第二十話「春の京、桜小路」
匠が桜小路先生に卒業旅行の話を持ちかけてから、約二週間後。
私たちは、京都へいた。
あれから、打ち合わせは匠が行なってきたが、私の体調の都合で匠の独断では部屋割りなどにも支障が出る。
そのため、日程の大枠を匠と桜小路先生で決定してもらい、行きたい所など細かいところを私たちも参加して打ち合わせを行うこととした。
久々に部室へ来た。お茶会も久しぶりだ。
「どこ行きたい?」
「金閣寺!」
「そういえば、俺ら、修学旅行は中学三年が沖縄、高校一年で北海道なんだよな。京都は初めてだ」
「あたし達は京都行ったよね、美咲」
「うん、原中の修学旅行は三年に京都だったよね」
「あたしも京都行ったけど、ずいぶん前だなあ」百花が言う。
「どういうとこ行きたい?」
「金閣寺は行きたいね」
「龍安寺行きたい」
「渋い、祐樹」
「ちょっと情報を手に入れてさ」
「そういえば、祐樹の大学も見に行きたいよね」早希が言う。
「とりあえず、日程は二泊三日だ。桜小路もそれ以上は休めないみたいだし」
「じゃあ、行きたいところとだいたいの時間とかを調べてみようか」
パソコンを立ち上げ、百花が各自の行きたい場所と時間を調べていく。
「ホテルのチェックインの時間とかもあるよね」
「ホテルか、そこまでの移動時間も考えないとな」
「そういえば、学会のときは、どういう部屋割りにしたの?」百花が聞く。
「俺と桜小路はシングルで、みさみさと麻衣子でツインの部屋取ってもらった」
「今回はどんな感じにする? 三人部屋とかあるみたい?」
「三人部屋がありはするな。俺らは三人部屋でいいけど」
「ああ、構わない」
「四人部屋? それとも二人部屋を二つ?」
「四人部屋の方が楽しくない? せっかく卒業旅行なんだしさ」
「そうだよね、もし美咲に何かあっても三人で助け合えるしね」
「じゃあ、部屋は早めに押さえといたがいいな。大人数の部屋は少ないだろうし」
「桜小路がホテルは決めてくれてるらしいから、とりあえず伝えに行こう」
「そういえば、卒業式以来桜小路先生に会ってないね。あたし達も行こうか」
そうして、七人で久しぶりに桜小路先生へ会いに行くことにした。
桜小路先生のもとには、国公立大学組の前期試験の結果も届いていた。
「山内さん、受かったんですね……よかった……」
「彼女は大丈夫だとは思っていたけれど、いざ本人から報告を受けるまでは緊張するものだよ」
他にも無事に志望大学に合格した子、後期日程に賭ける子、それぞれだった。
「ホテルは、ひとまず京都駅の近くのホテルを取るつもりだ。三人部屋と四人部屋がいいか。それなら問い合わせをするから、三十分後ぐらいには分かるだろう」
三十分後ぐらいに再び桜小路先生のもとを訪れることとして、再び部室へ戻った。
一年生や二年生はまだ授業中だ。桜小路先生の授業に重ならないようにしないといけない。
「ホテルが駅の近くなら、とにかく駅に戻ることを考えればいいね」
「じゃあ、最終的な行きたいところを挙げてよ。スケジュール組んでみるから」
「金閣寺」
「龍安寺」
「清水寺」
「二条城」
「八坂神社!」
「島井大学」
「ついでに祐樹のマンション」
「俺の大学もマンションも、京都駅の近くじゃないぞ」
「二泊三日だし、そっちの方向にも行けないかな?」
「あとは、京都タワー?」
「新選組関係のとこにも行きたい!」
「美咲、新選組関係のとこって言っても、数があるし、絞らないと」
「うーん……」
自分の知識を総動員して意見を出す。
「西本願寺か、壬生寺かな……池田屋は、今はないとか聞いたし」
「新幹線の到着、出発時間とかも考えないとね」
「じゃあ、近いエリアで移動できる感じがいいよね」
「となると……」
百花が地図を立ち上げ、それぞれのポイントを検索して、移動できるかを考える。
