ミウ
爆音と熱風。
そして、血の匂いと生きていたモノ。
「地獄」というところがあるなら、まさに、こういうところなのだろう。
俺は、必死で逃げていた。
昔、日本海溝の海底遺跡から魔法の遺跡が発見され、人類は自らの発展のため、よりよい世界のためという、大義名分を掲げ、己の欲望を満足させるため、その途方もない力を研究する。
その結果、確かに人類は、更なる発展を遂げ人々の生活は、激変していく。
それは、原子力や化石燃料にかわる新たなエネルギー。魔法石を使い様々なエネルギーを取り出す事に成功したからだ。
しかし、それと同時に、自らの敵をも・・・・・・「モズネブ」を作り上げてしまう。
そして今、人類は、「モズネブ」と戦っている。
「モズネブ」とは自分たちに対する皮肉なのだろう。
もうすでに、二時間ほど逃げ続けた俺の足は、とうとう限界になったのか、俺はその焦土に息を切らしながら立っていた。
俺は近くにあった、ちょうどよさそうな瓦礫に座り、肉の焼ける嫌な臭いと、硝煙が汗で溶けたせいで顔もぬるぬるしているので、最悪な気分だ。
そして、それを紛らわしてくれる、相棒の煙草も残り3本。
俺は、一本を口にくわえ、ライターを取り出し、煙草に火をつけ大きく吸う。
「畜生・・・・・・」
煙草を吸いながら悪態を吐く。
辺りを見渡すが、まあ、どこも似たり寄ったりだろう。
ただそうでも、しないと気が持たないのだ。
すると、瓦礫の海の中に、一つだけ綺麗な建物がある。
思わず、立ち上がり、そこを凝視してしまう。
こんな戦場に、似つかわしくない物だが、俺の好奇心が、そこへと足を延ばさせてしまうようだ。
近くにくると、さらに驚く。
そこには、銃痕もなければ、瓦礫もない。
まるでここだけが、戦争という「現実」から隔離されたような感じで、思わず唖然とする。
普段の俺ならそんな場所は見向きもしなかったのだが、強い何かに引き寄せられるように逃げる事も忘れて、その建物に近づいた。
俺は入口らしきところから入ろうとすると、そこには鍵など無く、すんなり入れる。
鍵も掛けず、不用心なことだとは思ったが、まあ鍵がかかっていたら、間違いなく銃で開けたが・・・・・・中は病院か、研究所か、そんなかんじの作りで、病院では無いのは、匂いで何となく分かった。
内部電源が生きているのか、俺が入ると部屋に電気がつく。
階段を降り、いくつもある部屋で、一つだけ僅かに光が漏れていた。
そこを開けると、いくつものパイプみたいなものや、ケーブルのようなものが、狭い部屋に縦横無尽に張り巡らされて、正直歩きにくい。
そして、それを目で追うと、部屋の左端っこに、壁にもたれかかる様に金属で出来た先が細い円筒状のカプセルがあった。
およそ全長160cm程度の大きさで、そこには、良く分からない言語で、何か書かれているようだが正直わからん。
「たく、いったいどこの言葉だ?」
俺は、英語、ロシア語、ドイツ語に、フランス語、中国語、広東語にラテン語、アラビア語まで習得している。
だから、よっぽどの事が無い限り、分からないなどという事は無いんだが・・・・・・。
「わからん」
英語圏でもなければ、漢字圏でもない、中東圏の言葉ですら無い。
正直、宇宙語じゃないかと、馬鹿な考えまで浮かんできたが、まあ、「モズネブ」がいるんだから、宇宙人がいても、おかしくはないかもしれない。
奴らが、ここを見つけるのも、時間の問題なのだが、俺にとっては、目の前の、この物に興味が惹かれる。
「チッ!」
一本目のタバコが切れやがった。まったく、バツが悪い。
そんなことを考えながら、辺りを見渡す。
入口側にモニターが大量に並んでいるが、どこかに操作するパネルがある筈だ。
そう思いながらカプセル左側面に、入口の方を向いて左肘をかけた瞬間、カプセルの右側面が開き、俺の視界が90度変わって思いっきりコンクリートで出来た床に右側頭部を打つ。
「いっ・・・・・・てぇ!!」
最悪だ!
激痛で身もだえをしながら、俺はなんとか立ち上がる。
その開いた所を見ると電子制御装置のパネルが目に止まる。
まだ鈍痛が残っているが、目当てのパネルは見つかったから、よしとするか・・・・・・。
いや良くは無いのだ。
そんな事を考えていると、なんだか徐々に腹が立ってくるが、その苛立ちを忘れさせる何かがそのカプセルには確かにあった。
そう思いながら、二本目の煙草に火をつけ、パネルを見る。
パネルに映し出されている文字を読み取ると今度は、ラッキーな事に英語だ。
「えっと、なになに・・・・・・『そんなに簡単に開けられるわけねぇだろ! このペド野郎』・・・・・・」
俺は思わず、腰にある自動機関拳銃ベレッタM93Rを自動連射射撃(フルオート射撃)で、この画面にぶち込みたくなった。
ついでに、この外側から中が何も見えないカプセルを開発した人間が今いるなら間違いなく、脳漿を床にぶちまけて、この世の厳しさってやつを、直接話してやりたい気分だ!
「落ち着け・・・・・・クールになれ」
そう言葉に出し、いけ好かねぇ、その画面を無視し、キーボードを操作し始めてみる。
だが、開ける方法はおろか、中に何が入っているのかも分からなかった、しかし・・・・・・。
「ふぅ・・・・・・」
紫煙を燻らせながら、俺は、ますます、こいつを作ったボケが、ここにいない事を、心の底から悔しがる。
「『これを、開けようと思う、お前は、臆病者のカスか、それとも、愚者の蛮勇を持った、ただの阿呆』かだと!!」
俺は頭の中で、これを作った野郎を、俺が考え付く限りの拷問で、いたぶりたくなった。
いや、それよりなにより、こんな陰険な野郎が世の中にいる事は、俺にとって我慢ならない問題なのだ。
怒りの矛先をどこへ向けて良いか分からない俺のこの気持ちを、ゆっくり煙草を吸う事で落ち着かせる。
「まったく誰がこんな物を作ったんだ」
そう言い捨てた時、天上から土埃が落ちてくる。
ハッと我に帰り天井を見上げるとそこを、突き破って奴らが現れた。
二足歩行偵察対人戦車(注・戦車のキャタピラ部分が足になっているもの。この場合は二足で歩く)「イビルアイ」「モズネブ」が作った魔法と科学の融合兵器で、全長5m、色は黒ぽい鼠色。
脚部は恐竜を思わせる「く」の字型、胴体部は各種センサーと光学迷彩に、動力になる魔力動力炉。
前面に14mm魔主砲、そして股には、全周回転砲塔(注・全方位に撃てる砲塔の事)3銃身対歩兵迎撃ガトリング魔砲が装備されオマケにレーザーカッタ付き。
有難い事に3匹もいやがる。
すぐ俺は、肩にかけてあった自動小銃(注・自動連射撃型のライフルの事)XM29から5.56mmの実弾を撃ち出すが、イビルアイの魔法障壁で跳弾させられてしまう。
まったく、今俺持っている魔法兵器と言えば、足にあるナイフ位で、あとは前の戦闘で、全て使っちまっている。
残っているのは今の戦闘じゃ無いよりマシな実弾兵器のベレッタM93Rと、自動小銃XM29程度、XM29は20mm炸裂弾を撃つ事が出来るが魔法障壁の前じゃ無力だ。
「まったく俺も随分とこいつらに愛されてるな」
そう言いながら、後ろに下がり、さっきまで弄っていた、パネルを掴んでカプセルの後ろに避難する。
間一髪だったらしい、奴らのガトリング砲が火を噴いて、俺の盾にしている、何が入っているか分からないカプセルを、撃ち続ける。
銃声が収まると、徐々に奴らの闊歩の音が近づく。
その時、カプセルの内側から何かを、蹴破ったような轟音ともに、それが揺れる。
「今度は、何だ?」
俺は、物陰からそっと、その様子を覗くと、そこにはカプセルの蓋らしき物と身長は、おそらく140cm前後で、髪は白く床にまで届く長さの子供がイビルアイ三匹に、対峙している異様な光景が目に入る。
どうやらカプセルの中身はあのガキだったらしい。
ガキに、先に死なれたら、目覚めが悪い。
俺は、すぐに効かないと、分かりつつも自動小銃XM29の20mm炸裂弾をイビルアイに撃ち続ける。
炸裂弾の爆発で辺りに煙が広がった。
ガキと目が合う。
後ろから見ると白い髪で隠れて分からなかったが、どうやら女の子らしい。
裸でなんとも不思議な雰囲気を持っている子だ。
「おい! そこのガキ、さっさと避難しろ!」
「ひなん? ひなんってなんだ?」
おいおい、こいつは笑えない冗談だ。
目の前には、偵察用とはいえ、現状持っている武器では、絶対どうにもならないイビルアイと対峙しているというのに。
すると、イビルアイの一機が、主砲を撃つ気らしく銃口から光が灯されている。
冗談じゃない。
あんなものを人が喰らったら灰も残らねぇ!
すぐに、そのガキの右手を引っ張って、廊下に出ようとするが、そのガキはまるで柱か何かのように、動かない。
「おい! 死ぬ気か!?」
刹那。
イビルアイの主砲が、火を噴く。
終わったと思った俺。
しかし、チラリと見たその光景に、俺は目を疑った。
何と少女が、イビルアイから放たれた主砲の魔砲弾を左手で受け止め、空洞になった天上から覗ける空に弾いたのだ。
受け止めた左手を眺めてその手を開いたり閉じたりしている少女。
俺は夢でも見ているのかと思ってしまった。
「いたい・・・・・・お前ら。悪いモノだな」
そう少女が言うと、目にも追えない速さで、イビルアイの足の間に潜りこみ、足払いをする。
バランスを崩したイビルアイが一機、轟音と共に倒れ、すぐに、他二機が、少女を囲んでガトリング砲を、乱射するのだが、また目に追えない速さで少女が走り出し、今度は、跳躍して、イビルアイの胴体部に乗り、思いっきりその装甲を殴る。
鈍い音の後に、イビルアイの内部に収まっているコードを何本か、引きちぎると、イビルアイが力無く崩れ落ちた。
だが、すぐに足払いで倒されていた、イビルアイが態勢を立て直し、少女に向かってガトリング砲を撃ちだす。
コードが手に絡まっているせいで足かせになり、その魔弾の餌食になる少女。
ハッと我に帰る。
よく考えたら俺は少女が何者かは知らないが、戦車相手に対等に戦えるはずが無いのだ。
「くそ! あの馬鹿が!」
そう言っている俺も、何しているんだ?
なぜ、ナイフ一本で、こいつ等と対峙している!
しかし、俺は、どこかでこう思ったのだ。
逃げても死、戦っても死なら俺は、戦って死にたいと。
「ちくしょう。今日は本当についてないぜ!」
俺が、イビルアイに向かおうとした時、一機のイビルアイが何か小さな人らしきモノに持ち上げられている。
「今の凄く痛かったぞ! 私は怒った」
俺は、恐怖した。
そこには、ほぼ無傷な少女が、数トンあるイビルアイを軽々と片手で持ち上げている姿があり、何より驚いたのは、あの魔砲受けて無傷という事だ。
普通の人間、いや軽戦車の装甲ぐらい、軽く撃ち抜ける性能のあるイビルアイの魔法弾だ、そんなもの普通の人間が生身で受けて、無事でいられるはずが無い。
そんな、俺の考えを他所に、少女は何も話さずにイビルアイを力任せに両手で真二つに引き裂く。
イビルアイの中のオイルが少女に降り注ぐ。
奇異なものというものがあるなら、まさにそれだと俺は思ってしまった。
すると、残り、一機になったイビルアイは、跳躍し、その場から逃亡する。
「な、なんなんだ! お前は!?」
俺は思わず自動小銃XM29を構えてしまう。
勿論さっきの戦闘を見たのだから、こんな銃が通用するわけが無いのは容易に想像がつくのだが、そうでもしないと俺の精神が持たなかった。
少女は、感情のこもって無い瞳で、こちらを向く。
「わたしは・・・・・・わたしだ」
その時、背中から胸にかけて、ハンマーで殴られたような衝撃が走り、俺は、俺の膝から下半分が無くなったかの様に、倒れ込む。
「な、なにが起きた?」
少女は何もしていない。
現に俺の目の前に立っているからだ。
俺は、必死に後ろを振り返ると機能を停止した、イビルアイのガトリングの銃口が向いていた。
どうやら俺は、まだ機能を停止していなかったイビルアイが、最後の死力を振り絞って撃った魔弾で撃ち抜かれたらしい。
「畜生・・・・・・ついて・・・・・・ない」
体の力が少しずつ消えていく。
死にたくねェ!
俺はそう思った。こんな所で理由も無く死にたくない。
近くにいる少女に、俺は必死に懇願した。
藁にもすがりたい気分だったのだ。
「助けてくれぇ・・・・・・死にたく・・・・・・ない・・・・・・」
紅く流れる鮮血が床に流れているのを、少女は、ゆっくりと近づく。
「ぴちゃり」と血液独特の音が耳に残る。
少女は膝を曲げ俺に問いかけた。
「たすける? しぬ? それはどういう意味だ?」
まるで物でも見ているかのような瞳で俺を見下ろす少女。
「・・・・・・俺は生きたい・・・・・・」
「いきるって何だ?」
少女は、不思議な物でも見るような顔で、俺を見つめている。
「・・・・・・俺は・・・・・・」
俺の視界が、だんだんぼやけて、狭くなる。
息が苦しくなってきて俺の呼吸音がその場に、こだましているのがよく聴こえてくる。
とんだ笑い話だ。こんな形で俺は死ぬのか?
