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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第二章 「月」
22/81

第十一話 「新年」


年が明けて、早速百花から「あけおめメール」が届いた。

「ところで、初詣はいつにしようか? 早希嬢と祐樹が帰ってきて、みんなの都合の合う日っていつ?」

私は祖父と祖母の家に翌々日に行くことになっている。それ以外は特に予定はない。

年始の各種特別番組を見ながら、ウトウトしているうちに、私はお母さんに起こされ、寝室で改めて寝た。


翌朝、目覚めると百花から催促のメールが入っていた。

「美咲の予定教えて。あと、美咲の予定が分かれば、初詣の計画が立てられるから」

「ごめんごめん、明日おじいちゃんとおばあちゃんの家に日帰りで行くだけだから、それ以外は大丈夫だよ」

「ありがとう。またメールするね」

そして、今年もおじいちゃんとおばあちゃんに学校生活のことを聞かれ、お年玉をもらって帰ってきた。毎年変わらない、新年の光景だ。


その日の夜、渉がおじいちゃんとおばあちゃんの家から帰宅したと電話をもらった。来年は会えないから、と思った以上のお年玉を貰った、と言っていた。

「まあ、ほとんど母親が持って行っちゃうんだけどな」

「自分で使える分もあるんでしょ?」

「ありはするけど、今は参考書代とかに飛んでくな。本屋行ったら、欲しいものが結構出てきて仕方ない」

「頑張ってるね、渉」

「まあ、あまり練習がきつくない今のうちにできるだけのことは、って感じだな。暖かくなってくればまた練習きつくなるし、そっちにも手は抜きたくない」

「あまり無理しちゃダメだよ?」

「お前もだぞ」


その間に百花からメールが入っていた。

「一月五日、駅に午前十時集合でいい? たまには、五人で歩いてお宮参りっていうのもいいと思うの。予定としては、三社ぐらい回ろうかなと考えてます」

私たちの住んでいる街には神社が私の知っているだけで四、五社ある。大晦日の夜から行列ができる神社から、ごく小さなお社まで。両親に聞いてみると、まだ他にもあるそうだ。

小さい頃はお父さんとお母さんと優子お姉ちゃんと四人で元旦に初詣に行き、今ではもうないレストランで夕食を食べるのが楽しみだった。ここ数年は近所の神社と大きめの神社にお参りするぐらいで、大がかりにみんなで初詣、というのは久しぶりだ。

「了解しました」と百花へ返事を送った。


その直後、渉から電話がかかってきた。

「美咲、明日初詣行かないか?」

「去年みたいに、近所の神社?」

「ああ、来年はそんな余裕ないだろうし、今年が美咲と余裕を持って初詣に行ける最後の機会かもしれないしな」

「えっ」

「国立医学部推薦三枠はもちろん狙う。でも、もしかしたら遠くの私立の医学部にいくかもしれないな、とか考えると」

「嫌だ」

「え、なんだよそれ」

「渉が、遠くに行くなんて嫌だ……」

「あくまで可能性の話だ。当たり前だ、最善を尽くすよ。もし遠くに行っても、美咲と別れるなんて考えてない、安心しろ」

「でも、遠くに行くなんて……」

「それは、その時に考えようぜ。今は、優子お姉ちゃんと一緒の医学部に行くことしか考えてない。そのためのお参りだ。一緒についてきてくれないか?」

「うん、分かった……」


確かに、優子お姉ちゃんの私立医学部の推薦もここから遠く離れた大学ばかりだった。私のことを考えてか、私立医学部の推薦はすべて断り、県三枠の国立大医学部の推薦に賭け、見事に成功した。渉が必ずしも優子お姉ちゃんのように成功するとは限らない。

