第一話 「眠る、美咲」
第一話「眠る、美咲」
あのおぞましい事件から数時間が過ぎた。
美咲はまだ、眠っている。
あれからすぐ、 美咲は優子の通っている大学の附属病院の救命救急センターへと搬送された、との連絡が救急車に同乗した渉くんのお父さんから連絡を受けた。
あれから私は夫と優子に連絡し、美咲が事件にあって病院に運ばれた、と伝えるのが精一杯だった。
美咲の父親であり、私の夫である正は、「何があったんだ!? どこの病院だ!?」と必死に問い詰めるが、私も頭がまだ混乱している。優子の通っている大学の病院の救命救急センターだとのみしか伝えることができなかった。
「優子には連絡したのか?」
「これから……」
「私は今すぐ病院へ向かう。百合子、優子への連絡を頼む」
そしてすぐ、私は優子へと連絡を入れた。優子には何が起こったのか、断片的に話した。
「お母さん、すぐに美咲のところへ行って。私、考えがあるの。家に帰らないとできないことだから、今すぐ家に戻るけど、病院に向かうのはちょっと遅れるかもしれない。でも、できるだけ早く向かうから。お願い、私に少し時間をちょうだい」
優子に何の考えがあるのかわからないが、とにかく私も美咲のところに向かいたい。私はタクシーを拾い、病院へと向かった。
「中村美咲さんの、ご家族の方ですか?」
「はい」
すでに夫と合流し、何が起きたのかを断片的にながら話した。夫も絶句していた。
「検査結果のご説明をさせていただきます。こちらへどうぞ」
約十年前の悪夢が蘇る。
「救命救急センター長の永井と申します。美咲さんの容体をご説明させていただきます。頭部への損傷はそうひどいものではありません。医学的所見から言うと、頭部打撲程度です。ただ、以前の傷との兼ね合いもありますので、しばらくは様子を見る必要があります。また、創傷に関しては主に大腿部、数カ所右側側腹部に浅い刺し傷がありますが、もう出血も止まっている程度です。ただ、やはり出血によるショック症状に注意が必要なため、数日はこちらで様子を見る必要があるでしょう。容体が落ち着き次第、一般病棟での療養ということになるでしょう。およそ、二ヶ月くらいの入院期間とお考えください」
「美咲の、意識はあるのですか?」
「いいえ、それがまだ眠っていらっしゃる状態です。ただ、バイタルは安定しています」
「今夜が峠とかいうことは……」
「それほど重傷ではありません。お母さん、ご安心ください」
「娘の意識は、いつ頃戻りそうでしょうか?」
「そうですね、二、三日で戻るとは考えております。大谷先生から桜川医科大学経由でカルテをお預かりしております。その際の傷や状態よりは重くないと判断しておりますが、当センターでも万が一の体制はとっております」
「ありがとうございました」
私は夫と二人で永井先生に頭を下げた。
ナースさんが美咲のベッドへ私たちを案内してくれる。美咲は血圧も呼吸も、心電図も安定した状態で眠り続けている。
私がお母さんから電話を受けたのは、学校から帰ってきたばかりのことだった。雪だったから、滑らないように気をつけながらほうほうの体で帰宅したところだった。
「優子、美咲が……」
「美咲? 美咲がどうしたの!?」
「バス停で、刺されたの……」
「はあ!? 誰に?」
「私にも分からないんだけど、美咲には心当たりがあるみたいなの……」
「美咲は? どこの病院に運ばれたの!?」
「あなたの学校の附属病院の救命救急センターだそうよ。すぐに美咲のところに行ける?」母の声は震えていた。
私には、ある考えがあった。無論、妹が心配でないわけはない。その他にもやっておかなくてはいけないことがある、と思ったのだ。
「お母さん、すぐに美咲のところに行って。私はちょっと考えがあるの……」
無論、終わり次第すぐに美咲のところへ向かう予定だ。そして、その予定に必要な人物、それは渉と真理だった。
私は着の身着のままタクシーを拾い、実家に帰った。車道はずいぶん雪が踏み固められていたからか、思っていたよりも早く自宅に着いた。
「もしもし、真理? 今からちょっと頼みごとしたいんだけど、頼まれてくれる?」
