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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第四章 「華」
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第十一話「胡蝶蘭」



私たちの後期試験は無事に終了した。そして、春休みが始まり、いよいよ優子お姉ちゃんの国家試験がやってきた。


試験の前日には優子お姉ちゃんも家に帰ってきた。圭太さんも実家に帰っているそうだ。

大事な試験だからピリピリしてるのかな、と思っていたが、思ったほどではない。

「だって、もうやるべきことはやってきたんだもん。あとは、とにかく自分を信じて、やるしかないのよ」

優子お姉ちゃんもお母さんのようなことを言っているな、と思う。

お母さんも、私の試験の前には決まって「美咲はやるだけのことはしっかりやったんだから。自分を信じて、行ってきなさい」と声をかけてくれた。

優子お姉ちゃんは鈴と小鈴を膝に乗せ、「あったか~い、鈴~小鈴~」とリラックスしている。

二匹ともゴロゴロとのどを鳴らしながら優子お姉ちゃんに甘えている。嬉しそうだ。

優子お姉ちゃんはベッドに寝転がると、鈴と小鈴をベッドに上げ、テキストか過去問らしいものを取り出して読み始めた。

私はそっと部屋を出た。


お母さんは縁起担ぎにカツを揚げている。今日はトンカツのようだ。

私もどんどん揚がって行くカツを食べやすい大きさに切って行った。

随分たくさん出来上がったところで、「いい匂い! カツ?」と優子お姉ちゃんが現れた。

「縁起担ぎよ」

「いっぱいあるよ」

「わあ、本当にいっぱいある! 嬉しい!」

「優子はカツ丼好きだったわよね」

そういえば、そうだ。優子お姉ちゃんはカツ丼が大好きだ。

丼物が好きな優子お姉ちゃんだが、その中でもカツ丼が一番好きだったのを覚えている。

ただ、「カツ丼だと重いしな」という時には親子丼や玉子丼など、あまり重くない丼を好んで食べていた。

「ただいま、おお、優子!」

「おかえり、お父さん」

「どうした、って……試験か」

「うん、試験会場はうちの方が近いから」

「いよいよだな」

「お父さんも食べて。美咲と二人でたくさん作ったから」

こうして、試験前日の夕食を家族四人で過ごした。


その後、私の成人式の写真を見ながら、優子お姉ちゃんは「わあ、すごい美咲! きれいに撮ってもらったのね。あたし、成人式は普通の写真しか撮ってないから、ちょっと羨ましいー」と感心していた。

「よかったね、美咲。本当に」

「うん、よかったと思う」

「こうして成人式迎えられるか、心配してたんだから」

「無事に、成人しました」

お互い笑い合う。


「美咲」

「お姉ちゃん?」

「ちょっといい?」

「いいけど……明日早くない? 大丈夫?」

「緊張しちゃった。こういう時は、美咲と話すのが一番いいと思ったから」

「私でよかったら、いいよ」

私には医学知識などほぼない。今はその方が緊張している優子お姉ちゃんにとってはいいのかもしれない。

「いろんな試験受けてきたけど、美咲が「絶対大丈夫」って言ってくれると自信がついてきたんだよね。あたしの高校受験の頃なんて、まだ美咲は小学生でしょ? 高校受験の実感もなかったと思うのね。それでも、美咲が「絶対大丈夫」って言ってくれたから、私自信持って試験に行けた」

「お姉ちゃん、今年はクリスマスもお正月もなく勉強してたんでしょ? その努力が報われないわけないと思う。やっぱり、がんばったことはがんばった分だけ還ってくると思うよ。お姉ちゃんなら絶対大丈夫だから。私、信じてる」

