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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第四章 「華」
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第二十七話「決意」



結局、これまでの研究のまとめをぼんやりとしたり、滅多にない長い休みだと思ってだらりとしていた連休。

そんな連休も終わりを迎えようとしていた時。渉からの電話だ。メールはよくやりとりしているが、電話がかかって来るのは最近珍しい。

「もしもし?」

「おお、美咲。久しぶりだな」

「渉、どうしたの?」

「久しぶりに声が聞きたくなってな。ちょっと息抜きだ。明日、家出れるか?」

「うん、特に何も用はないけど……」

「じゃ、決まりだ。明日……そうだな、昼11時ごろに美咲の家に行く。それから出かけるか、俺の家か美咲の家でゆっくりするか決めようか」

「って、明日休みなの? 大丈夫?」

「ああ、今日と明日休みもらえたんだ。今日嫌というほど寝かせてもらったから、明日は美咲に会いたいなと思ってさ」

「やったあ!」

本当に渉に会えるのは久しぶりだ。葵は毎日のように矢川先生に会うことができている。それをそばで見ながら、自分は渉を信じるのみ、渉と自分の夢を叶えるのがまず先だ、と考えながらもやはり会うことができないのは辛かった。昔は会いたい時にはいつでも会える距離にいたからなおさらだ。



翌日のちょうど朝十一時。渉は「美咲、おはよう。もう家の前だぞ」と電話を入れてきた。慌ててドアを開ける。

そこには渉が、会いたくて仕方がなかった渉が立っていた。

「おはよう、美咲。久しぶり。ごめんな、頻繁に連絡できなくて、さみしい思いさせて」

「ううん、渉が忙しいのは百も承知だから。でも、会いたかったよ……」

「あら、渉くん! ちょっと痩せた?」お母さんが渉の姿を見て声を掛ける。

「意識して食事をとるようにしているんですけどね。でも、健康上の問題ではないです、ご心配なさらないでください」

「そんなに忙しいのね」

「はい……意識して食事をとるようにしないと、一日食事をとる時間がなかったり、いろいろなものを見て食欲が落ちたりするもので……」

「そうなのね……優子はそういう話全くしてなかったし、あの子は逆になんでも食べる子だったから。お母さんも心配されてない?」

「まっすぐここに来たので、実家に戻ってないです」

「まさか、美咲が無理に呼び出したの?」

「そんなはずないよ! 忙しい渉を無理に呼び出すわけないじゃん!」

「俺の勝手です。あっちに戻る前に、実家にも顔を出します」

「そうだ、お昼まだでしょ? 少し待っててくれる? 久しぶりに渉くんこっちに来たんだし、せっかくだからお昼食べていかない? 美咲、手伝って」

「はい!」

渉の健康管理も、これからの私の仕事の一つだ。お母さんが手伝ってくれるうちに、その技を盗めるだけ盗んで行こう。



「ごちそうさまでした。お昼からこれだけ食べたのは、久しぶりです」

「お昼って、簡単になりがちだけど、本当は野菜とかもしっかり食べた方がいいのよね。なかなか難しいものだけどね」

「さて、これからどうする、美咲? どっか行きたいところがあったりするか?」

昨日一晩考えてみたが、どうしても思いつかなかった。それより、積もる話が山のようにある。

「渉の部屋か、私の部屋かな……どこかに行くより、そっちの方がいいかなって」

「そうか。そうだな……俺の部屋、物置化されてる可能性もあるし、美咲の部屋、借りていいか?」

お母さんの方も見ながら渉は聞く。

「うん、私の部屋でよければいいよ」

「三時ごろにおやつ用意しておくから、取りに来なさいね」お母さんもOKのようだ。


昔のように二つ椅子を並べ、渉と並んで座る。

「こんな感じで語り合うのも本当に久しぶりだね」

「そうだな。昔は毎日こうだったのにな」

「まあ、時間はたっぷりあったしね、昔は」

「最近はどうだ? 半年後には、また学会発表があるんだろ?」

「うん、今はそれが一番の目標。でもそれは通過点で、その先に修論の提出とか博士課程の入学試験とかもあるから、今年はかなりプレッシャーのかかる年かな。渉は実習と勉強?」

「ああ、もうサークルも今年の春で引退したしな。泳ぐ余裕もない。痩せたって言われたのは、筋肉が落ちてるのもあるかもしれない」

「プレッシャーは、私以上かな……」

「でも、その先を見ていかないと。ここでくじけていたら医者としてやっていけないし、美咲を迎えに来る約束も果たせない。ゴールは試験の合格とか卒業じゃないんだ、その先、もっと先なんだよ」

