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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第三章 「風」
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第四話 「退院」


私がこの病室に移ってから約一週間。お母さんとお姉ちゃんはもちろん、お父さんも仕事が終わり次第病室へ来てくれた。そして、渉も部活や塾の合間を縫って病室へと足を運んでくれた。

渉の話があった次の日。お母さんが昨日の話をしてくれた。

「責任を取って、私を一生守る……渉がそんなことを、お父さんたちの前で言ったの?」

「本当よ。その場面にあなたがいなかったのが残念だわ。本来、そういうことはあなたも含めて話をすべきなのにね」

「私は、嬉しいよ……」

「それは、渉が来た時に直接言ってやりな。渉、絶対喜ぶから」優子お姉ちゃんが言う。

「うん、そうする」


桜小路先生と桜小路会メンバーも、毎日ではないが、頻繁に病室に来てくれた。桜小路先生とお母さんが病室を出て話を始めたので、私たちはいつものように七人でお茶をすることにした。

いつものお茶ではないが、病室の冷蔵庫にジュースやお茶、ミネラルウォーターのペットボトルを入れているため、それで臨時の桜小路会をすることとした。

「美咲、寝てろ。ペットボトルのお茶なら俺でもいれられる」優が言って、七人分のお茶を手際良く準備してくれた。

「美咲。本当に、良かったよ。あの日はどうなるかと思った」

「クラスじゅうが大騒ぎだったんだよな」

「そんな中、百花姉様が何も言わずに鶴を折り出した。それで俺も我に帰ったんだ」

「そう。あたしたちだけで千羽完成させようと思ってがんばったんだよね」

「次の日には、クラスみんなが朝から机に座って鶴折ってるの。折り方が分からない子も、周りに聞いて、必死に折ってた。だから、あたしが、クラス全員分の鶴を預かることにして、責任持って美咲に届けるって伝えたわ。桜小路先生、自分の授業時間をこっそり一時間、鶴を折る時間にしてくれたの。もちろん、その時間は桜小路先生も一生懸命鶴を折ってたのよ。みんな、暇さえあれば鶴を折ってた」

「そして、この二つの千羽鶴ができたんだ……」

「そうよ。数えてくれて構わないけど、本当に千羽あるのよ」

「こっちの千羽鶴は私たち六人だけで完成させたんだから!」

「おかげで、手が腱鞘炎になりそうだ」

「おい、美咲が無事だったからって言い過ぎだぞ、祐樹」

「そこまでしてくれて、みんな、ありがとう……」

私は、みんなの心づかい、そして桜小路先生が自分の授業時間を潰してまで千羽鶴を折る時間を作ってくれたことに感激した。


桜小路先生と桜小路会メンバーが帰った後、渉が病室へやってきた。

「聞いたよ。責任を取って、私を一生守る……って言ってくれたんでしょ?」

「ああ……今思い出すと、恥ずかしいな……」

「嬉しいよ、渉。ありがとう。本当に、本当に……」

「恥ずかしいけど、本当だぞ。お前を、一生守る。俺の命に代えてでも」

「……ありがとう……」

渉も私も、顔を真っ赤にしているのがわかった。

「じゃ、じゃあ、また明日来るからな!」

「うん、待ってるから」


そして、陽子が病室へお見舞いへやってきたのは、およそ十日後だった。手には数枚のテレビカードを持っていた。

「美咲! やっとお見舞いに来れたよ! ゴメンね、本当はもっと早く来たかったんだけど……」

「陽子が来てくれただけで嬉しいよ。しかもテレビカード! これ、テレビだけじゃなくて冷蔵庫を使うのにも必要なんだよね。助かる!」

「お見舞いには、こういうのが適してるんじゃないかっていうのを調べてさ。思ったとおり、もうぬいぐるみはあったし。お菓子とかお花も病院によっては受け付けないところもあるって聞くから、やめておいた方がいいかなって思って。だから、実用的な物になったけど、美咲に喜んでもらえるものをと思って、そこの自動販売機で買ったんだけどね」

