも生活には不自由しなそうな衛生的な空間だ。またガラス越しに外が見えそこから、かなりの大きな要塞だという事が見て取れた。

「何か、必要なものがありましたら、そこのモニターを使ってください。出来る限り配慮します」

「ええ、どうも」

「では」

 兵士の二人がドアの前で敬礼すると、金属でできた自動ドアの扉が閉じられガチャリとロックがかけられる。

ソラは、窓際のベッドに仰向けに倒れる。

天井には、光を放つ四角い物が設置されていた。



 どうしたらいいのだろう。

 僕は、また何もできないのだろうか。

「ミウ・・・・・・」

 僕は、懐に忍ばせていた、革袋を取りだす。中には超高純度の魔法石が入ってはいるけど、これだけじゃ今はただの石と大差が無い。

 なんとかここから出る方法を探さないと。

 僕は、ポケットに入れてあった端末を取り出し、モニターに繋ぐ。

 処理能力に不満が出る所だけど、この際そんな事を言ってもしょうがない。

 僕は、端末を操作する、すぐに一枚目の防壁にあたる。

「これぐらいしか今の僕には出来ないけどミウ・・・・・・」

 僕は、端末を操作してその防壁の解除を始める。



 ミウは、何か実験室の様な所の白いベッドの上に頑丈そうな金属で固定されていた。

「大人しいのね。もっと暴れると思ったのに」

 ミウを見ながら何やら医療器具の様なものを整理する、女性の研究員。

 研究室というより病院独特の匂いがそこに充満していた。

 ミウは大人しくしている。

 普段のミウならこんな閉鎖された空間だとすぐに動いて広い場所へと出ようとするだろう。

 しかし今のミウはソラとの約束で大人しくしていた。

「ミウはソラと約束した。今は、お前たちのいう事を聞く」

「そう・・・・・・」

 まるで、人を見ていない様な瞳でミウを眺める研究員の手に空の注射器が握られていた。

 その空の注射器に採血用のガラスで出来た器具を取り付ける。

「少しチクリとするわよ」

 注射器がミウの皮膚を差すと、赤い血が注射器の中に注がれる。

 ミウは、ぐっと我慢している様子で、痛々しい表情をしている。

「泣かないのね、アナタ」

「ナク? ナクとはなんだ?」

「変な子ね。まあ私には関係ないけどね」

 そういって注射針を抜き、少し離れた所にある両眼顕微鏡の所へ歩く研究員。

 それを聴いてミウは大人しくしながらも叫んだ。

「ミウは変な子じゃない! ミウにはミウという名前がある! ソラに貰った大切な名前だ!」

 呆れた様子でミウを見る研究員は、採取したミウの血液を、ガラス板に乗せ両眼顕微鏡で覗く。

 そこに映し出されたミウの血液を見て驚いた様な声をあげる。

「なに・・・・・・これ?」

 研究員は少し考えたあとミウの顔、近くまで近付き、訊ねた。

「あなた、本当に人間?」

 研究員がまるで、人では無い何かを見るような目でミウを見る。

 いやむしろ奇異な存在を見るような目というべきだろうか、とにかく自分たちと違うミウの血液を観察して、その研究員には納得がいかないようだった。

「ミウは人間だ! 魔法石を食べる事が出来ても、頑丈でもソラはミウの事を人間だと言った!」

 そう叫ぶミウ。

 呆れた様子の研究員が気味の悪いといった態度でミウに話した。

「普通の人間は魔法石を食べる事なんか出来やしないわよ! あなたは、人間じゃないわ」

「違う! ミウは人間だ! ソラがそう言ったから、ミウは人間だ!」

 さらに大きな声で叫ぶミウ。

 ミウにとっては、ソラが世界の全てだった。

 なぜなら、ソラが唯一、ミウと言う存在を認めているのだから。

 そして何より、もしミウが人間では無いのならミウはなんなのか?

