第三話 「電話」
翌日からも、表面的に私と匠の関係は変わらなかった。
私と匠の席や、百花と祐樹の席、早希の席で五人が集まってよくダベった。また、祐樹と匠は男同士での会話をしていたり、百花と早希、私と三人で女子同士の話題で盛り上がったりもした。
だんだん五人以外とも話すようになってきた。同じクラスのほかの社会部の子や、席替えの司会をしたえりえり、ネイティブに近い発音をする英語部の森田悠里、えりえりと同じ国語部の安藤智也とも仲良くなった。
そして、去年のあの日から一年が無事に過ぎた。三ヶ月に一度の通院でも「結構無理してない? 学校を変えるって結構ストレスになるからね。今度、脳波検査の予約を入れておこうね」と医者は言い、現在飲んでいる薬の血中濃度を測るための採血を行った。
ブーン ブーン 携帯が鳴る。渉からだ。
「美咲、今暇か?」
「うん、課題も終わったし。渉は?」
「今日は練習も早めに終わったし、晩飯も済ませた。実は、渡したいものがあってな」
「ん? なになに?」
「とりあえず、今からお前の家行っていいか?」
今日は珍しくお父さんも家にいる。だからと言って、渉が家に来るのに問題はない。
「いいよ、おいでよ」
「じゃあ、今から行くから」
そういうことをしているうちに家のチャイムが鳴る。 親に説明している暇もなかった。
「こんばんは,夜分遅くに失礼いたします」
「いらっしゃい。ご飯は食べたの?」
「はい。家で食べてきました」
「後でおやつ持ってくるわね」
「美咲も新しい学校の話とか、杉谷の話とか話したいことや聞きたいこともあるだろう。渉くん、すまないが、美咲の話も聞いてやってくれ。美咲も、渉くんの迷惑にならないようにな」
「はあい」
「で、渡したいものって?」
「これだ」
渉は、ゴソゴソとカバンから、携帯電話を取り出した。二台色違いだ。
「なんだかんだ言って、俺たち、忙しくなってきちゃったよな。お前もこれからさらに勉強とか大変になるのかもしれないし、俺も練習忙しくなってきたんだよな。今までみたいにこうやって遊びに来ることも、難しくなるかもしれないと思ったんだ」
「……」
以前から感じていた不安だった。
「それで、考えた。会えなくても、声が聞ける。時間が許す限り、料金を気にせずに、電話ができる。メールは今まで通りでいいと思うから、通話専用の電話を二台契約したんだ。同時契約だから、二台間に通話料はかからない。一番安いやつにしたから、デザインとかはこれで勘弁してくれ。これで、遊びにこれない日でも、少しでもお互いの声が聞ける」
「……って、これ、基本料とかは?」
「気にするな。本当に、通話だけの機能にしてるから、二台でも今使ってる携帯の基本使用料以下だ。俺からのプレゼント、受け取ってくれ」
「一台は、渉が持つんだよね?」
「もちろん」
「本当に、私専用?」
「当たり前だろ。何でだ?」
「この前聞いた、原香奈子…… だったっけ? その子のことが気になって」
「本当に、あいつとは何もない。本当に、困っているんだ。最近は担任と水泳部の顧問に相談している」
「もう一つの携帯をその子との連絡専用にするなんてことは……」
「それは絶対にない。断言する」
「わかった。通話はこれを使うことにする。ありがとう、渉」
お母さんがお茶と苺大福を持ってきたため、それを食べながら、お互いの電話にそれぞれの電話番号の登録をした。ついでに陽子の番号も登録した。
「で、どうだ? 最近は」
「部活が始まったよ。今度、春のイベントのディベート大会っていうのをやるんだって」
「お前、人前で話すの苦手だよな。大丈夫か?」
「今回は三年生の先輩がメインで、私みたいな新入部員はヘルプ。人前でしゃべるよりも、資料収集がメインになるみたい」
「ディベート、中学の時もやったよな。どんなテーマだったっけ?」
「えーと、学校の週休二日制は中止すべきだ、とかじゃなかったっけ?」
「だーれも何にも言わないんだよな。先生が困ってた顔を思い出すんだけど、どうしても何にも言えなかったんだよ、あの時……」
