How to make destiny ~彼女の運命の壊し方~
「僕、君のことが好きなんだ。……良かったら、僕と付き合ってくれないかな?」
ドキッ、と胸が痛みを訴えてきた。別に俺に向けられた言葉ではないのに。
校舎裏は絶好の告白スポットとして有名だった。そこから少し離れた、しかしばっちりそこの様子が伺える場所に俺は居た。理由はもちろん、気になるからだ。
女子生徒はチラッと男子生徒の手元に視線を移し、少し観察するようにその周囲と自分の手元を見た。そして、
「……ごめんなさい。私、他に好きな人がいて……」
その台詞が聞こえたとき、俺はものすごくほっとした。よかった、“違った”らしい。……まだあいつは俺のところにいてくれる。
それだけが聞きたかった。いつもはちゃんと覗きになんか来ずにいたけど、今日は何故か妙な胸騒ぎがしたから不安になってしまったのだ。
すぐにその場を離れる。あいつもそろそろ俺が待ってると思っている校門に向かうだろう。先回りして待っていないと。
「おまたせ。シン」
「おまちしてました。マツリ」
良かった。バレてないみたいだ。
二人とも帰る為に歩き出す。幼馴染だし、家は近い。どちらの家もここから歩いて30分くらいだ。自転車なんて選択肢は、このあたりの坂の多さから考える余地なく却下されている。
俺たちは雑談しながら上り坂を歩いていく。もうすぐ体力テストだの、更に定期テストまで迫ってきているだの。それでもマツリは努力でなんとかしてしまうんだろうなぁ、なんて思いながらマツリの方を見ると、マツリの目線が、道路の反対側を歩くカップルの方を向いていた。仲睦まじく手なんか繋いじゃってる様は見ていて羨ましかったけど、マツリが見ているのはそこではない。
「……ほんとさぁ、シンの両親はいいよねぇ。だって、《運命の赤い糸》で結ばれてるもん」
「またその話? なに、さっきのカップルは繋がってなかったか」
こくん、と寂しげにマツリは頷いた。
――マツリには他人には見えないあるものが見えるらしい。それは《運命の赤い糸》なんていう、伝説じみたものだ。それが生まれたときから見えていたマツリは両親の《運命の赤い糸》が繋がっていないことを知っていた。そしてマツリの両親は離婚した。
「あのカップルもあんなに仲よさそうなのにいつかは別れちゃうんだよね……はぁ……」
「……な、なぁっ。さっきの好きなやつって、もしかして俺のことだったりしちゃう?」
マツリが落ち込んできてる。話を変えようと少し気になっていたことを言ってみる。マツリは怪訝そうな顔で俺を見てきた。
「聞いてたの?」
あ、バレた。
「いや、気になんじゃん? お前がなんて言ってフってるのか、俺の知的好奇心がね?」
本当は違う。でも、不安だったとか、そんなことは言いたくない。まるで恋人のような、そんな言葉は。
「……あんたのことは好きだよ」
好きというその単語の意味を理解したとき、心臓が止まるかと思うほどの衝撃に襲われた。実際には足の動きが止まり、鞄を落とし、顔を赤く染める程度の――爆弾だった。
「だけど、私は《運命の相手》とだけって決めてるんだから、シンのことは幼馴染として、友達として、好き」
「そ、……っか」
マツリは自分の糸と繋がっている《運命の相手》をずっと探していた。そうすれば、親みたいに別れたりしないで、ずっと幸せだからって。俺の気持ちだって、気付いてるはずなのに。
マツリも俺と同じく歩くのをやめ、二人してうつむいてしまう。その間、およそ五秒。
「……帰ろ、シン」
先に口を開いたのはマツリだった。俺の鞄を拾い上げ、渡してくれた。その表情はいつもどおりの笑顔。
今はマツリの一番近くで、笑顔が見られるだけで幸せだった。
そんなマツリの笑顔は、たった一日で失われた。
「うっ……、えぐっ……、シン……っ」
一日遅れて、不安は的中してしまった。息を切らしていきなりウチに押し込んできたマツリは、玄関で俺の顔を見るなり泣き崩れた。
「マツリっ!? どうしたんだよ、一体……」
嗚咽をあげながら泣きじゃくる今のマツリには状況説明なんか出来るはずもなく、おさまるまでの数十分、俺はハンカチを渡す以外に何も出来ずにいた。
「……ごめんね、突然来ちゃって」
「いいよ。どうせ俺もマンガ読んでただけだし。それより、なにがあったんだ?」
リビングで座っているマツリの目の前のテーブルにコップに注がれたお茶を置く。自分の分はその向かいに。
にしても、両親不在のときでよかった。特に母親はマツリのことを気に入っているから、「あんたが泣かしたの!?」なんて怒り出しかねない。それに、今日のマツリは異様に自分の左手の小指を気にしている。今《繋がった糸》なんか見せたら、きっとマツリは更に泣くことだろう。
「……いたの」
「いたって、何が?」
「《運命の相手》」
大体わかっていた。小指を――《運命の赤い糸》を気にしているのが何よりの証拠だ。だから思ったほどショックでもなかった。でも、何故泣いているんだ?
