エピローグ「さくら色の日々」前編
これは、美咲たちの披露宴が行われる遥か前のこと。戸塚家での一コマ。
「へえ、中村さん、結婚するんだねえ」
「彼氏さんとは長かったらしいがな」
「結婚式しないって?」
「本人たちの意向で、身内だけの式にするんだそうだ。たくさん呼ぶ人いそうなのにな」
「せっかくなんだし、優たちでお祝いしてあげたら? 私たちもお祝いもらったじゃない」
「そうだな、一日、いや、何時間かぐらいならみんなで集まってみるっていうのもいいかもしれないな」
「で、やっぱり俺に話が来るわけだ」
「社会人の匠に話をするのも申し訳ないけど、嫁の手前、早希とか麻衣子には話しにくいな」
「分かった、俺からみんなに話をしてみるよ」
「そういう匠は大丈夫なのか? やきもちを焼かれるようなことはないのか?」
「その話は聞くな」
「わかった、聞かないでおく」
ここで美咲から聞いた話の主導権は俺から匠へ一応バトンタッチした。
愛はなんだかんだでやきもち焼きなので、他の女の子の話をすると極端に嫌な顔をする。
美咲の話も美咲が結婚すると聞いたからしたまでだ。
しかし、この時点で美咲の結婚祝いがあんな形に大きくなっていくとは、俺は全く想定していなかった。
「へえ、美咲結婚するんだねえ。優が早かったから、やっとって感じだけど、なんだかんだで美咲まだ学生だしね」
「それで、俺らでお祝いしようかって話を優から持ちかけられたんだけど、早希嬢、やっぱ忙しい?」
「みーんな社会人だもんねえ。同じドクターの優が丸投げにしてくるってことは、先輩がらみでメインでは動きにくいってところ?」
「みたいだな。やっぱり、結婚するとそういう縛りきつくなるのかね」
「分からないや。結婚したことないし」
「で、どうよ? 早希嬢、メインで動けそう? 俺もできることなら手伝うけど、今年から御勢の附属小に戻ってきたし、一応正式に採用って形だからさ」
「そっか、匠も本格的に社会人だね。分かった。なんか手伝って欲しいことがあったら言うけど、私メインで話進めてみる」
「ありがとう、早希嬢。助かるぜ」
匠から話はとりあえず聞いたものの、どんなことをすればいいのやら。
まず、美咲の彼氏さんの記憶……ない……。中学の時に噂には聞いていたが、顔を思い出せない。
一緒だったはずの中学の卒業アルバムを一応見てみるが、申し訳ないが名前も思い出せない。
そして、自分たちの内輪の中にその彼氏さんを入れるっていうのもなんだか気が引ける。
あ、美咲の彼氏さんを知ってる人がいるじゃん! 陽子だよ! って、いま家にいるかどうかも怪しいから、とりあえずメールで連絡してみよう。
私は陽子に長めのメールを打ち始めた。
「ふぁ、疲れた……」
私が久しぶりの早希嬢からのメールに気付いたのは夜勤明けで眠い目をこすりながら携帯を確認した時だった。
今日は一日休みだ。昼間と夕方、早希嬢に連絡するんだったらどっちが都合いいかな……。
とりあえず、早希嬢に「電話で話したいから、今日なら何時でもいいから電話下さい」と返信して帰宅することにした。
まだ、あんなに大掛かりなことにするつもりは頭の中にはなかった。
「おはよう、陽子」
「早希嬢……おはよう」
「夜勤明けだった? ごめん」
「うん、夜勤明けはいつもこんなだから。寝たからもう大丈夫」
「で、メールで送った話。陽子はさ、美咲の彼氏さんとも仲良かったでしょ?」
「うーん、今その表現には語弊がありそうだけど……」
「じゃあ、まあ、とりあえず知り合いってことで大丈夫?」
「うん、まあ、それなら」
「美咲の結婚祝いをするなら、彼氏さんのこともなんか気を使うっていうか、私たちの内輪だけでのお祝いっていうのもなんとなくかわいそうな気がしてさ。陽子なら美咲の彼氏さん知ってるはずだから、なんかアイデアないかなって思って」
