番外編「智也」
「智也……付き合ってくれ。好きなんだ、本気で」
俺は混乱した。目の前にいるのは、いつも一緒にいる友人、匠。もちろん男だ。
俺は安藤智也。御勢学園大学教育学部附属高等学校の三年生だ。
得意なものは、書道。小さい頃からずっと書道教室に通っていたが、気がついたらここにいたという感じだ。
将来は書道家というよりも、今まで学んできたことを子どもたちに教えていけたらな、と思っている。
中学から御勢学園大学教育学部附属を選んだのも、そのためだ。
御勢学園大の附属中自体が部活動が盛んで、各部でいろいろな賞を取っている。
ただ、附属高校になると一般的な部活動はなくなり、受験を視野に入れた科目中心の部活動となる。
それを嫌い、附属中から他の高校に行く子も多かった。でも、俺はこのままでいけると思った。
俺は国語科の中で、書を極める。その心づもりでそのまま御勢学園大学教育学部附属高校へ進学した。
俺が匠と仲良くなったのは、高校に入った頃だろうか。
中学では名前は知っていたくらいだったが、高校で同じクラスになって色々話すようになって意気投合した。
好きな漫画雑誌を毎週買って読んで感想を語り合ったり、見たテレビ番組の感想を話しているうちに、一番の親友となった。
恋愛の話もしただろうか。その中で、俺は市川さくらの名前を聞いたかもしれない。
同じ御勢の附属中だったのに、ほとんど意識したことはなかった。確か、吹奏楽部の部長だったっけ。
御勢の附属高には吹奏楽部がない。それが理由で附属高に来なかったんだと思っていた。
俺も話をしただろうか。俺は、誰の話をしたっけ……?
そして、俺らの関係が緩やかに変わり始めたのが、高校二年生の春だった。
もちろん、その時は変わり始めたなんて思っていない。後から思うと、そうだったんだな、と思うポイントだ。
それは、俺のクラスに転入生が現れたことだ。
中村美咲。特にすごく可愛いというわけではない子なのだが、あっという間にクラスに溶け込んで行ったのには驚いた。
彼女は匠と同じ、社会部に所属するようだ。俺も、その時正式に国語部に入部することとなった。
それから、彼女と匠がよく一緒にいる姿を見かけるようになった。
「匠、あの子どうなんだよ」
「あの子?」
「中村さん」
「ああ、みさみさか。あの子、彼氏いるぞ。元いた学校に」
みさみさって呼んでるのか。仲いいな。
「もしかして、智也、みさみさに気ある?」
「……」
「否定しないな。でも、諦めたほうがいい。みさみさと彼氏さん、かなり長い付き合いらしいし、家族ぐるみの付き合いだって」
「へぇー」
よく知ってるな。そんなにベラベラ喋る子には見えないんだけどな。
俺は、この二人の友情と呼ぶべきであろう関係を不思議そうに眺めていた。
それから約一年間は匠とはそれまでとはたぶん変わらない関係を続けていた。
匠も部活で忙しかったし、俺も日々練習に明け暮れていた。
正式に国語部に入部したことで、御勢学園大学教育学部附属高等学校から作品を出すことができるようになった。学校内外の作品展に俺は積極的に作品を出した。
なかなか入賞には手が届かないが、やはり周りのレベルというものが高いということだろう。
同じ国語部で書道を研究している子の作品も舌を巻くような凄さだ。俺もまだまだ頑張らないとな、と思わされる。
そして、俺たちの関係がが大きく変わったのは二年生の終わりから三年生の始め。そう、あの中村美咲が大変なことになったのだ。
ニュースや新聞でも取り上げられるほどで、一時は危ないとかいう噂もまことしやかに流れた。
とはいえ、俺ができることはクラスメートとして千羽鶴を折ることくらいしかできない。
学校からも「マスコミなどの取材には答えないように」とのお達しが出た。
彼女がいつも一緒にいる社会部の子達は目を真っ赤にしながら、俺がクラスとして千羽鶴を折る量よりはるか多くの千羽鶴を折り続けている。
俺は匠の隙を見て、「すごい量の鶴だな、クラスで折る以上じゃないのか?」と問いかけてみた。
「ああ、俺らは俺らで、独自に千羽折ろうって話になってな。百花姉様が取りまとめていてくれる」
