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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第一章 「雪」
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第二話 「渉」

さっきの二者面談の話を、まず最初に落ち着いてできそうなのは幼なじみの渉だった。


杉谷高校にはプールがない。水泳の授業もない。泳ぐのが好きだった私にとっては残念ではあるが、煩わしいことがないのは助かる。

渉は中学校から水泳部だったが、市民プールやらで部活以外でも好きなだけ泳いでいたため、特に自分の学校にプールがないことには気にしていないらしい。現在の部の方針では隣のプールがある学校を借りたり、市民プールを借りたりして練習しているようだ。


高校に入る時に買った時計を眺める。PM5:30とデジタルの数字は表示する。

「まだまだ練習中だろうし、今すぐは無理かなあ…」


私の名前は中村美咲。高校1年生。ごく普通の…と言いたいところだけど、いろいろと普通でないところがある。


とりあえず、家族は父、母、姉、それと鈴と小鈴という名前の猫が二匹。さらに、ごくごく家族に近い存在として、幼なじみの渉。

まずは、この渉に相談してみようと思った。


「ただいまー」

「おかえりー。お風呂入っておいで」

「おかえりー」

「あ、優子お姉ちゃん! 帰ってたの?」

「最初の実習先の病院はうちから通った方が近いから、しばらくここから通うわ。ま、今回は一ヶ月だけどね。」

「へえー、とうとう実習に入るんだねー。」


一ヶ月、先輩のお姉ちゃんが家にいる。良かれ悪かれ、何らかのアドバイスをもらえる。

でも、結局、自分は何になりたいんだろう……それを傍に置いて決断を下すのも躊躇われる。

今日はとにかく家族に話すのは延期しようと決めた。とにかく、渉と話してみよう。


お風呂から上がると、テレビは八時のバラエティ番組を流していた。

この時間ならば渉も帰ってきていそうだ。とりあえず電話してみようか、と思ったらすでに「着信 三件」とあった。すべて渉からだった。

ああ、タイミング逃したな、と思いつつ、こちらから発信してみる。


「もしもし? 渉?」

「ああ、やっと出てくれたよー。今日練習遅くなったから連絡いれるのも遅くなっちゃって。今どこ?」

「家帰って、まだご飯も食べてない」

「そっか、じゃあ、飯食ったらまた電話くれよ。美咲ん家遊び行く。」

「わかった。今日は久しぶりにお姉ちゃんもいるよ」

「マジか! 久しぶりだなー、優子お姉ちゃん」

「じゃあ、また後でね」

「おう」


こういう感じでほぼ毎日、渉がうちに遊びにくるか、遅い時間でなければ私が渉の家に遊びに行く、そのような付き合いだった。

とはいえ、渉の家は三軒隣。まさに絵に描いた幼なじみなのだ。

正式に付き合い出したのは中学に入った頃。

改めて、「俺たち付き合おう、正式に」と言われた。

確かに、現在のように遊んではいなかったものの、ほぼ毎日連絡を取り合っていた関係を冷やかされたりするのは面倒だったことも事実だった。

それから三年。私たちは正式に付き合い出して四年目になった。お互いの両親も幼なじみからの付き合いを理解してくれ、さらに渉には兄弟がいないので優子お姉ちゃんを実の姉のように慕っていた。


「ご飯終わったよ」

「おう、じゃあ今から行くわ」

「待ってるね。お母さんと優子お姉ちゃんにも伝えとく」

「よろしくな」


よし、これで渉に話す準備が整った。とりあえず、今日話されたことと持って帰った成績表を手元においておく。

「お母さーん、いまから渉がくるってー」

「え、マジマジ!? 久しぶりー! 相変わらず水泳やってんの?」

優子お姉ちゃんが驚いたような、嬉しそうな声を上げる。

「毎日泳いでるみたいだよ」

「あら、じゃあ何かちょっと美味しいものつくっちゃおうかしら」


「こんばんわ。夜分遅くにお邪魔します」

「いらっしゃい。今日も部活疲れたでしょ。あとで何か持ってくるからね」

「お構いなく、食事は家で済ませてきましたから」


「お疲れ。最近大会前で忙しいんだよなー。まだ応援なのによ」

「でも、来年には選手で大会に出れるんでしょ? しっかり練習しないと」

渉は中学校の頃は県で一、二を争う自由形の選手で、とにかく泳ぐのが楽しくて仕方ないのだが、他の種目があまり好きでないという弱点と一度切れるともう何もできなくなるほどの集中力の持ち主だった。


