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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第三章 「風」
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第三話 「責任」


美咲が一般病棟に移ったと聞いた日の面会時間。

その日はもう学校も午前中で終わり、午後は部活に充てられていた。

俺は部長の北野に、「今日だけは練習を休ませてくれ」とメールを入れ、美咲の入院している病院へ一目散に向かった。


あの日以来、俺は同情の目で見られるようになったが、純粋な同情ではないように感じた。そこに非難を含んでいる気配も感じた。

俺がキッパリと原香奈子の行動をけん制しなかったからだろうか。どうも女子からそういう目で見られている気がした。

しかし、そんな俺を信じてくれたのは水泳部の仲間であり、陽子であった。

陽子には俺から事情を説明し、自分も会いに行きたい、と言っていたが、クラスメートに止められていたようだ。

二年一組には元一年七組も数人いる。その子たちが中心に陽子をなだめていたようだ。

落ち着いた陽子は、絶対的に俺の味方となってくれた。

事件の翌日には全校集会が開かれ、事件の概要とマスコミへの対応の方法、またスクールカウンセラーがしばらく待機しているため、相談したい際はまず担任へ申し込むことが告げられた。中には泣いている子もいた。

塾でもちょっとした騒ぎになっていたが、授業は淡々と進んで行く。それが心地よかった。

美咲といつ再会できるか、それだけが気がかりだった。



ようやく渉と会える。本当の事を聞くことができる。

あの事件が本当に、原香奈子の起こした事なのか。まず知りたいことはそれだった。

面会時間が始まる。真っ先に病室に飛び込んで来たのは紛れもない、渉だった。

「渉!」

「美咲!」

「大丈夫だった? ケガしたんでしょ?」

「美咲のケガに比べれば、蚊に刺されたぐらいのものだ。心配するな。それよりお前は……」

「安心して。ずいぶんよくなったから。自分で歩けるし、点滴も二十四時間じゃなくなったんだよ」

「そうか。よかった……」

涙を流さんばかりの表情で、私の点滴が刺さっていない方の手を握りしめる。

「渉、知りたいことがある」

「何だ?」

「本当に、原香奈子が、私を襲ったの?」

「…………」しばらくの無言の後、渉は重い口を開いた。

「ああ。俺が刃物を取り上げた時、間違いなくあれは原香奈子だった。コートは着てたが、あいつ、堂々と杉谷高校の制服来てた。恐ろしかったよ。近所の人があれこれ手伝ってくれなかったら、俺らは下手すればあいつに返り討ちにあっていたかもしれない。無論、学校には来ていないぞ。逮捕されたからな」

「本当なんだね……」

「覚えてないのか?」

「うん。あの日の夕方以降は、作られた記憶。思い出せないの」

「そうか……」

そして、一歩下がったと思うと、渉は土下座をして、私に謝った。

「申し訳ない、ごめん、それだけじゃ足りないけれど、とにかく、ごめん。俺が、もっと毅然とした態度を取らなければいけなかったし、真っ直ぐに警察に行けば良かった。今はこうして反省しかできないけれど、本当に、ごめん……」

私は渉に手を差し伸べ、届かないながらも顔をあげるように促した。

「私も、こんなことになるなんて、予想できなかった。でも、渉が相手すると、きっとあの子は調子に乗るって、陽子が言ってた。渉は最初はちゃんと断ったんだよね? それなら、渉の判断は正しかったと思うよ……」

