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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第三章 「風」
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第二十一話 「それぞれの、道」

「池田屋!」

「今は池田屋は、居酒屋になっている。かつてはパチンコ屋だったりした時代もあったが、今はあの頃の面影を残した居酒屋だ。八人の予約を入れてある。行こう」

そうして、少し離れた場所にある池田屋まで、地下鉄で向かうことにした。


「記念碑がある!」

「歴史だ……」

「すげえ」

「時間……ちょうどぐらいか」

まじまじと記念碑を見つめていた私たちを置いて、桜小路先生は店内へ入って行った。

私たちも慌てて後を追う。


「いらっしゃいませー!」

「予約ですが」

「八名様ご予約ですね、こちらへどうぞ!」

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」


威勢のいい掛け声とともに店内へ進んでいくと、大階段が目に入る。

「もちろん、再建されたものだ。だが、かなり精巧に再現されてあるらしい。八メートルだ」

高いところに弱い祐樹がふらりといきそうになる。

「お部屋こちらです」

八人ちょうどの部屋を桜小路は予約してくれていたようだ。

「今日は私も飲まないからな」

みんなそれぞれドリンクを注文する。

桜小路先生はコースで料理も予約していたらしく、ドリンクと同時に食べ物も次々に運ばれてくる。

「みんな、卒業おめでとう、そして、大学合格おめでとう! 乾杯!」

「乾杯!」

「でも、すごいなこの店。メニュー名もとことんこだわってる」

「お酒飲めたら、これ飲んでみたいなぁ~」

麻衣子が新選組隊士の名をつけられたカクテルを眺める。

「まだダメだぞ。二十歳からだ」

一通りコースメニューが揃い、「食べ足りなかったら、追加していいぞ」という桜小路先生の好意に甘えて数品注文した。

いかにも新選組や池田屋にちなんだ名前のメニューを追加注文して、届くのを待つ。

「桜小路先生は、ここがこんなお店だってご存知だったんですか?」

「ああ。まあ下調べもしたんだがな」

「明日行く予定に合わせてとか?」

「そういうわけではないが、せっかく京都に来たんだし、史跡が居酒屋という形とはいえ復元されたんだから、行かないのはもったいないと思ってな」

「でも、明日の予定が楽しみになりました!」

「そうか、それは何よりだ」


帰りは来た道を八人でゆっくり歩いて帰ってきた。

優には、「もう買い出し済んでるから、みんなにいつでも桜小路会できるって伝えといて」と言っておいた。


ホテルに戻ってきたら、時間は午後八時だった。

「シャワー浴びよう」

「誰から?」

「昨日あたしからだったから、最後の美咲からで」

「じゃあ、九時半くらいに桜小路会開始?」

「とりあえず匠に電話しとくー」

早希が連絡を入れてくれた。


私がシャワーを終わり、みんな順番にシャワーを済ませて行く。

百花がシャワーを最後に浴びている時、電話が鳴った。匠からだ。

「そっち、みんな風呂済んだか?」

「あとは百花姉様だけかな。そう長くはかからないと思うよ」

「じゃあ、みんなとそろそろ向かう準備する」

「分かった」

電話の内容を麻衣子と早希と、ちょうど浴室から出てきた百花にも「そろそろ来るってよ、みんな」と伝えた。

「じゃあ、準備しましょう。せっかく気合い入れてたくさん食べ物飲み物買ってきたんだものね」

私たちは買っておいた食べ物と飲み物を準備し始めた。

