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桜小路茶話  作者: 望月 明依子
第二章 「月」
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第二話 「秘密」


御勢学園大学(みせがくえんだいがく)教育学部附属高等学校入学式が行われたのは、翌週のことだった。

入学式に出ても見知った顔はない。半分ぐらいが内部進学なのだから仕方が無い。私と同じ原中出身の早希や別の私立中出身の百花も分からない顔ばかりだろう。

匠や祐樹に関しては後輩たちが入ってきた、という感じだろうか。このうちのどれくらいの子が、社会部に来るのかな、と思いながら入学式を終えた。


その日の夜、久しぶりに渉が遊びにきた。

「この前は、悪かった。お前の言葉、伝えられなくて。やっぱり、異動する先生って、どこにいるか、つかめないんだ」

「いいよ。気にしないで。無理なお願いしちゃった、って私も思ってたから」

「御勢は今日が入学式だったんだ」

「杉谷も今頃じゃない?」

「明日だ。とりあえず、入学式の後一週間は新入生に積極的に勧誘ができないルールだからな。バタフライで力のあるやつが今年杉谷に入ってきたって噂なんだよな。絶対逃したくないし」

「新しいクラス、どう?」

「七組と違って、三分の二は野郎だ。まあ、理系だし仕方ないのかな。女子もいるのはいる。言ってただろ? 同じ原中の、原香奈子(はらかなこ)ってやつ。あいつが、なんだかしつこいんだよ」

不安感が胸をよぎる。

「心配するな。俺はお前以外は全くそういう感情で意識はしていない。何か言われたら、きっちり言って返す。だから、必要以上に気にするな。で、お前の方はどうなんだ?」

「それがね、同じクラスに原中出身の陸上部の小島早希って子がいて、その子経由で何人か仲良くなれたよ」

「ああ、小島ね。陸上部とだったら合同でグラウンドトレーニングすることがあったから、何回か話したことはあったな。事務連絡ぐらいだけどな」

「へえ、知ってたんだ、早希のこと」

「知ってるって、いるな、ってぐらいのことだぞ。で、男とかとも仲良くなったのか?」

「うん……二人ぐらい……」

「もちろん、浮気してないだろうな?」

「当然! 大概彼氏彼女持ち。まあ、叶わぬ片思いしてる男の子がいるけど……」

「どんな奴だ?」

「同じクラスに、一つ上の女の子がいるんだけど、大学生の彼氏がいるのね。その子にぞっこんな男の子がいるけど、完全にスルーされてる。あとは、自分では彼女だって思ってたけど、他校に行って気持ちが分からなくなったって言ってる男の子がいるかな……」

「絶対、流されるんじゃないぞ。俺は、お前をずっと見ている。どこにいてもだ。そして、お前を信頼している。だから、その信頼を壊すようなことだけは、しないでくれよ……」

