第二話 「ゴールデンウイーク」
「渉、学校どう?」
「ああ、毎日大変だけど、なんとかやってるぞ」
「やっぱり、医学部って大変?」
「今はまだそんなにないらしい。学年が進むにつれて、もっと大変になるらしいな」
「女の子、多い?」
「気になるか?」
「もちろん」
「最近は増えた、と先生は言っていたが、俺から見たらあんまり多いようには思わなかったな。確かに、入学式の時には女の人も多いなと思ったけど、ほとんど看護学科みたいだ」
「ふうん、そっか」
「美咲のところも、法学部なんて男だらけじゃないのか?」
「そうでもないよ。授業受けてるけど、男女半々ぐらいかな」
「そうなのか」
「で、大学でも泳ぎ続けるの、渉?」
「ああ、一応な」
「渉は経験があるからいいよね」
「美咲は研究し続けるんだろ」
「サークルにも、興味はあるよ」
「うーん、美咲には、サークルはあまり向かないかもな。高校の部活動とはまた違うし、それで美咲の研究の本筋から離れることはいいことじゃないな。俺も、学業に差し支えない程度でしかやるつもりはないし」
「やっぱり、そうか……」
「サークルにもよるしな。タチの悪い所だと、毎日飲み会とか平気であるみたいだし、そんなサークルはまず美咲には向かない。友達の紹介とかで、あまり無理のないところなら参加してもいいんじゃないか。まあ、飲み会はダメだからな。美咲はこれから先アルコールはダメなんだから」
「そうなんだよね」
「まあ、自分の興味のあるサークルがあったら、よく調べて、周りの人達に意見を求めてから参加するのはどうだ。何もかも禁止、というのはつまらないからな」
「うん、そうする。ありがとう!」
私たちは、一通りアトラクションを楽しんだ。まるで、中学生の頃に来た時のように。
昼ごはんを食べながら、私は渉に桜川医大に行くことに決めたいきさつを聞いた。
「三学期が始まってから、俺は優子お姉ちゃんと同じ大学の医学部の推薦を取れるかどうかを担任に聞いたんだ。そしたらな、担任がすげえ難しそうな顔をして、学年主任に聞けって言うんだよ。学年主任が、美咲が御勢に転校した時の学年主任で、五組の担任だったんだ」
「あ! ってことは、陽子の担任だったってこと?」
「そうなるな。で、俺は聞きに行ったよ。五組の大久保先生に。そしたら、あいつはこう言ったんだ。
『大谷くん、君は成績も申し分ないし、部活動でも全国レベルの成績を残している。ただ、今年のあの件があるゆえに、国公立医学部三枠の推薦の合格は厳しいかもしれない』って。 そして、『推薦で確実に合格できない可能性があるのならば、一般入試に向けて勉強した方が時間を取れる。推薦を狙うなら、数を狙う私立で行くほうがいいかもしれないな……』とまで言われたよ。
しかも、今年来てた私立医学部の推薦は、全部遠方ばっかりでさ。俺は全てきっぱり断った。可能性がゼロで無いなら、優子お姉ちゃんの大学の医学部の推薦書を書いてくれと頼んだ。そして、必死で勉強して、面接対策もして、推薦入試受けたよ。結果はダメだったけどな。
その時だった。親父がな、『桜川なら、今のお前ならいけると思うぞ。国公立にこだわる必要はない。まあ、どうしても優子ちゃんと同じ医学部に行きたいって言うなら別だがな。 桜川も、いい大学だぞ。臨床にしても、研究にしても、自分の向いていると思う方を選べる大きさの大学だしな。今杉谷に推薦が来てなくても、一般なら十分間に合う。お前にその気があるなら、桜川も受けて見たらどうだ』って言ってきたんだ。
そうなんだ。美咲と同じ県内ってことにこだわりすぎて、ちょっと離れた距離くらいの桜川医大についてはほとんど検討していなかった。よく考えたら、家からなら桜川医大に通うことも無理じゃないし、何より国公立にこだわらなくていいって言われたのが大きかったな。
俺は急いで出願して、赤本買ってきて、一般入試対策始めたよ。あの頃、あんまり布団で寝た記憶がないな。気がついたら机の上で朝って感じだった。
一般的に言うけど、寝不足って本当に良くないんだよな。体調っていうか、精神的にダメになって行く感じがして、丸一日寝込んじまった。
センターが終わって、成績も今ひとつだった頃かな。家に届くんだよ、いろんな予備校の案内が。どこどこはいくら引きとか、どこどこは優待生とか、なんか格差つけられている感じにやられちまってさ。
その寝込んでる時に、俺は美咲の夢を見た。美咲が、必死で机に向かって勉強してるの。俺は、それを黙って後ろから見つめてるだけで、何も声をかけられなくて。ただそれだけなんだけどさ、ああ、俺もまだ頑張れる、美咲のために頑張らないとと思って、また勉強を再開できたよ。
今度は、きちんと生活リズムを整えて、確実に桜川医大に受かるように狙いを絞ってな。
そしたら、今度はバテることなく乗り越えられた。流石に合格発表は俺も見に行けなかったけど、ネットで確認できた時は泣きそうだった。自分の番号があるのを確認するって、本当に何にも代えがたいくらい嬉しいな。叫びたかった。
