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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第四章 「華」
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第十六話「社会部、それから」



研究発表まで、私は久保田先生と指導案の手直し、資料の検討などに追われた。

社会部にも顔を出したかったが、もともと全体で集まることが少ない部なので、顔を出そうにも出す機会がない。

そして一日の授業と反省会が終わったらもうぐったりして家に帰る状態だった。


研究発表を数日後に控えた放課後、実習生の控え室にあてられている部屋のドアを叩く音がする。

部屋には今は私しかいなかった。まあ、そういうことも珍しいことではない。実習生自体が少なく、みんな反省会だ、授業だと出払っていることが多い。私もたまたま控え室に戻っていたくらいだ。

「中村さん、いや、中村先生」

桜小路先生だった。

「桜小路先生」

「実習、大変だろう」

「はい」

「ところで、今週末の金曜に社会部の全体会を行う予定だ。よかったら、顔を出してみないか」

研究発表は木曜日の午後に予定されていた。週末ならば、研究発表も終わっている。そして、金曜で実習も終わりだ。

「わかりました。お邪魔させていただきます」

「研究発表、見学させてもらうからな。楽しみにしているよ」

「はい……」

緊張が高まる。


指導案を研究発表用に清書して大量に準備したり、資料もたくさんコピーしたりとなんだか学会の頃を思い出す。

教壇に立つのに慣れてきた次は、受け持ちのクラスだけでなく他のクラスの子を覚えていかないといけないのが大変だった。

名前と顔を一致させるのが苦手な私にはかなり苦痛だ。

座席表と顔がなかなか一致しない。

一年二組の子でもなかなか覚えきれず、申し訳なかった。


そして迎えた研究発表の日。朝から緊張していた。

本番は午後だ。朝のホームルームで、一年二組の子に「今日の午後、このクラスで公民の授業の研究発表をさせていただきます。皆さんにはご協力をよろしくお願いします」と挨拶しておく。

久保田先生の計らいで、その日は午前中は授業は入っていなかった。午後に向けて最後の準備を行い、あとは気力を蓄えるか、他の先生の授業を見学しよう。

昼は毎日お母さんがお弁当を作ってくれていたが、今日は食べた気がしなかった。食べたらすぐたくさんの先生が私の拙い授業を見学に来られるのだ。


そして、五時間目。いよいよ研究発表が始まった。

最後が詰まる癖があるから、普段より少しペースを上げながら、早く話し過ぎないように、飛ばし過ぎないように。忘れていることはないか確認しながら、自分のできる限りのことをただひたすらやった、という一時間だった。

上手く行ったな、という感じはなかった。

教室にはいろいろな先生が出たり入ったりしている。桜小路先生がいたのがわかったが、気にしている余裕はなかった。


放課後、いつもよりじっくり、でも優しい感じの反省会が行われた。

「中村先生、最初に比べれば随分自分の授業ペースを作れるようになってきましたね。私も最初はハラハラしていましたが、今は少しは安心して見ていられますよ」

「ありがとうございます」

「今日の授業は……」


さて、明日は実習最終日、そして社会部の全体会だ。桜小路先生直々に招待された以上、あの部室に顔を出さない訳にはいかない。

何年ぶりだろうか。あの部室、どうなってるのかな……。


「今日まで二週間、私たち実習生を受け入れて頂いて、ありがとうございました。担当のクラスの生徒たち、先生方、同じ実習生の皆さんから教えられることがたくさんあった2週間でした。これから私たちは自分たちの大学に戻りますが、この経験をこれから教育者となるために活かしていきたいと思います。本当に、ありがとうございました。実習生代表 本多絵梨」

えりえりが最後の職員会議で代表の挨拶をする。えりえりは本当になんでもそつなくこなす子である。

今日は帰りのホームルームで最後の挨拶を行う以外は特に授業をする必要はない。その分、実習日誌を完成させるのが今日一番大変なことかもしれない。

実習後半になるに連れてどんどん日誌を書くのが大変になってきていたが、提出するためには最後まで完成させなくてはいけない。

さらに、放課後には社会部の部室に行かないと……。


結局、その日はほぼ控え室で日誌をまとめて過ごしていた。

そして、放課後。長いようで短かった二週間の実習期間が終わる。最後にホームルームで挨拶をすることが実習のまとめのようなものだ。

「今日まで二週間、皆さんの授業の中に入れて頂いて、ありがとうございました。本当に拙い授業で、皆さんに申し訳なく思います。これからまた私は大学に戻りますが、皆さんの活躍を心から願っています」と言って頭を下げる。