二人してぐずぐず泣きながら、面会時間は過ぎて行った。


夕方遅く、お姉ちゃんとお母さんが病室に現れた。渉はすでに帰ったあとだった。桜小路先生と桜小路会のメンバーも面会に来ていた。

「美咲、調子はどう?」

「渉くん来た?」

「来たよ」

「……やっぱり、思い出せないのね」

「うん。話を聞いたけど、思い出せない」

「こういう時は、無理に思い出す必要はないわよ。美咲、ご飯はちゃんと食べてる?」

「うん。病院のご飯って美味しくないっていうけど、私はそうは思わないな。毎食食べ切れてるよ」

「お父さん、今仕事忙しいんでしょ?」

「お父さんは、仕事をかなり減らしてもらったって。その分、大谷さんの所とかと自治会長さんの家に行って、町内の見回りを強化してもらうようお願いしに行ったりしてるよ」

そういえば、近所の人がいろいろと手助けをしてくれていたらしい。

「で、お姉ちゃん、真理先生にしか頼めないことって何だったの?」

「真理のアルバイト先の弁護士の先生が、今回の事件について引き受けてくれたの。もちろん、私たち側よ」

「真理先生もいるの?」

「真理もアシスタントで関わるそうよ」

「また、真理先生に会えるんだ……」



美咲が一般病棟に移る二日ほど前。

美咲が救命センターを出る見込みが立ち、家族みんなが帰宅できるようになった頃、顔見知りのナースさんが「大谷さんという方からの電話でした」と言い、メモを渡してきた。

「池田先生と連絡を取り、いろいろとアドバイスをいただきました。中村さんにもお会いしたいとのことだったので、落ち着いたらお父さんかお母さんにその旨お伝え下さい」と書いてあった。

私はそのメモをしまい、とにかくお父さんとお母さんと家に帰ってから話そう、と考えた。美咲に話をするのは両親や大谷家と池田先生が顔見知りになってからだ。

私は家について早々、大谷家へと向かった。父親と母親は引き抜かれた電話線やぐるぐる巻きに封鎖されたポストに驚いていたが、「私が独断でやったの。ごめん。新聞も止めた。しばらくそのままにしておいて」とだけ言い残しておいた。ごっそりと減っている鈴と小鈴のご飯にも驚いているようだった。

相変わらず明かりを落としてひっそりとしている大谷家。池田先生はどういうアドバイスをしたのか。それを知りたかったことと、うちでも何か応用できることはないか、と考えてのことだった。

「優子です。どなたかいらっしゃいますか?」

「優子ちゃん! 美咲ちゃん、意識戻ったのね! よかったわ……」美香が応対に出た。

「妹がご心配おかけしました。ところで、病院でこのようなメモを頂いたのですが……」

「これね。優子ちゃんがあの時池田先生を紹介してくれて、その後池田先生うちにいらしてくださったの。それで直接いろいろアドバイスを頂けて、今は病院のほうも再診の方に限って診察を再開できているわ」

「どのようなアドバイスを頂けたんですか?」

「まず、病院の電話番号は変えて、再診の方にそのことを伝えるようにしたの。病院の建物はもともとセキュリティ会社と契約してたけど、家のほうも一年くらいは契約したほうがいいって。

あと、ガラスはシートを貼ったりして割れないようにしたりね。家の電話も、休止か解約を薦められたわ。電話線を引き抜くだけだと、基本料金は発生するからね。家族間の連絡はそれぞれの携帯で。インターホンは反応しないようにしておいていいけれど、必要な人と連絡を取れるようにとは言われたわ。

後は、郵便物なんだけど……うち、仕事柄、どうしても受け取らざるを得ない郵便もあるのよ。その話をしたら、池田先生が、郵便局で局留めにして受け取るようにして、家や病院のポストは撤去した方がいいって」

「池田先生が、私の家族にも会いたいっておっしゃってたんですか?」

「ええ。あなたは依頼人ですし、落ち着かれたら連絡が欲しいと仰られていたわ。その際はアシスタントの方も一緒に伺うそうよ」

「突然の訪問で、いろいろお聞きして申し訳ございませんでした。よろしかったら、お母さんの携帯電話の番号をお聞きしてもよろしいですか? 私がまた伺う際にお電話をまず差し上げられますので」

「分かったわ」

こうして、私と美香はお互いの携帯電話の番号を交換した。

「お構いもできずに、ごめんなさいね。美咲ちゃん、早く退院できるといいのだけれど」

「美咲は思ったより元気です。ご心配ありがとうございます。お父さん、渉くんにもよろしくお伝え下さい」

そうして、私は大谷家を後にした。


帰宅すると、家の中は静まりかえっていた。というより、二人とも、ぐっすり寝付いてしまっていたのだ。

「この話は、今日の夜かな……」

私はインターホンの線を引き抜き、自分の部屋に戻ると、真理に電話をした。

「もしもし、真理? 今大丈夫?」

「バイト中だけど、急ぎ?」

「美咲が一般病棟に移れそうなの。で、今日親と私は家に帰ってきた。池田先生が、うちの家族にも会いたいっておっしゃってたんでしょ? 今日はみんなくたくただから、明日、池田先生とお会いできないかなと思って」