「あれで、あたしも、ディベートってなんだか苦手なイメージがね……」
「まあ、部活なんだ。俺もやるべき練習はやって、絶対代表になりたいって思ってるし」
「うん、できることを頑張るよ」
それから長くせずに、渉は、「すみません、遅くなってしまいまして。お邪魔いたしました。おやすみなさい」と両親に挨拶して帰って行った。
父はニュース番組を見ながら新聞を読んでいる。私は父に、考えていたことを提案しよう、と考えた。
「お父さん、お願いがあるんだけど…」
「ん? 何だ?」
「言いにくいといえば言いにくいんだけど……」
「パソコンか」
「……」言葉に詰まる。
「図星のようだな。御勢附属の入学前レポートを居間でずっと書いてた時から、美咲の部屋にもパソコンが必要かな、と考えていたんだ。レポートを書くことはこれからも頻繁に必要になるだろうし、これからもあれだけの時間居間のパソコンを占拠されると困る、というのも確かにあってね。
今は安いパソコンが増えてきている。むやみに高いものでなくていい。ただ、品質が重要だ。すぐ壊れて使い物にならない、というのでは困る。今週末、家電量販店に一緒に見にいくか」
「ありがとう、お父さん」
「インターネットも調べ物で必要になるだろう。設定もしておくから、調べ物には使う分には問題ないはずだ。ただ、本当に調べ物とかに使うように。変な使い方してることが分かったら、インターネット接続切るからな。まあ、こちらでも保護者設定とかしておくが」
ドキリ。過去の検索を思い出した。
「う、うん。もちろん」
翌日。私は匠に「親にパソコン買ってもらえることになった」という話をした。
「へえ、みさみさもやっとネット環境整うんだ」
「でも、保護者機能つけられて、変なサイト見てることがばれたらネット接続切るって脅された」
「とりあえず、絶対履歴は残さないようにしとけよ」
「匠ってさ、いったいなんでこっちの世界に来ちゃったの?」
「市川のせい……かな。あいつがそういうの大好きで、仲良くしてるうちに、イベントとかに引っ張られて。いつの間にかって感じ」
「どうして、市川さんって、御勢の附属に来なかったの?」
「それが、俺にも分からないんだ…… 俺ら、公然と付き合ってたわけでもないし、あいつ、別に彼氏がいた感じっぽかった。それが原因かはわからないんだけど……」
「そうなんだ……」
智也が登校してきた。匠は智也に話があったらしく、席を立って行った。私も、祐樹と話している百花のそばへ寄って行った。
その日の社会部は全体会が予定されていた。社会部今年最初のイベント、ディベート大会についての話し合いを行うためだ。
ディベート大会は公民科三年生の山崎詩織がリーダーとなって、ディベーターは三年生中心で県大会に参加することとなっていた。もし優勝すれば、シードで全国大会に行ける。 山崎先輩は俄然張り切っていた。
私たち二年生や一年生は資料収集などで後方支援を行うこととなる。今年のテーマは「日本の成人年齢を十八歳に引き下げるべきである」で、肯定側か否定側かは当日に決定するらしい。肯定側の根拠も否定側の根拠も用意しておかなくてはいけないのだ。
山崎先輩は社会部の全一年生と二年生を肯定側、否定側の根拠を収集するためにバランス良く二チームに分けた。それぞれのチームに大まかな考えを伝え、三年生は三年生で、ある程度の根拠に基づいてディベートできるように練習を始めていた。大会は二週間後だ。
私は肯定派に配属された。祐樹と早希は私と同じ肯定派、匠と百花は否定派に配属された。
「うーん、どういうものが効果的な根拠になるのかな?」ディベートにはからっきし弱い私はお手上げだ。
「大学教授の論文とか、各省庁の白書とか使われてるみたいよ」
「山崎先輩が他にも資料持ってないかな? 先輩、ディベートに関しての研究してるし」
山崎先輩は三年生の打ち合わせを終えて、部室でお茶を飲んでいた。他の先輩方は解散したようだ。
「先輩、お疲れ様です。先輩が資料って持っていないものですか?」
「私もいろいろと持ってはいるけどね……やっぱり、たくさんの人に検証してもらって、よりよい資料を見つけてもらった方がいいと思ったの」