こんな・・・・・・。
「・・・・・・俺はこんなの・・・・・・望んでな・・・・・・い」
俺が少女に手を伸ばすが、それも虚しく力が抜け目の前が暗くなり、鼓動が止まるのを感じた。
その時どこかから、その少女以外の透き通った声で「ゴメンナサイ」という言葉が聴こえた。
軍内部の指令室の様なところに、机の上に写真が散乱している。
「で、これがその写真かね?」
そう言って頭に髪が無く、腹が出たいかにも偉そうな、中年の男が写真と資料に目を通しており、近くには若い指揮官と思われる男が立っていた。
「ハイ。中国戦線で全滅した、第27連隊から、6kmほどの距離に、研究所と思われる施設内で、発見され、戦死したと思われる兵士の近くに、魔法石を抜かれたイビルアイ二機が、我が軍の兵器では、説明できない破壊のされかたをされているのが、その写真になります」
深く溜息を吐く中年の男を他所に、若い男は淡々と説明を続ける。
「いったい、誰が、何の目的で、こんな所に、こんな施設で、何を、研究していたのかは不明ですが、とりあえずイビルアイをこのように破壊できるモノが、そこに、あったのは確かなようです。証拠に施設内では、子供が入る事が出来る程度の、カプセルが発見されていますし・・・・・・」
すると二人のいる部屋が暗くなり、モニターに映像が流れる。
「その破壊され魔法石を抜き取られた、イビルアイの記憶チップの解析映像には、少女と思われる映像が、確かに残っています」
部屋に明りが戻り、中年の男が口を開く。
「まったく。何なんだ? ただでさえ「モズネブ」の進行のスピードに手を焼いているというのに、この上、敵か、味方かも分からん奴が、戦場にいると言うのか?」
「そういう事になります。上層部では、とりあえず、この少女の件は保留し、発見した場合、意思疎通が可能なら、説得し味方に、不可能なら捕獲または破壊せよ、とのことです」
それを聞くと中年の男は、頭を抱える。
「たとえ、イビルアイとはいえ、それを素手で破壊出来る能力のある、コレを破壊しろというのか! 全く上層部の連中は・・・・・・」
そう言って、資料を放り投げると、少女の写真が真上にきた。
「しかし「モズネブ」の情報に繋がる物は今回も見当たりませんね」
「そうだな。一般的には、「モズネブ」というのはある計画が元で発生した「ヒト」だとは言われている」
「それ以上は、明かされていませんね」
「ああ、私たちも、戦争を始めてから散々調べているんだがな」
そう言って中年の男は煙草を吐く。
戦場に、噂は、付き物である。
例えば、ベルギーモンス地方の「モンスの天使」がよい例だろうか。
西暦1914年8月26日から27日にかけて、ドイツ軍とフランス、イギリスの連合国がモンスで戦闘を行っていた。
この時、連合国は敗戦濃厚だったわけだが、突如として空にもうもうと雲が出現し、そこから光と共に天使の軍団が現れドイツ軍に攻撃を始めたというものだ。
もちろん嘘か真かは定かではない。
賛成派、否定派に分かれて今も論争されているらしい。
今、この戦争にも噂が一つ流れている。
「白い髪の少女が死を運ぶ」と呼ぶものや「白い髪の少女が勝利を運ぶ」と呼ぶものまで、白い髪の少女の噂は絶えない様で兵士の中にも目撃例は、いくつかあるが、噂が一様になっていないのは、まさに荒唐無稽の噂というべきなのだろう。
しかし噂には、「嘘と真実」が入り混じっているものである。
わたしは、一面黄色い砂が広がっていて点々と岩がある砂漠を、ただ歩いていた。
暑くなったり、寒くなったりなんとも嫌な場所だ。
今の目的らしい目的といえば、こうして最初にあった奴らの、仲間だと思う奴の中にある、よく分からないけど、美味しいモノを集め、それを、食べる事ぐらいで、それ以外、特に私は何もしていないし これを何と言うのかは、正直分からない。
何度も、空を明るくする、玉が上がったり落ちたりしているのを見ているが、何度、落ちたかは数えていない。
それと、暗くなると上がって、一緒に出てくる光の粒を見て、わたしは空を明るくする玉はバラバラになったりくっ付いたり大変だなと思った。
それと暗くなって上がるのは毎日、色んな形で出てくるこれは、丸いのや少し欠けたのや半分のや凄く欠けたのや、恥ずかしいのか姿を見せない事もある。
多分奴は、その日の気分で出てくる姿を変えているんだな。
あと砂で出来た地面を歩くとたまに水の匂いのする所があって、そこへ行くと水があった。
水の周りに赤い実があって食べると甘酸っぱくて美味しいけど、緑色のひらひらした物は食べられなくもない物もあれば苦い物もある。
後、水場には色々動くものもいて、そいつらも食べてみたが足が多い奴はそんなに旨くない。
なかには美味しいものもいたけど、やっぱり美味しい物は何か、良く分からなかった。
しかし、分かった事は、いくつかある。
わたしは、今まであってきたモノ達に比べて、丈夫なのだという事、そして、この世界は、やたらと騒がしいという事だ。
私という存在は、なんなのか分からない。
ただ、今、一番しなければならないのは、このザラザラした風を避けて、休める場所を探す事だ。
服と武器の類は、私がいた最初の場所で発見出来たけど、休める場所は別だ。
あの後、やたらと二番目にあったモノと、同じモノがたくさん、あの場所に来て、正直うるさかった。
その後、外へ出れば、最初にあったモノ達が、何かと私に痛い事をしてくるので、これまた面倒臭い。
黒白色の岩で出来た場所を出ると、今度は砂だらけの場所に出てそれでも最初にあったモノが痛い事をしに来る。
私は今、行くあても無く歩いている。
すると遠くに、小高い丘に小奇麗な小屋が建っているのが、私の視界に入る。
今日も、家の畑で農場仕事をしている、僕。
戦争が、始まっていたけど、人里離れた僕の所には徴兵令も来なかった。それに僕は、戦争と軍人が嫌いだ。
幸いにも親が残してくれた「コイツ」のおかげで食べるには困らないし、何よりこんな辺鄙な所を、戦場にされる事も無いだろう。
「ふう、疲れた。一休みしようか」
僕が家に戻った。
家の中は中央入口からすぐに楕円形のテーブルとイスが三つあり、右手にキッチンと生活に必要な部屋や物が最低限あり、僕はキッチンでお茶の準備を始める。
13歳くらいで耳が少し隠れるぐらいの黒髪、顔立ちはまだ幼さが残っており農作業着を着て、身長は160cm前後の細身の少年が、お茶の準備をしていると、「ガチャッ」と扉を開く音がした。
開いた扉を少年が見ると、そこには、砂まみれになっている白いワンピースを着た地面まで届く白い髪の紅い瞳の少女が立っていた。
少女と、少年の二人が、ドア越しに立った状態で対峙して、そのまま数秒が過ぎる。
少年は、お茶を入れようとした態勢のまま、その少女を見ていた。
少年は驚いていた、どうしてこんな所に少女がいるのだという事と、どうやってここに来られたのかという事だ。
しかし、少女は、少女で、何か面倒臭そうな顔をして、少年を覗く。
先に、少年が口を開いた。
間が持たなかったのだろう。
「あの? どちらさまでしょうか?」
「私は・・・・・・私だ」
少女が、そう言う。
しばらくの沈黙の後、少年は、お茶を入れ始める。
砂漠の民では突然の来訪でも持て成すのが常識なのだ。
その為、少年は少女の突然過ぎる来訪に驚きつつも、暑いラフマ茶(注・タクラマカン砂漠が元の薬茶。現在は世界的に呑まれている。タクラマカン砂漠で入手しやすいお茶。別名ヤンロン茶)がカップに注がれて、湯気がもうもうと立ち上った。
そのラフマ茶を少女に、
「とりあえず、お茶でも如何ですか? 立ち話もなんですし・・・・・・」
そう言って、お茶を差しだす、少年。
それを、無言で受け取り、匂いを嗅いだ後、口に含む少女だったが、すぐに外に向かって「ペッ」と吐き出す。
正直行儀の良いものでは無かったが、少年の表情はあまり変わらなかった。
「凄く苦いぞ」
端的に感想を述べる少女に、少年は慌てて机の上にあった角砂糖が入った瓶を取り出し、少女が持つ、お茶の中に5個入れ混ぜる。
砂糖がラフマ茶に溶けて、甘い匂いを放った。
「たぶん、これで美味しくなってると、思うよ」
そう言われて、今度は恐る恐る、お茶を口に含むと今度は呑み込んだ。
「甘い・・・・・・美味しい」
また端的な感想を述べる少女だが、どこか嬉しそうに見える。
その表情を見て、少年切り出した。
「で、その、君の名前は、なんですか? 僕の名前は、ソラ」
「「名前」ってなんだ?」
会話が止まってしまう。
ソラと名乗った少年も、まさかこんな所で会話が止まるとは思わなかったからだ。
しかし、めげずに質問を繰り返すソラ。
「えっと、名前だよ、名前。君の呼び方」
少女は、上を向いて何かを考えた後、こう答えた。
「認識番号のことか? それとも開発コードのことか?」
あまりにも突拍子もない返答に思わずにソラは首を振る。
「違う」
「なら無い」
お茶を飲み、そう返す少女を前に、困ったという表情のソラ。
しばらく、少女の様子を観察する。
少女はお茶を飲み終えたらしくソラに空になった器を返す。
それを受け取ると机の上にカップを置くソラ、未だに立ち話の状態なわけだが、どことなく少女の雰囲気がさらに、和らいだように感じる。
「ソラ、だったか? お前は、良いモノだ。私に、美味しい物をくれた」
「人間! 僕は、物じゃ無くて、人間だよ」
ソラは自分を指差して、必死に訴える。
自分の事を物扱いされれば流石に誰でも驚く。
「そうか、人間というのか? でも「ソラ」ともいうんだよな?」
「僕は、人間という種族で、「ソラ」っていう個人を特定する、「名前」を持っているんだよ。というか、君だって人間だろ?」
ソラは、少し疲れた様子で話す。
「一般的な常識」を説明する事になるとはソラも思わなかったのだろう。
「違う。私は「人間」じゃない。私は、お前たちとは違う」
その発言に驚いてソラは、少女の全身を改めてよく眺めてみる。
床にまで届く白く長い髪に、紅い瞳、すきとるような肌に、端正な作りの顔立ちに華奢な体つき。
土埃を被っているとはいえ、絹のような光沢をもつ白いワンピース型の服に金属でできた釦型の何かと袖は手首まで広がる様な形をしている。
素材は良く分からないが、茶色いブーツのような靴。
それとおそらく武器だと思われるV字型の突起物を腰辺りにつけてはいるが、ソラには、ただの可愛らしい女の子にしか見えなかった。
「君は、人間だよ!」
「ソラ、お前は良い人間だ。だから聞く。人間は、素手で「アレ」を壊せるのか?」
ソラに、「アレ」といっても通じない。
なぜなら、ソラは少女の言う「アレ」がなんのか分から無いからだ。
「よく分からないなぁ? アレって何?」
「これを、中に持っているモノだ。いつも、いつも、私に痛い事をしてくる」
そういって、少女は透き通った色々な色の石を袖から出してソラに見せる。
それは、独特の光を放っていた。
「それは、魔法石?」
日光で光るソレを見て瞬時に判断するソラ。
少女は、感心したようにソレを見る。
「魔法石というのか? 私は、これの名を初めて知った」
ソラは、少し考えた。
魔法石を中に持っていると言えば、機械の類だ。
しかし、少女の話しぶりだと、生きているモノの様な感じを受けるソラ。
だがよく考えてみれば、人の事を物扱いしていた事を加味すると、どうやらこの少女に人と機械の区別がついてないのは、容易に想像がついたのだ。
「それは機械だよ。たぶん兵器か何かだと思う」
「機械で、兵器というのか? それはなんだ?」
首を傾げる少女に、なんとも雲をつかむような感覚に襲われる、ソラ。
この少女に常識というものは無いのかなと思い始める。
ただ、不思議な魅力を持っている少女で、なにより教えている時に真剣に聞く姿勢を見ると教えてあげたくなるそんな少女だ。
「機械は、そうだな。様々な目的をもって作られる、生命じゃない物だよ」
「生命? 人間は生命なのか?」
「そうだね、人間は生命だね」
「生命って取り出せるのか? 美味いのか?」
少女は、目を輝かせて腕を「ハ」の字にソラを凝視している。どうやら興味がわいてきたらしいが、興味の方向がまるで子供だ。
「生命は、取り出せないよ。美味しいかは、僕も知らない」
残念そうな顔で下を見、腕を下ろす。
「そうか生命は、取り出せないのか・・・・・・」
その後、なにか興味が出たのか、ソラの瞳を真剣な眼差しで覗いた。
「じゃあ機械は、なんで生命じゃないんだ? 動くぞ」
「それは、そういう風に作られているからだよ」
「作られている?」
「物に手を加えて新しい物を作る事だよ」
「おお! 魔法みたいだな」
少女がソラの話を聞くと納得したように頷きそして、再度同じ質問をする。
「じゃあ、もう一度聞く。人間は、機械を素手で壊せるのか?」
「物によると思うけど、力さえあれば壊せると思うよ」
「私は、人間なのか?」
「だと思う」