「美咲ちゃん、よかったね! 安心したよ。でも、明日でいいの? とりあえず先生に聞いてみるけど、大変じゃない?」

「大谷さんの依頼のことがあった、って言えば、急ぐ理由も分かって貰えると思うの」

「分かったわ。私は明日でいいから、先生に直接交渉してみて。先生のスケジュールは先生にしか分からないし」

「ありがとう。この前の番号、使わせてもらうね」


私はすぐに池田先生の番号に掛け直す。やはり「先生」と名のつく人に話をするのは緊張する。

「はい、池田です」

「もしもし、中村と申しますが……」

「ああ、花田くんから話は聞いています。こんな大変な時に、周りの人たちにまで気を回せて、あなたは本当にいいお姉さんですね。ところで、妹さんは、どんな具合で?」

「ご心配頂きありがとうございます。妹は、すでに意識も回復し、思った以上に元気です。もう一般病棟に移ることができそうです」

「それはよかった。私もニュースを聞いて心配していたんですよ。ご家族の方も、さぞかしご苦労なさったことでしょう」

「ええ、今日はすっかり疲れで寝こんでしまっておりまして……」

「そりゃあそうだ。あなたの元気さが逆に心配なくらいに思えます。大谷さんのことまで心配したり、ほぼ休む間もなく動いている。その力がどこからくるのか不思議なくらいに」

「私も医師を志す者ですし、体力勝負だとは思っております。でも、今回はなぜか分からないんですが、疲れよりもやらないと、っていう感じが先立つんです」

「そうですか。そういう時こそ、積極的に、体を休めたほうがいいですよ。今花田くんから話は聞いていますから、明日、花田くんと一緒にお宅へ伺うということでよろしいですか?」

「はい、ありがとうございます」

「では、花田くんと時間が会いそうな夕方、五時くらいにお宅へ伺うということで。ご両親様にもよろしくお伝え下さい」

「はい、よろしくお願い致します」

電話を切ると、どっと私も疲れが出てきた。私もこのまま寝てしまうことにした。


気がつくと、お母さんが私を呼んでいた。

「優子、ご飯よ」

「はあい」

今日は近所のお弁当屋さんのお弁当。お母さんが料理を作る気力がないのは見て明らかだ。

「優子、帰ってきてからもいろいろとやってたわね。何してたの?」

「この前話をした、真理のアルバイト先の弁護士の先生が明日うちに来てくれるって」

「突然ね。 相談くらいしてくれてよかったのに」

「ごめんなさい。急ぐ理由があったの」

「何?」

「一度家に帰って新聞をとって来た時に、渉のお母さんに話を聞いたの。やっぱり、あの日からこの辺りが何だか物騒になってるって聞いて。病院も開けられないって困ってたから、真理経由でその先生に相談してもらったの。今日はその結果を聞きに行って来たの」

「そしたら?」

「病院も限定的だけど開けられるようになったし、いろいろアドバイスを受けられたみたい。そして、落ち着いたらうちの家族と会いたいって、実は病院にいる時に連絡を受けてた」

「そう……分かったわ。あなたのことだから、明日とでも言うんでしょ?」

「……図星」

「優子、あなたの頭の回転の早さ、周りへの気遣いは感心するほどだわ。でも、私たち家族に一言教えてちょうだい。何をあなたがしたいのか、それが分からないと、今日帰って来て逆に驚くみたいなことになるんだから」

