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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第四章 「華」
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第五話「歓喜の歌」



夏休み。

渉にも会いたいし、アルバイトに自主研究、そして桜小路会……。

予定が膨らむ中で、私は一本の電話を受けた。響からだ。


「美咲、合唱部だったって言ってたよね?」

「うん、中学の時だけだけど」

「お願い、年末の第九の演奏会のコーラスの人数が足りてないの。合唱部だけだと数が足りなくて。合唱部と一緒にあたしたちもコーラスのヘルプを集めてるのよ。合唱部に正式に入る必要はないからさ、お願い、手伝ってくれない?」

「それって、学内だけで構成するものなの?」

「基本的にはそうみたい。でも、毎年人が足りなくて、他の大学とか高校からヘルプをお願いするみたいだけど。でも、できるだけ御勢の大学内で人をある程度確保しときたいって」

確かに、原中の合唱部は周囲の相当の強豪校にもまれながら、全国大会一歩手前まで行ったこともある。練習も相当ハードだった。

一般的に吹奏楽部が文化系運動部だと言われるが、合唱部も走りこみ、腹筋など運動部まがいのことをしていた。

そのため、最初は弱々しかった私の腹筋も、三年の夏には不動の硬さと言われるにまで鍛えられ、全国合唱コンクールでは涙を飲んだもののクラス対抗の合唱コンクールで優勝したのはいい思い出だ。

「で、練習って、どのくらいの間隔であるの?」

「お、受けてくれるの?」

「いや、その辺り聞いてからでないと……」

「基本的には夏は週一回。コーラスだけで練習するみたい。あたしたちと合わせるのは秋以降で、本番は十二月の頭」

「それって、響に返事したらいいの?」

「うん、私が合唱部の子に連絡しとく。詳しい日程とかが分かったら私が連絡するから。そっからは、コーラスで動いてもらうことになると思うけど」

「じゃあ、ヘルプでだけ参加するということで、お願いしていい?」

「よーし、一人ゲットー!」

そうして、私の夏休みに、もう一つ予定が加わった。



約束の週末。渉が電話してきたのは金曜の夕方、もう夕食、という頃だった。

「みさきぃ、やっと終わったぞぉ。疲れた……」

「お疲れ、まだ学校?」

「ああ、今からサークルのみんなで打ち上げだ」

「ところで、いつうち来る?」

「そうだな、明日の夕方、お邪魔しようかな」

「じゃあ、ハメ外しすぎないように、楽しんできてね」

「おう、また明日、お邪魔するな」


そうだ。祐樹は帰ってくるのだろうか。メールを送っておこうか。

「久しぶり。元気してる? 夏休み、こっちに帰ってくるの?」

返信は驚くほど早かった。

「さっき、匠からも同じ内容のメールが届いたよ。あまり長くはいられないかもしれないけど、来月にはそっちに帰るつもりでいる。久しぶりにみんなにも会いたいしな」

匠が、と驚く。そして、久しぶりに七人の桜小路会ができそうな予感にワクワクを止められなかった。

直後だった。匠のパソコンのアドレスからみんな宛に一斉送信でメールが届いた。

「テストお疲れ様でした。夏休み中に祐樹もこっちに帰ってくるとのことなので、7人揃っての桜小路会を開催したいと思います。祐樹の帰ってくる日程に合わせてですが、大体の空いている時期とか、この時期はNGとかあったら教えてください」

とはいえ、こっちもまだ練習日程がよくわからない。響からの連絡待ちの段階で、いつでもOKとは言えない。

とりあえず、匠のメールには「まだスケジュールがよくわかってない予定があるけど、参加はする」と言う旨を返信しておいた。


翌日。図書館の本と格闘しつつ、大学に入ってようやく一本目の裁判員制度に関するレポートを書き上げた。

高校の時のように毎月書いていたレポートに比べると、かなり質も落ちていると思う。まあ、高校の頃の時間は勉強とレポートを書くためにあったようなものなのだが。

しかし、これを評価してくれる人もいない。提出する相手もいない。虚しさを感じるが、研究者というのは本来そういうものかもしれない。

ただ、御勢の附属高では、レポートをたくさん書くこと、書く習慣を身につけさせてくれた。それはこれから研究者を目指そうとする人生においてもきっと財産となるだろう。昔は読書感想文すらろくすっぽ書けなかった人間が、数か月前には卒論を提出して高校を卒業したのだから。

