第五話 「夢」
「学ぶを知る。」
御勢学院大学の教育方針はこの一言にまとめられていた。
学部は文学部、法学部、教育学部、経済学部、理学部、工学部がある。さらにそれぞれの学部に大学院、法科大学院の項目もあった。
「ええと、高校のことを調べるのが先だよね」
教育学部附属高等学校のリンクを開いてみる。「学ぶを知る」という教育方針を、高校から実施しているという。
「二年から文理分けならうちの学校と一緒だな」
「二年からは徹底的な個別の希望進路別の指導か……」
気になったのは、「部活動」という項目だった。
「当校の部活動は、大学進学後を見据え、自ら興味を見出し、それを研究していくというゼミ形式の部活動です」
「当校で研究を積み重ねたテーマを大学、もしくはそれ以降の学問で究めた卒業生も数多くおり、内部進学以外の卒業生においても、研究テーマとして役に立ったとの声がたくさん寄せられております」
普通、部活動といえば、運動部でいえば野球部、サッカー部、渉の所属する水泳部、文化部でいえば吹奏楽部、合唱部などが考えられるが、この学校ではそうではないらしい。本当に大学の研究を先取りすることで、「学ぶを知る。」を実践しているようだ。
「ええと、入試……と」
「一年次入学試験 30名(予定)」
「二年次転入試験 若干名(予定) 転入試験の実施に関しましては当ページにおきまして随時情報を更新いたします」
「試験内容 一年次入学試験 国語、数学、英語、理科、社会、面接
二年次転入試験(昨年実施分) 国語、数学、英語、理科、社会、面接(志望科目に傾斜配点あり)
過去の出題問題を当校事務室で販売しております」
若干名……っていうと、二、三人ぐらいってことか……一体何人ぐらいが受験するかわからないけど、絶対杉谷の入試より厳しい倍率だよね……。やっぱり、全科目試験があるよね……傾斜配点か……
去年、いや二年前に戻った気分だった。一度くぐり抜けた関門を、再び、さらに厳しい門をくぐるのか。
そういうことを考えていると、また部屋の扉がノックされた。今度は穏やかな音だ。
「美咲、どう?」
「お姉ちゃん、ここ、なんかすごいよ」
「そりゃ、あの御勢学園大附属だもん。県立とは違うわよ。なんか興味あることあった?」
「部活がすごそう」
「見せて」
姉がタブレット端末を取り上げて、一通りページを見ている。さらに、大学や中学校のページまで見ているようだ。
「へぇ。こんな感じなのね、御勢学院大って。うまく行けば幼稚園から大学まで御勢って子もいるわけね。でも、内部進学率があまり高くないのね。ほら」
そこには御勢学院大学教育学部附属高等学校の生徒の出身中学校の割合のグラフが示されていた。確かに、よく見ると附属中学校からの内部進学率は五、六割程度だ。
「やっぱり県立高校受けたいとか思うのかしら。御勢学園大には医学部ないし、医学部推薦狙いとかだったら県立の方が有利とか考えるのかな」
医学部の推薦を経験した優子ならではの考え方だろう。さらに優子お姉ちゃんは続ける。
「でも、御勢は大学院って全部博士課程まであるのね!普通、特に文系は修士課程までっていう大学が多いのに。美咲、研究者になりたいっていうんだったらもってこいの環境じゃないの?」
私は、研究者になりたいのかな……?
「最近の就職活動とかのニュースは見てるでしょ? 私もだけど、美咲はどうも一つのことに打ち込む方が向いてる気がするのよね。大学に入って卒業しても、どこかの会社に入れる保証はない世の中だし、美咲が興味を持ってることをしっかり勉強できるところっていいんじゃない?」
そうか、興味があることをしっかり勉強できるのはいいことだよね……。
「とりあえず、お父さんとお母さんに話してみない?二者面談の結果も見せてさ。まずは、自分が何をやりたいかを、しっかりアピールしてみなよ。あたしだってそうしたんだし、どれだけだって援護射撃するよ」
逆に私が撃たれるような気がしなくもなかったが、とりあえず話す決心はついた。あとは、いつ、どこで話すか……。
夕方。週末は四人、もしくは渉がいて五人で過ごすことが多いが、今夜は四人だ。
テレビのニュースが終わったその途端、優子が切り出した。
「美咲がね、話があるらしいよ」
ビクッ! という言葉が最も似合う瞬間だった。
「何、美咲、どうしたの?」
「珍しいな、美咲が相談って」
あとは、今日の話を切り出すだけ……私は一つ、息を吸って話し出した。
「……そう。あなたのやりたいことがあなた自身の口から聞くことができたのはちょっと安心したわ。ああいうこともあったし、しばらく何も考えられない状態だったから。でも、わざわざ今高校から御勢附属に転入しなくても、今の杉谷から御勢学園大学に行く方法はあるんじゃないの?」
「美咲、模試の成績見せた?」
模試の成績を見せる。父親も母親も、いろいろな意味で目を丸くしていた。
「この成績で、御勢学園大学教育学部附属高校に転入どころか、大学自体にも受かるのか?」
父親の言葉が痛い。
「だからこそよ!」待っていた援護射撃が、ある意味自分にも痛い援護射撃が飛んできた。
「今転入試験に成功すれば、御勢学園大学への内部進学という手があるのよ! この成績でセンター試験受けて二次で国公立を狙うより、よほど確実じゃない」
「じゃあ、御勢学園大附属に確実に転入できる手はあるのか?」
「あたしが家庭教師連れてくる。御勢学園大の法学部生が高校の同級生だったから、頼んでみる」
「やけに優子は美咲の肩持つのね。何かあったの?」
「あたしの経験に基づいたアドバイスよ。美咲はあたしとは違う興味を持つ子だけど、きっと一つのことを続けることで花が咲くと思う。だから」
「美咲、お姉ちゃんがここまで言ってるけど、覚悟はできてるの?
もし御勢学園大附属に転入するってなったら、今からが一番大変よ。中途半端な覚悟なら、やめておきなさい。せっかく、杉谷っていう県立高校に受かったんだし」
「覚悟なら、してる。生活が変わるのも、自分のやりたいことのためなら」
「そう……じゃあ、準備だけはしてみなさい。優子、あなたも自分の発言には責任を持つのよ。ちゃんと家庭教師を探してきなさいね」
「もちろんよ!」
早速、優子お姉ちゃんはメールを打ち出した。
生活が変わる。覚悟している口にはしてみたが、改めて考えると怖くなった。
渉と会えなくなるのかな、というのがまず頭に浮かんだ。
自分の部屋に戻り、渉に電話してみることにした。
「そろそろ電話がかかってくる頃だろうと思ったよ。あの話、親にしたのか。よく話せたな。えらいぞ。」
「やっぱり、これから環境が変わっちゃうと、渉とも会えなくなるの?」
「そりゃあ、お前が必死で勉強したり、学校が変わったりしたら、これまでみたいに簡単に会えなくなるかもな。でも、お前はいつまでも俺の彼女だし、俺はいつまでもお前の彼氏だ。それを忘れるなよ。
それに、こんな近くに住んでるんだから、ちょっと会いたい時には連絡くれれば、いつでも会いに行く」
「わかった、ありがとう」
「今日は今から遊びにいくにはちょっと遅い時間だな。今日は遊びに行くのはやめるよ。また会って、今日の話のこと教えてくれよな」
「うん。そうだね。じゃあ、またね」
「おう、おやすみ」
「おやすみ」
そして、それから、私の生活は思った以上に変化を見せる……