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8.彼女の知らない彼女への愛情





 ニューヨークタイムスの一面にレミが載ってから、五日がたった。


 部屋に閉じこもったまま、動けなかったレミをホテルマンに変装(扮装)したレットたちが電撃作戦のような荒っぽさで救出したのは昨日のことである。


 四日の間、だれも部屋に入れなかったレミはその間なにも食べていなかったようだ。


 隣の部屋でレミの部屋に聞き耳をたてていた最大手テレビ局の取材陣を奇襲によって制圧したレットたちが壁を破壊して入った部屋の中には頬の落ち窪んだレミがいた。


 ベッドの上に座ったままの彼女は入ってきたレットたちにも気がつかないようにテレビを見つめていた。


 レットはレミを抱き上げて料理を運ぶキャスターに隠そうとしたとき、レミの軽さに驚き哀れに思った。


 同時に、儚いほどに薄くなった彼女に男の部分を感じなかった。


 演技だったと解かっていた、今までのレミは男を演じていたのだ。解かっていたはずなのに、今のレミを見るとレットは自分の愚かさに情けなくなった。


 この子は、やっぱり女の子だったんだ。


 肉の落ちた生気の失せた姿だったが、今のレミは女としてどこまでも美しかった。


 そのことを、ちゃんと理解していなかったことをレットは恥じた。















 レットたちはこの五日の間にベリナス以外のすべての選手と連絡を取っていた。


 これこそが、レミを唯一助けられる方法だと思った。


 レミの走りを実際にその目で確かめた男たちと腹を据えて話し合ったのだ。


「あんたたちはキイツを侮ったか?手を抜いて走ったか?女だからと真剣勝負に手を抜いたのか?」


 空で戦う男たちに真摯に語りかけた。


 選手たちはテレビの報道が真実だと聞かされて、驚愕していた。


 が、それが落ちつくとみんなが言った。


「俺たちは俺たちのプライドと仲間と供に空を翔るライバルたちに、かけて勝負で手を抜くようなことをしたことはない」


 そして、最後にこう続けた。


「それは性別なんか関係ない。俺たちはキイツを飛行機乗りの誇りを持つものと認めている」


 そう言って笑う男たち。


 レットは一人、一人の手をガッシリと握り、頷いた。


 レース時の厳しさが嘘のように良い顔で破顔する男たちはレットの言いたい事をはっきりと理解していた。













 レットはレミが女性だとメディアに発表することにしていた。


 何もフォローをしないままにルディック宇宙産業はレミを解雇した。


 それを予想できていた事だったとはいえあまりの無責任さと情の薄さに呆れたものだった。


 しかし、同時に企業の遅くて理不尽な指令に従わなくて良くなったぶんレットにはやりやすかった。


 レミを奪取したさいに、縛り上げたテレビ局のスタッフに会見を開くから一日後に場所を用意しろといっておいたのだ。


「よし、いくぞ。オマエ等!」


 作業用の繋ぎを脱いで黒いスーツを着込んだレットが叫んだ。


 その様を見て、部下たちが失笑した。


 似合っていない、どこまでもこの男はメカニックだった。


 だが、それは自分たちも一緒だった。


 スーツなど着慣れていないのだ、ネクタイ一つ締めてみてもどこか抜けていた。


 だが「行きましょう」と、答えた。


 戦場には戦場に相応しい装いというものがある。


 今から臨む戦いにはスーツが相応しいと思った。


 ゴッツイ男たちが馬鹿でかいバスから降り立っていく。


 サングラスをかけた男たちはさながらギャングのようだった、子供が見れば逃げ出しかねない雰囲気だった。


 しかし、その男たちに逆に近づく大勢の集団。


 マスコミの記者だ、砂糖に群がる蟻のように群がっていく。


「道を開けろ! すぐに聞きたがってること教えてやるからよ!」


 突きつけられる数百のマイク。それに、ほんの少し怯んでしまった、それを隠すようにレットの怒声が響いた。


 サングラスをずらして会場となるベガスでもっとも大きな公会堂を見上げた。


 逆行で真っ黒に見える会場を睨みつけるとレットは歩き出す。


 堂々とした態度で歩く彼等に記者たちが道を譲った。


















「まず、最初に言う。これまでマスコミを賑せていたキイツ・レミエルという奴がいたが法的にはそんな人間はいない。あれはルディック宇宙産業が作った偽の人物だ」





 会場にどよめきが走った。ヤハリと言う感じがしたが、こんなにあっさり認めると思っていなかったのだろう。


「ですが、ルディック宇宙産業はキイツ・レミエルの性別を正確に把握していなかったといっていますよ」「キイツ・レミエルの正体はやはり女性なんですね」「ベリナス氏の言っている事は正しかったのですか?」


