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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第三章 「風」
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第二話 「回復」

警察は、俺と親父に今日の夕方のことを尋ねてきた。

もちろん、参考人という立場なので、無理矢理何かを聞き出すというつもりもなく、その必要もなさそうだった。

先に逮捕された原香奈子が、全てを洗いざらい話していたからだ。

それを裏付けるために、目撃者である親父や被害者である俺に話を聞きたいということだった。

親父はうまく捜査状況を聞き出してくれた。俺ならば、聞いた途端に警察官に追い出されそうだが、さすがに大人、しかも医者だ。手慣れている。

「被疑者の少女は、殺意を認め、現在はこの署の留置場に収容されていますが、拘留期限は七十二時間です。それまでに、被疑者を家庭裁判所へ送致することを我々は目標としています。捜査状況までを詳細にお教えするわけには参りませんが、凶器を押収し、現場を目撃されたご近所の方々へお話を伺いました。大谷さんは特に今回被害者でもあり、被疑者の少女の供述からたびたびあなたのお名前が出た、とのことでしたので、ご足労ではございましたが署までお呼びつけしてお話を伺った、というわけです」

「いろいろとありがとうございました。これで帰宅して大丈夫ですよね?」

「ええ、構いませんよ。本日は遅くまでお引き止めしてしまい、申し訳ございませんでした」

俺と親父は木内署を出て、歩いて家に帰った。

美咲がまだ意識も戻らないのに、もう事件は先に進んでしまうのか……。

帰りながら、俺は親父に聞かれた。「お前、そんなに悩んでたのか、捕まった子のことで」

「ああ…… こんなことになるなんて、思ってもいなかったから……」

「どうして、もっと早く、俺たちに相談してくれなかった……? お前が美咲ちゃんのお家にお世話になっていて、家族同然のようにしてもらっているし、美咲ちゃんは、もうある意味、うちの子だ。あの子が苦しんでいるのを見るのは俺も、無論お母さんも苦しい。今更言っても仕方のないことだが……」

「……ごめん。心配かけたくなかった」

「子どもの悩みを真剣に聞かない親が何処にいる。お前はもちろん、美咲ちゃんも優子ちゃんも、大事なうちの子だ。美咲ちゃんも、きっとお父さんお母さん、優子ちゃんに相談してなかったんだろうな……」やるせなさそうに親父は呟きながら、俺たちは帰路についた。



いったいどのくらいの時間が経ったのか。救命センターのベッドにいると、時間が分からなくなる。

相変わらず、美咲は眠ったままだ。バイタルの乱れもない。

私はトイレに行きたくなり、お母さんに「ごめん、ちょっとトイレ行くね」と言い、救命センターを離れた。

お父さんもお母さんも、一睡もしていない。

私はトイレに行くためだけでなく、真理にも連絡を取ろうと思い、携帯を握りしめていた。

久しぶりに携帯の電源を入れると、すでに翌朝だった。07:28と待ち受け画面には表示されている。友達に取り急ぎ昨日のうちに話はしておいたので学校の方は後回しでも大丈夫だろうが、真理が学校に行く前に連絡を取っておきたい。

「もしもし? 真理?」

「優子! どうしたのこんな朝早く!」

「真理が学校行く前に聞いておきたくて。昨日の話、どうなった?」

「うちのバイト先の先生、池田先生っていうんだけど、引き受けてくれるって。形式上は優子からの依頼になるけど、私もアシスタントとして手伝うことになった」

「ありがとう! よかった……」

「ところで、美咲ちゃんは?」

「まだ……」

「じゃあ、早く美咲ちゃんのところに戻って。鈴ちゃんと小鈴ちゃんは、うちで責任持って預かってるから。ちゃんとご飯も食べてるし、新しいトイレも覚えてる。お利口だよ。だから、二匹については安心してもらって大丈夫だから。私が学校にいる間はお母さんが面倒見てくれてるから」

