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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第二章 「月」
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第十三話「雪の上に咲く、赤い花」


学校の前に着くと、そこにいたのは祐樹と匠、優、早希の四人だった。私も入れたら五人だ。

「で、十三人分をどうする? 今日一気には買えないでしょ?」

「明日になれば、麻衣子と百花姉様が加わってくれる。今日は、男の先輩へのプレゼントを中心に選ぼうかと思ってる」

「となると、大体六人分か」

「優、川口先輩へのプレゼントはお前に任せた。得意だろ?」

「ま、まあな……」

「じゃあ、今日は、七人分を買うことを目標に行こう!」

「どこ行くの?」

「駅あたりだとちょっと物が少ないかな、と思って、隣の駅あたりまで行こうかと思ってる」

「じゃあ、直接駅集合にすれば良かったのに」

「うーん、実は昨日の段階では、どこ行こうか決めてなかったんだ。だから一応学校、ってことにした」

「段取り悪い! 明日は直に駅に集合ね」

「はい……」祐樹がしょげてしまった。

「まあまあ、とりあえず駅行こうよ、昼はあっちの駅で食べることにしよう」

学校に自転車を置き、最寄りのバス停から駅へと向かい、隣駅への電車へ乗った。

隣駅に着く。「で、どこで探すの? 駅周りにも店はいろいろあるし、少し歩けばまたショッピングモールとか他のお店がある繁華街あるけど?」

「一応、このあたりで探そうかなと思って。卒業祝いのプレゼントってさ、どんなのが一般的かなとか、調べてはみたんだよ。先輩によっては、一人暮らしはじめる先輩もいるわけだし、実用的な所だと印鑑とか、何枚あっても困らないタオルとか。万年筆とか、手帳とかは、一人暮らしでない先輩にもいいかなと思ってさ」

「祐樹、知っておいたがいいぞ、目上の人に筆記用具や手帳は失礼に思われる可能性がある。まあ、社会人になってからより気にすべきかもしれないが」

「そ、そうなのか! 知らなかった……」

「優が川口先輩に贈るレベルなら構わないかもしれないがな」

「毎度オレをネタにするなよ……」

「じゃあ、じゃあ、どうすればいいんだよおおおお!」

「叫ぶな、落ち着け、祐樹。先輩たちそれぞれが、好きそうなものを選べばいいんだ。そのためにみんなに来てもらっているんじゃないか。時間は明日もあるし、明日にはまた人手も増える。今日は、ゆっくり選ぼう」

「ああ、分かった……」

少し落ち着きを取り戻した祐樹が、「じゃあ、結局どうしようか?」

「まずは俺が川口先輩のプレゼントを選ぶ。それをヒントに、先輩たちの好きなものを思い出して、買えばいい」

「よし、任せた、優」

優は大きめな雑貨店に入る。迷わずに、猫のクッションを手に取り、祐樹に見せた。

「ちなみに川口先輩は猫が好きだ。もちろん、そこまで詳しい全員の先輩の好みを知らない。でも、祐樹の考え方自体は間違っていないと思うぞ。一人暮らしをはじめる先輩も、そうでない先輩も、出来るだけ実用、まあ、こういう意味の実用?って言った方がいいのか、いつでもそばにおいて置きたくなるような物を選ぶのがいいんじゃないかな」

「そうか、そういう感じか」

「で、その猫いくら?」

「千七百八十円」

「いいね、決定!」

「このお店少し見てみようか? 五人で回っても効率悪いから、二人と三人で分かれて、いいと思ったらカゴに入れて。男の先輩ってことを考えて、先輩たちの好みに合いそうな物をね」

