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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第三章 「風」
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第十九話「巣立ち」

桜小路会全員の合格が決まった後は、たまに百花がNPOの仕事で欠席するくらいで全員毎日出席していた。

私立大学の一般入試の結果も徐々に出てきて、併願していた子はどこへ行くか、どこも不合格だった子は予備校はどこに行くかと言う話をしていた。

国公立大学狙いの子は最後の追い込み期で、とにかく勉強するしかないという状態だった。とにかく勉強している子がいる以上、教室ではみんな勉強していた。


二月二十四日。卒業式まであと五日。

翌日に国公立大学前期試験を備えている子たちは、早めに帰宅して体調を整えるようだった。

私たちも早めに帰ろうか、と思っていた時、「中村先輩」と声がした。

振り向くと、そこにいたのは亜美だった。招待状を渡された。

「二十七日、社会部で先輩たちの卒業祝い会を行います。ぜひ、いらしてください!」

よく見ると、みんな二年生に招待状を渡されている。国公立受験組の分は、匠が代表で受け取っているようだ。

「私たち、去年こんなことしたっけ?」

「いいや、桜小路に卒業祝い会をするって伝えたぐらいかな……」

「あの子たち、みんなでうまくやってるみたいだね」

手作りの招待状を眺めながら、後輩たちの成長をしみじみと感じる。

「桜小路に花束、いくらぐらいの予算で作ればいいんだ?」匠が悩んでいる。

「去年と同じ花屋なら、三千五百円であれくらいだよ」

「奮発して、一人千円くらいいく?」

「七千円の花束か、桜小路持てるかな」

「ちょっとした胡蝶蘭が買えちゃうよ」

「来年負担になるのもあれだし、三千五百円でいいんじゃない?」

「そうだね、麻衣子、またお願いできる?」

「今回は領収書とかいらない?」

「別にいいよ、七人の信頼関係だから」

「じゃあ、みんなから五百円集金。二十七日まで。今回は、麻衣子に直接払ってね」

「早速花屋に注文しないと!」

麻衣子がバタバタし始めた。


週明け、国公立大学受験組も少しホッとした表情を見せている。このタイミングが一番卒業祝い会にはいいのだろう。

昼少し前、三年一組の社会部全員は、部室へと向かった。

ドアを開けると、先に着いていたらしい桜小路先生に二年生全員、そして一年生も勢揃いして私たちを迎えてくれた。

「去年を思い出すな」

「ああ、去年はあっち側だったがな」

部長の凛が司会進行を務めている。裏では二年生全員があれやこれやと裏方の仕事をしている。無駄がない。

そして私たちへ花束贈呈とそれぞれ贈り物を、という場面になった。去年は七人で全てを回していたため、目が回りそうだったが、今年はまず前部長の匠と前副部長の百花へ現部長凛が渡すことにし、その後全員が現三年生一人一人に花束と贈り物を渡すということになっているようだ。

私は会計の将太から受け取ることになった。てっきり亜美からかと思っていたら、将太からだった。

もしやと思い、優を見ると亜美が花束と贈り物を渡している。たいがい会計関係のことは亜美から話を聞くことが多かったので、今日は私は将太から、優は亜美から受け取るということにしたのだろう。

「中村先輩、ご卒業おめでとうございます。俺、本当にあの日、驚きました。俺は一年の時、英語部にいたので、先輩のこと全然知らなかったですし、ニュースも全く聞いてなかったんです。でもしばらく欠席している先輩がいるって聞いて、まさかその先輩が中村先輩で、それでも桜小路先生と水野先輩と半年以上もかけて準備して学会っていう大舞台で発表をして、しかも賞までとるなんて……尊敬します。とにかく、三年間お疲れさまでした」

「ありがとう。でもね、私、実はここには二年間しかいないの」

「え?」将太の目が丸くなる。

「私、二年の時に転入してきたの。だからここには二年間しかいない」

「それで、これだけの……なおさら尊敬します」

「ありがとう」

花束とプレゼントを受け取る。

「開けてみてください」凛が言い、一斉に全員で包み紙を開ける。去年とは違う包み紙だ。

「わあ!」

「おお!」

三年一組の社会部員は十三人。十三人色違いのフォトフレームに、十三個のストラップ。去年もストラップは買ったが、先輩の好みを考えて買ったのとはまた違うタイプのストラップだ。