「陽子らしいね。ありがとう。今はお菓子より、お花より、テレビカードが嬉しい」

「喜んでもらえてよかった。今は具合どうなの?」

「思ったよりね、元気だよ。少しの距離なら、自分で歩くこともできるし。まあ、ほとんどまだ車椅子使ってるけど。もう少ししたら、松葉杖で歩く練習ができるみたい」

「ほとんどが足の方を被害受けたみたいだからね……」

「ねえ、陽子、本当に、あの子、学校に来てないんだよね……」

「今は春休みだから学校はないけど、あの日以来学校では見てないよ。大丈夫。間違いなくあの子だから。あの子は捕まったから、安心して、美咲」

「本当に、捕まったの……?」

「大谷くんにも確認したから、絶対だよ」

私は周囲の話から構成されたあの日の事実が未だに信じられずにいた。まだもしかして渉はあの子に悩まされているのではないか、と考えるのである。

「聞きたいこととか、悩みとかあったら、私で良かったら聞くよ?」

「本当に、あの日のことは、本当なんだよね?」

「……本当よ。私も信じたくないけれど」

「陽子の周りは、何か変わったことはあった?」

「御勢学園大学の法学部の花田さんって人が、話を聞きたいって、美咲のお姉さん経由で私に電話してきた。私も、知ってる限りの情報を提供したけど……あと、学校では全校集会があったり、部活動の時間が短縮されたりしたかな」

「真理先生が?」

「真理先生、……もしかして、美咲の家庭教師の先生?」

「そう、花田真理って人だった?」

「うん。そういう名前だった」

「真理先生が……」

優子お姉ちゃんの「真理にしかできないことをお願いしたの」という言葉を思い出した。

「分かった。ありがとう」

「ちょ、ちょっと、突然納得したね、美咲」

「真理先生が関わっていることで何となく実感できたの。真理先生が関わっていることは優子お姉ちゃんからいろいろ聞いていたし。ごめんね、陽子にまで迷惑かけて」

「迷惑なんかじゃない、 私の力で、美咲の力になれるんだったら、私どれだけでも協力するよ」

「陽子、本当にありがとう。またいろいろ迷惑かけるかもしれないけど、協力してくれる?」

「当たり前じゃない。 今の私が美咲の力になれることって、こういうことしかないんだから」

「ありがとう、陽子」


この病室へ移って二週間後。神経の検査と外科の担当医の診察を受ける。

「うん、すごく回復が早い。足の傷ももうずいぶんふさがっているようだし、神経の検査は結果待ちだけど、見たところ異常はないようだね。松葉杖にも慣れたように見える。車椅子に乗ることはあるかい?」

「長距離の移動ぐらいです。たいていの移動は松葉杖を使って、廊下で自力で歩くようなこともしています」

「自力で歩けているかい?」

「廊下の往復ぐらいはできています。流石に長距離は疲れてしまいますが」

「いい感じだね。その調子で正式にリハビリを始めてみようか。理学療法士の先生に連絡をとっておこう」

「お願いします」

「うまく行けば、退院が早まるかもしれないよ」

「本当ですか!」

「ああ、思った以上の順調な回復だからな。期待していいと思うよ」

「ありがとうございます!」


面会時間に現れたお母さんと優子お姉ちゃんに報告すると、ものすごく喜んでいた。

「そんなに順調に回復できているのね。安心したわ」

「もー、一時はどうなることかと思ったわよ」

「鈴と小鈴は?」

「もう真理のところから帰ってきているわよ。真理にもいろいろと急に迷惑かけてしまったわ」

「真理先生と、弁護士の先生とは?」

「私たちはお会いしたけど、あなたと会わせるのは退院した後の方がいいかと思って。退院して次の日すぐに学校に行ける状態じゃまだないと思うから、その間に真理達に話を聞くことになるわね」

