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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第三章 「風」
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第十五話「学会日和、秋葉原日和」

ホテルに近い大学とはいえ、昨日とはまた違う電車に乗らなくてはならない。

東京あたりにはいったいどのくらいの路線があって、どういう動きをしているのか。

電車に乗るのも滅多にない私には大混乱だった。

土曜日ではあったが、学会の関係者が多数集まっているのだろう。昨日の電車と同じくらいの混み具合だった。

「受付で正式なプログラムをもらうようにな。以前渡した分は仮決定だから、変更があっているかもしれない」

私たちは三人連名で記載されていた。気になっていたのは、主発表者が私になっていたことだが、変更があっているかもしれない。


また連れられるがままに、学会会場となる大学へ到着した。

受付でプログラムをもらう。自分が聞きたいと思っていた先生たちの発表スケジュールを確認し、教室を確認する。初日午前はみんな聞きたいものがバラバラだったため、誰かについて行くわけにはいかない。自分の聞きたい発表は、自分で探して聞きに行くしかないのだ。

似たようなテーマで発表される先生が他にもいらっしゃる。それは確実に押さえておきたい。

「やっぱり、裁判員制度で研究される先生もいらっしゃるものだなあ……」

プログラムを眺めつつ、同じテーマでも違う角度から研究されているんだな、と思う。私も純粋に裁判員制度そのものを研究していたころとはまた違う。

裁判員制度でなくても、裁判をテーマとしている発表もあるため、それも聞きたい。この道を進まなくても、これからの研究の実になる。確かにそうだと思う。どの発表も興味深いものばかりだ。

「で、明日は……?」

私たちの発表に変更はなかった。主発表者は私のままだ。

「え……桜小路先生じゃないの?」

気になっていた時に確認しておくべきだった。もう桜小路先生を探すのすら難しいほどの人、人、人である。

匠も麻衣子も、すでに自分の聞きたい発表の教室へ向かってしまったようだ。

仕方が無い。桜小路先生には、今日の夜聞いてみるしかない。


教室は、人であふれていた。

大概はスーツ姿。私たちのような制服姿は場違いに見えるだろう。

午前中は四十五分の発表が四組行われる。それは明日も同じだ。それがおよそ十の教室でそれぞれ異なるテーマで行われる。匠は歴史系の、麻衣子は地理系のテーマの教室にいるようだ。

私は公民科系の発表の教室にいた。その中でも特に裁判などを取り扱うテーマの教室だ。

最初は発表を聞くのにいっぱいいっぱいだった。レベルが高い。当然といえば当然だろう。高校生が大学の教授レベルの発表を聞くのだから。

しかし、聞き慣れた単語が出てきたり、知っている流れが出てくると、どんどんその先生にも興味が湧いてきた。そうだ、匠に作ってもらった名刺を渡してみよう。

発表が終わると、発表者も聞く人も入れ替わる。その間に名刺を渡すことにした。

発表者の先生を見逃さないように、私は追いかけた。

「すみません、さっきの発表、すごく興味を持ちました。申し遅れましたが、私こういう者です」

匠の作ってくれた名刺を渡す。

「ありがとうございました。おや、あなたは制服姿だと思えば、御勢学園大学の附属高校で桜小路先生と共同研究されている方ですね。噂はかねがね耳にしていますよ。明日の発表、楽しみにしています」

名刺をこちらも頂く。国立大の附属中学校の社会科の先生をされているそうだ。

席に戻ろうとすると、もう席はなかった。荷物は持って移動しているため、空き席状態にしていたからだ。これだけたくさんの人たちが集まるのだ。席取りは気が引ける。次の発表は立って聞くことにした。


午前中全ての発表が終わったときには、数人の先生の名刺を交換した。

皆、「御勢学園大学の附属高校の桜小路先生の共同研究者」として私を認識していた。

「明日の発表、期待していますよ」と言われると緊張する。

匠と麻衣子と合流した時には、「桜小路の共同研究者として認識されてるな、俺ら」と匠も驚いていた。

「桜小路先生って、有名なんだね」

「そうみたいだな」

「昼、どうする?」

「学食あったぞ」

「行ってみようよ、うちの大学のじゃない学食って新鮮だよ」

「そうだな、学食行くか」

そうして、三人は大学の学食へと向かった。

「えー、今日は営業するけど明日休み?」

「明日は別の場所で交流会があるし、大概はそっちに参加するからじゃない?」

グサリ。

「仕方ないな、明日はコンビニか何かで昼飯買うか」

「あたしは美味しいもの食べてくるもんねー」


午後には桜小路先生とも合流し、パネルディスカッションのテーマ、「社会科の歴史ーー積み重ねられたものと積み上げていくものーー」についての指名発表者の先生方による発表と議論だった。