「ちょっと遠くにショッピングモールがあるでしょ? 私そこに買い物に行ってたの。買う物は決まってたし、すぐ帰るつもりだったからひとりでね」
お茶を飲んでから、少し声を震わせつつマツリは話し始めた。
「そこにね、いたの。糸いっぱいで視界はぐちゃぐちゃだったけど、すれ違ったときにすぐにわかった。あまり年は離れてなさそうだったんだけど、でもね……」
そこまで話したところで、マツリはまた泣き出した。
「ひっ……う……。……薬指に指輪……してて……。それに……あの人……、糸が二本繋がってた……」
「……っはぁ!?」
何も言わずに話を聞いていたけど、思わず声をあげて驚いてしまう。糸が二本? ありえない。
「初めて見た。二本もある人……。それに、もうひとつは隣にいた人と繋がってた」
きっとその人がそいつのもう一人の《運命の相手》なのだろう。
「私すごくびっくりして……声もかけられなかった」
言い終わると、マツリは急に立ち上がって俺のほうに向かってきた。崩れるように座り込むと俺の肩を揺すりながら涙声で「どうしよう……。ねぇシン、私どうしたらいい? 《運命の相手》、いなくなっちゃった……」と言った。
……どうする?
マツリにとって《運命の相手》とはかえがたい特別なものだ。嫌われないように、その一心で勉強も運動もなにもかもを頑張っていたのを俺は知ってる。俺だけが知っている。糸のことも、努力のことも、俺だけに教えてくれたという二人の秘密だ。それが、好きも嫌いも関係ない、こんなカタチで終わるなんて。きっとなぐさめたところで意味なんてないだろう。それこそ、代替になるようなものでもないと……。代替。代わり。同じもの。もうひとつ。――そうか!
「マツリ。ちょっと待っててくれないか?」
「え? あ……」
俺はその場を離れて両親の寝室に向かった。そこにある母親の裁縫箱の中――あった。
それは赤い刺繍糸だ。ミシン糸よりも太く、これなら手頃じゃないかと思う。母親には怒られるかもしれないが『マツリのためだ』と言えば許してくれるだろう。
二本の《運命の赤い糸》。そんなことがありえるなら、マツリももう一本“作ってしまえばいい”。そう俺は考えた。
刺繍糸を少し長めに切り、その片側を自分の左手の小指に結びつけた。これでいいだろう。
俺がリビングに戻ると、すっかり落ち着いた様子でもとの場所に座っていたマツリがこっちを向いた。まだ目は赤いのがとても痛々しい。
「マツリ、左手出して」
マツリはいつも左手を気にしていた。だから、一本目の《運命の赤い糸》はこっちにあると思っていい。見えないそれに重ねるように、俺は二本目の《運命の赤い糸》を結んだ。俺の左手とマツリの左手の間に赤い糸が繋がった。それを見せ付けながら言う。
「これでどうだっ」
「……これ」
不思議そうな顔をするマツリ。その顔を見ながら「《運命の赤い糸》に決まってんだろ」と笑ってやった。
「二本あることもあるんだろ? なら、お前にだってあっていいじゃねぇか。それとも、俺じゃ嫌?」
マツリの首が左右に揺れる。
俺は意を決して、思っていたことを全部ぶちまけた。
「言ってなかったけどな、俺はお前のことが好きなんだよ。幼馴染としてでも友達としてでもなくな。お前の幸せの犠牲になってやろうと思ってたけど、その幸せなくなったってんなら、俺が《運命の相手》になってやるよ」
マツリは白うさぎのようになっている目でぱちくりと瞬きした。
「わけわかんないんだけど……。それに、あんたの《運命の相手》はどうすんのよ?」
「取捨選択することになったら100パーお前を選ぶよ、俺は」
マツリの顔がほころんでいく。やがてその顔には笑顔が浮かんだ。
「そう。じゃあ、私もあんたを選ぶことにするよ。これは言ってなかったけど、実は私はあんたのことが大好きなの。――幼馴染としてでも友達としてでもなくね」
はじめまして、Kuruhaと申します。
初めて恋愛小説を書きました。普段はこんなことを書く柄じゃない……。
この話は『もしも運命の赤い糸が見えたら』というコンセプトで、マツリ視点からの小説でした。それも含めて、かなり没案が多かった作品だと思います。
感想など、『読んだよ』だけでもいただけると嬉しいです。批評などしていただけるともっとうれs(ry
では、読んでいただきありがとうございました!