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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第二章 「月」
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第四話 「藤の花、咲く頃」


私が御勢学院大学教育学部附属高等学校へ来ておよそ一ヶ月。

長いようで、あっという間の一ヶ月だった。


結局父親と約束していたパソコンを買いに行けたのはゴールデンウイークに入ってからだった。ちょうど優子お姉ちゃんも帰ってきていたため、三人で見に行くことにした。

「論文書いたりするのに必要だから、最低でも文章入力ソフトが入ってないとね。居間にあるパソコンと同じメーカーのが美咲にとっては使い勝手がいいんじゃない?」

「うん、あんまり違うと分からなくなるから、できれば家にあるのと同じメーカーのがいいかも」

「ノートがいいの? デスクトップ?」

「うーん、学校で使うかもしれないからノートかな」

「なら、これぐらいの値段で、この性能があれば十分でしょ。お父さん、どう思う?」

「ノートパソコンじゃないといけないのか?」

「レポートの提出とかで学校でレポート作成の必要が出てきたら、自分のパソコンを持ち込んだ方が他人に気を使わなくて良さそうだから」

社会部では月に一度、個人面談と併せてレポートの提出を求められる。もちろん、自分の研究テーマのレポートだ。その進み具合を顧問の桜小路先生が検討し、順調であればそのまま進めていき、あまりに不調であれば最終的にはテーマ変更を提案されてしまう。

ということで、時間ができ次第、ちょくちょく自分の研究テーマのレポートを進めていかなくてはいけない。主に、全体会や各科会のない日の社会部の活動は自分の研究テーマのレポートを進めることだということがようやく分かってきた。

「ネットにはつながってた方が便利だけど、調べ物だけは部室のパソコンを使うっていう手もあるし、私はこれくらいの機能があればいい」

「そうか。分かった。当初の予算内だし、美咲がそれでいいというのならば、それにしよう」

そうして、私の部屋にもインターネットにつながったパソコンがやってきたのだった。


ある日の放課後、私たちを「桜小路会」、と呼ぶことが匠により決定された。

匠はやはり市川さくらという彼女への思いを今でも引きずっているのだろうか。同じことを考えていたのか、祐樹と偶然視線が合った。

部室に移動し、五人分のお茶を入れながら、匠にさっき感じたことを聞いてみる。

「ねえ、匠、やっぱり市川……さくらちゃんのこと気にしてるの?」

「俺も思った。まだあいつに気があるのかよ?」

「へ? ……突然どうして?」

「ちょっと気になっただけ」

「で、どうなの?」

「百花姉様の追及来た――。百花姉様は厳しいからね」

早希がちゃかす。匠は黙ってお茶を飲んでいる。

「まあまあお代官様、甘いものでも」

百花が匠に飴を渡した。

「みんなの分もあるからね」

「ありがとう百花姉様」

「さすが百花姉様!」

「で、どうなの?」

「……仕方ないだろう、やっぱり、好きになったやつなんだし……」

「…そっか、匠、一途だね」

「最近美咲と仲いいから、もしかしてとか思ってたけど」

「私は……」

「渉くんがいるからね。美咲も負けずに一途だよね」

「……」

「どうしたの?」

「ちょっとね……」

「まさか、浮気されたとか……?」

百花がかすかに殺気立つ。

「いや、渉にその気はないんだけど、なんかしつこく言い寄って来る子がいるらしくって」

「それを自分の彼女に言うの? 信じられない!」

「早希、原中テニス部の原香奈子って知ってる?」

「あ! 知ってる! っていうか一緒のクラスだったことある!」

「その子に言い寄られてるらしいんだけど……」

「あの子ね……なんか、ちょっとぼんやりしてるようで、出るところで極端に出ちゃうようなところがあるからね」

「渉はきっぱりと断り続けてて、他の人にも相談してはいるみたい」

「ストーカー化しはじめてるみたいな感じ……何だかね」

「美咲、好きっていう気持ちがあるなら、絶対手離しちゃダメだよ、渉くんのこと」

「うん、それは分かってる」


五月も中頃になり、ようやく毎日の学校生活にも慣れ、渉に会えない日には電話で話し、会える日には大概うちでちょっと話して帰って行く、という生活パターンが定着した。


そんな日の社会部の全体会で、桜小路は「今年の学会の発表テーマは、『地理科におけるフィールドワークの授業においての利用』に決定した。そして、共同研究者として、川崎さん、あなたを指名します」と宣言した。