「二日目は島井大学と祐樹のマンションを見に行きたいよね」
早希が百花のプロットしている地図から、スケジュールを組み立てていく。その中で、一気に行くには遠い金閣寺と龍安寺は他のスケジュールとは別にすることとした。
「んじゃ、こんな感じ?」早希がメモ書き的にスケジュールを完成させる。
「初日 京都駅着 午前:金閣寺、龍安寺、昼食、午後:清水寺、八坂神社、地主神社→ホテル
二日目 京都駅発→島井大学のある駅 島井大学と祐樹のマンション見学→京都駅→ホテル
最終日 ホテルチェックアウト 午前:二条城、西本願寺、壬生寺、京都タワー、昼食、午後:お土産買ったりして新幹線で帰る」
「最終日、新選組づくしだね」
「いいじゃない、美咲も楽しみでしょ?」
「うん」
「実は私も!」
麻衣子も楽しそうにしている。
「早希嬢、それ貸してくれ。俺、今から桜小路のとこ行ってきて、これでいいか聞いてくる。さっきのホテルの部屋の件もあるしな」
早希からメモを受け取った匠は早速桜小路のところへ向かった。私たちは匠の帰りをお茶をいれて待つことにした。すでに私たちが好きに飲んでいいものではないが、こっそりと飲ませて頂いた。
二年生十人の集まりで飲んでいるのだろうか、ずいぶん減りが早い。ちょっと遠慮して七人分のお茶をいれた。
数十分待っただろうか。匠がようやく戻ってきた。
「桜小路授業に出ててさ。戻ってくるまで他の先生に捕まってたよ」
「お疲れー。で、どうだった?」
「ホテルは取れたみたいだ。日程も、ほぼOKだ」
「ほぼ?」
「二日目」
「二日目、何か問題でも?」
「二日目に、桜小路の出身地に連れて行きたいんだと。島井大学からはそんなに離れてないから、予定に桜小路のふるさとめぐりを加えても問題はないだろうって」
「そして、肝心な日時は?」
「今日から十日後、土、日、月の予定だ。新幹線は自由でも問題ないだろうって桜小路は言ってた。逆に、八席を続きで指定する方が難しい」
確かにそうだ。土日を挟んで八席の指定は厳しい。
「だから、京都着を早くしたり、こっちに戻ってくるのを遅くしたり早くしたりも自由だ」
そういうことを聞くと居ても立っても居られないのが百花らしい。その日の時刻表を早速パソコンで調べて、行きと帰りの適切な時間を弾き出す。
「初日の京都着を午前九時半、戻りを午後六時にしようと思うけど、どう?」
「となると、ここを出るのは何時くらい?」
「新幹線の駅まで一時間とすると、京都まで二時間半、……六時!」
「ちょっと早過ぎ……俺無理」
「じゃあ、京都着を一時間ずらそうか。十時半着で」
「そういう便ある?」
「ある。大丈夫」
「七時出ならなんとかなるか」
「新幹線で寝とけ」
ということで、十日後、京都への卒業旅行が決まった。
「へえ、京都にね」お母さんが言う。
「お土産買ってくるよ」
「気使わなくていいのよ。みんなと一緒に過ごせるのも最後だし、いっぱい楽しんできなさい」
卒業旅行のその日は、ちょっと曇りがちだったが、雨になりそうなほどではない空だった。
花曇りというものだろうか。
ニュースで見た京都の天気は、曇り後晴れとなっていた。
「行ってきます」
「気をつけてね。お世話になる先生たちにもよろしく伝えるのよ」
「はあい」
「わあ……」
羽田空港に着いたときは、緊張感のあまり風景も頭に入らなかったが、今回京都駅に着いた時はいろいろなものがイキイキとして見える。
行きの新幹線では朝が早かったためみんな結構眠っていたが、京都駅に着いた途端、目が覚めたようだ。桜小路先生だけはタブレットPCでずっと仕事をしていたようだ。
「とりあえず、ホテルに荷物を預けよう。さすがに、荷物を持って移動は手間だ」