「早希嬢、一緒の中学校だったんでしょ? 覚えてないの? 同じ運動部系の部長だったのに? 私、美咲たちとは中学違うから、本当に昔のことはわからないよ」
「それがさ、卒業アルバム見てもピンとこないのよ。それよりも、三年間同じ学校だった陽子の方が彼氏さんとの接点がないかなと思ってさ」
「接点……接点!」
「ちょっと、どうしたの陽子!」
「ある! 接点が!」
「何! 何なの! 教えて!」
「大学四年の時、杉谷高校の同窓会があったのよ。その時に久しぶりに同級生だった水泳部の子と会って、連絡先交換してた。もう三年前だからその連絡先が変わってないっていう保証はないんだけど、連絡とってみたらもしかしたら大谷くんと同級生だった水泳部の人たちと連絡が取れるかも」
「それ面白い! 水泳部の同級生って、どのくらいいたの?」
「大谷くん入れて六人ぐらいだから、そんなに多くないね」
「私たちと同じくらいだね。みんな男の子?」
「うん、男子水泳部だったから」
「陽子、その子と連絡取れる?」
「うん、連絡先は持ってるから、聞いてみようか?」
「その辺りお願いしていい? 急がないからさ、陽子の時間のあるときでいいよ」
「分かった、何かわかったらまた連絡するよ」
さて、なんだか忙しくなりそうな気がしてきた。
私が連絡先を交換していたのは唯一の文系クラスだった、松井くん。なんだかんだで、三年の特進クラスと言われるクラスでも一緒だった。同窓会でその時いなかった大谷くんと美咲の話で盛り上がり、ついでに連絡先も交換しとこうって流れで交換していたんだった。
その情報がこんなところで役に立つかもしれないとは。
彼が今どんな職業についているかわからない。一応、連絡するなら夜がいいか。
いきなり電話して、結婚していたり彼女がそこにいて修羅場になるというというのはごめんだ。とりあえず、メールで様子を伺ってみよう。
使えるかどうかわからないメールアドレスに、手短に伝えたいことをまとめてみる。
願わくは、このままこのメールが戻ってきませんように。ある程度時間がかかってもいいから、返信が欲しい。
送信してしばらくしても「メールアドレスが存在しません」のメールは来ない。メールアドレス自体は有効なようだ。
さて、明日も仕事だ。寝よう。
見知らぬアドレスからメールが届いているのに気がついたのは、深夜に帰宅した時だった。
迷惑メールはこれまで来たことがないし、変なことをした心当たりもない。ってことは、誰か知り合いか? 恐る恐る開いてみる。
「お久しぶりです。杉谷高校の同級生の中村陽子です。実は、今度中村美咲さんと大谷渉くんが結婚することになりました。もし良ければ、一緒にお祝いしませんか? お伝えしたいことがあるので、ご連絡お待ちしています」
へえ、渉、結婚するんだ。ええと、今年俺が二十五だから、医学部に行ったあいつは医者になりたてか。
まあ、遠距離恋愛になってから、いろいろあったけど、きちんとけじめをつけることができたんだな。
しばらく女っ気がない俺にとっては羨ましい話だ。今はとにかく仕事漬けの毎日だ。
でも、結婚祝いぐらいならなんとかなるかな。
中村……陽子さん。ああ、同窓会で連絡先を交換してたっけ。さすがに今の時間は寝てるだろう。
明日の朝にでも返信を送ることにしよう。俺も寝よう。とにかく眠い……。
翌朝。
「さて、通勤ついでにメールの返信といくか」
俺は、中村陽子さんへの返信を送った。
「あ、返事だ!」
昼休みとはいえさすがに職場で叫ぶわけにはいかない。ドキドキしながらメールを開く。