「分かった。じゃあ、大体一時間くらいでメドをつけよう。入り口の近くでカゴ持って集合な」

私と匠、祐樹と優と早希とに分かれてプレゼント探しに入る。

「予算もあるしな、あんまり差もつけられないな」

「匠、なにかアテある?」

「合宿の時に、清水先輩が入浴剤にすごくこだわってるって話してたんだ」

「他には?」

「島本先輩はどっか国立大に行くらしいから、一人暮らしをはじめるクチだな。あれだけフィールドワーク好きだったし、そういうのに役立つのがいいかもな」

「他には?」

「うーん……俺が分かるのもこれくらいかな」

「じゃあ、入浴剤の詰め合わせに、タオル……かな?」

自分の発想力のなさが悲しい。

「一人暮らしするなら、印鑑とかもいいんじゃないか? 祐樹じゃないけどさ。タオルと、注文出来る朱肉付き印鑑セットなんてどうだ?」

「あ、それいいかも!」

それらを探しに売り場を探す。途中で、あるキャラクターが目に入った。

「森先輩、カバンにあのキャラクターのキーホルダーつけてなかった?」

「ああ、そうだったな。確か、あのアニメが好きだって」

「あのぬいぐるみも入れて行こうよ」

「よし、それだ」

そして、こちらは三人分のプレゼントをカゴに入れた。


一時間後、祐樹、早希、優と合流する。彼らも三、四人分と思われるプレゼントをカゴに入れていた。

「何見つけた?」

「こんなの」

「あ、タオルはかぶっちゃったね」

祐樹たちはタオルと栽培キット、傘、そして戦国武将グッズを見つけだしていた。

「タオルはそっちのでいいかな。これはいつも傘をなくしてる辻先輩に、これは実は家で野菜育ててるって話を聞いた太田先輩に、これは戦国武将好きの久保先輩に、どう?」

「お見事! こっちは、これを入浴剤大好きな清水先輩に、タオルと印鑑セットは一人暮らしをはじめる島本先輩に、ぬいぐるみはこのアニメ好きな森先輩に」

「こじつけじみてるところもなくはないけど、悪くはないんじゃないか? よし、それで行こうぜ」

先に優が選んだ猫のぬいぐるみと合わせて、予算は一万四千円。一応、それぞれ範囲内のはずだ。

「祐樹、頼んだぞ」

プレゼントの会計は祐樹が担当する。お金は預けてあるからだ。

しばらくして、七つの番号札を持って祐樹は戻ってきた。ラッピング待ちだそうだ。

「どうやって持って帰る?」

「一旦学校戻るだろ? 部室置いてから帰ればいいんじゃないか?」

「部室空いてる?」

「空いてる。結構、休みの日も出入りあるからな」

「目立たないところに置いておけばいいと思うよ」

「じゃあ、昼メシ食って今日は帰るか?」

「まだ時間あるし、もう少し探してみようよ。明日、楽だよ」

「とりあえずメシ食おう、腹減った」

「そうだね」

私たちはラーメン屋に入った。


午後からは店を変え、見るだけ見たが、やはり百花や麻衣子の助言も欲しいね、ということで早めに切り上げた。学校に戻り、部室の陰に今日買って来た物を置いて、解散にした。


その日の夜、祐樹から今日の反省を踏まえて「朝十時に駅に集合でお願いします」とメールが届いていた。返信はした。明日は全員揃って欲しい。


翌日。十時には七人全員が駅にいた。

「昨日はありがとう。早希嬢に話は聞いたわ」百花が感謝を述べる。

「あとは、女の先輩六人分ね。分かったわ。行きましょ」

昨日と同じように、電車に乗り、駅に着く。今日は祐樹より百花が主導権を握っている。

「昨日、六人同じ包装をしてもらったなら、同じ店の方がいいかもね。包装で違いがあるのもちょっと、ね」

ということで、昨日と同じ雑貨店に入る。

「先輩たちの趣味とか、知ってることある?」

「部長は川口先輩と一緒で、猫好き」

「平野先輩は、かなりの歴史ゲーム好き」

「田中先輩はストラップ大好き」

「……こんな感じかしら? じゃあ、この情報が分かってる先輩の分は、祐樹と美咲、優でお願い。あとの先輩の分は、私と匠、麻衣子、早希嬢で見つけて来るわ」

「分かった。ヒント無しに歩き回るのは、やっぱり辛いもんな。昨日は早希嬢がいろいろ思いついてくれて助かったけど」

「ちょっと時間かかるかもしれないから、全員分見つけたら連絡するわ。三人分のプレゼント見つけたら、とりあえず店内で自由行動してていいから」

「分かった」

「じゃあ」

四人は行ってしまった。

私たちは、ヒントの「猫グッズ」「歴史ゲーム」「ストラップ」を手がかりにプレゼントを探して行く。

「部長と川口先輩仲良かったし、色違いのぬいぐるみでどうだ?」

「いいね、それ。ところで、美咲、平野先輩の好きなゲームってどんなゲームか分かるか?」

「うん、聞いたことある」

というより、私もしっかりプレイしたことのあるゲームである。杉谷高校にいた頃、歴史ゲームにみっちりはまっていた子がクラスにいて、情報をよく流してくれていた。ゲームをしない陽子に代わってゲームの話はその子が聞いてくれていた。今はそんな余裕はないが、歴史の方向にも興味を向けさせてくれた一つのきっかけだと思っている。もちろん、平野先輩ともよくそのゲームの話で盛り上がった。