昨日のやり方はなかなかうまく行ったので、今日も二リットルの飲み物を多めに買っておいた。

百花の携帯が鳴る。「もう来てるの? 分かった。チャイム鳴らしてよ」と確認を取るように言う。

すぐに部屋のチャイムが鳴り、匠と祐樹、優が現れた。

「お疲れ。まあ、適当に座ってよ。飲み物もお菓子も買ってあるよ」

「ありがとう。助かる」

みんなで昨日のように、円座のような形を組んで座る。

「今日は今日で、びっくりしたね」

「ああいうところで桜小路先生は育ったんだね」

「綺麗だったな、あの風景は」

「ああ、絵葉書になりそうだな」

「祐樹の大学も見に行けたしね」

「桜小路先生の発想がなかったら、俺、確かに食事に困ったかもな。確かに、行きつけの定食屋みたいなところがないと、食事しなくなるかも」

「祐樹、あんまり食べないしね」

「だから桜小路は心配して、祐樹にああいう方法で食事の手段を確保しようとしたんだろうな」

「でも、きれいな大学だったよね」

「俺が入試で入った時も、かなりきれいだと思った」

「御勢学園大もきれいだけどな」

「まあ、そこはそこ、ここはここ。どっちもどっちよ」

「……」

「どうしたの、美咲?」

「みんな、何がきっかけでこの学校に来たのかなって思って。私は特別なパターンだったと思うけど、みんなどういう理由でここに来たのかなと思ってさ」

「俺は……気づいたらここにいたって感じだな。附属幼稚園から御勢だったし」匠が言う。

「あたしも……深く考えずにここまで来ちゃった、って感じ。あたしも幼稚園から御勢で、外の学校に出て行こうという考えがなかった」麻衣子が言う。

「俺は附属小から御勢だった。親が勝手に手続き進めちゃったから、もう分からないや。面接とかしたのかもしれないけど、何話したかの記憶ももうない」優が言う。

「俺は、中学で御勢を受けることにした。御勢の附属中は内部進学も他の高校への進学もできるって聞いたし、何よりの決め手は、やっぱり部活だったかな。御勢は運動部も文化部もかなり盛んだったし、俺、小学校からサッカー部だったからさ」祐樹が言う。

「だったら、高校悩んだんじゃない?」畳み掛けるように聞いてみる。

「うーん、それがもう、中学でもういいやって気分になって、高校でまで続けなくていいかな、って思ってた。やっぱり部活動が盛んなところはそれだけいろいろあるしさ」

「そうか……」

「それで、もう一般的な部活動のしばりがない御勢の附属高に進学することにした。それだけ勉強にも専念できると思った。社会部っていう部活動はあったけど、こういう部でよかったと思ってる」

「あたしも、中学で御勢を受けた」

「あたしも」

早希と百花が言う。

「早希嬢も?」

「百花姉様も?」

当の本人たちが一番驚いているようだ。

「てことは、あたしたち落ちたってことよね」

「あたしは、御勢に来たかった。憧れだったんだ、この学校。だから、中学は原中に行ったけど、高校でもう一度御勢を受けた。祐樹の話聞くと、部活が面倒みたいね、御勢の附属中は」早希が言う。

「あたしも、御勢に来たかった。どうしても。面白いことやってるな、と思ってたから。中学で御勢と一緒に受けた桜雅学園に受かって、そこに行くことにしたけど、何もかもがつまらなくて。さすがに親も心配したみたい。高校で一度御勢に落ちちゃったけど、親は「百花がどうしても御勢に行きたいって言うなら、納得行くまで挑戦してみなさい。もちろん、大学で御勢を狙う方法もあるだろうけれど、あなたには今の学校があまり合ってないみたいに思う」って言ったから。

それから一年かけて、必死で勉強して御勢に入った。親もそのまま桜雅の高等部に進学してくれればいいのにとか、どっかの県立とか私立高校に受かればいいのにとか思ってただろうけど、私あの頃そういう状態じゃなかったから」