百花姉様……西山さんだ。最初は中村さんだけをあだ名で呼んでいると思っていたら、いつもいる同じ部のメンバーはあだ名や呼び捨てで読んでいるようだ。
「中村さん……大丈夫なのか?」
「俺が知りたいよ……意識が戻ったっていうのが正式な情報なだけで、他は全く……」
「俺も、少しだけ手伝っていいか?」
「分かった」
匠は数枚の折り紙を俺に手渡してくれた。
最初は鶴の折り方も忘れていたくらいだったが、ずいぶん折ってきたためかなり手際良く折れるようになった。
「ありがとうな、智也。お見舞いに行けるようになったら、行こうとは思っているけど」
「ああ、よろしく伝えておいてくれ」
その後、彼女はトントン拍子に回復を見せ、四月の半ばにはもう登校できる程度になっていた。
その頃、彼女と匠に、俺らの担任であり彼らの部活の顧問である桜小路先生から重要なことが伝えられたらしい。
そうなると、まるまる半年はその発表のための準備に時間を取られてしまう。匠はまだしも、怪我から完全に回復したかどうかあやしい中村さんは大丈夫なのか。
そういう話をしていた時だった。俺は、匠の表情がいつもと少し違うことに気がついた。
「智也……付き合ってくれ。好きなんだ、本気で」
俺は固まった。混乱した。俺ら、男同士だよな……?
「いきなりでごめんな。もし、そういうの受け入れられないって言うならば、断ってくれていいから」
「断るも受け入れるも、もう少し話を聞かせてくれよ」
「うーん……」
匠は顔を赤くしながら、ポツリポツリと話し出した。
「俺、中学の頃、市川にそういう趣味の世界をいろいろと教え込まれてさ。あちこちのイベントに連れて行かれたんだけど、その時は、二人でデートしてるって気分だった。それを、高校に入ってからもしばらく引きずってたんだ。
でも、市川には彼氏がいた。それも、他県の高校に。そいつを追いかけて、市川は御勢を出て行ったっていうのを知ったんだ。
それが高二のころかな。ちょうど、みさみさがこの学校に来た頃か、その後ぐらいだよ。あの子、市川とおんなじ雰囲気を持ってたんだよな。俺、失礼を承知で聞いたんだよ。大当たりだった。それで、俺はみさみさと仲良くなったんだ、いろんな意味で。
でも、俺は彼女をどうしても恋愛対象として捉えることができなかった。彼氏が他校にいるからっていうのもあるかもしれない。でも、それなら市川と変わらない。クラスでも、部活でも一緒にいるのに。逆に一緒にい過ぎるからかもしれないな。
俺は考えてみたんだ。俺はもしかしたら、他に気になる人がいるからなんじゃないか、って。
そして、たどり着いた答えが、智也だった……」
匠の答えは、中途半端な考えでも、好きになった女がダメならとかいうヤケクソとかでもないらしい。まず、好きになった女がダメなら、他の女に目を向けるというのがよくある考え方だろう。
匠は俺を真剣に好きだと言ってくれている。これは、真剣に返すしかない。
「匠……ありがとう。匠の真剣な気持ちは受け止める。でも、付き合うって、どうすればいいんだ?」
「うーん……よく考えてなかった」
「とりあえず、今まで通りでいいんじゃないか? まだ俺ら高校生だしさ、色々あるのはやばいだろ」
「そうだな、ごめん、智也。俺、気持ちを伝えることで一杯一杯で」
「匠、これから忙しくなるんだろ? 桜小路先生が何伝えてきたんだ?」
「ああ、学会の共同研究者に選ばれた。十月まで打ち合わせ続きだ」
「二人でか?」
知ってはいるが、一応聞いてみる。
「みさみさと三人でだ。あの子、まだ怪我が治ってから間もないのに、大丈夫なのかな……」
「桜小路先生はなぜ中村さんをあえてこの状況で選んだんだ?」
「以前から決めていたことらしい。自分の研究に一番ふさわしいって」
匠の話を聞いていると、違う部の俺が見ても、担任の桜小路先生は研究バカだと思う。
うちの顧問の梅田先生はレポート提出なんてほとんど求めてこない。ただ、面談はきちんと行ってくれるし、頻繁に作品展に出すことを勧められる。
出したいと思う作品展のレベルが高くても、「やるだけやってみなさい」といい、さすがに無理そうなものだけは止める。