本当に駅の近くのホテルを桜小路先生はとってくれたらしく、駅からホテルまでは移動に苦労はしなかった。
ホテルのクロークに荷物を預け、手荷物だけを持ち、地下鉄やバスを乗り継いで金閣寺へとたどり着いた。
私や早希は二度目だが、このように乗り継いで金閣寺まで来た記憶もないし、仲のいい友達みんなで来ることになるとは思わなかった。御勢学園大学附属中組はみんな初めて実物の金閣寺を見たようで、「本当に金色なんだなー」とか「金色、きれい……」という感想が出てくる。
「この金閣寺、創建本来のものでないのは知ってるか?」桜小路先生が言う。手には京都のガイドブックを持っている。
「え?」と驚く顔と、「当然」という顔とバラバラだ。
「一九五○年に、放火で全焼し、その五年後に再建されたのがこの金閣寺だ。放火される前は、金箔も剥げ落ちていたそうだ」
目を丸くしている子、そうだよなという子、桜小路会でもバラバラだ。
「放火前の金閣寺の姿に再建するより、創建当時の金閣寺を再建することを目指したらしいな」
なるほど。
そして一通り写真を撮ったりして、祐樹が行ってみたいと言っていた龍安寺へ向かう。バスなどもあるようだが、歩いても行けるとのことなのでゆっくり歩いて向かうことにした。
「祐樹、龍安寺って何で知ったの?」
「歌を聞いたんだ。風呂上がりごろに、テレビでやってたのを何回か聞いて、印象に残ってさ。実物を見てみたかったんだ」
「何があるの?」
「石の庭、石庭が有名らしい。あとは、水分石とか、知足のつくばい、侘助椿、奥に行くほど高さが低くなる壁とか……」
「あ、その歌聞いたことあるかも! ちょうど十二時ごろにやってるやつでしょ?」百花が言う。
「そういえば時計が出てきてたな。あれは十二時だったんだろうな」
「よく知ってるな。石庭はすごく混むぞ」
「えっ!」
祐樹はそれは知らなかったようだった。百花もそこまでは考えていなかったようだ。
「十五の石を眺める観光客が、縁側に座り込んで何かを得ようとしているんだろうな。あの石庭の縁側はすでにぎっしりだと思ったがいい。八人でゆっくり座るのは厳しいと思うぞ」
「時期的にもしかしたら侘助椿が咲いているかもしれないな。水分石や、油土塀、レプリカだが知足のつくばいはじっくり見れるだろう」
桜小路先生の解説を聞きながら歩いていると、目的地である龍安寺へ到着した。
予想通り、石庭のあたりは混雑していた。とはいえ、見て回りながらも油土塀の不思議さを感じることができたし、ほんの短時間ながらもみんなで縁側に座ることができた。
桜小路先生の予想通り、侘助椿が咲いていた。「侘助という人物が秀吉の朝鮮出兵の際、持ち帰ってきた日本最古の椿らしい」と解説を加えてくれる。美しい。とにかく、あらゆるものが美しい。美しいという一言では言い尽くせない、何ともいえない感覚が胸に広がる。「わび」や「さび」というものか。
知足のつくばいや鏡容池にある水分石も実物を目にすることができた。
「祐樹、いい場所教えてくれてありがとう! すごく良かった!」
「ああ、一言では言い表せない感覚だが、とにかく良かった」
「わびさびっていうの?」
「そうだな。特にあの石庭にそれを見出そうとして、皆あの石庭へ集まっている。龍安寺を選んだ安田くん、たいしたものだ」
「ありがとうございます」
「さて、遅くなってしまったが、駅へ戻るか。この辺りでも食事を食べることができなくはないが、駅の近くの方が数が多い」
そうして、私たちは一度駅へ戻り、軽く昼食を食べた。次は麻衣子が行きたがっていた清水寺周辺だ。
「清水の舞台から飛び降りる、って言うけど、あれがどのくらいの高さなのか実際見てみたいんだよねぇ」
京都駅から清水寺へ向かうバスの中で麻衣子が話す。私たちも、修学旅行の全員行動で行ったことは行ったが、今だとどういう見え方をするのか。
