第三話 「桜小路会の、春」
時間はさかのぼること、入学式前日。
御勢学園大学教育学部オリエンテーション。
俺は、智也と一緒に指定された会場へ向かった。
そして、俺はそこで信じられないものを目にした。いや、もしかしたら彼女からしたら想定の範囲内なのかもしれないが……
「三年ぶり、匠」
「い、市川……」
「驚いた?」
「ああ、もちろん。御勢に、戻ってきたのか?」
「うん」
「なんで、高校だけわざわざ隣の県の県立に行ったんだ? またここに戻ってくるぐらいなら」
俺は、一番知りたかったことを尋ねる。
「うーん、彼氏を追いかけて、っていうのが一番の理由かな。それと、御勢の附属だと、部活続けられないし、幼稚園からここにいたから、いっぺん外から見て見たかったんだ、御勢学園大学の附属系列っていうのを」
そうだ。こいつは、吹奏楽部の部長をしていた。運動会のファンファーレソロをやってのけるくらいの、強心臓の持ち主だった。だからこそ、一般的な部活動がなくなってしまう御勢の附属は魅力を感じなかったのだろう。
「でも、帰ってきちゃった。彼氏も、あたしをおいて遠くの大学に進学しちゃったし。匠、転入してきた子とずいぶん仲良くしてたんでしょ?」
「ああ、みさみさのことか」
「何、みさみさって呼んでたの? ずいぶん仲いいじゃない」
「俺ら、みんなあだ名で呼び合ってたぞ、高校の頃は」
「じゃあ、あたしもさくらって呼んでよ」
「無理。名前で呼び捨てるのに抵抗があるんだよ」
「あ、そ。じゃあ、好きに呼んでいいわ。趣味の方は相変わらずみたいね。あたしの教育が行き届いている証拠だわ」
「それは否定しないし、できないな」
「もしかして、彼氏さん?」
「市川、忘れたのか? 御勢の附属中にいた安藤だぞ」
「一緒のクラスになったことないはずだし、流石に三年経つと忘れちゃう」
「そういうもんか?」
「人間の記憶なんてそういうもんよ」
そう言って、市川は他の友達と一緒に席に座った。
「悪い、智也。市川とは中学以来だったからさ」
「ああ、知ってる。御勢の附属中の吹奏楽部の部長だもん。有名だよ。あの激戦区の中で部長にまでなれるっていうのは、すごいなとは思ってた。そして、匠が市川さんに憧れてたことも……」
「言うな。昔の話だ。今は、一番大事なのは智也だ。それだけは、忘れないでくれ……」
「悪かった。ちょっと、嫉妬しちゃってよ。俺も、お前を、信じてるから」
そこで担当の先生になるであろう人物が入ってきて、教育学部オリエンテーションが始まった。
同日、同時刻。
麻衣子も別の部屋でオリエンテーションを受けていた。
「て言うか、人いない……」
開始五分前だというのに、教室にいるのは二、三人だ。教室を間違えたのだろうか?
確かめにドアを覗いてみるが、「オリエンテーション会場」と書いてある。
なるようになれ、と思いながらオリエンテーションの開始を待つことにした。
そして、オリエンテーションが始まってみると、参加者は十人程度。
「これで、教育学部中等教育学科の新入生は、全員ですね」
目を見開く。本当に、十人程度しかいない。
「この学科は一学年に十人程度というのが毎年の通例です。その中で密接な関係を築き、切磋琢磨し、立派な教員を目指してください」
見たところ、男女は半々程度のようだ。
とりあえず、近くに座っていた女の子に声をかけてみる。
「本当に、これで全員なんですか?」
「みたいですね。私もびっくりしました」
そうしているうちに、みんなが集まってきた。ちょっと規模の大きな桜小路会をやっているようだ。
その中でそれぞれ自己紹介をしたり、メールアドレスや電話番号の交換をしたりして、あっという間に全員と仲良くなってしまった。
桜小路会の延長みたいだな、と思いながら、新しい生活が楽しみになってきた。
場所を変えて、文学部福祉学科オリエンテーション会場。
百花と早希は隣同士の席にいた。新設学科だからか、新入生で会場はぎゅうぎゅうだ。
「あ、すいません、隣、いいですか?」
「どうぞ」
百花スマイルで席を一つ空ける。
その子は、続けざまに話しかけてきた。
「学校、どちらからですか?」
「ここの附属からです」
「同じく」
その子は、意を決したように聞いてきた。
「あの、聞きたいことがあるんです、中村美咲って知りませんか?」
「もちろん知ってる!」早希が百花より先に口を出した。
「あの、美咲と、どういうご関係ですか?」冷静に百花が聞く。
「あ、ごめんなさい。自己紹介が遅れまして。私、杉谷高校出身の、中村陽子と言います。美咲とは、一年の時に同じクラスで、親友だったんです。その美咲がここの附属高校に転入して、もしかしたらこの大学にいるんじゃないかって」
「親友なら、メールとかで聞けなかったの?」早希が鋭く突っ込む。
「事情があって、メールしにくい状態で……」陽子は口ごもる。
「でも、陽子ちゃんの言うことに嘘はなさそうね。美咲は、確かにこの学校にいるわ。でも、法学部だから、私たちとは学部違い。ちなみに、私たちは美咲が転入して来た時からの同級生」
「てことは、あの千羽鶴を……」
「もしかして、あの事件を……」百花と早希の目線が合う。
「ええ、一枚も二枚も噛んでるので、なかなか美咲に連絡しにくいんです」
「でも、加害者の子は少年院にいるんでしょ?」
「ええ、そう聞いていますけど……」