桜小路先生に比べると梅田先生はかなりの放任主義だな、と思う。
それだけに、自分でやらないと全然伸びていかない。
でも、先輩や同級生、後輩が刺激を与えてくれる。それが、俺の日々の練習の原動力になる。
匠に告白されてから数日。ゴールデンウイーク真っただ中だ。
俺はいつもと同じように、でも少し違った気持ちも抱きながら匠と遊びに出かけた。
中身はたいして変わらない。ゲーム屋を見に行ったり、ゲーセンに行ったり。飯を食ったら、ブラブラとショッピングモールをうろついたり。
途中でコーラを買って休憩したところで、俺は匠より箱を受け取った。
「ん? 何だ、これ」
「プリケー」
「わざわざ?」
「俺との連絡専用にって思って、二台契約したんだ。でも、まだ俺の年齢だと普通の携帯はムリだろ? だから、プリケーにした」
「おいおい、そういうつもりなら言ってくれよ。水臭いな」
「まあ、俺からのプレゼントってことでさ」
「ああ、分かった。でも、プリケーなら、通話したらあっという間になくなるんじゃないか?」
「だから、これはメール中心だな。通話は今まで通り携帯で」
「分かった。でも、匠にしちゃあ随分女々しいな。もしかしたら中村さんあたりの入れ知恵か?」
「入れ知恵っていうより、パクリ。みさみさ、彼氏との専用携帯持ってるって言ってて、羨ましくってさ」
「すげーな、同い年なの? 中村さんの彼氏って」
「ああ。家ぐるみの付き合いが長いから、そういうこともできるらしい」
「へえー」
俺は受け取った白い箱をまじまじと眺めた。
ゴールデンウイーク明け。本格的に中村さんが自分で学校に登校できるようになったようだ。
社会部の子たちは喜んだり驚いたりしている。
俺は六月の作品展に向けて日々練習を加速させていっていた。
そんな時だ。俺は中村さんと匠に「社会部の部室でお茶でもしない?」と誘われた。
社会部の部室はそういう設備が整っているのが羨ましい。うちの部室はほぼ物置だ。
放課後、誘われるがままに匠と社会部の部室に向かう。そこにはすでに中村さんが三人分のお茶を準備してくれていた。
「匠から話は聞いたよ。お祝いをしようと思って」
お祝いされるようなことだったのか。
横にいる匠はあの時以上に真っ赤になっている。それにつられて、俺もなんだか恥ずかしくなってきた。
「まあまあ、お茶でもどうぞ」
彼女からは傷の様子などは感じられない。まるで、何もなかったようだ。
「お茶菓子、あったかな」
そばの冷蔵庫を一通り見るも、相応しいものはなかったらしい。
「ごめんね、何かお菓子でも用意してくればよかった」
「いいよ、みさみさ。わざわざ俺たちのお祝いなんて……」
「ううん、匠からうまくいったって聞いて嬉しくて。私たち、これから桜小路先生にどんな風に扱われるかわからないからね。その前にどうしても安藤くんに伝えておきたいって匠が言ってたから。うーん、本当にうまく行ってよかった!」
なぜだか幸せそうな中村さんと俺の横で照れている匠の顔を見ていると、俺の顔も自然とほころんできた。
六月の作品展が終わり、高校生活の集大成と言える作品展に向けて、そして自分の進路に向けて考える時期が近づいてきていた。
今のまま、御勢学園大学教育学部に進学すれば、自分の目標に近づける。
ただ、今は作品を創り上げることが面白かった。もしかしたら、他の大学で専門的に勉強するのもいいんじゃないか。
とりあえず、どういう進路も取れるようにセンター試験を受けられるようにはしておいた。
最後の作品展は十一月。それまで小さな作品展はあるが、十一月に向けて全力を出せるようにしたい。
夏休み終わり、合宿の作品を出せと梅田先生に言われて、俺は合宿で練習していた作品を一つ県の作品展に出すこととした。
十一月の作品展の試金石としたい、というのは俺と梅田先生の一致した意見だった。
試金石とはいえ、やはり出すなら手は抜きたくない。ちょうど九月の授業があまり濃くない時期、俺は作品の練習に励んだ。
匠とは学校で話し、家ではメールする。そんな日の繰り返しだった。それがすごく心地いいことに気づき始めていた。
匠も十月が学会の発表だ。お互いに忙しい中、何気ない話が一番の癒しだった。