「先輩方はすごく考えて去年の先輩方へプレゼントを買われたと思います。今年はみんなで話し合った結果、このようなプレゼントになりました。ありきたりかもしれませんが、きっと先輩方全員で写真を撮った事って卒業アルバムくらいしかないと思うんです。せっかくですし、全員で写真を撮影して、このフォトフレームに飾っていただけると幸いです」

みんなで考えたんだな、と思った。タイミングよく、桜小路先生所有のデジカメが現れる。

「じゃあ、三年生で記念撮影だ。卒業式の頃には全員に渡せるからな」桜小路先生が言う。

私たち桜小路会が前列、薫、晶子、絵美、健太、英太郎、遼平が後列。

なんとか十三人が入った場面に、さっと桜小路先生も入ってきた。デジカメを受け取った翔兄ちゃんも想定内という顔をして、「撮りますよー」と冷静にシャッターを押す。全て台本通りなのだ。

「そして、」凛が写真を撮り終わった私たちの騒ぎを納めるように言う。

「このストラップ、これが私たちの先輩方のイメージです。正直にお話しすると、インターネットで注文した品をみんなでラッピングしました。だから、みんなで各先輩のイメージに合うものを意見を出しあいながら決められました。桜小路先生と先輩方の、私たちへ望んだ新しい社会部の形の一つがこのストラップなのです」

私のイメージはやはり猫だった。それぞれ、キャラクターものだったり、可愛いもの、面白いもの、それぞれだ。

みんながわいわいと盛り上がっているタイミングで百花が席を立った。同時に匠が立ち上がる。

百花が麻衣子に注文してもらっていた花束を匠に渡すと、匠は桜小路先生に向かって話し出した。

「桜小路先生、三年間、正式には二年間、本当にお世話になりました。私個人としては、学会という大舞台に立つ経験を与えていただき、そしてその経験はとても大きな実を実らせました。この経験と感じた感情を、これからも忘れずに大学生活、そしてこれ以降の人生にも活かしていきたいと思います。本当にありがとうございました。そして、私たちについてきてくれた皆さん、本当にありがとうございました。これからも、桜小路先生共々活躍されることを願っています」

そしてこぼれんばかりの花束を桜小路先生に渡し、桜小路先生と固い握手を交わし、一年生、二年生に頭を下げた。

割れんばかりの拍手が起こる。去年はここで涙していたが、今年はなんだか力が抜けて拍手することしかできなかった。


去年のようにある程度の軽食が用意されていたため、昼食には十分だった。

私たちは二年生と一年生、桜小路先生に見送られて部室を後にした。

「とうとう、卒業だな」

「ああ……」

「淋しくなるね」

「うん」

みんな、しんみりとして帰宅していった。


相変わらず帰り道の話は匠と智也の話だ。智也は匠と同じ御勢学園大学教育学部へ進学を決めたらしい。「一緒に暮らせたらいいな」と言ってはいるが、二人とも実家が近い以上無理な話だろう。

「みさみさとこういう話できるのもあと少しか」

「そうだね……」

「でも、楽しかった。ありがとう、みさみさ」

「うん、私も毎日匠と安藤くんの話聞けて、すごく楽しかった! ありがとう!」

「彼氏さん、いい知らせくれるといいな」

「うん……」

「また明日な」

「また明日ね」

「こういう挨拶できるのももう少しだな」

「でも、また明日! 明日があるんだから」

「そうだな。じゃあ、また明日」

「また明日ね」


次の日は、桜小路会でゆっくりとした一日を過ごした。

卒業式の準備で午前中で学校からは追い出されたため、午後は杉谷高校の近くのファミレスで何のことはないことを話し合っていた。同じようなことを考えている子がたくさんいるようで、たくさんの高校生でファミレスは満席だった。


帰宅して、夕食を食べる。

「明日は卒業式ね。杉谷に入った時は、まさか御勢学園大学附属高校の卒業式に出るとは思わなかったわ」とお母さんが言った。

「私も思ってなかったよ。しかも、御勢に転入してからいろんなことがあったし」

「でも、美咲、すごく成長したわよ。きっと、あのまま杉谷にいたら、今の美咲はいなかった」

「そう?」

「たくさんの経験を与えていただいたり、自分自身が目標を決めて毎日を過ごしたこと、それにいい友達に恵まれたことね。もちろん、陽子ちゃんもすごくいい子よ」

「確かに、そうかな……」

「今のあなたは、充分に飛び立つ力を持っている。ただ、体調管理が難しいけれどね」

「うん……」

「渉くん」

「渉!」

「渉くんね、優子の大学の推薦は受からなかったみたい。で、桜川医大を受けて合格したそうよ。隣の県にはなるけど、遠くの医大に行かせるよりは安心だって渉くんのお母さんも言ってたわ」

