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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第三章 「風」
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第五話 「新しい、いろいろ」


やきもきしながら過ごした一週間。学校のこと、連絡があるまでわからないあの子の審判のこと……。

ようやく次の通院で外科の医師に、

「うん、これで全部の包帯を取って大丈夫だ。入浴はもう少し控えた方がいいかな。でも、シャワーは浴びて大丈夫だからね。傷のあたりをこすらないように注意すれば大丈夫なだけだから。

退院して二週間、きちんと体を動かせていないだろう? 食事はとれているかい?」

「リハビリの時のように体を動かすことは確かになくなりました。食事は普通にとれています」

「それならば、足のリハビリのついでに、自宅の周りを歩く、とかできないかい?」

家の周りは、相変わらず警戒体制をとっている。それはちょっと不用心な気がする。

「ここへ、リハビリに通うことはできませんか? 自宅周辺がちょっと……」

「ふむ、それならばしばらくまたこちらのリハビリ科へ通うということでいいかい?」

「はい、お願いします」

「毎日でなくてもいいだろう。週に二、三回くらいで、メインはまた自転車こぎで。足に少し負荷をかけて行ってもいいんじゃないかな。日常生活に耐えられる程度のね」

「そうですね、また、二十~三十分程度の距離を自転車で往復できるようになりたいです」

「まあまあ、そう慌てないで。まずは日常程度の生活ができるようになる程度に筋力を戻すことから始めよう」

「分かりました」

「また、二週間ごとに様子を見せてね。三ヶ月ぐらいかな。その後は、月に一回くらい、半年くらいはみせて欲しいかな。あ、もちろんおかしいと思ったらすぐに来て」

「はい。ところで、学校へはどのくらいから行って大丈夫でしょうか?」

「もう包帯も取れたし、行きたい時に行って大丈夫だよ。ただ、体育とか体を使う授業はしばらくお休みしてね」

「ありがとうございます」


そして、私は、翌日から週に三回くらいのペースで病院でリハビリを再開した。退院してずっと自宅にいたため、やはり少し筋力が落ちているようだ。入院中のように一日中とはいかないが、身体を動かすことが学校へ戻る一歩と思うと楽しいと思えた。

同時に、自宅で勉強も再開した。小学校の時の入院中は、スケッチブックとペンを優子お姉ちゃんが買ってきてくれ、つきっきりで病院にいてくれたお母さんに漢字の練習をさせられた。それ以外にも絵を書いたりしていたが、学校への復帰がスムーズだったのはお母さんのこの特訓も大きかったような気がする。

今回はそれどころではなかった。出来るだけ早く体を治して、事件と向き合う必要があったからだ。

一時は桜小路会メンバーと一緒に卒業することを諦めた。出席日数がかなり減っていることもあり、提出物も提出できていない。特にそれらが御勢学園大学への内部進学のための内申点の最大の要件とされているため、御勢学園大学への内部進学は厳しいだろうと思っていた。

「みさみさ、早く学校戻ってきてよ。みんな、みさみさに会えなくて寂しがってるよ」

「美咲、大丈夫。春休み挟んでるから、出席日数にはそんなに響いてないはずだよ」

「春休みの分の課題プリント、美咲のも持ってきたよ。大丈夫、これ出せば春休みの分は取り返せるよ」

「俺ら、みんなで卒業したいもんな。誰一人残して卒業したくない」

不安を漏らす私に、桜小路会メンバーは励ましと、私がどうにかして学校へ戻ってからついて行けるかを考えてくれていた。

「中村さん、五月分まではレポートの提出は求めない。その間に、学校生活のペースを取り戻しなさい。その間に、レポートを書けるくらいになっていればいいのだが」

「ありがとうございます」

「美咲、これは出せっていう提出物が来てるよ」

「うーん、うち宛に郵便で送ってもらって構わない? ちょっと今、局留めにしてるから」

「それならいろいろプリント類まとめて桜小路先生にお願いしようかな。いちいち送るのは切手代かかるし、毎日郵便局行くのも結構大変でしょ?」

「それがいいかも。ごめんね、わざわざ」

「美咲が学校に戻ってから授業とかで困らないようにって思って。やっぱり、美咲の夢、諦めたくないでしょ?」

「うん……」

「じゃ、一緒に頑張ろ。美咲が学校に戻れる日まで、私たちは待ってるから。ずっと」

「ありがとう」

授業で使っている問題集などは百花が私の分も合わせて二冊買っていてくれたようで、プリント類と一緒に送ってくれた。だいたいどの辺りまで進んでいるかは日々メール等でみんなが教えてくれる。まだ四月、そんなにスピードを上げている感じではなさそうだ。

