第一話 「突然の、夏」
ジー ジー。
クマゼミが耳障りなくらいに鳴き続ける。
「中村さん、最近体調はどうだ」
「まあ、なんとかです」
「学校には慣れたか?」
「まあまあ、ですね」
「保健室の先生とも連絡を取り合ってはいるが、とにかく、体調を崩さないことが第一なんだそうだ。徹夜なんてもってのほかだぞ。ところで、」
話題が突如切り替わった。私にとっては、天地をひっくり返すような一言だった。
「こういうことを担任である私がいうのもなんだが、御勢学園大学教育学部附属高校への転入を考えてみないか?」
県立杉谷高等学校に入学して、はじめての二者面談。突然の、担任教師陣内からの切り出しだった。
「あなたは頑張って、この杉谷高校に入学した。私も、一県立高校の教員として、一人生徒を失う提案をすることはどうかと考えた。しかし、入試の結果、一学期の中間試験、期末試験、模擬試験……あなたは、もしかしたら、とても優秀なものを持っているのかもしれないと考えたんだ。
特に、社会……県立の入試では、満点だった。今年はあなただけだったんだよ。しかも中間、期末の学校内のテストだけでなく、模擬試験でも、社会だけ飛び抜けて全国トップレベルの成績にいる。」
ここまで一気に話すと、陣内先生は開示手続きの必要な県立入試の成績こそその場には出さなかったが、一学期の中間試験、期末試験、そして六月に受けた模擬試験の結果を並べて見せた。確かに、国語、英語は平均的、模擬試験においては全国平均にも達しない程度であり、理科、数学においては平均的とは到底言い難い成績である。模擬試験の結果など、目も当てられないぐらいだ。しかし……社会、今回は現代社会の内容が中心だったが、他の四科目を大きく飛び抜けており、模擬試験でも他の四科目と比べると目を疑うくらい上位なのだ。これには自分でも様々な意味で目を丸くせざるを得なかった。
「うちの学校は一学期の中間試験は成績順位を出さないが、期末からは出してくる。模擬試験は全国レベルの成績順位が出る。その中でこれだけの社会科の成績が出せるというのはたいしたものだと、学年主任の先生も驚いていたよ」
「確かに、今は他の科目の成績もある、とか、杉谷の学校説明会で作ったパンフレットに進学先で御勢学園大学ってあったのに、とかいろいろ考えているだろう。でも、今だけはそれをちょっとだけ傍に置いておいてくれ。中村さん、あなたの目標は何だい?」
高校入試という重責からようやく逃れ、しかし毎週のようにやってくる小テストに追われながら、日々、私は何となく過ごしていた。中学のように部活を強制されるわけでもなく、ただ無為に日々を過ごしていた。
「……」
「お父さん、学校の先生なんだろう? 先生になりたいとか……」
「……考えたこともありませんでした……今、父は行政側にいますし……」
ジー ジー……
セミの声が止んだ瞬間だった。
「あなたのお父さんが学校の先生であることは知っているが、お父さんと話す機会は私は全くない。行政側ということは、今は教育庁におられるということだろう?
今回は、あなたに宿題だ。この結果は持って帰りなさい。そして、杉谷高校の一年の学年主任と、陣内という担任教師に御勢学園大学教育学部附属高等学校への編入の話をされたことと、本当の自分の夢、目標を話し合ってきなさい。
提出は急がないぞ。自分が納得行くまで、しっかり考えて、話し合いもして、アドバイスをもらった上でまた話をしよう。」
「……はい」
意外だった。もちろん、社会は好きだった。どの科目より好きだった。父親の影響で幼い頃から見る番組を制限され、自然とテレビをつけるとニュース番組しか見ないようになった。家で購読している新聞も時間があればじっくり目を通していた。
衝撃を受けたのは、学校の社会の授業で、地理でも歴史でもない、まさに今テレビのニュースで流れているような内容の授業に入った時だ。いわゆる「公民」という科目だ。「眠い」「内職してる」というクラスメートを尻目に、授業が楽しくて仕方がなかった。
他の科目を置いていくかのように、この科目に取り組んだ。当然他の科目は置いていかれ、特に理数系は目にも当てられないぐらいであった。
それを、どうにかなんとかで県立杉谷高校になんとか合格できたのだ。だから、下から数えた方が早いと思い、成績も見なかった。
それが、そういうとらえ方をされていたのか……驚きでしかなかった。
ジー ジー ジー ジー
セミの声は鳴き止まない。
「まず、渉に相談してみよう……」
動転した気持ちをまず相談できる相手は、一人しか思いつかなかった。