 確かにミウは魔法石を食べる事が出来、普通の人間とは比べ物にならない位頑丈だ。

「はあ、まあ良いわ。これからあなたがどれ位、人間じゃないかしっかり教えてあげるわ」

 そう言って研究室を出る研究員。

「ミウは・・・・・・人間だ」

 その言葉が虚しく研究所に響く。

 ミウは自分に言い聞かせるようにその言葉を言う。

 自分は人間なのだとミウは信じたかったのだ。



 指令室の中、若い士官が少佐に向かって何か報告をしているようだった。

「対象の少女。血液検査の時点での研究員の報告によると、どうにも人間では説明できないとの事です」

 ホンゴウ少佐は、煙草に火を点け黙ってその報告を聞く。

「血液の表面に魔法石の粒子が付着しており、それがどのような働きをしているのかは不明ですが、普通の人間がそんな事になれば、おそらく死んでしまうそうです。また血液内の成分も、よく分からない物質が多数混じっており、やはりどのような働きをしているか不明とのことです。あとナノマシンと思われる機械的な物が抽出されたそうです」

 ホンゴウ少佐は煙草を一息吸い吐いた。

 ミウの検査結果。

 血液検査だけとはいえ確かに良く分からなかった。

 ナノマシンについては、そこまで驚くものではない。

 今の医療現場でも普通に使われている位に普及している技術だ。

 ただミウの検査で出てきたナノマシンが特殊だっただけの話なのだが、それでもホンゴウ少佐はミウという少女が分からなくなっている。

「つまり、何も分からないという事かね?」

「そうなりますが、少佐殿、対象の危険性が分からない以上やはり・・・・・・」

 煙草の灰がポトリと落ちる。

 ホンゴウ少佐は金属でできた机を「ガンッ」という音が鳴るほど叩き叫んだ。

 これはホンゴウ少佐の良心なのだろう。

 しかし軍人という職業がその良心を邪魔するのもまた事実だった。

「何度も言わすな。彼女は普通の娘として扱う。これは命令だ」

「しかし・・・・・・」

 士官の意見も尤もだわけの分からない存在。

 現状ですら「モズネブ」が何か分からず、「モズネブ」の動きが活発化しているこの状況なら、少女を監禁なり拘束なりするのが普通だからだ。

 それでもホンゴウ少佐は、やはり人間でありたいと考えているようである。

「くどい!」

 しかし、ホンゴウ少佐は頑なにそれを拒否した。

 ホンゴウ少佐は立ち上がりその場を後にしようとする。

「少佐殿どちらへ?」

 まだ少し怒りが収まって無いかのような様子で士官を見るホンゴウ少佐。

「二人に会う。その上で今後の方針も考えねばならん」

 そう言い放つとホンゴウ少佐は、金属で出来た自動扉から部屋を出た。

 ミウの資料を見直す士官。

 やはりそこに書かれているのは、奇異とか化物とかそういう単語が浮かぶものだけだった。



 ソラのいる部屋にブザーの音が響く。

 ソラはすぐに、端末をポケットの中に入れて、ブザーに返答する。

「どちら様ですか?」

「ホンゴウだ。中に入っても構わないかね?」

「・・・・・・どうぞ」

 自動ドアのロックを解除し、ホンゴウ少佐がソラの部屋にゆっくりと入る。

 警戒するソラ。

「・・・・・・何の用ですか?」

「少し話でもしようと思ってね。なに世間話程度で良いから、そんなに警戒しないでくれ」

「すいませんね。僕は軍人が嫌いなんですよ」

 少し意地悪そうにソラが言うと、ホンゴウ少佐は、溜息を吐き、外を眺める。

「ソラ君だったかな、君は、あの娘をどう思っているんだい?」

「何を言いたいのか分かりませんけど。ミウは人間です! ちょっと変わっていても僕の大切な人です」