「お久しぶりです。お返事が遅くなりまして申し訳ありません。とうとうお二人、ご結婚されるんですね。おめでとうございます。ところで、一緒にお祝いって、どういうことをしたらいいのでしょうか?」
返事が来ただけで御の字だ。とりあえず休み時間のうちに手短に用件を伝える。
「二人は結婚式を家族式で行うとのことです。それを聞いた新婦美咲さんの友人がせっかくだから自分たちでもお祝いしたい、でも新郎と面識がない人たちの中に招くのは気がひけると言うことで、せっかくなら松井くんたちも誘ってみんなで一緒にお祝いできないかと考えました。もし忙しいとか、集まれそうにないとかだったら無理なさらないで大丈夫です。ちなみに新婦友人は自分を入れて七人、男性三人、女性四人です。地元に男性二人、女性三人います。お返事、急がないのでお待ちしています」
「お、また同じアドレス」
ってことは、昨日の中村陽子さんからかな。
「……なるほど」
要は、みんなでプチ披露宴やっちゃおうってことだな。なんで渉たちが家族式にしたかは本人たちしかわからないが。
ええと、地元にいるのは俺と西、住田ぐらいかな。北野は関西に、三波は北海道にいるとか。
なんだか新婦側の友人と構成が似てる気もしなくはないな……。
俺の中にアイデアが閃いた。
「もしもし、西? 俺だ、松井だ。久しぶりだな」
「ああ、久しぶりだな。どうした? 寿司が食いたくなったか?」
「まあ、そんなところだ」
「何人前だ?」
「ざっと十人前以上かな?」
「イタズラか? 冗談はやめてくれよ、やっと最近少しずつ仕事を任せてくれるようになったのに、信頼を落とすようなことされるのは困るぜ」
「そういうつもりはない。晴れ舞台に、お前のお手製の寿司をお願いしたいんだ」
「何の話だ?」
「大谷と、彼女さん、あの転校していった子な。結婚するんだって。で、転校して行った先の学校の同級生が合同で結婚祝いをしようって話を持ちかけられたんだ」
「松井と、彼女さんの転校先の学校の同級生になんか接点があったのか?」
「西が覚えてるかは知らないが、俺の同級生に中村さんっていう彼女さんの親友がいて、大学で転校先の友達とも仲良くなったらしい。その子からの話だ」
「うーん、さすがに同じクラスになったことないと覚えてないな」
「よかったら、西の店、使わせてくれないか? 貸切にしろとは言わないけど、座敷を予約するとか、できないか?」
「それくらいならなんとかなりそうだが、いつだ?」
「……それが、まだなんとも」
「まず、それを決めないと、座敷も貸切もないぞ」
「引き受けてくれるのか?」
「俺一人だときついかもしれないが、親父にも頼んでみる。友人の晴れの舞台なら、俺も力を惜しまない」
「ありがとう、西」
「日にちとかが決まったら、また連絡くれ。優先で座敷とか押さえるから」
よし。俺の作戦成功だ。
次の日曜日。俺らはファミレスにいた。
目の前にいるのは、中村さんと、その同級生だという小島さんという人だ。
俺の横には住田を呼んでおいた。住田も大学院生なのだ。
お互い一通り自己紹介を済ませ、お互い少し和んだところで本題に入る。
「俺たちの、要するに渉の水泳部の同期に、西っていう寿司屋やってる奴がいるんだ。っていっても、まだまだ一人前とは言えないらしいんだがな。そいつに話をしてみたら、日程さえ決まれば優先して店を押さえてくれるらしい」
「へえ、寿司職人さんかー、かっこいいねえ」
「お手製の寿司で結婚祝いっていいね」
「で、問題が……」
「問題?」
「渉、医学部に行ったってことは、医者になったってことだよな。俺らみたいに、定期的な休みがあるってことは……」
「難しいかもね……」
「それに、せっかくなら、同期のやつらも呼びたいと思うんだけど、遠くは北海道にいるんだよな。日時が分からないと、呼ぶに呼べないよな……」