正直、この少女が人間かどうかソラには、よく分からくなってきた。
ただちょっとした事にも感動したり、反応したりする姿を見ていると可愛らしく思えてくる。
「じゃあ次に、人間は、これを食うのか?」
そういって、少女がソラに見せたのは、さっきの魔法石だ。
「人間は、魔法石を食べることは出来ないよ」
すると少女はまた難しい顔をする。
「だったらやはり、私は、人間じゃない。私は、これを食べる事が出来る」
「うーん」
ソラも、答えに詰まり始めた様子である。
人で無いなら、この少女は何なのか。
こうやって、かろうじて意思疎通も出来るし、何より、やはり姿形は人なのだ。
なにより、とても純粋に物事を見る少女みていると、ソラはある結論をだす。
「きっと、君は人間だよ。魔法石を食べる事が出来て、他の人より力のある人間なんだよ」
「そうか、私は人間なのか・・・・・・じゃあソラには「ソラ」という名前があって、私には名前が無い。ソラよ、どうしてだ?」
「それはきっと、誰も君の名前をつけなかったからだね」
一般的な答えを返すと少女は手を万歳する形で返した。
「ならソラよ。私に名前をつけてくれ」
ソラは、一瞬固まった。
少女が何を言ったのか思考回路が追いつかなかったのだろう。
「えっ?」
「ソラには「ソラ」という名前がある。私には無いのは、不公平だ」
そういって、バタバタ手を振りながらソラをジッと見つめる少女。
どこか期待しているように見えるのはきっと少女も名前が欲しいと感じているからなのだろう。
ソラは、左手の人差し指で顔を掻きながら考える。
「えっと・・・・・・そうだな・・・・・・「ミウ」なんてどうかな? たしか自由って意味があったはずだから、君にぴったりだと思うよ」
ソラ的には凄く良い名前だと思った。
自由で純粋なこの少女にぴったりな名前だと。
「私は、今日から「ミウ」なのだな。返せって言っても、返さないからな!」
「別にとったりしないよ」
急に可笑しくなったのか、ソラはクスクスと笑いだす。
不思議な少女「ミウ」と「ソラ」の生活は、こんな感じで始まった。
数週間が過ぎた。
太陽が丁度中心に来る時に、ソラの家から、けたたましい声が響く。
「ソラ、ミウは、お腹がすいたぞ! ご飯を用意しろ!」
「今、用意しているだろう? もう少し待ってよ」
そう言って疲れた様子のソラ。
あれからミウは、色んな事を覚えた。
この世界の事、生きる為にしなければならない事、ソラが今までしてきた事、様々な事をミウは覚えた。
ただ覚える方向性はミウの興味の範囲内であるためか、若干変な言葉遣いをする。
例えば、
「はい。ミウ、ご飯」
ミウの前には、スープと丸パンが並べられ、両手を合わせる。
「ミウは、頂きますをする」
ソラは、いつもこの台詞に思わず笑ってしまう。
普通に、頂きますと言えばいいのだが、ミウはなぜか、こう言うのだ。
ミウが、パンを丸のまま齧り、スープを飲む時は、音を立てて啜る。
まるで、子供のようだ。
ご飯を食べ終わると、ソラは、家の近くの農場に出かける。
農場には家畜や、野菜が植えられていた。
「ミウも手伝うぞ!」
そういって、農作業の道具を両手いっぱいに持ち、ミウはソラの後をついて行く。
ソラは、その姿を見てほほ笑んだ。
「ゆっくりしよう、ミウ。急がなくても、野菜は逃げないから~」
農作業をする二人。
しかし、ミウはすぐ飽き、近くの塀の影を背に座って空を仰ぐ。
「なあ、ソラ。」
「うん? なんだいミウ?」
「ソラは、どうして戦争しないんだ?」
その質問に、ソラは鍬を杖の代わりにして考え始める。
どうして戦争しないのか。
ソラはどう説明しようか悩んだ。
「うーん、そうだね。僕は、臆病だからかな・・・・・・」
「ソラは、臆病じゃないぞ。ミウが保障する」
座りながら手を上下に振るミウに対して微笑むソラ。
「ありがとう、ミウ。でもね、やっぱりそれが、正解なんだよ」
手を振るのを止めて首を傾げるミウ。
「よく分からないぞ?」
するとミウが思い出したように質問を再開する。
「そういえばソラ。「モズネブ」ってなんだ?」
「どうしたの、急に?」
「なんで人間は「モズネブ」と戦っているんだ? 痛い事されたのか?」
するとソラは、何かを考え始めてそして話した。
「「モズネブ」というのはある計画が元で発生した「ヒト」だよ」
「ある計画?」
「そう人をさらなる進化を促そうという計画。でもね、それはある意味失敗しちゃたんだって」
「どうしてだ?」
ミウが首を再度傾げる。
「人はねミウ。自分より上位の存在がいると嫌悪感や劣等感を持ってしまう生き物なんだよ」
「よく分からないぞ?」
ソラがミウに近づき頭を撫でる。
気持ち良さそうに目を伏せるミウ。
「じゃあどうして、戦うんだ?」
「嫌悪感や劣等感というのはねミウ。ある意味では戦争を引き起こす引き金になりえるんだということらしいよ」
「どうしてだ?」
「それは僕にも分からない。ただそういう事なんだよ」
そよそよとした風が、ソラ達が立っている小高い丘を包む。
ソラにとって、戦争は、自分から大切なモノを、奪う行為でしかなかった。
もちろんソラは、今、人類が何と戦っているのか理解していない。
「モズネブ」という名前は聞くが、それが先ほど言った程度の情報しか入らなかった事もある。
また、それが何なのかがソラには分からないし、何より仮に先ほど言った様に人だとするならどうして人同士で戦争するのかがソラには理解出来なかった。
だからだろうか、ソラは、この戦争が早く終わって、皆が笑顔で楽しく暮らせる世界になってほしいと、心から願っているのだ。
その時、ソラはある事を思いつく。
「ミウ。おまじないしようか?」
「「おまじない」とはなんだ?」
「こうなりますようにとか、こうはなりませんようにとかを、お願いするんだよ」
「誰にお願いするんだ?」
「・・・・・・神様かな」
「神様? 神様って何だ?」
「それはきっと、どこにでもいて、どこにもいない。そんな存在だよ」
「分からないけど、分かった」
ミウは立ち上がって畑にいるソラに近づいた。
白い髪が日差しに照らされて、風に髪の一本一本を靡かせてまるで、天使の様な雰囲気を出す。
ソラは、それを見て頬を緩ませ鍬を畑に刺して、ミウに近づき説明する。
「うん。じゃあ、まず両手を空に向けて広げて」
言われるままに、ミウは両手を広げて万歳の形にした。
ソラは笑いながら、ミウを正す。
「違う、違う。こうだよ」
ソラは、両腕をL字の格好にし、手の平を空に向ける。
「こうか?」
「うん。それで」
ミウの手の平の上に、ソラは両手を握った状態で置き、
「これで、お互い目を瞑り相手にしてあげたい事を、誓うんだ」
「わかった!」
目を瞑り何かを誓う二人。
「これは誰にも、もちろん、僕にも言っちゃダメだよ」
「ミウは、了解した」
二人の間に優しい時間が流れ始めた。
「もう良いのか?」
そう言って、ミウは、ソラに抱きつくと、その反動でこけるソラ。
ミウは、嬉しそうに、ソラに甘える。
ソラは、そんなミウを見て、優しい目になりながら、ミウの頭を撫でる。
ソラたちの日常は、平穏だった。
世界が戦争をしていているという事実がまるで、この二人には関係ないかのように柔らかな日差しは、二人を覆っている。
廃墟になった夜の街。
俺たち「304分隊」は、ここで「モズネブ」と対峙している。
正直、ここにどのぐらいの、戦略的価値があるのか、俺には分からなかった。
ただ、ここを守る事で、救われるモノがあるなら、それでいいと俺は、思っている。
「シイナ隊長。敵、イビルアイ。通り過ぎていきます」
俺に対して黒髪ショートヘアーの女性通信士が呟く。
「よし、奴らが、俺たちに気づいていないのは、好都合だ。このまま「モズネブ」の司令塔を待ち伏せて叩く」
「モズネブ」の司令塔である、移動要塞を叩け。
これが俺達「304分隊」に課せられた任務だ。
それで、どの位の時間が稼げるのか、一兵卒の俺には、想像もつかない。
ただ確かなのは、お偉方は、少しでも「時間」を稼ぐ事が必要なようだ。
俺たちの装備は、三式4脚汎用戦車「ムラクモ」二輌、二式対要塞固定魔砲装備重16脚戦車「ゴウジャ」二輌、三式護衛6脚装甲戦車「クスハ」四輌。隊の全乗員合わせると、二四人しかいない。
足の遅い要塞砲があるのに、もうすでに型遅れのムラクモと、最新鋭とはいえ護衛戦車四輌とは泣けてくる。
「ああ最新鋭の『クスノハ』でもあればな・・・・・・」
そんな無い物ねだりをしていても始まらないのは重々承知していた。
無い物はしかたない。
俺はこの機械化部隊を、窓ガラスが割れ、所々崩れかかっている2つのビルの中腹に丁度、敵と俺達がV字になる様に配置してある。
さらに赤外線紫外線防護シートで包んでイビルアイの「目」からも見えない様にしている。
数が少ないというのはこういう待ち伏せの時、便利なのだ。
そんな事を考えていると、通信士がレーダを眺めて報告した。
「隊長。敵の移動要塞、近づいてきます」
少しずつ地面が揺れ始めた。
轟音と、周りのビルをなぎ倒しながら、前から近づく移動要塞の映像が流れる。
あんなデカイ金属の塊を量産しているのだから「モズネブ」の、工業力の底が知れない。
そう思いながら、その巨大なそれを見て俺は順次命令を出す。
勝負は、一瞬で決まる。
元々、あんなにデカイ代物だから、通常の魔砲では障壁すら破れない。
だから、要塞砲のゴウジャや、ここには無いがオオムカデが必要になるわけだ。
ゴウジャの魔砲は特別で、まず始めに障壁中和砲を打ち出し、間髪いれずに魔力爆散型の主砲が、要塞内部を文字通りハチの巣にする。
無論、充填時間もかかるし、何より一回撃ったら、再装填まで完全に無防備になり、敵にも、位置が気付かれる。
文字通り「一撃」で決めなければならないのだ。
「移動要塞、射程圏内に入ります」
俺の乗るクスハの女性通信士がそう報告し、俺達には緊張がはしる。
「時間合わせ。有効射程に入ったら掃射を開始。送れ」
「了解。時間合わせ、良し。有効射程までコンマ20」
俺の胃が、緊張でキリキリ言ってやがる。
「有効射程入ります」
「よし撃て!」
俺の命令と共に、要塞砲の魔砲がビルの瓦礫を吹き飛ばし、移動要塞の側方を撃ち抜く。次いで、もう一方に配置した、要塞砲も移動要塞後方を撃ち抜き貫かれた所は、赤く赤熱し、移動要塞の動きが止まり大きな爆発が起こる。
その爆風でシートが飛ばされ、俺は撤退命令を出した。
「総員、即時退避。すぐに他の奴らが来るぞ!」
「了解。総員即時退避」
はっきり言って、要塞一輌程度破壊して、浮かれていられるような状況じゃない。
俺たちはそんな「余裕」のある状況で戦争等していない。
まず始めに、電波撹乱弾を発射し、足の遅いゴウジャが撤退を始め、ビルの壁伝いを這う様に歩きだす。
次いでゴウジャの護衛用に2輌のムラクモがビルの壁を這いながら追随した。
俺達の、クスハは常に、殿を努めなければならない。
四輌のクスハが、ビルの間のアスファルトが所々割れた道路に横一列で相手を待ち伏せする。
要塞を破壊した俺達に廃墟のビルの上から間からイビルアイが接近した。
移動要塞は確かに司令塔ではあるのだが、司令塔がやられたからといって奴ら多脚戦車の動きが止まるわけではない。
元々、自立A・Iを搭載しており、緊急時は個が全体となって事態に当たる。
勿論、電波撹乱装置を使えば多少の時間稼ぎは出来るがあくまで時間稼ぎに過ぎない。
特にイビルアイは三機一対という行動をとっており他の二機が行動不能になった時点で、一機が逃げて、情報収集した情報を仲間と並列共有し、その都度作戦を変える。
まったく嫌な相手だ。
「総員。随時応戦しつつ後退」
「了解」
イビルアイか・・・・・・まだ、何とかなる相手だが・・・・・・。
サソリを思わせる形のクスハの長所は何と言っても高い装甲と、それなりの火力だ。武装は、両腕部の六銃身魔砲24mmガトリングと、後方部分についている全周回転砲塔75mm魔主砲だ。
そのせいで、機動性が少しおざなりには、なってはいるが。
イビルアイの群れを俺達は掃討しながら徐々に後退している。虫のように出てくる無人偵察兵器だから、これ以上に、ウザい奴らもいない。
その時、後方から、爆発が二つ確認される。
「どうした?」
「後方、撤退中のゴウジャ二輌爆散。乗員の生存は不明。今、ムラクモが応戦中。相手は、対戦車4脚中型重戦車「ヘズ」です」
ヘズか、嫌な相手だ。無人戦車キラーで、装備は前面に100mm魔主砲と、側面に毎分200万発の魔砲を放出できる可動式超重機関銃(注・四角い箱に機関銃銃身が複数「日」の形で並んでいるもの)が二つ装備されている。
型遅れの戦車では、まともに戦闘を行えば数分も持たず鉄塊にかわるだろう。
「各機、散開。ヘズ相手じゃ、どうにもならん。各々の判断で後退せよ」
「了解」
いったいこれで、何人が生き残れるんだ?
