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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第一章 「雪」
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第三話 「古傷」

翌日。

「おはよう、美咲」

陽子が声をかけてきた。

「美咲、昨日二者面談だったでしょ?なんか言われた?成績とか出てた?」

陽子は出席番号が私の次、つまり今日が陽子の二者面談の予定なのだ。

「成績なら出てたよ。中間では順位出さないけど、期末では全部の科目の成績が出揃ったら順位を発表するんだって」

「うわー……とうとう成績が順位になって出てくるのね……」


陽子は私と出席番号が前後だったのが一番最初に仲良くなったきっかけだったが、彼女は私に何が起きても動じなかった。


それは入学式から二、三週間経った頃のことだった。

前日から体調が良くなかった私は、夜中にいつまでも寝付けずにいた。

そのままウトウトしただけの状態で学校に行った私は、気がついたら病院にいた。気がついた時、担任の陣内が険しい顔から持ち前の柔和な顔になったことが印象に残っている。学校からの連絡で駆けつけた父親と母親も心配そうに見つめていた。


とつぜんの、発作だった。


もちろん、そのまま検査入院となった。私には家を出て、学校に着いて、教室に入って、確か一時間目の体育のために体育館の更衣室にいかないと、というところまでしか記憶がない。いつもしている時計は外され、壁の時計は三時を指していた。まだ明るいから、多分午後だろうな、と思った。何があったんだろう……母親は家に必要なものを取りに帰ったようだ。父親は仕事に戻ったのだろうか。担任の姿はもうない。


コンコン。ドアがノックされる。

「中村さん、お母様が」

「美咲!」

「お母さん……何があったの?」

「とりあえず私が聞いた話では、あなたは移動中に突然倒れたの。移動中と言うより、移動前の教室でみたいね。ホームルームの終わった直後だから、担任の陣内先生が気がついて、保健室の先生に連絡して、救急車を呼んだそうだから」

唖然とした。するしかなかった。

「緊急に検査をしたところでは、脳の古傷が関係してるって言われたけれど、もう十年近く何もなかったのに……」

その日は仕事が終わった父親と知らせを聞いた優子お姉ちゃんも駆けつけた。誰も何も言わなかった。


翌日も更なる検査が行われたが、やはり脳にある古傷以外に異常は無かった。

午後四時。医師からの説明があると言うので、診察室へ入った。

「昨日お母さんにもお話はしましたが、昔の脳の傷がどの検査にも残っています。しかし、新しい傷や異常は見当たりません。やはり、古傷がいたずらしたのでしょう」



時間を大きく遡ること八年。私は小学校二年生。

夏休みに入ったばかりの、とても晴れた午後。

小学校の開放プールは午後からで、利用日と利用時間は町区分けされていた。

だから、私はいつも近所の渉と学校のプールで泳ぎ、その後夕方まで一緒に遊ぶという日々を過ごしていた。


その日もプールに行き、荷物を家に置いてそのままどこに行くとも言わず遊びに出かけた。

渉の家で一緒にゲームをしていたのだったが、家には午後五時半に帰宅するという暗黙の了解があった。

そして、午後五時半になったため、私は渉の家を出た。その時だった。

私は渉の家を出た途端、車にはねられたというのだ。そして頭を強く打ち、意識不明になったという。

この記憶は作られたものである。そこまでの話を聞かされて、自分の中で再構成したのだ。

何のゲームをしていたか、とかは覚えていない。渉にも聞いたが、覚えていないという。

病院である渉の家の前だったため、凄まじい音を聞きつけた渉の父親が病院の手配をしてくれた。

自宅からは遠い病院だったが、渉の父親が関係者への手配で高度な医療を行うことのできるその病院を手配してくれたそうだ。

自分の病院の診療時間が残っていたにもかかわらず、ここまでのことをしてくれた渉の父親とおじいちゃんには今でも感謝している。


そして、救命病棟に一週間、一般病棟に移って一ヶ月で退院できる「奇跡」と言われたほどの回復を見せた。

「今夜が峠と思ってください」と言われた時からたった一ヶ月で、と周囲も感心しきりであった。

しかし、残ったのが脳の傷。それと頻繁に悩まされる頭痛だった。



「今になってあの時の傷が……」

「学校の体育で、水泳の授業はありますか?」医師が尋ねる。

「ありません」

「ならいいのですが。水泳の授業が必修だと、監視や代替手段の措置が必要となりますからね。また、今は高校生でいらっしゃいますが、大学生になると車の免許を取得しようとする際にそれまでの発作の状況によっては取得できなかったりもします。もちろん、発作の状態によっては取得も可能ですよ。」