そうだ。ようやく松葉杖で歩けて、自力で歩ける距離はまだそんなにない状態なのだ。自転車に乗れるようになるまで回復するまではどのくらいかかるだろうか。それもこれからのリハビリ次第だろうか。


翌日より、リハビリの時間も加わるようになった。

まずは歩行訓練から始めて、それに慣れていくと自分の希望を伝えて、自転車こぎのリハビリを加えてもらった。

自転車こぎのリハビリができるようになった頃には、もう松葉杖もほぼ不要になり、車椅子に乗ることもなくなった。リハビリ室まで自力で歩いていけるようになり、自転車をこげる幸せをかみしめていた。

「ドクターも言っていたけれど、すごい回復だね。歩行訓練から始めて、自転車こぎのリハビリを希望するなんて、すごい気力だし、それについてこれる体力がある」

理学療法士の先生が驚くほどであった。私はどうしても自転車をこがなくてはいけないのだ。

周りからの今回の事件の話で、一人でバスに乗るのが怖くなった。バス通学を選ぶ気には到底なれなかった。

とはいえ、母親に毎日学校へ車で送ってもらうわけにはいかない。私には、自転車に乗る必要があるのだ。

「美咲、かなりハードなリハビリしてるみたいだな。無理してないか?」渉が心配そうにいう。

「週末は休みだし、学校に自転車で行ってるようなものだよ。私の自転車より全然軽いし」

「無理して、焦って急に戻らなくていいんだぞ?」

「うーん、やっぱり、元の学校生活に戻りたいなって思うの。でも、バスに乗るのは怖くなったし、と言って毎日親に送ってもらうわけにもいかないでしょ? タクシー通学できるほどお金持ちでもないしね。だったら、自転車にまた乗れるようにならないと」

「美咲、お前ってやつは……努力家というか、前を見て、脇目もふらずに進むというか……相変わらず、真っ直ぐだな。それがちょっと怖いと思っているんだけどな、俺は」

「怖い?」

「少し余裕を持て。頑張ることは決して悪くない。でも、余裕のない頑張りは、いつか糸が切れたようになってしまう。だから、俺は美咲の頑張りは否定しないから、ちゃんと休む日は休んで、リハビリが終わったらしっかり休息を取れよ。飯もきちんと食え。消灯時間にはちゃんと寝ろ。困ったことがあったら、誰でもいい、相談しろ。そういうメリハリをきちんとするのであれば、頑張りは生きてくる」

「分かった。ありがとう、渉。無理しないで、休む時はきちんと休む」



年度がとっくに変わって四月。

もう杉谷高校も御勢学園大学附属高校も新学期が始まり、入学式も終わったという頃だ。

ようやく私は退院が許されるようになった。とはいえあの事件からほぼ一ヶ月。意識を失っていた時期があったことを考えるとこのような短期間で退院できたことはすごい回復力だ、と外科の担当医も驚いていた。

退院の際に救命救急センターを訪れると、忙しい時間の合間を縫ってセンター長の永井先生も私の退院を喜んでくれた。

「長い間、お世話になりました」母と姉があちこちに頭を下げて回る。

「いいえ! 中村さんのリハビリへの取り組みは、病棟内に刺激を与えたみたいですよ。私もリハビリを進めたいって患者さんがぽつぽつですけれど、出てきていますもの」外科病棟のナースさんたちが言う。

「歩行訓練から始めて、自転車こぎのリハビリをしたいと聞いた時は驚きました。でも、話を聞いて、それが本人の希望で、回復状況にも合っていたのでドクターにも問い合わせてOKをもらいました。その向上心は、私たちリハビリチームでも日々話題になっていたくらいですよ」担当の理学療法士の先生が言う。