「へえー、下がこんなに見えるんだ」
「上からだと、あんまり高い感じしないけどね」
「よく見ろ、下は崖だ。落ちたらひとたまりもない」
「麻衣子、以外と高いところ平気?」
「うん、怖いとかはないな」
「俺、下が崖だって聞いて今足震えてるんですけど……」
「祐樹、高いところダメなんだね」
「だいたい、建物の四階ぐらいの高さだそうだ。学校の屋上より高いな」
「先生、祐樹が真っ青ですよ」
確かにみるみるうちに祐樹の顔色は青くなっていったので、退散することとした。
清水寺を出ると、地主神社はすぐそこだ。
「ここ! この縁結びの神様、地主神社に来て見たかったの!」
麻衣子が興奮気味に話す。
「いろいろあったからねえ」
「ぜひいい縁があるようにお願いして行こうっと!」
後ろで優が苦笑いしていたのを私は見逃さなかった。
みんな縁結びには興味津々だ。私も、渉とお揃いのお守りを買った。
違う大学に行っても、渉とずっと一緒にいられますように。
「八坂神社にも行ってみたいな」
「ちょっと歩くけど、どうする?」
「バスあるよ、バス乗らない?」
「そうだね」
バスの車内で、桜小路が語り出した。
「俺は、八坂神社で挙式を挙げたんだ」
「え!」
「そうだったんですか?」
「その時、妻のお腹には子どもがいた。娘の絢だ」
みんなぽかんとしている。
「そのことを妻の両親に報告に行った時、結婚を許してもらった代わりに、うちの苗字を継いでくれ、と言われた。殴られることぐらいは覚悟していたが、苗字を変えることになるとは思ってもいなかった。幸い、俺には兄が二人いてな。その点に関しては俺の親にもそういうことなら、ということで許してもらった」
みんな、開いた口がふさがらない。桜小路という苗字は、もともとの苗字じゃなかったのか……
その空気を割って、匠が質問した。
「先生、結婚前は何ていう苗字だったんですか?」
「花山。花山博だった。本来は妻も花山深雪になると思っていたが、事情が事情でな。最初はすごく違和感を感じたよ。しかし、その後に息子が生まれた頃にはすっかり慣れたな」
みんな本当に開いた口をふさぐことができない。桜小路先生は、本来花山先生だったのか……。
そうしているうちに、八坂神社最寄りのバス停へ到着した。
八坂神社では例祭等は行われていなかったらしく、これまたいいタイミングで挙式が行われていた。
白無垢に袴姿のカップルとその家族が、神殿へと向かっていく。ただただ、その姿をみんなで見つめていた。
その姿が見えなくなるまで見つめた後、ようやく本殿に参詣した。
「ここまで来たついでだ。銀閣寺も見て行かないか?」
「そうですね、金閣寺を見たことですし」
「俺の提案だ、タクシーで行くか」
「ありがとうございます!」
そうして、私たちは少し距離のある八坂神社から銀閣寺までタクシーで移動できた。
「銀閣寺も、建物はもとより庭が美しい。金閣寺と龍安寺に行ったついでだ、銀閣寺も見ておいて損はないだろう」
もちろん、銀閣寺に銀箔が貼られていないことくらいは知っている。確かに、庭が美しいというのも修学旅行のグループ行動で見に行った覚えがある。
石庭の龍安寺と比べるのは意味がないことだが、この不思議な模様の庭はやはりいつ見ても何とも言えない感じである。これもわびやさびなのだろうか。
「さて、ホテルに帰るか。今日の夕食はホテル内でいいよな?」
「はい」
みんなあちこち回って、ずいぶん疲れが出ている。食事まで外に出るのはちょっと疲れが重なる。
京都駅に到着したのはもう夕方六時半。もうかなりの時間だ。
クロークさんは荷物を部屋に入れてくれていた。助かった。
一時間後にフロントで、と約束し、各部屋に別れた。
「あー、やっぱり朝早くからは疲れるね」
「眠いー」
「でも、今日と明日ぐらいだよ、最後の桜小路会ができるのも」