突然の依頼で困惑したような真理だったが、とりあえず引き受けてくれた。
次に連絡したのは渉だ。しかし肝心な渉が電話に出ない。苛立ちが増す。
他に、心当たりがありそうな人間、私でも連絡がつきそうな人間……あ、そうだ! 美咲の杉谷の時の友達、陽子っていう子がいたはず! でも、どうやって連絡して情報を入手すべきか……仕方ない、美咲の部屋を探してみながら、もう一度渉にも連絡してみよう。
家に着くと、電気の消えた家で、ただならぬ状態であることを感じ取ったであろう鈴と小鈴が不安そうに寄り添っていた。
「鈴、小鈴、おいで」
私は二匹分のキャリーを準備し、鈴と小鈴をそれぞれキャリーに入れ、ありったけのキャットフードとおやつを別のバッグに詰め、美咲の部屋に入った。
美咲の部屋には見慣れない携帯電話があった。普段使っているものとは違う。
そこには渉の電話番号と、「陽子」の電話番号のみが登録されていた。
その携帯電話から陽子ちゃんに電話をかけてみる。
「もしもし、陽子ちゃん?」
「美咲?……じゃないですよね?」
「私は美咲の姉、優子です。もしかしたら知ってるかもしれないけど、美咲が今日学校の帰りに刺されたの。陽子ちゃん、何か心当たりない?」
「……」陽子も絶句している。そして、ようやく出てきた言葉が、
「香奈子……原香奈子。あの子だ……」
「原香奈子? その子なの?」
「絶対ではないですけれど、大谷くんと同じクラスになってから、美咲のことを悪く言っていたり、大谷くんにしつこくしていたんです。最近めっきりおとなしくなっていたと思っていたんですけど……」
電話の向こうの陽子は泣き出してしまった。
「ありがとう。また電話するかもしれない。その時は、ごめんね、話を聞くかもしれない。本当に、いきなりで、ごめんなさい」
「いいえ、私もこうしてはいられません。お姉さん、番号教えてください。何かあったら、私からも電話します」
「陽子ちゃん、ありがとう。助かるわ」
よし、これで計画の準備は整った。
私は真理に今から行く、とのみ電話を入れ、真理の家にタクシーを走らせた。無論、鈴と小鈴も一緒だ。
時間との戦いだ。美咲は大丈夫なのか。お母さんに電話をいれるが、お母さんも電話に出ない。焦りが募る。
真理の家に着いたら、タクシーを待たせて真理の家に入った。
「真理、ごめん、無理言って。でも、これは真理にしか頼めない。まず、鈴と小鈴。うちが落ち着くまで預かってほしいの。落ち着いたら改めてお礼はするけど、とりあえず、二人分」キャットフードとおやつの入ったバッグを渡す。
「うちにはトイレの砂は余ってるからね。クロがいなくなって、処分できないままでいたから。鈴ちゃん、小鈴ちゃん、おいで」
ちょっと警戒した様子で鈴と小鈴はキャリーから出てきた。
「そしてもう一つ、真理にお願いしたいの」
私は「ハラカナコ」というメモを真理に差し出した。
「美咲の友達に聞いたんだけど、この子が刺したみたい。みたい、だけど。お願い、真理、知り合いに法律に詳しい人いない?」
「私はまだ学部生だから直接の力にはなれないけど、アルバイト先の弁護士の先生に相談してみようか? その友達の連絡先わかる?」
私は陽子の連絡先を無断ではあるが真理に教えた。真理が自分の携帯電話から陽子に電話をしてみる。
陽子はさらに知らない人からの電話に戸惑っていたようだが、事情がつかめたところで詳細を話し始めた。
「分かったわ。ありがとう、突然の電話でごめんなさいね。でも、あなたの力が今必要なの」
電話を切ってすぐ、私はもう一度母に電話した。
「美咲は大丈夫みたいよ。あの時みたいに、ひどい怪我ではないみたい。ただ、まだ意識は戻っていないわ」
「分かった。今から病院に向かう」
真理にお礼を言い、私は待たせていたタクシーに再び乗り込んで自分の学校の病院へ向かった。
ナースさんたちとは数度の研修で顔見知りだ。事情を話すと、すぐに美咲のいる救命救急センターのベッドへ案内してくれた。
お母さんから事情を聞く。センター長のドクターから容体は落ち着いている、と聞いたとのことだ。
確かに、バイタルは安定している。何も機械がついてなければ、スヤスヤとベッドで眠っているだけのようだ。