そして、退院前の最後の検査と診察。これで退院が正式決定する。

「足の傷はほぼ治癒していますね。下腹部等の傷もふさがり、内臓への影響も画像診断・血液検査上問題ありません。包帯交換に来ていただく必要がまだありますが、およそ二週間ですべての包帯もとって大丈夫でしょう。あと二週間、入浴、シャワーはできないので清拭という形になります。包帯交換は一日おき、診察は一週間に一回行います。学校などに行って大丈夫か判断するのはその時ですが、お家に帰っては大丈夫ですよ。要は、あと二週間の自宅療養といったところですね。もちろん、異常を感じたらいつでも来てください」

「ありがとうございます。本当に、お世話になりました」

「あなたの回復しようとする力に私たちスタッフも力づけられました。中村さん、退院おめでとうございます」



本当に久しぶりに、私は家に帰ることができた。

しかし、私の家も、三軒隣の渉の家も、何だかひっそりとしている。

「少しは落ち着いたとは思うんだけどね。イタズラ防止のために、あれこれ優子が対策をとったの」

「うーん、まだ一ヶ月だし、美咲が戻ってきた頃に被害があったらイヤじゃない」

そうか、私たちは実名も住んでいる地名も報道されているため、何か嫌がらせを受けることを優子お姉ちゃんは予想して対策をとったのか。

「最近はお父さんも町内パトロールしてるわよ。町内会長さんが治安の悪化を防ぐために町内のパトロールを強化することをすぐに決めていただいて、今は毎日数人で町内を当番制でパトロールしてるわ」

周りを警戒しながら、ドアを開け閉めする。

「ニャー!」

「ニャー! ニャー!」

「鈴! 小鈴! ただいま!」

スリスリ……スリスリ……二匹とも甘えて来る。

「寂しい思いさせてごめんね、鈴、小鈴」

私は久しぶりに自宅で家族全員で食事をとることができ、久しぶりに自分の布団で眠った。


しばらくは、病院へ行くのもあたりを伺いながらだった。

もちろん、渉が遊びに来ることなど不可能だ。電話で話すのが精一杯である。

家にいながら、学校はどうなっているのかな、とかみんな元気かなと考えながら毎日を過ごしていた。

そんなある休日。父親の携帯へ着信があった。

「はい、はい。今からですか……分かりました。本人に伝えます」

そして、部屋にいた私へ父はこう告げた。

「家庭裁判所の方が話を聞きたいそうだ。今から来られるそうだから、下りて来い」

話を、と言われても、私はやはり何も思い出せない。でも、仕方ない。そのことを話すしかない。

インターホンは切っているとのことなので、家に着き次第連絡をくれるとのことだ。

「失礼します。中山家庭裁判所調査官、村井と申します。中村美咲さんのお話を聞かせて頂きたいと思い、伺いました」

「どうぞ、お上がりください」

「中村美咲さんですね?」

「はい」

「原香奈子さんについて、何か知っていることをお聞かせ願えませんでしょうか?」

「私は、本当に、彼女については、ほとんど何も知らないんです」

「同じ原中学校だったんですよね?」

「はい」

「何か接点があった、とかいうことはありませんでしたか?」

「私はありませんでした」

「では、どなたか接点があった方をご存じですか?」

「私の現在の学校のクラスメートが、同じ原中学校でした。彼女は、原香奈子さんと同じクラスだったことがあるそうです」

「その方のお名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「小島早希と言います」

「分かりました。本日は、突然お伺いしてお話をお伺いして、申し訳ございませんでした」

私は研究の中心をいわゆる成年者の刑事事件対象の裁判員制度にしていたため、少年事件においてはあまり知識を持ち合わせていなかった。

そういえば、優子お姉ちゃんが新聞を読んでくれた時に、「あの子は、家裁送致が決定したみたいだけどね」と言っていたことを思い出した。

家裁へ送致されると、今日来た家庭裁判所調査官が少年の生い立ちや性格、生活環境を調べられるという。家庭裁判所の審判の目的は、少年の健全な育成のため、懇切、なごやかに行なわれなければならない……調べていけば、調べて行くほど、被害を受けた自分の立場が不利になっていく気がしてきた。