私には基本的に教育学の知識はない。話を聞く分にはなんとか理解できないことはないが、議論にはついていけそうにない。いわゆる、お手上げ状態だ。


初日が終わると、私たちは明日に備えて早々に会場を後にした。

桜小路先生は久しぶりに会った先生方とお酒を飲みに行くらしいが、私たちを消灯させてから行くらしい。

「今日はホテルの中で済ませるか」

ホテルにも立派なレストランがある。なかなかお高そうだ。

「東京って、他に何かないんですか?」

「うーん、行きつけが居酒屋ばかりだからな、あなたたちを連れていくのは教育上問題がある」

ほう。ため息が出た。桜小路先生らしいといえばらしい話だ。

目を見張るほどの値段の料理を桜小路先生にご馳走になったあと、「私は出かける」と言って先生は外出してしまった。

私たちは部屋に戻る。ああ、主発表者の話を聞き損ねた……。


「麻衣子もいつかはあんな感じで発表したりするんだろうね」

「どうかな? まだ先のこと、ピンとこない」

「私はたまたま今回共同研究者として発表者になったけど、ここで発表することはもうないだろうな……」

「美咲も、教育学部来たら?」

「うーん、何かこの学校に来た目的が違う気がする、それだと」

「でも、三人で授業作ったんでしょ? すごいよ、高校生が高校生の授業作るなんて」

「ほとんど桜小路先生が作ったんだけどね」

「法学部でも、教職課程とかあるんじゃない? 勿体無いよ、ここまでの経験を眠らせちゃうの。美咲はできる子だし、資格を取るというより、経験を深める意味で教職課程を専攻するのもいいかもよ」