「百花姉様、そういうことがあったんだ……」

「今は、遠回りでもここに来れてよかったと思ってる。あのまま桜雅の高等部に進んでたら、多分もう学校に行ってなかったと思うし」

「みんな、それぞれの思いや事情があって、ここにたどり着いたんだな」

「でも、ここで桜小路会を結成できてよかった。みんなと出会えてよかった」

「ああ、それは俺も思う」

「桜小路会に、かんぱーい!」

みんなで紙コップのジュースを持ち上げる。


「明日はどこに行くんだっけ?」

「美咲が一番行きたがってたところだろ。二条城に、西本願寺、壬生寺、新選組尽くしじゃないか」

「京都タワーにも登るんだよね?」

「そうだったな。お土産まで買って帰ると、かなり時間かかるぞ」

「今日は早めに休むか? もう食べ物も無くなってきたことだし」

すでにベッドでゴロゴロしていた麻衣子に優が声をかける。

「麻衣子~ 起きてるか~?」

「ふぁに~?」

「ダメだ。意識が完全に飛んでる、麻衣子。俺らも、部屋に戻るか」

「だな。明日も七時半にフロントだってさ。桜小路が言ってた」

「じゃあ、解散~」

「おやすみ~」

「あえ? なんでみんないにゃいほ?」

「はいはい、麻衣子はそのままおやすみなさい~」

そうして、京都での桜小路会は全てお開きとなった。



三日目。京都への卒業旅行も今日でおしまいだ。今日の夜には、家に着いていることになっている。

「おはよう、美咲」

「百花姉様、おはよう。早希嬢は相変わらず洗面台?」

肯定したように首を縦に振る。

「その代わり、私は今朝は早希嬢が起きるより先に起きて、洗面台を精一杯使わせてもらったわ。ちょっと眠いけど、帰り寝ちゃえばいいもんね」

「さすが百花姉様! 先手必勝!」

「だって、早希嬢洗面所使い始めると長いんだもん。あたしも使いたい。だったら早く起きるしかない」

そして二人が振り返る方向には、まくらを抱きかかえふにゃふにゃ言っている麻衣子だった。

「麻衣子起こすの大変だし、もう少しほっとこうか」

「幸せそうに寝てるしね」

そして昨日と同じ午前七時五分、洗面台を離れた早希と三人で、まだまだ寝たりなさそうな麻衣子の布団を一枚ずつはがして行くのだった。



昨日と同じような朝食をとった後、私たちは京都旅行最終日のスタートを切った。

「予定なら、まず二条城かな」

「どうせ駅に帰ってくるんだもんね、どうせなら一番遠いところから見て回った方が効率いいもんね」

「二条城に行くなら、バスを使うといい。帰りにいろいろと寄って帰る予定なんだろう?」

「はい」

「じゃあ、行きくらいまっすぐ行ったらどうだ。もう三日目だし、歩くのにも疲れただろう」

ということで、行きは二条城の近くまでバスで行くことにした。

「二条城って、入ったことないや、そういえば」

「中学の修学旅行で、朝練の走り込みのスタート地点が二条城だったな。二条城三周だったっけ?」

「あたし合唱部だったから、朝練には参加してないよ、早希嬢……」

そうだ。原中の三年の時に来た京都の修学旅行。運動部は朝練と称して走り込みを義務付けられているのだった。そのスタートが今から向かう二条城なのだ。

「あたしはみんなをまとめるのと眠気と戦うのに必死で、周囲の景色なんて見る余裕なかったなあ。陸上部だからペース落とすと周りから何言われるかわからないから、その辺りもヒヤヒヤしてたし」

「すごいな、原中は。世界遺産をスタートとゴールにして朝練か」

「世界遺産?」

「そうだ。二条城は一九九四年にユネスコの世界遺産リストに登録されている」

「わ、そんなすごいところを走ってたんだ、私たち」

「二条城は歴史も深い。大坂冬の陣や夏の陣から大正天皇の即位まで使われた、歴史ある宮城だ」

そこまでの歴史があることは知らなかった。新選組が二条城に上洛される将軍の警護にあたった程度の知識しか持っていなかった。

「ところで、どうして二条城に行こうと思ったんだ?」

「修学旅行で朝練のスタート地点だったから……」

「新選組が将軍の上洛される時の警護に当たったっていうのを知ってたから……」

「で、その将軍は何代将軍の誰だ?」

「えーと……」戸惑い続けている自分を尻目に、

「十四代将軍の、徳川家茂、です」

と麻衣子がちょっと自信なさげに答える。

「正解。ただ、新選組関係の場所を見て回りたいんだろう? それならば、二条城に時間をかけるよりも予定の西本願寺や壬生寺、予定外だがその近くの八木邸のほうがもっと新選組の歴史を感じられるんじゃないかな。今日は時間も限られているしな」

