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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第四章 「華」
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第一話「入学式」



四月五日。御勢学園大学入学式。

制服からスーツに着替え、学内のホールでおこなわれる入学式式典に参加する。

匠や麻衣子、早希や百花、優と同じ大学ではあるが、学部が違うとそれぞれやることが違う。

入学式の前にオリエンテーションが行われていたが、みんながいないのは寂しかった。それはそうだ、いつもみんなと一緒にいたのだから。

祐樹はなおさらだろう。初めての一人暮らし、見知らぬ人だらけの大学生活……。不安だらけなのだろうか、それとも祐樹なりにうまくやっていけているのか。


入学式が終わり、会場から出てくるとそこはサークル勧誘の列ができていた。

四月に入ってからほぼ何らかのイベントが予定されていたため、毎日大学には行っていたが、そこはサークル勧誘の列がびっしりと出来ていた。

手渡される色とりどりのたくさんのチラシ。しかし、いまひとつピンとこない。

しばらく、部活動というものからかけ離れた生活をしていたからだろうか。


「美咲、お昼どうする?」

「どうしようかな……」

たまたま学生番号が続きになった、中村響という子と話をする。

「学食はまだ使えないよね?」

「コンビニでなんか買って、うちでお昼食べない?」

「いいの、響?」

「うん、おいでよ、美咲」

響の実家は遠くにあるそうだ。そのため、大学の近くで一人暮らしをしている。


響と話すようになったのは、入学式前日の法学部オリエンテーションでのことだった。

桜小路会のメンバーと離れ、ぽつりとたたずんでいた私に、「中村さんだよね?」と声をかけてきたのが響だった。

「はい、そうですけど」

「私も中村なの。中村響。中村美咲ちゃん、でいいんだよね?」

「うん」

「響って呼んで。私もここに来て、まだ友達いなくてさ。よかったら、美咲ちゃん、友達になってくれる?」

「あたしも美咲でいいよ。うん、よろこんで。私も、まだ友達いなくて。響……、よろしくね」

「よろしくね、美咲」

そうして、私と響は友達となった。


「へえ、御勢の附属高校ってそんなことしてるんだ」高校の話をすると、響は感心したように言った。

「最初は私も県立高校にいたんだけどね」

「へ? どゆこと?」

「あたし、二年から御勢の附属高校に転入したから」

「……美咲、すごい……」

「響は? どんな高校生活だったの?」

「学校に行くより、部活に行く方が大事な生活だったな。あたしの高校、吹奏楽部もあったけど管弦楽部もあってね、あたしは本当に部活しに学校行ってた。バイオリンやってたからさ、けっこう頑張ってたよ」

「ええと、確か第一バイオリンの首席奏者は……」

「男性だとコンサートマスター、女性ならコンサートミストレス、コンミスね。2年の時は、コンミスやったわ」

「ええ! 響、すごい!」

「だれもやりたがらなかったの。バイオリンは何人もいたのに」

「でも、それは響がそれだけの実力があったからじゃないの?」

「さあ、それは分からないわ。だって、完全な趣味でやってたバイオリンだもの。本気でバイオリンで生きて行こうとするなら、音大目指すわよ。もちろん、私は全くそんなレベルじゃなかったからね」

「でも、やっぱりすごい、響。ピアノも弾ける?」

「一応ね。美咲は?」

「昔少しだけ習ったけど、すぐ飽きちゃった。練習も嫌いだったし」

「でも、合唱経験はあるんでしょ?」

「うん、中学の時だけ……」

「じゃあ、美咲も音楽経験者だね」

一通り、音楽経験の話で響と盛り上がる。

「あ、もう行かないと! 午後からは、授業オリエンテーションだよ」

「自分で授業組まないといけないしね」

「行こう、美咲」

「うん」


響と一緒に、授業の選択方法や今選択できる授業の説明、必修科目の説明を聞く。1年生の前期、選択できる授業は必修科目に教養科目くらいだ。

「体育の選択は間違えないようにしないとね」

「響、何にするの?」

「バドミントンにしようかな」

「私も」

「じゃあ、一緒に申し込んどこうよ」

「そうだね」

「でも、大学の授業ってどれも半期で終わっちゃうんだね。何だかつまらないな」

「そうだね、今まで一年間とか同じ時間割で来てたからね」

「これから、サークルの説明会があるみたいだけど、美咲、どうする?」

「あたし、ここに残る」

「へ? またなんで?」

「法学部向けの教職科目のオリエンテーションがあるって」

「美咲、先生になるの?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど、これから先、教えることの技術みたいなものは身につけといたがいいかなと思って」

