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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第三章 「風」
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第九話 「告白」


一学期の期末考査が始まった。今季の期末考査はこれまでに増して重要だ。

四月始めの出席日数がほとんどないことと、春休みの提出物で提出できなかったものがあったこと、これらが一学期の成績に大きく響きそうである。

学校に戻ってから、授業はしっかり聞き、放課後にはみんなに苦手科目や遅れているところを教えてもらって、自分でも復習を続けてきたが、それがどのような結果をもたらすだろうか。緊張で傷が痛んだ。


「美咲、大丈夫? 顔がちょっと白いよ」百花が心配そうに声をかけてきた。

「うん、大丈夫。緊張してるだけ」

「美咲、緊張しやすいからね。はい、いつものだけど」

いつもの、私の好きな飴。試験開始までには食べ切れそうだな、と思い、そっと口に入れた。


飴が溶け切った頃、一科目目の試験が開始した。今回は理系科目から試験が始まる。

文系科目が後に残るのは少しは気楽ではあったが、先に理系科目が押し寄せるのが憂鬱だ。

実技系の科目は最終日にまとめて行われる。体育はレポートで書いたことでもいいと言われていたので、一番興味を持って調べた熱気球について書くつもりでいた。


試験開始。まずは化学。みんなに教えてもらったことが頭から溢れてくる。これほどすらすらテストが解けたのは始めてだ、と感動するほどだった。

続いて数学、生物。みんなの協力のおかげで、空欄なく解答することができた。手応えもあった。

初日はそれで終了した。ほっとして、久しぶりに桜小路会のみんなと歓談にふける。

「美咲、その顔見るとなんとかなったみたいね。よかった」

「クラス総出で美咲の家庭教師してたからな」

「美咲が成績落としたら、俺らの努力も水の泡だからな」

「明日以降も、がんばれよ、美咲。お前は俺らの努力の証なんだ」

「うっ……そう言われると、緊張する……」

「まあまあ、そうプレッシャーかけたら、美咲も実力出せないよ。美咲のこと、信じてあげなよ」

「ありがとう、麻衣子」

「あと二回しかない試験だから、みんなで乗り切らないと。そうだ、試験終わったら久々に部室で桜小路会しようよ。冷たいものでも食べながらさ、お茶しよう」

「いいね、乗った!」

そういえば、部室のお茶はどうなっているだろうか。お茶だけは私の担当になっている。帰りがけに部室に寄って確認して帰ろう。

「美咲、帰るぞ」

「帰るよ、美咲」

「ごめん、部室寄って帰ろうと思うんだけど」

「じゃあ、俺も寄ってく」

「あたしも」

みんなわらわらと部室に向かっていた。二年の頃はこれがいつもの風景だったのだが、三年になるとこんな光景もめったになくなった。

「ペットボトルのお茶、普通のお茶、そしていいお茶……と。あれ? どれもそんなに減ってない」

「ペットボトルのお茶は、俺が定期的にチェックしてるから」

「美咲が入院中に一度あたしがお茶買いに行ったけど、最近はあんまり飲む子がいないのかしら。減りが遅いみたい」

そういえば、この前私が飲んだ時からあまり減っていないようだ。

「しばらく、あたしの仕事はないかな」

「テスト明けに一気になくなっちゃうかもよ」

「あたし達、お茶良く飲むしね」

そうして部室を後にした私たちは、翌日に備えて早々に学校を去って行った。


「匠、レポートっていつ出すの? 桜小路会やるのはいいんだけど」

「流石にテスト終了当日に呼び出すことはないだろう。桜小路会終了後、一旦家に帰ってレポートやるしかないな。さすがに遊んでてレポートやってません、じゃ桜小路もキレるだろうからさ」