「そうですね……」

「まあ、二条城も見て損はない。ただ、時間が限られているという点が今日はあるからな。本当に見たいものを、しっかり見るようにしたらどうだろうか」

ということで、二条城は本当にさらりと見る程度で後にすることにした。ここに新選組が将軍の警護に来たんだ、ということをかみしめて。

そして、次の予定である壬生寺へ向かうことにした。桜小路先生によると、壬生寺と八木邸はそう遠くないらしい。

私と麻衣子は迷うことなく「行きます」と答えていた。


京都駅へ戻る方向へ歩きながら、私たちは壬生寺へ到着した。

「ここで、新選組の訓練があってたんですよね」

目が覚めた麻衣子は、饒舌に語り始める。

「ああ。近くの八木邸を屯所としていた時代はな。ここは隊士たちの墓所もある。数多くはないがね」

「近くにお寺があって、そこにもお墓があるとか」

「ああ、光縁寺だな。せっかく来たんだ、ちょっと遠くなるが、ぐるりと回ってみよう」

「はい」

あまり二条城に時間をかけなかったため、時間はたっぷりある。

近藤勇の胸像に圧倒されつつ、自分の知識をフル動員されて、どのような稽古をしていたのかを想像してみる。

「美咲、行くよ」

百花に言われるまで、想像の世界に入りこんでいた。


次に桜小路先生に案内されたのは、すぐ近くにあった八木邸だ。

ここが新選組の最初の屯所だったのは、知識で知っている。

「ここは原則撮影禁止だそうだ。ルールは守るように」

「すげえ、ここ刀傷だ」覆いはしてあるが、本物のようだ。

「本物だよな?」

「歴史だ……」

今までよりもリアルに感じられる新選組の歴史に、みんなはしゃいでいる。

写真は撮れなかったが、よりリアルな歴史を実感しつつ、八木邸を後にした。


「さて、光縁寺だが、拝観料が必要とのことだ。駅へ向かうルートから少し離れるが、遠くはない。西本願寺にも十分に寄れる」

「とりあえず、西本願寺まで行ったらお昼にしようよ。京都タワーは、午後からで」

早希が提案する。皆に異論は無い。

さすがに、自分の希望とはいえ結構なペースで回っている。ちょっと疲れたというのも本音だ。


八木邸より少し歩いた所に光縁寺はあった。

拝観料を払い、墓所へと入る。観光気分とは少し違った気分になる。

何度も文献やゲームで見たことのある隊士の名前をたくさん見つけることができた。しかし、それは墓標であることに何とも言えない感情を抱いた。

当然だ。今から百年も前に活躍していた人たちなのだから。

私たちは、隊士たちの墓標一つ一つに手を合わせ、百年前の人々の活躍に思いをはせた。


「さて、西本願寺だな」

「はい」

「しかし、新選組の人気は衰えないものだな。大河ドラマやゲームなどでの人気もあるが、純粋に新選組が好きでこの辺りを訪れる人もたくさんいる。彼らの活躍は、世代を超えて惹きつけられるものがあるんだろうな」

私も新選組への興味は、ゲームからだった。しかしゲームだけの情報では満足できず、杉谷にいる頃は時間を見つけては図書館へ行き、新選組関係の書籍を読みあさった。まあ、それも御勢学園大学教育学部附属高等学校への転入試験勉強で時間が取れなくなってしまったのだが。