「他に……何を気をつければいいのでしょうか」

「もちろん、あなたはまだ十代なわけですし、飲酒は厳禁です。ですが、二十歳になっても、お酒は飲めないと思われた方がよろしいと思われます。アルコールが発作を誘発することも報告されています」

「日常生活では?」

「無理はしないでください。高校生でいらっしゃるわけですし、お勉強が忙しくなる時期もあると思います。でも、睡眠時間を無理に削ったりするようなことは避けてください。それ以外ですと、現在は朝と夜、きちんと発作を抑えるお薬を飲んでいただければ、他の方と一切変わりない生活ができます」

「わかりました……」

「明日、最後の検査をします。それでさらなる異常が見つからなければ明日の夕方には退院できますよ」

「ありがとうございます」

「ただ、定期的に、診察にいらして下さいね。まずは、翌週のこの時間の予約を取りましょう」


私が倒れて三日後。無事に検査入院を終えて退院することができた。

普通、「絶対に学校は休むな」と言う父親と母親が学校に行くのは次の月曜からにしろ、と言ったため、日曜までゆっくり休んだ。


もちろん携帯は学校のバックに入れっぱなし。久しぶりに手にとったら着信が渉と陽子からで一杯だった。

メールはまだ見ない方がいい、と言われているため、見ないようにはしていたが、メールの着信は渉と陽子がほとんどだった。

ただ、今は何もできない。

ごめん、と思いつつ携帯は触らなかった。


月曜日。約一週間ぶりに学校へ行く。

やはり、クラスメートも心なしか遠巻きに見つめている感じがする。

「おはよう、美咲!やっと会えた!嬉しい!」

陽子だけはいつもと変わらなかった。


「やっと外出が許可されたか、話は親父から聞いたぜ」

「渉……ごめんね、連絡取れなくて」

「あんな状態だ、当たり前だろ。今はとにかく無理するなよ。何だったら一時間目だけ受けて帰ってもいいんだぜ」

「大丈夫。今日は体育とかないし」

「本当に、何かあったら、保健室とか駆け込めよ。無理なら、誰にでもいい、なにかおかしいと思ったら誰かに言え。お前の命だ。まずは自分で守るんだ」

「うん、ありがとう。」


「ごめんね、陽子。電話とかメールとかくれてたのに返事できなくて」

「うん……実は、陣内先生から口止めを前提に、美咲のこと聞いてた」

これじゃあ口止めでも何でもない。陽子は続ける。

「陣内先生は、『あなたは中村さん、ん、あなたも中村さんだったね、済まなかった。中村美咲さんのことをできる限りでいいから、そっと見守って、困っている時には助けてあげてくれ。彼女が一番信頼を置いているのは、あなたのようだから。もちろん、他の子にもそう言わないといけない。ただ、今、美咲さんはきっと一番神経質になっているだろう。だから、一番そばにいる陽子さん、あなたにお願いしたい』って。そんなこと言われなくても、美咲は美咲だし。何も変わってないよ。でも、困ってるときとか、ヤバい、って思ったらいつでもあたしに言って!あたしはいつでも美咲の味方だし、親友じゃん!」

「……ありがとう……」いろいろな人の気持ちを知って、私は泣きそうになるのをこらえた。


その日の数学の授業後。担任の陣内が私と陽子を呼び寄せた。

「先生、あの時はご迷惑をおかけしました」

「いや、一番最初に『中村さんがなんだか様子がおかしい』って気づいて教えてくれたのは陽子さんだったんだよ。私もびっくりしてね、とりあえず保健室の先生に連絡することしか考えられなかったんだが、それまでずっと陽子さんが美咲さんに付き添ってくれて、保健室の先生が救急隊の人に様子を説明するのにまで付き合っていたそうだ」

「じゃあ、あの日の一時間目の体育は……?」

「とりあえずサボりってことで。あとで先生には教官室に行って謝ったけどね」

「美咲さん、陽子さんといういい友達を持ったな」

ははははは、と笑い声を残して陣内は去って行った。


「陽子……もう、何から何まで、ありがとう……」

「当たり前じゃん! 友達が困ってる時は助ける。当然のことをしただけだよ」

そう言い残して、陽子は席に戻っていった。


今度は私が、陽子が困った時に手を差し伸べる。そう心に誓った。


それから約三ヶ月。私は陽子にあの事実を告げられずにいた。



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