「そういえば、美咲は大学で研究を続けていきたいって言ってたもんね。そういう技術も必要かもね」

「じゃあ、また明日ね」

「また明日―」

そう言うと、響はサークルの説明会が行われる大講堂へと行ってしまった。


響と別れ、私は授業オリエンテーションの部屋にそのまま残っていた。

「すみません、もしかして、教職の授業オリエンテーションを取るんですか?」同じくらいの年の女の子に声をかけられた。

「はい、そうですけど」返事をする。

「よかった! 誰もいなかったらどうしようと思ってた!」

確かに、授業オリエンテーションに比べると、人はほとんどいない。法学部で教員免許を取得しようと考えるのは、確かに的外れかもしれない。

ここで取得できる免許も、高等学校の公民科のみだ。まあ、本気で先生を目指すわけではないし、公民科の方がかえって今の研究に近い。

「私、佐藤有沙っていいます。教員免許取ろうとしてる子がいてよかった~!」

「私、中村美咲です。有沙ちゃん、先生になりたいの?」

「ちょっと興味があったから……」

「私も、興味があったから。一緒に授業、取らない?」

「うん! 喜んで!」

そういう話をしていると、さっき説明会で話をした先生がまた教室へ入ってきた。教室にいる学生は数えるほどしかいないが、女の子もいることはいる。



「へえ、けっこう単位いるんだね」

「まあ、みんなと同じ授業も受けた上で教員免許を取ろうとしてるんだからね」

「教育実習、行く?」

「行くつもりだけど……」

「行けるかな……友達と、教育実習でまた会おうね、って約束したけど」

「有沙ちゃん、学校どこ?」

「長谷高校」

「え! 長谷高校!」

「そんなに驚いた?」

「ねえ、数学の先生に、陣内先生っていなかった?」

「いたよ。担任にはならなかったけど、私たちの学年の数学の担当の先生だったよ」

「元気してた?」

「まあ、そうだけど……美咲ちゃん、なんで陣内先生のこと知ってるの?」

私は杉谷高校からのいきさつをかいつまんで有沙に話した。

「え! そんなことがあったんだ! 長谷高では、そんなことがあったなんて、全然感じなかったなあ……って、美咲ちゃん、ここの附属高校出身なんだね」

「うん、そういうこと」

「へえー、意外な接点だね」

「あの、すみません」

「はい?」また別の女の子が声をかけてきた。

「教職科目の授業選択の説明会にいましたよね? よかったら、友達になってください!」

「は、はい……」

「私、井上和菜っていいます」

「私は、中村美咲です」

「私、佐藤有沙。よろしくね」

「よろしくお願いします」

こうして、私は新たな友達を作っていった。



それから数日。

私は、響や有沙、和菜、ほかにも同じ授業を受けながら仲良くなった由希子、香織、由美と一緒に行動していた。

今は必修科目がほとんどだから、みんなで一緒に授業を受けることになる。

教職科目の授業を履修できるのは、基本的に同じ学年の教育学部の学生よりも遅くなるらしい。

匠や麻衣子とは、同じ授業を受けることはできないのか。残念だ。

みんなでわいわいしていると、まるで、高校の桜小路会のようだ。

桜小路会のみんなは、今どうしているのかな……



四月も半分が過ぎた頃。

「美咲ちゃん」

聞き慣れた声に呼び止められた。もしかして。

「真理先生!……同じ学校だから、真理先輩の方がいいですか?」

「好きに呼んでいいわ。改めて、合格おめでとう」

「ありがとうございます。真理先生は、今は……」

「ここの法学部の法学研究科の修士課程の一年生よ。相変わらず、池田先生のところでお手伝いさせてもらってる」

「わあ! 真理先生も、合格おめでとうございます。池田先生、お元気ですか?」

「おかげさまで。ちゃんと、美咲ちゃんたちのことも継続して気にかけていらっしゃるわよ。優子……お姉ちゃんは、元気してる?」

「実習が大変そうですけど、元気してるみたいですよ」

「彼氏さんは、どうなったの?」

「桜川医大に行きました」

「優子と同じ大学の医学部は、難しいものね。でも桜川医大もかなり偏差値高い学校だし、優秀な医師を輩出しているということで有名な大学だし、何よりそんなに遠くないからね。池田先生も、美咲ちゃんと大谷くん、そして陽子ちゃん、三人とも心配してたわ」

「ありがとうございます」

確かに、受験が終わった後、半年の通知ということで、原香奈子の近況を報告して頂いた。あの時から相変わらずのようで、二十歳での医療少年院の退院は難しいのではないかと言う話をされた。

「真理先生……ちょっとご相談に乗って頂いてもよろしいでしょうか?」

「どんなこと?」

「サークルのことです。友人たちは、いろいろなサークルに入って、そこでの新しい友人関係を築いているようです。でも、やはりそれぞれ技術が必要かなと思うとちょっと入りこめなくて……。サークルって、入っておいた方がいいのでしょうか?」