「ありがとう。何かあったらまた連絡するね!」

安心した。鈴と小鈴のことだけでなく、真理が関わって弁護士の先生が引き受けてくれるのだ。

これで昨日美咲のところへすぐに行かず、遠回りした意味があった。

用を足して、再び救命センターへ戻る。

「お父さんかお母さんか、どっちかちょっと休んだら? トイレも行ってないでしょ? 大丈夫、私がずっとついてるし、ここのナースさんは顔見知りだから」

そう言ってお父さんとお母さんを休ませたかったが、二人ともトイレに行った程度だった。


それからまたどのくらい経っただろうか。さっきよりは、短い時間だと思った。

「う……ん……」

「美咲!」

「美咲、美咲!」

「ナースコール、ナースコール!」

私はナースコールを押しながら、美咲のバイタルを確認する。もしかして、意識が戻った……!

「え! 何! ここどこ?」

「いきなり起きちゃダメ! ゆっくり、頭を枕に戻して」

「私なんでここにいるの?」

「落ち着いて、美咲」

その時、センター長の永井ドクターがナースを数人連れて駆けつけた。

永井ドクターとも顔見知りだ。私の顔をちらりと見て、あっ、という表情をする。

「中村美咲さんですね」

「はい」

「お誕生日を教えてください」

「血液型は?」

「住所は?」

「電話番号は?」

「お父さんの名前は?」

「お母さんの名前は?」

「お姉さんの名前は?」

「通っている学校は?」

「何年何組ですか?」

美咲は淀みなく全ての項目に対して答える。ちゃんと受験勉強をして御勢学園大学教育学部附属高校に転入したことまで語っている。

「今日が何月何日か分かりますか?」

「……」

ずっと意識を失っていたのだ。分かるはずがない。

「何か覚えていることはありますか?」

「雪で……バスで学校に行って、帰りに友人に「また明日」とあいさつした……」

「その後は?」

「ここにいました」

「記憶が、それ以降の部分だけ喪失しているようですね。その他の記憶に関しては正常のようです。現在のところで重度の記憶障害は起きていないと判断できますが、しばらく経過観察を要しますね。ただ、意識が回復したことは大いなる前進です」

ドクター達が去ってから、第一発見者のお母さんが昨日の夕方の様子を説明しはじめた。その間にお父さんが関係者に連絡をして回っていた。私はお母さんに、自分が知っている範囲のことを説明し、逆に話し過ぎないようにお母さんの手助けをした。

「……そんなことがあったんだ……」

美咲もまだ全容をつかめていないようだ。ぽかんとしている。

「美咲、本当に覚えてないの?」

「うん、御勢の附属高校で帰りにみんなにあいさつしたところぐらいまではなんとか記憶にあるんだけど……」

「それ以降は?」

「うん……思い出せない」

美咲はまたうとうとし出した。バイタルが安定していることを確認し、お母さんと話を続ける。

「優子、ところでかなりここにくるの遅かったけど、どうしてたの?」

「鈴と小鈴。長期間誰も家にいなかったら、二匹とも死んじゃうから、真理に預けてきた」

「優子らしいわね。突然で真理先生は大丈夫だったの?」

「真理の家では猫飼ってるから、受け入れてくれたよ。それと、真理に頼みごとがあったから」

「こういう時に何?」

「真理なら、法律に詳しい知り合いがいるんじゃないかって思ったの。そしたら、真理のアルバイト先の弁護士の先生がこの事件を引き受けてくれるって。アシスタントとして真理が手伝いで」

「そういうことしてたから、昨日あなたは遅くなったのね……機転が利くというか、優先順位の付け方が間違ってるような気もしなくもないけど」

「鈴と小鈴は生きてるんだし、家族だから! 生き死にに関わることだし、だからお母さんにはすぐに美咲のところへ行って、って言ったの。私も精一杯急いだよ」

「まあ、鈴と小鈴については助かったわ。ありがとう。まだどのくらいここにいないといけないか分からないし、今落ち着いて考えると鈴と小鈴のご飯のこと全く考えてなかった。弁護士の先生についてはよく分からないけど」