引き抜いた電話線やぐるぐる巻きにしたポストのことか。確かに、保全のためとはいえ、一言伝えておくべきだった。

「ごめんなさい。外部からのイタズラ対策ばかりが頭にあって……」

「それについても、明日弁護士の先生にお会いできるなら、改めてお聞きしましょう。まあ、私もやるならそういう対策をとると思うけど」

「なんて名前の弁護士の先生なんだ?」

「池田先生。池田忠則先生って真理は言ってた」

「分かった。俺も明日少し仕事に行くつもりだったが、夕方には間に合うように帰ろう」

「五時くらいに真理と二人でうちに来るって」

「分かったわ。その時間までには家にいればいいのね」

そうして、池田先生と顔を合わせる算段はついた。


翌日。美咲は無事に一般病棟へ移ることができた。

そこには美咲のクラスと、「桜小路会」という美咲の友人達からの千羽鶴が届いていた。

私は再び夕方遅くに病室に訪れることを約束し、病院を出た。


夕方。緊張した面持ちでお父さんもお母さんも真理と池田先生を待っている。

インターホンは線を抜いているので、真理からの電話待ちだ。家の前に到着したら私の携帯を鳴らしてもらうことになっている。

真理からの電話だ。私は周囲の様子を確認しつつ、ドアを開けた。

そこには真理と、スーツ姿の四十台半ばと思われる男性が立っていた。

「お待たせ、優子」

「何度か優子さんとはお話しさせていただいておりますが、今回の件で依頼を頂きました池田と申します」

「どうぞ、お上がりください」

「では、失礼いたします」

母はお茶を準備し、父は応接室へと二人を案内した。

「私、こういう者と申します。今後、よろしくお願い申し上げます。何かございましたら、何でもご相談ください」

池田先生は名刺を差し出した。そこには、「池田法律事務所 弁護士 池田忠則」とあった。

父も職場で使用している名刺を差し出した。

応接室にお茶が運ばれる。五人分のお茶が揃ったところで、池田先生は話し出した。

「大谷さんにアドバイスをする以前から、こちらはこれだけの対策を取られていたとお聞きしました。いや、大したものです。ポストの封鎖、電話やインターホンの遮断、とっさにできることとしては最大限にして最高の対策でしょう」

「ありがとうございます。これから先、さらにどのような対策が必要でしょうか? 私も、職場復帰をする必要がありますし、そのような際の対応などアドバイスをご教授願えればと思いまして」

そうだ。渉の父親は家で仕事をしているが、お父さんは職場に行かなくてはならない。その時の対応までは頭が回らなかった。

「大谷さんにもアドバイスしたことですが、現在、お家のポストは封鎖されていることですし、撤去されても問題ないでしょう。郵便局に申し込むことで、必要な郵便は無料で局留めにすることができます。一時的でいいですから、電話も解約か休止を検討された方が良いでしょう。宅配便等は再配達もしくは直接受け取りを利用してください。ポストがなくても、宅配業者は何とかして不在連絡票を置いて行きますから。

それと、そうですね、家のセキュリティサービス等を一年ほど利用されたり、ガラスにはシートを貼って割られる被害を防ぐ、などのアドバイスは大谷さんにも行いましたが、現状の地域の治安悪化の問題でもあります。警察のパトロールも強化されるとは思いますが、町内会等の自治組織があると思います。そちらの会長さんや役員さんにお話をして、自治的なパトロールの強化をお願いする、ということも手段としては考えられますね。大谷さんと一緒にお話をされに行ってはいかがでしょうか?」

「そうですか……先生、あとは、私は、職場でどういう対応をすれば良いでしょうか?」

「まずは今回のことについて上司の方に一通りお話をしておいてください。流石に報道されたことについて上司が部下のことを何も知らないというのではまずいでしょうから。

それと、しばらくは外線通話は出るのを控えるようにしてください。もしくは誰かを挟んで対応するようにしてください。上司の方にも、その旨をお伝えください。外線対応で仕事にならない、ということになると本末転倒ですから。

それ以外は、普通に職場ではなさっていてください。お父さんが冷静でいることで、お家の中も落ち着きますから」

「わかりました。ありがとうございます」

「また、家から表に出られる際は周りには十分に気をつけてくださいね。イタズラ目的の人間だけでなく、興味本位に近いマスコミの取材が張り込んでいる可能性もありますから」

「わかりました。また何かありましたら、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。全面的に、私たちは美咲さんたちを支援いたします」

そうして、私たちの家族と池田先生の初顔合わせは終了した。


急いでお母さんと病院へ向かう。面会時間が限られているため、夕方に池田先生と会った後になると急がざるを得ない。

病室へ向かう際、ナースセンターで中村さんの家族あての伝言を預かっている、と病棟クラークさんに呼び止められた。

伝言の主は美咲の学校の担任教諭、桜小路先生だった。

「本日は突然お伺いしまして申し訳ございませんでした。後日、改めてお見舞いに伺います」

「あら、担任の先生に会い損ねてしまったわね」

「ごめんなさい。今日池田先生と会うことにしてしまって」

「仕方ないわ。今日美咲の学校の先生が病院に来られると私も思っていなかったもの」

美咲は渉と会うことができ、ようやく事実を確かめることができたようだった。

その後、担任の先生だけでなく美咲の友人たち、桜小路会の人たちも面会に来てくれたようである。枕元に大きな猫のぬいぐるみが置かれていた。鈴と同じ模様だ。手紙の束も置かれている。