驚いたことに、合宿で練習していた作品は、県の作品展の入選はおろか、佳作にもかすらなかった。
力を入れていただけに、かなりショックだったし、十一月の作品展に向けてのモチベーションもかなり下がってしまった。
梅田先生もこれには驚き、焦ったらしく、俺を呼び出して普段にはないくらいの優しい口調で慰めてくれて、十一月の作品展に向けて気持ちを切り替えるように説得してくれた。
俺は他の誰でもない、匠の声が聞きたかった。確か、十月の半ばが学会の発表とか言っていたな……
俺は普通の携帯を手に取り、匠の普段使用している携帯の番号へ電話をかけた。
「もしもし? 智也? どうした?」
雰囲気がどこか違うことを感じ取ったらしい。
「俺……頑張ったのに……」
「ああ、智也、すごく頑張ってたよな」
「ダメだった……」
「でも、智也の頑張りは、分かってるよ」
「こういう作品展では、賞に入らないと認められないんだよ!」
思わず強い口調になってしまった。しまった、と思った。
「一つの作品展なんだろ? たった一つの作品展なんだろ? 智也の頑張りは、たった一つの作品展だけで評価されるもんじゃない。審査員の好みだったり、裏で何か動いてることもある可能性もあるんだろ? 俺は、いつも智也の作品を評価している。俺にはそういう作品を見る目っていうものはないかもしれないけれど、智也が毎日努力してるっていうことは誰よりも知ってるから」
「……」
「しかも、本番は十一月の作品展だろ? 十一月に大成功すればいいんだよ。今の努力を続けて行けば、きっと成功できる。俺が保証するよ」
何の裏付けがあって言っているのか分からないが、何だか匠に言われるとそういう気がしてくる。
「……ありがとう、ごめんな、匠も本番近いのに」
「俺は桜小路の単なるお手伝いだから」
「でも、あの授業、中村さんと二人で考えたんだろ? すげえよ」
「もちろん、桜小路も考えてるぞ」
十月に入ると、最終考査とセンター出願という二つのイベントに追われた。
俺は悩んだが、親にもせめてセンターぐらい受けたらと言われ、記念受験というつもりでセンター試験の出願をした。センター試験対策も一応していたからだ。
しかし、俺の心は決まっていた。このまま、御勢学園大学の教育学部に進学しよう。
匠と、同じ大学に進学するんだ。
今、匠は睡眠時間や勉強時間を削って、学会発表の準備をしている。
匠は成績に関してはこれまでは問題はなさそうだが、下手をすれば体調を崩して最終考査を受けられないということにもなりかねない。
それは中村さんにも同じことが言える。中村さんは成績も出席もかなり厳しいらしく、成績の点では最終考査で内部進学が左右されるようだ。
俺も十一月とはいえ、日々の練習に気を抜くことはできない。
センター出願を済ませたら、試験勉強と毎日の練習に明け暮れた。
そして迎えた最終考査最終日。ホームルーム前に中村さんが体調が悪いと言って周りが大騒ぎしていたのは知っていたが、俺は匠の顔が赤い方が気になっていた。
「匠……お前、顔赤いぞ。熱あるんじゃないか?」
「うーん、わかんねえな。あれだけ忙しかったし、体がついてこれてないかも」
「大丈夫か?」
「とりあえずホームルームまではな。帰ったら休むよ」
心配だ。先週の今頃は東京にいたのだ。そして新人賞なんて取ってきて、さらに進路を左右する重要な試験。二人とも、体調を崩さない方がおかしくない。
俺は遠回りして、匠の家の近くまで送って行った。
家に着いてしばらくはメールのやりとりをしていたが、プツリと途絶えてしまった。
寝たのかな、と思いしばらくそっとしておくことにする。俺もセンターの参考書を開く。
数時間経っただろうか。俺もうとうとしていたようだ。メールの着信音に起こされた。
「寝落ちしてた。ごめん」
「体調悪いんだろ? 無理するなよ」
「智也、何してた?」
「寝てた。でもさ、新人賞って、すげーな」
「ああ、ほとんど桜小路のやったことだからな、何となく俺たちが取ったのとは違う気するけど」
「お土産もありがとう。嬉しかったよ」
「こっそりお揃いだよ」
「俺も頑張らないとな」