「私も会ったことない先生だけど、真理と一緒に挨拶に来たいって言ってたから」

「そう、ちょっと心配だけど、真理先生に任せるしかないわね」

私は取り急ぎ真理に「美咲の意識が回復した」とメールを送っていた。

返信に、「よかった。池田先生が、ある程度落ち着いたら私を連れてご家族にご挨拶に伺いたいって言ってた。美咲ちゃんによろしくね」とあったのだ。

「まあ、それは美咲がもう少し回復してからの話ね」


お父さんが戻って来た。

「大谷さんのところと、美咲の学校には連絡した。職場にはとにかくしばらく休むことを伝えたから、俺の仕事は何とかなる」

「私も、学校に正式に伝えないと」

「優子はここから学校行けるんじゃない?」

「美咲が一般病棟に移るか、退院するまでは私も付き添う」

私は一度救命センターを抜けて学内に戻り、授業を担当している先生方を回ってしばらく休めるように頭を下げた。先生方も昨日や今朝のニュースで事情を知っており、「今は医療人としてより、家族としてできることをしてあげなさい」と言ってくれた。



雪がまだ溶け残る街。通学には自転車でも差し支えないようだ。

昨日の夜のニュースを聞いて、俺は桜小路会メンバーに電話をかけ、みんな同じニュースを聞いたことを知り、本当にこの事件が起こってしまったのか、と怒りに近い感覚を覚えた。

俺らが、何とかできなかったのか。

みさみさが、ひどい目にあわずにすんだのではないか。

俺は絶望感のようなものを抱きつつ、登校した。

昨日約束した「また明日」はなかった。

今日、教室に行ってもみさみさはいない。

教室はその話でもちきりだった。もちろん、桜小路会メンバーも集まってみさみさの話をしている。

「聞いたか?」

「何を?」

「美咲、意識戻ったらしいぞ」

「まじか!」

「まだオフレコらしい。俺が日直で日誌取りに職員室行った時にたまたま聞こえたから」

「でも、なんか、恐れていたことが起こった、って感じ……」

「そんなことがあってたの?」

事情を知らない麻衣子と優に事情を説明する。

「そんな話があったんだ……」

「最近はその話、してなかったからな……」

百花は口を開かない。キッと口を結んで、悔しそうにしている。

「席につけ」

いつもより沈んだ様子の桜小路が教室へ入ってきた。口調も沈んでいる。

「ニュース等で知っている者も多いと思うが、中村さんは、しばらく欠席だ。ただ、安心しろ、意識は戻ったとの連絡を受けている。いたずらに騒ぎ立てないように。また、マスコミ等の取材には極力応えないように。今日から、しばらくスクールカウンセラーの先生がこの学校にいらっしゃるので、面談希望の者は申し出るように。以上」

百花は、何も言わずに、カバンから折り紙を取り出した。

周囲の騒ぎをものともせず、黙々と鶴を折る百花。

「百花姉様。明日返すから、折り紙私にもちょうだい」

「俺も、折る」

収まらない騒ぎの中、桜小路会メンバー六人は、黙々と鶴を折り始めるのだった。



……よく寝た。そろそろ起きるか。

起き上がると、そこはいつもの布団ではなく、薄暗い部屋に心電図がつけられ、腕には点滴が刺さっている。

「え! 何! ここどこ?」

そういえば、交通事故で三日間意識を失っていた時もそうだった。

何か、意識を失うことがあったのか。

「私なんでここにいるの?」

「落ち着いて、美咲」

お母さんと優子お姉ちゃんが言う。あれ?お父さんもいる。

そして、あの時のように、また医者が現れ、私の記憶を確かめる質問をしていった。

覚えているのは、雪の日の部室で、「また明日ね」「また明日」と桜小路会のメンバーと挨拶をしたところまでだった。その後、なぜここにいるのか、それについては全く分からない。