「そうか……」

「さて、明日は美咲たち本番でしょ? 早く寝て、ちゃんと睡眠とらないと!」

麻衣子は早々に電気を消して自分の布団へ入った。

私も疲れからか眠気が襲ってきた。目覚ましは……と思った時には、もう意識はなかった。


気がついたら空はもう明るい。

「何時?」焦って時計を見るとまだAM6:30とあった。麻衣子はまだ眠っている。

昨日の朝食の集合が七時にフロントだったから、まだ大丈夫だろう。麻衣子を起こして、準備を始めた。今日はチェックアウトだ。荷物もまとめておかなくては。

「うーん、眠いよー」

麻衣子は寝起きが悪い。そのため、朝はすごく無愛想に見える。

本人は「怒ってないし、普通だよ」と言い張るが。

「麻衣子、朝ご飯。荷物もまとめないと」

「ご飯いらないー」

「もう、今日帰るんだよ!」

「はーい……」

しぶしぶと起き出す麻衣子。私は麻衣子を起こしながら着替えたり顔を洗ったりと一通り準備は済ませていた。

「もう、六時五十分だよ」

「今日も昨日と同じ時間に出るの?」

「たぶんね」

「桜小路先生か匠に確認してよー、はっきりしないと動いても意味ないじゃん」

私は匠に電話する。

「おはよう、匠。今日何時に出るか桜小路先生に聞いてる?」

「昨日何時に桜小路が戻ってきたかも分からない。とりあえず、昨日と同じ時間でいいかと思ってた」

「桜小路先生、ホテルにいるの?」

「俺、電話してみようか?」

「お願い」

数分後。匠から折り返し電話がかかってきた。

「昨日はどうやって帰ってきたか覚えていないけど、一応部屋にいるらしい。とりあえず酔いは覚めてるみたいだから、今日の発表は問題なさそうだけど……」

「だけど?」

「完全にまだ声が寝てる。昨日と同じ時間には出れそうにないな。朝飯も間に合うのかな……」

「じゃあ、私たちだけで朝ご飯は食べようか。桜小路先生は自己責任だよ」

「じゃあ、七時半にフロントで」

「分かった」

電話を切ると、まだうつろにテレビを見ている麻衣子に伝える。

「七時半に朝ご飯だって。桜小路先生、昨日は意識なくして帰って来たみたい」

「へぇー、結構飲むんだね、桜小路先生」

私もソファーに腰掛けて、携帯を開く。

渉からメールが入っていた。

「いよいよだな。頑張れ、でも頑張り過ぎるなよ。美咲の元気な声がまた聞けるのを、待ってるからな」

急いで返信する。

「ありがとう。今から朝ご飯食べて、本番に出発する。肩の力抜いて、精一杯やってくるね」

「美咲ー、行くよ」

「はーい」


フロントには驚くことに桜小路先生も降りて来ていた。酒の臭いなど一切感じない。

四人で朝食をとった後、桜小路先生は「荷物、忘れ物ないようにな。忘れ物は着払いだから高くつくぞ」と言っていた。

やはり予想通り、駅のコインロッカーへいらない荷物を預け、昨日と同じくらいの荷物で大学へ向かう。ただ一つ、大きな段ボール箱があることを除いては。

「うう、重い……」

「頑張れ、駅に着いたら交代だ」

麻衣子は発表に関係ないから持つ義務はない。だが、半分持ってくれたり手伝ってはくれる。

昨日より少し人が減った気がする電車内を、大きな段ボール箱を持って移動する四人。

エレベーターの存在はこのような時にはありがたい。


指定された教室に入ると、まだ人はまばらだった。

申請していたとおり、スクリーンを下ろし、パソコンを接続してプレゼンテーションソフトを立ち上げ、映りを確認する。

その間に資料を配布し、余りを教室の入り口に置いておく。

ここまで終わったところで、私の緊張はピークに達していた。

トントン。肩をたたかれる。

「みさみさ、はい、ココア」

匠が缶のココアを持っている。ほんのり温かい。

「あ、ありがとう。どうしたの、これ?」

「みさみさ、すっごく緊張してるの見てて分かったから。そこの自動販売機で二本買ってきた」

「匠、ありがとう……」

教室から出て、ココアを飲む。甘さと暖かさが緊張をほぐしてくれる。

「よし、いくぞ」


そして、いよいよ発表が始まった。私の発表中は桜小路先生がページめくりを担当してくれる。

自分が作った要旨を、うまく匠に、桜小路先生につなげられるように……

必死だった。夏合宿のような余裕はなかった。

「そこで、生徒の興味・関心を引き出すには実際に体験すること、それが一番と考えました」

私の発表はここまでだ。後は匠の発表中にページめくりを担当する。桜小路先生の発表中は機械の故障等トラブルに備えて待機だ。

そして、質疑で自分の所が来たら、それに答える……。緊張するのはそこだ。予想がつかない。

「……以上で、発表を終了します。質疑がありましたら、挙手をお願いします」

桜小路先生が発表を終える。匠がページめくりをしていたプレゼンテーションソフトから離れる。

手が挙がる。桜小路先生が指名する。

「実際に授業を行なわれたとのことですが、その後生徒間でトラブル等はなかったでしょうか」

「模擬裁判前に、生徒たちにくじで決めた役割とその人そのものとは一切関係がないという前置きを告げて模擬裁判を行ないました。現在のところ、そのことでトラブルが発生しているとは聞いていません」

「私たちが知る限り、そのことでのトラブルは聞いていません」私が言葉を加える。

「しかし、くじで役割を決め、そのような注意を喚起していても、トラブルは起こる可能性は否定できないかもしれません。それにおいては、さらに選定方法については考慮すべき点があるかと思われます」

「ありがとうございました」

次の手が挙がる。桜小路先生が指名する。

「模擬裁判のテーマの選定基準は、どのような点から選ばれたのでしょうか?」

「まず、高等学校の教育課程に相応しいものをということから考えました」匠が答える。

「裁判員裁判は、主に殺人や傷害致死など、一見高等学校では相応しいとは思えないものが多いと思いまして」

「罪名は殺人や傷害致死など、一見高等学校の教育課程に相応しいとは思えないものが多いようですが、その過程をたどる事で、道徳的、家庭科的な要素を見出す事ができるものを選定基準としました」私が答える。

「ありがとうございました」

チン。鐘が鳴る。

「以上で、御勢学園大学教育学部附属高等学校の発表時間は終了です。ありがとうございました」

プロジェクター等を片付け、一度外へ出ると、昨日名刺を交換した先生から「お疲れさま、あなた達の発表も素晴らしかったよ。感心した」と声をかけられた。

匠はその先生と名刺を交換していた。他にも、「高校生だろう? 桜小路先生のところとはいえ、たいしたものだよ、いやあ」と声をかけられた。三十枚準備した名刺は、およそ半分ほど交換した。

