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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第四章 「華」
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第十話「特別な、冬」



秋から冬にかけては、響たち管弦楽団との第九の合同練習で忙しくなる。

今年も冬に向けて、管弦楽団との合同練習が日々行われた。

今年のコンサートマスターは去年とは違うようだが、男性のようだ。

響も、「やっぱり定期演奏会も、第九の演奏会も三年生が中心みたい」と言っていた。

とはいえ、虎視眈々とコンサートミストレスを狙う響。去年も今年もきちんと第一バイオリンの席にいる。

本当に、来年はコンミスの響を見られるのではないだろうか。



二度目の第九の舞台の幕が開く。

今年のチケットは去年通りお父さんとお母さん、渉に渡して、あと二枚は有沙と和菜に渡した。

優子お姉ちゃんと圭太さんは今一番大事な時期だ。今年は郵送も控えておいた。

響は来年の同じ行政法のゼミの子に名刺がわりに渡していったようだ。しっかりしている。

スカートもブラウスもサイズが変わっておらず、ほっとした。

去年は緊張と照明の熱さにやられっぱなしだったが、今年は自分が舞台に立ち、歌っているという実感を持つことができた。

流石に誰がどこにいるかということまではわからないが、去年よりは冷静でいられたと思う。

打ち上げの飲み会を軽くかわして帰宅すると、家にいたのはお父さんとお母さん、そして渉だった。

「今日すき焼きするんだけど、渉くんも一緒にどう? って今日の演奏会の時に誘っておいたのよ」お母さんが仕掛けたらしい。

「ああ、どうせ今日は父親は出張だし、母親も同窓会で出かけてるんだ。家に帰っても飯がないんだよな」渉も乗ったようだ。

「だからよ。二回目の第九、お疲れ様でした」

「去年より良かったぞ。いい声出てた」

「ありがとう、わあ、すごいお肉だ!」

「いっぱいどうぞ」

去年のクリスマス以来だろうか、四人で食卓を囲んだ。



その反動だろうか、クリスマスの頃は非常に全員が忙しくなった。

私はプレゼミということで桜小路先生に出していたようなレポートの提出が冬休みの間に矢川先生から課せられており、渉もとうとう実習が入りだしたようだ。

そして、お父さんも学校に戻ることができるかもしれないという話があり、仕事を引き継ぐために今の仕事を進められるだけ進めておかなくては、ということで帰りが遅くなることも多かった。

優子お姉ちゃんは試験まで約三ヶ月。もう、いろいろ言っている場合ではない。ただひたすら、勉強するのみだろう。

お母さんもそんなみんなの状況を見て、昔の趣味だったという楽器のレッスンに行き始めたのだそうだ。

「私もね、昔は吹奏楽部員だったのよ」お母さんが、ある日の夕食時に話し出す。

「へぇー、優子お姉ちゃんと一緒じゃん」

「お姉ちゃんが吹奏楽やり出したのも私の楽器で遊んでたのがあったのかしら」

「って、うちに楽器があったの?」

「お姉ちゃんにあげたわ。自分の楽器が欲しいっていうから、これで我慢しなさいって。今、優子は楽器どころじゃないでしょ? その間だけ、私が借りちゃおうかなって」

「もともと、お母さんのものだったんでしょ?」

「でも、優子にあげたんだから」

そうして、お母さんのフルートの練習が始まった。


「クリスマスだなあ……」

去年は優子お姉ちゃんと圭太さんの突然の来訪に驚いたが、今年はそういう時間もないだろう。

渉もうちに来れるのだろうか。まだ実家から通ってはいるようだが。

そんな時だ。

「美咲ちゃん、暇スマス?」

そんなメールが届いた。さくらからだ。

「うん、まあ……」

「じゃあ決まり。クリスマスパーティーね。あたしと匠と智也と四人で。いつがいい? いきなり二十四日?」

これには悩んだ。流石に二十四日は困るかもしれない。まず、さくらなら、二十四日はあの二人を二人っきりにさせてあげたいのでは?

「二十四日以外がいいかも」

「じゃあ、二十三か二十五ね。あの二人にも聞いてから、またメールするわ」

突風のようなメールだった。


お母さんのフルートのたどたどしい音色が響く家の中で、私はレポート作成に追われる日々。

そして、クリスマス直前。

「美咲ちゃん、二十五日大丈夫?」さくらからのメールだ。

たぶんバイトは二十五日は昼間に入っていたと思う。夕方からだったら問題ない。

「昼間にバイトがあるから、それからだったらいいよ」

「匠も智也も二十五日なら大丈夫だってさ。美咲ちゃんも訳アリなんでしょ?」

確かに一言で言ってしまえば訳アリだ。

「二十四日にパーティーできないなら、二十五日にすればいいのよ。教育学部の学生控え室使えるから、美咲ちゃんは午後五時半に正門のところで待ってて。あたしが迎えに来る」