車にまたひかれたのか。それとも帰り道で突然発作を起こして倒れたのか。

しかし、お母さんが告げた事実は自分の想像以上に衝撃的なものであった。

「あなたは……近くのバス停でバスを降りた後、同じくらいの年の女の子に傘で殴られて、包丁で刺されたのよ……タイミングよく、あなたがいつもバッグにつけてる防犯ブザーが鳴り続けてたから、見にいったら……そういうことよ。あなたには心当たりがありそうだったから、何か言ってたみたいだけど……ちょうど、大谷さんのお父さんと渉くんも飛び出してきて、渉くんはその子の包丁を奪い取ろうとして、手にケガしたみたい……」

「お母さん! 今の美咲には、それくらいにしてあげて……もしかしたら、一気に忘れていた記憶を思い出すかもしれないから、負担はまだそのくらいで……」

しかし、私には思い出せない。

確かに、心当たりはある。きっと、原香奈子だろう。

しかし、その瞬間というものを、全くと言っていいほど思い出せなかった。

まず、校門を出た記憶あたりがすでに曖昧だ。バスに乗った記憶もない。

しかし、それが事実ならば、渉はケガをしている。重傷なのか。

「渉は? 大丈夫だったの?」

「渉は軽いケガだったからすぐに帰れたわよ。ちなみに、ここは私の大学の附属病院」

「渉に会いたい」

「無茶言ってる場合じゃないのよ! まず、ここは救命救急センターだから、家族や親族以外は面会謝絶。それに、あんたは今の今意識を戻したばかりなんだし、今日は休みなさい。数日で一般病棟に移れるとは私は思ってるけど、センター長の判断もあるし、一般病棟に移ってからね、渉に会えるのは」

「学校は?」

「お父さんが連絡済みよ」

桜小路会メンバーの顔が頭に浮かぶ。彼らも心配しているに違いない。

「ところで、お母さんの話……本当に本当なの?」

「信じたくないけれども……その子は逮捕されたわ」

「ニュースにもなっているわよ」

そちらの方が衝撃だった。原香奈子だとしたら、あの子は逮捕されたのか……。

「新聞、読めない?」

「無理はやめなさい、美咲。情報だったら、明日までに私が収集しておくから、ね」

「わかった……」

「今日はもう休みなさい、美咲。私達がついているから」

「うん……」

私は、再び意識を手放した。


今流れている情報は、昨日の情報の繰り返しのようなものだ。ただ、新しい情報として、「逮捕した少女を家裁へ送致した」ということが加わっていた。

とりあえず、家に一度戻り、新聞を入手しようと考えた。

ついでに、渉とその両親に会おう、と思っていた。

一番今私が危惧していたことは、家への悪質なイタズラだった。

イタズラ電話はさておき、ポストへの嫌がらせ文書の投函、家へのラクガキ……考えられるだけでそれだけはある。

その対策をどうしているのか、大谷家に聞きたかった。


帰宅して、とりあえずポストを見てみる。今のところ、家への直接的な被害はないようだ。

新聞が溜まっているだけで、その類の文書のようなものはない。

一応、新聞を回収してガムテープでポストを封鎖し、電話線は引き抜いておいた。自分の携帯で新聞屋に「半年新聞を止めてください」と伝えるのも忘れなかった。

大谷家に向かってみる。電気は消えているが、人はいるようだ。

ドアチャイムを鳴らしてもこれは無駄かもしれないと思い、直接ドアを叩き、「優子です、いますか?」と尋ねてみると、おそるおそる美香が出てきた。

「この辺りも、封鎖が解除されてから野次馬か嫌がらせか、よく分からない人がうろうろしてて、物騒だから明かりは消してるの」

「何か被害は受けていませんか?」

「家の方にはまだないけれど、病院が開けられない状態ね。町名まで明かされてるから、常連の方が通院できずに困られてるみたいだし、ナースさんや事務の方たちも出勤できずに困ってるみたいだわ」