俺は、そんな事を考えながら、瓦礫の海をクスハで移動していく。
いくつもの爆発が仲間のものなのか、それとも敵のものなのか確認する術は、俺には無かった。
クスハが廃墟を抜け夜のタクラマカン砂漠に出る。
「通信士、ベースキャンプまでどの位かかる?」
地図を眺める通信士。
「この戦車の足で休憩も挿んだとして1週間程度かとシイナ中尉」
やれやれとシイナは閉鎖された戦車の中で座った状態で背伸びをする。
シイナから見て右足の方向には通信士、左足の方向には操縦士がいて俺の前には緑色の光を放っている電子パネルが外の砂だらけの風景と幾つかの情報が、並んでいた。
「味方は?」
「残念ながら、あの後の定時通信が入らない事を考えると、死んだものと考えるのが妥当かと」
無機質な、その返答に少し腹も立つシイナだったが、この部隊に配属されてこの戦車長になったのも、そんなに短い期間じゃない為、半分諦めに近い感情が湧いてくる。
ただ味方の死に無頓着にはなれず、自分で甘いと思いながらため息を吐いた。
「どうかしましたか?」
通信士がシイナを横目で覗く。
「何でも無いよ。はあ、泣きたくなる」
シイナはそう言って上を仰ぐ。
そこには、金属で出来た人一人が入れるほどの円形の扉があるだけだった。
シイナが上を仰いでいた時、急に警告の赤い光が戦車内に広がる。
いきなりの事でシイナは上にやった視点を通信士に向けた。
「どうした!」
「前方にヘズ! 目視できる距離です」
「なんでそんなに近づかれるまで気付かなかった!」
通信士も驚いている様で声を荒げている。
「それが砂の中に隠れていたみたいで発見が遅れました!」
シイナの顔の横から汗が伝う。
間髪いれずに命令を出すシイナ。
「とにかく回避に専念しろ」
その命令を実行する操縦士だったが悪態を吐く。
「ヘズ相手に、この戦車でどれ位もつもんですかね!」
「減らず口を吐く暇があったら回避に専念しろ!」
いくらクスハの機動性が悪いと言っても決して旧時代の戦車ほど遅いわけではない。
今相手しているヘズよりは小回りは利くが、それだけだ。
単純な性能が段違いなのは埋めようのない事実だし、何より対戦車用に開発されたヘズと防衛が目的で作られたクスハでは、元々の思想が違う。
数があればまた話が違うのだが今回は一対一つまり単純な性能差で勝敗が決してしまう。
「主砲発射!」
クスハの主砲から魔法弾が放たれるがヘズの魔法障壁で軌道を簡単に逸らされ、瞬時にヘズの主砲が光を灯らせる。
「前面に魔法障壁集中」
ヘズから轟音と共に魔弾がクスハの魔法障壁を砕きなお、直進し、クスハはそれを横跳びして避ける。
爆音と突風で砂が舞い散り爆発した砂がマグマの様に紅く光っていた。
「多脚戦車じゃなかったら今頃、天国の爺さんに会える所でしたよ」
冷や汗をかきながら操縦士が画面を睨む。
やはり普通のやり方ではヘズに有効弾を与えられないと判断したシイナ。
「このままじゃジリ貧だな・・・・・・操縦士。魔法障壁に回しているエネルギーを切れ。全て主砲につぎ込む」
「なっ! 馬鹿言わないで下さいよ。そんなことしたら主砲がイカレちまう!」
操縦士の言う事も尤もだったが、そうも言ってられないのが現状である。
「なら、全員で仲良くヘズにやられるか? 三途の川で仲良くピクニックが出来るかもしれないが、俺はゴメンだ」
「畜生! どうなっても知りませんよ!」
操縦士が、パネルを操作して魔法障壁のスイッチを切り、エネルギー配分を主砲に集中させる。
主砲が熱で徐々に赤みを帯びる。
「ちゃんと狙えよ・・・・・・撃て!」
クスハの主砲が赤く焼け魔砲を放つと同時にヘズが主砲を撃ち、ほぼ同時に両戦車が爆散した。
戦車の中から放り出されたシイナは爆風で砂まみれになる。
「ぶっ! 全員。生きているか! ヘズは?」
口に入った砂を吐きながら、周囲をみるシイナだったが周りには誰もいない。
燃え盛るクスハとヘズの近くに歩み寄るとそこには、人だった操縦士の腕と、通信士の通信用のヘッドマイクが落ちている。
シイナはその光景を茫然と眺める事しか出来なかった。
「畜生! 俺はまた・・・・・・」
膝を折り、砂に怒りの籠った拳をぶつけるシイナ。
その燃え盛る二台の戦車の残骸が虚しく空を紅く染めた。
あれから、どの位の日が経ったのか自分でも良く覚えていない。
俺は砂漠の海を歩いていた。
幸いなのか、クスハの中にあった無傷の、サバイバルキット3人分を使って、なんとか生き抜いている。
本来なら戦車の中の奴らの物だが、そうも、言っていられない。
サバイバルキット一つの中には戦闘糧食と飲み水が1週間分、浄化トイレ、粉末式歯磨き粉、ウオッシュペーパー、替え用の服、電子図鑑、サバイバルナイフ、各種救難信号用の物、血清などの薬、それに局地で生き抜くために必要な物等色々入っている。
普通なら、救難信号でも出して、大破したクスハの付近で待ちたい所だが、普通の戦場ならいざ知らず。
あんな辺鄙な所で、そんなことをしようものなら、確実にイビルアイの餌食なのは、火を見るより明らかだ。
「ああ、畜生。肉食いてぇー」
もう、食いきったとはいえ戦闘糧食には飽き飽きだ。
あれは、急激に口の水分を奪う上、味も画一的な味で、正直好きになれない。
特にあのピーナッツバターと厚いクラッカーの組み合わせは、むせ返る位の粉っぽさを演出してくれる。
勿論、戦闘糧食に肉が入っている物もあった。
だが全て加工品で、中には薬漬けのハムの様なものから、煮込みまくって完全に肉汁が抜けた鶏肉のような物まで、それでいて塩味がかなり濃いのだから、余計に水分が欲しくなる。
まあそれでも食えるという事だけでも本来なら感謝すべきなのだが。
それとこれとは、また話が別な気が俺はする。
「畜生・・・・・・水もかなり減ったな・・・・・・」
俺は恨めしそうに、水の入った容器を見る。
長時間歩いていたせいで、体の疲労も、かなりのものになってきている。
そんな時、遠くに小屋? の様なものが見えた。
「蜃気楼か?」
俺は腰に吊るしてあった望遠鏡を覗く。
蜃気楼なら下の部分が透明になっているか陽炎が確認できるはずだ。
しかし、その建物はしっかりと丘の上にある。
「どうやら、運の神様は俺を見捨てなかったらしい」
ガッツポーズを取り、俺は俺の足取りは軽くなるのを感じ、その建物に向かって前進した。
家の中を縦横無尽に裸で走りまわるミウと、それを追いかけシャンプーを持つソラ。
「コラ! ミウ! お風呂に入りなさい!」
「嫌だ! ミウは、お風呂には、入らない!」
最終的にミウは、食器棚の上に乗ってまるで猫の様に威嚇している。
どうやら、ソラがミウを、お風呂に入れようとしたらしい。
「なんで? いつもは、入ってたじゃないか?」
「ソラの持つそれ、目に染みて痛い! ミウは、それが嫌だ」
シャンプーの事のようだ。
「今日は、砂埃で汚れたから仕方ないだろ?」
「前汚れた時は、水で流しただけだった」
それは、ミウの存在がよく分からなかったからだ。
今は、分からないでも、意思疎通出来ているソラだが、今回は難敵のようである。
「ね、ミウお願いだから」
「嫌だ」
何度も説得を試みるソラだが、全く譲らないミウ。
しばらく無用の問答が続くが、こういう時の最終手段はいつも。
「もう、言う事聞かないなら、ご飯抜きだよ!」
「横暴だ! ミウは、断固抗議する」
高い場所で怒りを裸で両手を上下させて表す。
正直、目のやり場に困るソラだが、そうも、言っていられない。
裸で走り回れるのも困るが、お風呂に入らないのはもっと困る。
「じゃあ。お風呂にはいったら特別におやつを作ってあげる」
「おやつ?!」
少し心が揺れるミウの表情をソラは見逃さなかった。
「だから、お風呂に入りなさい」
しかし、しばらく考えるそぶりを見せつつもミウの回答は。
「ううー。やっぱり嫌だ!」
「なら特別に二つ!」
心の天秤がぐらぐら揺れるのが見えるようだ。
「ぐむむむ・・・・・・分かった」
籠絡するミウ。
やはりと言うべきかミウは案外に単純なのかもしれない。
高い場所から降りてゆっくり近づき、ソラの袖を引っ張りながら、上目づかいでミウがボソリと、
「痛くするなよ」
と呟く。
ソラは、ほほ笑んで頭を撫でる。
キッチンンから真逆の、お風呂場に連れていくソラ。
お風呂場に入るとミウは体育座りになっていた。
そしてお風呂場の上にある棚からシャンプーハットを取り出し、ミウにシャンプーハットを装着するソラ。
「これで、痛くなくなるのか?」
ミウはシャンプーハットを弄ってみせる。
「うん。大丈夫。僕も小さい時、よくこれを使っていたから」
素直に、髪を洗わせるミウ。
白く長い髪が細かい泡で包まれる。
「凄いぞ! 目が、痛くならないぞ」
そう言って、はしゃぐ。
ソラは、はしゃぐミウをなだめ、そのミウの白く長い髪を丁寧に洗った。
白い髪に白い泡を纏う光景は形容しがたい美しさがある様に感じられるソラ。
またミウの髪は一本一本が細い割に、独特の強さを持っており、それでいてふわふわした感触で、雲をつかむと丁度こんな感じなのだろうと思わせる適度な弾力があった。
汚れが適度に落ちた髪をぬるま湯で流す。
洗い終わると「ほう」といった表情になるミウ。
白い髪の一本一本が日光に照らされて七色に光る。
ミウが、服を着始めた時、ゆっくりとドアを叩く音がした。
ソラが返事をしてドアを開くと、その向こうには、髭の生えた薄汚い耳が出るくらい黒髪短髪の26歳前後の男が立っていた。
「あの? どちら様ですか?」
ソラがアラビア語でその男にそう訊ねる。
すると男はソラが何を話しているか分からない様で、英語で、「私はお腹が空いている。私は日本語と英語しか話せない」と簡単な英語を話す。
ソラは何かを理解したようで英語でその男に、
「大丈夫です僕は、日本語も話せます」
と言ったので男は日本語で、
「すまないが、飯をくれ。ここ何日か、まともに食べてない」
男はかなり、切羽詰まっている様子だった。しばらく考えるソラだったが、男を家に入れる事にしたらしい。
物凄い勢いで、木で出来たテーブルの上の食事を文字通りかき込み、それを最後に水で流しこむ。
見た目に、行儀の良い物ではないが、男は満足したらしく腹を二回軽く叩く。
「ふぅ、生き返った~。ありがとう。坊や」
「いえ、でも、どちらから来られたんですか?」
食器を片づけながら、ソラがそう言うと男は黙った。
というよりもどこからという事を説明するのを考えている様な感じに見受けられる。
すると、ミウが近づいて、男に近づいて犬の様に匂いを嗅ぐ。
すぐに片手で鼻をおさえ、物凄い勢いで後ずさり、もう片手で指を指し、ソラに叫ぶ。
「ソラ! この人間、凄く臭いぞ! 腐っているぞ!」
「コラ! ミウ! すいません。えーと」
男は、自分の匂いを嗅いでいる様子だったが、すぐに名前を言った。
「シイナだ。それと、お穣ちゃん。「腐っている」は無いぜ」
シイナと名乗った男は、少し泣いている様子だ。
まあ普通誰でも、匂いを嗅がれていきなり腐っていると言われれば泣きたくもなる。
「よかったら、お風呂でも、どうですか?」
苦笑いしながら、シイナに気を使うソラ。
「悪いな、坊や」
シイナが、お風呂から出てくると、ミウが目を丸くしながら、シイナを観察する。
「どうだい? これで臭くなくなっただろ?」
どこから取り出したか分からない新しいズボンとシャツに髭で不格好だった顔は綺麗に剃られ若々しい姿がソラ達の前に披露された。
今度は、シイナの全体を見て回り、指を指してソラに叫ぶ。
「ソラ! この人間、姿が変わったぞ! やっぱり変だ!」
どうやら、シイナが髭を剃った姿を見て、そう言っているらしい。
「お穣ちゃん。お兄さん、これでも繊細だから、そろそろ泣いちゃうよ?」
そういって目に片手を当てながら、天井を仰ぐ。
二人のやり取りを見て、また苦笑いをするソラ。
ミウの感想は時々真っ直ぐ過ぎる為シイナの心を抉るようだ。
「ところでシイナさんでしたっけ? ここには、どういう用事で来たんですか?」
ソラの方に横目で視線をずらすシイナ。
「ああ、単純に民家が見えたんでな、食料も水も尽きかけていたんで、なんとか分けて貰えないかなと思って、な」
「それにしても、良くこんな辺鄙な所に来ましたね」
そういうソラに、シイナは、近くにあった椅子に座る。
「辺鄙と言ったな? ここは、何処にあたるんだ?」
ソラは、地図を取り出して、シイナに見せる。
「だいたい、この辺です」
ソラが指差したのは中東とタクラマカン砂漠の間位の所だった。
とはいってもかなり砂漠寄りの場所を指している。
「・・・・・・は?」
思わず、口を開けるシイナ。
どうやら、シイナの予想していた場所とは、ずいぶん違うらしい。
「なあ、確か、この辺りに、街か村か市が無かったか?」
「えっ? いや、この辺りには、街も村も市もありませんよ」
どういう事だと言った表情で、シイナは、電子マップを開く。
電子マップの画面には緑色い線で描かれた地形が映し出されていた。
「あ、電子マップですね・・・・・・あれ? これって何ですか?」
ソラがそう言うと、電子マップの左下に小さくRの文字が浮かんでいた。
「・・・・・・」
「あの? シイナさん?」
シイナの顔から血の気が引き汗もだらだらと流れ始める。
「間違えた・・・・・・」
「はい?」
沈んでいる様子のシイナに、困惑するソラ。
「どうしたんですか? シイナさん?」
「どうやら、真逆の方向に進んでたらしい・・・・・・おかしいと思ったんだよ。行けども、行けども、砂漠だったから」
顔を少し掻き困ったなという仕草をするソラ。
「そうだシイナさん。何か飲み物でも飲みません? いま淹れてきます」
ソラは、そそくさとキッチンで飲み物の準備を始めだす。
「ところでシイナさん。飲み物は何が良いですか?」
「えっとそうだな・・・・・・お茶がいいかな?」
「わかりました」
ソラは、湧いたお湯にラフマ茶のが入った金属製のポットにお湯を注ぎ入れる。
部屋には、ラフマ茶独特の香りが広がった。
「そういえばシイナさんは何処の生まれなんですか?」
キッチンと食卓で何気ない会話をする二人。
「ああ俺は日本だよ」
「え? でも日本って今」
そう言いながらソラはお茶の入ったポットをテーブルに並べ始める。
「ああ「モズネブ」に占領されている。まあ疎開人という奴だ。そういう坊やは何処の生まれなんだ?」
疎開人という言葉がソラの耳に残る。
「モズネブ」に占領されてやむなく疎開してきた人の事を疎開人というのだ。
大概の人は難民キャンプに住む事になるのだが、時々難民キャンプに定員オーバという理由で出される事もある。
ソラは、シイナをそのような人だと思った。
「僕は、生まれも育ちもここですよ。両親が日本人だったから名前もそうなってますね」
「ふーん。そうかい・・・・・・」
ラフマ茶を蒸らしていたソラが頃合いだと言い、三人分のカップにラフマ茶を注ぐ。
そのラフマ茶をシイナとミウ、自分の順で配る。
「ソラ! 砂糖」
「はいはい」
ソラは砂糖の入った容器をミウに渡すと、ミウは大量の砂糖をラフマ茶に入れ、飲み始める。
「シイナさんは、いりますか? 砂糖」
「いや俺はこのままでいい」
シイナはラフマ茶を口に含む。
「いやー久々にこんなに美味いお茶を飲んだよ」
満足そうにラフマ茶を飲み進めるシイナ。
その時ミウが、キッチンへ向かう。
「お?」
「どうしたのミウ?」
「ソラ! 面白いものを見つけたぞ!」
ミウがそう云うので向かうソラ。
すると、「うっ」という声と共にソラが突然倒れる。
「? ソラどうした?」
ミウがソラをゆする。
シイナがその異様な光景にすぐに立ち上がりその場に近づくと、紐の様な物が膨らんで二人の近くにいた。
ラッセルクサリヘビ、毒蛇だ。
シイナは腰に装備したサバイバルナイフで蛇の頭を切り裂く。
「大丈夫か! 坊や!」
ソラの足の噛み後は腫れ、苦しんでいるが意識はある。
シイナは、すぐにナイフで、ソラの足の表面。心臓に近い足の皮膚を切り、外に出て、サバイバルキットの中にあった血清を取り出し家の中に戻るとそれを注射する。
「・・・・・・良く持っていましたね」
ソラが痛々しい声を絞り出すように言う。
「まあ。だって俺、軍人だし」
「は?」
ソラが口を開ける。
「だから軍人。もう全滅したけど第304分隊の指揮官」
自分に指を指してソラに語るシイナ。
するとソラがぶるぶると震えだす。
「ん? どうした坊や?」
「出てってください・・・・・・僕は・・・・・・軍人が嫌いなんだ・・・・・・」
ソラは、背中の服の中に入っていた、拳銃を取り出し、上半身だけを起こした状態で構える。
ソラの手は毒のせいなのか怒りのせいなのかふるえていた。
シイナは、手を上げながらゆっくりと立ち上がる。
ソラの銃の銃口は、シイナ狙う様に構えていた。
「・・・・・・俺で気が済むなら撃ってくれ。ただ俺を撃ったら、他の軍人を恨まないでほしい」
それを聞いたソラの銃口が少しぶれて顔に迷いが出る。
さらに続けるシイナ。
「あと、君がやっているのは俺達と変わらない行為だよ。確かに俺達は人を殺す。だけど今の君の行為と俺達の行為は何が違うのかな?」
その時、ミウの双剣が、ソラの持っていた銃を、斬り裂いた。
「え?」
ばらばらと崩れる拳銃が木の床に落ちる。
さっきまであった双剣はどこかに消えたがミウは何かを怒っている様子だ。
「ソラ・・・・・・ミウは知っている。それは痛いモノだ! ミウは、ソラに痛いモノを持つ人間に、なってほしくない!」
それを見て、シイナは大きく息を吐いて、手を下ろす。
「君に何が、あったかは知らないけど、君みたいな子供が、そんな物を俺みたいな人間に向けちゃいけないよ」
「・・・・・・どうして・・・・・・」
ソラは目を閉じ、その場で伏し、それをミウが触れようとするとシイナが止めた。
「やめときな、嬢ちゃん。こういう時はそっとしておくのが一番だ」
そう言いつつシイナは、自分の上着をソラにかけ、すぐに家の外に出て壁に腰掛け、空を眺めた。