「名刺を準備するなら、交流会に参加するのが一番いい方法だぞ。三十枚なんて、十分でなくなる」

そして、「数枚もらっていいか? 交流会で求められる事もあるかと思ってな。使わなかったら、返すから」とそれぞれ五枚ずつ桜小路先生に没収された。


その後の発表も、名刺を交換したり、ずいぶんたってから「桜小路先生のところの生徒さんですよね? 素晴らしかったです」と声をかけてくる先生がいたりして、案外忙しかった。

匠と麻衣子は発表が終わり次第、自分の聞きたい発表の行なわれている教室へ向かっている。

そうして、壮絶なる学会発表は無事に終了した。総評というイベントを残して。

「少し時間あるね。何か食べとく?」

「交流会も三時からだし、お腹すくな」

「コンビニで何か買って来て食べるか」

同じような事を考えている人は他にもいるらしく、コンビニの近くは混み合っていた。

ようやくおにぎりとパンを買って食べたところで、総評が始まるようだ。昨日の午後、パネルディスカッションを行った会場へと向かう。

学会の委員長という人が挨拶と講評を行っている。しかし、気分はそれどころではない。いつこれが終わるのかで、秋葉原で過ごせる時間が決まるのだ。

「では、今年度の最優秀発表ならびに新人賞の発表を行ないたいと思います。最優秀発表は天川大学大学院教育学研究科博士課程二年、青山千歳さん、新人賞は御勢学園大学教育学部附属高等学校三年、中村美咲さん、水野匠さんと決まりました」

えっ! 声にならない叫びを上げる。新人賞? 何それ?

「名前を呼ばれた発表者は、前にご登壇ください」

「美咲、匠、行かなきゃ!」

「え、あ、うん」

予想だにもせず、大観衆の前に立つ事となってしまった。

「青山さんの発表は、これまでの小学校における社会科の歴史教育の概念を打ち破る斬新な切り口からの素晴らしい研究でした。これからも、より研究を重ね、素晴らしい教育者、研究者となられることを願っています。そして、新人賞の二人は、顧問の桜小路先生の指導を受けながら、高校生にしてこれだけの発表をされました。彼らは、私たちの希望の星と言えましょう。二人は本来違ったことをそれぞれ研究していたと聞いていますが、それでもここまでの授業実践にまでたどり着いた研究は素晴らしいと評するに値します。彼らと、彼らを指導した御勢学園大学教育学部附属高等学校の桜小路博先生に盛大な拍手を!」

桜小路先生は、その場に立ち上がり、深々とお辞儀をしていた。私たちも一緒に頭を下げる。


賞状を手にし、放心状態の私を正気に戻したのは匠の一言だった。

「みさみさ、終わり次第すぐに飛び出すぞ。賞状は無くすなよ、せっかくもらったものだからな。目的は、まずコインロッカーに荷物を預けた駅だ。そこから数駅で秋葉原だ」

「わかった」

そして、次回の学会の開催地と日程が告げられ、終了が宣言されるとともに、私たちはキャンパスを飛び出し、駅へと向かった。秋葉原へ行くために。


「できるだけ早い電車に乗れるように、急げ!」

「うん!」

私たちは走り出す。そして、電車に飛び乗り、最初に来た駅へたどり着けた。

「とりあえず、荷物置かないとな……」

賞状、余った資料、とりあえず何もかもロッカーを開けて突っ込む。

「あっちのホームで秋葉原方向に行く電車が出てる。今、二時だ。だいたい一時間半だな、滞在できる時間は」

「バタバタだね」

「仕方ない、都会っていうのは時間に追われるところなんだ。特に東京なんてそういうものさ」

「何か大人だね、匠」

「いとこの兄ちゃんが言ってた。こっちのホームだな」

秋葉原方面へは数分間隔でたくさんの電車が走っていた。とりあえず一番早く着いた電車に乗る。

こちらではまず見られない電車の数々に見とれているうちに、「みさみさ、次降りるぞ」と声をかけられた。もう秋葉原へ到着するようだ。


日曜日の午後の秋葉原は混雑していた。

秋葉原の歩行者天国は聞いたことがある。とはいえこんなに人がいるのか、と思うとただただ圧倒されるばかりである。数えきれないほどの電気量販店、その間にある個性的な電器店、あちこちにあるさまざまなアニメのイラスト……これが秋葉原か。