そこまでメールのやりとりをしていたら、再びメールが途切れてしまった。
その後メールが来たのは、すっかり日付が変わった頃だった。
「すまない、今まですっかり寝ちまってた」
「匠、もう寝ろ。体調悪いんだろ? 明日、学校でまた会おう。それまでに体調戻して、また学校で会いたい」
「済まない、本当に済まない……おやすみ」
「ちゃんと寝ろよ! おやすみ」
俺も寝ないと体力持たない、と思って寝ることにした。
月曜日には二人とも普通に学校に来ていた。安心した。
そして、俺は最終考査の結果、桜小路先生と梅田先生の面談で、どうしても他に行きたい大学がないのならば御勢学園大学の教育学部に進学する方が有利だろうという話になった。
ただし、卒論がわりの十一月の作品展の成績にもよるのだが。
そして、匠も内部進学をほぼ確定したようだ。
俺の目標が、叶いそうな気がした。
とうとう十一月がやって来た。
俺の高校生活の集大成である作品展への出展が迫っていた。
匠たち社会部や本多さんのような研究中心の子は卒論を書いているが、俺はこの作品が卒論がわりだ。
これが認められなくては、内部進学が正式に認められない。
学校が終わったら、俺はひたすら練習に明け暮れた。
夏とは全然違い、「鬼気迫るものがあるわね」と親にも言われるくらいだ。
そりゃあそうだ。進路にも関係するのだ。絶対に、入選しなくては。
そして作品を提出してしばらくした日の放課後。俺は梅田先生に呼び出された。
梅田先生も喜怒哀楽を表情にすぐ現すタイプだ。非常にわかりやすい。とても明るい顔をしている。
匠もそうだ。あいつも、感情が顔に書いてあるというくらいわかりやすい。
ふと、気づけばいつも俺は匠のことを考えていることに気がついた。俺も、匠に惹かれているんだな。
「安藤くん、おめでとう。今回の作品展、第三席よ! 今回出した中では、最高の結果だったわ」
今回の作品展は全国的な高校生の作品展だ。これまでも出したことはあったが、県の作品展同様佳作以上にはなったことはなかった。
それがいきなり第三席なんて。自分自身でも驚いた。
これこそ何か裏で動いてるんじゃないだろうか。何もした覚えはないが。
「ありがとうございます。俺自身もまだ実感できてないですけど……嬉しいです」
「私も嬉しいわ。安藤くんが夏以降すごく頑張ってること、知っていたから。本当に、おめでとう」
職員室を後にして、俺は今すぐに匠に報告したいと思った。
その前に、この作品展の展示はいつからだったっけ。日程を確認して、一緒に見に行きたい。
自分の作品の横に「第三席」という札が貼られていると想像しただけで、ドキドキする。
三年一組の教室にはすでに匠の姿はなかった。
教室では居残りで勉強している子達がパラパラといる程度だ。
俺は荷物を持ち、急いで学校を出た。
今、匠は何をしているだろうか。
確か、卒論は二学期の終業式に提出だと言っていた。
家にある書類では、作品展はちょうど十二月二十五日から一月七日まで、十二月三十一日と正月三が日の休みを挟んで開催とある。
その期間であれば、一日くらいなら匠を誘えるかもしれない。
よし、冬休みに一緒に見に行こう、でもその前にこの報告はしておこうと思った。
「もしもし、匠か?」
「ああ、智也、どうした?」
「聞いてくれよ! 今回の俺の作品展、第三席だったって!」
「すげえじゃん! 第三席って、要するに第三位ってことだろ?」
「うん、簡単に言うとそんな感じだ」
「過去最高じゃないか?」
「そうなんだよ!」
「おめでとう、智也。やったな、やったな……」
「ああ、嬉しいよ」
「それが見れるのはいつからなんだ?」
「十二月の二十五日からだって」
「冬休みからか。ちょうどよかった、こっちも余裕が出る。一緒に見に行こう。智也の作品、見せてくれよな」
「ああ」
この入賞が大きかったらしく、親からは他の大学も検討したらどうかとも言われ始めた。
ただ、やはり自分の考えは変えなかった。自分のやりたいことに立ち返って、書道家になるのではなく、子どもたちに書道を教えられる先生になる。それだったら、このまま教育学部に進学した方がいい。