腰のホルスタ―かけてあったリボルバー拳銃「ピエタ(慈悲)」をとりだす。
「お前と戦うのも最後になるかもしれないな」
そう言ってシイナは拳銃をしまった。
家の中でソラは目を腕で覆い何かを我慢している様子だった。
シイナが軍人だという事。
それはソラにとって大きな衝撃だったが、それと同時に命を救ってくれた人でもある。
ソラの頭の中は色んなものが蠢いている様な感情に襲われていた。
そんな考えの中ソラが腕をずらすと、座っているミウが不思議そうな顔でソラの顔を眺めている。
「・・・・・・どうしたの? ミウ?」
するとミウは座りながら足と腕を組み始めて何かを考えているようだ。
「なあソラ・・・・・・どうしてソラは『ぐんじん』が嫌いなんだ?」
「えっ? それは僕の大切なものを奪ったのが、軍人だからだよミウ」
「痛い事されたのか?」
ミウは人差し指を口に当てながら考えているようだ。
「・・・・・・ある意味そうだね・・・・・・」
その言葉を聞くや否や、
「よし! ならすぐにミウが、あいつをやっつけてくる!」
と言いながら、ミウはすくりと立ち上がり外に出ようとするが、足を掴みソラがそれを止める。
「どうしたソラ?」
ゆっくりと首を振り、まるで自分に言い聞かせるように、ソラはミウに話す。
「違うんだミウ・・・・・・そう言う事じゃないんだ・・・・・・そう言う事じゃ」
「? じゃあどういう事なんだソラ?」
「僕は確かに軍人が嫌いだ。今もその考えは変わって無い。だけど、それは・・・・・・」
ハッと、ソラは何かに気付いた。
(君がやっているのは俺達と変わらない行為だよ)
「僕は・・・・・・」
「どうしたんだ? ソラ?」
わけが分からないという顔をしているミウにソラが疑問を投げかける。
「ミウ・・・・・・もし、もしだよ、ミウに痛い事をした組織があって、その組織の人間の一人が良い人だったらミウならどうする?」
「? ミウに痛い事をしたのはそしきで、そしきの中の人間が良い人?」
ミウは頭に人差し指を当てて振子の様に体を揺らしながら考え始める。
「ソラ・・・・・・そしきって何だ」
「沢山の人の集まりかな?」
「ミウに痛い事をしたのは沢山の人の集まりで、その沢山の人の集まりの人間の一人が良い人だったら、ミウはどうするかという事か?」
「そう。そう言う事だよ」
「その一人はミウに痛い事しないんだよな?」
「そうだね」
ソラが頷くとミウは迷いなく結論を出した。
「ミウに痛い事した奴は許さないけど、ミウに痛い事しない良い人ならそいつは許す」
「どうして?」
ミウのあまりにも迷いのない言葉にソラは疑問を浮かべる。
「ミウは今まで沢山ミウに痛い事するものに出会った。だけどミウに痛い事しないソラにも出会えた。ミウはソラが好きだ。毎日美味しいもの作ってくれて、ミウに色んな事を教えてくれるソラが好きだ。それに――」
「それに?」
「――ミウが見てきたモノはミウにとって真実だ。ミウはミウが見てきたモノだけを信じる。そしてソラが云ってくれた。ミウは人間だと。ミウは、その時ミウの存在を認められた気がした。だから、ミウは人間として、ソラと一緒にいたいと思った。そんな優しい言葉をくれて、ミウに『ミウ』と名前をくれた、ソラとこれからも一緒に美味しいもの食べたい。色んな事を教わりたい」
ミウの瞳はまっすぐソラを捉えていた。
「・・・・・・そうか・・・・・・ミウは優しいね」
「ミウは優しいのか?」
首を傾けるミウ。
「うん。とても優しいよ」
「なあソラ。ソラはどうしたいんだ?」
率直な疑問を投げかけるミウにソラは少し悩んでいるようだ。
「僕は・・・・・・」
ソラはしばらく考え始め、そしてある結論を出した。
夜になった。
その時、内側からドアが開き、ソラが出てきた。
「シイナさん・・・・・・入ってください。外は寒いですから・・・・・・」
「足と体はもう大丈夫か?」
ソラを労わる様に言ったシイナを見てソラは複雑な顔してシイナに返事を返す。
「はいシイナさんのおかげで・・・・・・どうぞ入ってください」
言われるままにシイナは、ソラの家に入る。
三人が重苦しい、もとい、二人が重苦しい夕食を取っていると、ミウが話しかけた。
「ソラよ。どうしたんだ? さっきから元気が無いぞ」
「ミウ。何でも無いよ・・・・・・何でも無いんだ」
また重苦しくなる食卓。
「坊や・・・・・・いや、ソラ君・・・・・・いやいや、ソラ。うんソラ。君はどうして軍人が嫌いなんだ?」
その問いに静かに答えるソラ。
「僕の大切なものを奪ってきたのは、軍人だからです。だから僕は、軍人が嫌いなんだ」
「そうか・・・・・・確かに俺は、軍人だ。君の言う様に知らない間に、誰かの大切なものを奪っているだろうし、これからもそうなると思う」
ソラは、黙ってシイナの話を、聞いている。
「だから俺は、君に銃を向けられた時、正直、撃たれてもいいと思った」
ソラは喋らない。
そのソラの態度を見てシイナは続けて話す。
「そして、外に出て空を見ながら考えた。このまま、ここで死ぬのも良いかなと。だけどふと、ある考えが過った。それは、なんで、ソラが、いや人が、こんな所に住んでいられるのかという事だ」
シイナは周りを見渡す。
辺りには、木と金属で覆われた壁がある。
「はっきり言ってここは、辺鄙も辺鄙。なにせ普通の人は、こんな所では住まないし、住めない。どんな魔法を使ったんだ?」
すると、ソラはゆっくりと立ち上がった。
「・・・・・・ついて来て下さい」
ソラの言葉にシイナとミウが誘導される。
ソラ達は外に出て、納屋に入ると、ソラが、藁で覆われた金属の地下扉を掘り出し、そこを開け、梯子を下りて中に入った。
ミウは、すぐにソラの後を追い梯子を使わず中に入り、シイナは恐る恐る中に入る。
シイナは驚く。
薄暗い大きな部屋のなかそこには、
「これが秘密です」
そういうソラの目の前には、非常に大きな、大きな超高純度の魔法石の結晶が五つ、円柱状のガラスの中に、何かの液体の中に浮かんで光を放っている姿があった。
「なんだ? これは・・・・・・」
シイナが驚いたのも無理はない。
普通、これほど大きな魔法石の結晶なら、先に、シイナが沈めた移動要塞どころか、それ以上に大きな物でも動かす事が出来る。
いやそれ以前に、なぜこんな所にこんな中央軍でもお目にかかれない様な、超高純度の魔法石が置いてあるのかそれが不思議でならなかった。
「こんな大それた物、俺に見せてどうしようっていうんだ?」
そうすると、ソラが、その魔法石の入っているガラスに片手で触れる。
「これが、僕が軍人を嫌いな理由です」
「いったいどういう事だ?」
ソラの瞳が、シイナを見る。
「これを精製したのは僕自身。そのせいで、僕は、僕の両親を軍に連れて行かれたんです」
シイナは良く分からないといった様子だった。
「シイナさん。ここに来る途中、丘を登りましたよね?」
「ああ」
「でも、そんな丘、ここには無いんですよ」
「丘が無い?」
シイナは、ますます困惑している様子だった。現に自身の足で、目で、その丘を登って来たのだから無理も無い。
「証拠を見せます」
そう言って奥のパネルのある場所まで行き何かを操作し始めるソラ。
ガタガタと地面が揺れる音と、何か金属と金属がこすれる音が響く。
「なんだ?」
シイナは近くの金属のパイプにしがみ付いて状況を確認しようとする。
「この揺れ、もしかして」
丘が揺れ斜面の地面が、どんどん下に落ちていく。その時、丘からいくつもの金属の脚が現れ、その丘の土を払う様に後ろに下がる。
すると、中から金属で出来た多脚の機械が現れた。
立て幅はかなりの厚みで横幅もかなり長く、足を伸ばしたそれは天にまで届きそうな大きさだ。
その多脚の機械の上にソラの家と畑、それに納屋などの建物が乗っている。
揺れが収まる。
モニターには外の砂漠の風景が映し出されていた。
「こいつは、いったい?」
ソラが、シイナの方を向く。
「僕が、辺鄙な所に住む事が出来たのは、これのおかげです」
「まさか移動要塞なのか?」
ソラが首を横に振る。
「違います。これは、ただの家で、研究所です。両親が、この魔法石を誰にも渡さないために、作った」
「いったいどうして」
「これが、人でも「モズネブ」でもどちらに渡ってもいけない物だからです」
「それは分かるだが、どうしてこの魔法石を精製した君が、ここにいて君の両親がここにいない」
当然の疑問である。
すると、近くにいたミウの頭を撫でてソラは話した。
「両親は、僕を守るために僕を眠らせました。そして、両親は、軍に連れていかれました。僕にはすぐに帰ってくるよと言って。今も帰ってきません。多分今は、したくも無い研究を今もしていると思います」
ソラはさみしそうな顔をして魔法石をを見つめる。
その時昔の事が思い出されていた。
数年前。
まだ真新しい僕の家が、ゆっくりと黄金色の砂の集まりを歩いていた。
風が頬を撫でてとても気持ちいいなと甲板に乗っていると、僕の造ったお手伝い教育機械が近づいてきて僕を甲板から下ろす。
円柱形で4本の足と僕が作ったA・Iで動いている僕の友達だ。
「マスター。危ないですよ」
機械的な声でそれは僕に説教をする。
「で、どうしたのクウ?」
「特に用事はありません。ただマスターが危ない行動を取っていたので」
すると畑に移動して自分の作業に戻った。
僕は家に戻り、TVをつける。
ニュースが入っていた。
『いま世界は魔法石の発見応用科学をよりよいものとしようと、採掘に勤しんでいます。しかし近い未来には、魔法石が人工的に作られて私たちの生活をより豊かにしてくれるでしょう』
僕はTVのスイッチを切った。
そして、僕はいつもの遊び場に行く。
両親が研究している魔法石の研究所。
僕はこの空間が大好きだ。
机と色んな器具に薬品が机の上に所せましと並べられている。
そしてこの場所には僕がまだ見た事の無いものが作られていく。
僕にはそれがたまらなく楽しい。
そんな事を考えていると僕のお父さんが僕を見つけてくれて、ペンを持っていた手は僕の体を抱きかかえるのに使われる。
そして僕を抱きかかえたまま、ぐるぐると回ってくれた。
僕はこれが大好きで、しょっちゅうお父さんにせがむ。
僕を下ろすと僕はお父さんに質問する。
「お父さん何しているの?」
「ああ魔法石を精製する方法が分からなくてな」
お父さんが眺めている方向には、小さな魔法石と、色んな薬品が所狭しと並べられていた。
お母さんが僕達を眺めながら楽しそうにこう言う。
「ソラ、あんまりお父さんの仕事の邪魔をしないの」
「邪魔なんてしてないもん!」
僕はお父さんの公式や理論が書かれた紙を見ている。
するとお父さんが、
「ソラ? これが分かるのか?」
「何となくだけど。今お父さんは魔法石を、何かの触媒を用いて精製しようとしているんだよね?」
お父さんはそれを聴くと、なぜか寂しそうな顔をするのだ。
「ゴメンナサイ」
「いや謝る必要は無いよソラ。ただ単純に驚いただけだ」
そういって僕の頭を優しく撫でてくれるお父さん。
「ねえ、お父さんはどうして魔法石を精製しようと思ったの?」
「そうだね。これが成功したら。世界はもっと平和になると思ったからかな?」
「世界が平和になったら友達、沢山出来るかな?」
僕が両手をあげると、お父さんは両手で僕の頭をもみくしゃにした。
「出来るともソラ。ただソラその時はソラ、お前から優しくないとだめだ」
ソラは、上を見て体を振子の様にして考え始めた。
「この世界にはなソラ。肌の黒い人、白い人、色んな言語を話す人、色んな考え方をする人がいる。それで戦争になったりもする」
「どうして戦争なんかするの? 仲良くすればいいのに?」
お父さんは上を向いて何かを考えている様子だった。
「文化や思想の違いというのは、戦争を引き起こす引き金になりえるんだ」
ソラは分からないといった表情を見せる。
「ソラにも分かる時が来るさ」
お父さんはそう言って僕を下ろし、また研究を始めた。
僕は、お父さんのお母さんの研究が上手くできれば良いなと思っている。
そんな時、お父さんお母さんの資料を見てある事に気付いた。
僕はその時魔法石に世界を見たんだ。
僕は夜になるのを待つ。
そして、夜になった時僕は研究所に忍びこんで、その実験をしてみた。
すると魔法石の種が生まれる。
僕は嬉しくなってその種を一生懸命育てていった。
朝になってお父さんとお母さんが来てそれを見て僕に驚愕して眺めている。
そこには高純度の魔法石が手の平大位の大きさまで成長していたからだ。
「お父さん出来たよ! 魔法石が出来た」
僕は「出来た」という喜びに震えている。
しかしその時、僕は子供だった。
それが出来たという事がどういう結果を生むのか僕には分かっていなかったのだ。
その時、僕は初めてお父さんに殴られる。
僕が作った魔法石はとても危険な代物だった。
それこそこの地球・・・・・・星を消滅させるぐらいに危険なもの生み出してしまったのだ。
僕はその事を、ずっと後になって気付く。
そして、お父さんは、
「これは、誰にも発表しちゃいけない。過去アインシュタインやオッペンハイマーが作ってしまったそれで、「科学者は罪を知った」という事を学んだ。だからソラ。これは信用できると思った人にしか見せてはいけない分かったね」
と僕に諭した。
戦争が始まる。
僕のお父さんとお母さんは軍に連れて行かれることになった。
僕は嫌だと言って二人を困らせる。
そして、両親が軍に連れて行かれるその日、僕はお父さんに貰った薬で眠ってしまう。
気付いた時には、僕と僕が作った、お手伝い教育機械だけになった。
そして、一つメモがある。
『ソラへ
人に優しくしなさい。
そうすれば私達がいなくても寂しくなくなるだろうから
すぐに帰ってくる。』
そして僕はお父さんとお母さんが残してくれた研究資料を何年ももかけて勉強した。
そして、お父さんとお母さんがどうして軍に連れて行かれたのかを知る。
僕は軍・・・・・・軍人が嫌いになった。
自分達の勝手な都合で僕の大切な両親を奪った軍人が嫌いになった。
いまならお父さんの言った意味も分かる。
そして僕の罪も。
現在研究室の中。
「僕には、これを守る義務がある! 責任があるんだ! だからシイナさん僕は・・・・・・」
咄嗟にミウが、ソラに抱きつく。
「ミウ! 放して! 僕は・・・・・・」
「ソラ! それはだめだ! それは違う!」
「何を、わけの分からない事を言っているんだ、ミウ! 放しなさい」
しかし、ミウは、ソラを放そうとしない。
その時、シイナがミウを引き離した。
「もういいよ。お穣ちゃん」
そう言って、シイナは自分の持っていたリボルバー拳銃を、床に置く。
「俺らが全部悪いんだ。だから俺は何されても受け入れるよ」
ソラは、その銃を拾う。
「ソラ! ダメだ!」
ミウが、ジタバタと暴れ、シイナを自分の後ろの方へ投げ飛ばす。
受け身を取るがシイナはその場を動かない。
「ソラ!」
ミウがソラの前に大の字で立つ。
重苦しい空気が流れ、空気が凍るような雰囲気。
だが、その場にそぐわない笑い声がこだました。
「え?」
シイナの間の抜けた声が漏れる。
笑いの張本人はソラだった。
「僕が、何かすると思ったのかい? ミウ。大丈夫だよ」
そういうとミウの頭を撫でる。
ふっとシイナの力が抜けた。
「確かに、僕は軍人が嫌いだけど。シイナさんが憎いわけじゃないし、それに、シイナさんを撃っても、それは、違う。そうでしょう?」
シイナは驚いた。
いや普通、誰でも驚く。
ソラのあの態度なら撃って可笑しくない。
むしろそれが当然だと思うからだ。
「マジか? 俺はてっきり・・・・・・」
「シイナさんを、殺そうとしているとでも?」
ほほ笑むソラは銃口を自分に向けてシイナに銃を返す。
「違うのか?」
「違いますよ。ここに連れて来たのは、知ってもらうためです」
「何を」
「色々です」
ソラが苦笑いをすると、シイナは腑に落ちないといった様子だ。
「それにシイナさんは、この事を上層部の人に言ったりは、しないでしょ?」
シイナは驚いた様子でソラを見た後、自嘲気味に言う。
「おいおい、そんなに信用しても良いのか? 俺は軍人だぜ?」
「・・・・・・ミウが僕に云ったんです。痛い事をしない人なら許すって・・・・・・当たり前の事なのに・・・・・・」
すると、シイナは首を振りソラに優しく話しかけた。
「ソラ。人間はその当たり前の事も出来ない不器用な生き物なんだよ。だからソラは悪くない。悪いのはそういう事もさせられなくした俺達の責任だ」
「シイナさん。僕は、シイナさんを信用します・・・・・・」
ソラは確かな決意の眼をシイナに見せた。
「・・・・・・そうか」
「そうです」
「ただソラ。ソラには俺を撃つ権利がある。正当な理由もある撃っても良いんだぜ」
念を押す様にソラを見つめるシイナ。
「・・・・・・もし撃ってしまったら僕はそこで止まってしまう・・・・・・僕はとても臆病なんですよ・・・・・・」
シイナは、あきれた様子で上を仰いで両手を上げた。
「降参だ、ソラ。俺の負け。そこまで信用されたら、俺だって人間だ。黙ってやるよ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「俺を、軍キャンプ近くに連れて行ってくれ。俺には、俺がしたい事がある」
「良いですよ」
そういうソラにミウが袖を引っ張る。
「うん? どうしたの、ミウ?」
「忘れていた! おやつ!」
一瞬、何の事か分からず固まるソラだが、すぐに思い出す。
「ゴメンナサイ。今すぐ作らせていただきます」
敬語なのは、恐らくミウの言動に頭がまだついて言ってないからなのだろう。
というより、ミウの食欲の記憶力は恐ろしいなとソラはつくづく思った。
ゆっくりと揺れるソラの機械の中俺は、金属で出来た天井を見上げていた。
俺は最初、迷っていた。
言う、言わないじゃない。
ある意味、危ういソラの、あの性格だ。
お穣ちゃん・・・・・・ミウとかいったかな?
