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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第四章 「華」
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第二十八話「ホットココアの誓い、再び」



学会の正式なプログラムが届いたが、やはり私と葵の発表順は同じ日の同じ時間の、教室違いだった。

二人してため息をつく。

「さて、どうする?」

「美咲はどうなのよ?」

「私は……」

自分の発表内容は一人でもなんとか発表できそうな内容だ。スライドショーの量もそんなに多くはない。

「私は一人で大丈夫。葵、葵の好きにしていいよ」

「そうね……私も、一人でがんばってみようかな」

「がんばってみるって、一人でなんとかできる内容なの?」

「去年矢川先生の後ろでやってみた経験があるし、今年は一人でやらなきゃって思ってたから。本当は、美咲に手伝って欲しかったんだけどね。内容としては……うーん、結構グラフとか多いかも」

「一人で本当に大丈夫?」

「でも、手伝ってもらうことを当てにしてたら、何も成長しない気がするから。美咲が一人でやるなら、私も一人で頑張る」



後期が始まったと思ったら、あっという間に十一月になってしまった。

もう今月の終わりには学会の発表が迫ってきている。

「今年は四人分旅費が通りました。去年は会場が近かったですから、旅費も何もあったもんじゃなかったですからね。参加費も四人まとめて上に通してあります」

十一月頭のゼミで矢川先生はそう言った。完全に出張扱いだ。

「伊東くんも来年は学会で発表ですよ」

「はい、そのことを念頭に置いて勉強してきます」

「来年の予行演習を兼ねて、誰かの手伝いをしなくてもいいですか?」

「そうですね……」

「私は、特に大丈夫です」私が先に言い切った。

「私も、自分で頑張ります」葵も続く。

「ほう、二人とも張り切っているね。じゃあ、私の発表を手伝ってもらおうかな」

矢川先生は今年も発表する予定だ。矢川先生の発表は最終日の午前中に組まれている。

「わかりました。先生のお手伝いをさせていただきます」


「中村先輩! 上野原先輩!」

「伊東くん」

「そういえば、名刺って必要ですか?」

「あ……」

失念していた。去年もうっかり持って行き損ねていたが、特に発表者でないため求められることもなかったが。

「あったがいいよね、私たち?」葵が尋ねる。

「うん、あった方がいいね。発表者だと特に」

「俺、名刺作ります。三人分。学校名と学部名、名前が入ってればいいですよね?」

「いいの?」

「はい、俺がいま手伝えることって、それが一番な気がしますから」

「助かる! ありがとう、伊東くん!」

すっかり忘れていた名刺作りを力に任せ、私たちは発表内容の仕上げに取り組むのだった。



十一月半ば。

とりあえず発表内容を絞り込み、発表の際に配るレジュメも一通り作り終わった。

発表時間は約二十分。二十分でこの内容を説明し、質疑応答まで行わなくてはいけない。全て一人で。

高校三年生の頃はこれを三人で行ったのだ。自分の持ち分は少ない。そして、ほとんど桜小路先生が書いた論文だ。

今回は全て自分で書いた論文を二十分フルに使って発表を行う。

ちょっと身震いしてしまう。


「美咲」

「どうしたの、葵」

「美咲、顔色良くないよ、大丈夫?」

「疲れたかな……?」

「一つの山場だからね。ちょっと待ってな」

そう言い残して葵はいなくなってしまった。

だいたい五分くらいだろうか。葵は戻ってきた。

「お待たせ。はい、美咲の好きなこれ」

葵が手にしていたのはホットココアの缶だった。もちろん二本ある。

「冷めないうちに、一緒に飲も」

「ありがとう、葵ちゃん……」

「一年前のあの時、緊張でガッチガチだった私にこれを買ってきてくれたのが美咲でしょ。来年も、このタイミングで一緒にホットココア飲もうねって」

ああ、そうだ。ホットココアの誓いをしたんだった。

「今年は、後輩もできたんだから。なんだったら、これをこの研究室の伝統にしたっていいんだよ?」

「そうだね、今年は、三人で一緒にホットココア飲もう」

葵のくれたホットココアに、少し心を緩められた。



十一月末。

私たちは、京都にいた。

桜小路会のみんなで来た時と同じように、眠い目をこすりながら、4人で京都駅のホームに降り立った。

でも、今回は遊びに来たわけではない。二泊三日の出張だ。学会発表だ。

「とりあえず、ホテルに移動しようか。みんなシングルの部屋を一部屋ずつ取ってるけど、問題ないかい?」

……矢川先生に伝え損ねた。葵と同室にしてくれと。

