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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
エピローグ
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エピローグ「さくら色の日々」後編



美咲たちに出した招待状よりも、みんなには早く集まってもらった。

会費の集金と、寄せ書きを書いてもらうためだ。

「麻衣子ちゃん、久しぶり!」

「久しぶりー、幹事ありがとうね、陽子ちゃん」

「ううん、大丈夫」

「百花姉様も来れるって?」

「うん、帰ってくるって」

「祐樹は?」

「奥さんが臨月で、帰ってくるのは厳しいって早希嬢から聞いた」

「え! 祐樹、結婚してた上に、子どもまで!」

麻衣子も驚いていた。

「みんな先に先に行っちゃうもんだねえ」

「そういう麻衣子ちゃんは?」

「仕事が忙しくてねえ。今年初めて一年生の担任を任されてさ、緊張の連続よ」

「彼氏とかは?」

「ふふーん、それが、職場恋愛中なのだ」

「おおっ、いい感じなんじゃないの?」

「うまくいけばいいんだけどねえ」

そういう話をしている間に、優、匠と揃ってやってきた。追って早希も現れた。

「麻衣子、久しぶり!」

「みんな久しぶりー!」

「元気してるか?」

「うん、おかげさまで。優は美咲と会ったりするの?」

「ああ、美咲が結婚するって一番最初に聞いたのは俺だ。こんな大々的な会になるなんて、俺も思ってなかったけどな」

「匠はまだ講師してるの?」

「いや、御勢の附属小に戻ってきた。音楽ができる男性の先生が欲しいっていうことで話があってさ」

「あ、そういえば、うちの高校に同級生だった安藤くんが今年から国語の先生としてきてるよ。匠、仲良かったよね?」

「ああ、聞いた。あいつ、院行ったからな、どうするのかと思ってたから」

「陽子はバリバリ仕事?」

「うん、今日は休みもらってきた」

そういう話をしているところで、百花が現れた。

「百花姉様!」

みんなで声を上げる。

「みんなー、会いたかった!」

「私も!」

「百花姉様、すっかり都会風になったな」

「あっちで仕事してるとね」

「どう、どう? 彼氏とかは?」

「いるにはいるけど、今は仕事の方が面白いから」

「うーん、都会の女性だ……」

「で、祐樹は?」

「奥さんが臨月で、今回は来れないって」

「そうなの? せっかくの美咲のお祝いなのに。今日の今日、子どもが産まれそうなの?」

「分からないけど……」

「ちょっと待ってて。電話してみる。せめて、美咲に一言電話口ででもお祝いをもらえれば、みんなが揃うじゃない」

そうか、そっちに考えは及ばなかった。

携帯を取り出して電話をする百花を見ながら、その行動力に感心してしまった。

そうだ、確か大谷くんの方にも参加できない人がいたはず。同じ方法で、お祝いがもらえれば……!