「困りますね……」

「何かいいアイデアないかしら……」

「!」

そうだ、真理と池田先生だ。真理に相談してみよう。何もかも真理頼みだが、関連していることだ。

「私の友人に、御勢学園大学の法学部生で、弁護士事務所でアルバイトしている子がいるんです。今回の事件、その弁護士の先生が力になっていただけると申し出をいただいています。今から、彼女に連絡をしてみます。よろしければ、その弁護士の先生を頼りにしてみられるのはいかがでしょうか?」

「そうなの? ……ああ、美咲ちゃんの家庭教師をされていた方ね。渉から聞いているわ。よかったら、お願いしていいかしら?」

私は再び真理に電話し、現在の大谷家の様子を伝え、池田先生が力になっていただけないか尋ねた。

「池田先生が力になってくれるのは了承済だから、直接交渉してくれたほうが早いわ」

そう言って、池田先生の電話番号を教えてくれた。

「私が教えたって言えば、池田先生も分かるから」

私が池田先生の番号に電話をして真理からこの番号を聞いたことを伝え、ここから先は美香が直接池田先生に相談する形になった。

「池田先生にアドバイスいただけたら、大学病院に連絡をください」と手もとにあったメモに書き残し、私は大谷家を出た。ひとまず、目立った被害がないことに安心した。


病院に戻ると、お父さんは休んでいた。

「お母さんもちょっと寝ててよ。お母さんまで倒れたら美咲、もっとショック受けちゃうよ」

「優子、あなたも動きっぱなしじゃない。疲れてないの?」

「医者は疲れてなんていられない。お願い、ここは私に任せて」

それを聞くとお母さんも待合室に仮眠しに行った。

私は新聞を読みながら、美咲が知りたい情報を整理する。

家に帰って取ってきた腕時計は七時を指していた。さっき美香と会った時は外が明るかったから、今は夜の七時だろう。これで丸二日か。被疑者が逮捕されていることから、報道は終息に向かっているようだった。

「優子お姉ちゃん?」

「美咲? 起きたの?」

「うん。 新聞、あるわよ」

「わあ!」

「読んであげるから、横になって聞いてなさい」

私は家に届いている新聞の地域欄に掲載されている記事を読み上げた。

「加害者の名前が出ないのは、少年法の限界ね。でも私達の名前は出てるんだ……」

「あんたって、こんな時でも社会バカね……」

「渉に会いたい。事実を知ってるのは渉しかいない」

「一般病棟に移って、面会謝絶が解かれるのを待ちなさい。あんたの真実を追究したい性格はやっぱり変わらない。でも、今は休むことが大切なの。悪化させでもしたら、事実を知るどころか、あんたの命まで危なくなるんだから。そうなると、何もできなくなるのよ」

幼い子どもをあやすかのように、美咲を説得する。

美咲はようやく納得したようで、落ち着いて横になった。

「美咲、悩みごととか、困ってることがあったら、お母さんでもお父さんでも、私でもいい、相談しなさいよ」

「……優子お姉ちゃん……」

「私、もっと昔、あんたのことがうらやましくて仕方なかった。だって、あれだけ長いこと渉に好かれてるんだもん。渉って、一般的に見てもイケメンの部類に入るし。だから、横恋慕してくる子がいるんじゃないか、って思ってたの。もちろん、あんたに惚れる男が出る可能性もあるかもとは思ってたけど。でも、こんなことが起こるとは思ってなかった……」

私は続ける。

「今回の事件も、渉に片想いした子のやったことでしょ? そして、そのことをあんたも知っていた。じゃないと、周りは分からないけどあんたには心当たりがあるみたい、っていうことは成立しない。今、私は家にいないし、もう数年すれば国試を受けて医者になる。いつかは、結婚するかもしれない。でも、いつまでも私はあんたの姉よ。お母さんはあんたのお母さんだし、お父さんはあんたのお父さん。家族がお互いを心配しないわけないじゃない」