「分かってるよ。私も、渉のことを信頼してるし、信じてる」

「よし、確認だ」

「うん、確認だね。ところで、陽子は? 元気してる?」

陽子からメールはたまに届いているが、文面からはこれまでと変わらない様子だ。

「クラス離れちゃったからな、理系の俺らがなかなか文系クラスに行くことがないんだよ。今度、教科書でも借りに行くついでに一組にでも行ってみるよ」

「うん、ありがとう」

ガリガリ、ガリガリ…… ドアが音を立てる。鈴だろうか、小鈴だろうか。

「鈴?小鈴?」

ドアを開けたら、そこにいたのは鈴だった。

「お、久しぶりだな、鈴。元気してたか?」

私はそこにあった白い紙を丸めて渉に渡した。「投げてあげて、鈴はこの遊びが好きだから」

渉は言われた通りに部屋の真ん中の方に紙ボールを投げた。鈴は飛びつき、じゃれて遊んでいる。

「しばらく自分で遊んだあと、持ってくるのよ。また投げろって」

「小鈴もこの遊びが好きなのか?」

「小鈴はイマイチ乗ってこない。猫じゃらしの方がお気に入りみたい」

「猫って、一匹一匹好みが違うのな」

「それがいい、ってお姉ちゃんは言ってるし、あたしもそう思う」

「みんなちがってみんないい、か。聞いたことがあるな。お、もうこんな時間か。さて、今日はそろそろおいとまするか。あまり遅くなっても悪いしな」

「久しぶりに遊びにきてくれて嬉しかったよ、渉。またいつでも遊びにきていいからね」

「お前も忙しくなるだろう?」

「だからこそだよ。たまにはゆっくりした時間が欲しい」

「そうか。じゃあ、俺も、できるだけ時間を作って、お前の家に遊びにくるよ」


階下にいた母親、父親にも挨拶をして、渉は帰って行った。

「渉くん、最近結構部活忙しいみたいね。お母さんが言ってたわ」

「二年生だから、やっぱり代表とかに選ばれるためにしのぎを削ってるのかね」

「あなたの学校はそういう部活がないけど、自分の勉強が部活みたいなものだからね」

「まだ、部活動っていうのは始まってないんだけどね」

「そういう時に、少しでも貯金をしておくのよ。自分なりにね。そういう工夫が後に生きるのよ」

「はあい」


ある日の放課後。桜小路先生が突如提案した。

「よし、そろそろ席替えするか。新鮮さもたまには必要だろう」

新鮮さも何も、まだこのクラスになって二週間くらいだ。

「とりあえず、方法を考えろ。何だろうと、クラスの同意が得られればそれでいい。とはいえ、やり方があまりにも不適切だと思う場合にはストップをかける。まずは、暫定でいいから、司会を決めてくれ」

「日直でいいんじゃないんですか? 今日だけなら」

どこからか声が上がった。今日の日直は本多絵梨(ほんだえり)という国語部の子だった。本を読むのが好きな女の子で、笑顔が可愛い。みんな「えりえり」と呼び、「えりえりのあの笑顔に癒されるよな」と言う男子生徒も多い。

えりえりが教壇に上がり、「じゃあ、席替えの方法を決めたいと思います。何か希望の方法はありますか?」えりえりスマイルを振りまきながら教室中を見渡すが、誰からも意見は出ない。

「私の独断でいいならば、無難にくじ引きという方法でいいのではないかと思いますが、いかがですか?」

パチパチ…… 同意の拍手が起こった。私も同意した。

えりえりは黒板に現在の座席の図を描き、それに一から三十までの番号を振った。前列の一番端っこに座る男子に頼み、くじを作らせている。この子も国語部で、安藤智也(あんどうともや)という。

「じゃあ、一つずつ、くじを取っていってください。移動は全員がくじを引き終わった後にお願いします。黒板が見えない等のやむを得ない事情が発生したら、移動後に席の交換可能な方とお願いします。それ以外のくじの交換は原則として禁止します」

クラス内が入れ替わる。緊張するが、楽しみなイベントだ。

私が引いたのは十五番。真ん中の列、一番後ろだ。中学の時は黒板が見えにくいのでに後ろの席は困っていたが、高校に入学した時にコンタクトレンズを購入し、黒板を見るには全く問題ない。百花や早希、匠や祐樹はどこにいるのだろうか。

百花は窓際の二番目、狙いすましたかのように祐樹が百花の真後ろに座っていた。顔が緩み切っているのがここから見てもはっきりと見て取れる。早希は廊下側の一番前で不満顔をしている。そして、気がついたら、匠の席は私の隣だった。

