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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第四章 「華」
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第十七話「桜小路会、結集」



とうとうやって来た、大学院修士課程入学試験。

確かに、大きな試験は高校一年の転入試験以来だ。私は大学入試も経験していない。

でも、やるべきことはやってきた。たぶん……。

研究室は矢川先生のところに行くことに決めていたため、ゼミのついでに個人的に面談していただき、専門試験対策や面接対策も行なってきた。

あとは、緊張せず、無事に切り抜けられるかどうかだ。

荷物の中には渉とお揃いのお守りや、渉からもらった鍵を忍ばせていた。


「明日、試験なんだろ? 緊張してないか?」

「してる……」

学校や実習が忙しくなり、今年の初めから大学の近くにアパートを借りて一人暮らしを始めたという渉から連絡があったのは試験の前日だった。

「ごめんな、そばにいてあげられなくて」

「仕方ないよ、渉も忙しいんだもん」

「この家に帰れない日もあるぐらいだからな」

「すごい忙しいんだね」

「お守り……」

「ん?」

「美咲がくれた、京都のお土産のやつ。毎年お揃いで買ってるのは次の年には神社に返してるけど、これは滅多に手に入らないと思って、ずっと手元に置いてたんだ」

確かに、これまでお守りは初詣で去年までのものは神社に返して、新しいお守りを買っていた。渉、高校卒業の時のお守り、まだ持っててくれたんだ……。

「有名な神社のものなんだろ? だから余計にな。美咲もまだ持ってるのか?」

「うん」

渉とお揃いのお守りでもあるし、桜小路会の卒業旅行の記念のお守りでもあるのだ。

「俺はそばについていられないけど、お守りと鍵を通して、美咲をずっと応援してるから」

「ありがとう、精一杯、がんばってくるよ」

「俺も、明日もまた頑張るよ」


指定された教室にはざっと十人ほどの受験生がいた。

見慣れない顔も多い。

もしかしたら、同じ矢川ゼミになる子もいるのかな……。

そう考えているうちに、一時間目、英語の試験が始まった。九十分、ひたすら英文との格闘だ。


二時間目は専門試験。各個人の志望ゼミによって受験科目も変わってくるようだ。

一時間目の英語で力をほとんど奪われた私は、他の受験生が何の科目を受けるのかを確認する余裕もなかった。

私の受験科目は専門の刑法。何年間も裁判員制度の研究ばかりをやっていたが、「裁判員制度そのものを研究するのも大切だけど、うちのゼミなら刑法一般もきちんと勉強しておいてくださいね」という矢川先生のアドバイス通り受験対策として刑法一般の勉強をしておいた。

普通の学部の試験とは全く違う。もちろん持ち込みも禁止だ。一年近く勉強してきたことをここに、全力でぶつける。


そして、面接が始まった。

面接は希望するゼミの先生の他にも数人の先生で行われる、と矢川先生が言っていた。個人面接だそうだ。

ああ、面接だ。緊張がピークに達する。高校1年の転入試験を思い出す。

今回は高校一年の転入試験よりも専門的なことを問われる可能性も高い。それ以上に、自分の考え、意思を問われるだろう。

気をしっかりと持たねば。


「失礼します」

「受験番号と名前をお願いします」

矢川先生と、行政法の先生と、あとは……思い出せない。

「受験番号005番、中村美咲です。よろしくお願いいたします」

「中村美咲さんですね。中村さんは、試験は久しぶりだったということですが、いかがでしたか」

「緊張しました」

「そうでしょうね。ところで、なぜ中村さんはこの大学の法学部の修士課程へ進学しようと思われたのですか?」

「高校生の時から、この大学の附属高等学校で裁判員制度の研究を進めてきたからです」

「他の大学で研究をしようと考えられませんでしたか?」

「大学で初めて、きちんとした刑法の理論を矢川教授から学び、ゼミで議論を深め、論文の作成をしてまいりました。やはりこの四年間で築いた信頼関係を大切にしたいと考え、 矢川教授の元で研究を進めたいと思っております」