「いつまで別内容のレポート出してていいのかな?」

「それは桜小路が指示してくるだろう。みさみさ、ノートパソコン持ってたよな」

「うん」

「学校に持ってこれそう?」

「リュックに背負って持ってくればなんとかなるかな」

「夏休みに入ったら、お互いノートパソコン持ち込んで作業かな。たぶん、ほぼ毎日打ち合わせだろうし」

「課題もあるんでしょ?」

「課題は合間に済ませるしかない。夏休みから学会本番までは、戦いだ。とはいえ、無理はするなよ。それで倒れられたら、俺らも困るし、何より美咲自身が辛いだろ? 辛い時には、辛いって言って、休んでくれ」

「うん、分かった」

「じゃあ、この試験、頑張って乗り切ろうな」

「うん、頑張ろうね」

「また明日な」

「また明日ね」


次の日は文系科目。一組は文系の試験科目が二組に比べて多い。二組は今日も理系科目の試験なのだそうだ。

あまり得意でない世界史や倫理なども、得意にしている子達がずいぶん特訓してくれた。

三日目は共通で国語や古典、英語。これらの科目は一組も二組も外すことができない。

最終日は実技科目。体育や家庭科、選択音楽の試験はこの試験が最後だ。体育は予告通り自分の選択した競技について述べよ、という問題だった。私は予定通り熱気球についての記述を埋めて提出した。渉なら水泳についてスラスラ書くんだろうな、と思った。


ようやく一学期の期末考査が終了した。結果はどうあれ、今は試験終了の余韻に浸っていたい。

「中村さん、お客さんだよ」

クラスの子が私を呼びに来た。

そこにいたのは、かつて社会部に仮入部していて、現在は数学部に所属する内田兄弟の双子の弟、翼だった。

「兄貴から聞きました。先輩が元気になってもうとっくに学校に来てて、桜小路先生に共同研究者に指名されたって。すごいですね。尊敬します」

「ありがとう。で、突然クラスまで来て、どうしたの? 大事な用でもあるの?」

「それがですね……」

そして、翼の後ろから姿を表した男の子がいた。見たことがない子だ。

「こいつ、俺と同じ数学部の斉藤、斉藤敬太って奴です。こいつが、どうしても中村先輩と話がしたいって……お願いします、話だけでも聞いてくれませんか」

「わかった。斉藤くんね。ちょっと待ってて」

私は桜小路会メンバーに先に部室に向かっておいて欲しいと伝え、社会科資料室へと案内した。もちろん、翼も連れて。

「斉藤、言いたいことがあるんだろ、言ってしまえ」

「中村先輩、彼氏さんとか、いらっしゃるんですか……?」

「……うん、他校だけど、いる……」

「長い付き合いなんですか?」

「そうだね、正式に付き合い出してからは五年くらいかな、幼なじみだからもっと前から仲良くはしてたけど」

「俺と、付き合うってことは、考えられませんか?」

「……ごめんなさい。それは、考えられない……」

「どうしてもですか?」

「……ごめんなさい。考えられないんです……」

「でも、俺、何度も見ましたよ。中村先輩、他の男の先輩と仲良さそうに学校内を歩いてたり、一緒に帰ってたりしてるじゃないですか。それは、矛盾しないんですか?」

「敬太、それは……」

「誤解を受けそうな行為に見えていたのね。確かに、社会部や同じクラスの男の子にも、親切にしてもらったり、帰る方向が同じ子と一緒に帰ったりする。でも、みんな私にとっては友達、親友なの。私には恋愛感情は彼らには全くないし、部内、もしくはクラス内での仲間、あるいはライバルなの。だから、斉藤くん。あなたの願いを叶えることはできない。ごめんなさい……」

「じゃ、じゃあ、俺も後輩として、先輩を尊敬することは、構いませんか?」

「それならいいんだけど……」

「ありがとうございます。先輩をずっと尊敬しています!」

「おい、敬太、戻るぞ。あまり先輩に迷惑をかけるんじゃない」

翼に引きずられるように斎藤くんは社会科資料室を出て行った。

「……これって……」

渉と原香奈子の話を思い出す。学年もクラスも、部活も違うし、何と言ってもお目付役の翼がいる。とはいえ、周囲に何か影響を引き起こすことも考えられなくはない。とりあえず、私は急いで部室へ向かった。

