第二十三話「ふたたびの、彩り」
桜小路会メンバーに優の結婚報告ハガキが届いたかどうかのメールを送ったところ、みんな一斉に「届いた!」「やっぱりね」「でも、めでたいじゃない! お祝いしましょうよ」との返信が返って来た。
とはいえ、百花はすでに自前でお祝いを送ったとのことだ。さすが百花姉様、行動が早い。
「ごめんね、みんなで一緒にお祝いしたかったけど、忙しくて。その代わりと言ってはなんだけど、匠の方に私の代わりに少しばかり気持ちを送らせてもらったわ。それで私の分にしてください」と届いた。
麻衣子と早希は「美咲の都合に合わせるよ。平日以外ならね」と返事をくれた。麻衣子からは「桜小路先生からお祝いをいただきました。私がみんなの代表でお礼を言っておきました」と返ってきた。
「俺が知らないうちに! 俺も頑張る! すまない、やっぱりしばらくそっちに戻れそうにない、俺の分もお祝いしといてくれ」と祐樹からは返信があった。
後は匠の都合だ。匠一人分ではない。匠のもとには百花の分の気持ちが送られている。匠の都合が第一優先になりそうだ。
「いやあ、驚いた。そんなに早く結婚しちまうって思ってなかったからな」ようやく匠から返事が届いた。
直接連絡をしたくて久しぶりに匠に電話をしてみる。
「だからかな、俺のところにいろいろ届くんだよ。百花姉様からとか、祐樹からとか」
「何が届いたの?」
「百花姉様からはお金、祐樹からは商品券」
「なんだかんだで頼りにされてるね、匠」
「どうだろうな、よくわからないよ。地元にいる野郎って俺だけだしな」
「で、匠、みんなで集まる余裕とかありそう?」
「まあ、なんとか」
そして予定がまとまった。一部ではあるが、桜小路会が再び集う。
試験も終わり、夏休み。
まあ、大学院生には夏休みなどあってないような、逆にずっと夏休みのようなものだ。
そのとある土曜日の昼下がり。久々にキャンパスに桜小路会の面々が顔を揃える。
「久しぶり! 美咲、相変わらずそうね、よかった」
「早希嬢も元気そうじゃない、あっちの大学どう?」
「先生にこき使われてるよ。楽しいけどね」
「早希嬢、美咲、お待たせ」
「麻衣子先生」
「もう、学校じゃないんだから」
「ほら、匠先生も来たよ」
「学校外で先生はやめろ、せっかくの休みなんだから」
「で、これでみんな?」
「うん、そうだね。百花姉様も祐樹も戻ってくる余裕ないって言ってた」
「陽子は?」
「川口先輩のこと知らないし、優も知らせてないみたい」
一応陽子にもメールは送っておいたが、「何も届いてないよ。あの卒業生総代の人、結婚したんだね。おめでとうって伝えておいてください」と返ってきたのみだった。
「じゃあ、行くか。ここにいるのも暑い」
夏の日差しは容赦無く私たちを照らす。私たちは早希の車で移動することにした。
「どこ行こうか?」
「まず何がいいんだろう?」
「美咲、お姉さんが結婚した時には何贈ったの?」
「花は知ってるけど」事情を知っている麻衣子が口を挟む。
「ウエディングドールと胡蝶蘭」
「ええっ! 胡蝶蘭ってすごく高いじゃん! 美咲一体いくら持ってるのよ!」早希が叫ぶように言う。
「二人で共同出資したから。それに、花屋にすごく良くしてもらったから、そんなに高くなかったよ」
「高校の時によく使った花屋を紹介したの」麻衣子が言う。
「でもここからあっちまで花だと、枯れちまうかもしれないな。あの花屋、なかなかいいけどな」
「届いた花が枯れてたって言うのは嫌だよね」
「嫌がらせじゃないんだし」
「じゃあ、何がいいんだろう?」
「二人で使えるもの?」
「ありがちだけど、食器とか?」
「割れそうだね、それも」
「うーん」
車内が黙りこくってしまう。
「あっ!」
「どうしたのよ、麻衣子」
「優、京都行った時、やけにはしゃいでたよね」
「そうだね、出かけるのが好きだとか言ってたっけ」
「二人に旅行なんてどうよ?」
「それなら、俺ら集まる必要性あったか?」
「旅行券だけって言うのもつまらないでしょ。お揃いの何かと一緒に旅行券って感じで」
「じゃ、早希嬢、このまま運転よろしく」
「はいよー」
そして、私たちは隣街のショッピングモールへと向かって行った。
結局、祐樹の商品券で二人分の茶碗と湯のみと箸のセット、そして百花姉様の気持ちを加えて私たちからは旅行券を二人に送ることにした。もちろん行き先は決めていない。二人の行きたいところへ、行きたい時に行けるように。
