第八話「X-DAY」
後期試験が終わり、長い春休みがやってきた。
それを待っていたかのように、匠から「後期試験お疲れさまでした。桜小路会を久しぶりに開きたいと考えていますが、皆様の都合はいかがでしょうか?」とのメールが届いた。
同じ大学にいるというのに、桜小路会メンバーと会うことはなかなかない。響や和菜、有沙と一緒にいる時に通りすがりに早希や優を見かける程度だ。匠とは第九の演奏会以来会っていない。百花を見かけることもない。
やっぱり、一緒のクラスにいて毎日顔を合わせている時代とは違うのだ。
少しさみしいが、今は響や和菜、有沙と言った友人がいる。
そして、春休みのある日。
桜小路会六人は、再び顔を合わせることとなった。
「みんな、元気してた?」百花が聞く。
「そういう百花姉様こそ、ほとんど見ないけど、単位大丈夫?」早希が聞く。
「ちゃんと試験は受けてるし、授業も最低限出席はしてるわよ」
「陽子も不思議がってたよ。百花姉様、最近見ないよねって」
「元気にしてるから、心配しないでって伝えといて」
「余裕があるって、いいなあ」ポツリと麻衣子が言う。
「ああ、ちょっと羨ましいな」畳み掛けるように匠が言う。
「匠たちも、かなり忙しいの?」麻衣子が問いかける。
「ああ、実習はまだだけど、グループでいろいろ課題が出されたり、落とせない授業も多いんだよな」
「あたしたちはそれがクラス全員になるんだよね、クラスの人数が少ないからさ」
「忙しいんだな、教育学部って」優がいう。
「ああ、思っていたより忙しいけど、結構クラスみんなと仲良くならざるを得ない感じで、楽しいと言えば、楽しいかな」
「あたしも」
「俺、意外と1年で取れる授業が少なくてさ。暇持て余しちまってるんだよな」
「もっと上の資格とか目指さないの?」話に初めて割り込んでみる。
「簿記の二級は結構取ってる子が多いんだけど、その上ってやっぱりほとんどいないんだよ。それだけ難しいってことなんだよな。まあ、ぼちぼち目指してみようかとは思ってるところなんだけどな」
「優、そういえば目指してるものとかあるの?」
「うーん、これと言ってまだないんだよな。会計とか簿記の勉強してたから経済学部に来たって感じだし。研究者っていうのがとりあえずの目標なんだけど、もっと目指したいもの見つけたらそっちに行くかも」
「優なら何にでもなれそうだもんね」
そして、話は次第に恋愛話に発展して行く。
「えー! 美咲のお姉ちゃん、結婚するんだ!」
「今すぐじゃないけどね。うまく行ったら、来年の今頃くらいかな」
「ちょうど卒業式ぐらいだもんね」
「美咲たちも順調?」
「うん」
「安心するねえ、美咲たちは」
「で、匠はどうなってるんだ? 初恋の子と再会して、何か進展なかったのか?」
「ああ。……付き合うことになった」
口に含んでいた飲み物を吹き出しそうになる。え! さくらちゃんと? 安藤くんとは?