「ありがとう、美咲。この一年はあんまり美咲ともゆっくり話せなかったから……」

「いいの。そういう年もあると思うから。まあ、お姉ちゃんが圭太さんと結婚しちゃったら、なおさら話す機会減っちゃうかもだけど」

「それより、仕事で忙しくなるわ」

「でも、優子お姉ちゃんはずっと私の大好きなお姉ちゃんだよ」

「ありがとう、美咲。夜にごめんね。明日、がんばってくるからね」

そう言って優子お姉ちゃんは部屋に戻って行った。私も寝室へ向かった。


翌朝。優子お姉ちゃんはスッキリした顔で朝食を食べていた。

「おはよう、優子お姉ちゃん。昨日はよく眠れた?」

「おはよう、美咲。バッチリよ」

会場は一番近いところでは隣街にしかないようだ。それでも、全国で限られた会場でしか試験は実施されないとのことだ。

「美咲、お守りありがとう。ずっと大事にしてた」

「渉と選んだやつね」お正月になんとか二人で時間を合わせて、いつもの近くの神社で選んだ合格祈願のお守りをお姉ちゃんに送っていた。

「今日から三日間、精一杯頑張ってくる。行ってくるね」

そう言って、優子お姉ちゃんは家を出た。


これから丸三日、試験が続く。私も緊張している。

渉からも昨日の夜にメールが届いていた。

「優子お姉ちゃん、明日から試験なんだろ? 俺たちも、先輩の応援してきたからさ」

「うん、家に帰って、今は鈴と小鈴と遊んでるけど、緊張してる感じ」

「そりゃそうだよな、一大試験だもんな」

「だから、三日間は試験関係の話は何もしないようにしようと思ってる」

「そうだな、きっとピリピリしてるだろうからな」

「渉も、心の中で応援してあげていてね。きっと、お姉ちゃん喜ぶから」

「もちろんそのつもりだ」

渉も、あと四年後には同じ道を通る。先に通る優子お姉ちゃんに自分の姿を重ねているのだろうか。


それから三日間、優子お姉ちゃんは帰ってきては翌日の科目の総確認をし、ご飯を食べ、眠るという生活を繰り返した。

ただ、そのそばにはずっと鈴と小鈴が付き添っていた。


「ただいま!」

試験最終日の夕方。翌日までは家にいるということだったので、優子お姉ちゃんは久しぶりに晴れ晴れとした顔をして帰ってきた。

「おかえり、優子。疲れたでしょ」

「三日間緊張しっ放しだったー。ごめん、しばらく寝てていい?」

「いいわよ、寝てなさい。起きて来たい時に起きてくればいいし、あまり遅いようなら起こしに行くから」

「お疲れ様、優子お姉ちゃん」

「ありがとう、美咲。でも、疲れがピーク。ちょっと寝かせて」

「うん、寝れるときに寝てた方がいいよ」

そうして、優子お姉ちゃんが起きてきたのは夜更けに近い時間だった。あまりに起きてこないので心配してお母さんが起こしに行っていた。


「もう帰るの?」

翌朝、食卓にて。

「うん、まだあっちでやることもあるし」

「また圭太さんと顔出しなさいね」

「はーい」

やっぱり、優子お姉ちゃん、結婚するのかな。

今まで聞いてきた話が、いよいよ現実化するのか。

優子お姉ちゃんは来た時とは対照的に、明るい顔でマンションへ戻って行った。


私たちの後期の試験結果も発表され、今回もなんとか単位を落とすことなく乗り切れた。

春休み。桜小路会のみんな、元気かな。

さくらちゃんとも冬に会って以来だ。

この四月には大学三年生。そろそろ就職活動あたりが気にかかり始める。

必修科目も大抵取り終わり、あとは選択科目にゼミと残っている教職科目、それに教員免許を取得するならば教育実習。

私たちのような教育学部以外の教職科目選択者の教育実習は四年の初夏だと言われている。

私にとってこれから大事なのはゼミだろうな、と思う。

これから矢川ゼミで二年間、いや四年間、もしくはそれ以上お世話になる可能性があるのだ。

お世話になれるように、大学院修士課程の入学試験対策も始めなければ。



一ヶ月なんてあっという間だった。

明日、合格発表だから、と優子お姉ちゃんから連絡があった。

自分でも確認するけどとは言っていたが、私たちも家から確認できるように番号を聞き出した。

「緊張するよ、本当に。試験以上に緊張する」

「そういうものだよ、私もそうだったもん」

「圭太さんは?」

「同じ。むしろ、あたし以上に緊張してるかも」

祐樹の合格発表の時を思い出し、それ以上の人数がアクセスするだろうなと予想される。

気合いだ。繋がるまで何度もやるしかない。

あの合格発表からもう二年か、と思い、時間が経つのなんてあっという間だな、と思う。


翌朝。私は自分の部屋のネット環境のパソコンの前に正座して時間が来るのを待っていた。

優子お姉ちゃんなら絶対大丈夫、絶対大丈夫……と言い聞かせながら。

時間だ。一斉にアクセスが始まったのだろう。なかなかページが開かない。

優子お姉ちゃんの受けた場所での番号を探す。

……。 ……。……。ある、ある? あった! あった!