それでも、新選組への興味は失せなかった。


「西本願寺は隊士が増えすぎて、手狭になった新選組の新しい屯所だな。まあ、ここでもやりたい放題で、西本願寺側がお金を出して、出て行ってもらったということだが」

「不動堂村の屯所ですよね」

「ああ、そうだ」

麻衣子はよく話す。今までにないくらいだ。

「不動堂村跡の屯所は、今は案内板があるくらいだ。帰りがけに覗いていこう」

「はい!」

いつになく嬉しそうな麻衣子を見ていたら、みんな笑顔になっていった。


西本願寺を拝観し、駅へ向かう途中で本当に不動堂村跡の案内板を見つけられたのは、やはり桜小路先生の情報のおかげだろう。

桜小路先生の情報がなければ、見れないところがたくさんあった。充実した新選組のゆかりの地めぐりだった。麻衣子もいつになく上機嫌だ。


昼食は、「京都にも京風ラーメンがあるぞ」ということで、桜小路先生おすすめのラーメン屋に案内してもらった。醤油味の、いつも食べ慣れている味とは少し違うが、美味しかった。



昼食後、みんな行ってみたいということで意見が一致した京都タワーへ行くことにした。

地上百メートルの展望台からの景色、それは想像以上に絶景だった。京都の街並みを一望できる。

みんなきゃあきゃあはしゃぎながら景色を眺めていた。ただ一人、顔色が悪くなっていく祐樹を除いて。

「こ、こんなに高いんだ……」

「ほら、下には車が走ってるよ。豆粒みたい」

「うう、俺、やっぱり高い所苦手だ……」

「でも、来てみたかったんでしょ?」

「こんなに高いと思わなかった……」

高さにおののく一人を除き、みんな満足したところで、タワーを後にする。

これで京都観光の目的は全て達成した。


京都駅。帰りの新幹線は午後五時台の便にすることにした。

駅で家族や友達へのお土産、自分の買物をそれぞれする。私は家にお菓子と、渉にお揃いでバックを買ってみた。

「みんな、満足したか?」

「はい!」

それぞれ収穫物を手に、荷物を持って新幹線乗り場へ移動する。

「新大阪でぐっと人が減ると思うから、それまでは座れるか分からないが、とりあえず乗ろうか」


やはり新幹線は満席だった。

一駅ということで、みんなで立って空席待ちをすることにする。

桜小路先生の予想通り、新大阪で人がごっそり降りて行ったため、私たちはまとめて座ることができた。

最初はいろいろと話していたみんなも、一人寝、二人寝とだんだんみんな寝ていった。

私も、いつの間にか寝てしまっていた。


「着いたぞ」

誰かの声に起こされ、急いで新幹線を降りた。

そこからまた電車に乗り、最寄り駅へ帰る。

いつも見る、見慣れた当たり前の風景が懐かしかった。


「晩飯、どうするんだ?」

「けっこう遅くなりましたね」

「帰る時間、連絡してないな」

「じゃあ、軽く済ませようか」

私たちは駅の近くのパスタ専門店に入り、夕食をとった。こんな洒落た店がこの街にあることを初めて知った。


「卒業旅行、お疲れさま。これからはなかなかみんなで集まるということも少なくなるだろうから、いい思い出となってくれたら嬉しい」

「楽しかったです、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

みんなで頭を下げる。

「じゃあ、私は明日から仕事だから、これで」

「桜小路先生、本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

桜小路先生が帰ったのを見届けて、優が言う。

「さて、俺らはどうする?」

「うちの車は、八人は無理だな……」学会の時はなんとかなったが、今回は人数が多すぎる。

「時間も時間だし、タクシー二台で帰るか。相乗りで」

「そうだね、そうしようか」

駅前には流しのタクシーがいたため、タクシーを捕まえるのは簡単だった。

「できるだけ行き先が近い組で、料金はどうする?」

「とりあえず、今みんなから千五百円もらう。で、差し引きを後日精算で」

「じゃあ、一番遠くに行きそうなのは?」

「俺か」匠が名乗り出る。

「俺もかな」優も名乗り出た。

「じゃあ、自宅が匠寄りの組と、優寄りの組で、前払いね」

私は匠寄りの組に入り、匠に千五百円預け、匠と私と麻衣子で一つのタクシーに乗り込んだ。