「よーっ、住田、幹事お疲れ!」

「久しぶり、北野」

「松井は?」

「今、西と打ち合わせしてる」

「西のところには色々世話になるな。でも、あの西が寿司職人か……」

「大学進学を諦めて、寿司職人の専門学校に行ってだもんな。あいつらしいよ」

「お前、何してるんだ、今?」

「俺か、また大学生だ。正確には大学院生だけどな」

「何しにまた大学院に行ってるんだ?」

「小学校の先生目指して」

「先生か、それもまたお前らしいな」

「北野は?」

「俺は普通にサラリーマンだ。一応嫁も子どももいる」

「マジか! 一言も言わないから、てっきり独り身かと」

「まあ、責任をとったって形だ」

「よくこっちに戻ってこれたな」

「家族旅行だ。だから、前と後ろに休みを取って五連休にした」

「良かったのか? 家族旅行中に」

「いいんだよ、あいつが結婚するときは、俺絶対にお祝いするって心に決めてたから」

そこに松井と西が戻ってくる。今回出席する杉谷高校水泳部組全員だ。

「三波は、来ないのか」

「ああ、帰ってこれないって言ってた」

「お話中、ごめん」

「中村さん」

「こっちで来れない人に電話をかけて、二人にお祝いのメッセージをもらおうって話が出てるの。そっちでも、電話してメッセージをもらうとか、できないかな?」

「そうだな、帰ってくることはできなくても、電話に出ることはできるんじゃないのか?」

「よし、俺、三波に連絡してみる。これで、声だけでみんな揃うぞ」



出席予定者が全員揃ったところで会費を集め、寄せ書きにもそれぞれ一言ずつ書いてもらった。

「陽子、これ預かってきたんだけど、今渡したほうがいい?」

「誰から?」

「桜小路先生」

「わあ、これは美咲喜ぶよ、恩師からのお祝いだからねえ」

「うーん、じゃあ、これは麻衣子が直接渡して。みんなでプレゼントって時間を作るからさ」

「分かった、そうする」

「桜小路先生元気してる?」

「うん、元気してる。相変わらず社会部の顧問やってるよ」

「麻衣子は?」

「見習いってことで、副顧問」

「学会発表とかするのか?」

「去年初めてやったよー。すっごい緊張したけど、どんな感じかっていうのを見たことがあったから全く未知の場所って感じじゃなかったかな」

「麻衣子は心臓強いのな」

「そんなことないよ、ただ一つ一つやっていくだけだよ」

「俺も、個人的にプレゼントがあるんだけど」

「じゃ、その時に匠も渡すってことでいい?」

「ああ、構わない」



そして、主賓登場。

すでにセッティングの整っている座敷に美咲と大谷くんが現れると、「おめでとう!」「おめでとう!」と声がかかる。

大きめの座敷を取ってもらっているが、さすがにクラッカーを鳴らしたり散らかしたりするのは気がひけるためやめておいた。

今日の裏の主役である西くんが寿司を中心としたメニューを差し出す。このメニューの中のものならば、何でも準備できるということだ。

私たちもてなす側には一応大皿料理が準備されていたが、こちらにも同じようなメニューが用意されていた。

二人が仲よさげにメニューを選んでいるのを見ると、みんなの顔もほころぶ。

注文を受けた西くんが調理場に戻ると、会の始まりだ。

まずは匠と住田くんによるピアノ演奏。もちろん、ピアノではなくキーボードなのだが、西くんの家の好意で用意してもらったそうだ。

まずは匠から。匠はみんなが聞いたことのある曲からクラシック、お祝い用に練習したという曲まで三曲演奏した。

続いて住田くん。匠のピアノ演奏を聴いた後なので恥ずかしい、と言いながら自分が趣味で弾いているという曲と結婚式のお祝いにはお約束の曲を演奏した。

どちらも甲乙つけがたい、素晴らしい演奏だった。

ピアノ演奏が終わった頃、西くんが料理を持って来てくれた。食事をしながら会を進めるとする。

美味しそうな寿司や天ぷら、サラダにお吸い物が目の前に並ぶ。

私たちは司会進行をする必要があるため、まだご馳走は食べられない。

「続いては、ハズレなしのビンゴ大会を行います」

せっかく遠くから来てもらった人もいるのだ。それにこの場所まで借りてお祝いをさせてもらっている。

ちょっとして物でもみんなに持って帰ってもらいたいと思い、早希と一緒に全員分の景品を用意した。

ビンゴマシーンは少し古いが自分の家にあるものを持ち込ませてもらった。

私と早希のセンスで選んだ景品なので、男の子ウケがいいのかはわからないが、こっちにも匠と優という男性がいること、大谷くんの方の参加者は全員男性であることを考えながら選んでいった。

ビンゴはどんどん進み、景品は次々になくなっていくが、全員分用意してあるため最後の一人になっても何か持ち帰ることができる。

美咲は真ん中ぐらいで、大谷くんは最後近くに抜けていった。

そして、全員に景品が行き渡り、二度目の注文をとって西くんが再度調理場に戻ろうとした時、私は百花に、住田くんは北野くんに、「では、ここで司会の交代です。お二人は次のご馳走をしっかり食べてくださいねー」と司会を変わられてしまった。

確かに、私たちは始まってからほとんど何も食べていない。でも、二人は何をするのか?

「それでは、今日ここにいない、祐樹と」

「三波に」

「お祝いの言葉を頂きましょう!」

二人で打ち合わせでもしたかのごとく、流れるように進んで行く。まずは祐樹くんに百花が電話をかける。会が始まる前に一度電話をかけているはずだ。大丈夫ということだろう。