「お母さーん、あったよー!」

「優子の番号、あったの?」

「あった! 聞き間違ってなければ、間違いなくあった!」

「よかった……」

お母さんは安心してか、崩れてしまいそうだった。

渉にも電話しておこう。出られるかどうかはわからないが。

呼び出し音が二、三度鳴った後、渉が電話に出た。

「もしもし、美咲か?」

「うん、今大丈夫?」

「ああ、今先輩たちの合格祝い会場だけどな」

「お姉ちゃん、受かったよ!」

「やった! よかった、本当によかった……明日あたり、美咲の家に行こうと思ってるけど、家いるか?」

「明日ね、夜ならバイトないから大丈夫だと思うよ」

「まさか、あの圭太さんと鉢合わせになるとか……」

「うーん、一昨年のクリスマスのことがあるから絶対それはないとは言えないと思うけど、多分大丈夫だと思う」

「俺らで、お祝いしよう、優子お姉ちゃんを」

「そうだね」


しかし、事態というものはやはり急展開するものである。

「お父さん、お母さん、美咲、私も圭太も晴れて医師国家試験合格しました!」

優子お姉ちゃんがその日の午後に家にやってきた。圭太さんと一緒に。

「そして、約束通り、圭太と籍を入れようと思います」

「優子、圭太さん、合格おめでとう。それはいいけど、形はどうするつもり?」

「うーん、式を挙げる時間はしばらく取れそうに無いから、まずは籍を入れるだけ。時間が取れたら、式を挙げようかと考えるけど」

「それだけでは申し訳ないので、うちの両親がぜひ一度食事会でもと申しております。ご都合の良い日程など、ございますでしょうか?」圭太さんが続けるように言う。

「それは急いだ方がいいのかい?」お父さんが言う。

「そうですね、卒業式より前の方がいいかと思っています」

「そうだな、人事異動があると卒業式後になると大変だしな」

お父さんは来年はかなり確実に学校に戻ることができるようだ。とはいえ、建前は「四月一日まで分からない」である。

「私は、特に予定はないですから、圭太さんのご両親のご都合に合わせられて……」

「そうだな、できれば卒業式に近くない位がいい、くらいかな」

「ありがとうございます。私の両親にも伝えておきます」


渉にも伝えておかないとな。優子お姉ちゃんが、とうとう結婚するって。

やっぱり、がっかりするかな。それとも、喜んでくれるかな。

私はもう一度渉に電話をした。

「もしもし?」

「美咲か、どうした?」

「今日お姉ちゃんが家に来て、合格の報告と、入籍するつもりっていう報告して行った」

「……そうか。彼氏さんも、合格したんだな」

「うん。だから、約束通り籍を入れるって」

「式は挙げないって?」

「まだ。時間が取れたらって言ってるけど」

「美咲、後四年、待てるか?」

「何を?」

「俺、先輩たちとか、優子姉ちゃん達見て、決意を新たにしたんだ。四年後、俺、絶対一発で試験に受かって、美咲を迎えに行くって。美咲もまだ大学に残ってるかもしれないけどな」