「そうだね、祐樹も行っちゃうしね」
「学部離れると、なかなか会う機会も減っちゃうかもね」
「淋しいなあ、そう考えると」
「だからこそ、この二日間は大事だよ」
「あ、もう一時間たつ!」
「行かないとね」
ホテルのレストランは、京料理のバイキング形式だった。
特に、野菜が美味しい。疲れからか、ついついたくさん食べてしまった。
みんなが食事を終えた時には、すでに支払いは済んでいた。桜小路先生のおごりとのことだ。
「ごちそうさまでした」
「明日は、京都市内を離れるからな。あまり夜更かしするなよ」
「はい」
桜小路先生が部屋に戻って行ったのを確認して、私は匠に「買い出し行こうよ」と誘った。
匠もタイミングよく、「夜九時くらいから、桜小路会やろうぜ。買い出しはやっとくからさ」とみんなに提案する。
「じゃあシャワー済ませとこ」
「匠一人で行くの?」
「あたしも行く」すかさず私が言う。
「じゃあ、よろしくー」みんな疲れた顔をしている。
そうして、みんな部屋に戻って行った。
「匠、地主神社で何か買った?」一番聞きたかった事だった。
「智也にお揃いのお守りだな。目立たないやつを」
「安藤くん、やっぱり自宅から通うって?」
「ああ、そうみたいだ」
「残念だね……」
「まあ、俺も自宅から通うし、まだ一緒に住むとかは難しいな。でも、チャンスがあれば、いつでも一緒に住めるようにしたいな」
ホテル近くのコンビニに着くと、カゴ一杯に飲み物やお菓子を買う。七人分の飲み物やお菓子はさすがに重い。
「重い方貸せ。みさみさはこっち持て」と重い袋を匠は持ってくれた。
ホテルに戻ると、もう八時半だ。みんなそれぞれシャワーを済ませ、テレビを見てくつろいでいた。
「お帰り、美咲。シャワー行っておいでよ」
「あたしたちもう済ませたからさ、ゆっくり使っていいからね」
「ありがと」
着替えを準備して、シャワーを手早く済ませる。お湯の温かさが一日の疲れを癒してくれる。
シャワーを済ませると、もう九時を過ぎていた。部屋にはすでに桜小路会メンバーが揃っていた。
「とりあえず、みんな分の飲み物買ってきたよ」
「ありがとうー!」
「五百ミリのペットボトルと、紙コップと二リットルペットボトル買ってきた」
「重かったでしょ?」
「匠が持ってくれて助かったよ」
「もう一人くらい頼めばよかった……」
でも、あんな話は私と匠の間でしかできない。
「とりあえず、お伝え! 乾杯!」
それぞれ好きな飲み物を取り、乾杯をした。
「びっくりしたよねぇ、桜小路先生の話」
「うん、そんないきさつがあったなんて、今まで聞いたことなかったんだもん」
「ええと、桜小路は京都の大学出身なんだよな?」
「ああ、それは聞いたことある。何大かは覚えてないけど」
「まさか、島井大学じゃないよな?」
「その名前じゃなかったはずだ。ただ、国公立じゃなかったな」
「どこで奥さんと出会ったんだろうね、気になる~」
「それはさすがに俺も聞いたことない」
「ああ、私もどこかでそういう人に出会えるのかな~」
「そのお願いをしに行ったんじゃないか、地主神社に」
「美咲、彼氏さんはどうなの? 第一志望受かったって?」
「……本人からは聞けてないけど、うちの親から聞いた。第一志望の大学はダメだったみたいだけど、隣の県の私立の医学部に受かって、そこに行くみたい」
「隣の県の私立、医学部っていうと、桜川医科大学?」
「そう、そこ」
「そんなに離れてないじゃん、本当に遠くの大学に行ってしまうより、よほどいいよ」
「うん、そう思ってる。御勢には医学部ないし」
「同じ大学には行けないからね」
「あたしが入院中だけど、うちに彼氏が土下座しに来たことがあったんだ」
「え? なんで?」
