劣情
目の前にいる女は、とても女とは思えなかった。
美しい女が好きだ。
清純よりも蠱惑。
己の女を最大限に引き出し、蜜を垂らす女。
今もちらりと己の目の縁にうつる光る脚を見て、これこそ己を刺激するはずの物であると考える。
磨かれた肌。
ピンヒールの上にのった締まった足首。
膨らんだ胸元。
彩られた指先。
長い髪の隙間から垣間見える項。
主張する口元。
――あぁ、特に脚はたまらない。
すらりと真っ直ぐに伸びたそれに腕を絡ませて引きつける時こそ、至福の時だろう。時に優しく、花を摘むように。時に手荒く、花をもぐように。
さめざめと魅惑的な情景が目に浮かぶのに。
――どうしたことだろうか。
今、己の目の前にいる女から目が離せない。
女を感じさせるものなど皆無である女。
ぬばたまの髪は男のように短く、直毛。
大人数を目の前に落ち着きなく話すその姿はまるで逃げ惑う蟻のようで滑稽。
時折唇が引きり痙攣する口元。
桃色に染まった頬はきめ細やかなのに、あごの回りに浮かぶ赤い斑点。
ただの黒縁眼鏡を指の背で押し上げる仕草だけが年相応に見える女。
黒いハイネックカットソーにブラックデニム、黒いヒールのないパンプス。
身を包む服は隙がなく、鎖骨も項も、足首さえ隠されている。
黒で覆い隠した”女”の気配。
しかし。
しかし、色のない女の、わずかに見える素肌の足の甲が、強烈に己の目を焼いた。
白く、透ける緑の血管。右足にある控えめな黒子。動く度に浮き出る骨筋。
その白さに、気付くとひどく劣情を感じていた。
じわりと口の中に唾液が溜まって、さらに驚愕する。
この女を喰いたいのか。
棒切れのようなこの女に、欲情しているのか。
軽く頭を振る。寝不足で脳がイカれたに違いないと思いながら。
それでも気付けば目は女の足の甲に釘付けで。
女が去った後も、あれに舌を這わせたい、そんな欲求が治まることはなく。
唾液を飲み込み、顔を伏せて。
とうとう私は微笑んだ。