 ホンゴウ少佐を睨むソラ。すると、少佐は、ゆっくりした溜息を吐く。

「そうか・・・・・・人間か。なるほど」

 するとホンゴウ少佐は胸ポケットの中から写真を二枚取り出す。

 その写真に興味を示すソラ。

「なんですか? その写真?」

 ホンゴウ少佐は少し遠い目をしている。

「一枚は家族、もう一枚は戦友の写真だ」

「戦友?」

「この戦争が始まる前の話だ」

 ホンゴウ少佐はそこに映っている若い男が二人映っている写真を見つめる。



数十年前。

二段ベッドの上で眠っている俺。

ベッドの周りには、戦術書やら教練書などが積み重ねられている。

「おい、ホンゴウ起きろ」

 そう言って黒髪短髪の細身だが、強い意志を感じられる顔で身長は179cmほどの男が俺を起こす。

「なんだ? もう交代か? ニイミ」

 俺は、眠そうにベッドから起き上がる。

簡素な二段ベッドから降りると、欠伸あくびをし、背伸びをして首をバキバキとならす。

部屋全体は、机とベッドがある程度の簡素で狭い空間だ。

まあ他の事は別の部屋で事が足りてしまう寮生活。

衣食住すべて揃っているわけだからこの程度の部屋で問題無いのだ。

「違うよ。昨日言っていたじゃないか?」

 昨日・・・・・・ああ思い出した。

 食堂でニイミが夕飯の時に休みが一緒だから何かしようと言ってきたんだな。

「ああ、そうだった、な。久々の休暇か」

「そ。で、二人でピクニックだ」

「男二人でピクニックか全く。ここには華が無い」

俺は、悪態を吐きながら、準備を始める。

別に外に出る事は嫌ではないしせっかくの休暇だ。

有意義に使いたいわけだから、ニイミの誘いに乗るのも嫌では無い。

しかし、何と言うかこうあるだろう、デートとか、デートとか。

男子寮だとはいえ女性の自衛官がいないわけではない。

中にはそういう女性自衛官に影で声をかけているものも何度も見ている。

まあ大抵振られるか、家庭持ちなのだが俺から見ればニイミはハンサムな部類に入ると思う。

少なくとも俺より顔が良い。

「ほら、早く行くぞ」

「ああ、分かったよ」

 ニイミに促されてまだ日も浅い内に宿舎を出る。



 川のせせらぎと鳥の鳴く声。

 青々とした山林に、ヤマモモや、グミの実が生い茂っている。

 俺とニイミはいつもの穴場にいた。

 川には小砂利や石が敷き詰められていて、川の水の透明度も良い。

 前にニイミと釣りをした時は、岩魚が釣れたほどだ。

 あの時の塩焼きの味は今でも忘れられない。

「いやーやっぱり川は良いな」

 ニイミがそう言うと、すぐに椅子の準備を始めて、リュックにある本を取りだす。

「またその本か? 良く飽きないな」

「お前には、この本の良さは分からんさ」

 ニイミの読んでいる本は、SF本だ。

正直、どこで読んでも同じだと思うのだが、ニイミはいつもこの場所で、その本を読むのだった。

 内容は確か、近未来を舞台にした刑事物で、人と機械ロボットが、一つの事件を色々な事件を解決しながら、その一つの事件を解決していくものだったはずだ。

 ニイミが言うには、人と機械の狭間で苦悩する主人公がとても面白いのだという。

 正直俺には、何が面白いのか良く分からない。

 人は人で、機械は機械だろと思うのだ。

 それをいうといつもニイミに想像力が足りないと馬鹿にされる。

「どう思う?」

「何が?」

「もし人とも機械ともいえない存在が現れたらさ」

「さあね。たしか外見が人で、中身は機械なんだっけ? その主人公」

 すると、手を横に振りながら笑うニイミ。

「違う、違う。人なのは脳みそだけ後は、機械だ」