「自分の責任であんなことになったからって。だから、自分の命を投げうってでも、私を守るって、言ったらしい。後から聞いた話なんだけどね、私入院中だったから……」
「えー! なんかすごーい! 自分の命を投げうってでもって、素敵!」
「美咲たちは、安定の関係だな」
「でも、やっぱり連絡来ないと不安だよ。こっちから連絡しようと思っても、受験シーズン真っ只中だから気が引ける……」
「帰ったら、連絡してあげなよ。きっと、彼氏さんも待ってるよ。彼氏さん自身も不安で仕方ないんじゃないかな。そして、落ち着いてるようだったら、一度会ったがいいよ。きっとお互い安心するよ」
「うん、そうしてみる。ありがとう」
「いいねえ、あー、私にも出会いないかなー」麻衣子と早希がつぶやく。
「優、本当にここにいてよかったの?」
「当たり前だろ。俺はこの街が好きだから、この学校が好きだから、御勢学園大に行くんだ。川口先輩のことは……心の整理がつくまで、時間に任せるしかない」
「優、なかなか重症だね」
「初めて付き合った彼女だからな……」
「私にもどうしようもできなかった」麻衣子がぼそりと言う。
「みんなに、幸せあれ! 乾杯!」早希が仕切り直しにもう一度乾杯をした。
気がつくと飲み物も食べ物もなくなり、みんなぼんやりとテレビのニュースを見つめている。
「そろそろ、お開きにしようか、今日は」
百花がいうと、みんな同意して三人は男子部屋へ帰って行った。
「で、明日って何時にどこに集まるの?」
「七時半にフロント。朝もバイキングだってさ」
「明日は京都市外に行くんだっけ?」
「みたいね。桜小路先生がどこに行くのか知らないけど、あとは祐樹の大学とマンションだね」
「明日は一日だから、ゆっくりできるかな」
「まあ、どこに行くか次第だね」
「さ、寝よ。あたし、眠い……」
「あたしも……」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみ」
「おや……すみ……」早希はもう意識がもうろうとしていた。
二日目の朝がやってきた。今日もうっすら曇っているが、ところどころ陽が差している。
「おはよう、美咲」
「おはよう、百花姉様。早希嬢は?」
「もうとっくに起きて、洗面所独占中よ」
「zzz……zzz……」
「まーいーこ!」
「麻衣子、起きな」
「ん、何?……」
「学会の時もこうだったの、麻衣子?」
「うん、起こすのに苦労した」
「そういえば、合宿の室長会議で、一番最後に現れたのは麻衣子だったわね」
「うにいぅ……」まだ寝言を言いながら、寝直しに入る麻衣子。
「コラー! もう七時よ、そろそろ起きて、麻衣子」
「あと十五分……」
「バカ言ってんじゃないの! 着替えたりしないといけないでしょ、せめてあと5分」
「ありがとう~」
そしてきっちり五分後、百花は麻衣子を容赦なく起こした。
「麻衣子! 五分たったわよ! もう待たないからね!」
そうやって、布団をはがしていく。ようやく意識が戻ってきた頃、洗面所を独占していた早希が洗面所から出てきた。
「ふぅ……朝が弱いのって、困るのよね……」
「百花姉様、手慣れてる……」
「昔は自分もそうだったから。こうやって起こされてきたのよ」
そして三人で手早く準備を終わらすと、フロントへ降りて行き、朝食となった。
「和食系メニュー多いね、バイキング形式でも」
「ご飯美味しい~」寝ぼけ顔と寝ぼけ声の麻衣子が幸せそうにご飯をほおばる。
「うちは朝パンだから、新鮮だわ」百花が言う。
そうしてホテルから京都駅へ向かい、桜小路先生の案内されるがままに私たちはついて行った。
私たちがいつも乗るような電車とも、東京で見た電車とも違う色の電車で約二十分。京都市内から離れ、ずいぶん山が近いところへ来た。
「俺の実家の最寄り駅だ。少し歩くと、いい景色の場所がある」