そして、渉が遊びに来る準備をすることとした。

テスト後なので机もかなり散らかっている。その上レポートをノートパソコンで書いているのでレポート用紙やら関係の本やらがノートパソコンの横に積み重ねられっぱなしだ。

それらをきちんと片付け、一応人を呼べる状態の部屋にした。久しぶりにもう一個の椅子も出してきた。

そういうことをしているうちに、時間はとっくに夕方になっていた。夏の日は長い。時間の経過もわからないくらいだ。

「ふぅ、やっと片付いた……」

一息ついていると、着信メロディーが流れる。渉からだ。

「悪い、遅くなったな。今から美咲の家行くけど、いいか?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、お母さんたちにもよろしく伝えてくれな」

「はーい」

もちろん、今日渉がうちに来ることはとっくに母親には伝えてある。母親は今久しぶりに賑やかな食卓だと張り切って食事の準備をしている。

階下に下りると、「家の前にいるぞ」と連絡があった。本当に、5分とかからない。

玄関を開ける。数か月ぶりの、渉の姿がそこにあった。

「渉、久しぶり!」

「美咲、久しぶりだな。会いたかった」

「私も会いたかったよ、渉。上がって、上がって」

「美咲の家も久しぶりだな。お邪魔します」

「いらっしゃい、渉くん。久しぶりね」

「お久しぶりです」

「学校の方はどう? 忙しいでしょう」

「はい、でも毎日充実してます」

「ご飯、もうすぐできるから、美咲の部屋でも、そこら辺でもいいから、くつろいでて」

「ありがとうございます」

「久しぶりだし、部屋で話す?」

「そうだな、そうさせてもらうか」


「昔からだけど、相変わらず本が多いよな、美咲の部屋」

「そう?」

「まさに、研究者の部屋、って感じだ」

「えへへ……」

「新人賞の賞状も、ちゃんと飾ってあるんだな」

「うん、やっぱり大きな賞みたいだし、大事にしないとね、って思って」

そして、あの頃と同じように、並んで椅子に座る。

「大学、どんな感じだ?」

「まだ、そんなに忙しくないよ。他のことの方が忙しくなってきた感じかも」

「他のことって?」

「アルバイトとか、サークルのヘルプとか」

「サークル、入ったのか?」

「十二月の頭にある、演奏会のコーラスのヘルプだけ。だから正式な入部はしてないし、今年だけかもしれない」

「でも、美咲は原中の合唱部だったもんな。経験のあることだったらいいかもな」

「渉は、大学どんな感じ?」

「テストがハードだった。やっぱり一つ一つの授業が医師国家試験に欠かせない科目ばっかりだもんな。それに実習もついて来ると思うと、やっぱり体力勝負だよ、医者って仕事は。サークルも、人付き合いよりも実際に泳ぐことの方を重視してる。時間があったらこっちの市営プールで泳ぐことも多いし」

「へえ、やっぱり渉だね。渉は泳いでるイメージが一番だな」

「ちゃんと勉強もしてるぞ」

「もちろん、そう思ってるよ」

「美咲、大学でいい男とかに目移りしてないか?」

「そのセリフ、そのままそっくり渉に返すよ。渉こそ、大学で可愛い女の子に目移りしてない?」

「男に二言はない。お前を命に代えて守ると言った人間が、他の女に目移りするもんか」

「それならいいんだけど。お姉ちゃんが言ってたな、もし渉が他の女に浮気したら、私がまず許さないって。殴るだけじゃすまないって」

「優子姉ちゃん怖ええ。でも、心配するな。俺は殴られもしないし、優子姉ちゃんにも怒られない。美咲しか見ていないから」

「ありがとう。私も、渉しか見てないし、考えてないよ」

「美咲、渉くん、ご飯よ」

「はーい」

そして、久しぶりの四人での賑やかな夕食を食べた。


響から連絡があったのは、夏休みが始まってずいぶん経ってからだった。

「ごめん、美咲。やっと合唱部がスケジュールを作ってきたから、連絡できた。ひとまず、今回のヘルプってことで美咲の話はしてるから。これからは、合唱部の子としばらく動いてもらうことになるかな。あ、確か法学部の一年生の子もいたよ、合唱部に。あたしたちと話したことあったかどうか、よく知らないけど。