茶碗と湯のみは割れるかもと言う説もあったが、一番使ってもらいやすいだろうと言う説に押されてそれに決まった。
茶碗も湯のみも割れやすいかもしれないが、使ってもらえないものより使ってもらうものを送る方がいいじゃないかと言う説にみんな納得し、それに決めた。
桜模様のセットを選んだのは桜小路会を意図したものだ。その辺り、わかってもらえるだろうか。
久しぶりにみんなで会ったからと言うことで、夕食を一緒に食べることにした。
「美咲、どうよ? 彼氏さんとはうまく行ってる?」
「うん、まあね」
「美咲と優、どっちが先かと思ってたけど、優がこんなに早いとは思ってなかったわ」
「そう言う早希嬢はどうなのよ」
「秘密ー」
「まったく、いつもそうなんだもん、早希嬢は」
「麻衣子は? 御勢の附属に戻って、どんな感じだ?」
「あー、いかにもあたしがお気楽な高校生活してたかって思い知らされる。朝から晩まで緊張しまくり、時には怒られたりもするし。でも、やっと毎日が楽しいって思えるようになってきたよ。先生目指してがんばってきて、本当によかったって思える」
「いいな、頑張ってる麻衣子らしいじゃないか」
「匠は? 講師ってどんな感じなの?」
「大して普通の先生と代わりはしないよ、仕事も。肩書きが違うくらいかな。本気で教師になるなら、頑張りどころだけどな」
「あたしたちも頑張らないとね、美咲」
「そうだね、早希嬢」
久しぶりに会った桜小路会メンバーとそういう話をしていた時だった。
夏休みではあるが、論文指導と言うことで矢川先生とは定期的に面談がある。
その日は葵も一緒に面談を組まれているようだった。
「あ、葵。今日は呼び出し?」
「美咲も?」
「珍しいね、二人一緒にって」
今まで二人が同じ日にゼミ以外での面談と言うことはなかった。何か矢川先生の意図があるのだろうか。
「……もしかして、密会?」
「んなわけないでしょ! だったらこんなわかりやすい場所使わないわよ!」
葵の顔が真っ赤になっているのがわかる。
「やあ、二人ともお待たせしました」そこに矢川先生が現れた。
「二人を同じ日に呼び出したのにはわけがありまして。これからの活動方針を報告したいと思います」
私も葵も何も言わずに矢川先生を見つめている。
「来年、それぞれ学会で発表してもらいます。もちろん、今修士論文のテーマとして研究しているものをです。今年、私も学会で発表します。よかったらお手伝いしていただけるとありがたいですが」
一気に高校三年の春に戻ったようだ。学会の発表は、もちろん分野違いではあるが経験済みである。とはいえ、共同研究であり、ほとんど桜小路先生が考えたものだ。今度は、自分一人で全てを考え、全てをやってのけなければならない。
「今年は幸運なことに学会が十一月に隣街で開催されます。来年は会場はまだ決まっていません。研究者として成長して行くためには、論文を書き、発表して行くことは欠かせないことです。できるだけ早いうちから論文発表の環境に慣れておいてもらいたい、そう考えました。もしかしたら難しい、大変だと思うかもしれませんが、もちろん手伝えること、アドバイスできることは私も手伝いますし、上野原さん、中村さん相互で助け合うことで何か見つかるかもしれません。とりあえず、今年は難しく考えなくて大丈夫です。学会がどんな場か、慣れる感じでいてください。お手伝いすることは、後日私からお伝えしますから。じゃあ、まず、上野原さん」
そう言って、葵とともに矢川先生は去って行った。
「学会発表か……」
あの大変だった高校三年生の時を思い出す。体力が落ち、周りについて行くのにとにかく精一杯だった時に告げられた匠との共同研究者。匠がいなかったら私はどうなっていたかわからない。
今は幸い大きな発作もなく、大きな傷ももうかなり塞がっている。最近きちんと検査も受けてきた。
「とりあえず、今年どんな感じか様子見て見ないとね……」
一度は大舞台に立ったからか、隣街と言う近い環境だからか、あの時ほど今は緊張していなかった。
「美咲、交代だよ」
葵に呼ばれた。
「中村さん、今の進み具合はいかがですか」
「文献調査が主です」
「どんな文献を利用されていますか」
「現在は裁判員制度の概要に関するものと、それに関する周囲の反応に対するものです」
「概要はどれくらいですか」
「軽く触れるくらいです。それよりも、その制度に対する周囲の反応の方を注意して調査しています」
「わかりました。ところで、今回の学会は、場所が近いこともあり、特に宿や交通手段についても決めていないのですが、大丈夫ですか?」