「本当に、あの子はいい友達に恵まれたわね……」



「おい、美咲が一般病棟に移ったそうだぞ」

「お見舞いには行けるのか?」

「ああ、大丈夫だそうだ。桜小路先生も行くと言っているから、便乗しようと思っている」

「ちゃっかりしてるね、優。そうと決まったら、桜小路先生に何時頃行くか尋ねて、一緒に連れて行ってもらおうよ」

「桜小路車に七人は無理だろ?」

「桜小路先生、車通勤じゃないよ。自転車通勤」

「ああ、あれか」

桜小路の自転車自慢の口調を真似すると、みんなが笑った。みんなの笑顔を見たのも久しぶりだ。

みさみさ、大丈夫だよな……面会できるってことは、元気なんだよな……

「よし、俺桜小路のとこいって、交渉してくる」

「みんなで手紙書こうよ!」

「便箋とか封筒ある? 私、結構持ってるよ」えりえりが提案してきてくれた。

噂を聞きつけた悠里、同じ社会部の薫、絵美、晶子もえりえりから便箋と封筒をもらい、手紙を書き始めた。

そして桜小路会メンバーのみに、百花からメールがこっそりと回ってきた。

「美咲にお見舞いの品を買って行きたいと思います。私に任せてもらっていい? 値段が分かったら、後でみんなでワリカンでいいかな?」

みんなこっそりと返信をする。異論はない。

「桜小路は夕方五時ぐらいにここを出るつもりらしい。ついてきたいなら一緒に来い、と言ってくれた」

「匠、メール見た?」 麻衣子が小声で言う。

「ああ、トイレに寄って返信しておいた」

百花がうなずく。俺もえりえりに便箋と封筒をもらい、手紙を書き始めた。


修了式まであと三日。もう授業は午前中で終わりだ。昼過ぎにはホームルームも終わり、もう拘束時間はない。

「じゃあ、私、お見舞いのもの買ってくる」百花が言う。

「五時には桜小路がここを出るらしい。もし、それまでに何か動きがあったら百花姉様に連絡するから」

「わかった。じゃあ、また後でね」

百花は駅方面へ向かうバスに乗って行ってしまった。またあの雑貨屋に行くのだろうか。

俺たちは、部室で珍しく、何も飲まず食わずで手紙を書き続けた。


百花が戻ってきたのは午後三時半過ぎだった。ラッピングされたプレゼントの他に、サンドイッチが数個別の袋に入っている。

「みんなのことだから、何も食べてないだろうと思って。ごめんね、あまり量がなくて」

「ありがとう、百花姉様!」

「さすが、百花姉様……」

「今からが体力勝負よ。病院までの移動に体力使うし、何てったって久しぶりに美咲に会えるのよ。こっちが元気なくっちゃ美咲にも元気を分けてあげられないじゃない」

「そうだね! よし、私お茶いれる!」麻衣子が張り切ってお茶をいれ始めた。

そうして、ずいぶん遅い昼食をとることとなった。

「いいお茶、減ってきたね」

「美咲が担当だったからね」

「しばらくは私が買いにいくわ。美咲が学校に戻ってくるまでは」百花がいう。

「もうすぐ部費の徴収時期だしな、美咲の仕事は俺がやる。美咲が学校に戻ってくるまでは」優もいう。

そうしているうちに、桜小路が部室に顔を出し、俺たちは出発することにした。


病院は俺たちの住んでいる街の一番近くにある国公立大の医学部の附属病院だった。そういえば、みさみさのお姉さんが、ここの医学部だったな……

桜小路が代表で美咲の病室を聞き、六個の面会者用バッヂを持って戻ってきた。すでに桜小路は胸元にバッヂをつけている。

美咲の入院している外科病棟は五階の東側にあった。全ての病室が個室であることに驚いた。

夕方の食事が六時からだそうで、それまでには引き上げる、ということで俺たちは病室へ入った。

美咲は俺たちを見ると、「桜小路先生……みんな……ごめんね……ありがとう」とまるで泣きだしそうな顔をしていた。