それだけ言うと、桜小路先生は駅を出て歩き出した。私たちはついていくのみだ。
十分か、十五分ほど歩いたろうか。少し坂になったところの頂上から、真下に一面の菜の花が広がっていた。黄色と緑のコントラスト、そして周りに数十本ほどある桜の木に早めにつぼんだ桜の花が目に美しい。
「四月ごろになると、周りの桜の木が満開になるんだ。今は菜の花の季節だな。まだ満開には早かったか。俺はこの風景を見て育ってきた。
聞いたことがあるかもしれないが、社会科系の試験で赤点を取ると俺に高知の坂本龍馬像に連れて行かれるという噂があるようだが、そのような事実はない。ただ、かつて卒業旅行で同じようにここに連れてきた先輩たちがいる。その話に尾ひれが付いてそのような話になったのだろう。決して、俺は生徒が赤点を取ったからといって、高知に連れて行くことはしない」
そして、私たちはこの風景を目に焼き付け、写真をとり、もしかしたら桜小路先生はここで奥さんにプロポーズしたのかもしれないな、と勘ぐった。
来た道を戻り、駅にたどり着くと祐樹に聞く。
「ここから島井大学って、どうやって行くの?」
「島井大学には、京都駅からしか行ったことないんだよな……」
「スマホ買ったんだろ、祐樹。検索してみろよ」
「あ、そうか」
すっかりそのことを忘れていたようだ。スマホをいじりながら、ここから島井大学までの経路を調べている。
「……一度、京都駅まで戻らないとダメだ。京都駅を挟んで向こう側だ」
「じゃあ、ひとまず京都駅へ戻るか」
京都駅へ戻る電車の中で、優が桜小路先生へ聞いてみる。
「久しぶりにこちらへ戻ってこられたんじゃないんですか」
「いや、毎年正月か盆にはこっちへ来ているよ」
「どうして、京都を離れてこちらで教鞭をとられていらっしゃるのですか?」
「十年くらい前かな、御勢学園大学の教育学部の教授にスカウトされてね。その時は京都の私立高校で日本史を中心に教えていたが、学会には出ていたからな。大学の方に来いと言う話もあったんだが、生徒たちと一緒にいる方が性に合うようでね。だからずっと、京都を離れてこちらにいる」
みんな、これまたへえー、という顔で桜小路先生の話を聞いている。
「チャンスはいつどこからやってくるか分からない。アンテナは、常に敏感にしておくことが大事だぞ」
そして、電車はゆっくりと京都駅へ到着した。
「で、島井大学にはどうやって行くの?」
「今から行くのか?」
「着いたら昼にしよう。大学の学食は開いてないと思うけど、近くの定食屋みたいな場所を開拓しておけば、大学生活が始まってからの食事処に困らないだろう」
「なるほど……」
島井大学までは、京都駅から四十分ほどかかる。京都市の中心部よりはかなり離れている。
祐樹は大学から十分ほどのところにマンションを借りたとのことだ。
「まだ実際に住むわけじゃないから、鍵は受け取っていないぞ」
「広さは?」
「六畳の一K」
「まさに一人暮らしのサイズだな」
「家賃いくら?」
「いくらだったっけ……?」
「祐樹、しっかりしなよ。家賃は一日でも遅れると大家から連絡くるらしいよ」
「マジか……」
「大家にもよる。会社が大家の場合そのようなことがあるようだが、個人の大家だと事情を汲んでくれるらしい。まあ、最近は個人所有の大家というのもずいぶん減ってきているがな」
「とにかく、家賃は遅らせないのが一番!」
「はい……」
「平地? 坂道?」
「大学もマンションも、平地だな」
「自転車は必要だろうな。祐樹、免許取る気はあるのか?」
「もちろん、ここで取るか実家で合宿で取るかとかは考えてないけど」
「あたし達も免許のこととか考えないとね」
「あたし、車ダメ」
「ごめん、美咲。でも、うまくいけば、美咲も車の運転免許取れる可能性あるんだよ?」