唯一頼りになりそうなのが、被害者も家庭裁判所に申し出て、心情や事件についての意見を聞いてもらうことができるということだ。これは弁護士を通してもすることができるとのことだ。これは真理先生と池田先生にお願いしてみるしかない。


「美咲、ご飯だけど、食べれそう?」

「ん……今何時?」

「八時。もちろん夜よ」

「ちょっとなら食べれそう……」

「おかゆ作ったから、食べなさい。まだちょっと重い話は疲れるわね」

「うん……でも、私も、考えがある」

「優子といい、あなたといい、いろいろ考えてるわね。何考えてるの?」

私は自分と渉、そして陽子の意見を池田先生にお願いして、家庭裁判所の審判で申し出てもらいたいということを話した。

「そうね、弁護士の先生の方が慣れていらっしゃるでしょうし、うまく伝えていただけるんじゃないかしら」


翌朝、目覚めたら少しは気分も落ち着いていた。今日は病院に行かなくては。

「お母さん、病院行く」

「そう。準備できたら教えてね」

そういえば、今日は外科の担当医の診察だ。包帯交換だけでは済まない。

「早く行って、早く帰ってこよう」


「いいね、今日で足の包帯は全部外していいよ。後はお腹のあたりの包帯、あと一週間ぐらい様子を見てから外そうか。足はシャワーを浴びてもいいけど、身体はまだ清拭だね。女の子がお風呂に入れないのは辛いね」

そう言って、足の包帯は完全に外れた。これで外からの見た目は普通の十六歳だ。

下腹部の傷も縫合の跡はない。自然治癒を待つ程度で大丈夫だったようだ。

もう一週間。大人しくして治るのを待とう。


その日の午後。優子お姉ちゃんからメールが届いた。

「真理が池田先生を連れて、美咲に会いたいって言ってるけど、大丈夫?」

「真理先生と会えるの?」

「そう。あと、池田先生っていう弁護士の先生もいらっしゃるけど、いい?」

「渉と陽子を同席させたい。ダメ?」

しばらく時間が空いたあと、返信が届いた。

「大丈夫だそうよ。二人のスケジュール調整は、あんたに任せたからね」

「了解。できれば明日には会えるようにする」


私は渉と陽子にメールを送った。二人とももう普通に授業中だ。

私も、そろそろ学校へ復帰する準備をしないとな……。

昼休み頃には二人ともからメールの返信が届いた。渉も陽子も、明日の夕方であれば時間の都合をつけて会えるらしい。

私は、「学校終わったら、私に電話下さい」と返信を送った。

優子お姉ちゃんには、「二人とも明日の夕方で大丈夫。真理先生と池田先生によろしく伝えて下さい」とメールを送った。


翌日の夕方。最初に電話があったのは渉だった。

「今から向かうが、何をするんだ?」

「池田先生と真理先生に会って、私たちの意見を聞いてもらうの」

「それが何のメリットになるんだ?」

私は昨日調べたことを簡潔に話した。

「ああ、村井って女の人、うちにも来た。あいつのことについていろいろと聞いて行ったけど、家庭裁判所の裁判がそういう性質を持ってるならな……俺たちの意見を、代わりに伝えてもらいたいな」

「審判ね。だから、忙しいところをわざわざうちまで呼んだの」

「分かった。急いで向かうよ」

電話を切ったら、すぐに陽子からも電話がかかってきた。

「美咲、話し中だから」

「ごめん、渉にいろいろと説明してて」

「陽子も来れそう? 大丈夫?」

「うん、今から行くよ」

「待ってるから、焦らなくていいからね。あと、家の前でもう一度電話して。ドア開けるから」

「分かった」

そして、渉と陽子が私の家に到着してしばらくして、優子お姉ちゃんが真理先生と池田先生を連れて家に到着した。


「ただいま。美咲、渉に陽子ちゃん、いらっしゃい」

「お邪魔しています」

「こちら私の高校の同級生の真理と、真理のアルバイト先の弁護士の池田先生」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」