「で、とりあえずお土産買っとくか? タイムアップでお土産買えないで余計な不審感を買うのもな」

「ごめん……麻衣子に話しちゃった、秋葉原行くって」

「マジか? 目的は話してないんだよな?」

「そこは隠し通した。ただ、行ってみたいだけだって」

「んじゃ、ここだ。観光客向けに、大量に土産物を売っている。ここで買っておけば、カムフラージュになる」

「分かった、ここでお土産買っとこう」

私と匠はあえて堂々と「秋葉原」と書いてあるお菓子や土産物を選んで購入した。

「よし、これぐらい買っとけば大丈夫だ。みさみさ、今何時?」

「三時二十分」

「ちょっと時間かかったな。仕方ない。あと一時間、どこ行きたい?」

「同人誌がたくさんある店!」

「じゃあ、あそこだな」

匠は進み出した。私はついて行くのみだ。

少し路地の奥まったところに、塔のようにそびえる建物があった。私たちのみでなく、たくさんの人が出入りしている。

「これが隣街にある同人誌の店の、本店だ。確か三階だな、目的地は。エレベーターは時間がかかる。階段を使おう」

外側にある階段を使い、三階まで上がりドアを開けると、そこには膨大な量の同人誌が揃っていた。

「わあ……」思わず目を輝かせる。

「この規模が上の階まで続いてるんだぜ。まあ、対象が違ってくるんだがな」

そして約四十五分後の四時十五分に、ここで待ち合わせることにして各自好きなものを見ることとした。


並べ方は基本的に隣街にある店と変わらない。時計とにらめっこしながら、これは、と思う本を手にして行く。やはりなかなか目にしないものもある。すかさず手に取り、好みかどうか確認。