「了解しました」


そして迎えた二十四日。今年はお父さんの帰りが遅く、渉も帰りが遅そうだということで、二人でささやかにクリスマスとした。

渉には帰り次第うちにおいでよとは伝えてあるが、何時ごろになるかはっきりとは言えないようだ。

チキンも今年はあまりたくさんは買ってきていない。食べるのは二人、良くて三人。お父さんが深夜に帰ってきてチキンを食べていると健康にも良くなさそうだ。

渉から連絡があったのは夜十時ごろ。「今から帰るところだよ、参ったな、すっかり遅くなっちまった」

「明日も学校?」

「明日まで学校行かないといけないんだよな」

「じゃあ、今日はもう無理しないで。お母さんと二人でご飯済ませちゃったし」

「済まないな、せっかく招待してくれてたのに」

「こういう時だってあるし、これからむしろこういう時が多いよね」

「ごめん、本当にごめん」

私はそっと、渉に渡そうと思っていた靴をしまい込む。優子お姉ちゃんと同じ、つま先に針が落ちても大丈夫な、かかとにエアーの入ったスニーカー。

いつか、渡せる日が来るから。

そう言い聞かせて、私は眠ることとした。


翌朝、というよりも昼に近い時間。

大学も休みに入ってしまっているため、寝過ごすことが増えてしまっている。

いけない、バイト行かないと。

急いでスーツに着替え、ご飯を食べようとしたその時。食卓に見慣れない箱が乗っていた。何だろうか。

「ん?」

それは、見慣れているのに、本当に久しぶりに見た、渉の直筆のメッセージ。

「昨日はごめん。美咲にクリスマスプレゼントは用意してたんだけど、あんな時間になって。本当は顔を見て渡したかったんだけど、今日美咲留守らしいから、プレゼントだけでもと思って。メリークリスマス」