「それに関しては、私が選ぶ。任せて」

平野先輩の好きなキャラクターで、これはいいかな、というものを選んだ。

「あとは、ストラップか」

「ストラップ好きな人って、こだわるからな」

ストラップがたくさん並ぶ棚の前に立ち尽くす三人。

「田中先輩、どんなストラップつけてた?」

「なんか、日替りで変わる感じで、あまり覚えてない……」

「よっしゃ、こうなったらウケ狙いで行ってみるか」

まるでストラップと思えないようなものや、実は使えるストラップなどを選んだ。

ちょうどそこで、優の携帯が鳴る。百花からのようだ。

私と祐樹も自分の携帯を確認したが、着信に気づいていなかった。

「ああ、不覚……」

「もう選び終わったんだ! 早いな」

「入り口あたりに集合だとよ」

「はーい」


集合場所には、カゴにいろいろな物を入れた百花たちが待っていた。

「意外と時間かかったのね」

「ていうか、百花姉様たちが選ぶの早すぎ」

「女の子だし、いろいろ思い出して行ってたらさ。ポンポンと決まっちゃった」

「何選んだの?」

「山崎先輩には、ラベンダーのお香。鈴木先輩には、足まくら。加藤先輩には、リラックスできるCDにした」

山崎先輩も加藤先輩も、川崎先輩に負けず劣らず緊張する性格だ。山崎先輩は、確か前に「ラベンダーの香りで落ち着くの」と言っていた。加藤先輩はよく音楽を聞いているようなので、「どんな音楽を聞かれるんですか?」と聞いたら、「クラシックが一番好き」と話してくれた。鈴木先輩も自分の研究の性質上、歩き回ることが多い。それを見越しての足まくらだろう。さすが、みんな押さえるべきポイントをしっかりおさえたプレゼントを選んでいる。