「待つも何も、ずっと私は渉と一緒にいるつもりだよ。確かに四年後以降も、大学にいるかもしれないけどね」

「ありがとう。俺、頑張る。とりあえず、明日、美咲の家に行くよ。作戦は変わるけど、祝う気持ちに変わりはないもんな」

渉は複雑な心境ながらも、優子お姉ちゃんの結婚を祝福してくれているらしい。そして、あと四年待ってくれって……。

急に顔が赤くなるのがわかった。


圭太さんのご両親との顔合わせは二週間後となった。

結納という形ではなく、本当に食事会のようだ。本人同士のたっての希望らしい。

圭太さんにはお兄さんがいらっしゃるようで、もちろんお医者さんだそうだ。

お医者さん一家だ。ちょっと圧倒されてしまう。

そういえば、渉の家もお医者さん一家だ。すっかり忘れてしまっていた。おじいちゃんも、お父さんも、お母さんも医療関係者だ。

背中に冷や汗が走るが、それを実感するのはまだ先でいいや、と自分に言い聞かせる。

昼の一時。渉が来ると連絡していた時間だ。

携帯が鳴る。渉からだ。

「家の前着いたぞ」

ドアを開けると、ちょっと緊張した表情の渉がいた。

「いらっしゃい。上がって、上がって」

「お邪魔します」

いつものように自分の部屋へ向かう。

私の部屋に着いたところで、

「さて、作戦会議だ」

まるで小学生の時のような笑顔で、渉は話し始めた。

「最初は合格祝いだけだと考えていたけど、一緒に結婚祝いもしないとな。何がいいんだろうな、こういう時」

「うーん、とりあえず卒業してから籍を入れるって言ってたから、今月末だろうね」

「お揃いのものか?」

「それでもいいね」

「俺らだったら、何が嬉しい?」

「何か、記念になるようなものがいいかもね。あと、すごく印象に残るようなものとか」

「出かけるか、贈り物探しに」

「うん」

そうして、渉の運転で隣街まで出かけることとした。


「私の知ってるところで、すごく豪華な花束を作ってくれるお店があるんだ」

「近くでか?」

「うん、よく高校の時に使ってた」

「どのくらいだ?」

「四千円いかないくらいで、大の大人が持ちきれないくらいの花束を作ってくれる」

「うーん、そうなると、一万とか出したら……」

「お祝いの花輪とかできるかもね」

「胡蝶蘭とかいけるな」

「花、いいな。色々な意味でお祝いにはもってこいの贈り物だ。合格祝い、卒業祝い、結婚祝い」

「私、お店に聞いてみるね。いくらぐらいでどんな花束ができるかとか、こんなお祝いだけどどんな花がいいかとか」

「ああ、頼んだ」

そして車は隣街へと向かう。


「こんなのどう?」

「ああ、ウエディングドールっていうやつか。へえ、洋装と和装があるんだ」

「ちょっと可愛すぎるかもしれないけど、結婚祝いにはこれが一番じゃないかなと思ったんだ」

「そうだな、結婚祝いじゃないとこれは贈れないし、もらえないもんな。記念って意味ではピッタリじゃないか?」

そうして、和装のウエディングドールを購入し、ラッピングしてもらった。

「絶対和装が可愛かった!」

「そ、そうか……それはもう、美咲のセンスに任せる……俺には、はっきり言ってよく分からない……」

押し切った形にはなったが、二人で折半して費用を出した。あとは、花の手配だ。



「麻衣子、高校の時に使ってたお花屋さんってまだある?」

突然の電話で麻衣子も驚いたようだったが、「えーと、桜小路先生に渡した時に使った花屋?」

「うん、そこ」

「なくなったって話は聞かないけど……」

「電話番号か、お店の名前わかる?」

「ええとね、里中花店っていう店。番号はね……」

「ありがとう、麻衣子」

「どうしたの? そういえば、美咲のお姉さん、今年卒業だっけ? ってことは、国家試験合格したの?」

「うん」

「おめでとう! すごーい、お医者さんだ!」

「これからが大変らしいんだけどね」

「だから花でお祝いってわけね。もしや、結婚祝いも兼ねて?」

鋭い、麻衣子。

「う、うん……」

「ならなおさら! いい花選んで、精一杯お祝いしてあげな! めでたい!」

「ありがとう、麻衣子。伝えておくね」

「お幸せにね、ってね」


そして花屋との交渉に入った。

お祝いならば、やはり胡蝶蘭がいいとのこと。

「そうだね、今ある分なら、一万円でいいよ。なかなか大振りの花つきだから、お祝いにはもってこいだと思うよ」

「実物、見れますか?」

「ああ、とっておくからいつでも見においで。でも、花も生き物だから、なるだけ早めに贈った方がいいだろうね」

「わかりました。明日にでも実物を見せていただいて、それからお願いすると思います」

「分かった。待ってるからね」


里中花店は御勢学園大学附属中学校の近くにあった。

附属中に行くことはこれまでほとんどなかったため、全く知らなかった。

「昨日の電話のお姉さんだね。あれが昨日電話で話していた胡蝶蘭だよ。どうだい、なかなかいい花付きしているだろう」