「美咲ちゃん、隣だね」

「美咲でいいのに」

「なんか呼び捨てって、抵抗があって」

「うーん、じゃあ、何かあだ名を作ってよ」

「みさみさ、って呼んでもいい?」

「呼びやすいんだったらなんでもいいよ」

「じゃあ、みさみさって呼ぶことにする。えりえりみたいだけど」

「気にしないよ、よろしくね、匠」

「おう、よろしく、みさみさ」

えりえりが再度教壇にのぼり、「黒板が見えない、等問題はないですか?」と問いかける。

クラス中に問題はなさそうだった。桜小路先生も特に何か言うこともなく、席替えはそれで終了した。


今日も五人は部室に集まった。今日は早希がお茶を入れてくれた。

「いきなり席替えってびっくりしたよ。なんか五人が偏った席になったね」

「俺は嬉しいぞ」

「はいはい、あんたは幸せでしょうね」

「美咲、いきなり席替えってびっくりしたでしょ?」

「うん、でも隣が匠だったから、ちょっと安心した……かな?」

「そう言えば、今日って桜小路先生が来る全体会じゃない? 入部説明会の準備をするから、とかって」

「ああ、そうだな。普通の学校なら部活の勧誘とかに駆け回る時期なんだろうけどね」

「うちの学校の部はちょっと特殊だからな、新一年生は一年間仮入部状態なんだ。入りたい子だけが来る。無理に勧誘する必要がないんだよ」

そうしているうちに、人がわらわらと集まってきた。先輩たちでも、初めて顔を合わせる先輩もいる。

百花や早希を通して自己紹介をしているうちに、桜小路先生が現れ、全体会が始まった。

「今年度初の全体会だな。まずは、部長、一言挨拶を」

「部長の川崎です。自分の目標の達成、さらに相互の研究の助け合いなど、各個人目指すものは違うとは思いますが、それぞれ頑張りましょう」

「はい」

「じゃあ、入部説明会の準備だ。入部説明会は今週末、各科代表が簡潔に自分たちの活動を報告する。それで最後に二年生には入部届けを、1年生には名前を聞いておいてくれ。資料は各科で必要があれば作成してもいいし、必要ないと思うなら作成の必要はない。以上だ」

そう言って、桜小路先生は退室していった。集まった部員は、三つぐらいの集団になり、それぞれ部屋を出て行った。

「川崎先輩、私はどこに……」

「中村さんはまだここに来て時間も経っていないし、まだどこにも行く必要はないわ。帰宅してもいいし、何処かで待機していてもいい。要は、今は、何もすることがないのね」

「そうですか……」

私は、早希や百花のように、お茶をいれてみることにした。

緑茶を一杯。今は、誰もいない部屋。美味しいお茶だ。


「美咲、まだいたの?一人で寂しかったでしょ?」

早希が一番に帰ってきた。

「早希嬢、いったいみんなどういう分かれ方してるの?」

「うーん、自分の研究していることを、大まかに歴史・地理・公民の三つの科目に分けてる感じかな。美咲は裁判員制度の研究したいんでしょ?」

「うん」

「だったら、あたしと同じ、公民科に入ることになるんじゃないかな。あたしは社会福祉士目指してるから、どちらかというとこっち、みたいな感じで公民科にいるんだけど。でも、それぞれ科を超えて研究の助け合いをするとかしょっちゅうだよ」