美咲は、まだ眠り続けている。
「ニュース速報 女子高校生ら重軽傷、同級生の女子高校生を確保」
私が夕食を食べているその時だった。地元のニュースを流しているテレビ局でテロップが入った。
「はえっ!?」
テロップを流すのみで、続報は入ってこない。ちょっと苛立ちながら注意しつつニュースに耳をそばだてる。
ようやく続報が入ってきたようだ。そのニュースは、私が一番知りたくない知らせだった。
「本日午後六時十五分頃、森田町三丁目付近で、十七歳の女子高校生が元同じ高校の、現御勢学園大学教育学部附属高等学校二年、中村美咲さん十七歳らを殴打し、刃物で刺すという事件が発生しました。容疑者の女子高校生は殺人未遂容疑で木内署に逮捕され、中村美咲さんは重傷、またそれを止めに入った男子高校生の県立杉谷高等学校二年、大谷渉さん十七歳が軽傷を負っています。繰り返します、……」
悪寒が走った。私は食事もそこそこに、美咲の携帯に電話をかけた。「……ただいま、電話に出ることができません……」
「どうしよう……」
予想もしていなかったことが起こってしまった。「陽子、陽子……」母親に声をかけられるまで気がつかなかった。私はいつの間にか涙を流していたらしい。その時だった。美咲から電話がかかってきたのだ。
「美咲!?」
「もしもし、陽子ちゃん?」
「美咲?……じゃないですよね……」
その電話は美咲の姉、陽子からのものだった。少しでもこの事件に関する情報が欲しいらしい。肝心な大谷くんには繋がらないと言っているが、大谷くんも負傷しているのだ。私はある種の確証を持って言った。
「原香奈子という子が、大谷くんと同じクラスになってから、美咲のことを悪く言っていたり、大谷くんにしつこくしていたりしていたんです。私も何度も見聞きしました。今、テレビで臨時ニュースやってます。名前も出てます」
「ありがとう。また電話するかもしれない。本当に、いきなりで、ごめんなさいね」
「いいえ、私もこうしてはいられません」
とはいえ、完全に部外者の私に、今何ができるだろうか。完全に夕食を放棄し、私は部屋で泣いていた。
その時だ。また全く別の番号より電話がかかってきた。もしかしたら美咲のお姉さんからかもしれない。さっき交換した番号の登録をし忘れていた。
「中村、陽子さんの携帯電話でよろしかったでしょうか?」
「はい?」
このような時間に宣伝の電話を受ける覚えはないし、そんな気分でもない。
「突然ごめんなさい。私、花田真理と申します。中村美咲さんのお姉さん、中村優子さんから勝手ですが電話番号を伺いました。本当にごめんなさい。で、陽子さんにお伺いしたいことがあります」
どうも宣伝の電話ではないようだ。美咲のお姉さんから番号を聞いたということは、美咲のこと関係なのだろう。
「はい、なんでしょうか?」
「杉谷高校で、原香奈子さんが具体的に美咲さんに関してどのようなことを言われていらっしゃったか教えていただけますでしょうか? また、大谷さんに対してどのような行動を取られていたか、お答えできる範囲でいいので、お教え願えないでしょうか?」
「主に悪口です。ふさわしくない、だとか、邪魔だとか、または容姿や行動を非難する発言もありました。大谷くんに対しては、つきまといに近い行為を行っていたようですが、クラスが別なのできちんとは分かりません。あ、大谷くんとは同じ塾に通っていたようです」
「それに対して周囲の反応は?」
「あまりに悪口がひどいので、誰も耳を傾けていませんでした。私はかっとなって、いつも否定していましたが。大谷くんも迷惑していたようで、クラスの担任と所属の水泳部の顧問の先生には相談していたようです」
「わかりました。ありがとう。私のような法学部の学部生がどれくらいの力になれるかわからないけれど、私のアルバイト先の弁護士の先生に相談してみようと思っています。このような情報はとても役に立つわ。また電話するかもしれないから、その時は協力をお願いしてもいいかしら?」
「はい、私でよければ」
「ありがとう。私も優子から話を聞いて、びっくりしているけど、改めて協力を依頼されて、私にできることであれば、と思ったの。また電話することがあったら、お願いするわね」