「じゃあ、祐樹、精算とラッピングお願い」

「分かった。これでプレゼントは全部だから、美咲、残金とレシート渡すな」

「了解」

そう言い残して、祐樹はレジへと並びに行った。


ラッピングされたプレゼントを持ち、今日の昼食はドーナツにする。

「誰か学校寄って帰れる? 部室にプレゼント置いて帰って欲しいんだけど」

「私、帰り道だし、いいよ」

「俺も、帰り道だ。百花姉様の荷物持ちをするよ」

「じゃあ、百花姉様、祐樹、お願いね」

そうして、祐樹からレシートと残金を受け取った後、電車に乗り、駅で解散とした。


「ふう、二日続けて隣の街は疲れるな」

それを見透かしたかのように、小鈴がそばに来てスリスリしてくる。

「ありがと、小鈴」

「お帰り、美咲」

「ただいま」

「ちょっと休んだら? お布団出すわよ」

「そうする」

私は、布団に入ってぐっすり寝てしまった。


「美咲、ご飯よ」

「はあい」

「にゃあ」

「鈴、おはよう」

「今は夜よ」

「そっか、まだ夜か……」

「あなた、寝ぼけてるわね。ご飯食べてお風呂入ってちゃんと寝なさい。次に起きたら本当の朝よ」

そこにいたお父さんも苦笑していた。

私は夕食を食べ、入浴後、渉に「今日は疲れちゃった、ごめん、寝るね」とメールを打ち、また布団にもぐりこんだ。


翌朝。前日までの疲れはかなり軽くなっていた。

「おはよう、鈴、小鈴」

「おはよう、美咲。今度こそ、本当の朝よ」

「顔色がずいぶんよくなった、安心したぞ」

「うん、元気になったよ」

私はいつもの通り朝食を食べ、家を出た。


放課後。もうほぼ集金は完了した。これで、麻衣子と早希に予算を渡せる。

「麻衣子、早希、予算渡しておくね」

「買ったらレシート渡せばいい?」

「花屋はレシートないよね?」

「花屋さんには、領収書をお願いして、それを私にちょうだい」

「了解!」

私の事前の仕事はここまでだ。後は、当日の準備の手伝いをするくらい。

匠と百花は進行の打ち合わせをしているようだ。

あと三日。そして、卒業式まであと五日。


「記録会、終わったんだ」

「ああ、この前の日曜。美咲からメールもらった日だ。俺も、あの日はクタクタだった……」

「どうだった?」

「ああ、オフシーズンの割に、いい記録だったと思う。これから、もっと練習すれば、今年の夏は期待できる、って珍しく顧問に褒められた」

「やるじゃん、渉! すごいよ!」

「それから先輩の卒業祝い回を西の家の寿司屋貸し切ってやってさ。さすがに泳いだ後にバカ騒ぎはツラかったよ」

「もうすぐ卒業式って、信じられないね……」

「そうだよな……寂しくなるよな……」

「私たちが、一番上の学年になるんだよね」

「そうだな」

「私なんて、一年もこの学校にいないのに」

「まあ、仕組みなんだから、仕方ない」

「私たちの卒業祝い会も、終わったら話すね」

「おう、楽しい話、聞かせてくれよ」


卒業式を翌々日に控えた二月二十七日。社会部の卒業祝い会が行われた。

三年生はもちろん登校は自由だが、一、二年生も今日と明日の授業は半日だ。

匠と百花を中心に準備を進め、いつもは狭苦しいと思える部室が今日は広くさえ思える。

先輩方が全員揃い、卒業祝い会が始まった。

麻衣子の用意した花束は予算からの想像以上に豪華にできていた。特に、川崎先輩への花束は、花があふれんばかりだった。

そして各先輩に悩みに悩んで用意したプレゼント。あちこちから「きゃあ!」とか「わあっ!」という歓声が聞こえて来た。

早希はお菓子と飲み物だけでなく、軽い食べ物も用意していた。予算上苦しかったようだが、昼にかかることを見越してのことだろう。食べ物はよく売れた。用意していた部室のいいお茶もたくさん飲まれた。

大盛況のうちに、社会部の卒業祝い会は終わった。……と思っていた。

「桜小路先生」川崎先輩が立ち上がる。

タイミングよく、川口先輩が花束を持って来る。

「三年間、本当にありがとうございました」

先輩方が皆頭を下げる。そして、私たちに向かって、

「皆さん、今日は私たちのために、このような会を開いてくれて、本当にありがとう。至らない私たちだったけれど、信じてついて来てくれたみんなに、心からありがとうを伝えたいと思います」