春休みの分の課題、提出を要求されたプリント類、学校で解いた問題……週三回のリハビリと、毎日の自習で、完全に以前のような生活をしている気がしてきた。ただ、まだ提出のレポートにまでは手をつける余裕がなかった。


ようやく春休みの課題と出せと言われていた分のプリント類を仕上げた頃には、リハビリもずいぶん進んでいた。最初は長距離の歩行訓練から始めたリハビリも、現在は自転車に負荷をかけて二十~三十分の自転車こぎにも耐えられるようになった。要は、学校への距離くらいは十分な筋力をつけることができることができるようになっていたのだ。

私は「学校へ行きたい」とお母さんへ言った。

「お医者さんは、どうおっしゃってるの?」

「問題ないって」

「優子にも、聞いてみましょう。このくらいで、学校へ行って大丈夫か」


夕方、優子お姉ちゃんが自宅へ帰ってきた。話は聞いていたらしいが、やはり本人を見ないと判断は難しいらしい。

「ずいぶん元気になったじゃない。歩く具合も、しっかりしてるわね」

「またリハビリしに病院に通ってたから」

「また自転車こぎしてたの? あんたも頑張るねえ」

「自転車使えないとね」

「私が送り迎えしてもいいのよ」お母さんが言う。

「そうすると、お母さんに迷惑かけちゃう。だから、自分で学校行けるようにならないと」

「美咲、あんたの言うことももっともだけど、しばらくはお母さんに送り迎えしてもらったがいいわ。まだ自転車に慣れていない段階で、学校まで一人で行かせるのはまだ危ない」

「そうね。学校に行くのはいいけど、私が学校まで送り迎えするわ。それでいいでしょ?」

「うん、分かった」

そして、私は、ようやく学校へ復帰することが決まった。


あの日の制服は、警察から引き渡され、処分したとのことだ。去年と同じ、真新しい制服が用意されていた。

久し振りに御勢学園大学教育学部附属高等学校の制服を着ると、引き締まった気持ちになれる。

お母さんが運転する車に乗り込み、学校へと向かう。何だか緊張してきた。

教室へ向かう前に、桜小路先生に挨拶をしておこうと思い、職員室へ向かった。

「中村さん、学校へ来れるようになったか! よかった、本当によかった……」

「大変ご心配とご迷惑をおかけしました。もう医師の方からも許可がおりております。体育等は見学とのことですけれども」

「そうだな。でも、またこの姿を見ることができて良かった。教室は三階になったが、階段は大丈夫か?」

「はい、問題ありません」

「前年度二年一組の者は全員三年一組となっている。もちろん、中村さん、あなたもだ。三年一組のクラスに行って、みんなにその姿を見せてきなさい」

「はい」

そして、約一月遅れだが、私は新しいクラスへと入った。

「美咲……美咲! もう、学校来て大丈夫なの?」

「うん、お医者さんには前から普通に学校に行く分には問題ないって言われてたけど、春休みの課題してたり、提出のプリントしたりしてたらこの時期になっちゃった」

「んもう、そういう几帳面なところが美咲らしいんだから……でも、学校に来れるようになって、本当に良かった」

「どうやって今日は来たんだ?」

「親に送ってもらった。バスはなんか使いたくないし」

「……」みんなの言葉が一瞬止まる。

そしてその次の瞬間、優が、「帰りはどうするんだ?」と聞いてきた。

「帰る時に電話しろって。迎えにくるってさ」

「そうか。じゃあ、安心だな」

「あたしたちが、美咲がちゃんと迎えの車に乗り込むまで見届けるから」

「ありがとう、心強いよ」

「うん? 美咲、あたしみたいな脚してるね」早希が言う。

「早希嬢みたいな?」

「うん、あたしが中学で陸上部を引退した頃に近いみたいな……筋肉がついてる感じ」

「リハビリしてたからかな?」

「これ、かなり鍛えたでしょ。普通にリハビリっていうより、本当に鍛えてた後の感じがするよ」

「いずれは自転車乗らないといけないから、一日でも早く乗れるようにって思って」

「もう……美咲って……頑張り屋っていうか……。ちょっとは、自分の体のこともいたわってあげないとだめだよ?」

「うん、無理しない程度でやってるから」

今日は幸い体育はなかった。新しい時間割をもらい、体育の先生には事情を説明した方がいいだろうな、と思って体育教官室へ行く。

「ふむ、そういう現状なのだね。今、三年生の体育は選択種目で、みんなバラバラのことをやっている。試験も自分の選択した種目についてのレポートを課すつもりだ。見学は構わないが、ただ見ているだけというのもつまらないだろうし、これからは暑さも気になる季節だ。どうだね、体育の時間は図書室でレポート作成ということで出席ということで」