「なぜ、あなたはそれほど長期間にわたって、裁判員制度に興味を持ち続けられるのですか?」

「そもそも私は裁判制度に興味を抱いており、市民が裁判に参加することができるという裁判員制度に興味を持ち始めたのがそもそものきっかけです。裁判員制度を深く考察していくうちに、様々な冤罪事件が発覚して、本来奪われるはずのなかった自由を奪われた人がたくさんいることが分かりました。もし、そこで「ちょっと待って」と言う声が、市民からでも届けば、不当に自由を奪われる人はなくなるのではないか。また、逆に法により裁かれるべき人が裁かれないのを、市民の声が届くことで正しく法によって裁かれれば、と考えました」

「中村さんは、大学院でどのような研究をしたいと考えていらっしゃいますか?」

「まずは判例研究を行いたいと思っております。どのような事例で、どのような法廷が開かれ、裁判員の拘束期間や実質的な拘束時間、そこから推定される彼らの負担を考え、より市民の声が届く裁判員制度への道を考えていきたいと考えています」

「分かりました。これで面接を終了いたします」

「ありがとうございました」



手応えがあるような、ないような試験だった。

やるだけのことはやってきたし、言うだけのことは言ってきた。

これがダメでも、冬の試験がある……だろうが、半年この状態は辛い。

やり切った感なく、ぼんやりしながら家に帰ってきた。


合格発表は二週間後。

それまで、生きている心地がしない生活をしていた。

今やることは卒論の執筆を進めること。それをやるしかない。

ようやく集まったアンケートの結果を使いながら、ダラダラと文章を書き連ねていた。



時間を遡ること約二週間。

私の知らない世界で、話は進んでいる。

「美咲、今日試験受けてんだっけ?」

珍しく学校にいる百花が早希に話しかける。

「たぶんね。この学校の大学院に行くの、美咲だけでしょ?」

「よし、桜小路会、招集しよっか」

「今?」

「ううん、二週間後、合格発表の日によ。美咲、ああ見えて小心者だから、みんなでお祝いしてあげましょ」

「分かった、百花姉様、祐樹作戦ね!」

「正解!」

「でも、先生の卵たち、大丈夫なのかな?」

「麻衣子、御勢の附属高校に内定したみたいよ。あたしもなんとか内定とれたし」

「マジで? 麻衣子、あの高校に戻るんだね……」

「早希嬢はもう進路決まったんでしょ?」

「うん……」

「あと、気になるのは匠なのよね……。教員採用試験、二週間後くらいが二次試験じゃないかしら」

「匠抜きでやる?」

「うーん、それはそれで味気ないわよね」

「祐樹は?」

「聞いて見るしかないわね、二人とも」

「あたし、祐樹に聞いてみる」

「じゃ、あたし匠に聞いてみるわ」

百花と早希は手分けして連絡を取り始めた。


「へ? こっち戻ってこない? ……うーん、それなら仕方ないわね。でも、余裕ができたら、またこっちにも遊びに戻ってきてね」

「……そう……。ごめんね、辛いこと聞いちゃって。匠、どうするつもりでいるの?」

 


「祐樹、あっちで内定が取れたって。なんでも彼女さんの実家とも近いから、結婚を考えてる祐樹としてはそれがいいのかもね」

「匠、今年の試験は一次でダメだったみたい。講師をしながら来年の試験を目指すんだって」

「じゃあ、匠には申し訳ないけど……」

「桜小路会、招集!」

そして、私が知らないうちに、桜小路会が招集されることが決まった。



合格発表の日。

暑さは相変わらずだが、別の意味で立っているだけでふらっと倒れそうな気分になる。

でも、自分で決めた道だ。自分で確かめなくてはいけない。どんな結果だろうとも。

その時。久しぶりに携帯が鳴った。百花からだ。珍しい。何かあったのだろうか。

「もしもし、百花姉様? どうしたの?」

「美咲? 今日合格発表でしょ? 今から美咲の家行くからね、待ってなさいよ。一緒に確認しましょ」

ああ、祐樹の時と同じだ。百花姉様だけなのだろうか?