「……」美咲は何も言わない。

「だから、家族をもっと頼っていいのよ。私たちは、全力で美咲を守るし、私は美咲にも守られてきたんだから」

「ありがとう、優子お姉ちゃん……そうだ、鈴と小鈴、お腹空かせてるよね? トイレとか……」

「真理に預けたわ。いつ家に帰れるか分からないからね」

「真理先生、猫好きなんだ」

「真理、猫飼ってるのよ」

「ケンカしないかな?」

「真理の家の猫は、今年の春、いなくなっちゃったんだって。その点は大丈夫よ。真理からも鈴と小鈴がいい子にしてるって連絡くれたわ」

「そうなんだ……優子お姉ちゃん、やっぱりいろいろ考えてるね」

「鈴と小鈴も家族だもん。でも、連れてこれないなら、預けるしかない」

「真理先生、元気してた?」

「ええ、真理にしかできない頼みごとをしておいたわ」

「何?」

「それもここを出て、一般病棟に移った頃に分かるわ。さて、今日はもう寝なさい。うまく行けば、思ったより早く救命センター出れるかもよ?」

研修で見た患者さんも、容体が安定してセンター長のOKが出れば比較的短期間で救命救急センターから一般病棟に移っていっていた。美咲も、数日でセンターから一般病棟に移れそうな感じだが、まだ検査等も必要だろう。

「あんたが寝付くまで見ててあげるから、安心しておやすみ」

「ありがとう、優子お姉ちゃん。おやすみ」

美咲は数分後には眠ったようだ。寝息を立てている。

そのタイミングでお母さんが起きてきた。

「優子、ありがとう。あなたも休みなさい」

「うん、お母さん、美咲の様子、お願いしていい?」

「もちろんよ。あなたも大事な家族。倒れられたら困るわ。ちゃんと休んで」

「分かった。ちょっと休むね」

私も待合室で仮眠をとることにした。お父さんも入れ違いで待合室を出て、美咲のベッドへ向かっていた。


仮眠から覚めたら、ちょうど朝食の時間のようだった。

美咲も起きてパンと卵の食事を食べている。食欲はありそうだ。

点滴が取れたら一般病棟に移れるかな、と思うくらいだ。

今日からは各種検査をして、その結果によって一般病棟に移せるかの判断を下すらしい。

とはいえ、昨日意識を戻したばかりの患者に一日で一気にたくさんの検査を受けさせるわけにはいかない。2、3日に分けて必要と思われる検査を行うのだろう。

この時点で、家族全員が泊まり込みで病院にいる必要がなくなり、私たち家族は久しぶりに帰宅することができた。


「うん、いいね。脳にも心配していたダメージも今のところ出ていないし、血液検査でも内臓系統に影響がある数値は出ていない。自力歩行も可能なようだし、一般病棟に移って、運動機能の検査を随時受けていきながら、経過観察でいいでしょう。面会謝絶も解除しましょう。明らかによくなってきていますよ、中村さん」


こうして、美咲は一般病棟に移ることができた。外科病棟の個室。うちの大学の附属病院は、大部屋というものがなく、差額ベッド料なく個室を利用できる。ナースさんたちは各室を回って処置するのに大変そうだが、患者さんたちは満足している。


私が付き添って新しい美咲の病室に移動したその時、そこにはすでに二つの千羽鶴が届いていた。

「御勢学園大学教育学部附属高等学校二年一組一同」

「桜小路会一同」

美咲の表情が緩んだのが分かった。桜小路会というものが何なのかはわからないが、美咲にとってきっと心を許せるものなのだろう。

「美咲、桜小路会って何?」

「二年一組の担任の先生の名前を取って、今の社会部の仲良しかつ役員のグループ名」

「何人なの? 本当に千羽ありそうだけど」

「私入れて七人だから、今は六人かな……」

六人で千羽折ったのか。さらにこの六人がこの二年一組一同にも加わっていると考えると、学校以外の他人に手伝ってもらったとしても、一人で一体どれだけの鶴を折ったのか。気が遠くなりそうだ。

「美咲、いい友達持ったね。大事にするんだよ」

「うん。本当にそう思う」


そして、ようやく美咲と渉が再会することができる時がやってきた。



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