あの娘の噂「白い髪の少女が死を運ぶ」俺は、戦場に流れる、ただの風評程度にしか思ってなかった。
しかし、ソラが銃を向けた瞬間、あの子が銃を切り刻んだ時、俺は正直に驚いた。
剣戟が見えなかった事もそうだが、ソラにあそこまで懐いている事だ。
ソラの性格を見れば、何となく察しはつく。
しかし、そのせいで二人に辛い思いをさせてしまうのではないかと、俺は、それが気がかりだった。
きっと、あの魔法石を抜きにしても、軍が、あのお穣ちゃんの事を知りソラの事を知ったらそれは・・・・・・。
畜生。厄介な事になりそうだ。
それと同時に俺は、ソラが俺を許した時、一種の危うさを感じる。
憎い相手を許せるのは、美点だ。
それは、間違いない。
しかし、それは同時に欠点でもある。
「ああ! もう止めだ! 止め!」
とにかく一宿一飯どころか命まで助けられたんだ。
なんとかしないと・・・・・・。
俺は横になって色々考えながら目を閉じた。
数週間が過ぎた。
相変わらずの砂漠の日差しを、彼らに送り続ける太陽。
「シイナさん。そろそろですよ」
畑の上に、大の字で寝ているシイナに、声をかける、ソラ。
暑い光と青天がシイナの目に入り、シイナはそれを手で蔽う。
「そうか・・・・・・」
シイナが起き上がると、シイナの背中には畑の土がついていた。
「今まで、何かと世話になったな。それと、俺みたいな軍人が言えた義理じゃないが、悪かったな・・・・・・」
「何か言いました?」
「いや、何でも無い」
シイナの言葉に、分からないといった表情を見せるソラ。
「ソラ! そろそろだぞ!」
大声をあげて、ミウが甲板から体を乗り出して、軍キャンプのあると思われる方向を、指さす。
「コラ! ミウ危ないよ」
ソラはミウの方へ向かおうとすると、シイナがそれを止める。
「待ってくれ。悪いソラ。少し、お穣ちゃんと話をさせてくれ」
「ええ、はい。良いですけど?」
シイナは、甲板に身を乗り出すミウに近づくのを、ソラは遠目で見ながら、畑の奥にある操舵室へと戻った。
「お穣ちゃん。ちょっと良いかい?」
「おお! なんだ? シイナか」
「「なんだ」は、無いんじゃ無いかな~」
シイナは少し目に涙をためている様子だった。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
心配してないミウの言動に項垂れるシイナ。
しかし、シイナはすぐに真面目な顔つきになり、砂漠の上を重厚に動いているソラの家から吹く風を体に浴びながら遠くを眺めている。
「ちょっと、お穣ちゃんに大事な話があってね」
「大事な話?」
そういうと、シイナは反転して甲板に背中と肘をかけて空を仰ぐ。
空には幾つかの白い雲があった。
「ソラを、守ってくれ。あいつは多分、気付いてないが色々と危うい」
「まもる? まもるって何だ?」
「そうだな、お穣ちゃんの大事な人が、傷つかない様にする事かな?」
「おお! 理解した。ミウは、ソラを守る」
シイナは、ミウの頭を撫でる。
「はは、お穣ちゃんは、賢いな」
「おお! ミウは賢い!」
「それから、お穣ちゃん。お穣ちゃん自身も生き抜かなきゃ、駄目だ」
「お? なんでだ?」
シイナの言葉が分からないの頭に人差し指を当てて考え始めるミウ。
「お穣ちゃんが、死んだら、ソラが悲しむと思う。ソラの悲しむ所、見たいかい?」
「嫌だ! ミウは、ソラに笑ってほしい」
ポンっと、ミウの頭を軽く叩く。
「良い子だ。お穣ちゃん頼んだぞ」
「おお! ミウは頼まれた。任せろ」
両手を上げて太陽の様に明るい笑顔をシイナに向けた。
言い終わるとシイナはその場を後にする。
ソラ達が乗る研究所兼畑それに家があり、大雑把に言って終えば乗り物。
それが、キャンプ付近まで近付くとその乗り物は動きを止め、地上に続く梯子を下した。
「じゃあなソラ、お穣ちゃん。達者で、な」
「シイナさんも、お元気で」
「シイナ! また遊びに来い!」
シイナは笑って梯子を降り、キャンプに向かった。
シイナがキャンプへ戻るのを確認すると、ソラは乗り物をその場から遠ざけていく。
「ソラ? どこに向かうんだ?」
「そうだな・・・・・・うん。そうだ、あそこにしよう」
どうやらソラは行き先を決めたらしいが、目的地は告げなかった。
「ソラ? どこに行くんだ?」
「秘密。だけど良い所だよ」
ミウが「ぷう」と頬を膨らませる。
「ソラ! 教えろ! ミウはとても気になるぞ!」
「だーめ。着くまでのお楽しみ」
それを聞いてますますギャーギャーっと騒ぐミウ。
どこまでも続く、青天の空に響く、多脚の乗り物の機械音と少女の騒ぐ声「平和だな」とソラが呟き、その乗り物はどこへ向かうのか。
シイナが、頭に髪が無く、腹が出たいかにも偉そうな、中年の男と金属でできた司令官室の中で対峙していた。
「まずは、報告を聞かせて貰おうかシイナ中尉」
高圧的にシイナに机に肘をかけ両手を組んで座り言葉を発する男、その後ろには若い兵士が立っている。
シイナは、敬礼をした。まるで、その男の高圧的な態度を見ていないかのようだ。
「はい、ホンゴウ少佐殿。我が304分隊は、敵、移動要塞一輌を撃沈するも、その後の戦闘で部隊は壊滅しました」
煙草に火をつけ「フッ―」と天上に向かって吐くホンゴウ少佐。
「移動要塞一輌で、部隊全滅とは、ずいぶんな戦果だな。中尉」
「ハッ、返す言葉もありません」
視線を灰皿にやると、煙草の灰をそこに落とす。
「まあいい。だが気になるのは、その後だ」
「と、申されますと?」
少佐はもう一度、灰皿に煙草の灰を落とした。
煙草から白い煙の筋が出て、シイナの方へ煙草を向けて話す。
「君の、ここ数週間の経路だ。部隊が全滅した後の数週間どこで何をしていたのかね?」
「自分は、クスハの中にあった三人分のサバイバルキットを使い、このキャンプに向かいました。途中、砂嵐など困難もありましたが、オアシス伝いのルートを使い、何とか無事に帰る事が出来ました」
煙草を一息吸いまた吐く。
声の調子が少し強くなり、苛立ちを見せているのが見て取れた。
「それにしては、身綺麗すぎやしないかね? 中尉」
「それは、少佐殿に失礼の無いようにと」
すると、ホンゴウ少佐は煙草を灰皿に押し付ける。
そして一息吐くと、大きな声が部屋にこだました。
「いい加減、本当の事を言いたまえ! この数週間、君は何かを見たはずだ!」
「そのように言われましても、先ほど申し上げた事が事実であります」
少佐は、両手で口元を隠し、肘を机の上に乗せ話す。
「少し話を変えよう。「白い髪の少女が死を運ぶ」という、風評が、兵士達に出回っているらしいが、君は、どう思う?」
シイナは、顔色一つ変えずに答える。
「自分は、そういった風評の類は信じないものですから、興味がありません」
「もういい、下がれ!」
ホンゴウ少佐が手を払う仕草をすると、シイナは再敬礼をし、金属で出来た自動扉からその部屋を後にした。
「まったく、喰えん男だ」
そう、ホンゴウ少佐が言うと後ろに立っていた士官が少佐に返答する。
「あの男が、ですか?」
「そうだ。普通に考えても、あの場所からの生還だけなら、まあ、そう難しくは無いだろうが、問題なのは期間だ」
「期間ですか?」
また、煙草に火を灯す。
「どう考えても長すぎる。奴が、どのようなルートを通ったかは、知らんが、普通なら奴が帰って来た半分の日数で足りる。なにかあった筈だ」
「・・・・・・」
「それと、例の少女だ。一時は、兵士の目撃例も多数あり、すぐに捕獲できると思った矢先、忽然と目撃されなくなった。そして、今回の奴の行動。どうにも引っかかる」
「しかし、確たる証拠が・・・・・・」
ホンゴウ少佐が、灰皿を投げる。
投げられた灰皿は、壁にぶつかり、カンっと金属音をたて、地面に落ちた。
「そんな事は分かっている!」
少佐は、憤慨しながら立ち、煙草を床に投げ踏みつける。
防風ゴーグルと白い外套を羽織った、ソラとミウが、魔法エンジン搭載型、三人用砂上バイク(注・小型ボートの様な形をした砂の上を走る乗り物)に乗り、朝の砂漠を走る。
ソラの運転する砂上バイクは、静かな音で砂煙をあげながらバイクハンドル中央についているナビゲージョンを使ってを広大な砂漠を直線に進んでいると、ミウが大きな声をあげた。
「ソラ! どこに行く?」
ミウの質問に悪戯ぽい笑顔を向けて答えるソラ。
「ふふ、秘密」
それを聞くと、ミウは、頬を膨らませて空の方を向く。
すると、ミウは空を飛ぶ影に気づく。
「ソラ! 上に何かいるぞ!」
ソラは、砂上バイクを止めて、ミウが指差す方向を見る。
そこには青い空を大きな翼を広げて飛ぶ影があった。
「ああ、鳥だね、ミウ」
「トリ? トリってなんだ? なぜ空にいる?」
「空を飛ぶ生き物だよ。羽があって、空を飛べるんだ」
ミウは、その影を目で追う。
不思議な物を見るというより、何かを考えている様な表情で、ソラはその表情が気になりミウに質問した。
「どうしたの? ミウ」
「ソラ・・・・・・ミウにも、羽があったら空を飛べるのか?」
「どうだろうね。昔は、機械を使って、空を飛ぶ事が出来たみたいだけど」
「昔は?」
「今は、魔法石を使った、航空機もあるらしいけど、噂じゃ、あまり使えないみたいだし、昔の航空機は、今の戦闘じゃ、殆ど使い物にならないみたいだね」
ミウは、まだ空を眺めている。
「ソラ。あの空を自由に飛べたら気持ちいのか?」
ミウの素朴な疑問にソラは素っ気なく答えた。
「たぶん、気持ちいいと思うよ」
すると、ミウは右手を空にかざして、ただ空を見つめる。
ソラは、砂上バイクのエンジンを吹かす。
「ミウ。行くよ」
ソラのその一言でミウは、ソラにしがみ付き砂上バイクは砂漠の海を静かな音と共に走り出す。
バイクの上でソラはミウに素っ気なく返した質問を考え始めた。
しかし、すぐに考え事をしては危ないと思いそこで考えるのを止める。
ソラ達の乗る砂上バイクが、木や薄い金属板で作られた、簡単な造りの建物が並び、道は地面の土がむき出しになっている入り口付近で止まる。
ミウが軽く跳躍して砂上バイクから降りた。
外套とミウの白く長い髪がひらひらと舞うのを眺めながらバイクに跨っていたソラはゆっくり足をあげて砂上バイクから降りると、ミウが辺りを興味深げに右に左に視線を変え、体を変えいる。
そしてソラの方を見ると外套の中にある手をあげて簡素な建物と、人の群れが歩いている底を指してソラに訊ねた。
「ソラ。ここは何処だ?」
「市だよ」
そういってソラは、防風ゴーグルをヘルメットにかけ、自分とミウの外套を脱いで折りたたみヘルメットと外套を砂上バイクの座席の上に乗せる。
それを見ているミウが体を傾けて質問した。
「イチ?」
「そ、市。色んなものが売っている、お店の集まり見たいものかな?」
ソラは、自分の砂上バイクに鍵をかけ、鉄格子の囲いで出来た預かり所に砂上バイクを預ける。
白い日差し避けの布を頭に被った大地色の男がソラの砂上バイクを受け取ると、別の男に砂上バイクを渡し、その男はバイクに木札をつけると奥へとソラの砂上バイクを持っていく。
そして、最初の男に数字が書かれた木札を受け取りミウの方へ向いた。
「さてと、行こうミウ」
ソラはミウの手を引っ張り市の中に入っていくと、入口付近の他の店より小さな、お店で立ち止まる。
造りは木で、上に金属の薄い板が波打っている屋根がのっている簡素な店だ。
「ここで何か買うのか?」
「違うよ。ええと、あった」
ソラは懐の中から革製の子袋を取り出し、店のカウンターに置く。店の中には、目以外、布で隠している、怪しげな男がおり、ソラはその男に話しかけた。
「すいません。これ買い取ってもらえませんか?」
男は、ソラの革袋をゆっくりと受け取り、中を開け、店のカウンターに革袋の中身を出す。革袋から出てきたのは、様々な色の魔法石だ。
「ほう、これは・・・・・・」
低い声の男は、しわくちゃな手で魔法石の一つを持ち、太陽の光に照らす。
「かなり良い物だな・・・・・・」
「いくらで、買い取ってくれますか?」
男は、視線を横に向け、しばらく考える仕草をした後、手の平より大きな電卓を取り出し数字を打ち出しソラに見せる。
大きく数字が映し出されていたがソラはその数字に不満の様だ。
「おじさん。足元、見ちゃだめだよ」
電卓を打ち直し、またソラに見せる。
表情だけ笑顔作り男に問いかけるソラ。
「僕の事、子供だと思って馬鹿にしている?」
男は首を横にゆっくりと振る。
「そう、じゃあいいや」
ソラは、カウンターに出された、魔法石を終おうとすると、男がソラの腕を掴みもう片手で数字を表わす。
「下の桁を切り上げ。そうじゃないと売らないよ」
すると男は、ゆっくり二度頷き、カウンター下から、金と銀が規則正しく長方形に切られた板を取り出し、ソラの持っていた革袋より大きな革袋を用意し、その中に、金銀を慎重に入れソラに差しだす。