確かに。値段の割には、花も大きいし、イメージしていた胡蝶蘭よりはるかに全体的に大きかった。

「これで1万でいいんですか?」

「御勢学園の関係の方にはよくしていただいているからね。お嬢さんも、関係者じゃないのかい?」

「ええ、まあ……」

「じゃあ問題ないよ。配送料も込めて一万、これでどうだい?」

ここまで言われたらもう引き下がれない。とりあえず、両家顔合わせの日にうちに届くようにお願いした。


「そうか、御勢学園関係者御用達の花屋だったのか……」

渉に今日のことを報告する。

「うん、私も友達に聞いて知った花屋だから」

「だから、普通なら三万とか五万とかしそうな胡蝶蘭を一万でいいって言うんだな」

「とりあえず、二週間後にうちに届くようにした」

「さすがに俺は同席しないぞ、実の弟じゃないし」

「そりゃあ、ね。仕方ないよ」

「でも、二人で花とプレゼント、渡したいな」

「じゃあ、何とかする。どうにかセッティングするよ。だから、二週間後の日曜は渉も予定空けといて」

「分かった」


そして、両家顔合わせの日。

お父さんの計らいで、かなり高級な料亭で食事会が行われた。

優子お姉ちゃんも、圭太さんもガチガチだ。

私はその後に渉とともに花とプレゼントを渡す手順を頭の中で必死で考えていた。


料亭から家に帰り、お茶でもという話になった。

チャンスだ。私はそっと渉へメールを送る。

花は昼間に家に届いていた。プレゼントは私の部屋に置いてある。

あとは、私と渉が合流して、これを二人に渡し、お祝いの言葉を言えれば大成功だ。

二家族分の車はそっと私の家に着いた。渉は家のそばで待っていた。

渉にはもうしばらく待っていてもらうことになるが、仕方が無い。

台所でお茶を入れているお母さんにこの話をすると、「音立てないように、渉くんを台所へ連れておいで」と言われた。

玄関の外で待っていた渉をそっと台所へ招き入れる。その間にお母さんが圭太さんのご家族にお茶やお菓子を出している。

「美咲、花はあるのか?」

「ある。プレゼントも用意してる」

渉を玄関から招き入れる時に自分の部屋に寄って取ってきていた。

「どのタイミングで行けばいいんだ?」

「それなんだよね……」

大問題のそのタイミングをつかみかねていた。

「妹のお前が奥に引っ込んでばかりっていうのも、まずいだろ?」

「確かに……とりあえず、偵察に行ってくる」

場は、お茶菓子でほんわりと盛り上がった感じだった。

圭太さんのご家族も緊張していたのだろう。ほっとした感じがうかがえる。

「あら、もうこんな時間、そろそろおいとましないと」

「そうだな、随分長居してしまった」

「圭太、どうするんだ、今日は」

「うーん、マンションに帰るかな」

「じゃあ、私たち、お暇いたします。今日は本当に、いい顔合わせになりまして……これからも、圭太をよろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ、優子をどうぞよろしくお願いいたします」

今だ。応接間に花とプレゼントを用意して、マンションに帰る優子お姉ちゃんと圭太さんを呼び止めよう。

「お姉ちゃん、圭太さん」

「美咲……渉!」

「お邪魔してました」

「びっくりしたー! いるなら入ってくればいいのに」

「いや、今日は俺は部外者です。でも、どうしても渡したいものがあって」

私たちは二人で大きな胡蝶蘭とウエディングドールを二人に渡す。

「優子お姉ちゃん、合格、卒業、そして結婚、おめでとう。これ、私たち二人から」

「何これ! あんたたち、一体いくら使ったの?」

「高くなかったよ、本当に」

「もう、こんなことに気使わなくていいのに……」優子お姉ちゃんは涙声になって行く。

「優子お姉ちゃん、合格、ご卒業、ご結婚おめでとうございます。俺も、美咲を幸せにできるように頑張ります。優子お姉ちゃんも、精一杯、幸せになってください……」

「美咲のこと、あんたに任せたわよ、渉……」

「ありがとうございます。この花、よければこのまま持ち帰っていいですか?」

「もちろん、そのための花です」

優子お姉ちゃんは泣き止まない。

「二人のお気持ち、しっかりと受け止めました。俺が、責任を持って、優子さんを幸せにします。本当に、この時間まで、わざわざ待っていて下さって、ありがとうございました……」

深々と頭を下げる圭太さん。優子お姉ちゃんも一緒に頭を下げる。

そして、私たちの贈った花とプレゼントを持って、二人はマンションへ帰って行った。



そしてその一週間後、優子お姉ちゃんの大学の卒業式が行われた後、優子お姉ちゃんは戸籍上は中村優子から高橋優子となった。

新居は圭太さんの住んでいたマンションに二人で住むらしい。

優子お姉ちゃんと圭太さんに幸あれ、心からそう願った。


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