疑問符が頭をぐるぐる回るなか、匠は話をそこで切った。
「ようやく、匠にも春が来たんだな。おめでとう」
「おめでとう、匠!」
場は一気に匠の祝福ムードになった。頭の中が疑問符だらけの私を置いてきぼりにして。
その後、優も何人かの女の子に告白されたり、付き合ったりもしてみたらしいのだが、やはりまだ川口先輩が忘れられないという感じで長く続かないらしい。こちらも相当の重症だ。
麻衣子はクラスの人数があまりにも少なすぎるため、クラス内での恋愛は控えているらしく、ずいぶん彼氏もいないという。
「せっかく桜小路先生にいろいろ恋愛パワースポットに連れて行ってもらったのになー」とぼやいている。
百花はいつものことながら話をうまくそらし、肝心な自分の話はしない。早希は相変わらず彼氏とうまくやっているようだ。
私の頭の中と心にだけ、疑問符とモヤモヤが残ったままだった。
帰り道。
みんなと別れたところで、うまく一人になった匠を捕まえて真相を聞き出そうとする。
「匠、さくらちゃんと付き合い出したって本当?」
「うーん、半分正解、半分は嘘ってところかな」
さらに疑問符が飛び回る。
「話すと長くなる。どっか、人の来ない場所ないかな?」
「大学の学食なら、問題ないんじゃない?」
「今日日曜だぞ」
「あ、そっか……」
「教育学部の空き教室がある。学生の控え室になってる部屋だから、今の季節ならそこが一番いいだろう。みさみさは部外者だけど、今はそこしか思い浮かばない」
「分かった。こっそりお邪魔する」
私たちは御勢学園大学へと向かい、教育学部の学生控え室で話を聞くこととなった。
匠が先に入り、控え室が無人であることを確認する。
「お邪魔します」
「どうぞ」
まるで社会部の部室にソファとテーブルとお茶の棚がない部屋。何となく懐かしさを覚えてしまう。
「とりあえず、どうぞ」
椅子を勧められ、そこに座る。
「で、どういう事情なの? 安藤くんとはどうなったの?」
「すべては、市川の思いつきだ……」
「思いつき?」
「『あたし、匠とも、智也くんとも付き合う。匠は昔から気心知れた友達だし、智也くんも可愛いし、タイプ。匠たちの関係は、見ててよくわかる。ここで、提案があるの。3人で付き合うってことにしない? そうしたら、二人とも外面には彼女がいるって話できるし、二人の関係を壊すことなくあたしも仲良くすることができる。友好的三角関係って感じ?』っていう」
「匠は、それでよかったの?」
「市川は、俺をこっちの世界に引き込んだ張本人だし、事実高校生の頃しばらくあいつの影を追い求めていた。一も二もなくとは言えないかもしれないが、俺と智也との関係は続けることができるわけだし、智也も俺に何も断りなしに市原に何かしても文句を言える立場には今はない。あとは、市川がこの恋人ごっこにいつになったら飽きてくれるかだけどな……」
「満足は、してないんだ」
「そうだな。なんだか、不公平? よくわからないけど、あいつだけが美味しいところを持って行ってる気もしなくもないが、確かにああいう場面で彼女ができたって話ができるのは、大きいな……」
「うーん、よくわからないけど、さくらちゃん、なかなかのやり手な子なんだね」
「市川は相変わらずそういう奴だ」
「いつか、さくらちゃんと会うことあるのかな」
「遠からずあると思うぞ。みさみさが教職課程取ってたらな」
そして、その日はいともあっさりと訪れた。
私達は無事に二年生となり、後輩たちを迎える立場となった。法学部には御勢の附属高の社会部の後輩で知っている顔はいないようだ。
取れる授業も増え、教職課程の科目も専門的なものが増えてきた。
そして、教職課程の科目の一つの授業の終わりに、私はある女の子に呼び止められた。
「あなたが、中村美咲ちゃんね」
「へ? あ、はい、そうですけど……何か?」
今日最後の授業だったため、一緒にいる和菜や有沙には先に帰ってもらい、私たちは面と向かい合って話すこととなった。
「あたしは市川さくら。知ってるでしょ、名前くらいは」
「あっ……」
市川さくら。御勢学園大学の附属高校に転入した時から今日まで、名前だけしか知らなかったが、そうか、この子がさくらちゃんか。
「美咲ちゃんに会ってみたかったの。附属高にいた時のこととか、いろいろ知りたくて」
「知りたくてって……匠とかに聞いて見たらいいんじゃないの?」
「ふぅん、名前で呼んでたんだね、美咲ちゃんも」
「うーん、そんなこと言われても……みんなそう呼んでたから、あたしもそう呼んでたし」
「匠にはどう呼ばれてたの?」