「そっか……こっちも、関東にいる子がいるから、早い所日時ははっきりさせたいね」
「サプライズでってことも考えたけど、二人の日程を聞かないと話が進められないんだったら、正直に聞いてみるか?」
「そうだね、そうじゃないと何も進まないかもね」
「とりあえず、俺らと中村さんたちのどっちか一人ずつ、代表を立てて話を進めていくっていうことでどうかな? 今回は四人集まれたけど、いつもいつも四人集まれるわけじゃないし、本来はもっとそれぞれ大人数だし」
「わかった、美咲側は私が代表になる。休みの日も仕事あったりするけど、私の名前だったら水泳部の人たちも覚えていてくれるかもしれないし」
「うーん、そう言うなら渉側は俺かな。本当は部長の北野が一番適任なんだろうけど、北野は今関西にいるって言ってたしな。なんたって、まだ俺学生だし、松井すっごく忙しそうだからさ。まあ、俺も、授業とかあるし、全然暇で余裕ってわけじゃないんだけどな」
「頼んだぜ、住田」
「ああ、任せた」
そうして、住田と中村さんを中心として、俺が発案した計画が少しずつ進み出す。
時は式の準備を進めている真っ最中の大谷家。
「ん?」
「どうした、美咲」
「陽子から手紙なんだけど、その横に見慣れない人の名前が書いてある。彼氏さんはこんな感じの名前じゃなかったと思うんだけどな……」
見た感じも、結婚披露宴の招待状と言った感じのものではない。それに、陽子は彼氏さん一筋だったはずだが?
「あっ!」渉が驚きの声を上げる。
「住田だ! 懐かしい……あいつと会ったの、いつ以来かな……」
「渉の知り合い?」
「ああ、杉谷の水泳部の同期だ。それがなんで陽子と一緒に……?」
二人宛の宛先の封筒の封を開けてみると、そこには「結婚おめでとう、渉、美咲! 結婚式は家族での式にするって風の噂で聞いたから、私たちみんなでお祝いしたいと思います。つきましては、二人が揃って時間がある時を教えてください」
ご丁寧に、返信用のハガキまで添えてある。
「美咲、結婚するって陽子に話したのか?」
「陽子に直接は話してない……同じ大学でドクターやってる同級生に話したくらいかな」
「そこから、住田にまで話が流れるとは……すごいな、なんか」
「とりあえず、陽子に確認してみるよ」
「俺も住田に確認してみる」
お互いに、自分の電話で確認を取る。そして分かったことは……。
「伝言ゲームみたいにして、ここまで伝わってきたんだね、私たちの話が」
「ああ、でも、祝ってもらえるっていうのは嬉しいな、素直に」
「そうだね、予想してなかったから」
「予定をなんとか調整してくるよ。それから返事を出して、みんなと久しぶりに会いたいもんだな」
そして、渉はなんと三連休の中日の夜なら空いているという予定を提案してきた。
まだこの時期なら式に影響はしないし、もしかして遠くに住んでいる同期に会えるかもしれないと思ってのことなのだろう。
私もその日程に異論はなかった。その旨を書いて返信用のハガキを送った。宛先は陽子の名前と住所になっていた。
「住田くん、美咲たちから返事届いたよ」
「おお、意外に早かったな」
「三連休の中日の夜がいいって」
「そうか……それなら、まずは西のところを押さえないとな。連休中の寿司屋なんてかき入れ時だろうから、早めに動かないとな」
「それと、遠くにいる人たちはどうする? 三連休って言っても、みんな帰って来れるかな?」
「それも今から連絡だな。中村さんたちは、関東と関西だっけ?」
「うん、そう」
「こっちは北海道にいるやつがいるからさ、もしかしたら全員は厳しいかもとは思ってる。でも、今のうちに動けば、いい方向に動くんじゃないかな」
「そうだね、こっちもその日付で帰ってこれないか連絡するよ」
「よろしく頼むな」