もしかすると、ここから遠くの私立大学の医学部の推薦を受けるのかもしれない。複雑な気持ちだった。


翌日。渉は午後の早い時間にうちにやってきた。

「近くの神社まで美咲と初詣に行って来ようと思って」

「お昼は? もう食べたの?」

「はい、家で食べてきました」

「おかしいわねえ、今朝はちゃんと起きてたのに、美咲」

「何だか今朝からずっと自分の部屋にいたわよ、あの子。考えごとしてたみたい」

思い当たる事があったのか、それを聞いた渉は私の部屋に直接やって来た。

「……さき、美咲。開けるぞ」

「渉?」

「昨日の夜の話だろ。言い方が悪かった。ごめん」

「とりあえず、座りなよ」

「ああ」

いつものように、二人で並んで座る。

「昨日の話は、突然すぎたな。すまなかった」

「渉……遠くに行っちゃうの?」

「できるならそういうことはしたくない。でも、その可能性があるんだな、って考えたんだ。それをそのまま美咲に言ったのは考えなしすぎた。ごめん。御勢学園大に医学部がしばらくは設置される見込みがなさそうだから、同じ大学に行くことはできない。だから、優子お姉ちゃんのいる医学部のある大学、そこを狙ってるけど、必ずしもうまくいくとは限らない……」

「遠くに、行っちゃ、嫌だ……」

「行かないよ、ずっと、美咲のそばにいる。できる限り、美咲のそばにいるから」


そして、二人で初詣に出かけることにした。

「話は終わったのね、二人とも」

「風邪ひかないようにちゃんと上着着て行きなさいよ」

「はーい」

「おじゃましました」


近所の神社に着いた。そこは特に人で混み合うような神社ではなく、お参りをするにはもってこいである。さらに、おみくじで大吉が出やすいことと、「恋みくじ」という特別なおみくじが設置されていることで私は気に入っていた。

お参りを済ませ、それぞれにおみくじを引いてみる。毎年渉は普通のおみくじ、私は恋みくじを引くのが定番である。

「おーっ、今年も大吉! しかも第一番! テンション上がるぜ!」

「うーんと、なになに? ……末小吉……これって、凶より一つ上のやつだよね……」

何が書いてあるかを読んでみる。「学問 なすべきことをなせ 恋愛 障りあり、しかしよい方向へ向かう 病気 軽い」

他の項目は読み飛ばしたが、この三項目だけはしっかり目を通した。そして、恋愛の「触りあり、……」がとても気になった。

「渉、見てこれ。恋愛 触りあり、しかし良い方向へ向かう だって。いったいどういう意味だろう?」

「何かがあるのかもしれないし、ないかもしれないな。おみくじっていうのも、気にしないって人もいるし。木に結んでおけば大丈夫って言うしさ」

「最近、あの子、何もしてこないの?」

「あの子?……ああ、原のことか。それが、何も行動を起こしてこなくて、逆に気持ち悪いくらいなんだ。普通に生活してるようにしか思えない。陽子とかから、あの後メールとかもらったか?」

「ううん、何も……」

「それまで、あれだけいろいろ言いふらしてた奴が、パタリと何も言わなくなったんだ。気味が悪いんだが、何も行動を起こさない以上、俺もあれ以上対応が取れずにいる」

「どこまで相談してるの?」

「担任と、水泳部の顧問。あれ以上いろいろ言いふらすようだったら、あの、ええと……」

「法テラス?」

「それだ。そこにまた相談しようと思っていたんだが、パタリと行動が止まったんだ。だから、今のところはそこまでだ」

「そうか、止まってるんだ……」

安心したという感じより、何か不気味さのようなものを感じずにはいられなかった。

「また、変なことをしでかし始めたら、相談しに行こう。時間は作る。そういうものだ」

そうして、私たちは帰宅し、渉もそのまま自宅に戻った。もう塾が始まるそうだ。


一月五日、午前十時。私は駅に歩いてやって来た。

優子お姉ちゃんはもうすぐ学校が始まるから、と言って今日マンションに戻るそうだ。私が帰る頃にまだ家にいるだろうか。

既に百花、匠、早希が到着していた。駅から離れている百花や早希はバスを使って早めに着いたらしい。匠の家はそこまで駅から遠くない。祐樹の家は学校より先にある。バスを使わないと駅までは厳しい距離だろう。それとも自転車でくるのだろうか。