パチパチ…… パチパチ…… 全体から拍手が起こる。

しかし、表情が固く、ムッとしている人がいた。島本健(しまもとけん)先輩だった。


島本先輩は社会部の現副部長で、三年生では成績トップだそうだ。しかし、それでも部長になれなかったことに不満を抱いていたようだった。今回桜小路先生の共同研究者として選ばれた川崎先輩と似たような研究テーマで研究を進めていたようだが、研究よりも他の大学への進学の方に興味があるらしく、それが研究好きの桜小路先生と相容れなかったのだろう、と先輩の誰かが言っていた。


「島本先輩、怒ってたな、あれ」

「似たようなテーマの研究をしてて、負けたんだからな。悔しかったんだろうな」

「でも、川崎先輩もなんか、顔色が悪かったよね……」

「いつも堂々としてる先輩なのにね」


着信メロディが鳴った。これは渉からもらった携帯電話。持ち出す必要がないのでマナーモードにはしていない。

「疲れたよ。今日は来れそうにないや」

「そのためのこの電話じゃない」

「そういえば、もう御勢学園大学附属に行って一ヶ月以上経ったよな。学校とか部活には慣れたか?」

「授業はあんまり杉谷と変わりはないよ。内容が大学進学向けだから、レベル高いな、とは思うけど、やっぱり真理先生の授業のおかげかな、今のところは何とかついていけてる」

「こっちも数学とか一気に難しくなったぞ。まあ、俺がここで折れちゃダメな科目だけどな」

「部活は、月一回のレポート提出が今のところけっこう大変。量は決まってないんだけど、進み具合で顧問の機嫌が変わるからね」

「レポートを出すのが部活なのか?」

「それ以外は友達とダベったり、自分の研究しているテーマと似た先輩の研究の手伝いをしたりとか。ほら、この前のディベート大会みたいな」

「まあ、運動部とはまた違うだろうからな」

「渉は? 練習忙しいの? って当たり前だよね」

「当たり前だろ。結構フラフラになるまでやらされてるぞ」

「大会っていうと……」

「もうすぐ総体だな。それに出れるかどうかってとこだな、今年は。やっぱり、速い奴は多いよ」

「渉でも敵わない人が杉谷の水泳部にいるんだね」

「まあ、先輩だしな」

「先輩か……」

川崎先輩と島本先輩のことを思い出した。

「渉、先輩同士で仲が悪い人とかいる?」

「そりゃあ、大会に出るとか、そういう意味でライバルだしな。でも、根っから仲が悪いようには見えないけどな」

「二年生同士では?」

「俺たちはけっこう仲いいと思ってるぞ。たまには男だけでファミレス行ったりもするしな」

「そうなんだ」

「どうした?」

「いや、ちょっとギクシャクしてる先輩たちがいて」

「そういう人たちって、意外なところで仲が良かったりするかもしれないんだぞ」

「いや、あれは確実にギクシャクしてるね」

「そうか…… お前たちの学年ではそんな関係はないんだろう?」

「今のところはね」

「友達だと思っている人間とギクシャクし出すと後が辛くなる。ギクシャクしないように気をつけておくんだな。特に美咲は後から入ってきた人間っていうのもあるんだし」

「そうだね……」

「とりあえず、明日もまた連絡するよ。来れたら遊びにくる」

「分かった。おやすみ、渉」

「おやすみ、美咲」


その時、私は部室に筆箱を置いてきたことに気づいた。今日はとりあえず家にある筆記用具で課題を済ませ、明日の朝早く家を出て部室に取りに行こう、と決めた。


翌朝、筆箱を取りに部室に行くと、すでにお茶を飲んでいる人物がいた。川口先輩だった。

「川口先輩、おはようございます」

「あ、中村さん、おはよう」

「早いですね。部室に用があったんですか?」

「ちょっとお茶が飲みたくなったの。最近、遥と島本くんの張り合い具合っていうか、遥の緊張が私にも伝わってくるし、島本くんは私にも当てつけるような態度取るから、疲れちゃって。ちょっと一人になりたかったの」