 正直、俺には、どちらも同じだった。

 まあ何度もこのやり取りは繰り返しているがニイミは、どうやらその本を俺に読ませたいらしい。

しかし俺は、SFというものがあまり好きになれない。

 だけど、本というものは嫌いではない。

 だが俺の読む本はニイミに言わせれば、なんとも簡単というか、俺らしくないと言われる。

 まあ実際、人気の本を掻い摘んで読んでいるに過ぎないからニイミの言う読書とは違うのだろう。

「で、どう思う」

「脳みそだけ人なんだろ? それはもう、ただの機械だろ」

「ホンゴウは想像力が足りないな」

「お前が想像豊かなだけだ」

 溜息を吐くニイミ。

 俺自身ニイミのこの性格はうらやましいと思う。

 ニイミは妄想家というわけではない。

 どちらかといえば現実主義的だし、なにより優秀な人間だ。

 しかし、何と言えば良いのか型に囚われない性格とでも言えば良いのか、とにかく柔軟な考え方をする奴だ。

 俺はといえば型に囚われ過ぎて、全体が見えていない事が多い。

 だけど、ニイミはそんな俺のどこが良いのかちょくちょく声をかけてきて、気がついたら掛け替えのない友人になっていた。

 正直不思議な奴だと思う。

「じゃあさ、脳みそだけ取り出して、生きている人がいたらそれは人だろ?」

 ニイミがそう言って俺を見る。

 ニイミがこういう質問をするのは、勿論俺に面白い意見を求めているわけではない。

 むしろ、俺という人間を知りたくてこう言う質問を何度も繰り返すのだ。

「脳みそだけって、それじゃあ生きているとは言えないだろ」

 またニイミが溜息を吐く。

 どうやら期待外れの答えが返って来たのが不満らしい。

「まったく。ホンゴウは、なんで貧相な想像しか出来ないんだよ」

 ほっとけ。

 どうにも俺にはSFというのが肌に合わない。

 ただ、ニイミは悪い奴ではないし、良い友人だ。

 なんだかんだで、周りの仲間の事を思いやっているし、リーダとしての資質も十分あると思う。

 それに、ニイミがSFの話をするのは、よほど気を許した相手だけだ。

 そういう意味では、ニイミ自身も自分に気を許しているんだと思う。

 ただ、半分機械で半分人間が機械か人間なんて問題は結局、当人の問題だ。

 だから、もしそういったモノがいたら俺はきっと俺が感じたように判断するだけだと思う。

「まあいいか。いずれ、お前にもこの本の面白さが分かる時が来るさ」

 ニイミは「ニカッ」と笑う、木々の間の陽光がとても眩しく、ニイミを照らしていた。



「ホンゴウさん?」

 ソラが少佐に恐る恐る話しかける。

 はっと我に帰るホンゴウ少佐。

「ああ、すまない。昔を思い出していただけだ」

 ホンゴウ少佐は写真をポケットにしまう。

「正直、私には、あの娘が人なのか、それとも人以外の何かなのかは、わからん。ただ一つ言えるとするなら、人かそうではないのかを判断するのは結局、その者以外の第三者だと思う。だから、ソラ君が彼女を人だというのなら人なのだろう」

 立ち上がり、部屋から出ようとするホンゴウ少佐。

「あの、ミウは今」

「元気にしているよ。今はね」

 そのときふと、ホンゴウ少佐は、ニイミの質問をこのソラにしてみたくなった。

「ソラ君。脳だけで後は機械の人がいるとしたら君はどう接する?」

 ソラはホンゴウ少佐の質問を受けて考え始めると、こう結論する。

「きっと僕なら、その人と話あってみると思います。それで、良い人なら付き合ってみると思いますね」

「そうか・・・・・・」

 そう言い残すと、ホンゴウ少佐は部屋からでた。

(ニイミお前ならこういう時どう行動するんだ・・・・・・)