「もしもし? 祐樹?」

「百花姉様? もしかして、美咲たちもいるのか?」

「ええ、そうよ。せっかくだし、ここで一言美咲にお祝いの言葉を頂きましょう」

通話はスピーカーを通してみんなに聞こえるようになっている。

「美咲、彼氏さん、結婚おめでとう。今じゃなかったら、俺もお祝いに行きたかったです。これからも、末長くお幸せに!」

「ありがとう。そして、祐樹も結婚したんでしょ?」

「はい……去年の今頃です」

「お子さんも生まれるそうじゃない」

「もうすぐです」

「おめでとう!」どこからともなく声が飛んできた。

「また連絡ちょうだいね、落ち着いたらでいいから」

「はい、わかりました……」

「もう、パパなんだからしっかりするの!」

「はい!」

そこで祐樹との通話は切れた。次は北野くんが三波くんに電話をかける。

「もしもし? 三波か?」

「ああ、もう渉たちいるのか?」

「勢揃いだよ。せっかくなんだ、何か一言、気の利いたこと言え」

「渉、美咲さん、ご結婚おめでとうございます。もう少し休み取れたら帰ってこれたけど、済まなかった。俺は北の大地で元気にやってるぞ、ついでだが相変わらず独り身だ」

「おい、余計なことまで言うな。でも、ありがとう。また、帰ってこれるときには連絡くれよな」

「ああ、また連絡するぜ」

この通話もスピーカーでみんなに聞こえている。

美咲も大谷くんも、今回は会うことはできなかった久しぶりの二人の声を聞くことができて嬉しそうだった。


「さて、司会者のお二人は、ちゃんとご馳走食べた?」

「うん、食べた」

「ごめんな、気使ってもらって」

「いいのよ、こんな美味しいもの、二人が食べられないなんてもったいないし、申し訳ないわ」

「じゃあ、司会を戻しまーす」

「臨時司会者のお二人、ありがとうございました。続いて、プレゼント贈呈に参ります」

私たちが用意したのは探しに探してやっと見つけた小鈴ちゃんの模様のぬいぐるみ、ペアの湯のみに茶碗、箸のセット。住田くんの代わりに松井くんが準備してくれたのは大きな花束。それに麻衣子の預かってきた桜小路先生からの手紙と、匠のプレゼント。

小鈴ちゃんの模様のぬいぐるみは百花姉様が、ペアの湯のみに茶碗、箸のセットは優が、花束は北野くんが渡すことになっている。あとは個人的に渡してもらうものをそれぞれで渡してもらう予定だ。

美咲は小鈴ちゃんの模様のぬいぐるみに喜び、ペアのセットに顔を赤らめたり、大きな花束に驚いたりとコロコロと表情を変えてくれた。

そしてそれに付き合う大谷くんが微笑ましかった。

桜小路先生からの手紙に感激し、匠の個人的な贈り物であるという扇子に目を見張っていた。何か和歌のようなものとだれかの落款があったが、それが何かまではわからなかった。

「陽子……」

「どうしたの、美咲?」

「私たちから、今日こんなに盛大な会を開いてくれたみんなにお礼がしたいと思って」

「え? そんなのいいのに」

二人は立ち上がり、ティーバッグのお茶の袋をみんなに配り始めた。私と住田くんには缶入りのお茶とティーバッグ入りのお茶の袋が届いた。

「美咲、このお茶好きだったからね」

「名前入れもできたはずでしょ?」

「……恥ずかしいから、名前入れはしなかった……」

「?」疑問符が飛ぶ。

「これね、美咲が高校のときすごく好きだったお茶。まあ、うちの部活で常備しておいたブランドのなんだけどね」

「麻衣子、まだこのお茶部室にあるの?」

「あるよー。会計の子がちゃんと欠かさず買ってる」

「伝統だねえ」

そして、美咲と大谷くんが挨拶に立つ。

「今日は、私たちのためにお祝いをしていただいて、そしてこんなにたくさんのものをいただいて、ありがとうございました。お休みを使って、遠くから来てくださった方もいらっしゃると思います。そして、一番嬉しいのは、私と渉、一緒に祝おうと尽力してくれたみなさんの気持ちです……。本当に、本当にありがとう」

「今日は、俺たちのために集まってくれて、本当にありがとうございます。本来ならば皆さんを披露宴にご招待すべきところを、当方の勝手な都合で家族婚にすると決めたため、手間をかけさせてしまったことは本当に申し訳ないと思っています。でも、こういう会になるなんて全く最初は予想もついていなかったし、すごく楽しい会でした。遠くにいて出席できなかった人の声を聞けたのもすごく嬉しかったです。本当に、ありがとうございました

「じゃあ、最後に、記念写真を撮ります! すいません、シャッターお願いします」

西くんのお店の方にカメラを預け、美咲と大谷くんを中心にして数枚記念撮影を行った。

これで、私たちのお祝いは終了した。


美咲と大谷くんが帰っていくのを見送り、場所を借りた西くんの家にお礼を言って持ち込んだ機材を撤去し、解散となった。

あとは、私が預かった会費を後日住田くんと精算するのみだ。

やった、やりきった……。

今から飲みに行くという人もいるようだったが、私は明日仕事なので帰宅することにした。



みんなに結婚祝いをしてもらってから数日後。

私あてに郵便が届いていた。見た目には結婚式の招待状のようだ。

「大野……? 中村……?」

差出人は男性の名前が連名で書いてあった。中村……もしかして!