「みさみさ、って」
「やっぱりそうなのね。匠も嘘がつけない子ね」
「市川さん、」
「さくらでいいのよ」
「さくらちゃん、匠と安藤くんとつきあってるんでしょ?」
「そうね……あたしも自分の気持ちに嘘はつけなかった、といったところかしら。やっぱり、自分と趣味が合う人間って重要ね。そういう点では、匠は最高だった。でも、私が高校でここを離れて大学に戻ってきたら、匠には彼氏がいた。そういう場合、引き下がるのが筋ってものかもしれないわね。
でも、自分の気持ちに嘘をついて、抑え込んでクラスメートとして生活して行くことは私には耐えられなかった。そう考えて匠たちを見てるとね、匠の彼氏、智也くんもかわいい系で、あたし好みなのよね。浮気者と思われるかもしれないけど、そうなったら一番都合のいい方法を考えたの。二人を傷つけず、あたしも二人と仲良くなれる。そして、あの二人には、もう一つメリットが増える……まあ、メリットかどうかは、あの子達じゃないとわからないんだけどね」
「それは確かにメリットだと言ってた。安藤くんの方はわからないけど……。でも、さくらちゃんはそれでいいの?」
「もちろん、あたしが考えたんだし」
「いつまでもそういう関係でいるの?」
「わからないわ。ただ、あの子たちの関係は、あたしには壊せないと思ったのね。壊しちゃいけないって。だったら都合がいい関係かもしれないけど、二人を見守るという状態で、外目からは友好的な三角関係って感じを続けて行きたいのは事実」
「……そう」
「美咲ちゃん、こんどイベントあるんだけど、一緒に行かない?」
「え?」
「連休にイベントが企画されてるの。昔は匠とよく行ったけど、女の子と一緒に行ってみたかったの」
「あたし……」
「分かってる。そういう趣味がないと、匠の話についていけないでしょ」
うっ。初対面の人間に趣味を見抜かれてしまった。
「連絡先交換しよ。また近くになったら、連絡するから」
そう言って、お互い連絡先を交換した。
そして、私の携帯の電話帳に、「市川さくら」という項目が追加された。
イベントは連休中を通して行われるということを、さくらからのメールを通して知った。
さすがに、ほとんど会ったこともない人間と二人きりで連休全てを潰してイベントに行くつもりはない。
せっかくの連休なのだ。渉ともゆっくり会いたい。
とりあえず、いつ行くかはさくらに任せ、あまりに無茶な日程を提示してきたら反対しようと思っていた。
二年生のなかなかハードな時間割に、ちょっと疲れているのも事実だった。一年の時の時間割があまりに余裕がありすぎたことも大きいかもしれない。
「ちょっと、ゆっくりしたいなあ」
拾われて来た時に比べてずいぶん大人しくなった鈴と小鈴を撫でながら、ポツリとつぶやく。
連休初日。去年同様、私は渉と一緒に、同じ遊園地にいた。
「一年前もここにいたんだよな、俺ら」
「そうだね、もう一年も経っちゃったんだね」
「どう? 大学、忙しくなった?」
「そうだな、でもまだ家に帰れる余裕はある。来年くらいから、大学近くに家を借りた方がいいかもしれないな」
「そんなに忙しくなるの?」
「ああ、実習が頻繁に入ってくるみたいだ。そうなると、毎日家に帰るのが大変になる」
「やっぱりそういうものか……」
ちょっとがっかりする。中学生や高校生の頃のように頻繁に家に遊びに来れる状態ではないが、よくドライブに行ったりしていたのに。
「信じてくれ。絶対に、美咲を裏切ることはしない」
「わかった。信じるよ、渉」
「ありがとう。そう言ってくれると、安心する。美咲も忙しくなってるんだろ?」
「うん、去年が結構余裕があったから、今年反動が来た感じ」
「美咲も実習に行くんだよな」
「四年でだけどね」
「どこに行くんだ? 原中?」
「高校の公民科の教員免許しか取れないから、御勢の附属高になるんじゃないかな。もしかしたら、杉谷に行くかもしれないけど」
「美咲はどっちにも行ったからな」
「お互い、どんどん忙しくなるね」
「会える時には、積極的に会おう。でも、疲れてる時には無理しなくていいからな。遠慮しないで言ってくれよ」
その日の夜。さくらからメールが届いた。
「美咲ちゃん、連休の最終日にイベント行こうよ。多分最終日ならそんなに混んでないと思うし、初めてでも大丈夫だと思う」
私は返信する。
「分かった。どこで待ち合わせる?」
「駅で。隣街だから、電車で行こう。十時くらいで」
「了解」
大きなイベントは早朝や深夜から行列ができるくらいだという。隣街とはいえ、10時で大丈夫なのだろうか?