スケジュール、送っとくね。初回練習は来週ぐらいかららしいから、まだまだ全然余裕あるよ。合唱部の一年生でも初心者って結構多いし、第九のコーラスを歌ったことがある子なんて、経験者でもほとんどいないんじゃないかな。だから、安心して。

他にもヘルプで来てる子もいるし、美咲と同じような子がいると思うから、浮いたりはしないと思うよ。とりあえず、オケとの合同練習楽しみにしてるね!」

その後すぐに、合唱部の練習予定表が送られてきた。初回練習は来週の水曜からだ。

「とりあえず、バイトのシフトと被らない時間になってるみたいだな……」

今のバイトの時間帯は主に夕方以降。合唱の練習は昼間に二時間程度行われるようだ。

「じゃあ、問題ないか」


翌週の水曜日。練習会場は教育学部の音楽教室を使用するとのことだ。

まだ教職課程で選択できる授業もほとんどないため、教育学部の方へ行くことも滅多にない。音楽教室を探すのに一苦労した。

「あったあった、ここだ」

たくさんの人が集まっている。そして、その中にあまりにも見慣れた、でも全く予想していなかった人間がいた。

「匠……」

「みさみさ……?」

「匠も、第九に出るの?」

「ああ、ヘルプ頼まれてさ……俺、経験者っていうの買われて、練習の伴奏者まですることになっちまった」

「安藤くんも?」

「ああ。智也も、一緒だぞ」

「っていうか、経験者って何?」

「中学のクラスの合唱コンクール、ピアノ伴奏版の歓喜の歌をやったんだ。今回の演奏会の本当にごく一部だけど、本番の舞台として経験した人間は貴重だって。特に、俺はその時ピアノ伴奏だったからさ。どうしても来てくれ、って頼み込まれて」

「そっか、匠、ピアノ弾けるもんね」

「昔から小学校の先生目指してたから、ピアノはやってた。それがどういうところで活きるかなんてわからないよ」

そうして、再び匠たちと同じ目標を目指して練習を重ねる日々が始まった。


そんなある日の練習帰り。まだパート別での練習で全体の音取りをして行っている時だった。

私はソプラノ、匠はバス、智也はテノールとパート分けされていた。

「みさみさ、祐樹が帰ってきたって」

「本当に? みんなで、集まりたいね」

「今回はみさみさに幹事頼んでいいか? 幹事って言っても、みんなに呼びかけて、適当な場所見つくろって集まれるような段取り作るだけだから。俺は参加ってことで。みさみさに一任する」

「了解しました。前回みたいにファミレスとかでも、全然いいんだよね?」

「ああ、問題ない。結構課題が溜まってて、ヤバいんだ……」

「そんな時に、大丈夫なの、匠?」

「あんまりギリギリに設定されてなければ大丈夫だ」

「分かった。そういうことも考えて、日程考えるよ」


結局、お盆過ぎた頃に祐樹も大学に戻るというので、その前くらいに前回と同じファミレスに集まることにした。

六人で集まったことはあっても、七人で集まったことはない。だから、このファミレスを選んだ。

自分の都合だけで日程を決めさせてもらい、みんなにメールを送る。もし他にいい日程や場所があったら教えて、とも付け加えて。

しかし、いともあっさりと日程も場所も私の決めた通りになってしまった。みんな、「参加!」とか「行きます!」という返信ばかりだった。

いよいよ七人での、高校卒業後の本格的な桜小路会。匠とはたまには練習で顔を合わせるが、みんな、元気にしているだろうか?