「あ、すみません! 今すぐ戻ります」

「いいの、それを誰かに話したかったから。詩織に話したら詩織が話を大きくしちゃいそうだから、全く関係ない誰かに話したかったの」

「でも、学会って十月ですよね? 川崎先輩、そんなに緊張されてるんですか?」

「ああ見えて、遥ってすごく緊張するタイプなのよ。遥とは幼稚園からの付き合いだから、言わなくてもだいたい何を感じてるか分かる。まあ、正確に何を考えてるかまでは遥本人じゃないからわからないけどね」

「へえ……」

「あの二人、研究してることは似てるのに、目標が違うからね。今回の共同研究者は、たまたま研究好きな桜小路先生の目に同じ研究好きな遥が留まっただけで、他大学に進学目的の島本くんにならなかっただけだと思うんだけどね」

「島本先輩、まだそんなに……」

川口先輩は黙っている。

「お茶、いれますね。私もご一緒します」

「ありがとう」

ポットにはさっき入れたばかりのお湯が残っていたため、追い焚きをして新たに二杯のお茶をいれ、一杯は川口先輩の前に置いた。

「中村さん、二年生はみんなどう? 仲いいの?」

「そうですね…… 私から見た限りでは、悪くないと思います」

「そう……私たちみたいに、変にギクシャクしないようにね。特に、あなた達は五人でよくいるし、そういうのが理想的な形だと思うの。男女間の仲もいいみたいだし」

「はい」

「私、そろそろ教室に戻るわ。ありがとうね、中村さん」

「いえ、どういたしまして……」

気がつくと、チャイムが鳴る寸前だった。忘れ物の筆箱をまた忘れて教室に戻りそうになるところだった。


「おはようみさみさ。遅かったな」

「忘れ物取りに部室に寄ってた」

「朝一の部室か」

「で、川口先輩とお茶飲んでた」

「マジでか! 意外な人が意外なところに現れるものだな」

キーンコーン カーンコーン …… チャイムが鳴り、会話はここで途切れた。


昼休み。五人でお弁当を囲みながら今朝の話をする。

「へー。川口先輩も疲れてるんだね」

「やっぱりあの二人の板挟み状態だと、辛いよね」

「そういえば、川口先輩って別の大学志望なんだっけ?」

「そうそう、経済系の大学に行きたいらしいよ」

「さすが早希嬢、情報通」

「今朝聞いたら川崎先輩と川口先輩って幼稚園からずっと一緒だったって聞いたけど、別の大学行くんだ……」

さりげなく祐樹が目配せをしたような気がした。また匠とさくらの話に触れるなよ、と言いたげだ。

「でもさ、俺らも来年、誰かが部長とか副部長になったり、桜小路に共同研究者に指名されるんだろ?あんな感じにはなりたくないよな」

「俺ら桜小路会でそういうことが起こっても、桜小路会メンバーではそういういがみ合いを起こさない、っていうことにしようぜ。決まりだ」

「だって、五人の中で憎しみ合っても、いいことないだろ? 誰かが川口先輩みたいな板挟みになるのは俺から見てもごめんだ」

「お、珍しい、祐樹が平等発言」

「失礼な」

「とりあえず、まだ来年の話だし、今は五人で仲良くお茶飲みながらまったりいこうよ」

「そうだね」


そうして、藤の花が咲き乱れる五月が過ぎ、高校総体の六月を迎えた。

渉の水泳部の練習は総体に向け、日を追うごとに過酷さを増しているようだった。


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