「なら、陽子ちゃんが気にすることはないのよ。せっかくだから、今度、みんなで美咲と会ってみようよ!」
「早希嬢、あたしたちの紹介を陽子ちゃんにしてないわよ」
「あ、そうだった。ごめんなさい。私、小島早希と言います。実は、美咲の中学の同級生だったりします」
「私は、西山百花と申します。歳は一つ上です。来年の一月、成人式です」
「だから、百花姉様って呼んでるの」早希が言う。
「早希も、いかにもお嬢、って感じがするから、早希嬢って呼んでたの。よかったら、陽子ちゃんも、そう呼んでもらえると嬉しいな」
「あたしには、陽子でいいですよ。美咲にも陽子って呼ばれてたし」
「じゃあ、近々、感動の再会を演出しちゃおっか」
「ふふ、面白そうね」
また場所が変わり、経済学部オリエンテーション会場。
一人で乗り込んできた優は、すぐに知り合いを見つけた。同じ社会部の遼平が、オリエンテーション会場にいたのだ。
「おい、遼平。お前も、経済学部に来たのか」
「ああ、お前は昔から経済学部を志望してたのは知ってたんだが、ここに残ったんだな。てっきり、東都経済大に行くものとばかり思っていた」
「それ以上、余計なこと言うな。せっかくだし、仲良くやろうぜ」
「ああ、とりあえず、まだ選択できる授業なんてほとんどないんだろ? サークル、どれにしようかな……」
経済学部も新入生が多い。みんな、どうしているんだろうか……
そして、遠く離れた島井大学にて。
祐樹は、突如始まったオリエンテーションを兼ねた合宿に戸惑っていた。
「い、いきなりかよ……入学式もまだなのによ……」
合宿以来だろうか。マイクロバスに乗って、大学の合宿施設へ向かう。
四人部屋で、まずはその部屋での自己紹介から開始だ。
東京、沖縄、熊本、出身地はバラバラだ。ただ、みんなに共通していることは、「歴史が好き」ということだった。
「何時代が好きか」」とか、「戦国武将なら誰が好きか」という話で盛り上がったところで、学科全体のオリエンテーションに移る。
四人組がわらわらと一つの大きな部屋に集まる。
授業選択の方法、サークルやアルバイトについて、飲酒に関する注意事項などを説明された。
四人組はばらけたり、さらに大きな組になって行ったり、どんどんと形を変えて行く。
やはり共通の好きなことで集まっている集団だ。男女の区別なく、輪がだんだんと大きくなって行く。
ああ、人がたくさんいるってこんなに面白いんだ、と祐樹は感じていた。
いきなりの合宿オリエンテーションっていうのも、悪くないな、と感じていた時だった。
「あの……」
「俺は息を飲んだ。まさか、百花姉様がここにいるわけない。でも、百花姉様にそっくりの女の子が声をかけてきた。
「まだ、名前聞いてなかったですよね? お名前、いいですか?」
「安田祐樹と言います」
「私は、青山香里です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
そう言うや否や、香里は他の子にも次々に名前を聞いて回っていた。
百花姉様、ごめんなさい。俺は、あの子に一目惚れしました。
長年の百花姉様への片思いの火が、香里によってかき消され、さらに大きな炎へと変化したのを感じた。
それから事あるごとに、俺は香里に声をかけ、いろいろな話をした。
香里も、俺の話を楽しそうに聞いてくれた。
そうして、入学して一月、俺と香里は恋人同士となった。
「私、不安だったんだ。遠くから来て、誰も知り合いいなくて、だからあの時みんなの名前を聞いて回ったの。あのときしか、みんなの名前聞く機会なさそうだったし」
「俺も、今までと違う環境からここに来て、不安だった。俺もあの時に同じ部屋になった小野とか小山ぐらいだな、今顔と名前が一致するのは。吉野は学校来てないみたいだし」
「もう学校来なくなる子いるんだね」
「あの時に、香里に声をかけられなかったら、俺、香里と話す機会なかったと思う。ありがとうな、香里」
「ううん、こちらこそ。いろいろなことを教えてくれたし、祐樹といるとすごく楽しい」
こうして、六月末。
祐樹を除いた桜小路会のメンバー6人が、久しぶりに顔を揃えた。
お互いに、近況報告を行う。
「えー、そうなんだー」
「そうなの! 全然知らなかった」
みんな学部学科が違うだけで、話すことがたくさんある。話のネタは尽きない。
「さくらちゃん、御勢の教育学部にいるんだね」
「みさみさのこと知ってたけど、だれがわざわざご丁寧に市川まで伝えたんだろうな」
「まあ、一時期いろんな話あったし、その頃じゃない?」
「明らかな嫉妬だな、市川の。美咲、注意しろよ。女の嫉妬は怖いぞ」
「ちょっと!」
「まあまあ、あ、美咲、陽子って覚えてる?」
「陽子って、もしかして杉谷の中村陽子?」
「うん、まさにその子」
「当たり前だよ! あたしの親友だもん、忘れるわけないよ」
「その陽子、今、文学部の福祉学科にいるんだよ」
「へ?」
「うん。だって、陽子の方から美咲を探してきたんだもん。メールでも電話でもしてみなって言ってるのに、ここまで来たら直接会いたいって言い出してさ」
「あたしも、会いたいよ、陽子に!」
「おお、いい反応。今、日程のセッティングしてるところだから、決まったら連絡するわ。それまで、陽子に連絡するのは反則ね」
「分かった。楽しみにしてる」
御勢学園大学での初の桜小路会は、こうして盛況のうちに幕を下ろした。