「会場のこと、よろしくお願いします」
「ああ、西も結構乗り気だったって松井が言ってたから、早めに場所を押さえられればいけると思う。あとは、俺もみんなに連絡だ」
「お互い、頑張ろうね」
「よし、頑張ろう」
住田くんや陽子が会場の手配やみんなへの連絡をしてくれていることなど全く知らないまま、時間は過ぎていっていた。
私たちは衣装合わせやその他の打ち合わせ、毎日の生活に慣れるのにまだまだ一杯一杯だった。
「うーん、三連休だけだとちょっとそっちに帰るのは厳しいな……」
「そこをなんとかできないか?」
「予定をなんとかできないか、少し時間をくれ、また連絡するから」
予想通り、北海道にいる三波は返事を渋った。仕方がない。物理的距離が遠すぎる。
北野は「マジか! あいつに先越されるのちょっとだけショックだけどやっぱり嬉しい! 行く、行かせてもらいます」と即答だった。
西には、「連休中日に流石に貸切はきつい、座敷を取るでいいか?」と提案された。
とはいえ、「よし、張り切って旨い寿司握って、みんなを驚かせてやる。もちろん、寿司以外のものも準備できるからな」とかなり乗り気で答えてくれた。いい感覚だ。
「ああ、久しぶりにそっち帰りたいなあ……」
「百花姉様、帰れなさそう?」
「うーん、今のところまだわからないけど、ちょっと帰る方向で考えとく。また連絡するから。仕事忙しいのに、ありがとうね色々と」
「ううん、大丈夫。困った時には早希嬢にも手伝ってもらってるし」
そう、関西にいる祐樹という人には、私は会ったことがない。会ったことがない人から連絡を受けるのもどうかと思って、ここは早希に連絡をお願いした。
「分かった。祐樹とも随分会ってないから、どうしてるだろうねえ」
「もしもし、陽子?」
「あ、早希嬢」
「祐樹に美咲の結婚祝いの話してみたの」
「そしたら?」
「多分その頃だと、奥さんが臨月なんだって。祐樹、自分の結婚と奥さんの妊娠も話してくれなかったなんて水臭いー」
「じゃあ、厳しいね……」
「うん、祐樹は不参加だって。自分のことを伝えるいいタイミングだと思っていたみたいだけど、奥さんが臨月だとね」
「分かった、ありがとうね早希嬢」
「どうってことないよー。それにこういうきっかけがないと祐樹のことも知らなかっただろうからね」
とある平日の昼下がり、またあのファミレス。
私は住田くんと打ち合わせをしていた。こんな時に打ち合わせができるのは平日が休みになる自分と大学院生で時間に余裕のある彼だからだろうか。
「こっちは一人不参加が出て、一人保留」
「こっちも一人保留。ってことは……」
「私たちは最大で六人参加」
「俺らは最大で五人参加だな。とりあえず、この人数を西に伝えておくよ」
「お願いします。で、何するか、だね」
「そう、それなんだよな。何か特技がある人とか、そっちにいる?」
「うーん、小学校の先生がいるから、ピアノ弾けたりとかはできるんだろうけど」
匠のうろ覚えな情報を話す。
「お、それいいかも。実は、俺もピアノ弾ける、っていうか今も練習中」
「へえ、なんで?」
「一応、中学・高校の教員免許とって大学出て社会人になったんだけど、どうしても小学校の先生がしたいっていう夢を諦められなくてさ。勉強して、今の大学院に社会人入学した。ピアノだけは昔から趣味の範囲だったけど続けといてよかったと今思ってる」
「じゃあ、結構弾けたりする?」
「たぶん……な。まだまだ練習中だけど」
「じゃあ、演目のひとつはピアノ演奏対決ってあたり?」
「まあ、対決にしなくてもいいと思うけどな。それだと俺負けるし。それぞれからのピアノ演奏のプレゼントって感じでもいいんじゃないかな」
「あ……」
「どうした?」