まあ、あれから何も起こっていないし、検査結果も特段の異常は出ていない。薬も日数より余計に持って来てはいる。とはいえ、近頃の疲れなどから、心配ではあった。

とはいえ、旅費申請しているのだから一人一部屋になるのは仕方が無いだろうか。いざとなったら葵の部屋になだれ込んでしまえ、と考えていた。


初日の夜。葵はホテル近くのコンビニエンスストアで大量のお菓子と入浴剤を買い込んでいた。

「明日いきなり発表でしょ。だから、明日終わったら大好きなお菓子を嫌って言うほど食べようと思って」

「なら買うのは明日でもいいんじゃない?」

「今日も食べるの」

「葵、お風呂も入るんだ」

「やっぱり、緊張をほぐすのは浴槽が一番。寒いしね」

確かに、この辺りは大学周辺よりも寒い気がする。

「私もお風呂入れようかな……」

「美咲、部屋に一人でお風呂って大丈夫なの?」

「え?」

「矢川先生から聞いてるよ。美咲のこといろいろ」

「……」

「隣の部屋なんだし、携帯でもピンポンでもなんでもいいから、やばいって思ったら助け呼びなよ。矢川先生言ってた。もういろんなホテルがいっぱいで、このホテルでシングルしか取れなかったって。普通ならシングルから埋まりそうなものなんだけどね」

矢川先生、ちゃんと気にしててくれたんだ。

「なんだったら、私の部屋来る?あたし、ソファーで寝てもいいよ?」

「明日発表者の葵様にそんなことはさせられませぬ」

「それは美咲だって一緒でしょ。とりあえず、何かあったら、すぐに助け呼びなね!」

葵の気遣いに感謝しながら、私は部屋に戻った。なんとなく面倒になってしまい、シャワーで済ませてしまった。

きちんと薬も飲み、次の日の準備を一応整えた、と思ったところまでで意識がもうなくなった。


翌朝。気がついたら一応ベッドの中だった。

誰かが入って来て布団に入れてくれたとか言うようでもないようだ。ちゃんと自分で寝たんだな、よかった。

スーツに着替え、朝ごはんを食べにいく。緊張の朝だ。

「おはよう、美咲」

「おはよう、葵」

「ちゃんと眠れた?」

「うん、気づいたら布団の中だった」

「よかったじゃん。あたし、緊張して目が冴えて、なかなか寝付けなかった」

「眠い?」

「ううん、そんなに。朝には強いのだ」

そう言う会話をしているところに矢川先生と力が合流する。四人で朝食を食べ、いざ、学会の会場へ。


去年と場所を変えただけで、雰囲気は変わらない、学会の会場。

受付を済ませると、もう発表の用意だ。

発表そのものは午後からだが、学会の最初のイベントが私たちの発表を含む研究発表なのだ。

否が応でも緊張が高まる。

昼食は学食が使えるらしい。癒しのひと時だ。

ただ、今は食べることより、緊張の方が上だ。

「美咲」

「葵」

「帰りに、ホットココア買って、部屋で飲もうよ」

「晩御飯は?」

「その帰りよ。お菓子もいっぱい買い込んであることだしさ、3人でお疲れ様会しよ」

「うん、そうだね」

葵も緊張していないはずがない。事実、あまり眠れなかったと言っていた。

それでも、その先に楽しみを見つけてこの緊張を乗り越えようとしている。すごいや、葵。



何を食べたか、味すらもろくに覚えていない昼食を済ませて、いざ自分の発表会場へ。

スライドショーなどの機材一式、資料はすでに手元に揃っている。

順番は午後の発表の二番目となっていた。それは葵も同じだ。

あとは、以下に自分の練習した通りに内容を発表できるかだ。

そして、午後の発表が始まる。最初の二十分はあっという間だ。

そして、私の番がやってきた。

機材セッティング、資料配布、あれこれを一人でこなすのはやはり大変だった。

そして、いざ。

「御勢学園大学大学院法学研究科二年、中村美咲と申します……」

自分が準備してきた発表内容を説明する、そしてそれに合わせてスライドショーを動かす、自分ではそれで一杯一杯だった。

最後の質疑に答える時には、もう頭の中は真っ白になってしまい、うまく答えることができなかった。

質問された先生から補足の質問を受けて、やっときちんと答えを出すことができたくらいだ。

なんだか、教育実習の頃を思い出した。



ふらふらになりながら自分の使用した機材や資料を片付け、次の先生の発表はパスすることにして外に出た。

そこに声をかけて来る人がいた。

「先ほどの発表、お疲れ様でした。まだ学生さんなんですよね?」

名刺を差し出され、慌てて自分も力から受け取った名刺入れから名刺を取り出し、名刺交換を行う。

へえ、弁護士さんか……真理先生、そういえば司法試験受かったのかな。

「興味深い発表でした。大学等様々な機関で裁判員制度を研究される先生方は数多くいらっしゃるのですが、まだ若いうちからこうやって学会の場に出てこれられると言うのは大変勉強になることだと思います。やはり、これから若い方々の参加あっての裁判員制度の普及、発展ですからね」