「で、今日だったろ、お前の二者面談?」

「うん……そのことについて、ちょっと聞いて欲しいんだけど……」


渉に今日の二者面談で言われた御勢学園大学教育学部附属高等学校への転入の勧めの話、成績の話、これからの目標の話……とりあえず、話せるだけ話した。


「げげ……美咲の成績、言っちゃあなんだけど、とんでもない五角形だな……社会だけ異様に突き抜けてやがる」

「とりあえず、教師である父親に話してみろって言われたけど……」

この時間でもまだ帰ってきている様子はない。

「渉、渉の夢って何?」

「避けられないが……医者だろうな」

渉の父親はこの辺りで開業している医者だった。兄弟のいない渉は、必然的にその跡を継がされることになっている。

「どんな医者?何科とか、救急専門とか……」

「とりあえず、っていうのもアレだけど、家の病院は継げって言われてる。でも、別に何科にしても構わない、お前のやりたいことをやれ、っても言われている。

今は、専門の勉強とかしたこともないから何とも言えないけど、内科……というより、ちょっと特別な内科がいいなとか思ってるな」

「特別な内科?」

「お前は今、脳神経外科に通っているだろう? それで満足しているのか?」

「……」

「最近は、神経内科が注目されているみたいだ。お前みたいな病気も、本来は神経内科の方が適している。まあ、親父からの聞きかじりだけどさ。だから、お前の姉ちゃんにも聞きたいことがあったんだ。まあ、今日は遅いから日を改めてにするけどな」

「……つまり……え……」

「俺はお前を治せる医者になる。あの現場に関わってしまった責任じゃないけど、ずっと傍にいる人間を自分の力で治したいからな」

「……恥ずかしいことを、さらっと言われてしまった……」

「俺はそういう覚悟だぞ」


トントン。ドアがノックされた。

「お茶漬けでも食べる?ご飯食べてきたっていうから、これぐらいの方がいいかなと思って」

 マグロの柚子胡椒漬けが乗ったご飯と、熱々のお茶が乗ったお盆を持った母が現れた。

「あなたは今日マグロは夕ご飯に丼で食べたでしょ」と言って、私の前にはカルピスとチョコパイを二つ置いた。

「いつもすみません。話のキリがいいところで帰りますので」

「気にしないで、どうせこの子ろくに勉強もしないし、勉強でも見てあげて。あ、渉くんのもちろん無理がない程度でね」

ドアが閉まる。


 しばし、食事時間。お茶漬けをすする音が部屋に響く。

「ごちそうさまでした」

「さて、俺は今何を答えればいいんだ?」

「うーん、分からなくなっちゃった……。今日はこの辺にしない?」

「そっか。遅くなりすぎるのも良くないしな。そろそろおいとまするよ」


部屋を出て、台所にいる母に「夜分遅く、おじゃましました」と挨拶をする渉。父も帰宅していた。

「優子お姉ちゃん、今度学校の話聞かせてください。何か奢りますから」

「それはこっちのセリフ。美咲が迷惑かけてない? 奢るのはこっちの立場よ」

「では、お邪魔いたしました。おやすみなさい」

「ん、おやすみ」

 父も軽く挨拶をかわす。

「ニャー」

 起きていた小鈴もご挨拶だ。


 今日は、とりあえず渉に話しただけでいっぱいいっぱいだ……。

 私は明日の課題だけを済ませ、寝ることにした。こういう日に、数学の課題がないのが救いだった。



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