もちろん、匠のことは秘密だ。
十二月二十七日。年の瀬も押し迫っているが、俺と匠のスケジュールが合ったため、作品展を見に行くことになった。
総合的な作品展のため、書道だけでなく彫刻や絵画なども展示されている。
「すごいな……」
俺の作品を目の前にして、匠はつぶやいた。
「すごい?」
関係者以外の率直な意見を聞くことができるのは珍しい。匠の意見に耳を傾けることとした。
「なんだか、字に躍動感があって、今にも飛び出してきそうな感じがするな。美しいとか、そういう世界を越えて、別の世界を感じる……」
ふむ。確かに、講評にも「躍動感がある」とはあった。でも、「別の世界を感じる」か。匠も不思議な感性を持ってるんだな。でも、俺の作品からそれを感じ取ってもらえたんなら、それは嬉しい。
ぐるりと二人で美術館を回ったが、匠からはこれ以上のコメントを引き出すことはできなかった。
年が明け、センター試験が近づく。
センター試験は記念受験のつもりだが、二月の一日までは御勢学園大学教育学部附属高校でも内部進学を希望していても合格の内定は出ない。それまでは不安をかき消すために、みんな赤本や参考書を携えて勉強しているのだ。
俺も一応センター利用可能な御勢学園大学教育学部に似た大学の受験を検討していた。もちろん、受かっても御勢学園大学教育学部に進学するつもりだが。
センター利用が可能な大学も、合格が厳しいのは知っている。だからと言って、二次試験までハイレベルな国公立大学を目指すにはちょっと成績も実績も足りない気がする。
だから、そっちは最初から検討していない。
ただひたすら問題を解く日々が続く。
センター試験の日は雨だった。気温がそんなに低くないため、雪にはならないようだ。
試験会場はうちからは少し遠い国公立大学だ。人だらけだ。
「センター試験、頑張れよ」
匠がそっと渡してくれた、学校の近くの神社のお守り。
センター試験も頑張るけど、匠と一緒の大学行けるように頑張るからな、と心の中でつぶやく。
とりあえず、センター出願に必要な試験を受けて、会場を後にした。
二月一日。御勢学園大学内部進学希望者向け合格発表内定日。
出席番号一番の俺は、一番最初に結果を聞かされることとなる。
桜小路先生のいる社会科準備室。職員室での面談は何度かあるが、ここに入るのは初めてだ。
桜小路先生はためらうことなく、「三年一組の御勢学園大学教育学部合格第一号、おめでとう」と俺に告げた。
これで、センター出願の大学はどうでもいい。
俺は、自分の目標の第一歩を達成した。
「やっぱり、十一月の入賞も大きかったようだね。内部進学では教育学部教育学科トップ合格だよ、安藤くん」
えっ! 最も驚いたのはそれだった。
「まあ、ちょっと勿体無い気もしなくもないが、梅田先生から目標を聞いていたからね。安藤くんの目標が達成できることを、心から願っているよ」
「ありがとうございました」
「まだ合格内定段階だからね。他言しないように注意するように。それと、まだ結果が出てない子たちがたくさんいる。それを踏まえて、行動には気をつけるように」
「はい」
そしてその後、匠から、中村さんも、社会部で内部進学を狙っていた子たちも合格したことをそっと教えられた。
国語部でもあっという間に内部進学の結果が広まって行った。内部進学を狙っていた子たちはみんな合格だったようだ。
「匠、おめでとう」
「智也も、おめでとう」
「これで、同じ大学に通えるな」
「ああ、本当に嬉しい」
「一人暮らしする予定とかはないんだよな?」
「残念だけどな」
「いつか、一緒に住めるといいな」
「そうだな、一緒に住めるといいな」
「とにかく、一緒の大学に行けるだけでも嬉しいや」
そうだ。俺が心から願ったことだ。
「これからも、よろしくな、匠」
「ああ、これからもよろしくな、智也」
俺たちの大学生活は、まだ始まっていない。
高校とは違った生活。実習、サークル、いろいろあるだろう。
でも、俺は大事なものをたくさんこの高校で見つけた。幸い、それを大学まで持っていける。
手放さないように、なくさないように。
大事に、していこう。
番外編ー完ー