「中村さん、無事でよかった、よかった……」桜小路は点滴の一時的に抜けている美咲の手を握りしめ、これまた泣きそうな顔をしていた。

そのタイミングで百花がプレゼントを取り出し、美咲に渡した。

「美咲、鈴ちゃんと同じ模様のぬいぐるみ見つけてきたの。小鈴ちゃんの模様は見つからなかった。ごめんね」

桜小路が手を離し、みさみさは百花からプレゼントを受け取った。そこには、本当にみさみさの家にいた大きいほうの猫、鈴にそっくりな、茶白模様の大きなふわふわしたぬいぐるみが入っていた。

「わあ、本当に鈴にそっくり! 嬉しい!」

「鈴ちゃんたちにも長く会えていないだろうからと思って」

「鈴と小鈴は、あの後からすぐに知り合いの家に預かってもらってるの。猫を飼っていた人の家だから、安心はしてるけど」

「それならよかった! なんだったら、私が預かろうかと思ってたから」猫好きの麻衣子が言う。

「それと、みんなから手紙。私たちだけじゃなくて、悠里とえりえり、絵美、薫、晶子からも預かってきたの」

「嬉しい、後でゆっくり読ませてもらうね」

手紙を受け取った美咲は嬉しそうに顔をほころばせた。

「ご両親にお話をしたかったんだが、いらっしゃらないのか?」桜小路が言う。

「ええ、今日は夕方遅くなると言っておりました」

「そうか、では病棟のナースセンターに伝言をしておこう」

おおよそ一時間がたったようだ。外では夕食の配膳の音が聞こえてきた。

「では、今日はこの辺りで」

「またお見舞いくるからね!」

「無理しないでね、美咲」

「ありがとう、みんな。本当に嬉しかったよ」

桜小路はナースセンターの受付の人に伝言を残していた。

俺らは学校に戻り、そこで解散した。あの日から、帰り道のメンバーが一人減った。でも、今日のみさみさを見たら、不思議と大丈夫だという気が湧いてきた。大丈夫、みさみさはきっとまたここに戻ってくる。そう確信できた。



優子と百合子が美咲の病院に行っている間、俺は大谷さんの家を訪ねてみることにした。

俺は自宅の番号しか知らなかった。大谷さんの家族の誰の携帯番号も知らない。家もひっそりとしている。

何とか病院のほうが開いているようだったので、そちらの方に回ってみることにした。

「すみません、診療時間は終了しておりまして……」受付の女性が告げるが、奥の方から聞き慣れた声が飛んでくる。

「通してくれ。お隣の、中村さんだ」

俺は不自然な形だが、診察室で診察を受けるような形で池田先生に提案された話をすることとなった。

「ふむ、確かに近所の治安が悪化しているというのも事実ですね。今から、行きましょう。自治会長さんのお宅へ」


今の自治会長さんは還暦を過ぎ、喜寿を迎えるかどうかという年の頃だった。現役の頃は商社勤めをされていたそうだ。

「今回の事件で、確かにこの辺りがにわかにざわついた、というか浮ついたという感じがしなくもないですな。確かに、様子が怪しい者も見かけます。そういう場合は声をかけ、様子を確かめ、帰宅を促すようにしてはおります」

「私たちからもお願いなのですが、そのような見回りや声かけを強化していただくことはできませんでしょうか。無論、私たちも担当になれば協力はいたします」

「そうですな。この地区の治安や安全を守るため、緊急に役員会に声をかけてみましょう。概要が決まり次第、ご連絡いたします」

「すみません、携帯電話の方にお願いできますか。現在、固定電話を不通にしておりまして」

「仕方ないですな、事情が事情だからですね」

「お手数おかけいたします」

そうして俺と大谷さんは携帯番号をお互いに交換し、自治会長さんに番号を教えた。会長は一応携帯電話も所持しているようだったが、番号の登録等の操作は難しいらしく、俺が代わりにやった。