「そうだね、そうだよね……」

御勢の法学部の博士課程に進学できたとして、その先をどうするか。いや、どうしたいか。自分なりにビジョンを抱いていかないと。


「ところで、杉谷で同窓会とかあったりした?」

「うーん、聞かないな。なんでだ?」

「連休中に、後輩の高校で同窓会があったみたいだから」

「この市内の高校か?」

「いや、市内じゃない。隣の市かな、あの学校は」

「俺らは卒業して十年後に、誰かが幹事になってこれまでの卒業生を集めて同窓会を行うんだよ。まあ、その世代より以前の卒業生が中心になるみたいなんだけどな。だから、俺らの代で誰かが杉谷の教員やってたら、そいつに押し付けるのが一番楽らしい」

「私は卒業してないから、そっちには縁がないなあ」

「俺も卒業して以来、全く会ってないな。連絡取るのは水泳部の連中ぐらいか」

そういえば、久しく桜小路会メンバーにも連絡を取っていない。みんな、元気にしているだろうか。去年の夏、優の結婚祝いを送るために久々に集まって以来だ。

「私も、仲のいい友達と大学でも結構会ってたのに、バラバラになるとなかなか連絡も取らなくなるもんだね」

「社会人になると時間も取れなくなるもんな」

「だから、同窓会とかいう場面がないと会うこともなくなるのかな」

壁の時計がちょうど三時を指した。私は席を立ち、「お菓子と飲み物取ってくるね」と言い、階下にお菓子を取りに行った。


その後はお菓子とジュースを食べながら、「昔みたいだね」という話をしながら本当になんでもない、本当に毎日会っていた頃のような話をしながら二人きりの時間を過ごした。

「来年の今頃は、毎日こんな感じで居られるんだろうな、きっと」渉がポツリと言う。

「たまに会うのと、毎日一緒にいるのではまた違うんじゃない?」

「今までほとんど毎日一緒にいたようなもんだろ? もちろん、結婚して一緒に生活するっていうのが簡単なことじゃないっていうのは覚悟してるよ。それでも、俺は美咲のことが本当に好きだ」

「ありがとう、渉。私も、渉のこと、大好きだよ」



休み明け、矢川ゼミ控え室にて。

力が授業を受けている間に、私は葵から挨拶のいきさつを聞き出した。

「あんなにたくさんの学生の前でも平気で授業をしたりたくさんの人の前で発表したりする矢川先生が、うちの両親と姉たちの前ですごく緊張してて。私まで緊張しちゃった。先生が頭を下げて「葵さんをください」って言った時が一番緊張のピークだった。お父さんがどういう反応をするかが私も読めなくてさ。でも、お父さんも矢川先生のこと気に入ってくれたみたいで、一緒にお酒飲んでたよ。ちゃんと内定とれた話もしたし。「葵はこっちに帰ってくるかと思ってたけど、就職先が見つかったならそれもそれでいいんじゃないの」って。聞くと、上のお姉ちゃんも来年ぐらいをめどに結婚するってこの前二人で挨拶に来たんだってさ。下のお姉ちゃんが「あんたに先越されるのはなんか悔しいけど、いい人が見つかってよかったわね、葵」って。とりあえず、挨拶はうまく行ってホッとした」

「よかったじゃん。私も連休中ドキドキしてたよ」

「美咲には関係ないのに?」

「関係ないはないでしょ、私の指導教官の奥さんになるかもしれない人の話なんだから」

「お疲れ様です」授業が終わったらしい力が現れた。

「お疲れ様、伊東くん」

「お疲れ様です」

「同窓会どうだった? 楽しかった?」

「はい、社会人もいれば学生もいて、あちこちから集まってていろいろな話が聞けて楽しかったです。海外出張が多いっていう社会人の奴の話は面白かったですね」

「へぇー」

「そして……彼女ができました」

「お、おめでとう! よかったね!」

二の句が継げずにいる自分に対し、葵は口が滑らかだ。

葵を振り向かせると、何度も言っていた彼はどこに行ったのか?