そう考えているうちに、祐樹がバスセンターの方向から現れた。

「じゃあ、行きましょ」

「お昼は?」

「うーん、ファミレスでいいかと思っていたんだけど」

「まあ、行ってから考えようよ」

そうして、五人は最初の目的地であるこの街で一番大きな神社に向かった。


まだ松の内、このくらいの規模の神社であればまだ参拝者がちらほら見られる。

「まずはちゃんとお参りしてからね」

五人それぞれお参りをする。何をお参りしたか、それぞれに聞くことはしなかった。

「おみくじ引こうよ!」

「引く引く!」

この前引いたおみくじの引き直し、と思い私も引いてみる。この神社には、財布に入れられる小さいお守りのついたおみくじが置いてある。私は招き猫のお守りがついたおみくじを引いた。

「中吉」

「学問 今が大切 恋愛 相手を信じよ 病気 無理は禁物」

前回よりはいい内容なのかな、と思いながらおみくじ結び場に結びに行こうとしたら、「美咲、何が出たの?」と早希が聞いてきた。

「中吉だったよ」

「あ、あたしと一緒」そう言っておみくじを見せる。

「待人、身近にありって。そんな身近にあるもんなのかね」

一瞬祐樹の顔が浮かんだが、口に出すのはやめておいた。そういう気があるなら、とっくの昔に早希は行動を起こしているだろう。

「みんな何が出たのかな」

そう言って、早希はみんなのところへ聞きに行った。私はその間におみくじを手早く結びつけた。

「次、どこ行く?」

「学校の近くにある神社はどうだ?」

「学問の神様だし、縁起良さそうだね」

「ちょうど真昼の時間も外れるし、ファミレスも少しは空きが出るんじゃないか?」

「待つの疲れるしね」

そう言いながら、私たちは学校の方へ向かって歩きだす。


学校の近くの神社は、穴場のような神社で、実は学問の神様を祀ってある。御勢学園大に近いため、御勢学園大関係の学校を受験する受験生、もしくは御勢学園大関係者が他の学校へ合格祈願に訪れることが多い。

お参りを済ませた後、「さっきおみくじ引いたし、またここでおみくじ引くのもな」と匠が言った。

「じゃあ、絵馬でも書くか」祐樹が返す。

「誰か知り合いが書いてるかもな」

「最近、個人情報とかがってことでイニシャルとかになってるんじゃない?」

ざっとかかっている絵馬を見てみる。実名を書いている人もいれば、イニシャル、もしくは願い事だけで終わらせている絵馬もあった。

「見たところ、知り合いはいなさそうだな」

「じゃ、俺らも書いてみるか」

小さめの社務所で絵馬を購入し、油性ペンを借りて絵馬に願い事を記入する。

「御勢学園大法学部内部進学がうまくいきますように」

「小学校の先生になれますように」

「島井大学に合格しますように」

「世界が平和でありますように」

「進学先が決定しますように」

五人それぞれ、絵馬を奉納する。

「祐樹、お前、御勢学園大の内部進学希望じゃなかったのかよ?」

「ああ、清水先輩が受ける島井大学っていうのを調べてたら、歴史学で有名な先生がいることが分かってさ。そっちの方に興味が湧いて」

私も驚いた。祐樹もてっきり匠と同じ御勢学園大学教育学部の内部進学希望だと思っていた。

「早希嬢、この絵馬どういう意味?」

「来年にならないと、文学部に社会学科が正式認可されるか分からないからさ。今のところは内部進学希望にしてるけど、もし認可されなかったらと思うとね……」

「あたしみたいにここに来るのに一年ダブったことを考えると、なんか進学先とかよりも、自分のやりたいことをできる活動先があることがあることの方が大事な気がするな。でも、世の中が平和だったら、私がやってる活動自体必要ないよね」