 質問が殺到してきた。


 会場にはレットを真ん中にしてにメカニックたちが一列に机についていた。


 記者たちの勢いに皆が唾を飲み込んだ。勝手に足が震えだした。


 レットは記者の質問に答えなかった。


 サングラスをユックリと外し、落ちつくようにと手を上げた。


 質問が落ちつくまで答えない、その目がそう語っていた。


「キイツ・レミエル、本当の名前はキイツ・レミ。噂のとおり、彼女は女性だ」


 オオッと感嘆とした声が響いた。


「だが、それと同時に彼女は本物の飛行機乗りだ。ベリナスが言っているようなことは彼女と本物の飛行機乗りたちのプライドにかけてなかったと断言させてもらう」


 部下たちが深く頷く。


 これだけを先に言いたかった。ベリナスの語るレミの破廉恥な人物像をなんとか消してやりたかったのだ。


「本物の飛行機乗り? それはいったい?」


 次々とかかる質問の言葉に答えたのはレットではなかった。


「それについては俺たちがお答えしよう」


 レットの左に座っていた男たち五人が立ち上がった。


 サングラスを外した彼等に記者たちが声を上げる。


「ランキング2、3位のベリサンスにリュック。それに元空軍エースのアドリア、先のMF記念でキイツ氏に敗れたオリとレクラーもいるぞ」


 全員が飛び競艇のスター選手だった。


 しかも、オリとレクラーは養成所のころからのベリナス派の人間だった。


 唖然とした記者たちにレットがニヤリと笑った。


「俺たちは、ベリナスを除く飛び競艇の全レーサーはキイツ・レミに対して女性に対する気遣いをしたことはない。俺たちは、つい先日、ここにいるレット氏に聞かされるまで俺たちの最大のライバルである、キイツ・レミが女性だとは間抜けな事にまったく気がつかなかった」


 代表するように語るベリサンスに他の四人が苦笑した。


「まったく、見事な化けっぷりだよ」


「たりまえだ。キイツは人前に出るときはいつも俺たちの前で男ぶりを磨く練習をやってたんだからよ」


 リュックの軽口にレットが返す。


 ベリサンスも笑いながら頷いた。


「そう。俺たちはまったく気づかなかった。しかし、気づいていたところで関係はなかっただろう」


「それは?」「どういう意味でしょう?」


 質問する記者たちを気の毒だといった視線を向けるアドリア。


「わかりませんか? キイツは我々と真剣に勝負をして勝利を手にしているのです。実力があるなら男だろうが女だろうが気になどしません。そして、キイツ・レミは間違いなく我々の中で今もっとも速く巧く華麗に飛ぶ選手だ」


「コミッショナーも男性限定などと言った規定を解くべきですね。確かに危険なことも多い職業です、安全面を考えた委員会がストップをかけたのもわかりますが彼女の存在を見ると男も女もないと思い知らされましたね」


 ここで、レットが立ち上がった。右手には丸められた紙が握られている。


「ここにベリナスとキイツを除くすべての選手の署名がある! 全員が自分の誇りにかけてキイツに手心を加えたことはない、と明言している。そして、この署名はキイツ・レミだけでなくすべての女性にこの飛び競艇の選手となる資格を与えるべきという物だ!」


 紐を解いて大きく広げる。


 この五日で必死に作った署名、それをたくさんのカメラが捕らえた。


「皆さんは、キイツ・レミエルが性別を偽っていたことに大きく騒がれていますがそれはそんなに大きな問題でしょうか? 確かに規定違反です。多くの人を欺きました。しかし、それは男性限定という規定のためです。キイツは女性でしたが実力は十分以上に示しているのです。俺たちは会見が終了しだいこの署名を委員会に提出します」


 レットの宣言と供に座っていたメカニックたちが立ち上がった。


「キイツは現在、非常に脅えているために今は鎮痛剤で眠らせています。みなさんを騙していたことについてはそれをやらせていた俺たちが代わって御詫びします」


 長机をずらして前に進み出るメカニックたち、全員がサングラスを外した。


 異様な雰囲気で迫る彼等に記者たちが椅子から軽く腰を上げかけたとき…。


 ガバッ。


 突然の行動に皆が言葉を失った。


 記者たちだけでなく、実況中継されているテレビ画面の前の人々も、そして一緒に来ていたレーサーたちも。


 レットたちは額を冷たい大理石の床に打ち付けるような勢いで…土下座した。


 世界中の人たちが、言葉もわからないような人たちもが理解した。


 酷く屈辱的な、しかし相手に対する最高級の礼。


「お願いします。裁かれるべきなのは女のあいつに全部おしつけるようにした俺たち男なんです。どうかキイツを許してやってください。そして、これ以上キイツのことを調べないでやってください。あの子は酷く脅えています。どうかこれ以上追い詰めないでやってください。お願いします!」