 カツカツとホンゴウ少佐の足音が遠ざかっていく。



 ミウが、ガラス越しに白い部屋の中でMRIにかけられている時に、ホンゴウ少佐が入って来た。

「どうだ、彼女の様子は?」

 ホンゴウ少佐が暗い部屋で様々な資料の入ったファイルに埋もれている研究員に話しかけると、眼鏡をかけた男の研究員が怪訝けげんそうな様子でその画像を見ている。

「正直、分からない事だらけですよ。彼女本当に人間ですか?」

「というと?」

「人間にない器官が幾つかあるのと、筋肉の繊維表面は、まるで防弾チョッキみたいな構造をしているんですよ。それと・・・・・・」

 研究員が取り出したのはミウの服、市で買ったものではなく最初に着ていた服だ。

「この服もさっぱりですよ。色んな検査機にかけても内部構造はおろか、構成材質も分からなかったんですから」

 書類が散乱した中にある、冷めたコーヒーをがぶ飲みし、眼鏡をかけた男の研究員はミウの検査画像を睨んでいる。

 眉間にしわを寄せ目の下にくまが出来ている事を見ると、相当な重労働の様である。

 ホンゴウ少佐はその姿を見て申し訳なくなる半面、ミウの身体的特徴からますますミウが人間なのかそれ以外の何かなのか判断に迷っていた。

 しかし、それは、ソラに懐いているミウのスライドを見た時から考えている事だ。

「その結果。本部には?」

 ホンゴウ少佐がそう訊ねると、研究員が振り向き言う。

「とっくに送りましたよ。そしたら、分からないものでも戦力になれば問題ないから、とにかく使ってみろ。だそうです」

 それを聞くとホンゴウ少佐は溜息を吐く。

 今の作戦本部は、命令系統が一律になっていない。

 それは、多国籍の連合軍であるためだ。そのため、兵器も場所によって思想、目的が異なっていたり、統一性が無かったりと、とにかく前線で戦っている者にとってやりづらい環境なのだ。ゆえに整備性も悪く、現地改修等により、機械的進化というより生物的進化を遂げている兵器すらある。また、局地になると魔法兵器すらなく、実弾を使う舞台すらあるぐらいだ。