「そうなの?」
「お医者さん次第だろうけどね。聞いてみたら?」
「道路交通法が変わって、免許取得の要件も変更されたからな。全ては主治医の判断次第だが、可能性があることを知っておいて悪くはない」
「そうなんだ……」
車、お酒、水泳……あれこれ禁止されたことがある。そのうちの一つでももしOKされたら、嬉しい。
そうしているうちに、島井大学のある最寄り駅へ到着した。
やはり、島井大学の学食は休みだった。今日が日曜だからというより、新入生の入学手続きの会場となっているために休みとなっているようだ。
「昼食前に、大学を一通り歩いてみるか」
島井大学は御勢学園大学と同じ私立大学だが、文系学部中心の大学のため、キャンパスはあまり大きくないようだ。昼頃には雲が晴れ、清々しい天気になっていた。
「まだよく分からないな……」
「まあ、そうだろうな。大学のことなんて入ってからおいおい分かるものさ。みんなも御勢学園大学本体のことは、あんまり分からないだろう?」
「図書館に行ったことがあるくらいです……」
「御勢学園大は大きめの大学だから余計にな。大学なんて、一年真面目に通えばだいたいのことが分かるし、二年通えば大学全体が分かるようになる。まあ、気負わないことだ」
とりあえずぶらぶらと大通りを通り、大学全体を見てきた。
「きれいな建物が多かったね」
「高い建物もあったよな」
「図書館の中、見て見たかったな」
「閉まってたみたいよ。しかも、完全な部外者のあたし達は入れないでしょ」
「まあ、とりあえず昼飯にしよう。大学の近くに定食屋があれば、そういうところを行きつけにすると便利だぞ」
大学自体が数年前にこの場所に移転してきたということで、古くからの定食屋らしきものは見当たらなかったが、食事をできそうな店はいくつか見つけることができた。後はコンビニエンスストアやお弁当屋さんばかりだ。
その中の一つに入り、昼食にする。大学生向けのメニューということで、ボリュームもたっぷりだ。
流石に女の子には完食できない子もいたが、男の子は皆ぺろりだった。
店を出ると、祐樹のマンションへと向かうことにした。
歩いておよそ十分。自宅から学校よりはるかに近い。三階建てのマンションである。
「おおっ、外見からきれいな造りじゃん!」
「フローリング?」
「ああ、あれはフローリングって言うんだろうな」
「畳じゃないんだよね」
「畳はなかった」
「じゃあ、たぶんフローリングだね」
「中には入れないんだよね」
「確か、まだ住んでいる人がいるとか聞いたな」
「じゃあ無理だわ」
「部屋は?」
「二〇七」
「どの辺り?」
祐樹が指を差す。その部屋には、青色のカーテンが引いてあった。
「カーテンから買い揃えないとね」
「一人暮らし、頑張れ!」
そうして、また来た道を戻り、電車に乗って京都駅へと戻っていったのだった。
「今日の晩飯は外に行こうって、桜小路が言ってた。六時半にフロント集合な」
ホテルに一度戻り、部屋で二時間ほどゆっくり休む時間が取れた。
「今のうちに、今日の桜小路会の買い出ししとこうか?」
「そうだね、四人で行けば大丈夫だよね」
私たちは部屋を抜け出し、昨日来たコンビニでまたカゴいっぱいに食べ物、飲み物を買い込んだ。
「お、重い……昨日、匠と美咲だけでこれ持って帰ってきたの?」
「重いのは匠が持ってくれたけど」
「手分けしないと、無理だわ」
「持つ、持つから。貸して、早希嬢」
四人で買ったものを部屋に運び込む。これで今夜の桜小路会の準備は完了だ。
六時半。フロントに降りると、桜小路先生と男の子たちはすでに集まっていた。
「先生、どこに行かれるんですか?」
「池田屋だ」
「池田屋!」
そうして、私たちは桜小路先生のサプライズで、二日目の夕食を池田屋でとることとなった……。