私は急いで封を開けた。予想通り、響の結婚式の招待状だった。

「へえ、響は大野さんになるんだ……」

しかし、招待状にある式と披露宴の日付は、私たちがすでに予定していた式と披露宴の日付と全く同じ日付だった。

「響とこんなところまで同じなんてね……」

私は招待状には泣く泣く欠席と返事を書き、おめでとうの挨拶と同じ日に自分たちも挙式・披露宴をあげることを書き加えた。

そして、そのハガキを出しに行ったその足で祝儀袋を買い、結婚祝いカードを買って、自分なりに響の結婚を祝福した。



私たちの式が終わって、久しぶりに学校で力と顔を合わせる。

「中村先輩」

「なに?」

「ご結婚、おめでとうございます」

「改まってどうしたの?」

「これ、お祝いです」

「なんだかすごく重いけど……」

許可をもらって箱を見る限り、有名ブランドの鍋だ。使い勝手も良いが、かなりの重量だ。

「俺は、選んでないんです。あくまで代表ってことで」

「ってことは……?」

「矢川研究室一同からです」

と言っても、今年は矢川ゼミの修士の一年生はいない。力のすぐ下の後輩はいないのだ。

「矢川研究室……って、学部生まで?」

「いいえ、矢川先生と先生の奥様、それと俺からです」

矢川先生の奥様……ってことは、葵か。

「でもなんでこれを伊東くんが?」

「矢川先生から、中村先輩が郵便に関しては局留めにしてあるし、荷物にしても出来るだけ最寄りの集配局まで取りに行くようにしていると伺いました。でも、これを郵便局や集配局から中村先輩ひとりで持ち帰るのは辛いだろうと。でもこれは矢川先生の奥様一押しの品だそうで、まあ、簡単に言えば俺は運び屋です。俺、最近車通学が認められるようになりましたし」

「葵の一押し……」

「カレーとかが美味しく出来るんだそうですよ。俺も、結婚したら奥さんに作ってもらいたいなあ」

「伊東くんは?」

「まだまだ先ですね。俺もまだもう少し学生ですし。でも、彼女がついてきてくれるって言ってくれてるんで、その期待を裏切らないように頑張るつもりです」

「ありがとう。今度のゼミの時、矢川先生にもお礼言わなくちゃ」

「中村先輩これ持ち帰れますか?」

「うーん、やっぱり一人じゃ無理かな」

「じゃあ、鍋も先輩も家まで送ります」

「あ、でも今日自転車で来てたな……」

実家にいた頃はお母さんに車でまた送ってもらえればよかったし、むしろお母さんに迎えに来てもらう手があった。

しかし今、渉に簡単に迎えにきてと言って来れる状態ではない。

「バスとかないんですか?」

「多分、バス使えばなんとかなるし、うまく時間が合えば旦那が送ってくれるかも」

「じゃあ、家まで送りますよ」

ということで力に鍋と一緒に家まで送ってもらった。

家に着いて箱を開けてみる。オレンジ色の、大きな鍋。

そして、それと一緒に白い封筒が入っていることに気がついた。

「中村美咲様

御結婚おめでとうございます。

そういえば、もう中村じゃないんだっけ。

この鍋、何にでも使えて、すごく美味しく出来るんだ。カレーとか、鍋物とかオススメ。

二人で美味しいご飯を食べてくださいね。

これからもずっとラブラブでね!

私たちも負けないんだからね!

矢川 葵」

手書きのイラストもついた、とても葵らしい手紙だった。

今度のゼミの時には矢川先生だけじゃなくて、葵にもお礼を言わなきゃ。

私は披露宴の時に撮ってもらった写真を数枚選び、葵に手紙を書いた。

「矢川 葵様

結婚祝いの品、ありがとうございました。

私たちの披露宴の写真を数枚同封します。

矢川先生と葵のような夫婦を目指して二人で精進します。

またいつか会える日を楽しみにしています。

大谷 美咲」

よし、これを今度のゼミの時に矢川先生に渡してもらおう。

奥さんにもよろしくお伝えください、と。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


それからおよそ四年。

私の博士課程修了の日がやってきた。

あれから私は二回の学会発表を経験し、毎年誰の発表の後もホットココアで打ち上げをしてきた。

矢川ゼミには一学年空いて力の下に池田さんという女の子が入ってきた。そして続けて古川くんという男の子が入った。

しかし池田さんは修士課程修了と同時に他の大学院に進学してしまった。古川くんのみがそのまま博士課程まで残るつもりだそうだ。古川くんの下に当たる今の修士課程一年生はまた誰もいない。