クラス中からの拍手とともに、どこからともなく花束と寄せ書きが私のところに届いた。

「中村先生、お疲れさまでした」の声とともに。

そしてそのまま久保田先生によるホームルームが行われ、二週間の実習期間は終了した。

放課後の社会部の全体会を残して。



実習生のみんなとも最後の挨拶をかわした後、私は社会部の部室へと足を運んだ。

懐かしい、部室のドア。そっと開くと、そこはあの時と同じくらいの人がぎっしりと集まっていた。ソファも、お茶も、あの頃のままだ。

「あっ」

声を上げる子がいる。よく見ると、今日さっきまでの実習期間で担当クラスだった1年2組の子だ。

確か、山口栞という女の子。この子は社会部だったのか。ということは、私の後輩か。まあ、一年生は正式入部ではないはずだが。

「中村先生!」

「山口さん」

「もしかして……中村先生も社会部だったりされたんですか?」

「ええ、そうよ」

「わあ、先生が先輩だったんだ!」

「おーい、全体会始めるぞ」

今の部長は男の子のようだ。桜小路先生も現れた。


今日の全体会の議題はこの時期のお約束、桜小路先生の学会発表テーマの決定と共同研究者の指名だった。

今年の桜小路先生の学会発表テーマは「浮世絵に見る文化の世界への広がり」、共同研究者として三年生の女の子二人と二年生の男の子の指名、そして「私は今回の学会でシンポジウムのパネリストとして指名されている。そちらの原稿も書く必要があるが、これは完全に私の仕事だ。だから、今回の学会発表は私の関与を少なくしてみようと思う。これまでも生徒主導の発表にするためにいろいろと考慮してきた。今年は、指名した三人で発表できるようなものにしてみたい。もちろん、私の手から完全に離すというわけではない」

毎年のことなのだろう。どこからともなく拍手がわき起こってきた。今年は桜小路先生にも向けられているような気がした。


全体会が解散した後、桜小路先生は書き掛けの論文案を共同研究者3人に渡した後、私を社会科準備室に招待してくれた。

「失礼します」

社会科準備室もあの頃と変わっていない。

「中村先生、実習お疲れさま。どうだったかい、実際に2週間という期間でも教えるという経験をすることは」

「やはり、一言で言うと大変でした。教えることの難しさを感じました」

「まあ、教えるということはそう簡単にはいかないからね。福田さんも同じことを言っていたよ」

「麻衣子も!」

「ああ、去年の秋にな。でも彼女は本気でこの道に進む気があるんだから、私も厳しく指導したよ」

「担当教官だったんですね」

「そうだ。よくついてきてくれたよ」

「私の知っている方で、ここに来られたりことがあるんですか?」

「そうだな、さっきの福田さんは実習生として来たから別だと思うが、最近だったら、ええと、年度末ごろに川崎さんが進路相談に来たな」

「川崎先輩が」

「ああ、大学院に合格したが就職した方がいいのか、とな。私は自分のやりたいことをやれとしか言えなかったよ。何のために大学院を受けたのか、なぜ就職を考えるのか、そういうところを考えて行けば、自分のやりたいことは見つかるはずだとね」

「そしたら、川崎先輩は……?」

「大学院にそのまま進学した、と聞いた。やりたいことがその先にあるから、と言っていた」

「そうだったんですね」

「で、中村先生、いや、もう中村さんでいいかな、志望はやはり変わっていないのか? よく教育実習に来たな」

「教育実習も志望の一環だと思っています」

「その一途さも変わっていないな。大学院の入学試験対策はしているのか?」

「はい。今は実習に全力を注いでいますけれど」

「実習も終わったんだ、入試対策も怠らないようにな。大学入試を受けていないから、大きな試験は高校一年の転入試験以来だろう」

「そうなんですよね。今から緊張しています」

「おいおい、今から緊張してたら本番で倒れてしまうぞ。体調管理もしっかりしないといけないからな、あなたは」

「十分承知の上です」

「じゃあ、私は職員室へ戻る。中村先生も、あまり遅くならないうちに帰った方がいい。今日は、特に疲れているだろうし」

「そうですね、今日は久しぶりに社会部の部室に来ることができてよかったです。ありがとうございました」

「また何かあったら、いつでも来るといい。私はここにいる」

そして、私は二週間お世話になった御勢学園大学教育学部附属高等学校を後にした。



数日後、うんうん悩みながらようやく書き上げた実習日誌を提出し、晴れて実習が終了した。まあ、教育実習の単位が取得できればの話だが。

久しぶりの大学のキャンパスはすっかり初夏の雰囲気を帯びていた。

私は大学院の入学試験対策を本格的に再開し始めた。


その頃、大学のホームページに大学院の夏入試の日程が発表され、目標がはっきりして来た。

ただひたすら勉強するのみ。周りを見る余裕すらもなかった。


数少ない四年生前期の試験を受けるために大学に行く頃、「内定が出そう」という声があちこちからちらほら聞こえ始めた。

ぶれない、ぶれない。自分の目標はそこじゃないから。あと少し先にあるから。


そして、立っているだけで倒れそうな暑い夏の日。

夏の大学院修士課程入学試験が実施される。


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