「ありがとうございます。至らない発表で恥ずかしい限りです」

「いやいや、しっかりした発表でしたよ。質疑は確かに突然のことを聞かれて人前に立ち慣れた人間でも答えられなくなると言うこともあるくらいですから」

「ありがとうございます」

「研究、がんばってくださいね」

「はい」

その弁護士の先生はそう言い残して去って行った。


初日終了後。その後も数人の方に声をかけられ、数枚名刺を交換した。

それは葵も同じだったようで、「やっぱり名刺作ってもらっててよかったー、いきなり名刺出されて焦ったもん」と言っていた。

その日は夕食後に矢川先生が私たちをちょっと飲みに行こうと誘ってくれたので、少しだけ付き合おうと思いみんなでついて行った。

ようやく発表が終わったのだ。一区切りだ。


去年や顔合わせの飲み会同様、飲むのは主に矢川先生と葵。力は同窓会で飲みすぎてしまってからはセーブしているようだ。

とりあえず、私はソフトドリンクでやり過ごす。ノンアルコール飲料と言うものがこの世に存在することは知っているが、ノンアルコールとはいえやはりアルコール分と言うものに抵抗、いや、恐怖感がある。

それに、この二人、あるいは三人をちゃんとホテルに連れて帰らなくてはならない。あまり道は詳しくないが、いざとなったらタクシーだ。そのためにはせめて自分だけでも酔い潰れないようにしないと。

「さて、二人の発表は今日で終わりですけど、学会そのものは明後日までありますからね。今日はこの辺りにしておきましょう」と言って、矢川先生は四人分の精算を済ませてしまった。

ご馳走になったお礼を言い、ホテルに戻る。

「美咲、ココア買って帰ろうよー」

「そうだね、買って帰ろうか」

「先輩たち、今からココア飲むんですか? あれだけビールだのチューハイだの飲んだのに?」

「おっし、伊東くんも飲むぞー」

「わかりました、ご一緒します」

そうして、一度ホテルに戻った三人は、改めてホットココアを買いにコンビニエンスストアにと向かうのだった。


温かいココアといろいろなお菓子を買い込んだ三人は、私の部屋に集まっていた。

「お邪魔しまーす」

「ココア、冷めないうちに飲もうよ」

「で、なんでココアなんですか、先輩たち」

「美咲の元彼がねー」

「ちょっと! 元彼でもなんでもない話を捏造しないの葵!」

と言うことで高校三年生の時のホットココアの話から去年のホットココアの誓いの話までを力にしたのだった。

「へえ、中村先輩、そんなに仲がいい男友達がいたんですね」

「本当に友達なんだよ。お互いに恋愛感情のない」

「俺も、ココア嫌いじゃないですよ。どちらかと言うとアイスココアの方が好きですけど」

「今はアイスココアじゃ寒いでしょ」

「今の時期ならコタツに入ってとか、暖房の中でちょっと冷やしたぐらいのココアが美味しいんですよ。アイスクリームが美味しいのと同じです」

「通だね、伊東くんも」

「俺にも、来年後輩ができて、発表の後にこうやって後輩と話をする時間ができたら、こんな風にココアを一緒に飲みたいですね」

「お、このココア会は伝統になるか?」

「ホットココアじゃなくて、アイスココアになってるかもしれませんけどね」



矢川先生と力の組み合わせで行われる発表は三日目の午前中だ。

これが終わり、お昼をはさんで講評などが行われ、来年の会場や日時が発表されて学会は幕を下ろす。

初日の午後に山場を終えていた私たちは、あとは様々な発表を聞いてこれからの論文の仕上げに参考にできるものがないかを探していた。

矢川先生の発表は二人揃って聞き、特に緊張した様子もなくページめくりをこなす力にたいしたもんだ、と感心していた。

昼食は毎日、会場となっている大学の学食を利用できたのがありがたかった。コンビニ探しに会場を出ると、かなり面倒そうだ。



そうして、今年も、高校三年生の時のようなサプライズもなく、無事に学会は幕を下ろした。

来年は仙台で、同じ時期に開催するとのことだった。

「来年か……」

来年。力は発表の年だ。

力の後輩が去年の葵や今年の力同様、矢川先生のページめくりの手伝いで学会デビューをするのだろう。

来年の今頃、葵は矢川先生の奥さんになっているのか。

そして、私は……?

来年、この学会の会場である仙台にいるのかな?

……勉強しよう。葵は内定があるが、私は修士論文を書きながら、博士課程入試の対策を行わなければ。

もちろん、修士課程に入った頃から矢川先生に言われて、ある程度やっていないことはなかったのだが。


私にも、そして渉にも、運命の刻が刻一刻と近づいてくる。


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