「なんならば日帰りでも問題ないです。いつも行き慣れている場所ですし」
「日程は十一月に三日間ですが」
「それならば、ちょっと考えておきます。上野原さんとも話し合わせてください」
矢川ゼミ控え室に戻ると、葵はまだ残っていた。
「葵、学会の日程聞いた?」
「うん。十一月でしょ?」
「三日間だって」
「あたし、もしかしたらこうなるかもって話、矢川先生から聞いてた」
「何、事前リーク?」
「ううん、大学院の入試の面接の時。矢川先生が、「もしかしたら外部での発表をしてもらうことになるかもしれませんが、それでも大丈夫ですか?」って聞いてきたから、私は「はい」って答えたのは覚えてるもん」
「えー、私の時そんな話されてない」
「そうなの? てっきり美咲にも入試の段階で話が通ってるものだと思ってた」
「経験者だから?」
「美咲、学会出たことあるの?」
「高校の時、部活の顧問兼担任と同級生との共同研究で」
「いったい、美咲はどんな高校に通ってたわけ?」
「この大学の附属高校」
「部活って……」
「この大学の附属高校は、普通の高校の部活みたいなのはなくて、それぞれの科目を研究する科目別の部活動があるのよ。あたしはそこの社会部にいた」
「へえー、あたしなんて部活のために高校行ってたみたいなもんなのに」
「そういえば、葵、何部だったの?」
「美術部。絵描くの好きなの」
「どんなのでも描けちゃう?」
「趣味の範囲ならね」
「すごい。あたし、絵は全然描けないから」
「でも、絵は趣味。それよりも、今やってる研究の方がもっと好きだから、そっちに力を入れることにしたの」
「大学の時に似たような友達がいたわ。ひたすら音楽にのめり込んでた子がいたんだけど、言ってることが葵とほとんど一緒。その子は卒業して就職したんだけどね」
「やっぱり、部活に燃えてこそ高校生活だもん」
「あたし、最初は部活してなかったんだけど、ここの附属高に転入してからだね、部活を通していろいろ得るものがあったのって」
「へ? 美咲、一年からここの附属高じゃなかったの?」
「一年の時は県立高だったよ。二年の時に転入して、そのままここの大学に来て、今に至っております」
「美咲も不思議な経歴を持ってるもんだねえ」
「自分でもそう思うよ」
「で、彼氏とはどこで出会ったの?」
「う、いきなりだね……幼馴染だから、わからないや……いったいいくつから一緒にいたかもわからない」
「え、その附属高校の時の同級生とじゃないの? 昔もその話聞いたことあったから、てっきりその同級生かと」
「葵にはちゃんと説明しとかないとね。その男の子とは本当に友達なのよ。その子、ちゃんと彼氏もいるし、大学の時には彼女もいたし、高校の時には面と向かってあたしには恋愛感情はないって言われたから」
「うーん、そこから恋愛感情が湧いてくるとか言うと面白いんだけど」
「人で面白がらないでください。高校の時散々誤解されて困ったんだから」
「で、本当の彼氏は? 幼馴染って言ってたけど、社会人?」
「ううん、まだ大学生」
「ダブったとか?……もしや、医学部?」
「当たり」
「うわー! お医者様が彼氏なんて素敵すぎるー!」
「て言うか、まだ医者じゃないですよ……国家試験に合格しないと」
「でも、医学部に通う彼氏とか素敵すぎ!」
「そう言う葵も、矢川先生とどういういきさつで付き合い始めたのよ? あたし、葵に言われるまで矢川先生に会っても一切気づかなかったんだけど」
「そりゃそうよ。秘密の恋愛だもん。美咲にだけは打ち明けとこうと思って」
「それは言っとかないと秘密じゃないよ……まあ、言う相手もいないけどさ」
「六月のすごい雨の日、あの時確か美咲、病院に行くからって言って学校に来なかったよね」
そうだ。梅雨のひどい雨の日。その日は優子お姉ちゃんと圭太さんのいる大学の附属病院に「忙しいだろうけど、たまにはきちんと全身検査しときなさい。傷の治り具合も気になるしね」と言うことで一日がかりで色んな科を回って検査してきた。今の所は問題ないと言われほっとしたが、「定期的にきちんと見せに来るんだよ」と釘を刺された。その日は確かに大雨だったな……お母さんが送り迎えしてくれたおかげでバスを使うことなく病院まで行き来できたが。
「あの日、美咲が来ないって言うから、あたし一人で矢川ゼミ控え室で雨やまないかなって絵描きながら雨宿りしてたの。その時だった。本当に、電気もつけないでぼんやりしながら落書きみたいに絵を書いてた時に突然矢川先生が控え室に入ってきたのね。びっくりした。ドキドキした。私、いつの間にか矢川先生を恋愛対象にしてたから。