 そういう実態なわけだが、少しずつ改善もされているし、何より魔法兵器の利点それは、旧時代の様に実弾に頼らなくても済む事に尽きる。

 旧時代でよくあったのは自動小銃の弾の規格が合わない等の不具合だが、魔法石を使っているためそもそもそういう問題が起こらないのが前線では、重宝されている。

 勿論先に述べたように、実弾を使わざるを得ない部隊があるのも事実だが、結局のところ無いよりマシな武器に成り下がっている実弾兵器だから、そう問題になる事も無い様だ。

 ホンゴウ少佐がコーヒーマシンでコーヒーを入れ始めた。

モクモクと湯気がカップの中で上がっていく。

コーヒーを入れながら、研究員に訊ねる。

「彼女とは話せそうか?」

「検査も今終わりますので、それは、問題ありませんが、いったい何の話をするつもりなのですか?」

 湯気の立ち上るコーヒーを一口飲むと、ホンゴウ少佐は、そのコーヒーを置く。コーヒーからは湯気がゆらゆらと上がっている。

「ただの、世間話だ」

 ホンゴウ少佐は、研究員にそう伝えると、その部屋を後にする。



 ミウが、機嫌が悪そうにMRIの機械から降りる。

 どうやら検査の連続とソラに会えない事が原因のようだ。

 すると、自動ドアからホンゴウ少佐が入ってきた。

「お前、誰だ?」

「そういえば、声だけで顔は見せていなかった、な。最初に君たちと話したホンゴウというものだ」

 するとミウは、素っ気ない表情で少佐を眺める。

 ソラじゃなければ興味の対象外なのだろう。

「ミウ君だったかな? ここの生活は慣れたかね?」

「変な事ばかりされるし、ソラに会えない。ミウは、怒っている」

 頬を膨らませて斜め上を向く。

 ホンゴウ少佐はその様子を観察すると、どうにも自分の想像していた少女の像とは違う事に少しだけ困惑しているようだ。

 映像でみた少女は機械的冷たさで、この世の物を全て、物として見ている節がある様に見えたからである。

 逆にソラと一緒にいる姿は何処にでもいる人間の様でもあった。

 それと今のミウの言動や態度を見るとますます人なのではないかと考えてしまう。

「そう言わんでくれ。こちらも仕事なんだよ」

「それに、あの白い服を着た奴等は嫌いだ! ミウを見て変だ。人間じゃないと失礼な事を言う。ミウは変じゃないし、人間だ!」

 どうやら研究員の言動もミウの怒りに一役かっているらしい。

 ホンゴウ少佐はそんな普通の人間の少女の様に怒るミウを見て、ますますミウの存在が分からなくなっているようだった。

ただ恐ろしい兵器の顔しか覗かせていなかったミウの映像。

しかし、いまのミウは年相応とは言えないものの子供らしい感性で物事を語る。

「それにいつになったら、ソラと会える? ここから出られる?」

「それは、私にも分からない。本部の意思次第といった所だ」

 それを聞いて、ますます不機嫌になるミウ。

 ホンゴウ少佐自身もあまり、子供の相手は得意ではないのか、これ以上話をしていてもミウを怒らすだけの様に感じられていたので、適当な言い訳を考えてその場を後にした。

 そして、歩いている廊下でホンゴウ少佐は考えている。

 人とは何なのだろうか?

 普段のホンゴウ少佐ならそんな事を考えた事も無かった。

 その時ニイミの言葉が思い出される。

(もし人とも機械ともいえない存在が現れたらさ)