「ピアノって言っても座敷にピアノは無理だよね。できてエレクトーンとかそのあたり?」
「そうだった、それ忘れてた……まあ、俺はたぶん大丈夫だけど……」
「先生だし、大丈夫だよね。かなり無理に話進めてるけど」
「でも、会場の都合だ。仕方ない」
「で、何か他にできることってないかな?」
「……何か……」
二人とも答えに詰まってしまう。
「最大で十三人なんだよな、会場も会場だから変なことはできないし、知り合いの家だし騒ぎすぎるわけにもいかないんだよな……」
「十三人か……結構多いね?」
「じゃあ、みんなで楽しめるようなのがいいか? よくあるビンゴゲームとか」
「それもありかもよ。美咲と大谷くんののお祝いだけど、せっかく遠くから来てくれる人もいることだし、何か持って帰ってもらうっていうのもいいかも」
「じゃあ、それで行くか。ピアノとビンゴゲームに、西のお手製寿司」
「あとは二人へのプレゼントだな」
「ビンゴゲームやるならその景品も準備しないとね」
「ちょっと整理させてくれ。まず、西のところに三連休の中日に最大十三人で、ピアノ類を使いたいと。あとビンゴゲームもするから騒がしくなると」
「うんうん」
「あとは、ビンゴゲームの準備だな。カードとか景品とか」
「うん」
「それと、二人へのプレゼントなんだが……中村さん、どうしたがいいと思う?」
「当初は事前に参加費を集めて、私たちは私たちで買おうかと思ってた……」
「そうか、じゃあ、俺らもそうするよ。当日まで、それぞれが何を二人に贈るかは俺たちの間でもわからないっていうのも面白いんじゃないかな」
「そうだね、それはそれで面白い!」
そうして、会の中身もだんだん固まっていった。
「陽子、ごめんね待たせて。飛行機取れたから、帰る!」
「百花姉様、帰れるの? 嬉しい! 祐樹くん? は参加できないって聞いたから……」
「え? なんで? 祐樹のほうが近いじゃない?」
「奥さんがその頃臨月なんだとか」
電話口の向こうから絶叫に近いような声が聞こえてきた。思わず電話を耳から遠ざけてしまった。
「祐樹、結婚してたなんて全く聞いてないよ……しかもパパになるなんて……」
「まさか、百花姉様……」
「いや、それはない」
察知されたのか、即座に否定された。
「同級生で先越されるとそろそろ焦る歳になってきたわ……それに私一つ上だし」
「早希嬢も驚いてた。聞いてないって」
「で、何やるかとか決まった?」
私は住田くんと決めた内容を百花に話す。
「いろいろ決めてもらって、それにこっちの返事も遅れてごめんね。私も手伝いたいけど、本当に当日にしか来れないから……」
「百花姉様のその気持ちだけで嬉しいよ。来てくれるっていうだけできっと美咲もみんなも喜ぶよ」
匠のことも、そういえば私あんまり知らないということに気がついた。出演をこちらからお願いする立場だが、連絡先すらよくわかっていない。これも早希に頼もう。
「了解、匠に聞いとくよ。まあ、匠のピアノはかなりうまいって聞いたことあるから、キーボードでも多分問題はないだろうけどね」
返事は早かった。一時間も待っていない。
「全然問題ないって。ただ、曲は自分で選ばせてってさ」
「もちろん! よろしくお願いしますって伝えてください」
新郎新婦二人の共通の友人とはいえ、すべての友人と深い知り合いなわけではない。
幹事をやるっていうのもなかなか大変だ。でも、早希みたいに手伝ってくれる人がいるとすごく助かる。感謝だ。
「すまない、やっぱりスケジュールキツい。俺は不参加で頼む。大谷と彼女さんに、おめでとうって伝えてくれ」
三波はそういったメールを送ってきて不参加を表明した。仕方ない、このぐらいの期間だとやはり物理的距離は埋められないか。