お茶を出しにきてくれた会長の奥さんにも事情を伝え、登録した電話帳から電話をかけるようにお願いした。


そうして俺が帰宅した時には、優子も百合子も美咲の病院から戻ってきていた。

軽い夕食を食べ終わったその時。俺の携帯が鳴った。大谷さん、いわゆる渉くんの父親からだ。

「今から家に伺いたい」とのことだったので、「分かりました。お待ちしております」と答えた。

数分後。大谷家は一家揃って現れた。ご丁寧に、菓子折りまで持参して。



驚いた。お父さんの携帯に渉のお父さんから電話があったのは気づいたが、一家総出で現れるとは。

そして、いつになく神妙な面持ちの渉。お父さんも同じような顔をしていた。

「今回の件は、うちの息子の責任です。息子が、もっとこのことを相談してくれてさえいれば、このようなことは起きなかったに違いありません……」

美香がいう。頭を下げたままだ。

うちのお父さんがそれに対して答える。

「実質的な加害者は、逮捕された少女です。間接的には渉くんにももしかしたら責任があるのかもしれませんが、美咲に対して何か手を下した訳でなく、逆に自ら怪我を負ってまで被害を止めようとした。その点に関しては、お母さん、息子さんを責めないであげてください」

そして、渉に対して問いかける。

「私は、渉くん、きみをうちの息子のように思っている。うちにいて、私や妻、優子と過ごす時間も長かったからね。だからこそ、責めるわけではないが、美咲がこのような目に遭わずに済む方法はなかったのか……それを考えてしまうのだよ……申し訳ない、支離滅裂なことを言ってしまっていて……」

「申し訳ございません」大谷家は一家総出で頭を下げる。が、すぐに、渉は頭をあげ、それぞれの父親に訴えるように語り始めた。

「僕は、この四月以降、あの少女から受けた被害をクラスの担任、部活の顧問に数度に渡って訴えてきました。俺に対するつきまとい、美咲さんへの悪口……美咲は、酷くなるようであれば一緒に法的機関へ相談しようと提案してくれました。しかし、その頃からあの少女の行動が止んでしまったのです。その矢先の出来事でした。

その点においては、僕の詰めの甘さを非難されても仕方が無いと思っています。その点に関しては、お詫びしてもお詫びし切れません。

ただ、僕は気づきました。というより、改めて感じました。僕が自分の命を投げ打ってでも守りたいもの、それが美咲さんだと。この場でこういうことを言うのも失礼かもしれませんし、不適切なのかもしれませんが、僕の命をかけて、美咲さんを一生守らせてください。心から誓います。それで僕の償いとさせてください」そう言って、再び土下座した。

驚いた。こういう場で、こういうことが言える子なのか、渉は。

双方の両親とも目を白黒させている。誰も口を開こうとしない。

とりあえず、突破口を開こうと思い、私は口を開いた。

「渉、あんたは確かに美咲と一緒になると思ってたよ。だって、あたしと三人でいつも遊んでたんだもん。でも、明確なあんたの考えは初めて聞いた。これからも別の学校に通うことになるし、あんたは医者になりたいんでしょ? 医者になったら本当に忙しくなるわよ、ってあたしもまだ医者の卵だけど。それでも美咲を本当に大事にできる?」

「もちろんです! 今日、美咲さんに久しぶりに会えるまで、苦しくて仕方ありませんでした。いつでも、当たり前のように会えたり、連絡が取れたりできた人と突然会えなくなる。苦しくて仕方なかったです。今日病室でお会いできた時、泣いてしまいました。すみません、情けない男で……」

「お前の気持ちはわかった。ただ、実際に美咲ちゃんとどうにか、という話はまだ先だ。お前にも、美咲ちゃんにも目標がある。美咲ちゃんには高い目標があるからこそわざわざ御勢学園大の附属高校へ転校したのだろう。その目標をきちんとお互いに達成する見込みが立ったときに、二人で一緒になることを考えていいじゃないか。ただ、もちろん、自分の言葉には責任を持ちなさい。美咲ちゃんを自分の命を投げ打ってでも守りたい。その気持ちは、絶対忘れるな」渉の父親が、かろうじて息子へ返事をした。

「美咲も、まだ十七だ。あの子も一大決心をして杉谷高校から御勢学園大附属高校へ転校した。また、渉くんの将来の目標を美咲が邪魔することになるのは心苦しい。美咲は美咲で自分の目標を達成できる見込みが立った時に、美咲が渉くんを支えられるようになったら、その話を進めよう。きっと美咲も、渉くんの気持ちを受け入れてくれるだろう」お父さんもそう言うのが精一杯だった。