「今、目の前にいる少女が、それだよニイミ」

 そう言って軽く息を吐くホンゴウ少佐。



 数週間が過ぎた。

 総作戦本部で若い士官が電子パネルで、「モズネブ」の進行状況を説明していた。

「モズネブ」は、砂漠地帯を西に圧倒的物量をもって進軍するとみられ、どう迎撃したものかを、10人程度の佐官達が考えていた。

「正直、真正面からのぶつかり合いは避けたいですね」

「部隊を大きく二つに分けて北と南から挟撃してみては」

 前線作戦本部は様々な意見を交わしていた。

 幾つかの案は出るには出るのだが、どれも決定打には遠いらしく議論の進行は遅々として進まない。

「問題なのは、我々の部隊の数。これでは正攻法は通用しない」

「敵部隊の分断、拡散が出来ればな」

 ホンゴウ少佐は、その意見をただ黙って聞いている。

「物量差がおよそ2~2・5倍ですからね。これを埋めるには何か策が無いと」

 戦場では、数が物をいう。

 こういった開けた戦場では特にだ。

 もしこれが森林戦や市街地戦なら話が変わる。

 何故なら、そういう場所では数も勿論重要だが、入り組んだ地形というのは大きな軍になればなるほど、やりづらい戦場なのだ。

 それにそういう場所では、多脚戦車の有用性が大きく絡む。

 多脚戦車は、平地で使うには視認性が高く、防御力が落ちやすいのだ。

ただ視認性については旧時代の戦車から導入されていた光学迷彩のせいで、大した弱点にならなくなっていた。

 そして市街地戦では、その独特の機動を利用した奇襲攻撃をかけやすく。

 なにより通常戦車には出来ない三次元的攻撃を加えられる。

 それがどれほどの恐怖なのかを簡単に説明すると、嫌なものが、いるというのは

分かっているのに、それがどこにいるか分からない恐怖というものだ。

 この大戦初期旧時代の戦車は、多脚戦車の防御力と特殊機動そして火力に大いに苦しめられていた苦い経験がある。

「正直渓谷でもあれば、敵の部隊分散は可能なのですがね」

「今回は開けた砂漠戦。障害になりそうな物と言えば砂山ですかね」

「それに未確認ではありますが前線で「モズネブ」の航空機の使用が確認されています」

「まったく次から次と・・・・・・」

 士官達は神妙な面持ちで言う。

 現状はまだ陸対陸の戦争いわゆる二次元的戦争といっていい。

 もし「モズネブ」が航空機を開発したとするならば、それは今までは全面と側面とよほどの事がない限り後方に警戒する必要性しかなかった。

それが、いきなり上方、後方までも警戒しなければなる。

それは、作戦の根本を覆す様な話しである。

簡単に説明すると、将棋でいきなりどこにでも動ける駒が相手にだけ在るとしよう。

これでゲームになるだろうか? いやなる筈が無い。

一手目から詰みの状態である。

つまり航空機が戦闘に参加するかもしれないというこの事態は、本来なら避けたい事態なのだ。

「やはり、賭けにはなりますが・・・・・・」

「それしかないようですね・・・・・・」

 全員の視線がホンゴウ少佐に向く。

「諸君、昔からそういった賭けで戦闘を行った部隊はその事如くが敗戦している事実は、お忘れではないだろうな?」

 ホンゴウ少佐の言う事はもっともである。

 古今東西一か八の賭けを行った軍隊といえば第二次世界大戦の日本、ドイツ等の持たざる国だ。

 それは政治的背景や世界情勢がそうさせたのだから、成るべくして成ったと言われざるをえない。

 しかし、今回は違う。

 両軍とも持っている国同士の戦争なのだ。

 ただし、この連合国が相手より二分の一しか持っていないため、このような会議で打開策を探そうとしている。

 しかしやはり原点に戻るのだ

 二倍ものの戦力差はどうしようもない。

 これが烏合の集ならまた問題は無いのだが、相手は、相対的に戦術を変えてくる自立A・I。

 つまり、全は、一。一は、全の軍隊なのだ。

 機械的合理的な行動しかしない。

 それと人間が指揮していないのも大きいいのだ。

 人間ならどこかに綻びが出る。

 戦争をするにはまず相手を知り己を知る事。

 この理論から言っても今のこの状況は全くよろしくない。

ホンゴウ少佐のその言葉に反論する佐官たち。

「では、何か策でも御有りなのですか? ホンゴウ少佐」

 ホンゴウ少佐は黙る。

 そんな策があればとっくに口にしている。

だが、殆ど勝つ見込みのない戦闘に兵たちに何と言って戦場に送りだせば良いのかホンゴウ少佐はその事を考えていた。

何人かの佐官が煙草に火をつけ始める。

すると、佐官の口からミウの話がこぼれ始めた。

「そういえばホンゴウ少佐の所で検査している少女。未知数ながらも、かなりの戦力になると思われますが」

その言葉を皮切りに佐官が少女の戦力としての論議を始める。

正直、ホンゴウ少佐以外の佐官達も、何か抜本的な策が欲しいのだ。

しかし、そんな物がホイホイ出るくらいなら苦労はしない。

「まあ確かに戦力が少しでも欲しい現状では有難い事ですな」

 ちょび髭の痩せた佐官が眼鏡を拭きながらそういった。

「そうですな。それに本部の増援がくる時間稼ぎにでもなってくれるでしょうし」

 すると、ホンゴウ少佐が金属で出来た机を叩く。

「君たちには道徳というものはないのかね? 彼女は軍人では無い。ただの民間人でしかないのだぞ!」

「民間人。ふっ、未だにそんな事を、おっしゃられているのですか? 検査結果は、彼女が何らかの目的で作られたかは、不明だったが、情報によれば、「モズネブ」との戦闘記録も、かなり残っているという話ではないですか? ホンゴウ少佐」

 ギリリと拳を握りしめるホンゴウ少佐。

 確かにそういう検査は行っていた。

 ミウの戦闘能力は、はっきり言って高い。

 計算結果では恐らく通常の師団クラス以上の戦闘を行えるのではないかという結果が出ていた。

 勿論その結果は、本部を通じて他の士官達も知る所になる。

 しかし、実際に話したホンゴウ少佐だから言えた。

 身長140cmの小さな女の子を戦力になるとはいえ戦場に出す。

 普通の心を持つものなら、絶対にしたくない、いやしてはいけない行為だ。

「彼女が唯一、心を開いている存在。ソラといったかこの子を盾に取れば、その少女だって喜んで戦うでしょう?」

 不敵に笑う士官達。

「貴様! それでも人間か!」

 ホンゴウ少佐は怒っていた。

確かに今の状況では勝つ事はおろか前線の防衛すら難しい事も、重々承知していたし、ミウの戦闘能力の高さも様々な検査で証明はされてはいた。

しかし、

(ニイミ・・・・・・私はどうしたら)