『まだ、帰らないのか?』って聞かれて。『雨が……』って答えたら、『この雨はしばらくやまない。待つだけ無駄だよ。遅くなる前に、早く帰った方がいい』って言われた」
「ん……?」何か引っかかる。
「あ……」
「そう。口調がいつもと違うのよ。いつもは丁寧な、穏やかな口調な矢川先生が、普段他の人と話すような口調で話しかけてきて、どきっとしちゃって。そして、その時矢川先生の目にあたしの描いてた絵が目に止まったみたい。『これ、上野原さんが描いたのか?』って聞かれて、『はい』って答えたら、『この絵、もらっていいか? 絵、好きなのか?』って畳み掛けるように聞かれた。素直に『絵は好きです。描くのも、見るのも』って答えたら、『今度、一緒に絵の展覧会に行かないか。なかなか周りに絵が好きな人がいなくて、誘えなくて。おっと、人には言わないでくれ。誤解を招くと困るからな』って。だから、私も『デート、ですか?』って聞いて見た。矢川先生、真っ赤になって答えられなくなって。ようやく開いた言葉が、『教え子にこういう感情って言うのはダメだと思っていたし、上野原さんにもどう思われるかも自信がなかった。でも、今だけ、あなたを教え子でなく一人の女性として見ていたい……』って。私、すごく嬉しくて。涙が出そうだった。『分かりました。その気持ち、嬉しいです。私も、先生のことが……。ただ、表沙汰にするときっと先生も、私も大変なことになると思います。だから、せめて、私が大学院を修了するまで……』って答えてた。それからよ、私たちが秘密で付き合い始めたのは。秘密だから、これ以上は秘密。相手が美咲でも話せるところと話せないところがあるってことよ」
「うん、それだけでも十分お腹いっぱい。すごいことがあたしのいない間に起こってたんだね」
「本当に、美咲にしか話してないんだから、秘密だから、よろしくね」
「もちろん」
親友の頼みだ。それに他人に話していいことがありそうでもない。それならば、影から二人を見守り続けよう。
そう決意して、私は一人帰宅した。せっかくの夏の夕方、2人きりにしてあげよう。
「あ、葵に学会の交通手段とかホテルとか聞くの忘れてた」
今はそういうことはどうでもよかった。泊まりがけなら葵と同じ部屋にしてもらった方がいいが、日帰りができるなら日帰りの方が疲れはするだろうがマシだ。また今度葵に会った時に聞けばいい。
夏に入りずいぶん経つが、何かがないと思ったら第九のコーラスの誘いがないことに気がついた。
とはいえ、今やこのキャンパスにはあずさも響もいない。匠もいない。智也がいるのはわかるが、学部が違うと一切接点がない。
和菜もいるはずなのだが、一切会わないのには驚く。
お母さんがそういえば卒業の頃か、大学院に入学する頃に言っていた。和菜の話をした時だっただろうか。
「私は実習なしで専修免許が取れたけど、確か一つ下の後輩から専修免許取るのも実習が必修になったのよね。他学部から教育学部の大学院に移るって、大変じゃないかしら」
もしかしたら、智也や和菜は今教育実習で大変なのかもしれない。智也は第九のコーラスヘルプどころじゃないのかもしれない。
そんな時だった。
たまたま見つけた地元の広報誌で「第九を歌う会 コーラスメンバー募集」という記事を見つけた。
これだ!
私は連絡先にすぐに電話をかけ、練習に参加できるような様々な手続きをした。
大学で行われる第九のコンサートとは違い、ソリストも名だたる名手を招聘しているようだ。
ただ、コーラスは毎年募集していて、高校生くらいからお歳を召している方まで第九のコーラスを楽しんでいるのだそうだ。
ああ、そういえば年末にテレビで演奏会をする広告が流れていたな、そっちには気が回らなかった。
初回の練習には間に合わなかったが、他の第九演奏会の経験者であることを伝えたら、初回から毎回きちんと参加する必要はないとのことだった。
さらに楽譜も大学の第九のコンサートで使用していたものと共通らしい。メジャーなものを利用していたのだろう。
再びづくしの季節。
それでも、やはり私を取り巻く環境は確実に変化している。
来年の今頃は、果たして私はどうなっているのだろうか?
とりあえず、自分でやると決めたことはやり抜こう。今はそれだけだ。
夏の熱気の中に、ほんのり涼しい風を感じた瞬間。季節も一歩先に進んでいるのだった。