「美咲、あんたの考えを説明して。私にも、真理にも、池田先生にも、忙しい時にわざわざうちに来ていただいたお客様にも」

「私、高校の部活動で裁判員制度に関する研究をしています。しかし、裁判員制度は成年の刑事事件を対象としているため、私の調べてきた判例も被告人が成年者の例ばかりでした。しかし、今回は加害者はたぶん同じ十六か十七歳、少年法が関与してくると思います。

昨日、うちに家庭裁判所の調査官とおっしゃる方がお見えになり、短時間ですがお話を聞いて行かれました。その後、多少家庭裁判所での審判について調べてみました。家庭裁判所の審判の目的は、少年の健全な育成のため、懇切、なごやかに行われなければならない……とありました。あくまでインターネット上で調べただけなのですが、そうなると、被害者である私の意見はどうなるのか、私の意識や記憶がなくても、ここにいる被害を受けていた大谷くん、それと見聞きしていた中村……陽子さんの意見は反映されないのか、と思ったのです。

同時に、被害者も家庭裁判所に申し出て、心情や事件についての意見を聞いてもらうことができるということも知りました。それを、弁護士を通してすることもできると。

そこでお願いなのです。池田先生、私たちの意見を、家庭裁判所に、私たちに代わって申し出ていただくことはできないでしょうか……?」

「そのことですね。無論、美咲さん、まだ退院したとはいえ無理に身体を動かすことはまだよくないと思っているから、あなたの意見は聞いておきたいと思っていたし、花田くんから中村……陽子さんが詳細を知っている、ということは事件当初から聞いていました。 今日、こうしてお会いすることができてよかった。しっかりお話をお伺いして、きちんと参考にしたいと思います。そして、もう一人の被害者……大谷さん、あなたの意見が一番大切です。この意見によって、私が意見を申し出る意味合いが左右される。あなたのところにもすでに家庭裁判所の調査官がいらしたと思いますが、それだけでなくていい、どんな些細なことでもいい、話を聞かせてはくれませんか」

「じゃあ、私の考えは……」

「先生がしっかり責任もって受けとめたってことよ」

「ああ、そうですね。申し訳ありませんでした。その件は、正式に私が家庭裁判所の審判にあなたたちに代わって申し出てくる、ということで成立ということにいたしましょう。その他にも、現状で気になることがあったら言ってください」

「被害者も審判を傍聴できる仕組みが最近成立したと聞きましたが……」

「あれは、少年の状態によって家庭裁判所が認めるもので、まずあなたがそれを希望しているかです。それが前提条件なのですよ」

「……私は、希望、しません。 研究の一環には役に立つかもしれませんが、私には、まだ、ちょっと……」

「私が、余裕があったら、審判を傍聴したいけれど……」

優子お姉ちゃんは悔しそうに言う。

「希望しても、少年の状態が安定していることも大事な要件です。今回の少年は、被告人の少年の状態、特に精神状態が安定していないようで、申し出ても、もしかしたら認められない可能性があります」

優子お姉ちゃんはさらに悔しそうに唇を噛んだ。

「現行の制度では、妥当と認められないもの以外、少年事件の記録、それと審判の状況を知ることができます。それと審判が終了した後であれば少年と法定代理人の氏名、住所、審判終了の年月日、主文と理由、さらにその後、少年がどのような状況かを知ることもできます。私がそのような場面で動いて、あなたたちに説明するという方法をとりましょう」

「お願いします」

「では、先ほどの話を聞かせていただきたいのですが……」

「一番のこの件で精神的に被害を受けていたのは大谷くんです。彼の話をまず聞いてあげてください」陽子が言う。

確かに、私には面識がない子のことだし、当時の記憶もないことだから、私の話を先に聞くより、精神的、肉体的に被害を受けた渉の話を聞くのが流れとして自然だろう。

「では、大谷さん、少年、いや、その女の子について何をされたか、何でもいい、話していただけませんか?」

「俺も、今年の四月に同じクラスになるまで、彼女について面識はありませんでした。クラス替えの時に、出身の中学校も一緒に名簿に載るんです。それで初めて知った次第です。