「そうなんだ」

「祐樹と匠のいる歴史科とか百花姉様のいる地理科がいつ終わるか分からないけど、どうする? 帰る?」

「少し待って、終わりそうになかったら帰ろうか」

「あの二つは長くかかりそうだからね」

「お茶、いれてみたんだ。飲んでみる?」

「美咲がいれてくれたの? 飲む、飲む!」

さっきいれたばかりの緑茶をもう一度二人分いれる。

「美味しいよ! 流石にしばらく放課後にここにいると、なんだか美咲がずっとここにいた気がする。自然だね」

「ありがとう」

お茶を飲みながら待っていても、他の人たちは戻ってこない。

「待ちくたびれたね、帰ろっか、美咲」

私たちは帰ることにした。


翌日。新しい席。前の席に座ろうとしてあっ、と思う。

「おはよう、みさみさ」

「おはよう、匠。昨日、どれぐらいまでかかったの?」

「俺たちは七時ぐらいまでいたかな」

「そんなに!」

「資料作成の担当者になった祐樹はさらに遅くまで残ってたぞ。何時になるかわからなかったから、俺は流石に帰ったけどな」

「ほ、本格的……」

「俺も祐樹を手伝うことになってはいる。祐樹の集めたデータのまとめ役だな。図とかのスキャンは桜小路の部屋か自宅かでしかできないから、ほとんど自宅で作業かな」

「自分のパソコンあるの?」

「むしろ、みさみさ持ってないの?」

「ない。家族共用のパソコンしかない」

「これから、パソコンはあった方がいいぞ。インターネットはもとより、論文作成が自分の部屋でできないのは、ちょっと不便だからな」

確かに、入学時に提出した論文も共用のパソコンを長時間占拠して作成した。流石に、父親も「パソコン買ってやろうか?」というぐらいだった。

「ちょっと考えてみようかな。ところで、自分のパソコンがあるんだったら、掲示板とか見たりする?」

「自分がやってるゲーム関連とかを少し」

「あ、見てるんだ」

「みさみさも?」

「猫好きだから、猫の写真が見たくて」

「パソコンないなら、ケータイで?」

「うん」

「他にも見たりするの?」

「ケータイからいろいろ見るのは結構大変だから、お気に入りのやつだけだね」

「そうなんだ」


その時、匠が何かを感じ取ったことを、私はまだ気づいていない。


週末、入部説明会。

私は早希の言うとおり、公民科に混ざることとなった。

資料は特になく、リーダーの山崎詩織(やまさきしおり)先輩の簡単な説明で終了した。

新一年生はとりあえず自分の興味のあるところに、という感じで分かれて説明を聞いているようだが、公民科には男の子と女の子が一人ずつやって来ていた。


私たちが部室に戻ってきた時、すでに部室には全員が揃っていた。流石に、全員が一つの部屋に揃うと圧迫感を感じる。

改めて正式入部となる新二年生は入部届を受け取り、そして桜小路先生の話の後で解散となった。

「さ、帰ろうか。やっぱ数日ずっと資料作ってたから疲れた」祐樹がこぼす。

「おいおい、俺も相当手伝ったんだぞ、忘れるなよ」匠が釘を刺す。

「ま、とりあえず帰ろうよ」百花が促した。


五人はそれぞれ、別方向に分かれて家路に向かう。

たまたまなのか、駅方向に向かっている匠と二人になった。匠の家は駅を超えたところにあるそうだ。

「みさみさ、もしかしたら失礼なこと聞くけど、腐女子だったりしない?」

「否定はしない……うん、腐女子だね……」

「やっぱり……」

「でも、なんで気づいたの?」

「掲示板見てたりしてるみたいだし、もしかしたら、と思って」

「ってことは?」

「実は、俺も」



あれは中学二年の夏のことだった。夏の合唱コンクールが終わり、「夏休みらしい夏休み」がようやくやってきた。

家にインターネットにつながったパソコンがやってきて、夏休みをインターネットで満喫していた。掲示板を見ることを覚えたのもその頃だった。

好きなアニメの画像を探していたら、見慣れないページにたどり着いた。そこには、めくるめく幻想の世界が広がっていた。

一気にその世界に没頭した私は、暇さえあればそのページやその他のページに飛んで行った。

そこに、「十八歳未満の方は入室を禁止します」と記述してあるのに気づいたのはずいぶん後になってのことだった。

高校に入って、情報の授業でブラウザにある「ページ履歴」の存在を知った時、私は顔面蒼白になった。パソコンに詳しい友人に「ページ履歴の全消去」の方法を教えてもらい、帰宅してすぐに履歴の全消去を行うまで、また倒れるかもしれないと思うほどの気持ちだった。

父親、母親、優子お姉ちゃん、誰かがもしかしたらこの履歴を見ていたかもしれない。そう思うと今でもヒヤヒヤして仕方がない。しかし、誰一人として指摘する家族はいなかった。友人に同時に教えてもらった「履歴を残さない方法」も行った。



この趣味は誰にも話していない。渉にも話したことがない。

それを、匠に一発で見抜かれてしまった。しかも、自分自身も同じ趣味を持つという。


そして、匠と私は、「腐」な点を通して、友情を深めて行くのであった……


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