無論ここは私立学校、図書室も冷暖房完備だ。

「レポートって、どのくらいの量でしょうか?」

「レポート用紙一枚程度でいい。図書室で、自分の興味のある種目について、簡潔に調べてまとめて、この机の上に置いておいてくれればいい。それで出席だ」

「わかりました。ありがとうございます」

春休みの課題や提出を求められていたプリント類もそれぞれの先生に提出した。

先生方は「中村さん、やってきたの!」と一様に驚いていたが、受け取りはしてくれた。 これは評価の対象にしてくれるということであろう。


今日は授業が終わると帰ることにした。ついでに病院に寄り、学校へ通学を再開したことを報告した。

「ほう、学校へ行くことができるようになったんだね。となると、通学しながらのリハビリも大変だろう。週末の土曜に週一日くらいでいいんじゃないかな」

ということでリハビリも週一日に減らして、学校生活に慣れることに力を注ぐことにした。

プリント類や参考書を事前に解いておいたことで、復帰初日の授業に全くついていけないという事態は免れた。立て替えてもらっていた参考書代なども百花に払い、優からは溜まっていた領収書を受け取った。

後は、部活の提出レポートを進められるようにならなければ。久しぶりにパソコンを立ち上げる。

メールもたくさん溜まっていたが、ほとんどが桜小路会メンバーや桜小路先生からの部活関連のメールだった。

「ああ、ディベート大会終わっちゃったんだ……」

去年の今頃より少し前か、山崎先輩の下で資料集めをしたディベート大会。

今年は百花を中心に匠、優、麻衣子、早希とそうそうなメンバーが出場したようだが、今年はディベートにものすごく強い学校と当たってしまい、去年に引き続き一回戦で敗れてしまったのだそうだ。

「で、テーマは……?」

『裁判員制度を廃止すべきか否か』

「……」

私が参加しなくて良かったディベート大会かもしれない。

百花に電話してみた。「ディベート大会、肯定側と否定側、どっちだった?」

「……肯定側になったのよ、こっち。テーマがテーマだったから、絶対否定側で勝とうと思ったから、必死で否定側の根拠を準備してたの。肯定側になったら、もうこの試合投げよう、ってみんなで話してた。そしたら、桜小路先生に怒られちゃった。どんなテーマでも、試合に挑むなら真剣にやれって。あくまで、裁判員制度を研究してるのは中村さん個人だから、その人と試合は関係ない。だから、わたしたちも、新入部員の二年生や入ってきたばっかりの一年生も使って、絶対どっち側になっても勝つっていう気で大会に行ったわ。そしたら、相手の高校があの柚木さんがいる立花大学附属高校だったの」

柚木さん……私たちと同い年で、去年のディベート大会でも高い評価を得ていた子だ。去年決勝で勝ち、全国大会へ出場した強豪校の一員だ。

「私たちは肯定側を引いて、精一杯柚木さんたちと戦ったわ。やっぱり負けた。でも、清々しい負け。あの時桜小路先生に怒られなかったら、きっと柚木さんとも対等に戦えなかった。一方的な負けだったに違いないわ。みんな、この結果には満足してるのよ」

「そうだったんだ、ありがとう、いろいろ教えてくれて」

「美咲が部室にこれるようになったら話そうと思ってたことだったんだけどね」


これまで書いたレポートを見返しながら、次にどのように進めていくべきかの構想を練る。

「うーん、確かに最近、裁判員制度に対する否定論もあからさまに出始めてるよね……」

否定論は最初からあったが、裁判員への心のケア、社会への浸透の浅さ……最近はその辺りが露呈してきている。

「理論を離れて、実践論っていうのも面白いかな……」

私が裁判に最初に興味を持ったきっかけが中学の頃に実際に裁判の傍聴に行ったことなのだ。実際に未来の裁判員候補の高校生や中学生に、裁判員裁判をやらせてみると現在露呈している問題は解消するか、もしくは少しでもいい方向の考えを持ってもらえるかもしれない。