初めて話しかけられたのは、「原中の水泳部の部長だった大谷くんだよね? まだ水泳やってるの?」といった会話でした。

それから、頻繁に話しかけられるようになったんです。「まだあの彼女と付き合ってるの? 遠距離恋愛だよね? すごいね」とか「水泳部ってマネージャーいらない? マネージャーに立候補しようかな」とか。ちなみに、俺の所属している杉谷高校の水泳部はマネージャー制はとっておらず、顧問とそれぞれの保護者で会計などの運営を回しています。

その話しかけ具合があまりにしつこいので、俺はきっぱりと、周囲への誤解を招くから、必要以上には話しかけないで欲しいと伝え、話すことも必要最小限にしました。そうすると、彼女は周りへ悪口を言いふらすようになったのです。それも、俺ではなく、ここにいる中村美咲さんの。

あの子は彼氏を捨てていい学校に転校して行った、私の方が大谷くんの彼女にふさわしい、可愛くもない、成績もたいしたことない子がよくあんないい学校に受かった、コネでも使ったんじゃないかとか、あんな病気持ちの子があっちの学校でうまくやっているわけない、とか。主に文系クラスの子と話していたとこちらにいる中村陽子さんから聞いています。

俺は聞くに忍びなくなり、完全に彼女との接点を断ちました。すると、その時期に俺が入った塾に彼女も入ってきたんです。ただ、成績の関係かどうかはわかりませんが、クラスは別になりました。

これらのことは、全てクラスの担任教師と水泳部の顧問の教師に相談しています。ただ、彼女に直接指導があったかどうかはわかりません。中村美咲さんにも相談し、これ以上悪化するようであれば、法的機関を利用しようと考えていた頃、彼女のそれらの行為がすべてパタリと止んだのです。それからしばらくしてでした、こういうことになったのは……」

あの子は、私のことをそんなふうに言いふらしていたのか。陽子も渉もその時は教えてくれなかったことだ。

それを継ぐかのように、陽子が口を開く。

「中村陽子です。話をして、よろしいでしょうか」

「お願いします」

「私は、大谷くんや美咲さんとは違う、東中学校の出身です。それゆえ、彼女について中学時代の面識はもちろんありません。一年生の時も、彼女が何組だったか知らないくらいです。

二年生になって、風の噂で、「転校して行った子の悪口が流れている」ということを知りました。その時です。初めて彼女の顔と名前が一致したのは。

先ほど大谷くんが言ったように、聞くに堪えない、しかも憶測に基づいたものまで含まれた悪口まで含まれていたため、私はきっぱりと言ってやったんです。

「あんたが言うほど、美咲はヤワじゃないんだからね!」と。あと、「あんたみたいなキッたない心を持ってる人間に、大谷くんがふりむくわけないでしょ」とか。

さすがに、この会話はあの子にも堪えたみたいで、それ以来悪口は聞かなくなりました。話の中身も中身でしたし、最初は興味本位で聞いていた子も、徐々に彼女から距離を置いていっていました。

その腹いせか、私と大谷くんが付き合っているという噂を流されました。美咲と大谷くんと三人で御勢学園大学教育学部附属高校の合格発表を見に行ったのですが、それを二人で見に行ったことにされていたり……間違っていることはすべてきっぱりと「違う」と否定して回りました。

これらの情報を美咲さんに流したのは、悩んだんですが、私です。知っていて、本人に何も知らせないことは罪なのではないか、と考えて、本人に直接話をしました。それ以降、美咲が今の学校の友人に相談して出した結果が先ほど大谷くんが言った法的機関の利用なのでしょう。それを活かす前にこのようなことになってしまったことが……」