「何か、ヒントになるようなもの、ありませんか?」
「そうね……今回は民法の改定に関わる議論だから、うちの大学の法学部の民法の先生の論文なんかはどうかしら……まあ、そこに言及している先生がいらっしゃるかはわからないけれども」
「そこからたどり着けるかもしれませんね!ありがとうございました」
「中村さん、あなたって……」
「私、ですか?」
突然呼び止められ、驚く。
「あなたも、二年からここに転入してきたんでしょ? 実は、私もなの」
「えっ」
驚いた。公民科のリーダーとしてみんなを取りまとめ、新入生にも親切に接している山崎先輩が、まだここにきて一年しか経っていなかったのだ。
「あなたが羨ましい。一ヶ月足らずで、もうすっかり学校にもこの部にも溶け込んでいる。私は、遥とか愛と仲良くなるまで結構時間かかったの。島本くんや清水くんとはまだそんなに仲良くない」
「……」
「私はね、中学校の授業でやったディベートが面白くて、はまり込んじゃったの。最初は別の高校に行ったんだけど、御勢学園大学教育学部附属高校に桜小路先生っていうディベートの研究をしてる先生がいるって知って、居ても立ってもいられなくなって。担任にも親にも頭を下げて、転入試験を受けさせてもらった。まあ、桜小路先生はディベートだけを研究してる先生じゃないけど、有名な人だし」
私とは事情が違うが、山崎先輩も私と同じ経験をしたんだ……
「中村さんも、せっかくいい友達ができたわけだし、自分のやりたいことはここでしっかりやることね。私は、自分なりにやりたいことができているから、学校を変わったことに後悔はしていないわ」
「はい。ありがとうございます」
まず、先輩に言われたとおり、論文検索を3人で行った。
「あ、それらしい論文がある!」
「とりあえず、大学の図書館で見れるのかな?」
「学校内でなら見れるみたいよ」
「印刷できる?」
「ちょっと無理かな……」
「仕方ない、大学の図書館で印刷してもらおう」
他にも論文の見当をつけ、そこから他にも根拠になりそうな部分を探し、附属高から少し離れた御勢学院大学附属図書館へ論文の印刷を依頼しに行った。
大量の印刷した論文を持ち帰り、三人でそれぞれ持ち帰って根拠になりそうな箇所を検討することにした。
「うーん、こういうところだよね……」
大まかではあるが、ラインマーカーを引いたり、切り抜いたりしてみる。
「こういうのを、まとめてみて、明日先輩に渡してみようかな……」
やはり、中学校の時のディベートの苦手感が残っているようだ。うまくまとめられないが、とりあえず、形にはした。
翌日、山崎先輩に根拠になりそうな論文とポイントになりそうなまとめたものを渡すと、「そうよ。こういう感じで根拠を探していくの。あとは、私たちがこれを元に構成を組み立てていく。本番がどちら側になるかわからないけれども、やはりたくさんの人の目が根拠を探していると思うと構成して行く方も安心できる。本番まで私たちも頑張るから、何か手伝えることがあったらまたお願いするわね」と感謝された。
そして、ディベート大会本番。相手は陣内先生の異動した県立長谷高等学校だった。抽選の結果、御勢学院大学教育学部附属高校は否定側となった。
否定側の根拠も似たように、大学教授などの論文などの引用が多かった。
やはり、匠や百花もきちんと根拠を調べてきたのだろう。みんなとはいつも通りの付き合いをしていたが、彼らは彼らなりに頑張っていたのだ。
双方、立論や質疑、反駁を繰り返し、とうとう結果が出た。ディベートに結果というものはないが、どちらが論として優れているか、という点で採点される。
惜しくも、御勢学院大学教育学部附属高校は相手側の県立長谷高等学校に負けてしまった。
山崎先輩の悔しそうな表情が印象に残った。
とはいえ、先輩方五人のチームワークは見事だった。あの話を聞かなければ、五人は昔からずっと一緒にいたと思っていたくらいだ。
しかし、そんな先輩方に、決定的な亀裂が入る時を、私は見てしまう……