「美咲は相変わらず真っ直ぐだね」

「うん、見てて気持ちいいくらいに真っ直ぐだ」

「……何も考えてないだけ?」

「ううん、そうじゃないよ。目標に向かって、突き進んでる子って、見てて気持ちいい。青春、って感じ」

「ありがとう」

「そろそろお腹減ったね。ファミレスでご飯にしよっか」

「賛成!」


昼食を杉谷高校近くのファミレスで食べた後、私たちは最後にもう一社、ということで向かうことにした。

「駅を超えてみようか」

「面白そうだね」

「じゃあ、俺の家の近くの神社に行ってみるか?」

「行く行く!」

そうして、駅までの道のりを歩きながら、さらに駅を超えて歩いて行った。


駅を超えると山が近くなる。少し冷えてきたな、と思いつつ目的地を目指す。

「ここだ」

匠が案内してくれた神社は、渉といつも行く神社のような小さな神社だった。

お参りを済ませ、「おみくじも引いた、絵馬も書いた。後は……」

「お守り買ってないよ!」

「あ、そうだね。すっかり忘れてた」

社務所は小さいながら、一通りのお守りは揃っていた。

「色違いで、みんなで一緒のお守り買ってみる?」

「面白いんじゃない?」

さすがに五色はなかったが、赤と青、それぞれ好きな色のお守りを購入した。

「ペットお守りとかあるんだ」

「美咲の家、猫がいるんだったっけ?」

「うん、二匹」

「なんて名前?」

「鈴と小鈴」

「親子なの?」

「分からない。お姉ちゃんが拾ってきたんだけど、その時二匹一緒に拾ってきたから」

「鈴ちゃんと小鈴ちゃんにも買っていってあげなよ」

「うん。そうする」

私は二匹分のペットお守りを購入した。

「みんなペットとか飼ってないの?」

「うちは犬がいたんだけど、三年前に死んじゃって、それ以来」

「うちは金魚だ。ちっちゃい頃にすくった金魚だけど、まだ生きて元気にしてるぞ」

「うちは親が動物嫌いで、ペットには縁がないなあ」

「うちも縁がない。誰も動物嫌いとかじゃないはずなんだが」

「そうなんだ」


自動販売機で暖かい飲み物を買って、一息つく。

「課題終わった?」

「一応な」

「あと少し、ってとこ」

「うん、まあ」

「完璧だ」

「まあ、おいおいだね」

「もうすぐ新学期ね。また学校で会いましょ」

駅までたどり着くと、そこで解散した。家に帰ると既に優子お姉ちゃんはマンションに帰った後だった。

優子お姉ちゃんがクリスマスにつけた新しい鈴と小鈴の首輪に、さっき買ってきたペットお守りをつけてあげた。

「ニャ」

鈴も小鈴も、おとなしくなされるがままだった。

お母さんが、「あら、鈴も小鈴も、いい物もらったわね」とそれを見て言った。


一月七日。三学期の始業式。

初詣の日から桜小路会メンバーとは会っていなかったし、連絡もとっていなかった。久しぶりの再会だった。

「ああ、寒い」

「体育館は暖房ないしね」

「まあ、暖房がついてるってほど暖かい気もしないけど」

桜小路先生が教室に入ってくる。今日はこのホームルームで終わり、その後に社会部の全体会が予定されている。三年生から二年生への引き継ぎ、いわゆる社会部の世代交代だ。


三年生の先輩達は、学会の後から桜小路先生と話し合いを重ねて次の世代の役員を決めていたようだ。役員に指名されている人はそれぞれ、前任の先輩と桜小路先生から内示を受けており、今日分かるのは誰がどの役職についたか、ということだ。

私は完全にノーマークだろうと思っていた。突然入ってきた人間に部の要職を任せるわけがないはずだ。

そのため、冬休みに入る直前、桜小路先生から突然呼び出され、そこに川口先輩が同席していた時には口から心臓が飛び出るほど驚いた。

「中村さん、あなたに会計の仕事をお願いしたいの」川口先輩が切り出した。

「えっ……」

「そんなに驚くことじゃないし、決して難しいことでもない。あなたの一年間を見てきたけれど、非常に几帳面な頑張り屋だ。その面を買って、私たちはあなたを次期会計に指名しようと決めた」

「あなたがたった一年で、この学校と、この部に馴染むさまはすごいと思ったわ。でも、ごめんなさい、桜小路先生にお話を聞いてしまったの。あなたがあまり無理が効く身体じゃないって。

もちろん、会計の仕事が楽だってわけじゃないのよ。お金を扱う仕事だから、責任は重大。特に、三ヶ月に一回、全員から千五百円も預かっている現状からするとね」

そのお金の使い道の理由は、匠に教えてもらっている。

「先輩、あのお茶、先輩が買いに行かれてるんですか?」

「うーん、時間がある時はそうしていたし、時間がない時は通信販売を使ったりもしていたわ。もちろん、専用の口座から引き落とすようにしてね。普通のお茶は、スーパーで買ったり、近くにお茶屋さんがあるからそこで買ったりしてた。とにかく、部室のあの場所に何か飲み物を欠かさないようにすることと、三ヶ月に一回の部費の集金を欠かさないようにすること。それが大事な仕事ね」