これは直接本人に聞いてみるしかない。うまいこと二人きりになるようにタイミングを見計らう。

「私そろそろ帰るね、また明日ね」そう言って葵は部屋を出ていった。

チャンスだ。力に今日の話を確かめてみなくては。

「伊東くん、彼女ができたって……」

「はい、本当です」

「あれだけ葵を追いかけてたのに……?」

「上野原先輩をずっと見つめていると、視線の先に必ずある人がいたんです。それは、自分の力ではどうしようもできない人だった」

力は、自分で葵と矢川先生の関係に気づいてしまったのだろう。

「もちろん、立場の悪用だ、パワハラだと訴えることもできると思いました。でも、それを表沙汰にして、二人の仲を裂き、自分に勝算があるか、と考えると無いに等しいと考えました。さらに、二人の仲を裂くだけでなく、自分と先輩方、そして後輩たちの指導教官を奪ってしまう権利が現時点で自分にはあるのか、とも考えました。無論、黙認することは倫理的には正しくない行為かもしれませんが、それを表沙汰にすることの方が上野原先輩を傷つける。ならば、現状のような関係であれば、自分がこらえればいい。俺はそう思って、この連休を迎えました。

俺は酔っ払ったんでしょうね。普通、あまり他人に自分の話はしないんですが、つい同窓会の飲み会で飲みながら語り込んでしまったみたいです。で、気がついたら女の子が介抱しててくれた。俺とは一年の時しか同じクラスじゃなかったのでほとんど話したことなかった子でした。でも、その子は俺に気があったとのことで。で、酔った勢いではないんですけど、改めてお礼ということで会うことになって、それで付き合うってことになって。連休前と連休後で、すごく慌ただしい感じでした」

優と麻衣子、そしていまは優と結婚した川口先輩の関係を思い出す。優は麻衣子と付き合いながら、川口先輩を忘れられなかった……。

「その子のこと、本当に好きなの?」

「まだ彼氏彼女って感じがきちんとないですけど、やっぱりけじめはきちんとつけたいと思っています。二股かけるとか、苦手ですし」

「そう、それならいいんだけど。突然の話すぎて、びっくりしたから」

「先輩にはいろいろ話聞いてもらってましたからね、でも、大丈夫です。俺なりに、気持ちの整理つけて里奈と付き合ってますから」

「里奈ちゃんって言うんだ」

「あっ……」

「まあ、その辺りは関係ないからいいよ。気持ちの点で、葵と二股かけちゃわないか心配してるだけ」

「大丈夫です。俺なりに気持ちの整理をつけた結果です」



連休が過ぎると、あっという間に日差しが強くなり、暑くなってきた。

このまま梅雨に入り、夏を迎えるのだろう。

安定して学校に来ることができるようになった葵と私は再び控え室での研究を、たまに力が入って三人で雑談をしながらも進めていくのだった。



梅雨が明け、エアコンがないとうんざりするような夏がやってきた。

学校の費用でのエアコンだからと三人で好きなだけガンガンエアコンを効かせ、それぞれの研究を進めていく。

そして、定期的な個人面接や矢川ゼミを経て学会発表前の修士論文の大まかな形ができあがった。

これを学会発表向けに編集し、そしてその結果を反映させたものを修士論文として提出する。

大まかなものとはいえ、形が出来上がったことにホッとした。

葵の方も就職活動で遅れがあったようだが、それを必死で取り戻し、ほぼ論文の形が出来上がったようだ。

夏休みも定期的にゼミを行い、それぞれの研究の進み具合を報告する。

矢川先生も始めて指導する院生だからだろう、真剣に指導してくれる。

こうやって、大学院二年生の夏は過ぎて行く。



蝉の声がだんだん変わってきた頃。

「学会のプログラム、届いたからね」と矢川先生が連絡してきた。

「間違いないか、確認してね。間違ってるところがあったら訂正してもらうから」

日程は十一月の半ば、場所は予定通り、京都の大学。気になる発表日程は、一日目の午後。なんと、教室違いで葵と同じ時間帯だった。

「葵と同じ時間だ……」

「美咲と同じだ……」

「私がそうしたわけじゃないからね。学会の運営側がそう設定したから、それは変えられないんですよ」

とりあえず基本的な内容に間違いがないことを確認して、二人でため息をつく。

「よりによって、同じ時間なんてねえ」

「美咲にページめくり、お願いしようと思ってたのに」

「私も、葵にお願いしようと思ってたのに」

「伊東くんの取り合いだね、これは」

「本人とも話し合いだね」



長いようで短かった夏休みが終わり、後期が始まる頃、正式な学会のプログラムが私たちの手元に届いた。


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