私は食事をするのも忘れて、自分の部屋へ戻り、昨日しまいこんだ靴の箱を取り出し、部屋にいるお母さんに尋ねる。

「お母さん、これ、どうしたの?」

「昨日の夜、渉くんがあなたにどうしてもって。あなたはもう寝ちゃってたし、お父さんが帰って来るくらいだから、もう夜中に近い時間のことね」

「あたし、ちょっと行ってくる」

「美咲、ご飯は?」

「いい、とりあえず行ってくるから!」

プレゼントの箱を抱え、私は三軒隣の渉の家へと走って行った。

「あ、携帯……」

そうだった。うちにも渉の家にも、インターフォンはない。

仕方ない、病院側に回ろうかなと思っていた時だった。

「美咲ちゃん、来たのね。さっき美咲ちゃんのお母さんが娘がそっちに慌てて向かって行ったって連絡してきたものだから」

「あ……」

助かったといえば助かった。私は今のところ患者でもなければ、お金も診察券も保険証もない。病院に向かっても、病院側にとっては困った人間になるだけだ。

「渉、今日も学校行ってるわ。昨日の夜、美咲ちゃんにプレゼントは渡しに行ったみたいだけど」

「はい、そのお返しをしようと思って……」

「お茶でもどう? 息が切れてるわよ」

「すみません、アルバイトがあるもので……」

「わかったわ。預かっておくわね。渉に渡しておくから」

「ありがとうございます。お願いします」

プレゼントの箱を渉のお母さん、美香に渡した私は急いで家に戻り、仕事道具一式を取って急いでアルバイト先へと向かった。



予定通りアルバイトを終え、私はまっすぐ御勢学園大学へと向かう。

結局、今日は何も食べていない。お腹が減って仕方が無い。

さくらの指定した時間通りに正門で待つ。夕方五時半。冬休みの学内は人も少ない。

「お待たせ、美咲ちゃん」

そこにいたのは、女子高生……のコスプレをしたさくらだった。

「わあっ!」

「びっくりした?」楽しそうにさくらが笑う。

「さ、さくらちゃん……」

「何?」

「恥ずかしかったりしない?」

「だってさ、あたし達たった二年前まで女子高生だったんだよ? 今日ぐらい、こういうのもアリなんじゃない?」

「まあ、そうだけど……」

でも、ここは人が少ないとはいえ大学構内だ。他人に見られたら、とか思わないのか。

「まあまあ、今日は無礼講ってこと」

そして、女子高生と、スーツ姿の人間が教育学部の校舎へと消えて行った。


「来たな、みさみさ」

「異色だね、その組み合わせ」

「女子高生にスーツだもんな」

「私はコスプレじゃないよ……」

「まあまあ、コンビニのだけど、ケーキもチキンもあるよ。お菓子もジュースもいっぱい買ってきたんだから! 食べよ!」

「おう、食べよう!」

そういえばお腹がすいていた。ケーキやチキンという言葉に心が動かされる。

「じゃ、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

シャンメリーを四人で分け、乾杯する。

この四人の集まりというのも悪くないな、と思った。


必然的に、匠と智也の二人の話を私とさくらが聞くことになる。

もう興味津々で、きゃあきゃあ盛り上がる。

こんなクリスマスも、たまにはいいな、と思う。



クリスマスが終わると、一気にお正月がやってきて、あっという間に去って行く。

今年は優子お姉ちゃんも忙しいし、私も冬休みの宿題やプレゼミのレポートがあるため今年はおばあちゃんの家には行かなかった。

その代わり、「成人式の後には、おばあちゃんの家に行きなさいね」と言われて。


今年の冬は一大イベント、成人式が待ち構えていた。

二十歳を迎えるまでに、生死の境をさまようようなことを何度も経験するとは思ってもいなかったが、それでも、今日、私は生きてここにいる。

当初は参加するかどうか迷っていた。原中、杉谷高校の同級生とも顔を合わせる。

原中の同級生とは顔を合わせにくいし、杉谷の同級生もほんの短期間しか一緒でなかった。

「大丈夫だ。何か言うような奴は、俺が笑顔で殴り倒してやるから、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、優子お姉ちゃん、鈴と小鈴、そして俺にも晴れ着姿を見せてくれ」と言う渉の言葉にようやく参加を決めたのだった。



その日の朝は、いつも以上に早起きして着付けとメイクををしてもらい、渉と一緒に会場へ向かう。振袖は優子お姉ちゃんのお下がりだが、数年前に購入したものなので、まだまだ全然きれいだ。

「すげー、美咲、きれいだ!」

渉はスーツ姿だった。入学式のスーツだろうか。

会場にはスーツ姿、袴姿、振袖姿と様々な人がひしめき合っていた。

「久しぶり、美咲!」

「元気してた?」

原中の同級生、杉谷の同級生、御勢学園附属高の同級生……しばらく会っていないと、懐かしい。

そして、原香奈子の姿がないことを確認する。

池田先生からの半年ごとの定期報告により、二十歳で退院するはずの医療少年院からの退院ができていないとのことは聞いている。

治療が思うように進んでいない、ということらしい。退院の見込みも現在は立っていないとのことだ。

人混みに紛れながら、式典会場に移動するもすでに人でいっぱいだった。入ることすらできなかった。

仕方なく、談笑したり写真を撮ったりすることで時間を潰すしかなかった。


式典が終了した後、私と渉はいち早く帰宅した。渉はこの後同窓会に参加すると言っていたが、渉のお父さんにまとめて送ってもらっていたため、二人をまとめてピックアップするしかなかったのだ。

「せっかくだし、写真撮ったら? それなら、帰って来た時に優子お姉ちゃんにも晴れ着姿見せられるでしょ?」お母さんが言う。

「そうだな。一番美咲の成人式の晴れ着姿見たいのは、優子かもしれないしな」お父さんも言う。

「お姉ちゃんは写真撮ったの?」

「撮ってないわね、大掛かりには。普通のデジカメで撮ったぐらいかしら。あの子には振袖にお金かけたし」

「なんかそれなのに、私だけって悪いなあ……」

「だって、美咲は無事にこの日を迎えられるかどうかわからなかったじゃない。だからよ。優子が見にこれるっていうならだけど、今それどころじゃないし」

そういうことで、大掛かりに写真館で晴れ着姿の写真を撮影することとなった。

渉とは出発前に写真を撮っておいた。二人で改めて写真を撮るのも久しぶりだ。


「美咲ちゃん、きれいだねえ。よく、大きくなったねえ……」

「おじいちゃん、おばあちゃん」

写真館で写真をとった後、私は正月に行かなかったおじいちゃん、おばあちゃんの家を尋ねた。

「あの時はどうなることかと……」今にも泣き出しそうなおばあちゃんを佐知子おばさんがなだめる。

「でも、本当に大きくなったわね、美咲ちゃん。優子ちゃんと二人でうちに遊びに来てたから、今でも二人とも小さい時のイメージなのに」

「おお、いらっしゃい、美咲ちゃん、百合子お姉さん」

「憲さん、雄太くんは?」

「塾だってさ。来年高校受験だからな、あいつも」

そして少し遅いお正月と、成人祝いをしてもらった。


成人式の余韻に浸る間もなく、後期試験がやってくる。

刑法の矢川ゼミに決まった以上、刑法関係の授業の単位は落とせない。教職科目も落とせないものばかりだ。

バイトをセーブしてもらいながら、テスト対策に臨む。


私たちの後期試験と同時に、優子お姉ちゃんは医師国家試験が目前に迫っているのだ。

そして、それは優子お姉ちゃんの人生も大きく変える試験にもなるのである。



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