約二十分後、百花姉様からの電話でドアを開けると、そこに立っていたのは百花に早希、匠、優、麻衣子、そして陽子だった。

「陽子ももう桜小路会メンバーよ」

「さ、行くわよ」

自転車で行く予定だったのが、二台に分乗した車の一台に乗って学校へ向かうこととなった。


ドライバーは百花と優。

私は百花の車の助手席に座らされた。

「みんな、久しぶりだけど、びっくりした……」

「美咲のことだから、学校まで行く途中で倒れちゃわないか心配だったの」

「みんなは?」

「あたしは外資系の企業から内定をいただいたの」百花姉様が言う。

「あたしは美咲のお姉ちゃんの大学の大学院に進学」早希が言う。

「あたしは障害者の方の福祉施設から内定をいただきました」陽子が言う。

「みんな、進路が決まったんだね……」

プレッシャーがかかる。

「優は、自分の勘を頼りに東都経済大学の大学院に進学を決定して、さらにそこで川口先輩と再会すると言うドラマチックなお話。麻衣子は、御勢の附属高校に内定をもらったって。祐樹は、あっちで地元の企業から内定をもらったみたい」

「匠は……?」

「今年の試験はダメだったって。講師をしながら、来年の試験を目指すんだって」

「そうなんだ……」

そんな時に、わざわざ来てもらって申し訳ない。

車は、大学に到着した。


大学の合格発表と同じ場所。

大学の合格とは規模が違うが、全学部修士課程の合格発表がそこで行われる。

優たちも車から降りてきて、私たちと合流した。

「匠」

「どうした、みさみさ」

「ごめんね、辛い時に呼び出しちゃって」

「呼び出したのは百花姉様だ。みさみさは悪くない。俺にも目的があるし」

「へ?」

「智也も、大学院の入学試験を受けてるんだ。ここで待ち合わせしてる」

「そうだったんだ……匠は、大学院に行こうと思わなかったの?」

「それも考えたんだけどな。まず、現場に立ってみたいと思ったから、講師をすることにした」

「美咲、行くよ」

そこに、智也の姿も見えた。


「美咲、受験票は?」

「ある」

「番号は005ね」

「自分で見なさいよ」

「それっ!」

まるで、渉と陽子が高校一年の冬にしてくれたように、桜小路会みんなが私の背中を合格者を貼り出した掲示板に押し出してくれた。

「あった……」

「あったじゃん!」

「よかったね、美咲!」

「合格おめでとう!」

そこには匠の姿がなかった。予想通り智也のそばにいた。二人とも喜んでいる。よかった。

彼らは別の道を選ぶこととなったのだが、あの二人ならきっと大丈夫。そう思えた。


「匠、美咲の合格祝いしようよ」

「おう、ちょっと待っててくれ」

智也に何か話しかけた後、匠はこちらへ合流した。


私の合格祝いとして、そしてみんなのこれからの行く先へのはなむけとして、何時ものファミレスでのんびり語り合う。

ひとまず、家には「合格した」という連絡は入れておいた。相変わらず郵便物は局留めにしているので、大事な郵便は郵便局へ取りに行かなくてはいけない。お母さんが取りに行ってくれる、とのことだった。

渉にもメールで、「無事に御勢学園大学法学研究科修士課程に合格しました。応援してくれて、本当にありがとう」と送っておいた。

夏の昼下がりのエアコンの効いたファミレス、相変わらず人は満員だ。

七人という大人数の席が取れて、久しぶり、そしてさらに陽子を加えた新たなる桜小路会が始まる。


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