「はい、私も協力します!」
「ありがとう、陽子ちゃん。助かるわ。また、進展があったら電話するわね」
「お願いします」
私は真理さんと優子さんの電話番号を登録し、テレビの続報を確認したが、入っていないようだ。
お母さんが「大丈夫?」と心配していたが、「私は大丈夫、でも美咲が……」
「美咲ちゃんはきっと大丈夫。みんながついていてくれるから。あなたも、登下校時には注意するのよ」
「大丈夫って、根拠は……?」
「学校が把握している分の連絡網が回ってきてるのよ。メールだけどね。心配なのは、こういう報道から発生する模倣犯とかなの」
「美咲は!? 大丈夫なの!?」
「美咲ちゃんのことについてはやっぱり他校だから触れてなかったけど、大谷くんも軽傷で、手当てだけで済んだみたい」
「美咲の意識はあるの?」
「杉谷の連絡網だから……メールにはなかったわ」
「……」美咲が倒れたあの日のことを思い出す。
私が、美咲を、何とかしないと。
「美咲はどこの病院にいるの? 今から行く!」
「何言ってるの! 陽子、少し落ち着きなさい! こんな雪の日に、車がスリップしたりでもしたらあなたも動けなくなるのよ! そして、 あなたが今もし病院に行ったとしても、きっと家族以外面会謝絶よ。それに、病院名はメールでも載っていなかったわ。あなたが美咲ちゃんを助けたいのはよく分かる、でも、ここはお医者さんたちと、美咲ちゃんの力で頑張るの。美咲ちゃんが頑張るしかないの……」
お母さんもポロポロと涙を流していた。私はへなへなとその場に倒れこんだ。
「ココア飲んで、今日はもう寝なさい。あなたまで倒れたら、あなたを頼りにしている人まで困ってしまうわ」
「そうね、そうよね……」
私はお母さんがいれてくれたココアを一緒に飲み、少し落ち着いたところで休むことにした。
いつでも連絡を受けられるように、携帯は枕元において充電して。
浅い眠りの中で、夢を見た。美咲は、あの日のように、眠っていた。
私が優子から電話を受けたのは御勢学園大の図書館でだった。
雪だし、勉強してから帰ろうとしていた、ちょうどその時だった。
「真理、お願いがあるの!」
「優子、どうしたの!?」ただならぬ優子の様子に改めて聞き直す。
「美咲が、美咲が……」
「美咲ちゃんがどうしたの? 落ち着いて、優子」
「刺された」
流石に、その言葉には私も言葉を失った。
「一体、どういう状況なの!?」私も気が動転してしまう。
「さっきお母さんから電話があったんだけど、うちの近くのバス停で美咲が刺されたって……親は心当たりなさそうだけど、美咲には心当たりがあるみたい」
「で、その刺した人は?」
「警察に逮捕されたって」
「で、お願いって?」
「真理、家に猫いたよね? お願い、しばらくうちの鈴と小鈴預かってくれない?」
「うちのクロは、今年の春いなくなったの。いきなりいなくなったから、猫道具一式はまだあるけど……」
「じゃあ、お願い! 多分、しばらくうちに誰も人がいなくなるから、鈴と小鈴の世話をできる人がいなくなるの。落ち着くまででいいから、お願いしていい?」
クロがいなくなって私の心にも穴が空いた状態だったため、鈴ちゃんと小鈴ちゃんの面倒を見るのは大歓迎だ。
「そして、もうひとつ、真理にしかできないお願いがあるの」
「何?」
「刺した相手に心当たりがあるの。というより、心当たりがありそうな子がいるの。連絡を取るのは今からだけど、真理、知り合いに法律に詳しい人いない?」
「うーん、私のアルバイト先が弁護士事務所だから、そこの先生に相談してみるっていう手はあるけど」
「お願い! 真理からじゃダメだ、っていうなら、私から依頼した、ってことでいいから」
「分かった。とりあえず、相談してみるけど、今のままだと情報が足りないかな……」
「後で鈴と小鈴連れて真理の家に行く。その時には美咲の友達と連絡とっておくから」
「分かった。お願いね」
私も情報を収集するため、インターネットを開いた。こういう事件の時には、玉石混淆ではあるが、インターネットの情報が速報性がある。
やはりインターネットだ。すでに様々な情報が飛び交っていた。