「渉、どうするって?」

「通える限り自宅から通うつもりみたいだけど、さすがに実習とかが始まると厳しいでしょうね」

「でも、近くにいてくれるんだ……」

「まだ、渉くん本人には言わないでね。お母さんから聞いた話だから。渉くん、気持ちの整理がついてからあなたに話すつもりだから、きっと連絡してないと思うの。見守ってあげて」

「うん、分かった。渉からの連絡を待つよ」

そうか、渉の夢は叶えられなかったけど、遠くの医大に行ったりしなかった……そのことに私は安心した。

その日は鈴と小鈴と一緒に、温かい気持ちでゆっくり眠った。


そして、とうとう卒業式の日。去年私たちが書いたように、黒板には「卒業おめでとうございます」のメッセージが一面に書かれていた。

体育館での式典は粛々と進んでいく。二年生の生徒会長、一組の英語部の女の子が英語を交えた送辞を読み上げた。

答辞は私たちの学年の生徒会長、二組の坂田くんが読み上げた。

不思議と、今年は涙は出なかった。


教室へ戻ると、時間を置かずに桜小路先生も教室へ入ってきた。机の上には卒業アルバムが置かれている。教室の後ろには三年一組の保護者たちがずらりと揃っている。もちろん、私のお母さんもいる。

「みなさん、ご卒業おめでとうございます」桜小路先生はそう言って話を始めた。

「私は、かつてたくさんの卒業生をこの学校より送り出してきました。とはいえ、新年度に見た子全てを卒業生として送り出せないこともありました。その時の悔しさ、悲しさ、無力さは何とも言いようがありません。今年は三十人を一人も欠かすことなく、卒業生として送り出すことができました。私は、そのことが、本当に嬉しい……」

桜小路先生は感極まって思わず泣き出してしまった。誰も止められない。

「失礼しました。では、一人ずつ思い出や印象に残ったこと、メッセージをお願いします」

出席番号順に、一人ずつ思い出や周りのみんなへの感謝を述べていく。クラスのあちこちからすすり泣きが聞こえてくる。

「我が三年一組は、永久に、不滅です」と宣言し、笑いを誘った子もいた。

とうとう、私の番だ。

「私は、二年生の時にこの学校に転入してきました。その日から今日まで、大変な日はたくさんありましたが、とても楽しい、充実した日々を過ごすことができました。たくさんの友人に恵まれ、先輩や後輩に支えられ、先生方にも指導していただき、夢への第一歩を踏み出すことができました。そして、それを支えてくれたのが家族でした。本当に、ありがとうございました……」

最後まで言い切るつもりだったが、最後は泣き崩れてしまった。

ハンカチで涙をぬぐいながら、次へバトンを渡す。

クラス全員が話し終わって、桜小路先生は再び口を開いた。

「これが三年一組の最後のホームルームです。みなさんの担任をできて、私は本当に幸せでした。みんな、本当にありがとう……」

「桜小路先生……」

後ろに並んでいる保護者たちの中から、花束を持った誰かのお母さんと思われる女性が出てきた。

「二年間という長期間の担任を、ありがとうございました。さまざまなことがあり、ご心痛されたこともありましたでしょうが、先生の力に子どもたちも引っ張られ、頑張ることができていたと思います。桜小路先生の、これからのますますのご活躍をお祈りして、私たち保護者のお礼の言葉とさせていただきます。 三年一組保護者代表 西山由紀」