「やはり一学年に二人の指導は難しいです。特に博士課程の学生がいると、大変です」

「私と葵がいた年、大変でしたか?」

「何もかも初めてで手探りでしたからね。やってみて初めて大変だということが分かったと言うのが正直な感想ですよ。でも、初めてドクターの修了生を出せたというのは、私としても一つ達成感がありますね。ただ、その修了生がこの大学からいなくなるというのは寂しいものですが」

「すみません、家庭の事情です……」

「仕方ありません。新しい大学で、あなたらしい研究を重ねていってくださいね」



時間は遡り、私の博士課程終了のめどがついた頃。

「俺、関東の方に研修に行こうと思うんだ」渉が切り出した。

「どのくらい?」

「何年かな。わからない。だからこそ、美咲にもついてきて欲しい」

「って、私、まだ大学修了してないよ……」

「何ヶ月か遠距離になるなら仕方ないけど、それが一年とかになるなら俺は今年の研修申請は見送る。あまり長期間美咲を一人にしておくのは心配だしな」

「でも、どうして関東の方に? 今いるところとか、桜川とかでできることじゃない?」

「美咲も定期的に病院に行っていると色々見ると思うけど、この病気は日々治療法や薬が進化している。その最新はやっぱり関東の専門病院で研修することがいいと思った。でも、またここに戻ってくる、きっと」

「そうか、わかった。渉についていけるように、私も頑張る」

「ありがとうな、美咲」


そして私が講師として勤務することとなったのが、中城学館大学の法学部。そう、葵の母校だ。

もちろん葵は関係していないし、今回は矢川先生も関係していない。

本当に偶然に講師の募集をしていたのが葵の母校だっただけだ。とはいえ、本当に決まってよかった。

「このままドクター修了できたら、渉にもついていけるし、講師にもなれるよ」

「ここが美咲の踏ん張りどころだな」

「うん、頑張るよ」

そして、無事に博士論文が通過し、ドクター修了が決まった。そして、渉についていき、中城学館大学の講師として赴任することも決まった。



翌年の春。

私たちは羽田空港に降り立った。ここにくるのももう何度目だろうか。

「行こうか、美咲。ここからが俺らの第二章だ」

「うん」

私たちの日々は、これからも続く。

決して毎日が薔薇色ではないが、ほんのりピンクのさくら色の日々。

こんなさくら色の日々が、これからも続くことを願いながら。


『桜小路茶話』 ――完――


まず最初に、このお話は特定の地名(京都、羽田空港、秋葉原等)を除いては架空の地名・人物・団体を取り扱ったものです。実在の人物とは一切関係ありません。


最後まで『桜小路茶話』を読んでいただいて、本当にありがとうございました。

構想から完結までおよそ二年を要した作品となってしまいました。

当初は第一章から第三章が本体で、本来第四章の内容はあとがきのようにするつもりでしたが、第四章がないとエピローグが成立しないなと考え、第四章をきちんと構想し直しました。


この話を考えていくのは、日常に刺激を与えてくれました。

日常の色々なことからヒントを得てストーリーを作り出していくのは、なかなか面白いことでした。

とはいえ、文才も何もない人間がこれだけの長い作品を創作していくというのはやはり苦痛も伴うものでした。

ストックを十週分作ってから連載を開始し、できる限りストックを作成していくという方向で執筆を進めていきましたが、全く書けずにただただストックのみが消費されていく週も多々ありました。

この結末を破棄してまったく別の結末にしようと考えていた時期もありました。

その時期を抜け、体勢を何とか立て直し、最後まで書ききることができたのは少しずつ読者様が増えてきたことを感じることができたからだと思っています。


読者様あっての『桜小路茶話』です。

突然の更新を含む全面活動停止にも、度重なる更新お休みにも、ついてきてくださった読者の皆様、改めてありがとうございます。

次回作等の計画は一切白紙なのですが、またお目にかかることができるように日々精進して参ります。

三度目です。本当に、本当に、ありがとうございました。


                   十一月二十九日 

                     『桜小路茶話』 望月明依子     

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