その中で役に立ちそうな情報は……? 私も頭が混乱しているようだ。的確な判断ができそうにない。
雪はまだ降っている。とりあえず帰宅を優先し、テレビの報道を入手することに専念した。
帰りのバスの中で携帯のワンセグを音を消して見る。ニュースのチャンネルに合わせているが、まだ報道はない。
その時だ。「ニュース速報 女子高校生ら重軽傷、同級生の女子高校生を確保」のテロップが入った。
私はバッグの中のヘッドホンを取り出し、音量を上げて報道の内容を聞く。本当に、美咲ちゃんが……
泣き出しそうになるのをこらえながら、私はアルバイト先の弁護士、池田先生にメールを打った。本当は失礼なことだが、非常事態だ。要点をまとめ、「後ほど、改めてお電話差し上げます」と結んだ。
ようやく自宅についた時、優子から「真理、今から行くから」という電話をもらった。
とりあえず親には事情を話し、優子の家の猫を二匹預かることに関しては了承を得た。両親ともクロがいなくなって悲しんでいたのは同じなのだ。
クロがいた部屋とは別の部屋に予備用のトイレを準備しておく。まあ、家中をクロが歩き回っていたのであまり意味はないのかもしれないが。
鈴ちゃんと小鈴ちゃんがなじんでくれればいいんだけど、と思う。そして、先ほどの報道を思い出し、優子はどのような情報を持ってきてくれるのだろうか、と考える。
十分ぐらいたっただろうか。優子がやって来て、鈴ちゃんと小鈴ちゃんを預かるのと同時にたくさんのご飯とおやつをもらった。
そして、「この子が、学校でのことをいろいろ知ってるみたい」と「中村陽子」という子の番号を教えてくれた。
「優子、病院行かなくて大丈夫?」
「真理に丸投げっていうのも無責任だから、陽子ちゃんと真理がきちんと連絡を取れるところまで見届けてから病院行く」
そう言われてしまっては、すぐに動かざるを得ない。私は緊張しながら、「中村陽子」さんに電話をした。
「中村、陽子さんの携帯電話でよろしかったでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」あちらは見知らぬ相手からの電話に明らかに警戒している。
私は自分の身の上を明かし、自分の活動について報告した。陽子ちゃんは協力的だった。
「ありがとう、陽子ちゃん。また、進展があったら電話するわね」
「お願いします」
それを見届けた優子は、美咲の容体の安定を確認して、家の前に待たせていたタクシーに飛び乗って病院へと向かって行った。
ここからは私の仕事だ。私は遅くなったが、失礼とクビを覚悟で池田先生に電話を入れた。
「おお、花田くんか。メールは見たよ。連絡を待っていた」
「すみません、お待たせしてしまって」
「構わないさ、そういう職業柄だからな。ニュースは見たが、それ以上のことは分かったかい?」
「ええ。加害者は、相当被害者女性に対して憎悪を抱いていたようです。さらに、被害者男性へのつきまといに近い証言も得られました」
「その証言は誰から得たものだい?」
「被害者女性の友人です」
「そのことについて誰かに相談は?」
「学校内でのみの相談にとどまっていたようです」
「そうか……わかった。この話、引き受けよう。依頼は、形式的に被害者女性の家族ということにしておく。花田くんは、その友人との連絡をお願いしたい。直接私が話を聞きたいことがあるかもしれないし」
「他に、何かできることはありませんか?」
「そうだね、ご家族のケアについて私の手伝いをしてくれるかな。マスコミにこれだけ流れていることをみると、明日の朝刊には確実に載るだろうし、インターネット上でもあれこれと騒ぎになっているということは、被害者等の環境の保護も重要になる。しかも被害者二人の学校が違うとなると、それぞれの対応も異なってくるだろう。少し厄介になりそうだ。うちのスタッフもそれぞれ自分の担当事件を持っている。だから、君にはこの事件の専任のヘルプをお願いしたい」
「わかりました。頑張ります」
「君がうちの事務所と掛け持ちで教えた子だ。ショックが大きいのはわかる。今日くらいは、ゆっくり休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