西には逐一内容を伝えている。やはり座敷にピアノは無理だが、家にキーボードがあり、それを用意できるという。妹さんが練習用に使ったのだそうだ。
有難いことだ。そういえば楽器の持ち込みが考えから抜けていた。西が用意してくれるというならば、それをお借りできるのが最善だ。
最終的には十二人になるのかな……十一人かな……まあ、どちらにしろ、西は裏方に徹するそうだ。西にも、お礼を用意しないとな……。
ビンゴの景品は中村さんが買いに行ってくれるそうだ。「住田くんには色々任せっきりだから、これくらいはやる」と言って。
店に心当たりがあるのだろう。まあ、中村さんには二人への招待状を作って送ってもらったりと、こっちもお世話になっているのだが。
俺が招待状を作っても良かったのだが、やはりなんとなく可愛げがない。そこでこれは中村さんにお願いした。
「任せて。こういうの慣れてるってわけじゃないけど、職場でいろいろ書くから、大丈夫」
ここで最終出席が十二人になることを聞き、すぐに西に連絡を入れた。「全然問題ない。楽しみにしててくれよ」と心強い返事だった。
「あ、また陽子と住田くん……? からだ」
「この前ハガキ送ったやつの返事か?」
封を開けてみる。
「渉!見て!」
「何だ?」
「なんか、すごいよ」
そこには陽子の手描きであろう招待状が入っていた。
「渉くん、美咲さん、御結婚おめでとうございます。
つきましては、杉谷高校水泳部と桜小路会合同でお二人の結婚祝いを行いたいと思います。
お二人の門出をみんなで精一杯お祝いする所存ですので、ぜひお揃いでお越しください。
杉谷高校水泳部 代表 住田 貴志
桜小路会 代表 中村 陽子 」
「会場の寿司処西って、西の家だよな……西にも随分会ってないな」
「日にちも、渉が返事出した通り?」
「ああ、返事に書いたその通りの時間で予定されてる」
「みんな、来てくれるのかな……」
「そうだといいな」
その日まで約一ヶ月。こっちは今は挙式・披露宴の出席を集めている段階だ。
「みんなを披露宴に招待したわけじゃないのに、こんなお祝いしてもらえるなんて、なんか申し訳ないな」
「なんか、お返し用意しないとね」
「遠くから来てくれるやつとかいるなら、特にな。今度の休みにでも、ちょっと見に行ってみるか」
「うん、そうだね」
大体の内容が決まったら、あとはそれがうまくいくために練習するのみだ。
ちょうどその頃、松井が連絡をくれて、「何か手伝えることないか?」と聞いてくれた。
あまり洒落た店を知らない俺は、金は後で精算するから大谷に渡すプレゼントの買い物を頼んだ。
「分かった。精算は会の後なんだな? 予算が決まってないなら、適当にこっちで決めるから」
「よろしく頼む」
これでまた一つ、肩の荷が軽くなった。
中村さんとは最終打ち合わせをあと一回、結婚祝い後に費用の精算のために一度会う予定だ。
彼女の左手の指には指輪がしてあった。きっと彼氏からのプレゼントなのであろう。
二人で会うことで周囲に誤解を与えないように気をつけねば。
今俺にできることはただひたすら本番で演奏する曲を練習する、それだけだ。
仕事の休みの日などにちょくちょく自分の知らない男と会うことを当初彼氏は警戒していたが、その時は常に指輪をつけ、それ以外の時は彼氏との時間を大切にした。私たちはどうする? という話もしているが、お互い同系統の職種についているためなかなかタイミングが見つけられない、というのが現状だ。確かに仕事は大変だけど、二人とも今の仕事を続けていかないと経済的にも厳しいよね、という話もしている。
美咲と大谷くんを見て自分たちの将来像につながればな、と思いながら幹事を頑張っている。
そして迎えた、美咲と大谷くんの結婚祝いの当日。
懐かしい顔が、次々と揃っていく。