「部費の改訂とかは、ないんでしょうか?」

「それは、新しい部長たちと、桜小路先生との話し合いの上で決めることね。会計係の一存では決められないわ」

「わかりました。お受けします」

こうして、次期会計には私が内定した。川口先輩が一人でしていた仕事だから、私一人でするのかもしれないし、他にも同じ話をしているのかもしれない。初詣の時にも誰もそれに関する話はしなかった。


放課後。「今日は全体会だね。終わったらお昼食べにいく?」

「部室にまた持ち込んで食べるか」

「それもいいかもね」

もしかしたら、それぞれみんな何かの役職に内定しているのかもしれない。誰も、何も、言わない。


やはり全体会の時の社会部の部室は狭い。ぎゅうぎゅうだ。

三年生の先輩がずらりと前に揃い、桜小路先生が横でそれを見ている。

川崎先輩の最後の挨拶だ。

「今日は、私たち三年生の最後の社会部の全体会です。今日から、二年生に部長が交代します。みなさん、一年間ありがとうございました。至らない私を助けてくれたみなさんに、心から感謝の意を表して、交代の挨拶とします」

割れんばかりの拍手が起こる。それと共に、緊張が走る。

「では、新しい部長、副部長、各科リーダー、会計係を発表します。呼ばれた二年生の方は、前にお願いします」

ゴクリ。 自分ではわかっていても、緊張する。わかっているとはいえ、自分の役職のみだ。他は誰が何の役職に指名されたかは知らない。

「部長、水野くん。副部長、西山さん。歴史科リーダー、安田くん。地理科リーダー、福田さん。公民科リーダー、小島さん。会計係、戸塚くん、中村さん。名前を呼ばれた方は前にお願いします」

皆、覚悟は決めていたという顔で前に出てくる。私は会計係がもう一人いたことが意外だった。

「みなさんにそれぞれ、と言いたいところだけれども、狭い部室ですし、新部長の水野くんに代表して挨拶をお願いします。あと、各科会の新リーダーはそれぞれの科会の時にちゃんと挨拶をするようにね」

「この度、新部長に指名を受けました、水野匠です。まだまだ至らぬところ、たくさんあると思いますが、よろしくお願いいたします」

パチパチパチパチ…… 拍手が起こる。

「それでは、本日の全体会はこれで終了とします。新役員の方々は引き継ぎと打ち合わせをしますので、残ってください」

驚いた。桜小路会メンバーが全員知らない間に社会部の役員に指名されていたのだ。もしかしたら、ああいうこと言って、私も数合わせで会計に入れられただけなのかもしれない。


部員がぞろぞろと部室から引き上げて行き、私と戸塚くんは川口先輩に呼び出された。

「空いてる教室使いましょ。部室じゃゆっくり説明できないわ」

私たちは社会科資料室へ案内された。

「中村さん、よろしくお願いします。俺、計算得意じゃないんだけど、大丈夫かな?」

「戸塚くん、私こそよろしくお願いします。私も数学ダメなんだけど……?」

「お互い、協力すれば、何とかなる……か?」

「まあ、がんばろうよ」

川口先輩は家計簿のようなノートと財布と地元の銀行の預金通帳を持って現れた。

「去年は私が一人でやっていた仕事だったんだけどね。二人で分担したら楽かしら、って考えたの。ごめんなさいね。お互いにもう一人お願いしてるって教えないで」

「いえ、それで、どういう仕事をするんですか?」

「仕事は主に、三ヶ月に一度、千五百円の部費を徴収することと、あとはソファーのところにあるお茶一式を切らさないように管理すること。お茶の葉だけならいいんだけど、二リットルペットボトルのお茶の場合、重たいから。あ、後は、学会とか合宿の時は特別に参加者から費用を徴収するけど、それは特別。その時期に桜小路先生と相談して」