 苦悩するホンゴウ少佐。

 その時ホンゴウ少佐は突然に理解する。

 人の姿だが、決して人では無いと思える存在。

 そして限りなく人間の子供に近い考え方をし、良くも悪くも純粋なもの。

 それがミウだ。

「私は・・・・・・」

「この問題は、ホンゴウ少佐には少し荷が重いようだ」

 そう言って9人の佐官がホンゴウ少佐を囲む。

「少女は戦闘に参加させる。これは、本部も認めている事だ。ホンゴウ少佐、精々自分の要塞艦の指示に、ご尽力ください」

 そう言い佐官達が作戦室から出ていった。

 士官がゆっくりホンゴウ少佐に近づく。

「どうしますか?」

「どうにもならんだろ? 本部の命令を拒否しつつ、何の手も打てなかった私の負けだ」

 煙草に火を点け一息吐く。

「だが、最後の悪あがき程度は、して見せるつもりだがな」

「悪あがきですか?」

 ホンゴウ少佐は煙草を灰皿に押し付けた。

「シイナ中尉を呼べ」

「中尉ですか? 了解しました」



 ミウが食堂で自棄食いをしていた。

 ミウの机の脇には一体どれだけ食べたのだろうかというコップと皿の山が今にも崩れんばかりに重ねられている。

 どうやら、もう数週間もソラに会えない事が原因の様だ。

 しかし、食堂の料理長はミウのその食べぷりが気に入っているのか、文句も言わずミウに食事を嬉しそうに準備していた。

 すると、自動ドアから佐官達がぞろぞろと入って来る。

「なんだ? ミウは今とても機嫌が悪い」

「ミウ君と言った、ね。ソラ君に会いたくはないかね?」

 すると先ほどまで自棄食いをしていた、ミウの手が止まった。

「会えるのか?」

 嬉しそうに佐官達を眺める。

「ああ。君がある事をしてくれればね」

「なんだ! ミウが出来る事なら何でもするぞ!」

 そうすると、佐官が怪しく笑う。

「なに、簡単な事だよ。明日「モズネブ」の大部隊がここへ攻めてくる。それを君の手で倒してくれれば良い」

「なんだ、そんな事か。任せろ! ただ、ちゃんとソラには、合わせてくれ」

「ああ、約束するよ」

 佐官はそう言うと、その部屋を出た。

「そうか、ソラに会えるのか~」

 喜んでいる様子のミウ。

 それを遠目で見ていた佐官の口から、ぼそりと、「生きて帰れればね」と漏れたが、ミウには聴こえなかったようである。



 個室の中ソラは電子端末を弄っていたそして、

「よし、これで最後の防壁も解除できる」

 防壁を解除した後、ソラはある物を見てしまう。

 それは、防衛作戦の作戦書だった。

「明日、「モズネブ」大部隊がここにくるだって! しかもその作戦にミウを使うなんて」

(逃げなきゃ。ミウの部屋は・・・・・・なんで見つからないんだ!)

 ソラは焦った、しかし、すぐに深呼吸をして落ち着こうとする。

 慌てない事。ソラが今できる最善の行動だったからだ。

「この作戦でミウは前線に出される予定になるから、そこに行けばきっとミウは、いる。だけど、どうやって近づいたら」

 一生懸命端末を操作するソラ。すると、なぜか宛先不明の一通のメールが届く。

「なんで? こんなメールが?」

 そこに書かれていたのは、艦内の中およそ艦内後方に中央に位置する場所だ。

 ソラは、その座標を端末で見て見るが、そこには倉庫があるだけで別段、何かがあるとも思えない場所だった。

 しかし、ソラにはそれ以前の障害がある。それはソラの部屋の前に立っている兵士二人だ。防護扉のロックは外せるのだが、その二人の兵士をどうにかしないと、後ろにも前にも進めない。

 ソラが、訓練を受けている兵士と戦って勝てるわけがないのだ。

 仮に戦ったとしてもその時は、銃か何かがあればの話である。

「考えろ! 考えろ。ソラ」

 周りを見ても使えそうな物は皆無である。

 その時ふとある考えが浮かんだ。

「そうだ・・・・・・よしそうと決まったら」

 ソラは今度、端末で何かを一生懸命入力を始めた。

「衛星リンク完了・・・・・・防壁は・・・・・・」

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