「美咲と渉なら問題ないと思うけどね、私からすると」

お母さんたちも納得した表情をしている。

「せっかくお菓子いただいたんだし、お茶いれてくるよ」

私は席を立ち、六人分のお茶をいれ、頂いたお菓子を準備した。美咲の分もとっておいた。日持ちはしそうなお菓子だ。

明かりをともしてお茶にする。久しぶりに中村家と大谷家に笑顔が戻った瞬間だった。

「渉、言ったわね。なかなかこういう場で言えないことだと思ったけど」

「あんたは謝り倒すものかとばかりおもっていたわ」

「……思わず言ってしまった。でも、本心だから。この気持ちは変わらないから」

「美咲もこれだけ長い間幼馴染の男の子に想われていると思うと、うらやましくなるくらいね」

「そうよね。私にはこんな幼馴染いないんだもん」

「ところで、優子はどうなの? この際だから将来的にどうしたいか教えておきなさいよ」

「私ね……あまり聞かないで欲しいところだけど、彼氏、いるよ」

「どういう男だ?」

「同級生の医学部の男の子。隣の県の出身だけど、しばらくこの大学の附属病院で研修を希望してるみたい」

「結婚……とかは考えているのか?」

「医学部って国試に受かって研修医になると、会えなくなるパターンが多いって聞くから、付き合ってる先輩たちも卒業と同時に婚約とか結婚っていうのが多いみたい。私たちも、って考えてはいるけど、今はお互いに研修と国試に受かることが大事だよね、って言ってる」

「そうか……」

お父さんが少しさみしそうな顔をした。

「まあまあ、実は私と妻も、大学を卒業してすぐ結婚したんです。妻は看護学科だったのですが」

驚いた。渉のお母さんは看護師の資格を持っていたのか。そのそぶりをこれまでいっさい見せたことがなかったため、全く気がつかなかった。

「私は結婚してすぐ、渉を授かったため、看護婦、いや、今は看護師ですね、その勤務実績はないに等しいのです」

「その時は私も桜川医大のほうの医局におりましたし、現在の病院も親父がまだ元気だったもので、妻は親父とお袋、それと、妻の父親と母親に助けてもらったものでした」

渉の父親の父、いわゆるおじいちゃんはずいぶん前に亡くなられている。おばあちゃんも数年前に亡くなられて、私も美咲もお通夜とお葬式に参列した。今渉が帰省しているのはお母さんの方のおじいちゃん、おばあちゃんのほうなのだ。私もおじいちゃん先生によく診察してもらったことを覚えている。

「もう、そんな世代なんですね……」

「私たちも、年をとったということだ」

「さて、長居しすぎました。おい、渉、美香、いいかげんおいとまするぞ」

「何でしたらまだゆっくりされても構いませんのに」

「いえ、明日の診察の準備もございますし、この辺で失礼させていただきます。本日は、突然お邪魔して申し訳ございませんでした」

「いえ、こちらこそ、ろくにお構いもできずに」

「では、失礼いたします」

こうして、大谷家は帰って行った。ちょっとした騒ぎをうちに残して。


「優子、あの話は本当なの?」

「うん、まあ」

「一度、その人をうちに連れて来なさい。落ち着いたらでいいから。さすがにあの話だけじゃ、私もお父さんもうんとは言えないわよ」

「そうね、そうする」

思わぬところに飛び火した、と思いつつ、今の彼氏にどうやって説明しようかな、と考えを巡らせる。とりあえず、美咲が退院したあとだな。



お母さんと優子お姉ちゃんが帰ったあと、私はみんなからもらった手紙を読んだ。

「美咲、無事でよかった!」

「美咲が帰って来るまで、みんな待ってるからね」

「会計は俺に任せろ、今は治すことに集中してくれ」

「桜小路も心配してたけど、本当に、無事でよかった。今、同趣味の友がいないのは寂しいけどな」

みんな、私の無事を喜んでくれている。どの手紙にも「待っている」というニュアンスが含まれていた。

「早く、みんなのところに戻りたいな……」

自宅で何が起こっていたかなどつゆ知らず、私は消灯時間とともに眠りについた。


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