私は待ち合わせの時間に、ファミレスの前で待っていた。

お盆の頃である。いつものファミレスはいつにも増して混み合っていた。

「美咲、お疲れ!」

「久しぶり、美咲!」

「相変わらずそうだな、美咲は」

と口々に桜小路会メンバーが現れた。あとは、百花姉様と祐樹のみか。

「お待たせ! 美咲、幹事ありがとうね!」

「みんな、久しぶり!」

と、こうして七人が揃った。夏の桜小路会が始まる。


「えー、祐樹、彼女できたんだ! おめでとう!」

「よかったね」

「安心したよ、本当に。高校の頃から心配してたんだから」百花がまるで母親のように祐樹のことを心配している。

「そういう早希嬢もでしょ?」私がすかさず突っ込む。

「う……うん、まあ、ね」

「はっきりしちゃいなよ、早希嬢」麻衣子が急かす。

「うん、彼氏できたよ。同じ学科で」

「あたしは知ってたけど、ほとんど最近学校来てなかったから」

「百花姉様、何してるの?」

「ボランティアとか、大学に受かった頃に立ち上げたNPOの仕事とか。なんか大学生っていうよりそっちの方が本業っぽくなってきちゃった」

「百花姉様らしいや」感心したように、祐樹が呟く。

「未来の先生たちはどうなの? やっぱり一年から忙しい?」百花は匠と麻衣子に話を振る。

「うん、なんだかんだで結構忙しい」

「そうだな、一年から結構授業あるよな」

「まあ、去年よりはずいぶんましだけどね」

「そうだな、去年は休む暇もなかったくらいだもんな」

「実は、課題が山積みで俺、かなり凹んでる……」

「あたしも……いきなりこんなに課題出ると思ってなくてさ」

「さすが教育学部、先生になるには厳しい道なんだね」

「みさみさも教職課程取ってるんだろ、同じ道を辿るぞ、覚悟しとけ」

「とりあえず、指導案書きを今からやるって厳しい……」

「去年似たようなことやったとは言えな……」

二人はかなり大学の授業と課題に参っているようだ。

「優は? やっぱり余裕でついていけてる?」

「ああ、やっぱり簿記二級合格してたのって大きいな。テストを受けなくても合格証書のコピーで単位が取れた授業もあったし、やっぱり基本的なことを勉強してた感じがある。まあ、概論的な話は苦手なんだけどな……」

「優にも苦手なことってあるんだね」

「もちろんだ。そういう美咲はどうなんだよ、法学部」

「今の所、結構基本のことをやってる感じ。でも、憲法とか刑法とかに比べると、民法って苦手……」

「民法っていうと、家族関係とかそんなのか」

「そういうのはそんなに嫌いじゃないんだけど、契約とか、そういう話が結構ダメ……」

「おーい、美咲、研究者になるんだろ。一通りなんでもできないと厳しい道だと思うぞ」

「だよね、やっぱり」

「俺も苦手な経済学概論とか頑張ってるんだから、投げずに頑張ろうぜ。俺ら、あんだけ頑張れたんだからさ」

「そうだな。あんだけ頑張れたんだよな、俺ら」

「よーし、夏休みの宿題、がんばろっと!」

「あらあら、なんかみんなやる気になっちゃって」

「とりあえず、食おう。せっかく七人で集まったんだし、みさみさが店決めてくれたんだ。腹一杯食おう」

「って言っても、ファミレスだけどね」

「そうだな、せっかく七人集まったんだ。楽しく食べながら、昔話もいいんじゃないか?」

「桜小路先生元気かなー?」

「どうしてるんだろうね。今年も学会に向けて、三年生の子が誰か犠牲になってるのかしら」

「あれは大変だった」

「うんうん」

そういう話をしつつ、夏の桜小路会は過ぎて行くのだった。



そして、夏休みはあっという間に終わってしまった。

結局、自主レポートはほとんど書けなかった。アルバイトと、合唱練習に明け暮れた夏だった。

渉も、時間があるうちに免許を取って、車で家から学校に通うようにしたいと言って、自動車学校に行くか泳ぎに行くかだったので、あまりきちんと顔を合わせることもなかった。


そうして、夏の空気をキャンパスに残しながら、後期の授業が始まる。


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