「どうも」
すると、二人は握手を交わし、ソラはその場を後にする。
ミウが、その男の方を見ると、片手をあげて握ったり開いたりしている。
「ソラ? それはなんだ?」
「うん? お金だよ」
「お金?」
「そっ、お金。これで色んなものと、交換してもらえるんだよ」
ミウは、不思議そうな顔をしている。
「さっきの、お店はなんだ?」
「あそこは、換金場。色んなものを、お金に両替する所だよ」
ソラは懐にお金の入った革袋をいれる。
「まあ、魔法石でも、お金の代わりになるんだけど、偽物とか、粗悪品が出回っているから、ああやって換金してもらうんだよ」
まだミウは、不思議そうな顔をしている。
何が腑に落ちないのかソラは気になりミウに訊ねてみた。
「どうしたの? ミウ」
「なんで食べられる物を、食べられない物に交換するんだ?」
ミウのミウらしい答えが返ってきたため、ソラの思考は、ほんの一瞬停止したが、まあミウの感覚からすれば、その答えが返って来てもおかしくないかな? と思った。
しかし一応、一般常識をミウに教えなければならないと思いミウに伝える。
「一応、断っておくけど、魔法石が食べられるのは、ミウぐらいだからね」
ミウの腕を引っ張りながら、苦笑いを浮かべるソラ。
しばらく、人ごみの中を歩く二人だったが、ソラの足がある店の前で止まる。
換金場よりしっかりした木造りの店だ。
「ソラ? ここは、何のお店だ?」
「服屋さんだよ。ミウ」
ミウは、首を傾げる。
どうやら、何故ソラが服屋に来たのか、分からない様子である。
「ミウは服、一着しかもってないでしょ。それに、その服を洗濯した後、いつまでも僕の、お古じゃ駄目だと思うし」
「ミウは、別に嫌じゃないぞ?」
「いや、そういう問題じゃなくてね」
「ソラは、時々、わけのわからない事を言う」
ソラは、頭を抱えて、どう説明したものか考えているようだったが、うまい言葉が出なかったようで、服屋に入る事にしたらしい。
服屋に入ると、木で出来た大きなカゴの中と、ハンガーに掛かった服が所狭しと並んでおり、床もちゃんと張られている店。
そこに、筋肉むき出しで2mはあるだろう、ごつい男の店員が、仁王立ちで出迎えてきたのだが、
「あら、坊や。今日は何かお買いもの? 偉いわねぇ」
女言葉でソラ達を歓迎する。
「最近、不景気なのか、お客さん。店の中に入ってくるんだけど、すぐに出ていくのよねぇ、どうしてかしら?」
その問題は、別の所にあるのではないかと思うソラだったが、あえて口には出さなかった。いや出せなかった、というのが正しいかもしれない。
しかし、隣で目を丸くして、その男を興味深げに見ている者が一人いた。
「ソラ。何を食べたら、こんなに大きくなれるんだ?」
足は内股で、一つの手を腰に、もう片方の手の甲で口元を隠し腰を左右に振りながら、口元の手を上下させてミウに向かって言った。
「あら、お穣ちゃん嫌だわ。私、そんなに大きくないわよ。でも、そうね~。清く正しく栄養バランスをしっかり取って、規則正しい生活それに、お肌と無駄毛の処理は、こまめに。あとは、毎日の運動も欠かせないわね。それから、それから・・・・・・」
「あの、この娘の服を買いに来たんですけど、何着か適当に見繕って貰えませんか?」
くねくねと話す、男の店員。その話を遮り、ソラが訊ねた。
間違いなく、話が長くなりそうだったからだろう。
男の店員は、ミウを上から下へと視線をずらし片腕を組み、もう片腕をあごにあて考えている。
「うーん。そうね~。とりあえず採寸かしら?」
そういうと、採寸用のメジャーを取り出し、手際よくミウの体を採寸する。
「うん。じゃあ、お穣ちゃん。そっちで、服を脱いでくれるかしら?」
男の店員が白いカーテンで円形に仕切られた脱衣場を指差した。
すると、ミウは、その場で服を脱ぎだす。
「コラ! ミウ! ちゃんと脱衣場で脱がなきゃダメでしょ!」
「面倒臭い。服を脱ぐなら、ここで脱いだ方が早いだろ?」
「そういう問題じゃ、ありません」
「むう。ソラは、何かと、うるさいな」
ぶつぶつと言って、ミウは脱衣場の方へ行く。
ミウは家でも服を脱ぐときソラの視線を気にしない。
ソラは、その都度ミウに注意するのだが、その事をミウに言っても、さっきの様に気にしないと言って聴かないのだ。
どうにもミウには羞恥心というものが欠如している様に感じられてならないソラ。
だが、こればかりは教えないわけにはいかず、ソラは何度もミウにどうして、人前で服を脱いではいけないのかを教えている。
「だめよ。レディーが、無暗に人前で肌を見せちゃ」
至極、正論な事を言う男の店員。
ミウは、服を脱衣場の上から放り投げて、男の店員が選んだ服を受け取る。
男の店員は、ミウの最初に着ていた服を、調べている様子だった。
「あら、ずいぶん良い生地ね、コレ」
「そうなんですか?」
ソラが、そう訊ねると男の店員は、頷きソラに見せるようにその服を広げる。
ミウの服を、そこまで真剣に観察した事が無かったソラだったため、改めてミウの服を見る事になった。
よく見てみると不思議な服である。
白く光沢があるワンピース型の服で、伸縮性に優れており、前面によく分からない金属の釦みたいな物がついており、後ろは、金属でできた円形の凹型の物と、腰にはV字型の金属で出来た突起物、肩と肘はサポータのような物もついている。
「あら? これ外れるのね? 何の為かしら?」
男の店員が、V字型の突起物の片方を外した時、ミウが、ひらひらした黒と白のゴシック風の服を着て出てきた。
「ねぇ、お穣ちゃん。コレ、なあに?」
さっき外した、突起物をミウに見せる。
「うん? これは・・・・・・」
ミウが、ソレを受け取ると、ソレの先から刃が網目状の光を放ちながら生えてきた。
「剣だ!」
左手で剣になった、ソレを見せる。
どうやら、ソラの銃を切り刻んだのもコレの様だ。
それを見てソラはギョッとするが男の店員は、
「あら、不思議な武器ね」
驚く様子も無く心底、感心している。
普通の人なら驚くと思うのだが、どうやら見た目通り男の店員は肝が据わっているらしい。
「ミウ、危ないからしまいなさい」
「うむ、分かった」
ミウが頷くと、また網目状の光を放ち刃が消える。
「ところで、どうだ? ソラ」
細い身体で胸をはって服を見せるミウ。
黒いドレス状の服で腕やスカートがフリルになっていて所々、花の刺繍が施されていてかなり凝った服だった。
ソラは噂通り品揃えの良い店だなと感じる。
戦時下なので普段こういう服はお目にかかれないのだ。
ただ、この店はなぜかそういう服の品ぞろえが良いと評判には、なっている。
しかし、見ての通り店員が失礼な言い方だがこのような人だと中々、繁盛はしない様だ。
「うん。似合っていると思うよ」
あっさりとした感想を述べるソラ。
というより白い髪と肌に対比すような黒い服はミウをよく栄えさせていたし、なにより普段の元気一杯のミウの姿とは、違った雰囲気を出している。
だからか、ソラは素っ気ない様な返答をしたのだ。
「じゃあ次は、コレね」
脱衣場に戻されて服を渡される、ミウ。
「そう言えば知ってる? ブラックホークの市。「モズネブ」に襲われたんですって」
ソラは、首を横に振る男は「そう」といってまた、世間話を始める。
市が「モズネブ」に襲われるのは、そう珍しい事ではない。実際そのため、どの市でも武装しているし、中には軍の横流し品で、武装している市や、独自で武器を開発している市もあるくらいだ。
軍もそう言った所には口は出さない。
必要悪とでもいった感じだ。
また独自で開発した武器が軍に正式に採用される事も稀にあるらしい。
当然この市も武装している。
ぱっと見は、分からないが例えばカウンター下とか、店裏とか、あまり目立たない所に武器が置いてある場合もあるし、堂々と出している店もある。
「ソラ、着終わったぞ!」
今度は、柔らかそうな布で出来た、垂れて耳に見えなくもない感じの帽子に、上半身は和服の様な服に下半身はスカート。
さっきの女の子らしい服とは違い今度は可愛らしさが出ている。
「どうだ!」
威風堂々といった感じのミウ。
正直、ミウなら、何を着ても似合うんじゃないだろうかと思えてきたソラだった。
とりあえず一つ目の目的であるミウの服はここである程度揃いそうだな思うソラ。
それと、ソラは、少しでもミウに女の子らしい? 感情が芽生えてくれればいいなと感じる。
当然、戦時下という事は頭の中にはあるソラ。
ただ、どんな非常時でも大人の都合で色んな事を我慢しなければならないのは、ソラにとって我慢できない事なのだ。
ある意味大人に対する小さな反抗もそこにはあるのだろう。
「あの、ミ・・・・・・この娘に似合いそうな服。全部ください」
「あら、ありがとう~。嬉しいわ」
「あと、それから・・・・・・」
「ん? 何かしら」
実はソラにとって、これが一番の難題だった。それは、
「この娘にあう下着ってありますか?」
顔を真っ赤にして言うソラ。
これは、切実な問題である。
服が一着しかないミウの下着は下半身に白い簡素なパンツだけ穿いていた。
当たり前だが、それも洗濯するときに一緒に洗うわけで、そうなれば必然的にミウは一糸も纏わぬ姿になる。
勿論ソラはミウの裸でドギマギする事はあっても、欲情する事は無いのだが、その間ソラの服を着ている間、いわゆる穿いてない状態になるわけで、ソラの家で人目がソラしかないとはいえ、それは、大問題なのだ。
しかも、今回買った服の中にはスカート状の物があるわけで、パンツが一枚しかない状態で忙しなく動くミウ。
どうなるかは想像し難くない。
「あるにはあるけど、うちじゃ品揃えに、難があるから、私の娘がやっている、お店に行ってみなさい? そこなら沢山あるから」
服を丁寧に紙袋に包んで、そのお店までの地図を小さな紙に書いて渡す店員。
「・・・・・・分かりました。ありがとうございます」
ソラは、服の代金を支払うと、最初に着ていた服に着替えたミウをつれてその地図の場所へと向かう。
「ここか・・・・・・」
ソラが地図を持って服屋の店員が、教えてくれた、お店の前で立っている。
「どうした? ソラ。入らないのか?」
ミウが、ソラの顔を覗く、ソラは、なにか困っている様子だ。
ソラはもちろん、こういうお店に入るのは初めてである。
外見は他の店と大差ないのだが、ソラは迷っていた。
というか、普通「男」がこういうお店に来る事は、まず無い。
必要が無い上に、想像してもらいたい。
女性下着売場で、男が何やら神妙な面持ちで女性の下着を見ている姿を。
どう優しく言ったとしても、変な人である。しかも、今回ソラが買う事になるのはミウの下着である。
勿論、それならば罪悪感やらなんやらは少し薄らぐかもしれない。だが、それでもソラにとっては、何か空気が違う。
男は入っちゃいけないそんな空気が店の前とはいえ、醸し出しているそう感じられるのだった。
「・・・・・・ミウ。入るよ」
何か覚悟を決めた様な雰囲気でミウとそのお店に入る。
中に入るとそこはまさに別世界だ。
赤、白、ピンク、青、黒、チェックや縞々、水玉にフリルやレース、プリントがなされている物、向こうの景色が透けているものや、もう紐なんじゃないかと思う物までその空間だけでソラは、目眩がしそうになる。
さらに女性の胸部分を蔽う下着も堂々と陳列されていて目眩に拍車をかけた。
「いらっしゃいませ」
身長160cmぐらいで背中まで伸びた亜麻色髪の女性店員が明るく出迎えてくる。ソラは、緊張していたのか体を跳ね上げ驚く。
しかし、女性店員はそんなソラの態度を気にしていないようだ。
「どういった御用でしょうか?」
「あ、あの。ここに来たらミ・・・・・・この娘の下着を買えるって聞いたので・・・・・・」
すると、女性はソラの持っていた、地図を見て何か納得したようである。
「お父さんの、紹介ね。えーと、その娘の下着を見繕えばいいの?」
「は、はい!」
変な声を上げるソラ。
ソラは、どうにも居心地が悪い上に生きた心地がしない気分になる。
「じゃあ、奥に来て貰えるかしら。えーと」
「ミウだ。ところで、さっきからソラの様子が変だ。病気でもしたのか?」
「ミウちゃんっていうの、まあ男の子は、こういうお店に慣れてないからね。無理無いわ」
ミウは首を傾げる。
すると、女性の店員がソラの方を向く。
「ソラ君だったかしら? ここは居辛いだろうだから、外で待ってて良いわよ」
そう言われて外に出る、ソラ。
店の外に出たソラは、途方にくれながら空を見上げる。
「暑いなー」
炎天下の中ソラは、ただ店の前でミウが出てくるのを待っている。