そうだ。美咲ちゃんは大丈夫なのだろうか。電話しても出れるのかわからないので、優子に電話をするのはやめたが、優子からのメールが入っていた。
「いろいろお願いしてごめんね、ありがとう。美咲はまだ意識が戻ってない。またメールするね」
美咲ちゃんは、まだ、意識を戻していないのか……不安がっていたら、鈴ちゃんと小鈴ちゃんが私の膝の上に登ってきた。
「鈴ちゃんも、小鈴ちゃんも、心配だよね……」
私は、しっかりしないと。
「鈴ちゃん、小鈴ちゃん、寝る?」
布団を開けてあげると、二匹ともすっと入ってきた。
二匹の暖かさに包まれて、私も眠りに落ちた。
美咲ちゃんが、苦しんでいる。何度もそういう夢で目を覚ましたが、その度に鈴ちゃんと小鈴ちゃんがそばにいた。
「大丈夫、大丈夫……」そう言い聞かせて、私は眠るしかなかった。
俺も、大怪我を負った美咲と共に救急車に乗って病院に運ばれた。万が一どの病院も受け入れ拒否された場合を考えて、親父も救急車に同乗した。桜川医科大学への顔が利く前列があるからだ。
幸い、優子お姉ちゃんの通う大学の附属病院に二人とも受け入れてもらうことができた。
美咲は救命救急センターへ、俺は救急外来へと通された。怪我の具合が全く違うからだ。
親父は美咲のお母さんに電話をし、優子お姉ちゃんの大学の附属病院の救命救急センターに受け入れてもらったことを伝え、そのまま帰宅したようだ。
俺は一応全身の診察を受け、傷を負った右手の掌に包帯を巻いてもらい、処置は終了した。
美咲はどうなっているのだろうか。心配で仕方ない。
美咲の様子が知りたいが、家族以外の立ち入りが禁止されている救命救急センターでは俺は入ることができない。仕方ない、帰宅するか、と思って会計を済ませ、帰宅しようと病院を出ると、そこにはすでにカメラマンが陣取っていた。
逃げるようにその場を去ると、「大谷渉さんですね。木内署の山口と申します。お話を、聞かせていただけませんか」と警察手帳を出しながら近づいてきた。これを最初から逃げるのは、美咲にとって不利になるに違いない。それに、俺も被害者だ。下手なことを言わなければいい。「分かりました」と言って、俺は山口という警察官について行き、木内署へ連れて来られた。
しかし、警察署という雰囲気に圧倒され、俺は何か嫌な予感がしてきた。
自分の持つ知識を絞りに絞り出して、俺は連れてきた山口という警察官に告げる。
「自分の親を、ここに連れて来ても構いませんか」
我ながら情けないとは思ったが、何か身の危険を感じざるを得ない雰囲気を感じ取ったからだ。
山口は言う。「確か、親御さんも現場を目撃されていたな。構わない。なるべく早くするように」
俺は父親に電話をかけ、今木内署にいること、参考人として話を聞きたいと言われているため、その場にいた親父にも来て欲しいということ、そして、美咲の容体を尋ねた。
「木内署か。今から行く。待っていろ。俺が着くまで、警察にはまだ何も言うな。美咲ちゃんは、命に関わるケガじゃない。ただ、まだ意識が戻ったという知らせは聞いていない……」
「……」あの事故の時は、奇跡の回復と言われた。それからもう十年近い。
ケガはひどくないとはいえ、美咲は目覚めるのだろうか……。
山口が、俺の顔色を見てか、「おい、大丈夫か? 何か飲むか?」と声をかけてきた。
「いいえ、大丈夫です」と答えるのが精一杯だった。
そして、木内署に親父が到着した。
「渉、何も言っていないよな」
「ああ、何も言っていない」
「よし。それでいい。俺が答えやすい流れに上手く持っていくし、俺も答えられることは答える。お前もそれにきちんと答えるようにしろ」
「美咲は?」
「まだ、何も連絡はない。お母さんに何かあったら連絡をくれるように言ってはいるが」
「……」
「落ち着け。お前が挙動不審な態度を取ると、警察につけ込まれる可能性もある。お前も被害者だ。話すべきことを話して、早く帰ろう」
「親父、ありがとう」
「よし、行くぞ」
そして、美咲の容体を気にしながら、俺たちは警察に参考人として呼ばれるのだった。