一番先に降りたのは麻衣子だった。

「お疲れさま、麻衣子。今日はゆっくり休んでね」

「うん、おやひゅひ~」

すでに意識が朦朧としているようだ。

次は私の家だ。

「みさみさ、お疲れ。無理せず、休めよ」

「うん、ありがとう。おやすみ、匠。お疲れさま」

「またな。精算についてはまた連絡するよ」


「ただいま」

「おかえり、美咲。疲れたでしょ」

「新幹線で寝てたし、平気だよ」

「ご飯は?」

「食べてきた」

「じゃあ、お風呂入って早く休みなさい」

「はあい」


私には帰ってきたらどうしてもやりたいことがあった。

渉へ、電話しよう。

お風呂から上がると、私はしばらく使っていなかった渉との連絡専用電話を手にした。

緊張しつつ、渉へ電話をかける。

「もしもし、美咲?」

「渉?」

「ふう、やっと終わったよ、受験生」

「……」

「俺、桜川医大に行く。優子お姉ちゃんの大学、推薦も前期も後期も狙ったけど、全部ダメだった。すげえな、優子お姉ちゃん」

「渉に、渡したいものがあるんだ」

「今日まで、京都にいたんだろ? お母さんに聞いたよ」

「あ、聞いてたんだ」

「卒業旅行だろ? 俺らも、どっか行こうかな」

「渉、お疲れさま。私が言うことじゃないかもしれないけど」

「美咲も、かなり大変だったんだろ? 俺も、美咲が御勢学園の附属高校に行った時は、御勢学園大学確定じゃんって思ってたけど、かなり内部進学要件は厳しいみたいだし、頑張ればなんとかなるって感じでもなさそうだったから。俺らは、いろいろと評価してもらえる要素があるけど、御勢の附属は出席と成績、提出物ぐらいしか評価要素がないみたいだから、美咲も必死だろうなって。でも、それを乗り越えて美咲は御勢学園大学に内部進学できたんだよな。たいしたもんだよ」

「私はセンター試験も受けなかったし、受験生らしいことはほとんどしてない。だから、渉がどれだけ辛かったか、私はよくわからない……」

「美咲も俺も、やるべきことをやるだけやった。それは変わらないよ。どっちがより頑張ったとか、辛かったとか、そういうのはないし、今はもういいじゃないか。お互い、晴れて大学生になれるんだしさ」

「とりあえず、明日にでもお土産渡したいな」

「久しぶりに、美咲の家に行くよ。夜になるかもしれないけど、いいか?」

「全然大丈夫! 待ってるよ」


翌日、渉がうちに来て久しぶりに賑やかな夕食となった。

「お菓子、持って帰ってもいいか? これ、うちの親が好きでさ」

「もちろん! 渉のお父さん、お母さんにもよろしくお伝えください」

「じゃあ、うちのお菓子食べて行って」

「すいません……」

「同じものだけどね。そして、はい、どうぞ」

私は渉にもう一袋お土産の入った袋を渡す。それには京都のあちこちで買ったものやお揃いのお守りとバック、渉の好きそうなものお菓子を入れておいた。

「おお、こんなにもらっていいのか?」

「もちろん」

「ありがとう、美咲」

「どういたしまして」



数日後、匠からタクシー代の精算の連絡があった。

「分かった、あまりを受け取ればいいのね」

「部室使わせてもらうのも、卒業した身としては気が引けるな。御勢の近くのファミレスで」

「了解」


麻衣子とファミレスで会う。久しぶりに会った気がする。

「何日か会わないだけで、ずいぶん会ってない気がするね」

「だね」

「これから、もっと会わなくなることが増えるんだよね……」

「それが卒業だよ」

「同じ大学行くのに、寂しくなるね」

「学部違うしね」

そこに匠が現れ、精算を済ませ、雑談を続けた。

「入学式までにすることってある?」

「スーツ買う?」

「入学手続きは済ませたしな」

「祐樹は、もう行ったのかな」

「かもな」

「また、みんなで会えるかな」

「会えるよ。成人式あるじゃん!」

「私たちは同じ大学にいるんだし、会おうと思えば会えるよ」

「そっか、そうだよね」


私たちを、太陽の光が優しく照らしていた。

これからの私たちの行く先は、きっとおだやかだ。

そう思える春の日だった。


第三章ーー風ーー 完


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