店の道には様々な人が右に行ったり左に行ったり、何かが入った瓶を必死に運ぶ人や、青果屋で、なにか必死に交渉している人などがいたりとそれなりに飽きない光景が広がっていた。
「羽があったら空を飛べるのか? か・・・・・・」
ソラは、ミウが砂上バイクの上で言った事を思い出していた。
それは、小さい時だれでも考える事だと思う。
実際、ソラも小さい時にミウと同じ事を考えた事がある。
自らの羽で自由に空を飛ぶ。そんな、子供の頃の小さな夢。
でも、いつかは、それは「儚い夢」だと知る。
もしこの世の中に、羽のある人がいて自由に空を飛べたら、自分達に何を思うのだろうかと、ソラは考えていた。
ソラは太陽に向かって手をかざす。ソラの皮膚が透けて赤い血潮が流れているのが見える。
「ソラ? 何しているんだ?」
ミウが紙袋を抱えて、女性の店員と一緒に店から出てきた。
「何でも無いよ、ミウ」
そういうと、ソラは女性の店員に、代金を渡し、ミウの手を握って歩く。
「ソラ、ミウはお腹が空いたぞ」
ミウは自分のお腹を見下ろしてソラを見つめた。
「そっか、じゃあ適当な所で、ご飯でも食べようか」
ソラが辺りを見渡すと、大きな肉が縦に金属の棒に刺さってぐるぐると焼かれているのが目立つ屋台が見つかる。
「ケバブか・・・・・・ミウ、アレ食べるかい?」
ミウはその屋台を眺めて、ソラに訊ねる。
「あの大きな肉を、一人で食べるのか?」
一瞬、ミウがあの大きな肉の塊を食べる姿を思い浮かべてしまうソラ。
全く違和感が無い。
だが、すぐに首を振り訂正する。
「違う、違う。あの大きな肉の表面を切って、それを野菜と一緒にピタ(注・無発酵パンの仲間。円形でそれを半分にカットすると中が袋状になる物もある。同類にナンがある)っていうパンに包んで食べる食べ物だよ。ソースが色んな種類があって美味しいよ」
「美味いのか!?」
ミウの目の色が変わり、ソラに自分の持っていた下着の入った紙袋を放り投げ、屋台へと一目散に走り出す。
ソラは、それを咄嗟に受け取り、両手が荷物で埋まる。
パタパタと手を振りミウは、ケバブの屋台前で手を振りながらいる姿が荷物の間から見えた。
「ミウ、急がなくてもケバブは逃げないよ」
「「良い事は急いだ方が良い」て、この前ソラの本棚の本に書いてあったぞ」
少し考えるソラ。
「「善は急げ」だね。でも、使い方違わない?」
大きな紙袋を持って、ゆっくりと近づくソラ。
「いらっしゃい。なんにしましょうか?」
屋台の男の店員が、ソラ達に元気よく話しかける。
お品書きには、飲み物にケバブのソースの種類と大きさがアラビア語で「サギール,ワサト、カビール」と書かれている。
「サギール,ワサト、カビール」はいわゆる「小、中、大」という意味だ。
それ以上大きな物でも作れるとも書いてある。
「超特大カビールケバブ1つと、ワサトケバブ1つ。ソースは両方ヨーグルトで。あと、お茶二つ、カビールとワサトで」
ソラの注文を受けて手際よく調理する店員。
ソラは持っている、荷物を地面に置いて「ふう」と一息つく。
「はい、超特大カビールケバブお待ち」
それをソラに渡そうとすると、横からミウがそれを受け取る。
店員は少し驚いた風な様子だった。
そのミウの顔3周り大きなケバブをミウは、嬉しそうに持っている。
「兄ちゃんのじゃあ無いのかい?」
「違います」
ミウは、ソラより身長が低い割に大食だ。いったい、どこにそれだけの量が収まっているのか、ソラにも見当がつかない。
最初出会った頃は、ソラにとって一週間分の食料を数日で空にされた事もあったし、大鍋で煮たスープを、一食で飲み干された事もあった。
「じゃあ、はいワサトケバブ。お茶は、カウンターに置いておくよ」
今度は、手の平サイズのケバブが、ソラに手渡される。
すると、普段ソラが食べる前に、大体食事に食らいつくミウが食べないで足をもじもじさせている。
「ソラ~まだ頂きます。しないのか? まだ、食べちゃダメなのか」
「もう、食べても良いよ? 頂きます。すれば?」
「立って物を食べるのは行儀が悪いと、ソラが言っていたぞ? それと頂きますは一緒の方が良い」
ミウの普段らしからぬ行動に理解するソラ。
ただ後半はたまに? 暴走することがあるのでは無いかと考えるソラだった。
「ああ、ここはね、立って食べても良い所なんだよ」
「そうなのか? ああ、その場所にいたらその場所の決まり事に従うんだったな?」
「ああ、「郷に入ったら郷に従え」ね」
ミウは、うずうずしながら、ソラをみる。
そこまで我慢できないなら先に頂きますをすればいいと思うソラだが、ミウなりの考え方なのだろうと思い、ミウに合わせた。
「うん。それじゃ。頂きます」
「おお! ミウは頂きますをする」
ミウは相変わらず変な言葉を言って、ケバブにかぶり付く。
「おお! 美味いぞ、ソラ!」
そのまま二口、三口と食べ進めるミウ。
ソラはそれを見てほほ笑み自分の持つケバブを齧る。
「ソラ! たくさん食べないと大きくなれないって、さっきの大きな人間に言われたぞ」
「僕は、そんなにたくさん食べられないよ。それに、そこまで大きくなるつもりも無いよ」
ミウは、いったいどこまで大きくなる心算なのかは知らないが、とりあえずなれる所まで大きくなるのだろうと思うことにした、ソラだった。
そんなソラの思いを知ってか、知らずか、ただケバブを物凄い速さでガブガブという音が聞こえてきそうな感じで食べるミウ。
そんな食べ方をしているおかげで、口の周りはソースでべたべたである。
「ところで、この後はどうするんだ、ソラ?」
「この後は、特に考えてなかったなぁ。ミウはどこか行きたい所はある?」
「ない。ソラと一緒ならどこでも良い」
そう言い放つと、またケバブを、がぶがぶと食べる。
正直ソラも、ミウの服を一式買ったから目的は達成したのだ。
しかし、久しぶりに市に来たのだから、何か見ても良いんじゃないかなとも考えていた。
ただ、どこに行ったものかソラも考えあぐねて、空を見るのだが、それよりもまず、足元にある大量の荷物を、砂上バイクの荷台に乗せなくてはいけないなと思考をめぐらし、その後、適当に市を眺めればいいかという結論にいたる。
その結論を出し終えた時に、ミウの「おかわり」の声が聞こえた時、本当にどこまで大きくなる心算なのかと心配するソラだった。
砂上バイクの荷台に買った服を乗せ終え、市をミウと一緒に見て回るソラ。
こういう時、預かり所がある市は便利だなとソラは感じる。
そういう所が無い市だと、荷台に乗せた荷物を盗まれる可能性や砂上バイクその物を盗まれる可能性すらあるのだ。
市で預り所がしっかりしている所は治安が良いという一つの方針になる。
もちろん完全ではないけど、そういう市は早い段階で噂が広まるので、客が寄り付かなくなって寂れていく。
「ソラ! あれはなんだ?」
ミウが指差す方向には、黒いシートの上に宝石が並べられていた。
「ああ、宝石だね」
「食べられるのか?」
「食べれないよ。多分」
ミウなら、食べられるんじゃないだろうかという想像をしたが、魔法石を食べて美味しいというミウでも、素材が根本から違う宝石は流石に、食べられないだろうと結論付ける。
それに、前に畑仕事をしていた時に、ジャガイモと間違えて石を齧った事が・・・・・・いや食べた事があるミウだが、その時は「砂の味がする」という感想を漏らした。
他にも、金属を齧った事があるらしいのだが、「あまり美味しくないけど、色んな味がした」という 感想を述べていたのだ。
そんな物を食べてお腹を壊さないのは勿論のこと、歯も砕けないのだからミウは、かなり色んな意味で頑丈に出来ているらしい。
「じゃあ宝石とは、なんだ?」
「えーと、観賞用の石かな? 大昔は薬として服用した事もあったらしいけど」
「観賞して何か楽しいのか?」
「人、それぞれだとは思うけど、少なくとも綺麗でしょ?」
不思議そうに宝石を遠くから眺めるミウ。やはりミウには、食べられるか否かが重要なようだ。
また、しばらく歩いていると、今度は銃器店が目に入ったソラ。
(そういえば、ミウに銃を切り刻まれたから、護身用の銃。買わないと)
そう思い、ソラは銃器店に立ち寄った。
中には大小様々な銃が壁に立て掛けてある。
値段も手ごろな物から、凄く高い物まで様々だ。
「いらっしゃい。どんな銃が欲しいのかね?」
店には年配で頭に長い白い布を巻いている茶色い肌をした男の店員がおり、ソラにそう訊ねたのを聞くとミウが反応する。
「ソラ! ミウの言った事を忘れたのか!」
「えっ? 何が?」
ミウが突然怒り出したので、ソラは驚いた。
「ミウは、ソラに痛いモノを持つ人間に、なってほしくない!」
その事かとソラは手を打つが、こういうご時世、護身用の銃一つないと、危ないのも事実だ。ソラは、どうミウを説得したものか困っている様子だった。
「あのね、ミウ。もう僕は別に誰かを痛くしたくて買うんじゃないんだよ」
「嘘だ! これは、誰かを痛くするモノだ! 動かなくするモノだ!」
「だから、僕のは、護身用。自分を守る為に買うんだよ」
「なら持つ必要が無い! ソラはミウが守る! ミウは強い。ソラだって守れる」
真剣な目で、ミウはソラを見る。
ミウにとっては、どんな理由にしろ、ソラに銃を持ってほしくないようだ。
「ミウは、嫌だ!」
「・・・・・・分かったよ、ミウ」
ソラは、両手をあげて降参のポーズを取る。
ミウの気持ちは分からないでも無いからだ。
「すいません。店の中で騒いじゃって」
「別に構わんよ。買う、買わないも、使う、使わないも、人次第だからね」
そういって老人は笑った。
「それに、こんな物を使わないに越した事は無いよ。そのお穣ちゃんの言う通りこれは人を痛くする物だ」
老人はミウの頭をしわくちゃな手で撫でてその後、ミウの目の前で指をならすと、紙で出来た花を出した。
「おお! 凄いな! ソラこいつ凄いぞ!」
手品に、心底感心している様子でミウは、次を期待している目をしている。
「コラ! こいつじゃないでしょ!」
老人は大きな声をあげて笑う。
「いいよ。いいよ。僕、そのお穣ちゃんを大事にしなさい」
「本当にすいません。行くよ、ミウ」
ソラが銃を買うのを諦めた事を知ると、いつものようにソラの傍にいて懐くミウ。
ただ、さっきの手品が気になるらしく銃器店の方を見ている。
こうしていると、ただの女の子なのだ、ミウは。どんなに強くても、どんなに頑丈でも、それは、変わらない事実なのだ。
その事実だけで十分だとソラは思い、二人で市を歩いていく。
買い物が終わった二人は、砂上バイクに乗って、自分たちの家に向かっていた。
あの後ソラが買ったものは、日用品や医療品、食料等を買って砂上バイクにロープで縛って乗せている。
「そろそろ着くよ。ミウ」
砂上バイクを止めるソラ。
しかし、ソラ達の目の前には、自然に作られた岩の壁があるだけだったが、ソラが端末を操作すると、岩の壁の前から周りの景色に同化していた、ソラ達の家が現れた。
最初この機能をミウに見せた時、ミウの質問攻めにあったのは、言うまでも無い。
そして、この機能こそが、ソラが今まで「モズネブ」に襲われなかった秘密である。
「隠れ蓑」「光学迷彩」等と呼ばれる機能だが、ソラの家に使われているのは、その中でもかなり高性能な物を使っている。
まず始めに、家周辺に、魔障壁を張りその形でレーダに存在しないと誤認させる事が出来る。
また熱源探知機も周りの温度と同化してしまう為通用しない。
そして、音波探知機には、魔障壁が周囲にある反射音を擬態し返す為、やはり無いと誤認してしまう。
最近作られた、魔法探知機も撹乱出来る為、発見する事が不可能になっている。
要するに周りに同化して不可視になる膜とか壁の様な物だ。
ミウが入ってこられたのは、単純に知らずその迷彩の中に、はいったから。
とはいえ、普通は魔法障壁を張っているから物理的に入るのは不可能の筈だから、ソラは最初、機械の故障かと疑ったほどだ。
しかし機械の故障は無く、どうやってミウが入ってきたのかは謎のままである。
シイナの場合は、定期メンテナンスがあったからである。そう言った事が無ければ、ソラの家を発見する事すら出来ない。
ちなみに内側からはマジックミラーの様に外を見る事が出来る。
ソラは、砂上バイクを収納すると、ミウと一緒に内側の梯子を登り家の中に入った。
「ふう、疲れた」
一息つくソラ。
こんな時内側のエレベータが直っていればなとつくづく思うわけだが、今までは必要性を感じていなかった。
しかしミウが来てから家の食料事情等が変わってしまった為、近いうちに直した方が良いかなと考えていると、
「ミウも疲れた。ソラ、ミウは、お昼寝をする」
「うん、お休み。夕飯になったら起こすからね」
「大丈夫だ! ご飯の時になれば自然に目が覚める」
そう言ってミウは、奥にある、自分の部屋に階段を上って入っていった。