「遅かったね、美咲」

「翼に呼び出されたの?」

「ううん、翼じゃなくて、翼の友達というか、翼と同じ部の男の子」

「まさか、告白されたの?」

「……うん」

「もちろん断ったのよね?」

「もちろん!」

「お前、モテるなあ」

「それより、なんだか怖くなって。どうして彼氏がいるのに、他の男と一緒にいるんだって言われて。そう言われると、なんだか怖い……」

「そんな脅されるような言い方されたの?」

「いや、脅されるというより、不思議そうな、疑問をぶつけてくる感じだった」

「で、どう答えたんだ?」

「自分には他の人には恋愛感情はないし、本当に仲間として、友達、親友、ライバルとしてよくしてもらってるから、って答えた」

「ライバルねえ。まあ、ちょっと違う気もしなくもないがな」

「それより、私は、みんなに迷惑がかかるんじゃないかって思って……」

「迷惑?」

「その子から何か嫌がらせ受けたりとか……」

「俺らに対して何か文句を言っていたのか?」

「そういうわけじゃないけど」

「美咲は自分のことを思い出したのね。だから周りに迷惑がかからないように、ってこの話をわざわざしたんでしょ?」

「うん……」

「じゃあ、私たちは私たちで自衛するしかないわね。うーん、まずは翔兄ちゃんにこの話をしておくことで、二年生の間に話を広めるのを防ぐのが第一かしら?」

「あたしの友達に数学部の子がいるから、何かあったらその子にも食い止めるように話をしとくよ」

「何も起こらないことを願うのが一番だけどな」

「麻衣子、翔兄ちゃんに連絡つく?」

「ちょっと待ってて」

翔と同じ地理科のリーダーの麻衣子が翔にメールを打ち、部室へ来れるかどうか聞いているようだった。

「今から来るって」

「とりあえず、話を整理しとかないとね。美咲が話さないと意味ないから、美咲、ちゃんと説明するんだよ」

そう言っている間に、翔が部室へ現れた。

「福田先輩、どうしたんですか?」

「翔兄ちゃん、弟さんによく言っておいてね。じゃ、美咲、あとはよろしく」

私は今日起こったことと、自分の懸念を翔に伝えた。

「翼の友達ですか……。分かりました。そいつがなにかしでかすようだったら、俺が責任持って止めます。翼にも伝えておきます」

「ありがとう。ごめんね、巻き込む形になっちゃって」

「いいえ、先輩たちの学会の発表成功や進路決定に影響しないように、俺らの力でできることだったら頑張りますよ」

結局、冷たいものでも食べようという話はおじゃんになり、ペットボトルのお茶を三々五々飲む桜小路会となってしまった。今日のレポート作成もそれどころではなくなってしまった。


結局、斉藤敬太がその後何かをしでかしたという話はどこからも聞かなかった。本当にきっぱりと諦めてくれたようだ。


そのような騒ぎの中、テストは迅速に返却されてきた。

どの科目も、桜小路先生に最低条件として提示されていた五十点は軽く超え、理系科目でも九十点近くに達した科目もあった。

「やった!」

私の勉強を見てくれた桜小路会メンバー、そして三年一組のみんなには感謝してもしきれない。

そして、例によって例のごとく各科目の担当の教師よりずっしりとした「夏の友」が配布された。

いよいよ夏休みだ。


一学期の終業式。

桜小路先生とはテスト開け以降打ち合わせをしていない。その分、夏休みにみっちり三人での打ち合わせがあるのだろう。

通知表は出席日数が足りない分はあったが、評価自体は思ったほど悪いものではなかった。

今年の夏は、去年と同じ補習と合宿、夏の友をこなし、そして学会発表の打ち合わせで埋まりそうだった。

渉も夏休みは学校の補習と塾の夏期講習で朝から夜まで多忙を極めているようだ。

「泳ぎてえ」と毎日漏らすぐらいだった。


そうして、高校一年の夏と同じくらい、いや、もっと大変な夏休みが私を待っていた。


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