西山……百花のお母さんか。

桜小路先生は花束を受け取り、涙混じりの笑顔を浮かべながら、「じゃあ、これで卒業式は終わりだ。起立。礼」

そうして、私たちは御勢学園大学教育学部附属高等学校を卒業した。


とはいえ、ホームルームが終わっただけで、帰ろうとする子はいない。

みんな、卒業アルバムに寄せ書きをしたり、写真を撮りあったりして、段々外へ移動していき、教室からは人がいなくなった。ずいぶん時間がかかった。

「よし、誰もいないな」

「いないよ、みんなたぶん外か帰った」

「やるぞ、最後の桜小路会」


それは昨日のこと。珍しく、祐樹がメールを一斉送信してきた。

「明日、放課後の三年一組の教室で最後の桜小路会をしませんか?」

口調こそ疑問形だが、そこには否定を許さないというオーラが漂っていた。

無論、否定する道理はない。ただ、開催まで時間はかかりそうだ。

「いいよ!」と返信をして、私は眠りについた。


教室が空になるまで、私たちはクラスのみんなや桜小路先生と写真を撮ったり、卒業アルバムの寄せ書きをしたりするなどもしたが、同時に七人揃っての写真を撮ってもらうことを忘れなかった。十三人揃っての写真と、七人揃っての写真を並べて置いておきたかった。

みんなが三々五々下校する頃、私たちは誰にもばれないように、再度学校へ戻った。そして、もう私たちのものではない三年一組へ。

「祐樹、話したいことって何?」

「いいか、単刀直入に言うぞ。卒業旅行をしようぜ」

「卒業旅行?」

「どこに?」

「……決めてない」

「さすがに、私たちだけでっていうのは厳しいんじゃない?」

「一応、三月三十一日まで、籍はここにあるしな。下手すれば進学取り消しの可能性もあるぞ」

「……それは困る」

確かにそれは困る。でも、何か打つ手がありそう……

「祐樹、新居決めたの?」

「ああ、一応……でも、まだ何もないぞ」

「じゃあ、そこに遊びに行く形っていうのは?」

「うーん、やっぱり、最終的には保護者的な人間がいないのが問題なんじゃない?」

「俺、桜小路のとこ行ってくる」

「匠!」

「桜小路が俺と美咲を研究で振り回したんだ。なら、その代償で、俺らの言うこと、一度くらい聞いてもらってもいいんじゃないか?」

「……匠、美咲って……」

「いつか、呼んでみたかったけど、やっぱり照れ臭いな。ダメだ。みさみさのほうが呼び慣れてるし、ごめんみさみさ、驚かせて」

「驚いたのはあたし達だよ!」早希が抗議の声をあげる。

「ここで驚きの新展開? とか思ったのに!」麻衣子も負けじと抗議する。

「全然気づかなかった……」

「美咲は相変わらずね」百花がくすりと微笑む。

「じゃあ、俺、桜小路のとこ行ってくる。俺に全部任せろ」

「お、おう……」

「何か桜小路のウラ握ってるのか、匠は?」優が不審がるくらいだ。

「あたし達が無理やり振り回されたくらいだけど……」

「ま、それが二人分だし、桜小路先生も何か考えてくれるかもね」


約十分後。匠は驚くべき知らせを持ち帰ってきた。

「桜小路が、引率で卒業旅行へ連れて行ってくれるらしいぞ。行き先は京都だ」

「京都一択?」

「ああ。それは譲れないみたいだな」

「構わないか、祐樹?」

「ぜ、全然! 問題ありません!」

「島井大学って、京都だっけ?」

「……」

「図星か」

「じゃあ、ついでに祐樹の通う予定の大学も下見したいなーっと」

明らかに祐樹は落ち込んでいたが、背に腹は変えられないということでその案を飲んだようだった。

「でも、なんで京都だ?」

「せっかくだから、俺の生まれ故郷の春の景色を見せたい、って言ってたな、桜小路は」

「そう言う理由か」

「でも、京都なら桜小路先生の故郷でしょ、安心じゃない?」

「そうだね」

「じゃあ、交渉代表は匠でよろしく」

「集まる必要がある時は、みんな来てくれよ」

「もちろん」

その時、祐樹の携帯に着信があった。聞き覚えのあるメロディーだ。

「去年の夏にふと聞いてさ。何か心にしみたんだよな」

祐樹は着信が自宅からであることを確認して掛け直した後、スピーカー音量を上げて再生し出した。

「夢は、捨てない……」

「夢は、捨てられないよな」

「ああ、夢は捨てないぜ」


そうして、私たちは最後の一大イベント、桜小路先生との卒業旅行を残し、御勢学園大学教育学部附属高等学校を巣立った。


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