「ありがとうございます、大谷さん、中村陽子さん。で、一番の肉体的な被害者として中村美咲さん、補足でもいいです、何か述べておきたいことがありますか?」

「え……と、今聞いたことがかなりショックで、まだ心の整理がついていないので……、少し待っていただけますか」

「分かりました。ところで、どなたか、あの女の子が中学、高校で何部だったか知っている方はいらっしゃいますか? それによって関係をつかめないかと考えたのだが……」

「高校では帰宅部でした。何てったって、俺の部のマネージャーになりたいっていうぐらいだから。それに、どこかの部に所属しているという話は聞いたことがない」

私もようやく口を開ける状態になった。

「中学ではテニス部だったそうです。私の学校の同級生に同じ原中学校出身でクラスも同じだった子がいるのですが、その子によると、おとなしいというか、つかみ所の無いというか、でも何かに集中し出すと目もくれなくなるとか……」

「ふむ……」

私は続ける。

「あの時のことは、未だに何も思い出せないのです。私の下校時に友人たちと会話を交わした以降の記憶は作られた記憶です。彼女のことは、本当に面識がありません。忘れたわけではありません。顔と名前も一致しません。大谷くんや陽子さんから聞く情報、それだけが唯一の彼女に関する情報でした。

私が陽子さんから話を聞いたあとに、現在通っている学校のクラスメートに相談をして法的機関の利用を勧められました。ただ、私に彼女の基本情報がないこと、明確な被害を自分とクラスメートのみで相談していいのかわからなかったことがあったため、大谷くんがさらに被害を受けるようなことがあったら法的機関を利用しようと言っていました。

事実、二人で一度電話をしたことがありますが、学校の対応頼りで、それより悪化したらまた連絡をくださいとのことでした。それからパタリと彼女の行為が止まったというのは先に大谷くんが言った通りです。それから、しばらくは何もありませんでした。そして、あの雪の日、突然だったようです」

「分かりました。皆様、長い時間ご協力ありがとうございました。このご意見、必ずや少年の審判への被害者側からの意見としてとして届けさせていただきます」

池田先生は立ち上がり私たちへ深々と頭を下げた。


お母さんからの夕食の勧めを固辞して事務所へと戻って行った池田先生と真理先生を見送った後、久し振りに大勢での夕食となった。

「みんな何組になったの?」

「俺は三年九組だ」

「あたしは三年五組」

「五組って、杉谷の特進クラスじゃない? 陽子ちゃんすごいじゃない!」優子お姉ちゃんが言う。

「そういうわけじゃないんです。ただ単に、地理歴史の科目を一科目に決められなかったから、できるところまでやろうと思っただけで。担任の先生にも勧められたし、同じ図書部の子もいるので」

「理系は大した変わりはないな。数字が変わるくらいだ」

「あたしも、ちゃんと三年一組になれてるのかな……」

お見舞いにきた桜小路や桜小路会メンバーから、「美咲も三年一組だよ」と言われてはいたが、まだ実感が持てないでいた。もう新入生が入学式を済ませ、新二年生も正式に部員になり、社会部にも新しい顔が揃っているのだろうか……

「美咲、美咲!」

「ん? 何?」

「ぼーっとしてるから、どうしたかと思ったじゃない」

「学校のこと思い出しちゃった」

「ずいぶん学校からも離れてるからね」

「でも、無理して学校に行こうとするなよ。まだあと一週間は自宅療養って言われてるんだろ?」

「うん……」

「学校はそれからだ。無理するな、無茶するな。みんな、待っててくれてたんだろ?」

「うん」

「だったら、それに応えられるくらい元気になって、みんなに還すんだ。それが美咲にできることだと思うぞ」

「そうだね」


そうして、学校のことが気になって仕方が無い一週間を過ごした。

毎日のように様子を伝えてくれる桜小路会メンバーからのメールが救いだった。


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