俺はその時点で、もう桜川医大に行くことに決めた。親も反対はしなかった。ただ、意地だな。国公立の前期と後期、両方とも優子お姉ちゃんのいる大学の医学部を受けるつもりでもいたから、勉強は続けた。だから、なかなか美咲に連絡できなかったんだ。
やっぱり国公立医学部の壁は厚くて、高かった。歯が立たなかったとまではいかなかったが、やっぱり力が及ばなかったんだろうな。前期も後期もダメだった。でも、その時点できっぱりと桜川に行く決意ができたし、よかったと思う。
美咲に連絡しようと思ったら、電話に出ないし、お母さんに聞いて見たら卒業旅行中だっていうから、帰ってきたらまた電話しようと思ってたんだ。そしたら、美咲の方から連絡してくるから、びっくりしたよ」
「そういう状態だったんだ……大変だったね、って簡単に言うのもどうかと思うけど、悩んで、苦しんだんだね、渉……」
「でも、そのことをそのまま美咲に伝えたら、美咲も苦しむと思った。事情が事情だったし、美咲も簡単に大学に行けるわけじゃない。そのことで美咲の心を乱すのも悪いと思ったから、あえて連絡も取らなかった」
「ありがとう……でも、そんなに渉が苦しんでたなんて、知らなかった……」
「誰かに被害を受けていたわけじゃない。自分の人生の問題だから、自分で解決したかった。まあ、最終的には親頼みということになっちまったんだけどな」
「お金のこととか?」
「まあ、それもあるけど、親父にアドバイスもらわなかったら桜川医大に行くことも考えなかったからな」
「そういえば、渉たちも卒業旅行行こうかなとか言ってたけど、結局どうしたの?」
「ああ、結構浪人決めた奴が多くてさ。卒業旅行っていうより、お疲れ会みたいな感じで、プールのついた温泉に日帰りで遊びに行ってきた」
「さすが水泳部員! プールは外さないんだね」
「時期が時期だから、プールはほぼ貸し切り、目一杯泳げたぞ。温泉もみんなで楽しんできた」
「いいねえ、温泉」
「美咲たちは京都に行ってきたんだろ? どんなところに行ったんだ?」
「定番の金閣寺とか、清水寺とか、あとは担任の生まれ故郷に連れて行かれて、菜の花畑と桜並木のある風景を見てきたな。写真、見る?」
大学入学を機に携帯を機種変していたが、データはそのまま移すことができていたため、桜小路先生の故郷の菜の花畑の写真を渉に見せた。
「すげえ……こんなに綺麗な場所が、あるんだな……」
「絵葉書みたいでしょ」
「ああ、確かに、絵葉書みたいな風景だ……」
「一番印象に残ってるのはここかな、やっぱり。他にもいろいろ行ってきたけど、やっぱりここのインパクトは越えられない」
「俺も、行ってみたいな、京都に」
「いつか、一緒に行こうよ、渉」
「ああ、一緒に行こうな、美咲」
午後からは午前中遊びきれなかったアトラクションを回った後、お土産を見て回ったり、ちょっとゲームで遊んだりした。
「久しぶりだね、こんなに遊んだのも」
「そうだな、久しぶりだな」
「また、時間がある時に、どこか遊びに行かない?」
「そうだな、時間が取れるうちにいっぱい遊んでおきたいな」
「へえ、ゴールデンウイークは彼氏とデート?」
「響はどうしてたの?」
「実家に帰った。地元の友達が会おうって」
「地元の友達って、みんな近くの大学に行ったの? それとも就職してるの?」
「けっこう近場の大学が多いかな。今の所、みんな大学生だよ」
「響、彼氏いないの?」
「地元にいる。地元の国立大に進んだ」
「遠距離か……」
「不安だよ、すごく」
「だよね……彼氏さんには会えた?」
「うん、会って来た」
「何か話した?」
「淋しいって言われた。今までずっとそばにいたから、いないのがすごく淋しいって」
「……」
渉も淋しかったのだろうか。そこを、原香奈子につけこまれてしまったのか。
「まめに連絡とってあげたら、きっと喜ぶよ。何もなくてもさ」
「そうだよね。あ、二限目、英語だよ!」
ちょっと強がった様子で響は二限目の教室へと向かった。私も後を追う。
そういえば、ゴールデンウイークは桜小路会のみんなとは会っていない。
まず、祐樹がいないと桜小路会も何か欠けている気がする。
たまに優や百花を学内で見かけることがあるが、学部が違うためめったに会うことはない。
それはそれで少しさみしいな、と思う。
みんな、どうしているんだろうな……
そんなことを考えていた六月のある日、パソコンに高校の頃のように、匠からメールが届いていた。
「お久しぶりです。お元気ですか? 祐樹は抜きになってしまいますが、久しぶりに桜小路会を開催しようかと思うのですが、どうでしょう?」
「賛成! みんなどうしてるか、知りたい!」と返信を送る。
返事はすぐに返ってきた。
「都合のいい日とかある? それに合わせようと思うけど」
「特に、いつでもいいよ」サークルも、特に授業が詰まっているわけでもない私はそう返信した。
数日後。
「六月の第四日曜日、桜小路会を開催したいと思います。やはり祐樹は今回は参加できないようですが、うまく夏休みあたりにまた桜小路会開催ということで。最終出欠をお願いします」
「参加!」
こうして、久しぶりに御勢学園大学教育学部附属高校、桜小路会が集結することとなる。