パチパチ……パチパチ…… どこからか、すすり泣く声も聞こえて来た。

そうして、本当に社会部の卒業祝い会は終了した。


片付けが終わった後、麻衣子がお茶を入れてくれた。もういいお茶はない。普通の緑茶だ。

「優、知ってたの? 先輩たちのサプライズ」優に聞いてみる。

「サプライズも何も、毎年恒例だよ。三年生が卒業祝い会の最後に桜小路先生と後輩にお礼を言う。去年もそうだった」

「へえ、そうだったんだ。びっくりしちゃった」

「とりあえず、卒業祝い会、無事終了! みんな、お疲れさま!」

「お疲れさま!」

お茶を挙げて、乾杯をする。

「美咲、領収書は明日でいい?」

「いいよ。ちゃんともらえればね」

そして、ずいぶん長くなった日が傾くまで、私たちはお茶会を楽しんだ。


渉に電話で今日の話をする。

「へえ、そんなサプライズがあったんだ」

「そういえば、私たちの中学の卒業の時も、そんな感じの祝い会してもらって、ちゃんとお礼したはずなのに、運営するほうに回るとすっかり忘れちゃうもんだね」

「ずいぶん時間たったしな。今日は結構疲れたんじゃないか?」

「そうでもないよ。大丈夫」

「ならいいが。後一ヶ月だし、出席も大事なら、下手に欠席できないな」

「今のところは大丈夫だよ。あと一ヶ月、頑張る」

「いい返事だ。それなら、心配いらなそうだな」

「一年近くこの学校いるからね、ずいぶん慣れたよ」

「慣れた頃が心配なんだよ」

「うん、気をつけておく」

「今日は早く寝ろよ」

「分かった」

「またな。おやすみ、美咲」

「おやすみ、渉」


そして、卒業式の日が来た。

私たち二年一組は、昨日三年一組の黒板に「卒業おめでとうございます」のメッセージを書きに行った。二組も同じ事をしていた。これも定番のサプライズらしい。

卒業生代表は、前生徒会長の川崎先輩だった。どこからかまたすすり泣く声が聞こえてくる。

送辞は現生徒会長の二組の坂田くんという子が読んだ。

川崎先輩の答辞を聞いていると、私も涙がこぼれてしまった。

とうとう、本当に先輩方が卒業されてしまう。すすり泣く声は大きくなって行く一方だ。

そうして、先輩方は、御勢学園大学教育学部附属高等学校を卒業していかれた。


先輩たちが卒業してしまった後は、校舎の中もガラリとした感じを否めない。

二年生と一年生しかいないというのは、何だか頼りがない。

そして、優が魂が完全に抜けてしまっている。仕方ないといえば仕方ないだろうか、彼女であった川口先輩が卒業し、会えなくなってしまったのだから。

桜小路先生が「今はあなたたちが最上級生なんだ、自覚を持って行動しなさい」と諭すほどみんなうわついている状態だった。

春休みに入ったら、三者面談が予定されている。御勢学園大学附属高校での初めての三者面談だ。


そんな三月のある日、季節外れの大雪がこの地方を襲った。

「仕方ないな、今日はバスで行こうかな」

自転車はもちろん、車もスリップが恐ろしい。近くのバス停から駅に出て、学校前に向かうバスに乗り換えた。バスもノロノロ運転だ。雪に慣れていない地域なのだ、仕方ない。

ようやく学校にたどり着いたら、クラスの四分の一はまだ学校へたどり着けておらず、桜小路先生も遅刻して現れる有様だった。

「今日は早く帰ったがマシか?」

「遅くなればなるほど、雪溶けるかもよ」

「少し待ってみる?」

七人は、部室で帰るタイミングを待っていた。

「私、そろそろ帰るわ。バスだし」学校から比較的近い百花が切り出した。

雪自体は止んだが、地面に残った雪はそう簡単に溶けそうにない。

「そうだね、そろそろ帰ろうか」

みんな、今日は警戒して歩きだったりバスで登校している。

「じゃあ、また明日ね」

「また明日な」


私が、思い出せたのはこの会話までだった。

ここからは、様々な人からの話による記憶の再構成である。


学校の前のバス停で乗ったはいいが、再び降り出した雪でノロノロ運転のバスは、駅にようやく着いた。私は家の前を通るバスの路線に乗り換えた。

家に最寄りのバス停で降り、バスが行き過ぎるのを見送ったその時、何か気配を感じた。耳元で何かを振るような音がした。

「大谷……美咲……」

「えっ?」

「お前が、いなくなれば、あの人は……」

そこで、手に持っていた棒のようなものを頭をめがけて力一杯振り下ろす。

「もしかして……原……香奈子……?」

杉谷高校の指定コートを来ていることで、もしかして、と思った。

「……」返事はない。

私は頭に香奈子の傘の一打を食らった衝撃でよろけ、雪の残る草地にバランスを崩して倒れた。

その際、バッグにぶら下げていた防犯ブザーに手を引っ掛け、大音量のブザー音が辺りに響いた。

その音を聞いた香奈子は顔をしかめたようだが、ためらいなく杉谷高校のバッグから包丁を取り出し、私を刺した。

まずは目の前の太ももやふくらはぎを執拗に何度も。そして腰のあたりも数回。そして致命傷にしようと、背中からひと刺ししようとした瞬間。鳴り止まないブザー音に不審さを抱いた私のお母さん、近所の人々、そして渉の両親が物凄い勢いで香奈子を止めに入った。

「救急車!救急車!、警察、警察!」

近所の人々が携帯で通報してくれる。最終的に包丁を取り上げたのは渉だった。渉も香奈子ともみ合いになり、手に血がにじんでいた。

私を殴打した傘はその辺りに放置されていた。「かさ……」私は薄れて行く意識の中でそう呟いたらしい。

「大丈夫? あれ、あれはあなたの傘?」

「なぐられた……」

それを聞いた近所の人が「触るな、警察が来るまで無くさないように見張っていろ。たぶん、重要な証拠だ」と取りに行こうとした他の人を止め、見張りをしていた。

救急車の方が先に到着し、意識を失っている私と手にケガを負った渉、それと渉のお父さんを乗せて病院へと走って行った。

時間差で到着した警察が香奈子の身柄を確保し、午後六時二十八分、殺人未遂の現行犯で逮捕した。

証拠の傘と包丁も押収された。

そして、警察が現場保存を行っているところへ、野次馬が押し寄せる。


私が倒れこんだ草地には、まるで雪の上に赤い花が咲いたような、血の痕が残っていた……。


第二章「月」――完――


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