「「「「お願いします!!」」」」


 大きな男たち、どこまでも豪放で豪楽な男たちが必死の声で訴えていた。












 どこまでも続く大穀倉地帯。


 いつものようにレミは背の高いトウモロコシの陰で泣いていた。声は出さない、出すと怖いものが来る。


 必死で声をかみ殺していた、それでも漏れ出る泣き声は「えぅっつ……えぅっつ……」と人じゃない物の泣き声みたいだった。


 遠くから何かが壊れる音と罵声、それにか細い悲鳴が聞こえてきた。


 いくつもの丸い火傷跡と青あざのある小さな手で耳を塞いだ。


 小さなレミのこれが日常だった。


 突然、暴れだす怖いものにいつもビクビクしていた。


 母がワタシをいつも逃がしてくれた。大好きな母が怖いものに叩かれていた。


 それを見るのも聞くのもイヤだった。


 だからレミはだれにも見つからない場所で泣いていた。何も聞こえなくなっても……母が迎えに来てくれるまで、ずっと。


 でも、何時からだろうか?悲しいことが起きると歌が聞こえるようになった。


 聞いた事のない声だ、お隣のアリーおばさんとも、母とも違った。


 でも、どこかで聞いたことがあるような気がした。


 とても安心できる声、この声に抱かれて真夜中まで畑の中で眠ってしまった事がる。


 そして、また今日も歌が聞こえてきた。


 怖くて怖くて目を瞑っていたけど、包み込むように響く美しい歌声に興味を引かれた。


 恐る恐る、抱え込んでいた膝から顔を上げる。


 背の高い人がいた。レミの倍ほどもある髪の長い人。


 金色に輝く髪が綺麗だった、真っ白なローブは汚れ一つなかった。


 レミの痛んでボロボロになった黒髪とは違った、だぶだぶの男物の服をなんとか着れる様にしたレミの服に汚れていないところなどなかった。


 御伽噺の中に出てくるお姫様みたいだと思った、レミが夢見て憧れた姿だった。


 呆然と見上げていたが、ハッと気づいた。


 この人が歌っているんだ。


 美しく響き渡る歌声にウットリとした、その音を紡ぎ出す唇に見惚れた。


 お姫様がユックリと跪いてレミの頭を撫でてくれた。


 嬉しくてニコリと微笑んだが、綺麗な手が自分で汚れてしまわないか心配になった。


 怒っているんじゃないかと顔をそっと覗う。


 かがんだ拍子に掛かっていた前髪が払われて綺麗な瞳が現れた。


 右目がにっこりと笑っていたのでホッとしたけど、ビックリした事にお姫様の左目は閉じられたままだった。


「かわいそう」


 怪我かと思って手を伸ばしてお姫様の瞼を撫でた。


 ちょっと、驚いたような顔をしたお姫様だけど、すぐにホッとしたように救われたように微笑んだ。


「ありがとう。レミ」


 低くレミを呼ぶ声に驚いた。


  なぜこの綺麗な人がワタシのことを知っているのだろう。


「また忘れてしまったんだね。この夢の世界は虚ろだ、現世に戻ればここでのことは泡のように消えてしまう。君はいつもボクを忘れてしまう」


 悲しそうなお姫様をレミは必死で慰めようとした。


 悲しまないでお姫様と。


「レミ、ボクは君の夢のなかに何時も会いに来てるんだよ。虚実の世界は現実よりも干渉しやすいんだ」


 何を言っているのか解からなかった、ただ悲しそうなお姫様がいやだった。


「ボクの名前を覚えて、名前には特別な力がある。君とボクをつなぐ凄い力だ。……忘れないでボクはリハースト・レイ・ダブル・ロックシスコ。大きな君はボクをロックって呼んだよ」


 リハースト・レイ・ダブル・ロックシスコ、口に出し呼んでみる。


 聞いた事のない名前だ、それなのに知っている気がした。


 レミがこの名を必死に覚えようとしたとき、不意に凄まじい音がした。


 小さなレミには解からない音。


 ただ、凄く怖い、凶暴な音だった、銃声だ。


 なんだか解からなかったが、なぜか体が震えだした。


 理由もなく、体が震えて歯がカチカチ鳴り出した。


 その様を見てお姫様、ロックが悲しそうにレミを抱きしめた。


 震えが止まらないレミの体を抱き上げて囁く。










「ここは君の悪夢だ。これ以上この夢を見つめちゃいけないよ」


 夢じゃない、だって母さんの声が聞こえるから。


「これは昔の夢なんだ。もう終わってしまったことなんだから」


 あの男の笑い声が聞こえるから。


「だいじょうぶ。だいじょうぶ。君はこれから幸せになるんだから」


 聞こえるよ。


「だいじょうぶ。ボクが君を守るから」










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