そうしてだいたい六、七冊選び、レジを済ませて最初に匠と待ち合わせたところに戻って来たときには、時間は四時二十分を指していた。

「お待たせ」匠が戻ってくる。私よりも多くの買い物をしているようだ。

「とりあえず、急いで戻ろう。五時半に桜小路と合流できないと、大目玉だ」

来た道を急いで駅まで引き返す。まだ歩行者天国は続いている。人ごみをかき分け、ただひたすら駅を目指す。

ようやく駅に着く。そういえば、ICカードの残金が分からない。最終的には自宅近くの駅まで行かなくてはいけないのだ。とりあえず多めにチャージしておいた。

改札を通り抜け、滑り込むように到着した電車に乗り込み、荷物のある駅を目指す。そこから空港へ向かう路線に乗り換えだ。

「何とか、間に合うか?」

「そうだね」

時計はPM4:38と表示している。これから荷物を取って、空港へ向かうのみだーー。



時間は遡り、学会の交流会会場にて。

「いやあ、桜小路先生、おめでとうございます。ところで、ルーキーの生徒さんたちは?」

「それがですね、東京観光に行ってしまいまして」

「まあ、東京なんて彼らには滅多に来れない場所でしょうからなあ。その気持ちも分からなくはないですよ。でも、もう少しお二方にも会いたかったなあ」

「彼らの名刺です。来年からは大学生の予定ですが」

桜小路先生は匠と美咲の名刺を自分の名刺と共に渡す。桜小路も名刺を受け取る。

「ありがとうございます。ところで、そちらの生徒さんも桜小路先生の?」

「はい、同じ御勢学園大附属高三年、福田麻衣子と申します。あいにく、名刺は切らしておりまして」

「それは残念。私はこのような者です。以後、お見知り置きを」

そこには「天川大学教育学部教授 八坂秀明」とあった。天川大学といえば、今年最優秀発表に選ばれた青山先生のいる大学か……。

「福田さんは、今回は発表なさらなかったのですか?」

「ええ。今回は、先生方の発表を聞きに来ました」

「そうですか。将来はやはり教職を希望されていらっしゃるのですか?」

「はい、最近ようやく決めたことですが」

「御勢学園大の教育学部もいいですけど、うちの教育学部もなかなかですよ。うちの大学を受けてみられるのもいかがですか」

「ありがとうございます。検討させて頂きます」

「その気があったら、桜小路先生を通して連絡頂ければ、入試要項等お送りするから」

「ありがとうございます」

「私たちは飛行機の時間がありますので、この辺りで失礼させて頂きます。では」

桜小路先生はいろいろな方に声をかけ、私と会場を後にした。

「八坂先生は誰にもあんな感じだから、あまり気にしないようにな。去年も川崎さんに同じこと言ってたから」

川崎先輩はそのまま御勢学園大の教育学部へ進学した。その間にこのようなことがあったのか。

美咲の本来の研究分野からすると完全に畑違いだが、匠にとってはいい話だったのではないだろうか? そして、私は……

「福田さん、帰るぞ。水野くんたちと合流しよう」

「はい」

ええい、面倒なことは帰ってから考えよう。



何とか時間までに羽田空港の出発ターミナルに到着したところで、匠が桜小路先生に電話を入れる。

桜小路先生たちももうすぐ出発ターミナルに到着するとのことだ。間に合った。行き同様、桜小路先生から航空券を受け取る。

「大荷物だな。あの賞状はなくしてないよな?」

「はい、ここに」

買った本はバッグに隠し、今手にあるのは新人賞の賞状とお土産だけだ。

「みんなにお土産を買って帰るか」桜小路先生が言う。

私も、渉にお土産を買って帰ろう。去年もらったお土産のお返しをしよう。

みんなそれぞれお土産を買う。私は家にお菓子、そして渉にお土産としてお菓子と二個お揃いのキーホルダーを買った。匠は秋葉原で智也にお土産を買ったとのことで、ここでは家族にちょっとしたお土産を買ったぐらいのようだった。

結局、秋葉原での買い物と合わせると、かなりの出費となってしまった。

手荷物を預けると、あまり出発まで時間がないことに気づく。日曜日の夕方、保安検査場も混み合っている。早めに並び、余裕を持っておきたい。

「……遠いな」

「仕方ない、そういう仕組みなんだから」

待合室まで黙々と歩く。私たちは特に駅間を走ったりしていたため足が棒のようだ。

ようやく待合室に着いた、と思うともう搭乗手続きが始まる寸前のようだった。人が列をなして待っている。

持ち込みの手荷物を上の棚に入れて、座席につき、シートベルトをしてしばらくたったかたたないかのうちに、私は眠ってしまったようだ。

気がついたら、すでに出発した空港に飛行機は到着していた。全く気がつかなかった。

「もう一息だ。家に帰るまで気を抜くなよ。忘れ物とか、気をつけるんだぞ」

ここまで来たら後は家に帰るだけだ。ケガせずに、忘れ物せずに。

路線を乗り換え、いつもの駅に着く。あとは自宅近くの駅に一駅だ。

いつもの電車。それが大いなる安心感を与える。見慣れた風景が何と懐かしさを与えることか。

そして静かに電車は駅に着く。荷物を下ろし、無事に帰ってきたことに安堵する。

「じゃあ、ここで解散だ。みんな、気をつけて帰るようにな」

桜小路先生はそう言って帰っていった。私たちは、うちのお母さんがまとめて三人を家まで送り届けることになっている。駅に着いたところで、私は家に電話を入れていた。


「お疲れさま。後ろ開けるから、荷物置いて」

「お世話になります」

「よろしくお願いします」

「じゃあ、学校方面の麻衣子の家からかな。お願い」

助手席に私が乗り、後部座席に麻衣子と匠が乗る。

学校を超えたあたりにある麻衣子の家で麻衣子と分かれ、次は駅を超えたところにある匠の家だ。

車内は疲れて誰も何も話さない。ただ、降りるときに「ありがとうございました」と言っていくのみだ。

匠も降ろしたあと、ようやく自宅へ帰る。

「疲れたでしょ。ご飯食べたら、今日は寝なさい」

「うん……」

会話もままならない。

ようやく自宅へ着くと、荷物も置きっ放しにして食事もやっとの状態でとって、そのまま倒れこむように眠ってしまった。

「美咲、美咲。寝るなら布団で寝なさい」

と言うお母さんの声にかろうじて意識を取り戻し、今度こそ布団で夢も見ずにぐっすり眠った。


気がついたらもう翌朝だ。月曜日だ、学校へ行かねば。

賞状等あれこれ用意しながら、お土産をどうしようか、と考える。

今は三年生は最終考査前で部活動休止中。持っていっても困るだろう。

みんなへのお土産は最終考査が終わった後に、部室でお茶会をしながら渡そう、と決めた。

私に残された最後の課題。

最終考査、絶対に赤点は避けなければ。これは学会があろうとなかろうと関係ない。

最終考査まであと三日。あと少し。まだ気を抜いてはいけないのだった


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