そして連休は渉と会ったり、家でゆっくりしたりして、残すところあと一日となった。
明日、とうとうさくらとともにイベントに参戦する。初参戦だ。
特に暑い時期でもなく、かと言って寒すぎる時期でもない。ただ、日中は気温が上がりやすいため、水分やタオルなどはきちんと持参しておくこととした。
どういうイベントかは一応インターネットで調べておいた。なかなか興味深い。
さくらとは、意外とウマが合うのかもしれないな、と思った。
翌朝十時。私は駅でさくらを待っていた。
駅で待ち合わせをする時は大抵みんな来ていることが多かったため、待つのはちょっとそわそわする。
「お待たせ、美咲ちゃん」
五分ほど遅れてさくらが現れた。大荷物というほどではないが、荷物を持っている。
「さくらちゃん、その荷物は?」
「コスプレ衣装」
「えーっ!」
ただとにかく驚いていたら、さくらはいたずらっぽく、
「嘘よ。慣れてる子と一緒に行くんならコスプレもありかもしれないけど、初心者の美咲ちゃん連れて一人でコスプレなんてできないわ。バックインバックと言った方がいいかしら。何買うかわからないしね」
しょっぱなから度肝を抜かされた後、私たちは電車で隣街まで向かった。
かつて来たことのあるホール。その時は部活の大会だった。今は、イベント会場と化している。
すでに人がたくさん入っている。圧巻だ。
「これでもまだまだ少ない方よ。もっともっと大きなイベントだと、人で潰されちゃうんだから」
「さくらちゃん、行ったことあるの?」
「もちろん。死ぬかと思ったわ、あれは」
とにかく人にぶつからないように注意しながら、さくらちゃんについて行くだけで精一杯だった。
「どう? 美咲ちゃん、楽しい?」
「うん、いろいろなものがあって、すごく楽しい!」
「ならいいんだけど」
確かに、人がいっぱいいて大変だが、溢れんばかりのものが全て魅力的に見える。こんなに面白いものだったのか、イベントって。
「あたしに無理に合わせないで、好きなもの買っていいんだからね」
「うん、そうする」
気になるグッズや本などを手に取りながら、さくらの姿を見失わないよう注意する。
自分の気になったものを数点購入した時には、すでにさくらの両手は袋いっぱいの収穫物で溢れていた。
「ふう、こうなっちゃうからイベントは危険なのよね」
そう言いつつ、さくらは満面の笑顔をしている。可愛い顔だな、と思う。
匠はこういうところにも惚れたのだろうか。
「さて、満喫できた、美咲ちゃん?」
「うん、お腹いっぱい!」
「じゃあ、帰ろうか」
そうして私たちは両手にたくさんの荷物と満面の笑顔を持って帰路についた。
連休が明けると、梅雨がやってくる。季節の進み具合があっという間に感じる。
ようやく授業のペースをつかんできたところで、私は自主レポートに日々取り組んでいた。
夏から秋にかけて、三年からのゼミが決まる。希望のゼミに入れるように、日々の努力を欠かさないようにしていた。
やがて梅雨が明け、試験の日程や時間割が発表された頃、私たちのゼミ決定の要項が発表された。