「力仕事要員ってやつですか」

「いいえ、二人には話し合ってどういう仕事をするか決めてもらうわ。例えば、家の近所にスーパーがあるから買い物に便利だとか、あとはあのおいしいお茶ね。あれを買うのはどちらか一人にした方がいいと思うの。決して安いものではないし、賞味期限もあるから、あまりたくさん買いすぎるのもね。私は時間がある時は隣の駅のお店に買いに行っていたけれど、この街にはないから。そういう時は通販で買えばいいんだけど、それもどちらか一人の担当にした方が混乱しなくていいと思うのね。その他は、二人で話し合って決めてちょうだい」

そう言って、先輩は席を外した。

「部室って三階だよな」

「うん」

「俺にうってつけだな。ちょうど、通学路にスーパーがあるんだ。安いペットボトルのお茶見つけたら買ってくる。それは俺が全面的に引き受ける。それでいいか?」

「お願いします。ちょっと面倒そうないいお茶の件は、私が引き受けるよ。駅に近いし、買いに行こうと思えば行けるし、通販も私がやる。よく飲んでるし」

「ああ、助かる。俺、実はいいお茶って言われても、よくわからなくってさ。ブランド物なの?」

「うん、一種のね」

「それが、何でこの部室にあるんだ?」

「それがね、……」

私は匠に教えてもらった話を戸塚くんに話した。

「マジか! 俺、結構桜小路にいろいろ言われて凹んでることあったぞ。そうか、これからはあのお茶がぶ飲みしてやろう」

「あとは、他には……」

「部費の徴収と、管理だな。俺の家、周りにあるのってコンビニのATMぐらい。スーパーあるんだし、銀行のATMあればなあ、って思うんだけどさ」

「じゃあ、基本的に通帳は私が預って、記帳とか、出入金とかやろうか? 駅に行けばATMはあるし、銀行の本店にもそんなに遠くないから」

「悪いな、いろいろ頼んで。で、その財布、どっちが持つ?」

「難しい問題だね……あたしが入金とかするから、あたしが預かろうか?」

「す、すまない……本当に」

「お金を預かったら、その時のノートへの記帳も私がやる」

「かたじけない……」

「で、二人いるメリットは、月末に残高が合っているかを複数の目で確かめられるってことだと思うの。その時には、戸塚くん、よろしくお願い」

「お安い御用だ! で、それって、合ってなかったら?」

「……分からない」

「呼んだ?」

川口先輩が現れた。

「先輩!」揃って驚く。

「何も、驚くことないじゃない。どう、話ついた?」

「はい、大体は。ところで先輩、月末に残高が合ってなかったらどうするんですか?」

「一円単位ならあまり気にしなくていいわ。そのためのミニ財布があるから。これは人に知られないように。単位が大きくなったら、桜小路先生に相談するのね。幸い、私の時はそんなに大きな残高のズレはなかったから、あまり分からないのだけれども」