「私は、法学研究サークルに入っていたわ。今はもうサークルはやってないけど。確かに、法学部以外でも、法律に興味がある学生が集まってきてた。でも、やっぱりサークルは飲み会とかがつきものよね。

美咲ちゃん、お酒ダメなのよね? やっぱり、そうだと辛いと思うの。もちろん、ずっとウーロン茶とか、オレンジジュースで通す手もあるけど、やっぱり万が一を考えると飲み会って美咲ちゃんには危険なんじゃないかしら。それを考えると、無理してサークルに入ることにこだわる必要はないと思う。もちろん、私の周りにもサークルに入っていない子いたしね」

「分かりました。ありがとうございました」

「でも美咲ちゃんのやりたいように、やるのが一番よ。自分に合いそうなサークルが見つかれば入るのもいいと思うし、アルバイトをするっていう方法もあるんだから。まあ、何と言っても、研究者を目指すなら自主的な研究は欠かせないけどね」

「はい、分かってます」

「これでよかったかしら?」

「十分です。本当に、ありがとうございました」

「また何かあったら、連絡ちょうだいね」

「はい!」



「美咲、学校どう?」

久しぶりに家に帰って来た優子お姉ちゃんと話をする。

優子お姉ちゃんは医学部五年生。実習も一層忙しくなる。

「友達もできたし、真理先生にも会ったよ」

「えー、真理に会ったんだ。元気してた?」

「うん、元気してたよ。真理先生にも、優子お姉ちゃん元気って聞かれた」

「あたしはいつも通りよ。真理にもよろしく伝えといて」

「うん、また話をすることがあったら、伝えとく」

「友達って、どんな子?」

「遠くから来て一人暮らししてる子とか、長谷高校の子とか、隣の県の子とか、いろいろ」

「みんな女の子?」

「うん」

「高校の時は友達に男の子もいたし、杉谷までは渉がずっといたから、女の子だけって面倒に感じたりしない?」

「いつも同じメンバーでいるわけでもないし、みんな揃うのは必修科目だけだよ。だから、そんなに面倒とかは感じないな」

「渉、桜川医大で上手くやってるかね」

「まあ、それなりに上手くやってるみたいよ。毎日じゃないけど、マメに連絡も取ってるし。そういう優子お姉ちゃんは?」

「ちゃんと上手くやってるわよ。あとは、お互いの両親にきちんと挨拶しないとね」

「もうそういう段階なんだね」

「あんたたちはそういうのすっ飛ばしても大丈夫じゃない。もう十何年の家同士の付き合いなんだから。まあ、時期の問題ね」

「そうだね……」

「まあ、渉を信じな。あんだけのことを私たちの前で言っておきながら、他の女に手を出したなんて知ったら、あたしがまず許さない。殴るだけじゃ、すまないから。でも、渉はそんなことできない子だと思うのね。だから、あいつを信じてあげな」

「うん……」

私の不安を、優子お姉ちゃんは見抜いていた。

同じ大学に行けないのはもともと分かっていたことだったが、お互い譲れない道。

もし、大学で他の女の人と付き合うとかいうことになったら……という不安を抱き続けていた。

その不安を渉も払拭するためだろう。余裕のある時は私に連絡をくれ、距離がある大学なのに自宅から通っている。そしてきちんと毎日帰宅しているようだ。

「あんたたちは大丈夫。信じてる」

そう言って、優子お姉ちゃんは部屋に寝に行ってしまった。



大学生になって初のゴールデンウィーク。渉が「久しぶりに、遊びに行こう」と誘ってきた。

「大学入ってから落ち着いて美咲とも話せてないしな。どこか行きたいところとかあるか?」

「うちとか、渉の家でまったり話すのもいいけど、たまにはどこかにパーッと遊び行きたいな」

「遊園地でも行くか?」

「いいね!」

「じゃあ、隣街に出て、ちょっといったあの遊園地にするか?」

「そうだね、そうしよう」

遊園地というよりはテーマパークなその遊園地は、ずいぶん前からあるものだが、常に一定の来客があるようで、連休中も混み合う可能性は高い。とはいえ、何時間待ちとかいうほどではないので、何度か余裕がある頃には二人で遊びに行ったりしたものだ。


「渉と遊園地も久しぶりだな……」


そして、久しぶりに実物の渉を目にすることができた。不覚にも、涙してしまった。

「お、おい、美咲、泣くなよ……」

「だって、久しぶりすぎて、嬉しくて……」

「今から、一杯遊ぶんだ。いろんな話もしよう。俺も、久しぶりに、美咲の姿を見られて、嬉しい」

「じゃあ、行こう」

私たちは、遊園地へ向かって歩き始めた。


その時、私は渉のこれまでの話を改めて聞くこととなる。

それは、想像をはるかに超えるものであった。


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