私は短い文ではあるが、後で肉付けしようと思い、ささっとレポートを書いた。

「うっ」

下腹部の傷跡がずきりと痛む。どうも、曇り空から雨が降ってくるようだ。

これからは天気の変化で頭痛と下腹部や足の古傷の痛みに耐えなければいけないのか。それは憂鬱だった。夕食を食べてしばらく経つので、強い痛み止めは胃につらい。胃にはやさしいが、痛み止めより熱さまし効果のある薬を飲むことにした。

「今日は、もう寝るか……」

寝室へ向かい、眠ることとした。



私と陽子、渉が意見を池田弁護士に預けて約二週間。それぞれの母親に連絡があったようだ。陽子に関しては、事件には直接関係がないため、真理先生が伝えたようだ。

「もしもし、美咲? 聞いたか?」

「何を?」

「あいつの審判が開始したんだって。お袋が教えてくれた」

「そうなの?」

「あの弁護士先生から、俺のお袋に電話があったんだと。さっそく、先生は家庭裁判所に行って、俺たちの意見を伝えてきたと言っていたそうだ」

「そうだったんだ……」

「お前のお母さんにも連絡が行っているはずだ。聞いてみろ」

「うん、詳しく聞いてみる」


「お母さん、池田先生から連絡があったの?」

「ええ、今日から審判が開始したみたいね」

「どんな話だった?」

「自分が預かった話は伝えてきたことと、それと……」

「それと?」

「……池田先生、あの子に多分精神鑑定を要求されるんじゃないかしら、って言ってたわ、あの子に」

「……根拠は?」

「何も答えない、というと、黙秘になるわね。答えるべきことを答えてないと言った方がいいかしら。この場を理解していないみたいって感じたみたいなの。ぼんやりしてたり、立つのもおぼつかなかったり、ブツブツ何か言ってたみたい。あと、傍聴人がいなかったのも異例だった、っておっしゃってたわ。普通なら、ご家族とかが傍聴にみえられるはずなのにって」

インターネットで調べたことだ。確か、誰か家族、学校の先生などが傍聴に来るはずだ。その誰も来ていなかったのか。となると、国選か私選の付添人がいるはずだ。

「まだ第一回だから、まだはっきりしたことは言えない、とはおっしゃってたけれどね」

「わかった。ありがとう」

陽子からもメールが入っていた。「あたしはよくわからないけど、花田先生から連絡を受けた。池田先生が伝えるべきことは伝えてきたって」

「うん、お母さんと渉に聞いたよ。陽子にまで心配かけてごめんね」

「あたしも意見言ったんだし、結果を知りたいよ」

「多分これからも花田先生が連絡をくれると思うよ。私もあまりこういう事件については詳しくないから、多分今からぶつかって行くことが全部初めてだと思う。ごめんね、詳しい説明できなくて」

「いくら社会が得意な美咲でも、何もかも分かるとは私も思ってないよ。ごめんね、言い方がきつくて。でも、経験して行くことでいろいろ分かることって生きてるからあると思うんだ。学校には行けてる?」

「うん、親に送ってもらいながらだけど行ってるよ」

「おお、凄い! かなりのスピード復帰だね!」

「でも、学年も変わったしね」

「そんなの関係ないよ。あれから二ヶ月ぐらいでもう学校に行けたんだから、すごいよ」

「ありがとう。陽子もどう? 特進クラスは」

「特進クラスっていう気が全然しないの。みんなすごく明るくて、いつも誰かがみんなを笑わせてる感じ」

「いいね、イメージしてた噂の特進クラスと全然違うや」

「でも、みんな成績はさすがにいい……ちょっと落ち込むくらい」

「まあ、それにふさわしい人が集まってるからね。陽子もそのクラスに入れたんだよ。大丈夫」

「ありがと、美咲」

「じゃ、おやすみ陽子」

「おやすみ美咲。いい夢見てね」


学校に復帰してしばらくたった頃。放課後には部活にも顔を出す余裕が持てるようになった。

正式に部員になった二年生には、これまで見ない顔の子がいて、それと見慣れた顔の子がいなくなっていた。一年二組の子は原則理系だ。ただ、仮入部の部活まで理系の部に拘束されない。それゆえ、正式に入部が義務付けられる二年生になると、社会部を抜けざるを得なくなるのだ。

新しい一年生は十人くらいいそうだ。男の子と女の子、半々くらい。

まだ部室でワイワイしている。私は長居せず、早めに切り上げた。


四月が終わり、ゴールデンウイークが近づいてきた頃。私はお母さんにある決意を告げた。

「私、ゴールデンウイーク明けから、自転車で学校に行く」


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