「はい……」

「さっそく、息が合ってそうな二人ね。安心したわ」


部室に戻ると、ソファーに新役員が座っていた。桜小路先生もいる。

もちろん、いいお茶が八人分揃っていた。

「会計、遅かったね」

「二人でいろいろ話し合ってたから」

「じゃ、新役員会始めようか」

桜小路会メンバーに、麻衣子と戸塚くん、そして桜小路先生。

いつものダベりとは違う、真面目な会議。

気がついたら、太陽はオレンジ色に色づき、すっかり傾いていた。


「昼メシ食い損ねたな」

「帰ったら晩飯あるだろ、茶でも飲んでろ」

「とりあえず、帰ろ。疲れちゃった」

「なあ、みんな、ここでよくダベってんの?」

「うん」

「楽しそう、私も混ぜてよー」

「じゃあ、桜小路会を再編するか。この七人で桜小路会を再結成ってことにしようか」

「桜小路会?」

「桜小路先生の名前を取って、いつもいる私たち五人で勝手に名前をつけたの」

「じゃあ、俺もそれに混じっていいか?」

「私も!」

「じゃあ、それで行こう。優、麻衣子って呼んでいいか?」

「いいよ!」

「俺も構わないぞ」

「ところでさ、優、川口先輩とつきあってるの?」

「えっ……」

優が信じられないと言った顔をする。

「態度が違うんだよね、川口先輩の前では。あと、一緒に帰ってるの何度か見たし」

「あたしも見た」

「……ここまでバレてるなら仕方ない、そうだよ、川口先輩と俺、つきあってる……」

「これからが踏ん張りどきだね。がんばりなよ、優」

「麻衣子はかなりの情報通だけど、自分はどうなの?」

「うーん、なんだか、自分が誰かとつきあうって何か想像できなくって。好きな人はいるけど、見てるだけでいいかな、みたいな」

「聞いていい?」

「秘密……」

麻衣子の顔が真っ赤になっていくのが目に見えて分かる。

「麻衣子はそれでいいの?」

「うん、見てるだけで幸せ、って気持ち」

「あー! キュンキュンするわね!」

「で、俺らの話聞き出して、みんなは?」

「俺に話を降らないでくれ……」

ほんの少し百花を見つめ、祐樹は呟いた。

「俺は、実らない片思いを追いかけてる……」匠が自ら切り出す。

「知ってる!」二人同時に声を上げた。

「それなら、これ以上は勘弁してくれ。実らない片思いの辛さを、今ひしひしと感じてるから……」

「ああ」

「私は、今大学生とつきあってる」百花がさらりと告げる。

「私は今完全フリー! 誰でも歓迎、ってとこだけど、合う合わないってやっぱりあるしね」早希が言う。

「私は……」

「美咲の話は有名だよ! 幼なじみとずっとつきあってるんでしょ? いいねえ、ラブラブだねえ」情報通の麻衣子がツッコミを入れる。

「うん、そう」

「これで一通りみんなの話も聞いた事だし、これからよろしくな、優、麻衣子」

「俺も嬉しい、仲間に入れて。みんな、よろしく」

「私もみんなの仲間に入れて嬉しいよ、よろしくね!」


こうして、新社会部と新生桜小路会は七人でスタートすることとなった。


「へえ、お前が会計か」

「渉は仕事どんな感じなの?」

「副部長って肩書がついてるんだけど、本当に自由にやってる。今は練習よりも勉強の方に力入れてる時期だし。まあ、もちろん練習には出てるけどな。俺らは今オフシーズンだし」

「そう言えば、水泳部って部費いくら?」

「市営プールの使用料とか、他校への使用料とかがあるから、半年で一万ぐらい払ってる」

「誰が会計してるの?」

「生徒が練習に集中できるようにって、保護者会で会計がいるんだよ。費用も高額だしな。マネージャーもいないし。あ、全国大会の時とかは顧問が管理してた」

「そっか、そういうことね」

「美咲たちは自分たちで何でもやるんだな。すごいな」

「優子お姉ちゃんたちも自分でやってたから、そういうものだと思ってた」

「定期演奏会、ってやつか。あれ、全部高校生でやってたのか?」

「それだけじゃないよ、毎月いくらかわからないけど、部費も持って行ってたし、定期演奏会の頃は自分たちでプログラムの広告? っていうの? の営業とかも行ってた。それと同時に、練習したり、普通に学校の勉強したりもしてたからね……」

「吹奏楽部、スゲえな……」

「優子お姉ちゃん、会場まで話し合いとかも行ってたからね。そこまでするんだ、って私もなんかびっくりした覚えがある」

「……そこまでやるもんなんだな、あの演奏会」

「私も、その時は、全然見てるだけで、気づかなくて。ただ、それぞれの出番で、特に最後の合唱部との合同のベートーベンの第九の吹奏楽アレンジで、高音域をピッコロで駆け抜けていく姿に感動してるだけで。今、似たような立場に立って、初めて大変さに気がついたよ。優子お姉ちゃんの大変さには程遠いだろうけど。その部活を、優子お姉ちゃんは三年の夏のコンクールまで続けて、現役で大学合格しちゃうんだからね……」

「そうだったな。どうしても、って言って、ふつうは二年の冬で引退する吹奏楽部を三年の夏まで部活してたもんな、優子お姉ちゃん」


新生桜小路会と新社会部のやり方に徐々に慣れてきた頃、三学期の学年末考査が近づいてきた……


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